小話集1
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(支配人/恋人/支配人真島⑬の続き)
『……』
普段よりも早く昼食を済ませて家を飛び出したななしは現在、毘沙門橋の手すりに頬杖を付き流れゆく川を眺めていた。
昨晩妙にテンションが上がり恋人である真島にもキスマークを付ける!と決意したななし。
その日の真夜中に真島のようにくっきりはっきり誰から見てもキスマークだと分かるような痕を残すために自主練を行ったのだ。
ぎこちないながらも唇をくっ付けて試行錯誤しているとしっかりと浮き出てきたキスマークに満足し、ななしは今日のためにと早々に就寝した。
昼時目が冷めてもつけたキスマークはしっかりと浮き出たままで、見よう見まねでも出来るじゃん!と嬉しさの余り昨晩の妙なテンションがよみがえってきたななしは意気揚々とグランドに出勤する為に準備を行った。
普段よりも1時間ほど早く家を飛び出し、真島の首筋に大きく目立つキスマークをつけやろうとニヤニヤしながら招福町を歩いていたななしだったのだが。
丁度ダイコクドラッグを過ぎた辺りで、妙なテンションが途切れふと我に返ってしまったのだ。
『(あれ…アタシ…滅茶苦茶恥ずかしいことしようとしてる…?)』
二人きりと言えど職場で、特にそういった雰囲気でもないのに真島の白くも逞しい首筋に吸い付きキスマークを作る。
今から実行しようとしていた計画をもう一度思い起こし、少し思案してみるとあまりにも普通の行いとはかけ離れているような気がして。ななしは毘沙門橋の上でピタリと足を止めてしまったのだ。
『(…寧ろ急にそんなことをしようとしたら真島さん引いちゃうんじゃ……)』
───…キスマークから彼の独占したいという気持ちを感じた様な気がして嬉しかったから。
傍にいなくても真島さんを近くに感じることが出来たから。
自分がキスマーク一つであまりにも心満たされたため、彼も同じように満たされ喜んでくれるのでは無いだろうかとそう感じていたのだが。
よくよく考えてみると自分がそうだから必ずしも真島も同じとは限らないし、昼間からキスマークを付けさせてくださいとお願いするのもあまりにも不品行では無いだろうか。
全ては好意が根底にあるもののどれもこれも自己満足でしかないように思えたななしは、冒頭の通り毘沙門橋の手すりに頬杖を付き完全に立ち止まってしまったのだった。
折角いつもより早く出てきたはいいが、なんとなくグランドに行くことが憚られてしまいどうしたものかとななしは深いため息をついた。
ここでいつも通りの出勤時間になるまで暇を潰そう。川を眺めぼんやりそんな事を考えたななしだったが、季節は梅雨を過ぎ初夏になっている。
空高くから照りつける太陽の暑い事。歩みを止めたせいで無風になり徐々に汗が浮き出てくるのだ。
『あっつー…』
毘沙門橋で待機しようと思っていたななしだがあまりの暑さにすぐ様諦めた。
せめて日陰に移動しようと、急いで毘沙門橋の脇にある短い階段を下り側道を目指した。
橋下には大きな日陰ができており、まばらに人がいる。
ななしと同じように避暑地として活用しているのだろうか。
『ふぅー…』
ななしは日陰の中に入ると腕まくりをしながら壁によりかかった。
直射日光がないだけで幾分もマシだが気温自体が高いため、日陰でも程々に暑い。
こんなことになるなら家にいた方が良かったなぁ…とテンションが上がって暴走してしまった自分を恨めしく思いながらななしはゆっくりと俯いた。
たまにそよそよと流れる涼しい風に癒されていると、不意に銀色に光るつま先が地面ばかりを見ていた視界の中に飛び込んでくる。
