短編 龍如
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(真島/恋人)
『ん〜〜』
シンプルなグレーのカーテンの隙間から漏れてくる朝日が眠っていたななしの顔を照らした。
眩しさに顔を顰めゆっくりと上半身を起こし、体を伸ばすと凝り固まっていたのかポキポキと音が鳴る。
体が伸びる感覚が気持ちよくてななしの口からは自然と息が漏れ出た。
『…ふふふ、吾朗さん寝てる』
腹の上に重みを感じ、ふと自身の体を見下ろすと一緒に寝ていた真島の逞しい腕がのせられている事に気がついた。
未だにスヤスヤと寝息を立てている真島の刺青が入った腕は昨日の夜からななしの腰に回されたもので。その腕が夜を超えて未だに自身の腰に回されている事がとても可笑しくて、愛おしくて、顔を緩め少し笑ったななしは逞しい真島の肩をひとなでした。
そのままななしは腰付近にある真島の寝顔にかかる髪をそっと退かしてやる。
現れた隻眼は閉じられていたが眠っているというのに眉間にはいつものように皺が寄っている。
このままでは皺がクッキリ刻まれてしまうんじゃないかと若干不安に思いつつ、眉間に人差し指をグリグリと押し付けてみると幾分か取れたようだったがゼロにはならない。
既に刻まれているかもしれない…と苦笑いを受かべたななしはもう取れないかもしれないが僅かな可能性にかけて再度眉間をグリグリと刺激しておいた。
真島の眉間としばしば格闘したあと満足したななしはゆっくりと腕を退かしすとベットから飛び降りる。眠る真島を優しく一瞥した後、寝室の扉をなるべく音をたてぬように開いてリビングダイニングを目指した。
Tシャツと下着だけの格好であった為少し肌寒さを感じたななしはリビングダイニングに入ると暖房のスイッチを入れ、その足で朝のルーティーンを済ませようと洗面所に向かう。
季節は春を迎えようとしているが、今だに朝晩は冷え込み暖房の力を借りてしまう。
布団にいる時は自身の体温や恋人である真島のぬくもりがある為とても暖かい。まだまだ春じゃなくて冬だなぁと寝起きの覚醒しきらない頭でぼんやり考えながら、ななしは速やかに顔を洗い歯磨きに勤しんだ。
洗面所から戻ってくれば寝起きでぼんやりしていた頭も冴えてきてとてもスッキリしている。
今日も仕事を頑張ろと、気合いを入れてまずは腹ごしらえだと冷蔵庫から昨日買い足しておいたりんごジャムと無糖ヨーグルトを取り出した。
『……』
食器棚からガラスの容器も取り出して朝食の準備は万全だったのだが、どうしてかななしの手は止まってしまった。
彼女の視線の先にはまだ一度も開封されたことがないりんごジャムの入った瓶がある。
『絶対…あかない…』
ななしの好物はりんごであり沢山食べるという理由で大きな徳用のジャムを購入するのだが。
そうすると必然的に瓶の蓋も大きなものになり、手の小さいななしではなかなか開封することが出来ない。実際開封作業は決まって真島か、ななしの友人が代わりに行ってくれており自分で開封した試しはない。
違うものを購入すれば解決するのかもしれないが、ななしはこのジャムを長年愛用してきており今更別のものを購入し食べる気にはなれないため今もこの徳用のジャムを使用している。
しかし結局いつも瓶の蓋開け問題と直面してしまう為、次回からはジャムを変えることを視野に入れようとななしは深いため息を着いた。
真島が起きていれば頼めるのだが、心地よさそうに眠っているのを無理に起こしてまで瓶の蓋を開けてもらうのはとても忍びない。
今夜お互い仕事が終わって帰宅した時にでも開けてもらえば解決するし、今日の朝食くらいはジャムなしで食べようとしなだれつつヨーグルトを開封しガラスの容器に移した。
『ん〜、無味』
りんごジャムの入っていないヨーグルトはとても味気ないが、食べられない訳では無い。
