小話集1
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(沖田/恋人/近藤)
*シリーズ主
獣が甲高く鳴く声や、虫の鳴き声が響く夜の壬生の森。クマやイノシシが出没するため人が寄り付かない壬生の森は自然が豊かで、背の高い木の枝が折り重なるように伸びておりとても鬱蒼としている。
そんな木々が生い茂った森の中には拓けた場所があり、そこには寂れてはいるが立派な平屋がたっていた。
この平屋の持ち主は訳あって"男として"新撰組で働いている無名ななしである。
彼女が京の町にやってきた際に新撰組局長の近藤勲によって与えられたもので、今は想い人 である沖田総司とともに暮らしていた。
「…遅い」
時刻は亥の刻。空には朧気な月が浮かんでいる。
静かな夜の中で呟いたのは縁側に座り貧乏揺すりをする沖田だった。
彼は現在この平屋で一人ななしが帰ってくるのを苛立たしげに待っている。
何故平屋の持ち主であるななしは不在なのか。
それはななしが祇園にいる近藤の元へ"定期報告"に出向いている為だ。
多忙な近藤の暇がある時に急遽呼び出されることが多いため、定期報告とはいっても決まった日取りがあるわけではなく、日時がまるで分からない。
結局今回も当日。
仕事が終わりさぁ帰るかと沖田とななしが屯所を立ち去る間際に土方から定期報告に行けと告げられたのだ。
帰ってから二人で密時を過ごす気満々であった沖田は突然の申し付けにそれはもう反発し「行かんくてええ!」と土方を一蹴したのだが、ななしはそういう訳にもいかないと項垂れながらとぼとぼ祇園に向かったのだ。
当事者が行くと決めた(諦めたとも言う)事に、関係のない沖田が口を挟む訳にも行かず…最終的には渋々送り出すことしか出来なかった。
それに定期報告とは"男所帯でななしが働いて不自由がないかどうか"の確認が主であり、それら全ては完全に近藤の優しさと気遣いで執り行われている。
ななしを思っての行動である為、やすやすと拒否できないのが現実だ。
だが近藤の親切心を理解しながらもななしとすごせる貴重な時間を奪われる事は、沖田にとってかなり面白くない。
今からじゃなきゃダメなのか、もっと俺に気を使えとななしを横取りされたことに対して子供のように腹を立ててしまっている。
無言で歩き去るななしをじっとり見つめていたところ、隣にいた土方に荒ぶる内心を悟られたか「もう少し寛容になるといい」と鼻で笑われ、近藤だけでなく土方にもイライラが募った。
余計なお世話だとそっぽを向くだけで土方の呟きに返事はせず、沖田はそそくさと平屋がある壬生の森をめざし冒頭へと戻る。
沖田が平屋に帰ってきてからかれこれ一刻ほどは経過しただろうか。
それでもまだななしが帰ってくる様子はないため、やはりとても面白くない。
安酒である濁酒をチビチビと飲みながら沖田は、いっその事祇園に行き二人が話し合いをしている店に乗り込んでやろうかと真剣に考えた。
そうすればななしと過ごせるし、ただ酒も飲める。もれなく近藤もついてくるがななしと居られるのならいようがいまいがどうだっていい。
我ながらとてもいい案だと一人頷いた沖田は縁側を降り傍にあった刀を帯にさした。
外出用の提灯を片手に今すぐ向かおうとゆっくりと歩き出したのだが。
ちょうど彼が歩き始めたのと同時に、ガラガラッ!と玄関の引き戸がそれはもう乱暴に開かれる音が響いたのだ。
「な、なんや?」
いつもは急いでいても引き戸の開閉はゆっくり行うななし。
壊れないようにと丁寧に扱っているため、大きな音がなるほど乱暴に引き戸を開くとは考えにくい。
では誰がこんな夜更けに家に訪れるというのか。
永倉や井上だろうか。
だが彼らだったとしてもここまで乱暴に引き戸を開くとは思えない。
「誰かおるんか?」
沖田は玄関に向かいながら声を上げた。
そこに誰がいてもすぐに反応できるように刀の柄をしっかり握り、警戒態勢を取りながら。
返事を待つも何も返ってくることはなく、本格的に山賊かなにかなのだろうと確信した沖田は抜刀する。
