短編 龍如
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(支配人/恋人/パッシー君いてます)
「(…暇や…)」
昼前、家にいても特にすることは無く。
陰気臭い場所で過ごす位ならばと外に出てぼんやりと歩いていた真島。
あわよくば恋人であるななしとどこかで偶然出会えないかと、彼女が住んでいる招福町南辺りに赴いていた。
ただやはり行くあてもなくブラブラと歩いていたところでななしに出会えるわけでもなく。
結局ここまで来たものの暇である事実は変わることは無かった。
ななしが住んでいるアパートに向かうことも考えたが、就寝している可能性も十分にありうる。
誰よりも遅くまでグランドに残り仕事のサポートをしてくれているななしが寝ていたとしたら、無理に起こしてしまっては可哀想だとここまで来たが結局彼女の家に向かうことはせずに、真島は近くにあるあしたば公園の方にへと足を進めた。
あしたば公園には週末の昼前ということもあってか沢山の子供で賑わっており、泥で少し汚れたサッカーボールを蹴り合い遊んでいた。
「(なんや、賑やかやな…)」
せっかくここで一息ついてやろうと胸ポケットにしまっていたハイライトに手を伸ばしていたのだが、キャッキャっとはしゃぐ子供が多く無闇矢鱈に吸うことが憚られてしまった。
ぼんやりと子供達のやんちゃなボール遊びを眺めて深いため息をついた真島は、ハイライトを掴み損ね行き場をなくした左手を自身の頭に宛てがう。
ボリボリと頭をかきながら、さてどうしたもんかとベンチで休憩していると不意に「あーー!カップルだーー!」と、子供特有のイタズラな声が公園内に響いた。
ここは公園、それに休日。
どこにでもカップルくらいいるだろう。そっとしといてやれ、と真島からは死角になって見えないトイレの裏を指さすイタズラな子供を見つめた。
ニヤニヤと意地悪く笑いながらも「イチャイチャしとるんやろ〜」と尚も真島からは見えないカップルを茶化している子供に、他の子供たちも興味が湧いてきたのか続々とトイレの裏を覗き混むように集まりだした。
「(子供っちゅうのは残酷やな…)」
真昼間から公衆トイレの裏でイチャつくカップルが悪いと言えば悪いのだが、おちおちとなにも出来ないのも考えものだと目に見えぬカップルに少し同情する真島。
もし色々と耐え兼ねここならば誰にもバレないだろうと公衆トイレの裏でななしとイチャイチャしていたとして、今のように子供に見つかり指を指されたら。
その時自分はどうしているだろうか、と真島はぼんやりと頭の中で思い起こしてみる。
「(餓鬼のドタマかち割るやろな……)」
指を指した子供だけでは無い。もれなく覗きに来た子供、女も男も関係ない…全員の頭をだ。
大人の厳しさをうんと分からせるようにゲンコツするんだろうなぁ…と、とんでもない光景が容易に想像出来てしまって。
ななしにこと関して自分の沸点はいつも敷いている布団よりも薄く浅い、いつになく狭量であることを思い知らされてしまいあまりの大人気なさに自嘲気味な笑いがこぼれてしまった。
「(まぁ、せやけど…人目に付くような場所でおっぱじめんのはアカンわな)」
結局場所がなくても外はダメだ、という答えにたどり着き茶化されるカップルに同情しながらもこれはお前らにも非があると真島は一人うんうんと頷いた。
しかし子供の無邪気なイタズラは、こちらが心を病むほど残酷だ。
悪気が無いだけにタチが悪いなと感じた真島は、首を突っ込むのもどうかと思ったが、このままでは教育にも悪いしカップルも涙目だろうとベンチからゆっくりと腰を上げて公衆トイレへと歩みを進めた。
「おい、お前ら。そないなことあんまり大きい声で言うたらアカンで」
「うわ!び、びっくりするやん」
「びっくりした〜!」
「急に話しかけんといてや!」
「ほな、はよ散れ。大人をからかったら後から痛い目にあうんやで」
「そこでイチャイチャしとる方が悪いやん」