独特の香りと無味のヨーグルトを口内で無心のまま味わっていると、不意に背後から机にかけて陰りができた。
『ん、あ。吾朗さん、おはようございます』
「…おはようさん」
陰りができたと同時に顔だけで振り返れば、上半身裸の真島が眠眼のまますぐ側に立っていた。
言葉を発した真島の声がいつもより数段低く、掠れており本当に目が覚めたばかりなのだろうなとななしはクスクスと笑った。
『声掠れてる』
「ほうか」
『セクシーでカッコイイですよ』
「普段かっこよくないみたいに聞こえんで」
『ふふ、どっちもカッコイイですよ』
「ヒヒッ、調子良い奴やで」
『あ、信じてないでしょ』
「どやろな?」
クツクツと喉の奥で笑う真島に対しななしも釣られるようにして笑った。
どんな声をしていようが、見た目をしていようが好きになったのは真島吾朗と言う人柄だ。
決して決まった瞬間だけがかっこいいという訳ではなく、どんな時でもかっこよくななしにとっては愛おしい。
寝起きの掠れた声も、普段の楽しそうな声も。どちらも心の底からかっこいいと本気でななしは思っている。
二人で顔を見合わせ穏やかな時間を過ごしていると、ふと真島の目に何かが写ったらしく、彼の動きが止まった。
どうしたのかと首を傾げて真島を見ていると、逞しい腕が顔を横切り机の上に置いてあったりんごジャムの瓶をヒョイっと持ち上げたのだ。
「これ、開かんのか?」
『試してないけど開かないと思います…って言うか…吾朗さん片手で持ってます?』
「せやなぁ」
『…手ぇ、でっか』
「なんやねんその言い方」
『あまりの大きさに驚いてる言い方です』
重さ的にもそうだが大きさ的にもななしの手には少し余るりんごジャムの瓶の蓋。
手に収まりきらず持とうと思っても持ち上がらないのだが、真島の大きな手では軽々と持てるようだった。
自分との大きさの違いをありありと思い知ったななしは驚きのあまり、瓶を持ち上げている手を凝視してしまった。
「開ければええんか?」
『あ、お願いします』
「ほな、開けんで」
見られながらも真島は空いた手で瓶を掴むと、グッと力を入れる。
すると瞬間的に瓶の蓋が回りポンっと子気味のいい音が響いた。
『す、凄っ』
「開ける時毎回言っとんなぁ、それ」
『いつも思ってるんです!へへへ、吾朗さん本当に凄いなぁ』
「瓶開けただけでそんなに嬉しそうに出来んのはななしくらいやで」
『ありがとうございます、吾朗さん』
「おう、こんなもん朝飯前や」
『ふふ、本当に朝ごはん前ですね』
真島から蓋の開いた瓶を受け取ったななしは、新しいスプーンを食器棚から持ってくると朝食として食べようとしていたヨーグルトの中に適量を入れ、今度は自分でも開けられるように少し緩めに蓋を閉じた。
これでいつも通りの朝食を摂ることができると安堵したななしは再度立っている真島に向けて『いつもありがとう』と微笑んだ。
「かまへんわ、朝飯前言うたやろ」
『でも毎回吾朗さんにひと仕事してもらって申し訳ないです。今度からは違うジャム買ってこようかなぁ…』
いつも、今回に限っては朝イチから、毎回瓶の蓋を開けてもらうのはやはり気が引けるもの。
いくら真島に力があり簡単に開くとはいえ結局瓶の蓋を開けるという行為はひと手間なわけで。
こんな事で頼ってばかりではいけないし、今後は新しい小ぶりのジャムを買った方が真島の手を煩わせることは無いのだろう。
ななしは次は別のものを購入しようと一人うんうん頷きながら納得していると、「あ?別に今まで通りでええやろ」と不機嫌そうな声が前から聞こえてくる。
顔を上げ真島の方へ視線を向けると、眠っていた時よりも眉間に皺を寄せており、声音からも顔つきからも面白くないという感情がダダ漏れであった。
『今まで通りでもいいんですか?また寝起きに開けさせちゃうかもですよ?』