『ぇっ?』
このつま先が銀色に輝いている特徴的な革靴をはいている人物はななしの知る中に一人しかいない。
グランドの支配人でもあり、自身の恋人でもあり、そしてななしがキスマークをつけようとしていた人物でもある真島吾朗だ。
ななしはあまりにも急な出来事に咄嗟に顔を起すと、思っていた通りそこには恋人である真島がおり「ななしがこんなところにおんの珍しいな」と白い歯を覗かせて微笑んでいた。
『ぐ、偶然ですね!』
「せやな。まさか会えるとは思とらんだわ」
『ア、アタシも思ってなかったです…』
「?なんでそないに目線逸らしとんねんななし。なんかあったんか?」
『な、なにもありませんよ!?』
先程まで今目の前にいるこの精悍な顔つきの恋人にキスマークを付ける!と息巻いていたテンションの高い自分を思い出してしまい、居たたまれぬような気恥しいような…そんな気持ちでいっぱいになってしまったななし。
真島には伝わっていないとは分かっていてもなんともいえぬタイミングで出会ってしまったばかりに気まずくて仕方がない。
視線を合わせるとその鋭い隻眼で色々見透かされてしまいそうな気がして、なかなか真島の目を見て話すことが出来なかった。
そんな普段とは違う態度に気がついてしまったのか真島ははてなを浮かべて小首を傾げている。
疑問に思う姿もかっこよく可愛らしいのだが、今のななしにはそれを楽しむ余裕はあまりない。
『ちょ、ちょっと早起きしてしまいまして…』
「早起き?こんな所に来たんやさかいなんか用事があったんとちゃうんか?」
『えーっと、用事というほどではないんですけど…まぁ、はい』
貴方の首筋にキスマークを付けに来ました!!とは今この状況で言い出すことは出来なかった。
煮え切らない返事をした事が真島には面白くなかったらしく、彼は訝しげな表情を浮かべると「らしくないでななし、俺に言えんことか?」と一歩近付いてくる。
『そ、そんなことないですっ』と少し不機嫌そうな真島に慌てて両手を前に出し振る。
違うんだとジェスチャーを加えて伝えてみるが不信感が拭えないのか真島は片眉を釣り上げたままさらに一歩踏み出した。
そうすると前に出していた手が真島の着ているタキシードに触れ合う。
『あ、ごめんなさい』
「…あぁ!?」
『ぇ…?きゃっ!?』
触れ合ってしまった手を引っ込めようとした矢先に、真島は何かを見つけたのかあまりにもドスの効いた声を発した後、腕を強く掴んできたのだ。
いつも優しい彼からは想像もできぬほど力強く掴まれてしまい、微かな痛みに眉根が寄る。
腕を掴まれたまま壁に押し付けられてしまい身動きが取れなくなったななしは、こめかみに青筋を浮かべて激高している真島を見つめることしか出来なかった。
「…なんやねんこの痕…」
『え?』
「俺はこないなところに付けてへん」
真島が掴む腕の裏側についている赤い二つのキスマーク。
これはななしが練習の為に自分で付けたものだ。
しかし真島がそんなことを知るはずもなく。
ななしの腕に自分では無い他の誰かがキスマークをつけたのだと勘違いして激高しているようだった。
まさかここまで怒りを顕にするとは思っておらず、ななしは呆気にとられてしまった。
しかしこのまま勘違いされ続けて喧嘩に発展してしまっては大変だ。恥や外聞などは捨てて真島にキスマークを付けるために己の腕で練習していたのだと打ち明けよう。
ななしは気恥ずかしい気持ちを押し込めて真島に打ち明けるために口を開いた。
『あ、この腕の後はアタシがっ…』
「まさか…この側道来たのも"これ付けた奴"に会いに来るためやったんか?」
『えっ?ち、違います!!』
