小話集2
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(支配人/恋人)
グランドの営業も終わりボーイ達がいそいそと掃除を開始する中、豪華なホールの入口付近は少しだけ賑わっていた。
そこには困ったように首を振る店の支配人である真島と、彼を取り囲み楽しそうに笑っている数人のキャスト達が居た。
「せやからまだ仰山仕事残っとるさかい無理やって。金出したるさかい皆で行ってき」
「嫌や言うてるやん〜」
「ウチらと飲みに行こ」
ボーイの一人であるななしもまたてきぱきと掃除をしながらも、聞こえてくる真島たちの会話に耳をそばだてていた。
会話から察するに、どうやら真島はこの後一緒に飲みに行こうとキャスト達から誘われているらしい。
彼は頑なに断っては居るもののキャスト達の勢いは凄まじいもので、強引に腕を引いたり背を押している。
その度に真島は眉間に皺を寄せ「やめぇ」と身を引いているが、飲みに行きたいとごねるキャスト達の猛攻は止まることを知らない。
終いにはどうしたもんかと頭を抱えてしまった真島に、見ていたななしは苦笑いを零した。
しかしそれでも真島に助け舟を出すことはなく、ななしは彼を気にかけつつも黙々と掃除を続けた。
「なんでそんなに頑なに行きたくないん?ウチら今日も頑張ったのに」
「せやから奢ったる言うとるやん」
「えーー!そんなん面白くないやん!」
「モチベ下がってまうよ〜?ええの〜?」
「………はぁ…」
「ほらほら行こ支配人!」
「でっかいため息やねぇ」
「…君らのせいやで…」
グランドの支配人を勤める以上、従業員のメンタルケアはとても重要だ。
中でも接客を主に担当しているキャスト達に関してのメンタルケアは一際重要になってくる。
今後働いていけるモチベーションを維持してもらうためにも、真島やななしと言ったボーイ達はキャストの"多少の我儘"を聞き入れてやる必要があった。
真島に関してはここで働き、金を得る必要がある。
そのためにはキャストの存在が欠かせない。
故に強気に出ることも、嫌だと突っぱねることも出来ないのだ。
現に"モチベが下がる"などと言われてしまえば、どれだけ不本意であろうと言うことを聞かない訳にはいかない。
夜の世界で働いて長いななしもまたそれらの重要性を良く理解しているため、先程のように真島が嫌そうにしていたとしても見守ることしか出来ないのだ。
勿論本音を言うなれば、露出が多い綺麗な女性たちと飲みになんて行って欲しくは無い。
仕事だと分かっていても真島が女性といると思うと面白くは無い。
しかもその女性たちは確実に真島へ好意を持っているのだから殊更面白くないし、許されるのであれば『行かないてください』と言ってやりたいくらいだ。
それでも私情などで真島を引き止める訳にも行かず。
ななしは"仕事であるから…"と受け入れる他ない。
「はぁ…分かった。せやけど近場にしてや。ほんでまだ仕事あるさかい長居できんで」
「やぁったぁ!」
「養老乃瀧でええ?支配人」
「そこでええよ。先行っとって。すぐ向かうさかい」
「ちゃんと来てや?」
「ほな、先行こ〜」
「後でね、支配人!」
断るという選択肢は残されていない真島。
かなり渋々といった様子で、この後飲みに行くことを了承している。
深々と溜息を着く真島を横目に見ていると、鋭い隻眼とばっちりと視線が合わさってしまった。
別段疚しいことはないのだが、飲みに行くことが面白くないと感じている幼稚な内心を見透かされてしまいそうで何となく気不味い。
真島も頑張っていると言うのに、ちっぽけな嫉妬に塗れていると悟られてしまうのが嫌で。ななしはこちらを見つめてくる真島から咄嗟に顔を逸らしてしまった。
元々目なんか合っていません。とばかりに素知らぬ振りをしながら掃除の手を早めていると、不意にテーブルに影が刺す。