「寝起きでも風呂入っとってもベットん中でも、そんくらいこの先いつでも開けたるわ。変に気ぃ遣わんでええ」
『…ご、吾朗さん』
「ほんま変なことで遠慮しいやのぉ」
"この先いつでも"
そう言った真島の言葉にきっと他意は無いのであろう。
でもななしにとってその言葉は少し特別なものに聞こえて。まるでこの先の未来を共に過ごすと約束してくれているように聞こえて、解釈違いのはずなのにどうも顔面が火照って仕方ない。
きっと真島がみても気付く程、顔が真っ赤になっているに違いない。
ななしはヨーグルトを食べようとしていたスプーンを食器に立てかけると、真っ赤になったことが伝わらぬように自身の手で顔を隠した。
しかし「ヒヒッ」と楽しそうに笑う真島の声が頭上から聞こえてくるので、隠したところで彼には筒抜けなのだろうなと思う。
『…わ、笑わないでください…』
「ヒヒッ、耳真っ赤やで?」
『あ、赤くないです!』
「りんごみたいになっとんでぇ」
『なってないです』
「ほな、顔上げてみぃ」
『……吾朗さんのせいでアタシの心臓いつか止まっちゃう気がする』
「安心せぇ。そん時は濃厚な心臓マッサージと人工呼吸したるわ」
『冗談に聞こえないです…』
「冗談やないからな」
ここまでからかって来るということは彼は確信犯なのかもしれない。
わざと顔を真っ赤にし狼狽えるような言葉を選んだに違いない。
いつもこうして真島のイタズラに翻弄されるものの、愛されていると実感出来るのも確かで。
恥ずかしくもあったが彼から向けられるひたむきな愛はななしをとても満たしてくれている。
こんな何の変哲もない穏やかで幸せな朝をずっと堪能していたいという気持ちが膨らんで来るものの、今日も今日とて真島もななしもそれぞれ仕事がある。
のんびり過ごしていては遅刻してしまうと、名残惜しくもあったが途中にしていたヨーグルトを食べ始めたななし。
『うーん、美味しい。やっぱりこのジャムが一番美味しいです。ふふ、今後もこれ買います』
「おう、そうせぇ」
どこか嬉しそうに笑う真島にななしも釣られるようにして口角をあげて笑った。
『どうです?吾朗さんも食べます?』
「構わんと自分で食べぇ、ただでさえ細いんやさかい」
『ほ、細いですか?そんな事ないと思うけど…』
「お前に挿れると腹に俺のが浮き出んねん。いっつも突き破ってまうんやないか思てこっちはヒヤヒヤしとんや。せやからもっと肥えや、ななし」
『……なんですか、それ』
「あ?気付いとらんのか?」
先程まで彼の愛のあるイタズラでホクホクしていたななしだったのだが。彼の発言に途端に気持ちがスン冷めたのがわかる。
朝から話題にしてはいけないような下世話な事をそこそこ真顔で言ってくるので、たまに真島という男が分からなくなる。
いい雰囲気だったのに、どうしてそっちに話を持っていったのだろう。
男はみんなオオカミ、誰が言った格言かは分からないがまさにその通りだとななしは怒りを通り越しどこか呆れたような乾いた笑いが零れた。
『き、気付きませんよ…て言うかそれ、アタシが細いんじゃなくて吾朗さんのがデカすぎるんじゃないですか?』
「お!成程、それもあるかもしれんな」
『もう、朝からそんな事真剣に語らないでよ〜さっきまであんなにかっこよかったのに〜』
「あ?こっちは心配して言うとんやで?真剣にもなるやろ。それに俺は四六時中かっこええわ」
『分かりました分かりましたかっこいいかっこいい。てか、破けるわけ無いです。怖すぎてびっくりですよ、その発言』
「せやったら、もっと激しくても平気やっちゅう事やな?」
『え!?それとこれとは話が全然違うでしょ!?』
「今夜が楽しみやな〜ななし」
『し、しないから!』
「ヒヒヒッ」
真島との行為はどんなときも激しくて、最終的にはいつも気絶し気付けば朝を迎えている。
ななしにとってはこれ以上ないくらい激しいのに、真島はまだまだ本気ではないらしい。