「それは一理ある。せやけど大人にもな金とか場所とか色々問題があんねん。子供には分からんやろけどな、必死なカップルもおんねん」
「ふーん。分からん…もうおもろないしいいよ」
「あっち行こ〜」
「おー!」
「…ほうか…」
まだ小さな子供達に社会の厳しさを説いても理解できなかったらしい、興味を無くしまたボール遊びに戻って行ってしまった。
この餓鬼…と微かに苛立つ真島だったが、流石に本当に子供のドタマをかち割る訳にはいかない。
なんとか平常心をと深呼吸し、落ち着いた頃。
公衆トイレの裏に居るであろうイチャイチャしているカップルに一言物申してやろうと、歩みを進めた。
「おい、こんな場所で盛っとったらアカン…で」
「あ!お兄さんじゃないですか!」
「な、なにしとんねん!ななし!」
『え?あ、真島さんじゃないですか』
一体どんなカップルだろうかと少しの好奇心を抱き裏手に周った真島だったが、目にした光景に驚きのあまり大きく目を見開いてしまった。
そこには自分の恋人であるはずのななしと、この蒼天堀に来て知り合ったいつでもどでもこき使われているパッシー君の姿があったのだ。
パッシー君はトイレの壁に垂れながら地面に座っており、そんなパッシー君の足元でななしはしゃがんでいる。
子供達の言うようにイチャイチャしているようには見えなかったが、二人でいたということ、そして隠れるようにトイレの裏手にいたことが真島の中で引っかってしまった。
瞬間心の奥底にあったドス黒く、ドロドロとした嫉妬が噴水のように湧き上がってくる。
パッシー君は彼女に何度もこき使われおり、足を痛めても尽くしたいのだといつも蒼天堀のあちらこちらでパシリをしていた。幾度か出会ったことでそれなりに彼を知り、同時にパッシー君の人柄の良さであるとか、根の優しさも知った。
故に顔の善し悪しは分からないがパッシー君がそれなりにいい男であるのは真島から見ても一目瞭然。尽くされて嬉しくない女もそういないだろう。
だからこそ今ここでななしと他の誰でもないパッシー君が二人だけでいたということが信じ難い真島。
パッシー君になら靡いてもおかしくないのではないか。
自分のように後ろめたさを抱え暗い場所で生きている男より、明るく何でも笑顔でひきうけてくれるパッシー君の方が何倍も彼女に見合っているのではないか。
そう感じずにはいられなかったのだ。
『偶然ですね!真島さん』
「せ、せやな…」
「お姉さんはお兄さんとお知り合いなんですか?」
『ふふ、そうなんです。お知り合いと言うか、その…こ、恋人なんですけど。貴方の方も真島さんとお知り合いなんですね』
ふふふと口に手を当てて小さく笑うななし。少し気恥ずかしそうにしているがすんなりと真島のことを『恋人』とそう言う。
それだけで先程まで感じていたパッシー君への妬みと劣等感は少しだけ薄れていくようだった真島だが。
二人が隠れるようにしてここにいた事実は変わらない。
何か言えないようなことがあるんじゃ無いだろうかと真島は驚いているパッシー君を鋭い隻眼で見つめた。
「こ、恋人!!??お兄さん、この方と付き合っているんですか!!」
「あ?…パッシー君こそ…ななしとここで何しとったんや」
「あ、僕ですか…じ、実はですね」
真島とななしが恋人であると知りたいそう驚いているパッシー君。
「こんな偶然ってあるんだ…」と驚いている彼に真島は低く威圧するような声音で返事をするも、混乱しているからかあまり気にしていないようだった。
もしかすると本当に気づいていないだけかもしれないが。
「お恥ずかしながら…またちょっと彼女のためにコンビニに向かって走っていたんです。ここの裏から向かうの近道なんですよ。全速力で走ってポールを越えようとしたら、見事に足を引っ掛けてしまって…」
『それでアタシがたまたま通りかかった時ちょうど道路の方で倒れていたんですよね』
「そ、その通りです。しかもまた足捻っちゃって…この親切なお姉さんがわざわざ家から氷を持ってきてくださったんです…でもお兄さんの恋人だったなんて…知りもせずとんだご迷惑を…」