ゆっくりと玄関まで歩みを進め、見えてきた人影に有無を言わさず刀の切っ先を向けた。
刀を向けたまま「なにしとんねん」と低く威嚇するように問えば直ぐに「やめぇねぇか!俺だ総司!」と、聞き覚えのある声が耳に入る。
「……あ?勇ちゃんやないか」
「おめぇ、確認もしないで刀向けるんじゃねぇよ」
人影に提灯を近づけじっくり顔を見てみると、そこには祇園にいるはずの近藤がいたのだ。
それだけではない、彼の大きな背中にはななしがかつがれている。
玄関の戸を開いた人物が近藤であると分かった沖田は刀を鞘の中に戻し、かつがれているななしの顔を覗き込んだ。
聞こえてくるのは健やかな寝息。
かつがれているため何かあったのかと心配になったものの彼女はすやすやと眠っているだけのようであり、見たところ怪我も何も無い。
一先ず大事無いことに安堵した沖田は、仏頂面のまま腕組みをし近藤をかるく睨みつけた。
「はぁ…なんでこないに熟睡しとんねん」
「いやぁな、普段茶しか飲んでねぇからよ。興味本位で酒を与えてみたらこのザマだ。相当弱いんだな」
「ななしが酒に弱いことなんぞ本人も新撰組の連中も皆知っとるわ。勇ちゃんかて知っとったやろが」
「まぁな。だがここまでとは思ってなかったんだよ」
「ななしが酒を自分から飲むとは思えん。だまし討ちしたんやろ」
「ハハハ!そりゃおめぇにはお見通しだよなぁ」
「なにしとんねん勇ちゃん…目ぇ覚めたら怒られんでぇ?」
「そんときゃお得意の雲隠れよ。それに総司が取り成してくれりゃいい」
「そないなことせぇへんわ。自分のシリは自分で拭けって言うやろ」
「手厳しいじゃねぇか」
「当たり前や。あんまりななしにちょっかい出したんなや勇ちゃん。ワシかてニコニコしとられへんで?」
「悪かった。ほんの出来心だったんだよ」
ななしが気持ちよさそうに爆睡する原因を作ったのは、彼女を運んできた張本人である近藤だったようだ。
ななしは酒にとても弱い。甘酒一口でも直ぐに眠たくなってしまうほどだ。
そのため酔いやすいと知っているものはななしに無理に酒を進めることはしないのだが。
今回の近藤はななしが酒に弱いと知っていたにも関わらず、本人に気付かれないように飲ませたのだからとても質が悪い。
しかも酔わせた理由が"興味本位"なのだから沖田からするとなかなか笑えない。
近藤を信じていない訳では無いが、万が一なにか間違いが起こってからでは遅いのだ。
金輪際こんなことをするなと隻眼で睨みつけ牽制するが近藤はヘラヘラとしているだけ。
この男は本当に食えない、沖田は豪快に笑っている近藤を見て呆れたようにため息をついた。
「よっこらせっと」
近藤はヘラヘラ笑いながらも、ななしをかついだまま式台へと腰を下ろした。
沖田はすやすや眠っているななしを近藤の背中から横抱きで抱えあげる。
未だに仕事着で窮屈であろうが気持ちよさそうに寝ているのに無理に起こしてしいまうのも可哀想だ。
寝かせたままななしを寝所に連れていこうと草履を脱ぐ沖田。
近藤が座る式台の上へ上がり廊下を進もうとした矢先に「しっかしななしは思ってる以上にお前さんに惚れてるんだな」と唐突に声を掛けられた。
「なんやねん藪から棒に」
「酒に酔わせた後ななしはどうなったと思う?」
「あ?爆睡したんとちゃうんか?」
「まぁそうなんだが、最初は永遠と総司の話をしてたんだよ。総司さんは優しいだとか、刀を持った総司さんはかっこいいだとか、寝転がる総司さんは可愛いだとか…今日は総司さんと過ごす予定だったとか…止めても聞きやしねぇ。死ぬほどおまえの話を聞かされたよ。見たこともない甘ったるい顔でな」
「ヒヒッ!ななしはワシにベタ惚れやさかいのぉ。黙って酒飲ませたんやしそれくらい惚気られてもしゃあないわな」
「そうだと分かってりゃ酒なんて飲ませねぇよ。女と二人で飲んで男の話を聞きたい男が居るかよ」