手加減してくれていたことは知らなかったし満足出来ていなかったとしたらそれは本当に申し訳ないのだが、これ以上激しくされたら最悪腹上死だ。
なにか解決策を探そう。それまでは絶対に同じベットでは寝ないぞと、ななしはヨーグルトを食べながら強く決心した。
真島の熱い視線を一身に受けながらなんとかヨーグルトを完食し逃げるように椅子から立ち上がってシンクに食器を出す。
そのまま顔や髪のセットをしようと道具一式を持って
真島から逃げるようにマッハでリビングのレザー素材のカウチソファに移動した。
しかし真島も負けじとななしの後を追って来るので、結局二人で黒のカウチソファに座ることとなった。
『もう、引っ付きすぎですってば!』
「あ?逃げるからやろ」
『吾朗さんが、…え、えっちなこと言うから悪いんです』
「…お前…それ煽っとんか?」
『あ、煽ってないです!平常です!』
「まぁ、ええ。夜まで待っとったるわ」
『夜もしーなーいー!』
「おうおう、分かったでぇ」
『あやさないで下さい〜!』
「ヒヒッ、この話は夜しよか」
まるで子供をあやす様に、受け流すように、はいはいとぞんざいに扱われて何となく腹が立つ。
しかしななしが怒るよりも先に真島が彼女の両脇に手を入れ抱き抱え、足の間に座らせた。
スッポリ腕の中に収まってしまうと心地よく、怒ろうと身構えていたのにだんだんと落ち着いていくため、やはり恋は盲目なんだなぁとななしは他人事の様に感じた。
背中に真島の逞しい筋肉と、優しい体温を感じながらななしは出勤する為に必要最低限のメイクを施していく。
小さな手鏡に反射する真島の逞しい胸筋と、綺麗な極彩色の刺青をちらりと盗み見しながら。
「ななし、事務所来るんか?」
『ん、そうですね。仕事終わりに行こうかなって思ってましたけど…多分吾朗さんの方が遅いもんね?』
「せやな。待たせるかもしれんが、そのままなんか食いに行こか」
『やったぁ』
「なに食いたいか考えとけよ」
『仕事中に考えときますね!』
「ヒヒッ、仕事中は仕事せぇ」
『ふふっ、吾朗さんに言われたくないですよ?仕事中アタシにメッセージ送ってくるくせに』
「俺は偉いしええねん」
『なにそれずるぅ』
「ずるないわ。だいたい何言うても返信してくるやんけ」
『へへ、だって気になっちゃって』
「…そんな可愛ええ顔しとったらアカンで」
『してません』
「はぁ、夜が待ち遠しいのぉななし」
『もう、またその話するんですか?スケベって呼びますよ?』
「男は皆スケベや、覚えとき」
『……』
結局また下世話な話にそれで行きそうだったのでななしは口を閉じ、無言を貫くことにした。
しばらくして無言に痺れを切らしたか真島がななしの脇腹をくすぐってきたせいで、沈黙はそこで途切れるのだが。
どうにも時間を忘れてしまうほど白熱したくすぐりあいは、ななしを見事に大遅刻させた。
化粧もヘアセットも程々に、真島の部下である西田が運転する車で送ってもらう羽目になる。
『もう、信じらんない!』
「たまには遅刻してもええやろ」
『頻度の問題じゃないんですけど!』
車の中でななしは終始プンプンと怒りへそを曲げていたのだが、真島による行ってらっしゃいの熱〜いキスにより彼女はヘロヘロのまま出勤することを余儀なくされる。
真島に振り回され朝イチから既にとても疲労困憊なななしだったが、それと同時に心は確かに満たされていて。
勿論上司に怒られるわ、同情の目を向けられるわで散々だったが、こんな日がたまにあってもいいと思ってしまうのだから盲る程に真島を愛してやまないのだろう。
今日を乗り切ったら事務所で働く真島にとことんイタズラしてやる、仕返しだ。
そんなことを考えながらななしは遅刻したせいで溜まっていた仕事を気合を入れて終わらせるために、パソコンに向かった。
お粗末!