『え!?いやいや、全然大丈夫です!頭下げないでください!』
「なるほど…ほな、別にコソコソここでイチャついとった訳やないんやな?」
「そ、そんなことしませんよ!僕はつい最近新しい彼女が出来たんです!やましい事は誓ってありませんし、しませんよ」
『そうですよ…真島さん、アタシのことそんなに軽い女だと思ってるんですか?』
「ちゃ、ちゃう!そうやない!」
『でも、疑ってましたよね…?』
二人が本当に偶然ここで出会ったのだと話を聞いてようやく理解した真島。
加えてななしが自身のアパートから氷を持って来て足を痛めていたパッシー君の看病をしていたというのだから、己の疑り深さに色々と罪悪感が募る。
さらには、不用意に発した言葉にななしを傷つけてしまったらしく、疑われてショックです…とシュンと肩を落とさせてしまった。
「す、すまん!ななし」
『…はい……』
「ななし…」
「すみません…僕のせいですよね。なんとお詫びしたらいいのか…」
『ふふ、大丈夫です。足よくなるといいですね、アタシ買い物があるんで失礼します』
「っ、ななし!すまん、パッシー君。後は一人で頼むわ」
「も、もちろんです!行ってあげてください」
眉が下がったまま寂しそうな笑顔で走っていってしまったななし。
追いかけなければと咄嗟に踵を返すも、そういえば足を痛めたパッシー君がいるのだったと首だけ回し振り返った真島。
あとは一人でなんとかしてくれ、とパッシー君に伝えると彼は大きく頷き真島に向けて親指を立てた。
粋なパッシー君にも微かな罪悪感を感じつつ、真島は走り出したななしの事を追いかけるように地面を強く蹴ったのだ。
「ななし!」
『ま、真島さん!?速っ!!』
「止まらんかい!」
『と、止まらない!』
「!ほな、捕まえんで!」
『わ!!』
幸い公園から出ればすぐにななしの姿を見つけることが出来た。
止まるように呼びかけるがかけて行くななしは止まることはせず、ならばと真島は追いついた彼女の細い二の腕をしっかり掴むと己の腕の中に閉じ込めた。
肩で息をするななしの背を優しく撫でてやりながら「ほんまに、すまん」と誠心誠意謝罪する。
自身の嫉妬で恋人を疑ってしまい、傷つけてしまったこと。
離れないで欲しいと伝えるように、ここが公道の真ん中だと言うことも忘れるほどただひたすらに強く抱き締めた。
『…ふふ、もういいですよ。ムキになってすみません…』
しばらくして腕の中からそんな小さな声が聞こえてくる。
そっと体を離して腕の中にいるななしを見下ろせば、少し顔を赤らめながら『珍しい真島さんが見られたから、もういいんです』と今度は悲しそうではなく少し楽しそうに笑っていた。
彼女の様子を見るに本当にもう怒っていないのだろう、下がっていた眉もいつも通りに戻り、まるで小鳥が囀るようにコロコロと笑っている。
ホッと息をついた真島は再度「すまん」と謝りながらななしの小さな体を余すことなく抱きしめた。
今度はななしの腕も真島に抱きつくようにまわされ、お互いしばらくの間体温を分かちあった。
『アタシの一番は真島さんだけなんです…これはいつまでも変わらないんですからね』
「分かっとったはずなのに…あんな所で二人でおるとこ見てもうたら色々考えてしもたんや」
『うん、アタシも軽率だったかもしれません。確かにトイレの裏ってちょっと嫌ですよね…なにか穴場みたいだし…』
「ななしはパッシー君助けただけや。軽率やない。俺が勝手に想像して怒っとっただけや。その優しさにパッシー君も救われたと思うで」
『そうでしょうか?ふふ、でもそうだといいですね!』
「おう、せやな」
他人にここまで親切に出来るななしのその優しさは彼女の宝とも言える長所だ。
その優しさに触れた人はきっと自分のように彼女に惹かれて、いてもたってもいられなくなるのだろう。
今回パッシー君に彼女がいたお陰でなにも起きずすんなりと終わったが、もし彼女がいなかったとしたら?