「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られるっちゅうやろ。これに懲りたら二度とななしに酒飲ましたらアカンで勲ちゃん」
「ちょっかいは出しても邪魔なんかしねぇさ」
「ちょっかいも出すなや」
「俺の楽しみを奪うんじゃねぇよ」
「ホンマに蹴ったろか?」
「総司は本当にやりかねないよな…」
「やりかねんやない、やる」
沖田に目上の者を敬うと言う心はない。
ななしが関係していたとしたら殊更に敬うことなど出来はしない。
近藤が新撰組の局長だったとしてもななしにちょっかいを出すというのなら、黙っていることは出来ないし、なんなら本当に蹴り出すだろう。
本当に蹴ってやろうかとわざと足を上げて揺らしてみれば近藤は苦笑いを浮かべたまま即座に立ち上がった。
「送ってやったのに」とブツブツ言っているが、沖田からすれば全ては近藤が原因でこうなっている為許容できない。
立ち上がったついでにもう帰れとじっとり近藤を睨めば、彼はゆっくりと踵を返し何を言うでもなくひらひらと手を揺らした。
そのまま今度は優しく引き戸を引いた近藤は平屋から出ていくのだった。
「ようやっと帰ったか」
近藤が森の中に消えていった事を確認した沖田は深く息をついたあと急ぎ足でななしの事を寝所まで運んだ。
部屋にはいり布団を器用に足で広げると、その上に優しく寝ているななしを下ろしてやる。
やりとりの間も目を覚ますことなく爆睡していところをみるに相当酔っているのだろう。
「ななし…」
ほんのり赤く染っている頬に触れれば、かなり温かく火照っている。
見ることは出来なかったがななしが嬉しそうに自分の話を近藤に聞かせている姿がなんとなく想像できるような気がした沖田。
見えない場所でも自分のことを思ってくれていると分かると愛おしいと思う気持ちが溢れて止まない。
眠っている手前何もすることは出来ないが、溢れたこの甘やかな感情をどうしても伝えたくて。
沖田は眠っているななしの隣に寝そべると彼女の事を強く抱き締めた。
「次はワシがおる時に飲みや」
優しく背を撫でてやりながら耳元でそう囁くと眠っているななしが微かに笑ったようなきがした。
*シリーズ主
獣が甲高く鳴く声や、虫の鳴き声が響く夜の壬生の森。クマやイノシシが出没するため人が寄り付かない壬生の森は自然が豊かで、背の高い木の枝が折り重なるように伸びておりとても鬱蒼としている。
そんな木々が生い茂った森の中には拓けた場所があり、そこには寂れてはいるが立派な平屋がたっていた。
この平屋の持ち主は訳あって"男として"新撰組で働いている無名ななしである。
彼女が京の町にやってきた際に新撰組局長の近藤勲によって与えられたもので、今は
「…遅い」
時刻は亥の刻。空には朧気な月が浮かんでいる。
静かな夜の中で呟いたのは縁側に座り貧乏揺すりをする沖田だった。
彼は現在この平屋で一人ななしが帰ってくるのを苛立たしげに待っている。
何故平屋の持ち主であるななしは不在なのか。
それはななしが祇園にいる近藤の元へ"定期報告"に出向いている為だ。
多忙な近藤の暇がある時に急遽呼び出されることが多いため、定期報告とはいっても決まった日取りがあるわけではなく、日時がまるで分からない。
結局今回も当日。
仕事が終わりさぁ帰るかと沖田とななしが屯所を立ち去る間際に土方から定期報告に行けと告げられたのだ。
帰ってから二人で密時を過ごす気満々であった沖田は突然の申し付けにそれはもう反発し「行かんくてええ!」と土方を一蹴したのだが、ななしはそういう訳にもいかないと項垂れながらとぼとぼ祇園に向かったのだ。
当事者が行くと決めた(諦めたとも言う)事に、関係のない沖田が口を挟む訳にも行かず…最終的には渋々送り出すことしか出来なかった。
それに定期報告とは"男所帯でななしが働いて不自由がないかどうか"の確認が主であり、それら全ては完全に近藤の優しさと気遣いで執り行われている。
ななしを思っての行動である為、やすやすと拒否できないのが現実だ。