真島さん宅のイメージで書きました。二人それぞれ家はあるけど半同棲みたいな感じで暮らしてるっていう妄想です。
『ん〜〜』
シンプルなグレーのカーテンの隙間から漏れてくる朝日が眠っていたななしの顔を照らした。
眩しさに顔を顰めゆっくりと上半身を起こし、体を伸ばすと凝り固まっていたのかポキポキと音が鳴る。
体が伸びる感覚が気持ちよくてななしの口からは自然と息が漏れ出た。
『…ふふふ、吾朗さん寝てる』
腹の上に重みを感じ、ふと自身の体を見下ろすと一緒に寝ていた真島の逞しい腕がのせられている事に気がついた。
未だにスヤスヤと寝息を立てている真島の刺青が入った腕は昨日の夜からななしの腰に回されたもので。その腕が夜を超えて未だに自身の腰に回されている事がとても可笑しくて、愛おしくて、顔を緩め少し笑ったななしは逞しい真島の肩をひとなでした。
そのままななしは腰付近にある真島の寝顔にかかる髪をそっと退かしてやる。
現れた隻眼は閉じられていたが眠っているというのに眉間にはいつものように皺が寄っている。
このままでは皺がクッキリ刻まれてしまうんじゃないかと若干不安に思いつつ、眉間に人差し指をグリグリと押し付けてみると幾分か取れたようだったがゼロにはならない。
既に刻まれているかもしれない…と苦笑いを受かべたななしはもう取れないかもしれないが僅かな可能性にかけて再度眉間をグリグリと刺激しておいた。
真島の眉間としばしば格闘したあと満足したななしはゆっくりと腕を退かしすとベットから飛び降りる。眠る真島を優しく一瞥した後、寝室の扉をなるべく音をたてぬように開いてリビングダイニングを目指した。
Tシャツと下着だけの格好であった為少し肌寒さを感じたななしはリビングダイニングに入ると暖房のスイッチを入れ、その足で朝のルーティーンを済ませようと洗面所に向かう。
季節は春を迎えようとしているが、今だに朝晩は冷え込み暖房の力を借りてしまう。
布団にいる時は自身の体温や恋人である真島のぬくもりがある為とても暖かい。まだまだ春じゃなくて冬だなぁと寝起きの覚醒しきらない頭でぼんやり考えながら、ななしは速やかに顔を洗い歯磨きに勤しんだ。
洗面所から戻ってくれば寝起きでぼんやりしていた頭も冴えてきてとてもスッキリしている。
今日も仕事を頑張ろと、気合いを入れてまずは腹ごしらえだと冷蔵庫から昨日買い足しておいたりんごジャムと無糖ヨーグルトを取り出した。
『……』
食器棚からガラスの容器も取り出して朝食の準備は万全だったのだが、どうしてかななしの手は止まってしまった。
彼女の視線の先にはまだ一度も開封されたことがないりんごジャムの入った瓶がある。
『絶対…あかない…』
ななしの好物はりんごであり沢山食べるという理由で大きな徳用のジャムを購入するのだが。
そうすると必然的に瓶の蓋も大きなものになり、手の小さいななしではなかなか開封することが出来ない。実際開封作業は決まって真島か、ななしの友人が代わりに行ってくれており自分で開封した試しはない。
違うものを購入すれば解決するのかもしれないが、ななしはこのジャムを長年愛用してきており今更別のものを購入し食べる気にはなれないため今もこの徳用のジャムを使用している。
しかし結局いつも瓶の蓋開け問題と直面してしまう為、次回からはジャムを変えることを視野に入れようとななしは深いため息を着いた。
真島が起きていれば頼めるのだが、心地よさそうに眠っているのを無理に起こしてまで瓶の蓋を開けてもらうのはとても忍びない。
今夜お互い仕事が終わって帰宅した時にでも開けてもらえば解決するし、今日の朝食くらいはジャムなしで食べようとしなだれつつヨーグルトを開封しガラスの容器に移した。
『ん〜、無味』
りんごジャムの入っていないヨーグルトはとても味気ないが、食べられない訳では無い。