きっとパッシー君もななしの優しさや可憐さに惹かれていたに違いない。
そうなった時今以上にややこしい事になるだろう。
それからななしをもっと深く傷つけていたかもしれない。
「…それだけはアカン…」
真っ直ぐで無垢で、陰りなどない綺麗なななしを自分の勝手な醜い感情で傷つけ、手放すような事だけは絶対にあってはならない。
嫉妬や、劣等感はこの先もついてまわるだろう。だがななしが『アタシの一番は真島さん』と、そう言ってくれた言葉だけは胸に刻んで、この先何があってもまずは思い出そうとそう決意した真島。
『それより、真島さんはどうしてこっちに?なにか用事があったんですか?』
「ん?たまたまななしに出会えたらええな思てぶらついとったんや」
『本当ですか?じゃ、たまたま出会えたんですね、アタシ達』
「そういう事になるな」
『ふふふ、これって凄い偶然ですよ!』
「滅多にあることやないかもしれん」
『きっと…お互い会いたいって思ってたから…会えたのかも。ふふ、アタシも朝からずっとそう思ってたんです』
「ななし…はぁ、可愛ええ」
ニコニコ白い歯を見せて笑うななしの可愛さは真島が直視出来ぬほどだった。
それに今更ながらに気がついたが今のななしは普段の制服姿…所謂男装ではなく。
白い肌を晒すような短いショートパンツに、白色のパーカーを着ている。
今は男装ではなく、サラシも巻いていないのか抱きしめていると柔らかい感触が腹に伝わってくる。
「……」
『真島さん?』
いつも以上に柔らかい色々な部分に触れている、そう思ってしまったが最後。色々と興奮してしまうのは男であるが故。
真島はななしのたおやかな感触をもっと感じたいとなかなか彼女のことを放せずにいた。
そろそろ恥ずかしくなってきたであろうななしは『真島さん…アタシ買い物…』と、小さくモジモジとそう切り出した。
「ななし…今日えろう可愛ええ服きとるやん」
『え?あ、私服のことですか?』
「ようけ似合っとんで」
『ぁ、ありがとうございます』
「あー、どないしよ。離せん…」
『ちょっと恥ずかしくなってきました…』
「せやけど腕が動かんねん」
『…ま、真島さん…』
人も沢山往来しているし、確実に見られている。
このままこうして抱き合っていてはいけないと思うものの、腕が離れてくれにのだから仕方ない。
変な言い訳を述べながらななしの事を堪能していると、不意に真島の横から「あー!さっきのおっさん!!」ととても失礼な言葉が投げかけられた。
「誰がおっさんやねん!」とななしの首筋に埋めていた顔を起こし声が聞こえた方に視線を向けるとそこにはあしたば公園で遊んでいた子供たちがいたのだ。
彼らは先程と同じように指をさしながら「イチャイチャしとるーー!!」と大声で茶化すように言う。
「おっさんも金とかばしょとかいろいろもんだいあったん?トイレより目立つでここ」
「皆見とるよ」
「ちゃうわボケ!」
「あ!この人さっき別の人とイチャイチャしとったやん」
『ア、アタシ!?し、してないよ!?』
「こういうの知ってる、サンカクカンケーっていうんやろ」
「フクザツなんやね、おっさん…」
「せやからちゃう言うとるやろ!だいたいさっきのあれはイチャついとった訳やない!看病や看病!」
「大人はいっつもテキトー言うよな、つまんない」
『あ、…っと。か、帰りましょうか真島さん』
「せ、せやな」
「あ!ちゃんとヒトメにつかんとこでイチャイチャした方がええよーー!ほな!」
「バイバイおっさんー!」
「じゃあねー!」
「な、なんやねん!あの餓鬼!!」
『お、おませさんですね…』
子供達に悪気がなくても注目を浴びる結果となった真島とななし。
たくさんの視線を集めてしまい流石に気まずさが上回ってしまった二人は、そそくさと体を離した。
なんとなく気恥ずかしくなりながらも、「ほな会ったついでに二人でなんかしよか」とそう真島が切り出すとななしは赤くなりながらも嬉しそうに首を縦に降った。
「あの餓鬼、次会ったらまじでゲンコツかましたるわ」
『ふふふ、無邪気で可愛いじゃないですか』
「いや。あいつらはホンマに害悪や。おちおちイチャつけん。世のカップルの為にも教育が必要や」
『?そ、そうなんですか…でも殴っちゃダメすよ?』
「ほな、徹底的に大人らしく…根絶丁寧に教育したるわ」
『こ、怖いですよ。真島さん…』
「安心せぇ、絶対殴らんさかい」
『ふふ、ほどほどにですよ?』
「おう」
子供達へのいらいらが募ったが、愛おしいななしと一緒にいるんだ。
子供への教育はまた今度考えるとして、今は目の前の恋人を愛でよう。
真島はななしの小さな手を握りゆっくりと歩き出した。
(買いもんはどこ行くんや?)
(ダイコクドラッグです、後は予定ないので二人でデートしましょうね!)
(お、名案やな)
(どこ行きましょうか〜)
(ななしとならどこでもええで)
(ふふ、じゃあ、あそこ行きましょうか!)