視界に入ってくる靴の爪先が銀の色をしていて、傍に立っている人物が直ぐに誰だか分かってしまう。
ななしは掃除の手を止めて恐る恐ると顔を起こすと、そこには不機嫌そうに眉を顰めた真島が鋭い隻眼でこちらを見下ろしていた。
そして抑揚のない声で「ちょっとええか?無名」と言うのだ。
仕事が残っているし、全然良くない。
そう伝えるように首を横に振って見せるが、最初から答えなど関係ないとばかりに真島に腕を取られ強引に引き摺られてしまった。
『し、支配人?ど、どうしたんですか?』
「ちょっと仕事のことでな。"二人きり"になれる場所行こか」
"二人きり"をやけに強調して言う真島に連れられてやってきたのはグランドの屋上。
普段誰も使わない屋上は基本的には鍵がかかっているが、その鍵を支配人である真島は所有しているようで。
彼は懐から鍵を取り出しすんなりと解錠すると古びた扉を勢いよく押し開いた。
『ま、真島さん?』
「ななし…」
屋上に出るとひんやりと心地よい風が体を包んだ。
少しだけ肌寒く感じられワイシャツの上から腕を撫でていると、真島はそれに気がついたのかそっと抱きしめてくる。
なぜ呼び出されたのかを考えなければならないのだが抱きしめられてしまうと彼の温かな体温や、安心するような香りが広がりななしはうっとりと目を細めてしまった。
『真島さん…』
「ななし…目ぇ逸らすのだけはやめてくれや」
『す、すみません…とっても自己中心的な理由で逸らしちゃいました…ホント、気にしないでください』
「…俺に愛想でも尽きたかと思たわ」
『そ、そんなはずないじゃないですか!そうじゃなくて…つ、つまり…えっと…あの…真島さんに…』
「俺に?」
『飲みに行って欲しくなくて………彼女達が羨ましくて…そ、素っ気ない態度をとってしまいました……っ、す、すみません…』
「ななし…それはつまりあの子らに嫉妬したっちゅう事か?」
『あっ…えっと…はい…』
心の中の醜い嫉妬心を言い当てられてしまい、ななしはうっと声を詰まらせた。
真島の言う通りななしはキャスト達にそれはもう幼稚な嫉妬をしているし、飲み会も今夜だけだと言うのにそのたった一日も彼を行かせたくないと思っている。
余裕を持って『いってらっしゃい』と言いたいのに、口をついて出てくる言葉は『行かないで欲しい』と自分勝手なものばかりで。
これでは大人である真島に呆れられてしまうような気がして、ななしは己が嫌になる。
最中もずっと抱きしめてくれていた真島を見上げれば、彼は隻眼を見開いて少し驚いているようであった。
やはり自分の幼稚な考えに驚いたに違いない。
とても情けなくて、恥ずかしくて。
ななしは鼻の奥がツンと傷んだ。
『す、すみません…アタシ…』
「ななし」
『は、はい…』
「可愛ええなぁ」
『え?か、可愛ええ?』
きっと今日の出来事で子供っぽく、身儘で狭量だということが真島にはモロにバレてしまっただろう。
そうなれば愛想をつかされるのは時間の問題かもしれない。
恋人を困らせてばかりの自分に嫌気がさし、どうしてもっと大人になれないのだろうかと自己嫌悪に浸ってしまう。
ぐずぐずと心が沈み自然と謝罪ばかりが口を飛び出していくが、真島はそれらを遮るようにどこか嬉しそうに「可愛ええ」とそう言ったのだ。
思いもよらぬ返事を受け今度はななしが驚く番だ。
これ程迷惑をかけている自分勝手な恋人が真島には可愛く見えているらしい。
何度考えてもどうして可愛いと思えるのかななしは理解出来ず、抱きしめながらも頬や頭を撫で回してくる真島に疑問ばかりが浮かんだ。
『な、なんで…アタシこんなに真島さんに迷惑かけてるのに…』
「ん?俺と一緒にいたくて嫉妬してくれたんやろ?それの何処が迷惑なんや」
『で、でもアタシ…こんな自分勝手で…』
「自分勝手やない。そんだけ俺の事好いてくれとるっちゅう事やろ」
『それは…』