独特の香りと無味のヨーグルトを口内で無心のまま味わっていると、不意に背後から机にかけて陰りができた。
『ん、あ。吾朗さん、おはようございます』
「…おはようさん」
陰りができたと同時に顔だけで振り返れば、上半身裸の真島が眠眼のまますぐ側に立っていた。
言葉を発した真島の声がいつもより数段低く、掠れており本当に目が覚めたばかりなのだろうなとななしはクスクスと笑った。
『声掠れてる』
「ほうか」
『セクシーでカッコイイですよ』
「普段かっこよくないみたいに聞こえんで」
『ふふ、どっちもカッコイイですよ』
「ヒヒッ、調子良い奴やで」
『あ、信じてないでしょ』
「どやろな?」
クツクツと喉の奥で笑う真島に対しななしも釣られるようにして笑った。
どんな声をしていようが、見た目をしていようが好きになったのは真島吾朗と言う人柄だ。
決して決まった瞬間だけがかっこいいという訳ではなく、どんな時でもかっこよくななしにとっては愛おしい。
寝起きの掠れた声も、普段の楽しそうな声も。どちらも心の底からかっこいいと本気でななしは思っている。
二人で顔を見合わせ穏やかな時間を過ごしていると、ふと真島の目に何かが写ったらしく、彼の動きが止まった。
どうしたのかと首を傾げて真島を見ていると、逞しい腕が顔を横切り机の上に置いてあったりんごジャムの瓶をヒョイっと持ち上げたのだ。
「これ、開かんのか?」
『試してないけど開かないと思います…って言うか…吾朗さん片手で持ってます?』
「せやなぁ」
『…手ぇ、でっか』
「なんやねんその言い方」
『あまりの大きさに驚いてる言い方です』
重さ的にもそうだが大きさ的にもななしの手には少し余るりんごジャムの瓶の蓋。
手に収まりきらず持とうと思っても持ち上がらないのだが、真島の大きな手では軽々と持てるようだった。
自分との大きさの違いをありありと思い知ったななしは驚きのあまり、瓶を持ち上げている手を凝視してしまった。
「開ければええんか?」
『あ、お願いします』
「ほな、開けんで」
見られながらも真島は空いた手で瓶を掴むと、グッと力を入れる。
すると瞬間的に瓶の蓋が回りポンっと子気味のいい音が響いた。
『す、凄っ』
「開ける時毎回言っとんなぁ、それ」
『いつも思ってるんです!へへへ、吾朗さん本当に凄いなぁ』
「瓶開けただけでそんなに嬉しそうに出来んのはななしくらいやで」
『ありがとうございます、吾朗さん』
「おう、こんなもん朝飯前や」
『ふふ、本当に朝ごはん前ですね』
真島から蓋の開いた瓶を受け取ったななしは、新しいスプーンを食器棚から持ってくると朝食として食べようとしていたヨーグルトの中に適量を入れ、今度は自分でも開けられるように少し緩めに蓋を閉じた。
これでいつも通りの朝食を摂ることができると安堵したななしは再度立っている真島に向けて『いつもありがとう』と微笑んだ。
「かまへんわ、朝飯前言うたやろ」
『でも毎回吾朗さんにひと仕事してもらって申し訳ないです。今度からは違うジャム買ってこようかなぁ…』
いつも、今回に限っては朝イチから、毎回瓶の蓋を開けてもらうのはやはり気が引けるもの。
いくら真島に力があり簡単に開くとはいえ結局瓶の蓋を開けるという行為はひと手間なわけで。
こんな事で頼ってばかりではいけないし、今後は新しい小ぶりのジャムを買った方が真島の手を煩わせることは無いのだろう。
ななしは次は別のものを購入しようと一人うんうん頷きながら納得していると、「あ?別に今まで通りでええやろ」と不機嫌そうな声が前から聞こえてくる。
顔を上げ真島の方へ視線を向けると、眠っていた時よりも眉間に皺を寄せており、声音からも顔つきからも面白くないという感情がダダ漏れであった。
『今まで通りでもいいんですか?また寝起きに開けさせちゃうかもですよ?』
「寝起きでも風呂入っとってもベットん中でも、そんくらいこの先いつでも開けたるわ。変に気ぃ遣わんでええ」