Atgk
嫉妬する真島さんを書きたかった。パッシー君お疲れ様。
クソガキはいつか真島さんから教育を施されることでしょう笑
「(…暇や…)」
昼前、家にいても特にすることは無く。
陰気臭い場所で過ごす位ならばと外に出てぼんやりと歩いていた真島。
あわよくば恋人であるななしとどこかで偶然出会えないかと、彼女が住んでいる招福町南辺りに赴いていた。
ただやはり行くあてもなくブラブラと歩いていたところでななしに出会えるわけでもなく。
結局ここまで来たものの暇である事実は変わることは無かった。
ななしが住んでいるアパートに向かうことも考えたが、就寝している可能性も十分にありうる。
誰よりも遅くまでグランドに残り仕事のサポートをしてくれているななしが寝ていたとしたら、無理に起こしてしまっては可哀想だとここまで来たが結局彼女の家に向かうことはせずに、真島は近くにあるあしたば公園の方にへと足を進めた。
あしたば公園には週末の昼前ということもあってか沢山の子供で賑わっており、泥で少し汚れたサッカーボールを蹴り合い遊んでいた。
「(なんや、賑やかやな…)」
せっかくここで一息ついてやろうと胸ポケットにしまっていたハイライトに手を伸ばしていたのだが、キャッキャっとはしゃぐ子供が多く無闇矢鱈に吸うことが憚られてしまった。
ぼんやりと子供達のやんちゃなボール遊びを眺めて深いため息をついた真島は、ハイライトを掴み損ね行き場をなくした左手を自身の頭に宛てがう。
ボリボリと頭をかきながら、さてどうしたもんかとベンチで休憩していると不意に「あーー!カップルだーー!」と、子供特有のイタズラな声が公園内に響いた。
ここは公園、それに休日。
どこにでもカップルくらいいるだろう。そっとしといてやれ、と真島からは死角になって見えないトイレの裏を指さすイタズラな子供を見つめた。
ニヤニヤと意地悪く笑いながらも「イチャイチャしとるんやろ〜」と尚も真島からは見えないカップルを茶化している子供に、他の子供たちも興味が湧いてきたのか続々とトイレの裏を覗き混むように集まりだした。
「(子供っちゅうのは残酷やな…)」
真昼間から公衆トイレの裏でイチャつくカップルが悪いと言えば悪いのだが、おちおちとなにも出来ないのも考えものだと目に見えぬカップルに少し同情する真島。
もし色々と耐え兼ねここならば誰にもバレないだろうと公衆トイレの裏でななしとイチャイチャしていたとして、今のように子供に見つかり指を指されたら。
その時自分はどうしているだろうか、と真島はぼんやりと頭の中で思い起こしてみる。
「(餓鬼のドタマかち割るやろな……)」
指を指した子供だけでは無い。もれなく覗きに来た子供、女も男も関係ない…全員の頭をだ。
大人の厳しさをうんと分からせるようにゲンコツするんだろうなぁ…と、とんでもない光景が容易に想像出来てしまって。
ななしにこと関して自分の沸点はいつも敷いている布団よりも薄く浅い、いつになく狭量であることを思い知らされてしまいあまりの大人気なさに自嘲気味な笑いがこぼれてしまった。
「(まぁ、せやけど…人目に付くような場所でおっぱじめんのはアカンわな)」
結局場所がなくても外はダメだ、という答えにたどり着き茶化されるカップルに同情しながらもこれはお前らにも非があると真島は一人うんうんと頷いた。
しかし子供の無邪気なイタズラは、こちらが心を病むほど残酷だ。
悪気が無いだけにタチが悪いなと感じた真島は、首を突っ込むのもどうかと思ったが、このままでは教育にも悪いしカップルも涙目だろうとベンチからゆっくりと腰を上げて公衆トイレへと歩みを進めた。
「おい、お前ら。そないなことあんまり大きい声で言うたらアカンで」
「うわ!び、びっくりするやん」
「びっくりした〜!」
「急に話しかけんといてや!」
「ほな、はよ散れ。大人をからかったら後から痛い目にあうんやで」
「そこでイチャイチャしとる方が悪いやん」