「好きな女が俺と一緒にいたいって思てくれとんやで?こんなに嬉しいことないわ」
『…』
「ななし、せやから卑屈にならんでや」
『ま、真島さんを独り占めしたいと思ってるアタシに呆れちゃったりしませんか?困ったりしませんか?…嫌いになっちゃったりしませんか?』
「阿呆…健気で可愛ええななしを嫌いになるわけないやろ。寧ろ…益々好きになったわ」
そう言った真島は優しくはにかんだ後、まるで壊れ物を扱うように優しく顎を持ち上げてくる。
上を向くように顎を掬われると穏やかな隻眼と視線が合わさった。
その瞳がまるで慈しむように、愛でるようにこちらを見つめてくる為ななしの心臓は大きく跳ね上がる。
ドキドキと胸を高鳴らせていると、真島は「顔真っ赤になっとる」とイタズラにそう言う。
しかし自分でも感じるほど顔は熱くなってきているため、もう隠しようがない。
『真島さんが…優しからです…こんな子供っぽいアタシを可愛いって、好きって言ってくれるから…。調子に乗っちゃったらどうするんですか』
「調子に乗ればええやん。ななしは俺の恋人なんやさかい」
『真島さんはアタシを甘やかしすぎです。アタシもっと我儘になっちゃいますよ』
「ななしはあんまり本心をさらけ出さんし、丁度ええかもしれん。俺に出来ることならなんでも言ってや」
『…そんな事…』
「試しに"今日一緒に居て"って言うてみ?」
「だ、ダメですよっ。皆もうお店に向かってるんですから」
「俺はな、ななし以上に優先するものなんてないねん」
『真島さんっ…んっ』
顎を持ち上げていた手が唇を撫でたかと思うと、次の瞬間には視界いっぱいに真島の顔が広がっていて。
驚いたのも束の間、すぐに唇に柔らかな感触を感じてななしはキュウと瞳を閉じた。
口内に入り込んだ分厚い舌が縦横無尽に暴れ、敏感な部分を舐め上げる。
その度にえもいわれぬ快感が背筋を駆け巡り、ななしは体を震わせた。
『んっ、やっ…はぁ…真島さんっ』
「ななし、好きや。今日だって飲みに行かんとななしと一緒にすごしたい」
『真島さん…ん。アタシも好きです…一緒に過ごしたいです』
「せやったら…」
『でも、約束したんだから飲みに行ってあげてください』
「ななしはそれでええんか?行って欲しくない言うたやないか」
『そうなんですけど…真島さんがこんな自分勝手なアタシを受け入れて好きだって言ってくれたから…もう大丈夫なんです。それにアタシのいる所に帰ってきてくれたらそれだけで十分だと思えたんです』
「ホンマ健気やなぁ!せやけどななしならそう言う気がしたわ」
『す、すみません。真逆のこと言ってますね』
「かまへん、でも一時間で帰ってくるさかい…俺のアパートで待っとってや」
『ふふっ、一時間ですか?それじゃちゃんと楽しめないかもしれませんよ?』
「楽しみに行くんやないんや、さっさと切り上げたるわ」
『無茶しないでくださいね』
真島が飲みに行くことはやはり面白くは無いし、キャスト達に醜い嫉妬をしてしまうのは変わらない。
それでも真島がこの醜い嫉妬を受け入れてくれて、尚且つ好きだと言ってくれたことがななしにはなによりも嬉しかった。
それに真島も同じようにいつだって一緒に過ごしたいと思ってくれている。
その気持ちさえ知っていれば、例えキャスト達に嫉妬をしてしまってももう少しだけ自分の心に余裕ができる気がしたのだ。
『真島さん』
「ん?」
『ありがとうございます』
いつだって子供っぽいし我儘だが、そんな自分を可愛いと言ってくれる真島が心の底から愛おしくて。
ななしは感謝の気持ちと愛情を全て伝えるように、先程のキスでしっとりと濡れていた真島の唇に己の唇を押し付けた。
(一時間やなくて30分で戻ってくる!!)
(ふふふっ、それは少し無茶ですよ)
(せやけどななしがあんまりにも可愛ええさかい辛抱たまらんねん!)
(寝ないで待ってますから)
(……ええなそれ)
(え?)