「違う?せやったら無理やり付けられたんか?どこの誰や?言うてみ。ぶち殺したるわ」
『そ、そうでもなくて!』
「…ホンマに腹立つわっ、ななしは俺のもんやろが」
『っ!ま、真島さん!?』
なんとか誤解を解こうと捲し立てる真島に必死に食らいつくが、彼は聞く耳を持たず。
それどころかきつく掴んでいる腕を強引に引っ張られたかと思うと、昨夜練習でつけたキスマークの上に真島は噛み付いてきたのだ。
血が出るほど強く噛み付かれた訳では無かったが、微かな痛みを感じてしまったななしは本能的に腕を引っ込める。
しかし真島はそれを良しとせず、逃げるなとばかりに空いた手で腰を掴み距離を取ろうとするななしを押さえつけた。
『ま、真島さん!止めてっ。話を聞いてくださいっ』
「聞きたないわ、他の男の話なんぞ」
『ち、違うんですっ!他の男の人なんていませんから!アタシの恋人は貴方だけじゃないですか!』
普段どちらかと言えば紳士的で、柄が悪い時もあるが世話焼きで心優しい真島。
そんな真島がここまで怒り荒ぶる姿をみたのは今日が初めてであった。
原因は腕についているキスマークで、真島はこのキスマークに男の影を感じている。
疑われてしまうような痕を残してしまったことは本当に申し訳なかったが、同時に不貞行為をしているのでは無いかと憤る真島に対して信用してくれていないの?と苛立ったのも事実。
本来は真島を喜ばせたい一心でここまで来たと言うのに、ただただ疑いの眼差しを向けられるだなんて誰が想像できるだろう。
少しの怒りと悲しみでムッとしたななしは話を聞かないで暴走している真島の額を軽く叩き止まって下さいと声を荒げた。
納得いかないと言う表情を浮かべながらも真島はゆっくりと顔を起こし、腕から離れていく。
説明してくれとばかりに細められた隻眼は、それはもう鋭い。
『…こ、これはアタシがつけたんです』
「…せやったらなんでわざわざ腕まくりしたら見える位置に痕があんねん。こんなん見せつけるためやろ」
『そんなつもりじゃなくて…本当に練習のつもりで付けたんです』
「…練習?どう言うことや?」
『ア、アタシ…真島さんにキスマークを付けたくて自分で練習してたんです!!』
「……」
ななしは半ばやけくそになりながらそう叫んだ。
橋下ということもありななしが叫んだ声は反響し、辺り一帯で木霊する。
周りで涼んでいた人達や、たまたま通った人達が響く声に何事かと視線をこちらに向けてき、たちまちななしと真島は注目の的となってしまった。
そもそも決行するつもりは無かったが、もし真島にキスマークを付けるとしたら、もっと甘やかで恋人らしい時間にするつもりだったのに。
ななしは目の前でポカンと目を見開く真島や、周りの視線に居たたまれず、素早くしゃがみこんでしまった。
穴があったら入りたいくらいに、情けないし恥ずかしい。
「ななし…」
しゃがんでいたすぐ側で真島の低い声が聞こえてくる。どうやら彼も同じようにしゃがんでいるのだろう。
それでも顔を挙げずに1人拗ねていると、真島の大きな手が頭に乗せられた。
次いで「すまん、早とちりやったな」とどこかバツが悪そうに真島が呟いた。
決して真島だけが悪い訳では無い、至らないのは自分の方だと咄嗟に顔を起こしたななし。
すぐ側には先程まで獣のように怒っていた真島は居らず、代わりに眉を下げ困ったように笑う真島が居た。
『アタシもごめんなさい…紛らわしいことしちゃったから』
「何言うとんねん。話聞かんと暴走したのは俺やんけ。腕痛ないか?」
『…少しだけ。でも…大丈夫です』
「痛いんなら大丈夫やないやろ。グランド行こか、なんか貼るもんあるかもしれへん」
『わ、わかりました』
「ななし、段差あるさかい気ぃ付けや」