「それは一理ある。せやけど大人にもな金とか場所とか色々問題があんねん。子供には分からんやろけどな、必死なカップルもおんねん」
「ふーん。分からん…もうおもろないしいいよ」
「あっち行こ〜」
「おー!」
「…ほうか…」
まだ小さな子供達に社会の厳しさを説いても理解できなかったらしい、興味を無くしまたボール遊びに戻って行ってしまった。
この餓鬼…と微かに苛立つ真島だったが、流石に本当に子供のドタマをかち割る訳にはいかない。
なんとか平常心をと深呼吸し、落ち着いた頃。
公衆トイレの裏に居るであろうイチャイチャしているカップルに一言物申してやろうと、歩みを進めた。
「おい、こんな場所で盛っとったらアカン…で」
「あ!お兄さんじゃないですか!」
「な、なにしとんねん!ななし!」
『え?あ、真島さんじゃないですか』
一体どんなカップルだろうかと少しの好奇心を抱き裏手に周った真島だったが、目にした光景に驚きのあまり大きく目を見開いてしまった。
そこには自分の恋人であるはずのななしと、この蒼天堀に来て知り合ったいつでもどでもこき使われているパッシー君の姿があったのだ。
パッシー君はトイレの壁に垂れながら地面に座っており、そんなパッシー君の足元でななしはしゃがんでいる。
子供達の言うようにイチャイチャしているようには見えなかったが、二人でいたということ、そして隠れるようにトイレの裏手にいたことが真島の中で引っかってしまった。
瞬間心の奥底にあったドス黒く、ドロドロとした嫉妬が噴水のように湧き上がってくる。
パッシー君は彼女に何度もこき使われおり、足を痛めても尽くしたいのだといつも蒼天堀のあちらこちらでパシリをしていた。幾度か出会ったことでそれなりに彼を知り、同時にパッシー君の人柄の良さであるとか、根の優しさも知った。
故に顔の善し悪しは分からないがパッシー君がそれなりにいい男であるのは真島から見ても一目瞭然。尽くされて嬉しくない女もそういないだろう。
だからこそ今ここでななしと他の誰でもないパッシー君が二人だけでいたということが信じ難い真島。
パッシー君になら靡いてもおかしくないのではないか。
自分のように後ろめたさを抱え暗い場所で生きている男より、明るく何でも笑顔でひきうけてくれるパッシー君の方が何倍も彼女に見合っているのではないか。
そう感じずにはいられなかったのだ。
『偶然ですね!真島さん』
「せ、せやな…」
「お姉さんはお兄さんとお知り合いなんですか?」
『ふふ、そうなんです。お知り合いと言うか、その…こ、恋人なんですけど。貴方の方も真島さんとお知り合いなんですね』
ふふふと口に手を当てて小さく笑うななし。少し気恥ずかしそうにしているがすんなりと真島のことを『恋人』とそう言う。
それだけで先程まで感じていたパッシー君への妬みと劣等感は少しだけ薄れていくようだった真島だが。
二人が隠れるようにしてここにいた事実は変わらない。
何か言えないようなことがあるんじゃ無いだろうかと真島は驚いているパッシー君を鋭い隻眼で見つめた。
「こ、恋人!!??お兄さん、この方と付き合っているんですか!!」
「あ?…パッシー君こそ…ななしとここで何しとったんや」
「あ、僕ですか…じ、実はですね」
真島とななしが恋人であると知りたいそう驚いているパッシー君。
「こんな偶然ってあるんだ…」と驚いている彼に真島は低く威圧するような声音で返事をするも、混乱しているからかあまり気にしていないようだった。
もしかすると本当に気づいていないだけかもしれないが。
「お恥ずかしながら…またちょっと彼女のためにコンビニに向かって走っていたんです。ここの裏から向かうの近道なんですよ。全速力で走ってポールを越えようとしたら、見事に足を引っ掛けてしまって…」
『それでアタシがたまたま通りかかった時ちょうど道路の方で倒れていたんですよね』
「そ、その通りです。しかもまた足捻っちゃって…この親切なお姉さんがわざわざ家から氷を持ってきてくださったんです…でもお兄さんの恋人だったなんて…知りもせずとんだご迷惑を…」
