小話集1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(沖田/恋人)
沖田はいつものように屯所を出てブラブラと洛内の見廻りをしていた。
朝から随分と町の中を歩き回ったが今日は特に大きな問題も起きず。気がつけばお天道様は高くまで登りあっという間に昼日中。
このまま腹を満たして一旦屯所に帰ろうとか新選組がある壬生に向かって四条通りを歩いていたところ、前方に見覚えのある人影が目に映った。
万屋の店主と楽しそうに会話をしていたのは同じ新選組で沖田と良い仲 でもあるななしだった。
「…そういや朝なんか言うとったな…」
今朝見廻りに行く際彼女が『筆が傷んでるんで新調してきますね』と少し嬉しそうに言っていた事を思い出した。
なるほど今まさに万屋で筆を選んでいる最中なのかとななしが今ここにいる理由に納得した沖田。
普段事務仕事や文机に向かう仕事のほとんどななしが行っている。
彼女の方が仕事が早く正確であるから任せているというのも大いにあるが、本当のところは沖田が面倒くさがってやらない仕事をかわりに請け負ってくれているのだ。
最近では二人の役割分担がはっきりと確立してしまって、ななしは一日の殆どを屯所内で過ごしている。
勿論彼女に任せっきりで申し訳ないという気持ちも少なからずあるが、得意な方面の仕事をこなしているので多めにみてくれと言う気持ちもある。
しかしあまり外に出ず、座りっぱしで一日を過ごすという事は楽なものでは無いはずだ。
現に自分には絶対にできない事だと沖田は感じている。
それほどの苦行を変わりに二年もの間続けてくれているのだから、ななしには頭が上がらない。
───…買うたるか…。
どんなことも弱音を吐かずやり続ける彼女に感謝の意味も込めて筆の代金を支払うと言うのはどうだろう。些細なことかもしれないが彼女ならとても喜んでくれるだろう…沖田は口元を緩めたままななしがいる万屋に向かって歩みを進めた。
『ではこちらでお願いします』
「はいよ!」
筆を選び終えたか懐から銭入れを取り出したので代わりに支払ってやろうとななしへ声をかけるために息を吸ったのと、向かい側にある聖護院八ツ橋の店先から娘が「無名さんやないのー!」と大きく叫んだのはほぼ同時であった。
ななしは沖田に気がつくことなく筆を持ったまま名前を呼ばれた方へと振り返り、娘にへと朗らかに対応している。
声を発しなかった為此方に気が付かないのは仕方がないのだが、どうにもななしを娘に横取りされてしまったようで沖田は釈然としない。
更に娘はわざわざ向かい側からななしの元へと駆け寄って来て「いつもおおきに無名さん。これ貰ってな」と八ツ橋の乗った小皿を差し出したのだ。
差し出された八ツ橋をもぐもぐと頬張るななしを見る娘の目はあまりにも恍惚としていて、恋心を抱いていることが瞬時に分かってしまう。
それだけではない。
騒ぎに気づき表に出てきた百川の看板娘や、たまたま前を通った娘達もななしを見ては頬を染めている。
「洛内に来はるの珍しいですね」
『え?あぁ、そうですね…筆を新調しようと思いまして…』
「筆やったらええの知ってますよ」
『ありがとうございます。でももう決まっているんです』
「無名さん、ご飯食べてってや!」
『あ、どうも…でも私は屯所で食べようと思っているので』
「そんなこと言わんと食べてってや」
嬉しそうに取り囲む町娘にななしはタジタジだ。
差支えのない笑みを浮かべながらも及び腰になっている。
町娘からすれば色男に映っているのかもしれないがななしは列記とした女性だ。
訳あって男性の装いをしているがサラシを外して着物を脱げば女性らしい膨らみだってある。
しかしそんなこと知る由もない町娘たちは"色男"のななしを奪い合うのに夢中だ。
「………」
沖田からすれば女性が女性を取り合っている図になっているが、それでも恋人が言い寄られている光景は全く面白くない。
面白くないだけなら良かったのだが眺め続けているとだんだんと腹が立ってきて。気がつけば突っ立っていた足は貧乏ゆすりを始めてしまっていた。
───…そいつはワシの女やぞ。
幾分も年下の町娘相手に嫉妬などどれだけ馬鹿げているか。
人が今の自分を見れば余裕のない大人だと指を指し笑うのだろう。
───…他人なんぞどうでもええ。