『はいっ』
正直人目がありすぎるこの場所に留まること躊躇われていたので、グランドに行こうという提案は有難かった。
手を引き立たせてくれる真島に体を委ねて、ななしもゆっくりと体を起こした。
そのまま終始無言でグランドに赴く。
従業員入口からスタッフルームに入り真島に手当をされながら、向き合うように座っていた。
「ななし…」
『え?』
「俺のために練習してくれたんか?」
『は、はい』
湿布を貼ってもらい、なにをするでも無く椅子に座っていると真島が徐に口を開いた。
湿布が貼られた腕に触れながら、少し口角をあげている真島は普段見せるいたずらっぽい笑みを浮かべている。
ここまできてもう濁す必要も無いだろうとななしは素直に肯定し頷く。
恥ずかしくないと言ったら嘘になるが、真島にキスマークを付けてあげたいと思ったことは本心だった。
「はぁー…ほんますまん」
『ふふ、怒ってないですよ。それに…真島さんが付けてくれるならなんでも嬉しいから』
「あんまり俺を調子に乗らせたらアカンななし」
『調子に乗ってもいいです』
「アカンて。さっき見たやろ。俺はななしにとんでもなく執着しとる。しっかり嫌がってくれな閉じ込めてしまうかもしれへん」
『でもそれはきっと…アタシの事を好きでいてくれるからですよね?』
「それはそうや」
『なら、いいんです。それに真島さんだけじゃないんですからね』
「どういうことや?」
『執着してるのはアタシだって同じなんです』
真島が言うように酷く執着しているのはななしだって同じだ。
真島にキスマークをつけようとしていたのも周りへの牽制を含んでいたくらいなのだから。
全ての行動の理由に好意や愛情があるのなら、どれもこれも嬉しいことには変わりない。
ななしはゆっくりと椅子から立ち上がると、真島のすぐ側で立ち止まった。
見上げてくる真島の肩に両手を添えて、ワイシャツからはみ出ている白い肌に唇を寄せた。
『真島さん…好きです。この先もずっと、ずっと』
ななしは昨晩練習した通りキスマークをつける為に唇で肌を吸い上げる…事はせずに、真島の逞しい首筋にガブッと噛み付いたのだ。
勿論手加減してだが。
急に歯を立てられたことで驚いたのか真島は肩を大きく揺らして「ななし?」と、こちらの様子を伺っている。
『ふふふ、アタシも真島さんにめちゃくちゃ執着しているので痕付けちゃいました』
「せっかく練習したのに噛み痕でええんか?」
『いいんです。お揃いですもん』
「ヒヒッ、ほうか」
キスマークを付けるよりももっと簡単で、それでいて独占欲や支配欲に溢れていて。
赤いキスマークなんかより噛み痕の方がよっぽど今の自分たちによく似合っているような気がした。
「…ななし、好きや…」
『ん、アタシも好きです…』
真島の腕に捉えられ彼に膝の上に乗るように座らせられた。
すぐに薄く柔らかい唇が、まるで貪るように自身の唇の降りてくる。
計画は成功かと言えば、微妙だ。
だが結果的には全て上手くいったと言えるだろうか。
お互いの執着 を文字通り痛いほどに感じたのだから。
『んっ、はぁ、真島さんっ…好きぃ』
「ななしっ、好きや…ななしっ」
真島から与えられる乱暴な快感を全身に受け体が震える。
お互い必死にしがみつきながら、ひとつになるほど深く。何度も何度も唇を貪りあうのだった。
(真島さん…これダメですっ。仕事始まっちゃうから…)
(安心せぇ、鍵閉めといたさかい)
(え?後から怪しまれちゃいますよ)
(せやけどまだ俺の執着心をななしに伝えきれてないねん)
(んっ、そ、そんなぁ…んぅ)
(可愛ええなぁななし)
(あ、あぅ…キス…癖になっちゃうからぁ)
(大歓迎や)
(もう…)