『…ご、吾朗さん』
「ほんま変なことで遠慮しいやのぉ」
"この先いつでも"
そう言った真島の言葉にきっと他意は無いのであろう。
でもななしにとってその言葉は少し特別なものに聞こえて。まるでこの先の未来を共に過ごすと約束してくれているように聞こえて、解釈違いのはずなのにどうも顔面が火照って仕方ない。
きっと真島がみても気付く程、顔が真っ赤になっているに違いない。
ななしはヨーグルトを食べようとしていたスプーンを食器に立てかけると、真っ赤になったことが伝わらぬように自身の手で顔を隠した。
しかし「ヒヒッ」と楽しそうに笑う真島の声が頭上から聞こえてくるので、隠したところで彼には筒抜けなのだろうなと思う。
『…わ、笑わないでください…』
「ヒヒッ、耳真っ赤やで?」
『あ、赤くないです!』
「りんごみたいになっとんでぇ」
『なってないです』
「ほな、顔上げてみぃ」
『……吾朗さんのせいでアタシの心臓いつか止まっちゃう気がする』
「安心せぇ。そん時は濃厚な心臓マッサージと人工呼吸したるわ」
『冗談に聞こえないです…』
「冗談やないからな」
ここまでからかって来るということは彼は確信犯なのかもしれない。
わざと顔を真っ赤にし狼狽えるような言葉を選んだに違いない。
いつもこうして真島のイタズラに翻弄されるものの、愛されていると実感出来るのも確かで。
恥ずかしくもあったが彼から向けられるひたむきな愛はななしをとても満たしてくれている。
こんな何の変哲もない穏やかで幸せな朝をずっと堪能していたいという気持ちが膨らんで来るものの、今日も今日とて真島もななしもそれぞれ仕事がある。
のんびり過ごしていては遅刻してしまうと、名残惜しくもあったが途中にしていたヨーグルトを食べ始めたななし。
『うーん、美味しい。やっぱりこのジャムが一番美味しいです。ふふ、今後もこれ買います』
「おう、そうせぇ」
どこか嬉しそうに笑う真島にななしも釣られるようにして口角をあげて笑った。
『どうです?吾朗さんも食べます?』
「構わんと自分で食べぇ、ただでさえ細いんやさかい」
『ほ、細いですか?そんな事ないと思うけど…』
「お前に挿れると腹に俺のが浮き出んねん。いっつも突き破ってまうんやないか思てこっちはヒヤヒヤしとんや。せやからもっと肥えや、ななし」
『……なんですか、それ』
「あ?気付いとらんのか?」
先程まで彼の愛のあるイタズラでホクホクしていたななしだったのだが。彼の発言に途端に気持ちがスン冷めたのがわかる。
朝から話題にしてはいけないような下世話な事をそこそこ真顔で言ってくるので、たまに真島という男が分からなくなる。
いい雰囲気だったのに、どうしてそっちに話を持っていったのだろう。
男はみんなオオカミ、誰が言った格言かは分からないがまさにその通りだとななしは怒りを通り越しどこか呆れたような乾いた笑いが零れた。
『き、気付きませんよ…て言うかそれ、アタシが細いんじゃなくて吾朗さんのがデカすぎるんじゃないですか?』
「お!成程、それもあるかもしれんな」
『もう、朝からそんな事真剣に語らないでよ〜さっきまであんなにかっこよかったのに〜』
「あ?こっちは心配して言うとんやで?真剣にもなるやろ。それに俺は四六時中かっこええわ」
『分かりました分かりましたかっこいいかっこいい。てか、破けるわけ無いです。怖すぎてびっくりですよ、その発言』
「せやったら、もっと激しくても平気やっちゅう事やな?」
『え!?それとこれとは話が全然違うでしょ!?』
「今夜が楽しみやな〜ななし」
『し、しないから!』
「ヒヒヒッ」
真島との行為はどんなときも激しくて、最終的にはいつも気絶し気付けば朝を迎えている。
ななしにとってはこれ以上ないくらい激しいのに、真島はまだまだ本気ではないらしい。