(なんか同棲しとるみたいでええ響きや)
(ど、同棲)
(お、また顔赤くなっとる)
(み、見ないでくださいっ)
日頃から割となんにでも嫉妬してるけどあまり本心をさらけ出さないななしちゃん。そんなななしちゃんに正直に嫉妬していると言われて嬉しくてたまらない支配人。
これからどんどんわがままを言い合える仲になれるといいね。
少しゴチャゴチャしちゃいました…すみませぇん。
グランドの営業も終わりボーイ達がいそいそと掃除を開始する中、豪華なホールの入口付近は少しだけ賑わっていた。
そこには困ったように首を振る店の支配人である真島と、彼を取り囲み楽しそうに笑っている数人のキャスト達が居た。
「せやからまだ仰山仕事残っとるさかい無理やって。金出したるさかい皆で行ってき」
「嫌や言うてるやん〜」
「ウチらと飲みに行こ」
ボーイの一人であるななしもまたてきぱきと掃除をしながらも、聞こえてくる真島たちの会話に耳をそばだてていた。
会話から察するに、どうやら真島はこの後一緒に飲みに行こうとキャスト達から誘われているらしい。
彼は頑なに断っては居るもののキャスト達の勢いは凄まじいもので、強引に腕を引いたり背を押している。
その度に真島は眉間に皺を寄せ「やめぇ」と身を引いているが、飲みに行きたいとごねるキャスト達の猛攻は止まることを知らない。
終いにはどうしたもんかと頭を抱えてしまった真島に、見ていたななしは苦笑いを零した。
しかしそれでも真島に助け舟を出すことはなく、ななしは彼を気にかけつつも黙々と掃除を続けた。
「なんでそんなに頑なに行きたくないん?ウチら今日も頑張ったのに」
「せやから奢ったる言うとるやん」
「えーー!そんなん面白くないやん!」
「モチベ下がってまうよ〜?ええの〜?」
「………はぁ…」
「ほらほら行こ支配人!」
「でっかいため息やねぇ」
「…君らのせいやで…」
グランドの支配人を勤める以上、従業員のメンタルケアはとても重要だ。
中でも接客を主に担当しているキャスト達に関してのメンタルケアは一際重要になってくる。
今後働いていけるモチベーションを維持してもらうためにも、真島やななしと言ったボーイ達はキャストの"多少の我儘"を聞き入れてやる必要があった。
真島に関してはここで働き、金を得る必要がある。
そのためにはキャストの存在が欠かせない。
故に強気に出ることも、嫌だと突っぱねることも出来ないのだ。
現に"モチベが下がる"などと言われてしまえば、どれだけ不本意であろうと言うことを聞かない訳にはいかない。
夜の世界で働いて長いななしもまたそれらの重要性を良く理解しているため、先程のように真島が嫌そうにしていたとしても見守ることしか出来ないのだ。
勿論本音を言うなれば、露出が多い綺麗な女性たちと飲みになんて行って欲しくは無い。
仕事だと分かっていても真島が女性といると思うと面白くは無い。
しかもその女性たちは確実に真島へ好意を持っているのだから殊更面白くないし、許されるのであれば『行かないてください』と言ってやりたいくらいだ。
それでも私情などで真島を引き止める訳にも行かず。
ななしは"仕事であるから…"と受け入れる他ない。
「はぁ…分かった。せやけど近場にしてや。ほんでまだ仕事あるさかい長居できんで」
「やぁったぁ!」
「養老乃瀧でええ?支配人」
「そこでええよ。先行っとって。すぐ向かうさかい」
「ちゃんと来てや?」
「ほな、先行こ〜」
「後でね、支配人!」
断るという選択肢は残されていない真島。
かなり渋々といった様子で、この後飲みに行くことを了承している。
深々と溜息を着く真島を横目に見ていると、鋭い隻眼とばっちりと視線が合わさってしまった。
別段疚しいことはないのだが、飲みに行くことが面白くないと感じている幼稚な内心を見透かされてしまいそうで何となく気不味い。
真島も頑張っていると言うのに、ちっぽけな嫉妬に塗れていると悟られてしまうのが嫌で。ななしはこちらを見つめてくる真島から咄嗟に顔を逸らしてしまった。
元々目なんか合っていません。とばかりに素知らぬ振りをしながら掃除の手を早めていると、不意にテーブルに影が刺す。