お互いめちゃくちゃに好きあっている(執着しあってる)
喧嘩させたい+嫉妬させたいと言うことでかいた作品です
『……』
普段よりも早く昼食を済ませて家を飛び出したななしは現在、毘沙門橋の手すりに頬杖を付き流れゆく川を眺めていた。
昨晩妙にテンションが上がり恋人である真島にもキスマークを付ける!と決意したななし。
その日の真夜中に真島のようにくっきりはっきり誰から見てもキスマークだと分かるような痕を残すために自主練を行ったのだ。
ぎこちないながらも唇をくっ付けて試行錯誤しているとしっかりと浮き出てきたキスマークに満足し、ななしは今日のためにと早々に就寝した。
昼時目が冷めてもつけたキスマークはしっかりと浮き出たままで、見よう見まねでも出来るじゃん!と嬉しさの余り昨晩の妙なテンションがよみがえってきたななしは意気揚々とグランドに出勤する為に準備を行った。
普段よりも1時間ほど早く家を飛び出し、真島の首筋に大きく目立つキスマークをつけやろうとニヤニヤしながら招福町を歩いていたななしだったのだが。
丁度ダイコクドラッグを過ぎた辺りで、妙なテンションが途切れふと我に返ってしまったのだ。
『(あれ…アタシ…滅茶苦茶恥ずかしいことしようとしてる…?)』
二人きりと言えど職場で、特にそういった雰囲気でもないのに真島の白くも逞しい首筋に吸い付きキスマークを作る。
今から実行しようとしていた計画をもう一度思い起こし、少し思案してみるとあまりにも普通の行いとはかけ離れているような気がして。ななしは毘沙門橋の上でピタリと足を止めてしまったのだ。
『(…寧ろ急にそんなことをしようとしたら真島さん引いちゃうんじゃ……)』
───…キスマークから彼の独占したいという気持ちを感じた様な気がして嬉しかったから。
傍にいなくても真島さんを近くに感じることが出来たから。
自分がキスマーク一つであまりにも心満たされたため、彼も同じように満たされ喜んでくれるのでは無いだろうかとそう感じていたのだが。
よくよく考えてみると自分がそうだから必ずしも真島も同じとは限らないし、昼間からキスマークを付けさせてくださいとお願いするのもあまりにも不品行では無いだろうか。
全ては好意が根底にあるもののどれもこれも自己満足でしかないように思えたななしは、冒頭の通り毘沙門橋の手すりに頬杖を付き完全に立ち止まってしまったのだった。
折角いつもより早く出てきたはいいが、なんとなくグランドに行くことが憚られてしまいどうしたものかとななしは深いため息をついた。
ここでいつも通りの出勤時間になるまで暇を潰そう。川を眺めぼんやりそんな事を考えたななしだったが、季節は梅雨を過ぎ初夏になっている。
空高くから照りつける太陽の暑い事。歩みを止めたせいで無風になり徐々に汗が浮き出てくるのだ。
『あっつー…』
毘沙門橋で待機しようと思っていたななしだがあまりの暑さにすぐ様諦めた。
せめて日陰に移動しようと、急いで毘沙門橋の脇にある短い階段を下り側道を目指した。
橋下には大きな日陰ができており、まばらに人がいる。
ななしと同じように避暑地として活用しているのだろうか。
『ふぅー…』
ななしは日陰の中に入ると腕まくりをしながら壁によりかかった。
直射日光がないだけで幾分もマシだが気温自体が高いため、日陰でも程々に暑い。
こんなことになるなら家にいた方が良かったなぁ…とテンションが上がって暴走してしまった自分を恨めしく思いながらななしはゆっくりと俯いた。
たまにそよそよと流れる涼しい風に癒されていると、不意に銀色に光るつま先が地面ばかりを見ていた視界の中に飛び込んでくる。
『ぇっ?』