手加減してくれていたことは知らなかったし満足出来ていなかったとしたらそれは本当に申し訳ないのだが、これ以上激しくされたら最悪腹上死だ。
なにか解決策を探そう。それまでは絶対に同じベットでは寝ないぞと、ななしはヨーグルトを食べながら強く決心した。
真島の熱い視線を一身に受けながらなんとかヨーグルトを完食し逃げるように椅子から立ち上がってシンクに食器を出す。
そのまま顔や髪のセットをしようと道具一式を持って
真島から逃げるようにマッハでリビングのレザー素材のカウチソファに移動した。
しかし真島も負けじとななしの後を追って来るので、結局二人で黒のカウチソファに座ることとなった。
『もう、引っ付きすぎですってば!』
「あ?逃げるからやろ」
『吾朗さんが、…え、えっちなこと言うから悪いんです』
「…お前…それ煽っとんか?」
『あ、煽ってないです!平常です!』
「まぁ、ええ。夜まで待っとったるわ」
『夜もしーなーいー!』
「おうおう、分かったでぇ」
『あやさないで下さい〜!』
「ヒヒッ、この話は夜しよか」
まるで子供をあやす様に、受け流すように、はいはいとぞんざいに扱われて何となく腹が立つ。
しかしななしが怒るよりも先に真島が彼女の両脇に手を入れ抱き抱え、足の間に座らせた。
スッポリ腕の中に収まってしまうと心地よく、怒ろうと身構えていたのにだんだんと落ち着いていくため、やはり恋は盲目なんだなぁとななしは他人事の様に感じた。
背中に真島の逞しい筋肉と、優しい体温を感じながらななしは出勤する為に必要最低限のメイクを施していく。
小さな手鏡に反射する真島の逞しい胸筋と、綺麗な極彩色の刺青をちらりと盗み見しながら。
「ななし、事務所来るんか?」
『ん、そうですね。仕事終わりに行こうかなって思ってましたけど…多分吾朗さんの方が遅いもんね?』
「せやな。待たせるかもしれんが、そのままなんか食いに行こか」
『やったぁ』
「なに食いたいか考えとけよ」
『仕事中に考えときますね!』
「ヒヒッ、仕事中は仕事せぇ」
『ふふっ、吾朗さんに言われたくないですよ?仕事中アタシにメッセージ送ってくるくせに』
「俺は偉いしええねん」
『なにそれずるぅ』
「ずるないわ。だいたい何言うても返信してくるやんけ」
『へへ、だって気になっちゃって』
「…そんな可愛ええ顔しとったらアカンで」
『してません』
「はぁ、夜が待ち遠しいのぉななし」
『もう、またその話するんですか?スケベって呼びますよ?』
「男は皆スケベや、覚えとき」
『……』
結局また下世話な話にそれで行きそうだったのでななしは口を閉じ、無言を貫くことにした。
しばらくして無言に痺れを切らしたか真島がななしの脇腹をくすぐってきたせいで、沈黙はそこで途切れるのだが。
どうにも時間を忘れてしまうほど白熱したくすぐりあいは、ななしを見事に大遅刻させた。
化粧もヘアセットも程々に、真島の部下である西田が運転する車で送ってもらう羽目になる。
『もう、信じらんない!』
「たまには遅刻してもええやろ」
『頻度の問題じゃないんですけど!』
車の中でななしは終始プンプンと怒りへそを曲げていたのだが、真島による行ってらっしゃいの熱〜いキスにより彼女はヘロヘロのまま出勤することを余儀なくされる。
真島に振り回され朝イチから既にとても疲労困憊なななしだったが、それと同時に心は確かに満たされていて。
勿論上司に怒られるわ、同情の目を向けられるわで散々だったが、こんな日がたまにあってもいいと思ってしまうのだから盲る程に真島を愛してやまないのだろう。
今日を乗り切ったら事務所で働く真島にとことんイタズラしてやる、仕返しだ。
そんなことを考えながらななしは遅刻したせいで溜まっていた仕事を気合を入れて終わらせるために、パソコンに向かった。
お粗末!
真島さん宅のイメージで書きました。二人それぞれ家はあるけど半同棲みたいな感じで暮らしてるっていう妄想です。