視界に入ってくる靴の爪先が銀の色をしていて、傍に立っている人物が直ぐに誰だか分かってしまう。
ななしは掃除の手を止めて恐る恐ると顔を起こすと、そこには不機嫌そうに眉を顰めた真島が鋭い隻眼でこちらを見下ろしていた。
そして抑揚のない声で「ちょっとええか?無名」と言うのだ。
仕事が残っているし、全然良くない。
そう伝えるように首を横に振って見せるが、最初から答えなど関係ないとばかりに真島に腕を取られ強引に引き摺られてしまった。
『し、支配人?ど、どうしたんですか?』
「ちょっと仕事のことでな。"二人きり"になれる場所行こか」
"二人きり"をやけに強調して言う真島に連れられてやってきたのはグランドの屋上。
普段誰も使わない屋上は基本的には鍵がかかっているが、その鍵を支配人である真島は所有しているようで。
彼は懐から鍵を取り出しすんなりと解錠すると古びた扉を勢いよく押し開いた。
『ま、真島さん?』
「ななし…」
屋上に出るとひんやりと心地よい風が体を包んだ。
少しだけ肌寒く感じられワイシャツの上から腕を撫でていると、真島はそれに気がついたのかそっと抱きしめてくる。
なぜ呼び出されたのかを考えなければならないのだが抱きしめられてしまうと彼の温かな体温や、安心するような香りが広がりななしはうっとりと目を細めてしまった。
『真島さん…』
「ななし…目ぇ逸らすのだけはやめてくれや」
『す、すみません…とっても自己中心的な理由で逸らしちゃいました…ホント、気にしないでください』
「…俺に愛想でも尽きたかと思たわ」
『そ、そんなはずないじゃないですか!そうじゃなくて…つ、つまり…えっと…あの…真島さんに…』
「俺に?」
『飲みに行って欲しくなくて………彼女達が羨ましくて…そ、素っ気ない態度をとってしまいました……っ、す、すみません…』
「ななし…それはつまりあの子らに嫉妬したっちゅう事か?」
『あっ…えっと…はい…』
心の中の醜い嫉妬心を言い当てられてしまい、ななしはうっと声を詰まらせた。
真島の言う通りななしはキャスト達にそれはもう幼稚な嫉妬をしているし、飲み会も今夜だけだと言うのにそのたった一日も彼を行かせたくないと思っている。
余裕を持って『いってらっしゃい』と言いたいのに、口をついて出てくる言葉は『行かないで欲しい』と自分勝手なものばかりで。
これでは大人である真島に呆れられてしまうような気がして、ななしは己が嫌になる。
最中もずっと抱きしめてくれていた真島を見上げれば、彼は隻眼を見開いて少し驚いているようであった。
やはり自分の幼稚な考えに驚いたに違いない。
とても情けなくて、恥ずかしくて。
ななしは鼻の奥がツンと傷んだ。
『す、すみません…アタシ…』
「ななし」
『は、はい…』
「可愛ええなぁ」
『え?か、可愛ええ?』
きっと今日の出来事で子供っぽく、身儘で狭量だということが真島にはモロにバレてしまっただろう。
そうなれば愛想をつかされるのは時間の問題かもしれない。
恋人を困らせてばかりの自分に嫌気がさし、どうしてもっと大人になれないのだろうかと自己嫌悪に浸ってしまう。
ぐずぐずと心が沈み自然と謝罪ばかりが口を飛び出していくが、真島はそれらを遮るようにどこか嬉しそうに「可愛ええ」とそう言ったのだ。
思いもよらぬ返事を受け今度はななしが驚く番だ。
これ程迷惑をかけている自分勝手な恋人が真島には可愛く見えているらしい。
何度考えてもどうして可愛いと思えるのかななしは理解出来ず、抱きしめながらも頬や頭を撫で回してくる真島に疑問ばかりが浮かんだ。
『な、なんで…アタシこんなに真島さんに迷惑かけてるのに…』
「ん?俺と一緒にいたくて嫉妬してくれたんやろ?それの何処が迷惑なんや」
『で、でもアタシ…こんな自分勝手で…』
「自分勝手やない。そんだけ俺の事好いてくれとるっちゅう事やろ」
『それは…』
「好きな女が俺と一緒にいたいって思てくれとんやで?こんなに嬉しいことないわ」
『…』
「ななし、せやから卑屈にならんでや」