余裕が無い事も大人気がない事も沖田自身よく理解していた。
それでも誰がなんと言おうとななしは己のもの。何人も触れてはいけないし、ましてや言いよるなど以ての外。
沖田は心に蔓延る独占欲に身を任せて辺りにいた人達を蹴散らすように前方へと進んだ。
肩がぶつかろうが、女だろうが子供だろうが。自分の前にいる全ての人物を避けることなく薙ぎ払うように進み、ななしの事を囲う町娘の側まで歩く。
そうしてななしに擦り寄り甘ったるい声で話しかける町娘たちを遮るように「道で屯すなや!」と少し声を荒げて見せた。
いきなり聞こえてきた大きな声にひぇ!と町娘たちは肩を上げ此方を振り返ってくる。
ななしもまた驚いたように目を大きく開き此方を見るが、声の主が誰であるかを確認した後はどこかホッとしたようで安堵の表情を浮かべていた。
きっとななしも囲まれ続けるのは不本意だったのだろう。
『総司さん!』
厳ついなりの新選組の登場で狼狽えている町娘を後目にななしは万屋に代金を支払った後いそいそと人混みをかき分け走り寄ってきた。
囲っていた町娘たちは名残惜しいと言った面持ちでななしを見つめているが、彼女はそれに応えることなく『帰りましょうか、総司さん』と先に一歩を踏み出した。
未だにななしを見つめる町娘に「選ばれたのはワシや!」と内心でほくそ笑みながら、ズンズンと早歩きで進む彼女の後に続いた。
『あ、ありがとうございます総司さん。貴方が来てくれなかったら帰れませんでしたよ』
「…そら良かったな」
しばらくしてななしが困ったような顔をしながらそう言ってくる。
しかし純粋に困っていた所を助けた訳ではなく、ななしを誰にもとられたくないという子供のような心情で横取りした沖田にとって、彼女からのお礼は若干後ろめたさを感じさせた。
絶対にこの子供のような独占用だけは悟られまいと沖田は「筆幾らしたんや」と話をすり替えるように彼女に話しかけた。
ななしは『えーっと、確か…』と思い出しながら空を仰いでいる。
「今回はワシが買うたるわ」
『え?総司さんが〜?ふふ、どう言った風の吹き回しですか?』
「あ?ええやろ別に」
『素敵な申し出で有難いんですけど、経費で買う予定だったので大丈夫ですよ。その代わり今からご飯奢ってください』
「そういうのはワシの方から提案するもんとちゃうか?」
『ふふ、だってお腹すいたんですもん』
「ヒヒッ!まぁええわ。釜寅か?和民か?」
『釜寅で!!』
「おう」
『ご飯食べながらゆっくり聞かせてくださいね』
「あ?なにをや」
『さっき助けてくれた時まるで拗ねてるようだったし…凄く怒ってたじゃないですか?』
「………」
『ふふふ、理由を知りたいなぁと思いまして』
「お前…まさか…」
目の前で歯を見せ意地悪く笑うななし。
もしかしなくても独占欲と嫉妬で怒り、勢いに任せて怒鳴った事に気づいたというのか。
確信しているのかなおもしたり顔で『どうしてですか〜』と問うてくるななしの意地の悪さに沖田は彼女の鼻を掴み抵抗して見せた。
『ちょっと〜!』と鼻声で抗議をしてくるななしだが、釜寅に着くまでの間永遠と掴んだまま。
目当ての場所に着き掴んでいた手をはなしてやれば鼻はそれはもう真っ赤になっていて。
かなり面白い光景だとひとしきり笑った。
『もう、総司さんさっきまで可愛かったのにもう可愛くないです!』
「ヒヒッ!そんな鼻ですごまれても怖ないで!」
『じゃあ強面の総司さんには調度良いかもですね!』
「なにが丁度ええねんあほ!」
『鼻貸してください!』
「貸さん!」
幼稚な嫉妬や独占欲を向けられて本当なら呆れてもおかしくは無いはずなのに。
気づいてもなお普段通りでいてくれるななしから思いがけず確かな愛を感じてしまって。
先程までどす黒い感情で支配されていた心が、嬉しい気恥しいといった自分には似合わないほど穏やかで鮮やかな心に様変わりしていく。
『一番高いの頼んでやりますっ』
「ヒヒッ!かまへんでぇ」
『釜寅だけに?』
「おもんなっ」
『酷いっ』
この心情を全て伝えることは憚られるが、どんな自分も容易く受け入れてくれる彼女に対する感謝と好意だけはしっかりと示そう。
沖田は机に突っ伏し文句を零しているななしの頭を大きな手でぐしゃぐしゃと撫で回した。
屯所に帰ったらとことん甘やかしてやろうとそんなことを考えながら。