『え!?いやいや、全然大丈夫です!頭下げないでください!』
「なるほど…ほな、別にコソコソここでイチャついとった訳やないんやな?」
「そ、そんなことしませんよ!僕はつい最近新しい彼女が出来たんです!やましい事は誓ってありませんし、しませんよ」
『そうですよ…真島さん、アタシのことそんなに軽い女だと思ってるんですか?』
「ちゃ、ちゃう!そうやない!」
『でも、疑ってましたよね…?』
二人が本当に偶然ここで出会ったのだと話を聞いてようやく理解した真島。
加えてななしが自身のアパートから氷を持って来て足を痛めていたパッシー君の看病をしていたというのだから、己の疑り深さに色々と罪悪感が募る。
さらには、不用意に発した言葉にななしを傷つけてしまったらしく、疑われてショックです…とシュンと肩を落とさせてしまった。
「す、すまん!ななし」
『…はい……』
「ななし…」
「すみません…僕のせいですよね。なんとお詫びしたらいいのか…」
『ふふ、大丈夫です。足よくなるといいですね、アタシ買い物があるんで失礼します』
「っ、ななし!すまん、パッシー君。後は一人で頼むわ」
「も、もちろんです!行ってあげてください」
眉が下がったまま寂しそうな笑顔で走っていってしまったななし。
追いかけなければと咄嗟に踵を返すも、そういえば足を痛めたパッシー君がいるのだったと首だけ回し振り返った真島。
あとは一人でなんとかしてくれ、とパッシー君に伝えると彼は大きく頷き真島に向けて親指を立てた。
粋なパッシー君にも微かな罪悪感を感じつつ、真島は走り出したななしの事を追いかけるように地面を強く蹴ったのだ。
「ななし!」
『ま、真島さん!?速っ!!』
「止まらんかい!」
『と、止まらない!』
「!ほな、捕まえんで!」
『わ!!』
幸い公園から出ればすぐにななしの姿を見つけることが出来た。
止まるように呼びかけるがかけて行くななしは止まることはせず、ならばと真島は追いついた彼女の細い二の腕をしっかり掴むと己の腕の中に閉じ込めた。
肩で息をするななしの背を優しく撫でてやりながら「ほんまに、すまん」と誠心誠意謝罪する。
自身の嫉妬で恋人を疑ってしまい、傷つけてしまったこと。
離れないで欲しいと伝えるように、ここが公道の真ん中だと言うことも忘れるほどただひたすらに強く抱き締めた。
『…ふふ、もういいですよ。ムキになってすみません…』
しばらくして腕の中からそんな小さな声が聞こえてくる。
そっと体を離して腕の中にいるななしを見下ろせば、少し顔を赤らめながら『珍しい真島さんが見られたから、もういいんです』と今度は悲しそうではなく少し楽しそうに笑っていた。
彼女の様子を見るに本当にもう怒っていないのだろう、下がっていた眉もいつも通りに戻り、まるで小鳥が囀るようにコロコロと笑っている。
ホッと息をついた真島は再度「すまん」と謝りながらななしの小さな体を余すことなく抱きしめた。
今度はななしの腕も真島に抱きつくようにまわされ、お互いしばらくの間体温を分かちあった。
『アタシの一番は真島さんだけなんです…これはいつまでも変わらないんですからね』
「分かっとったはずなのに…あんな所で二人でおるとこ見てもうたら色々考えてしもたんや」
『うん、アタシも軽率だったかもしれません。確かにトイレの裏ってちょっと嫌ですよね…なにか穴場みたいだし…』
「ななしはパッシー君助けただけや。軽率やない。俺が勝手に想像して怒っとっただけや。その優しさにパッシー君も救われたと思うで」
『そうでしょうか?ふふ、でもそうだといいですね!』
「おう、せやな」
他人にここまで親切に出来るななしのその優しさは彼女の宝とも言える長所だ。
その優しさに触れた人はきっと自分のように彼女に惹かれて、いてもたってもいられなくなるのだろう。
今回パッシー君に彼女がいたお陰でなにも起きずすんなりと終わったが、もし彼女がいなかったとしたら?