だが近藤の親切心を理解しながらもななしとすごせる貴重な時間を奪われる事は、沖田にとってかなり面白くない。
今からじゃなきゃダメなのか、もっと俺に気を使えとななしを横取りされたことに対して子供のように腹を立ててしまっている。
無言で歩き去るななしをじっとり見つめていたところ、隣にいた土方に荒ぶる内心を悟られたか「もう少し寛容になるといい」と鼻で笑われ、近藤だけでなく土方にもイライラが募った。
余計なお世話だとそっぽを向くだけで土方の呟きに返事はせず、沖田はそそくさと平屋がある壬生の森をめざし冒頭へと戻る。
沖田が平屋に帰ってきてからかれこれ一刻ほどは経過しただろうか。
それでもまだななしが帰ってくる様子はないため、やはりとても面白くない。
安酒である濁酒をチビチビと飲みながら沖田は、いっその事祇園に行き二人が話し合いをしている店に乗り込んでやろうかと真剣に考えた。
そうすればななしと過ごせるし、ただ酒も飲める。もれなく近藤もついてくるがななしと居られるのならいようがいまいがどうだっていい。
我ながらとてもいい案だと一人頷いた沖田は縁側を降り傍にあった刀を帯にさした。
外出用の提灯を片手に今すぐ向かおうとゆっくりと歩き出したのだが。
ちょうど彼が歩き始めたのと同時に、ガラガラッ!と玄関の引き戸がそれはもう乱暴に開かれる音が響いたのだ。
「な、なんや?」
いつもは急いでいても引き戸の開閉はゆっくり行うななし。
壊れないようにと丁寧に扱っているため、大きな音がなるほど乱暴に引き戸を開くとは考えにくい。
では誰がこんな夜更けに家に訪れるというのか。
永倉や井上だろうか。
だが彼らだったとしてもここまで乱暴に引き戸を開くとは思えない。
「誰かおるんか?」
沖田は玄関に向かいながら声を上げた。
そこに誰がいてもすぐに反応できるように刀の柄をしっかり握り、警戒態勢を取りながら。
返事を待つも何も返ってくることはなく、本格的に山賊かなにかなのだろうと確信した沖田は抜刀する。
ゆっくりと玄関まで歩みを進め、見えてきた人影に有無を言わさず刀の切っ先を向けた。
刀を向けたまま「なにしとんねん」と低く威嚇するように問えば直ぐに「やめぇねぇか!俺だ総司!」と、聞き覚えのある声が耳に入る。
「……あ?勇ちゃんやないか」
「おめぇ、確認もしないで刀向けるんじゃねぇよ」
人影に提灯を近づけじっくり顔を見てみると、そこには祇園にいるはずの近藤がいたのだ。
それだけではない、彼の大きな背中にはななしがかつがれている。
玄関の戸を開いた人物が近藤であると分かった沖田は刀を鞘の中に戻し、かつがれているななしの顔を覗き込んだ。
聞こえてくるのは健やかな寝息。
かつがれているため何かあったのかと心配になったものの彼女はすやすやと眠っているだけのようであり、見たところ怪我も何も無い。
一先ず大事無いことに安堵した沖田は、仏頂面のまま腕組みをし近藤をかるく睨みつけた。
「はぁ…なんでこないに熟睡しとんねん」
「いやぁな、普段茶しか飲んでねぇからよ。興味本位で酒を与えてみたらこのザマだ。相当弱いんだな」
「ななしが酒に弱いことなんぞ本人も新撰組の連中も皆知っとるわ。勇ちゃんかて知っとったやろが」
「まぁな。だがここまでとは思ってなかったんだよ」
「ななしが酒を自分から飲むとは思えん。だまし討ちしたんやろ」
「ハハハ!そりゃおめぇにはお見通しだよなぁ」
「なにしとんねん勇ちゃん…目ぇ覚めたら怒られんでぇ?」
「そんときゃお得意の雲隠れよ。それに総司が取り成してくれりゃいい」
「そないなことせぇへんわ。自分のシリは自分で拭けって言うやろ」
「手厳しいじゃねぇか」
「当たり前や。あんまりななしにちょっかい出したんなや勇ちゃん。ワシかてニコニコしとられへんで?」
「悪かった。ほんの出来心だったんだよ」
ななしが気持ちよさそうに爆睡する原因を作ったのは、彼女を運んできた張本人である近藤だったようだ。
ななしは酒にとても弱い。甘酒一口でも直ぐに眠たくなってしまうほどだ。