『ま、真島さんを独り占めしたいと思ってるアタシに呆れちゃったりしませんか?困ったりしませんか?…嫌いになっちゃったりしませんか?』
「阿呆…健気で可愛ええななしを嫌いになるわけないやろ。寧ろ…益々好きになったわ」
そう言った真島は優しくはにかんだ後、まるで壊れ物を扱うように優しく顎を持ち上げてくる。
上を向くように顎を掬われると穏やかな隻眼と視線が合わさった。
その瞳がまるで慈しむように、愛でるようにこちらを見つめてくる為ななしの心臓は大きく跳ね上がる。
ドキドキと胸を高鳴らせていると、真島は「顔真っ赤になっとる」とイタズラにそう言う。
しかし自分でも感じるほど顔は熱くなってきているため、もう隠しようがない。
『真島さんが…優しからです…こんな子供っぽいアタシを可愛いって、好きって言ってくれるから…。調子に乗っちゃったらどうするんですか』
「調子に乗ればええやん。ななしは俺の恋人なんやさかい」
『真島さんはアタシを甘やかしすぎです。アタシもっと我儘になっちゃいますよ』
「ななしはあんまり本心をさらけ出さんし、丁度ええかもしれん。俺に出来ることならなんでも言ってや」
『…そんな事…』
「試しに"今日一緒に居て"って言うてみ?」
「だ、ダメですよっ。皆もうお店に向かってるんですから」
「俺はな、ななし以上に優先するものなんてないねん」
『真島さんっ…んっ』
顎を持ち上げていた手が唇を撫でたかと思うと、次の瞬間には視界いっぱいに真島の顔が広がっていて。
驚いたのも束の間、すぐに唇に柔らかな感触を感じてななしはキュウと瞳を閉じた。
口内に入り込んだ分厚い舌が縦横無尽に暴れ、敏感な部分を舐め上げる。
その度にえもいわれぬ快感が背筋を駆け巡り、ななしは体を震わせた。
『んっ、やっ…はぁ…真島さんっ』
「ななし、好きや。今日だって飲みに行かんとななしと一緒にすごしたい」
『真島さん…ん。アタシも好きです…一緒に過ごしたいです』
「せやったら…」
『でも、約束したんだから飲みに行ってあげてください』
「ななしはそれでええんか?行って欲しくない言うたやないか」
『そうなんですけど…真島さんがこんな自分勝手なアタシを受け入れて好きだって言ってくれたから…もう大丈夫なんです。それにアタシのいる所に帰ってきてくれたらそれだけで十分だと思えたんです』
「ホンマ健気やなぁ!せやけどななしならそう言う気がしたわ」
『す、すみません。真逆のこと言ってますね』
「かまへん、でも一時間で帰ってくるさかい…俺のアパートで待っとってや」
『ふふっ、一時間ですか?それじゃちゃんと楽しめないかもしれませんよ?』
「楽しみに行くんやないんや、さっさと切り上げたるわ」
『無茶しないでくださいね』
真島が飲みに行くことはやはり面白くは無いし、キャスト達に醜い嫉妬をしてしまうのは変わらない。
それでも真島がこの醜い嫉妬を受け入れてくれて、尚且つ好きだと言ってくれたことがななしにはなによりも嬉しかった。
それに真島も同じようにいつだって一緒に過ごしたいと思ってくれている。
その気持ちさえ知っていれば、例えキャスト達に嫉妬をしてしまってももう少しだけ自分の心に余裕ができる気がしたのだ。
『真島さん』
「ん?」
『ありがとうございます』
いつだって子供っぽいし我儘だが、そんな自分を可愛いと言ってくれる真島が心の底から愛おしくて。
ななしは感謝の気持ちと愛情を全て伝えるように、先程のキスでしっとりと濡れていた真島の唇に己の唇を押し付けた。
(一時間やなくて30分で戻ってくる!!)
(ふふふっ、それは少し無茶ですよ)
(せやけどななしがあんまりにも可愛ええさかい辛抱たまらんねん!)
(寝ないで待ってますから)
(……ええなそれ)
(え?)
(なんか同棲しとるみたいでええ響きや)
(ど、同棲)
(お、また顔赤くなっとる)
(み、見ないでくださいっ)
日頃から割となんにでも嫉妬してるけどあまり本心をさらけ出さないななしちゃん。そんなななしちゃんに正直に嫉妬していると言われて嬉しくてたまらない支配人。
これからどんどんわがままを言い合える仲になれるといいね。
少しゴチャゴチャしちゃいました…すみませぇん。