このつま先が銀色に輝いている特徴的な革靴をはいている人物はななしの知る中に一人しかいない。
グランドの支配人でもあり、自身の恋人でもあり、そしてななしがキスマークをつけようとしていた人物でもある真島吾朗だ。
ななしはあまりにも急な出来事に咄嗟に顔を起すと、思っていた通りそこには恋人である真島がおり「ななしがこんなところにおんの珍しいな」と白い歯を覗かせて微笑んでいた。
『ぐ、偶然ですね!』
「せやな。まさか会えるとは思とらんだわ」
『ア、アタシも思ってなかったです…』
「?なんでそないに目線逸らしとんねんななし。なんかあったんか?」
『な、なにもありませんよ!?』
先程まで今目の前にいるこの精悍な顔つきの恋人にキスマークを付ける!と息巻いていたテンションの高い自分を思い出してしまい、居たたまれぬような気恥しいような…そんな気持ちでいっぱいになってしまったななし。
真島には伝わっていないとは分かっていてもなんともいえぬタイミングで出会ってしまったばかりに気まずくて仕方がない。
視線を合わせるとその鋭い隻眼で色々見透かされてしまいそうな気がして、なかなか真島の目を見て話すことが出来なかった。
そんな普段とは違う態度に気がついてしまったのか真島ははてなを浮かべて小首を傾げている。
疑問に思う姿もかっこよく可愛らしいのだが、今のななしにはそれを楽しむ余裕はあまりない。
『ちょ、ちょっと早起きしてしまいまして…』
「早起き?こんな所に来たんやさかいなんか用事があったんとちゃうんか?」
『えーっと、用事というほどではないんですけど…まぁ、はい』
貴方の首筋にキスマークを付けに来ました!!とは今この状況で言い出すことは出来なかった。
煮え切らない返事をした事が真島には面白くなかったらしく、彼は訝しげな表情を浮かべると「らしくないでななし、俺に言えんことか?」と一歩近付いてくる。
『そ、そんなことないですっ』と少し不機嫌そうな真島に慌てて両手を前に出し振る。
違うんだとジェスチャーを加えて伝えてみるが不信感が拭えないのか真島は片眉を釣り上げたままさらに一歩踏み出した。
そうすると前に出していた手が真島の着ているタキシードに触れ合う。
『あ、ごめんなさい』
「…あぁ!?」
『ぇ…?きゃっ!?』
触れ合ってしまった手を引っ込めようとした矢先に、真島は何かを見つけたのかあまりにもドスの効いた声を発した後、腕を強く掴んできたのだ。
いつも優しい彼からは想像もできぬほど力強く掴まれてしまい、微かな痛みに眉根が寄る。
腕を掴まれたまま壁に押し付けられてしまい身動きが取れなくなったななしは、こめかみに青筋を浮かべて激高している真島を見つめることしか出来なかった。
「…なんやねんこの痕…」
『え?』
「俺はこないなところに付けてへん」
真島が掴む腕の裏側についている赤い二つのキスマーク。
これはななしが練習の為に自分で付けたものだ。
しかし真島がそんなことを知るはずもなく。
ななしの腕に自分では無い他の誰かがキスマークをつけたのだと勘違いして激高しているようだった。
まさかここまで怒りを顕にするとは思っておらず、ななしは呆気にとられてしまった。
しかしこのまま勘違いされ続けて喧嘩に発展してしまっては大変だ。恥や外聞などは捨てて真島にキスマークを付けるために己の腕で練習していたのだと打ち明けよう。
ななしは気恥ずかしい気持ちを押し込めて真島に打ち明けるために口を開いた。
『あ、この腕の後はアタシがっ…』
「まさか…この側道来たのも"これ付けた奴"に会いに来るためやったんか?」
『えっ?ち、違います!!』
「違う?せやったら無理やり付けられたんか?どこの誰や?言うてみ。ぶち殺したるわ」