そのため酔いやすいと知っているものはななしに無理に酒を進めることはしないのだが。
今回の近藤はななしが酒に弱いと知っていたにも関わらず、本人に気付かれないように飲ませたのだからとても質が悪い。
しかも酔わせた理由が"興味本位"なのだから沖田からするとなかなか笑えない。
近藤を信じていない訳では無いが、万が一なにか間違いが起こってからでは遅いのだ。
金輪際こんなことをするなと隻眼で睨みつけ牽制するが近藤はヘラヘラとしているだけ。
この男は本当に食えない、沖田は豪快に笑っている近藤を見て呆れたようにため息をついた。
「よっこらせっと」
近藤はヘラヘラ笑いながらも、ななしをかついだまま式台へと腰を下ろした。
沖田はすやすや眠っているななしを近藤の背中から横抱きで抱えあげる。
未だに仕事着で窮屈であろうが気持ちよさそうに寝ているのに無理に起こしてしいまうのも可哀想だ。
寝かせたままななしを寝所に連れていこうと草履を脱ぐ沖田。
近藤が座る式台の上へ上がり廊下を進もうとした矢先に「しっかしななしは思ってる以上にお前さんに惚れてるんだな」と唐突に声を掛けられた。
「なんやねん藪から棒に」
「酒に酔わせた後ななしはどうなったと思う?」
「あ?爆睡したんとちゃうんか?」
「まぁそうなんだが、最初は永遠と総司の話をしてたんだよ。総司さんは優しいだとか、刀を持った総司さんはかっこいいだとか、寝転がる総司さんは可愛いだとか…今日は総司さんと過ごす予定だったとか…止めても聞きやしねぇ。死ぬほどおまえの話を聞かされたよ。見たこともない甘ったるい顔でな」
「ヒヒッ!ななしはワシにベタ惚れやさかいのぉ。黙って酒飲ませたんやしそれくらい惚気られてもしゃあないわな」
「そうだと分かってりゃ酒なんて飲ませねぇよ。女と二人で飲んで男の話を聞きたい男が居るかよ」
「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られるっちゅうやろ。これに懲りたら二度とななしに酒飲ましたらアカンで勲ちゃん」
「ちょっかいは出しても邪魔なんかしねぇさ」
「ちょっかいも出すなや」
「俺の楽しみを奪うんじゃねぇよ」
「ホンマに蹴ったろか?」
「総司は本当にやりかねないよな…」
「やりかねんやない、やる」
沖田に目上の者を敬うと言う心はない。
ななしが関係していたとしたら殊更に敬うことなど出来はしない。
近藤が新撰組の局長だったとしてもななしにちょっかいを出すというのなら、黙っていることは出来ないし、なんなら本当に蹴り出すだろう。
本当に蹴ってやろうかとわざと足を上げて揺らしてみれば近藤は苦笑いを浮かべたまま即座に立ち上がった。
「送ってやったのに」とブツブツ言っているが、沖田からすれば全ては近藤が原因でこうなっている為許容できない。
立ち上がったついでにもう帰れとじっとり近藤を睨めば、彼はゆっくりと踵を返し何を言うでもなくひらひらと手を揺らした。
そのまま今度は優しく引き戸を引いた近藤は平屋から出ていくのだった。
「ようやっと帰ったか」
近藤が森の中に消えていった事を確認した沖田は深く息をついたあと急ぎ足でななしの事を寝所まで運んだ。
部屋にはいり布団を器用に足で広げると、その上に優しく寝ているななしを下ろしてやる。
やりとりの間も目を覚ますことなく爆睡していところをみるに相当酔っているのだろう。
「ななし…」
ほんのり赤く染っている頬に触れれば、かなり温かく火照っている。
見ることは出来なかったがななしが嬉しそうに自分の話を近藤に聞かせている姿がなんとなく想像できるような気がした沖田。
見えない場所でも自分のことを思ってくれていると分かると愛おしいと思う気持ちが溢れて止まない。
眠っている手前何もすることは出来ないが、溢れたこの甘やかな感情をどうしても伝えたくて。
沖田は眠っているななしの隣に寝そべると彼女の事を強く抱き締めた。
「次はワシがおる時に飲みや」
優しく背を撫でてやりながら耳元でそう囁くと眠っているななしが微かに笑ったようなきがした。