沖田さんは意外と子供っぽい。
ななしちゃんだけは誰にも(女の子にも)取られたくは無い。
沖田はいつものように屯所を出てブラブラと洛内の見廻りをしていた。
朝から随分と町の中を歩き回ったが今日は特に大きな問題も起きず。気がつけばお天道様は高くまで登りあっという間に昼日中。
このまま腹を満たして一旦屯所に帰ろうとか新選組がある壬生に向かって四条通りを歩いていたところ、前方に見覚えのある人影が目に映った。
万屋の店主と楽しそうに会話をしていたのは同じ新選組で沖田と
「…そういや朝なんか言うとったな…」
今朝見廻りに行く際彼女が『筆が傷んでるんで新調してきますね』と少し嬉しそうに言っていた事を思い出した。
なるほど今まさに万屋で筆を選んでいる最中なのかとななしが今ここにいる理由に納得した沖田。
普段事務仕事や文机に向かう仕事のほとんどななしが行っている。
彼女の方が仕事が早く正確であるから任せているというのも大いにあるが、本当のところは沖田が面倒くさがってやらない仕事をかわりに請け負ってくれているのだ。
最近では二人の役割分担がはっきりと確立してしまって、ななしは一日の殆どを屯所内で過ごしている。
勿論彼女に任せっきりで申し訳ないという気持ちも少なからずあるが、得意な方面の仕事をこなしているので多めにみてくれと言う気持ちもある。
しかしあまり外に出ず、座りっぱしで一日を過ごすという事は楽なものでは無いはずだ。
現に自分には絶対にできない事だと沖田は感じている。
それほどの苦行を変わりに二年もの間続けてくれているのだから、ななしには頭が上がらない。
───…買うたるか…。
どんなことも弱音を吐かずやり続ける彼女に感謝の意味も込めて筆の代金を支払うと言うのはどうだろう。些細なことかもしれないが彼女ならとても喜んでくれるだろう…沖田は口元を緩めたままななしがいる万屋に向かって歩みを進めた。
『ではこちらでお願いします』
「はいよ!」
筆を選び終えたか懐から銭入れを取り出したので代わりに支払ってやろうとななしへ声をかけるために息を吸ったのと、向かい側にある聖護院八ツ橋の店先から娘が「無名さんやないのー!」と大きく叫んだのはほぼ同時であった。
ななしは沖田に気がつくことなく筆を持ったまま名前を呼ばれた方へと振り返り、娘にへと朗らかに対応している。
声を発しなかった為此方に気が付かないのは仕方がないのだが、どうにもななしを娘に横取りされてしまったようで沖田は釈然としない。
更に娘はわざわざ向かい側からななしの元へと駆け寄って来て「いつもおおきに無名さん。これ貰ってな」と八ツ橋の乗った小皿を差し出したのだ。
差し出された八ツ橋をもぐもぐと頬張るななしを見る娘の目はあまりにも恍惚としていて、恋心を抱いていることが瞬時に分かってしまう。
それだけではない。
騒ぎに気づき表に出てきた百川の看板娘や、たまたま前を通った娘達もななしを見ては頬を染めている。
「洛内に来はるの珍しいですね」
『え?あぁ、そうですね…筆を新調しようと思いまして…』
「筆やったらええの知ってますよ」
『ありがとうございます。でももう決まっているんです』
「無名さん、ご飯食べてってや!」
『あ、どうも…でも私は屯所で食べようと思っているので』
「そんなこと言わんと食べてってや」
嬉しそうに取り囲む町娘にななしはタジタジだ。
差支えのない笑みを浮かべながらも及び腰になっている。
町娘からすれば色男に映っているのかもしれないがななしは列記とした女性だ。
訳あって男性の装いをしているがサラシを外して着物を脱げば女性らしい膨らみだってある。
しかしそんなこと知る由もない町娘たちは"色男"のななしを奪い合うのに夢中だ。
「………」
沖田からすれば女性が女性を取り合っている図になっているが、それでも恋人が言い寄られている光景は全く面白くない。
面白くないだけなら良かったのだが眺め続けているとだんだんと腹が立ってきて。気がつけば突っ立っていた足は貧乏ゆすりを始めてしまっていた。
───…そいつはワシの女やぞ。
幾分も年下の町娘相手に嫉妬などどれだけ馬鹿げているか。
人が今の自分を見れば余裕のない大人だと指を指し笑うのだろう。
───…他人なんぞどうでもええ。
余裕が無い事も大人気がない事も沖田自身よく理解していた。