『そ、そうでもなくて!』
「…ホンマに腹立つわっ、ななしは俺のもんやろが」
『っ!ま、真島さん!?』
なんとか誤解を解こうと捲し立てる真島に必死に食らいつくが、彼は聞く耳を持たず。
それどころかきつく掴んでいる腕を強引に引っ張られたかと思うと、昨夜練習でつけたキスマークの上に真島は噛み付いてきたのだ。
血が出るほど強く噛み付かれた訳では無かったが、微かな痛みを感じてしまったななしは本能的に腕を引っ込める。
しかし真島はそれを良しとせず、逃げるなとばかりに空いた手で腰を掴み距離を取ろうとするななしを押さえつけた。
『ま、真島さん!止めてっ。話を聞いてくださいっ』
「聞きたないわ、他の男の話なんぞ」
『ち、違うんですっ!他の男の人なんていませんから!アタシの恋人は貴方だけじゃないですか!』
普段どちらかと言えば紳士的で、柄が悪い時もあるが世話焼きで心優しい真島。
そんな真島がここまで怒り荒ぶる姿をみたのは今日が初めてであった。
原因は腕についているキスマークで、真島はこのキスマークに男の影を感じている。
疑われてしまうような痕を残してしまったことは本当に申し訳なかったが、同時に不貞行為をしているのでは無いかと憤る真島に対して信用してくれていないの?と苛立ったのも事実。
本来は真島を喜ばせたい一心でここまで来たと言うのに、ただただ疑いの眼差しを向けられるだなんて誰が想像できるだろう。
少しの怒りと悲しみでムッとしたななしは話を聞かないで暴走している真島の額を軽く叩き止まって下さいと声を荒げた。
納得いかないと言う表情を浮かべながらも真島はゆっくりと顔を起こし、腕から離れていく。
説明してくれとばかりに細められた隻眼は、それはもう鋭い。
『…こ、これはアタシがつけたんです』
「…せやったらなんでわざわざ腕まくりしたら見える位置に痕があんねん。こんなん見せつけるためやろ」
『そんなつもりじゃなくて…本当に練習のつもりで付けたんです』
「…練習?どう言うことや?」
『ア、アタシ…真島さんにキスマークを付けたくて自分で練習してたんです!!』
「……」
ななしは半ばやけくそになりながらそう叫んだ。
橋下ということもありななしが叫んだ声は反響し、辺り一帯で木霊する。
周りで涼んでいた人達や、たまたま通った人達が響く声に何事かと視線をこちらに向けてき、たちまちななしと真島は注目の的となってしまった。
そもそも決行するつもりは無かったが、もし真島にキスマークを付けるとしたら、もっと甘やかで恋人らしい時間にするつもりだったのに。
ななしは目の前でポカンと目を見開く真島や、周りの視線に居たたまれず、素早くしゃがみこんでしまった。
穴があったら入りたいくらいに、情けないし恥ずかしい。
「ななし…」
しゃがんでいたすぐ側で真島の低い声が聞こえてくる。どうやら彼も同じようにしゃがんでいるのだろう。
それでも顔を挙げずに1人拗ねていると、真島の大きな手が頭に乗せられた。
次いで「すまん、早とちりやったな」とどこかバツが悪そうに真島が呟いた。
決して真島だけが悪い訳では無い、至らないのは自分の方だと咄嗟に顔を起こしたななし。
すぐ側には先程まで獣のように怒っていた真島は居らず、代わりに眉を下げ困ったように笑う真島が居た。
『アタシもごめんなさい…紛らわしいことしちゃったから』
「何言うとんねん。話聞かんと暴走したのは俺やんけ。腕痛ないか?」
『…少しだけ。でも…大丈夫です』
「痛いんなら大丈夫やないやろ。グランド行こか、なんか貼るもんあるかもしれへん」
『わ、わかりました』
「ななし、段差あるさかい気ぃ付けや」
『はいっ』