きっとパッシー君もななしの優しさや可憐さに惹かれていたに違いない。
そうなった時今以上にややこしい事になるだろう。
それからななしをもっと深く傷つけていたかもしれない。
「…それだけはアカン…」
真っ直ぐで無垢で、陰りなどない綺麗なななしを自分の勝手な醜い感情で傷つけ、手放すような事だけは絶対にあってはならない。
嫉妬や、劣等感はこの先もついてまわるだろう。だがななしが『アタシの一番は真島さん』と、そう言ってくれた言葉だけは胸に刻んで、この先何があってもまずは思い出そうとそう決意した真島。
『それより、真島さんはどうしてこっちに?なにか用事があったんですか?』
「ん?たまたまななしに出会えたらええな思てぶらついとったんや」
『本当ですか?じゃ、たまたま出会えたんですね、アタシ達』
「そういう事になるな」
『ふふふ、これって凄い偶然ですよ!』
「滅多にあることやないかもしれん」
『きっと…お互い会いたいって思ってたから…会えたのかも。ふふ、アタシも朝からずっとそう思ってたんです』
「ななし…はぁ、可愛ええ」
ニコニコ白い歯を見せて笑うななしの可愛さは真島が直視出来ぬほどだった。
それに今更ながらに気がついたが今のななしは普段の制服姿…所謂男装ではなく。
白い肌を晒すような短いショートパンツに、白色のパーカーを着ている。
今は男装ではなく、サラシも巻いていないのか抱きしめていると柔らかい感触が腹に伝わってくる。
「……」
『真島さん?』
いつも以上に柔らかい色々な部分に触れている、そう思ってしまったが最後。色々と興奮してしまうのは男であるが故。
真島はななしのたおやかな感触をもっと感じたいとなかなか彼女のことを放せずにいた。
そろそろ恥ずかしくなってきたであろうななしは『真島さん…アタシ買い物…』と、小さくモジモジとそう切り出した。
「ななし…今日えろう可愛ええ服きとるやん」
『え?あ、私服のことですか?』
「ようけ似合っとんで」
『ぁ、ありがとうございます』
「あー、どないしよ。離せん…」
『ちょっと恥ずかしくなってきました…』
「せやけど腕が動かんねん」
『…ま、真島さん…』
人も沢山往来しているし、確実に見られている。
このままこうして抱き合っていてはいけないと思うものの、腕が離れてくれにのだから仕方ない。
変な言い訳を述べながらななしの事を堪能していると、不意に真島の横から「あー!さっきのおっさん!!」ととても失礼な言葉が投げかけられた。
「誰がおっさんやねん!」とななしの首筋に埋めていた顔を起こし声が聞こえた方に視線を向けるとそこにはあしたば公園で遊んでいた子供たちがいたのだ。
彼らは先程と同じように指をさしながら「イチャイチャしとるーー!!」と大声で茶化すように言う。
「おっさんも金とかばしょとかいろいろもんだいあったん?トイレより目立つでここ」
「皆見とるよ」
「ちゃうわボケ!」
「あ!この人さっき別の人とイチャイチャしとったやん」
『ア、アタシ!?し、してないよ!?』
「こういうの知ってる、サンカクカンケーっていうんやろ」
「フクザツなんやね、おっさん…」
「せやからちゃう言うとるやろ!だいたいさっきのあれはイチャついとった訳やない!看病や看病!」
「大人はいっつもテキトー言うよな、つまんない」
『あ、…っと。か、帰りましょうか真島さん』
「せ、せやな」
「あ!ちゃんとヒトメにつかんとこでイチャイチャした方がええよーー!ほな!」
「バイバイおっさんー!」
「じゃあねー!」
「な、なんやねん!あの餓鬼!!」
『お、おませさんですね…』
子供達に悪気がなくても注目を浴びる結果となった真島とななし。
たくさんの視線を集めてしまい流石に気まずさが上回ってしまった二人は、そそくさと体を離した。
なんとなく気恥ずかしくなりながらも、「ほな会ったついでに二人でなんかしよか」とそう真島が切り出すとななしは赤くなりながらも嬉しそうに首を縦に降った。
「あの餓鬼、次会ったらまじでゲンコツかましたるわ」
『ふふふ、無邪気で可愛いじゃないですか』
「いや。あいつらはホンマに害悪や。おちおちイチャつけん。世のカップルの為にも教育が必要や」
『?そ、そうなんですか…でも殴っちゃダメすよ?』
「ほな、徹底的に大人らしく…根絶丁寧に教育したるわ」
『こ、怖いですよ。真島さん…』
「安心せぇ、絶対殴らんさかい」
『ふふ、ほどほどにですよ?』
「おう」
子供達へのいらいらが募ったが、愛おしいななしと一緒にいるんだ。
子供への教育はまた今度考えるとして、今は目の前の恋人を愛でよう。
真島はななしの小さな手を握りゆっくりと歩き出した。
(買いもんはどこ行くんや?)
(ダイコクドラッグです、後は予定ないので二人でデートしましょうね!)
(お、名案やな)
(どこ行きましょうか〜)
(ななしとならどこでもええで)
(ふふ、じゃあ、あそこ行きましょうか!)
Atgk
嫉妬する真島さんを書きたかった。パッシー君お疲れ様。
クソガキはいつか真島さんから教育を施されることでしょう笑