それでも誰がなんと言おうとななしは己のもの。何人も触れてはいけないし、ましてや言いよるなど以ての外。
沖田は心に蔓延る独占欲に身を任せて辺りにいた人達を蹴散らすように前方へと進んだ。
肩がぶつかろうが、女だろうが子供だろうが。自分の前にいる全ての人物を避けることなく薙ぎ払うように進み、ななしの事を囲う町娘の側まで歩く。
そうしてななしに擦り寄り甘ったるい声で話しかける町娘たちを遮るように「道で屯すなや!」と少し声を荒げて見せた。
いきなり聞こえてきた大きな声にひぇ!と町娘たちは肩を上げ此方を振り返ってくる。
ななしもまた驚いたように目を大きく開き此方を見るが、声の主が誰であるかを確認した後はどこかホッとしたようで安堵の表情を浮かべていた。
きっとななしも囲まれ続けるのは不本意だったのだろう。
『総司さん!』
厳ついなりの新選組の登場で狼狽えている町娘を後目にななしは万屋に代金を支払った後いそいそと人混みをかき分け走り寄ってきた。
囲っていた町娘たちは名残惜しいと言った面持ちでななしを見つめているが、彼女はそれに応えることなく『帰りましょうか、総司さん』と先に一歩を踏み出した。
未だにななしを見つめる町娘に「選ばれたのはワシや!」と内心でほくそ笑みながら、ズンズンと早歩きで進む彼女の後に続いた。
『あ、ありがとうございます総司さん。貴方が来てくれなかったら帰れませんでしたよ』
「…そら良かったな」
しばらくしてななしが困ったような顔をしながらそう言ってくる。
しかし純粋に困っていた所を助けた訳ではなく、ななしを誰にもとられたくないという子供のような心情で横取りした沖田にとって、彼女からのお礼は若干後ろめたさを感じさせた。
絶対にこの子供のような独占用だけは悟られまいと沖田は「筆幾らしたんや」と話をすり替えるように彼女に話しかけた。
ななしは『えーっと、確か…』と思い出しながら空を仰いでいる。
「今回はワシが買うたるわ」
『え?総司さんが〜?ふふ、どう言った風の吹き回しですか?』
「あ?ええやろ別に」
『素敵な申し出で有難いんですけど、経費で買う予定だったので大丈夫ですよ。その代わり今からご飯奢ってください』
「そういうのはワシの方から提案するもんとちゃうか?」
『ふふ、だってお腹すいたんですもん』
「ヒヒッ!まぁええわ。釜寅か?和民か?」
『釜寅で!!』
「おう」
『ご飯食べながらゆっくり聞かせてくださいね』
「あ?なにをや」
『さっき助けてくれた時まるで拗ねてるようだったし…凄く怒ってたじゃないですか?』
「………」
『ふふふ、理由を知りたいなぁと思いまして』
「お前…まさか…」
目の前で歯を見せ意地悪く笑うななし。
もしかしなくても独占欲と嫉妬で怒り、勢いに任せて怒鳴った事に気づいたというのか。
確信しているのかなおもしたり顔で『どうしてですか〜』と問うてくるななしの意地の悪さに沖田は彼女の鼻を掴み抵抗して見せた。
『ちょっと〜!』と鼻声で抗議をしてくるななしだが、釜寅に着くまでの間永遠と掴んだまま。
目当ての場所に着き掴んでいた手をはなしてやれば鼻はそれはもう真っ赤になっていて。
かなり面白い光景だとひとしきり笑った。
『もう、総司さんさっきまで可愛かったのにもう可愛くないです!』
「ヒヒッ!そんな鼻ですごまれても怖ないで!」
『じゃあ強面の総司さんには調度良いかもですね!』
「なにが丁度ええねんあほ!」
『鼻貸してください!』
「貸さん!」
幼稚な嫉妬や独占欲を向けられて本当なら呆れてもおかしくは無いはずなのに。
気づいてもなお普段通りでいてくれるななしから思いがけず確かな愛を感じてしまって。
先程までどす黒い感情で支配されていた心が、嬉しい気恥しいといった自分には似合わないほど穏やかで鮮やかな心に様変わりしていく。
『一番高いの頼んでやりますっ』
「ヒヒッ!かまへんでぇ」
『釜寅だけに?』
「おもんなっ」
『酷いっ』
この心情を全て伝えることは憚られるが、どんな自分も容易く受け入れてくれる彼女に対する感謝と好意だけはしっかりと示そう。
沖田は机に突っ伏し文句を零しているななしの頭を大きな手でぐしゃぐしゃと撫で回した。
屯所に帰ったらとことん甘やかしてやろうとそんなことを考えながら。
沖田さんは意外と子供っぽい。
ななしちゃんだけは誰にも(女の子にも)取られたくは無い。