正直人目がありすぎるこの場所に留まること躊躇われていたので、グランドに行こうという提案は有難かった。
手を引き立たせてくれる真島に体を委ねて、ななしもゆっくりと体を起こした。
そのまま終始無言でグランドに赴く。
従業員入口からスタッフルームに入り真島に手当をされながら、向き合うように座っていた。
「ななし…」
『え?』
「俺のために練習してくれたんか?」
『は、はい』
湿布を貼ってもらい、なにをするでも無く椅子に座っていると真島が徐に口を開いた。
湿布が貼られた腕に触れながら、少し口角をあげている真島は普段見せるいたずらっぽい笑みを浮かべている。
ここまできてもう濁す必要も無いだろうとななしは素直に肯定し頷く。
恥ずかしくないと言ったら嘘になるが、真島にキスマークを付けてあげたいと思ったことは本心だった。
「はぁー…ほんますまん」
『ふふ、怒ってないですよ。それに…真島さんが付けてくれるならなんでも嬉しいから』
「あんまり俺を調子に乗らせたらアカンななし」
『調子に乗ってもいいです』
「アカンて。さっき見たやろ。俺はななしにとんでもなく執着しとる。しっかり嫌がってくれな閉じ込めてしまうかもしれへん」
『でもそれはきっと…アタシの事を好きでいてくれるからですよね?』
「それはそうや」
『なら、いいんです。それに真島さんだけじゃないんですからね』
「どういうことや?」
『執着してるのはアタシだって同じなんです』
真島が言うように酷く執着しているのはななしだって同じだ。
真島にキスマークをつけようとしていたのも周りへの牽制を含んでいたくらいなのだから。
全ての行動の理由に好意や愛情があるのなら、どれもこれも嬉しいことには変わりない。
ななしはゆっくりと椅子から立ち上がると、真島のすぐ側で立ち止まった。
見上げてくる真島の肩に両手を添えて、ワイシャツからはみ出ている白い肌に唇を寄せた。
『真島さん…好きです。この先もずっと、ずっと』
ななしは昨晩練習した通りキスマークをつける為に唇で肌を吸い上げる…事はせずに、真島の逞しい首筋にガブッと噛み付いたのだ。
勿論手加減してだが。
急に歯を立てられたことで驚いたのか真島は肩を大きく揺らして「ななし?」と、こちらの様子を伺っている。
『ふふふ、アタシも真島さんにめちゃくちゃ執着しているので痕付けちゃいました』
「せっかく練習したのに噛み痕でええんか?」
『いいんです。お揃いですもん』
「ヒヒッ、ほうか」
キスマークを付けるよりももっと簡単で、それでいて独占欲や支配欲に溢れていて。
赤いキスマークなんかより噛み痕の方がよっぽど今の自分たちによく似合っているような気がした。
「…ななし、好きや…」
『ん、アタシも好きです…』
真島の腕に捉えられ彼に膝の上に乗るように座らせられた。
すぐに薄く柔らかい唇が、まるで貪るように自身の唇の降りてくる。
計画は成功かと言えば、微妙だ。
だが結果的には全て上手くいったと言えるだろうか。
お互いの
『んっ、はぁ、真島さんっ…好きぃ』
「ななしっ、好きや…ななしっ」
真島から与えられる乱暴な快感を全身に受け体が震える。
お互い必死にしがみつきながら、ひとつになるほど深く。何度も何度も唇を貪りあうのだった。
(真島さん…これダメですっ。仕事始まっちゃうから…)
(安心せぇ、鍵閉めといたさかい)
(え?後から怪しまれちゃいますよ)
(せやけどまだ俺の執着心をななしに伝えきれてないねん)
(んっ、そ、そんなぁ…んぅ)
(可愛ええなぁななし)
(あ、あぅ…キス…癖になっちゃうからぁ)
(大歓迎や)
(もう…)
お互いめちゃくちゃに好きあっている(執着しあってる)
喧嘩させたい+嫉妬させたいと言うことでかいた作品です