短編 龍如
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(支配人/恋人/誕生日)
眠い。
その一言につきる。
グランドのスタッフルームで数多の紙切れと睨めっこしている真島は睡魔と気怠さと戦っていた。
今日の営業は終わったものの彼の仕事が終わった訳では無く、真島にとっては寧ろこれからが本番といえよう。
今日の売上のまとめ、備品のチェックに発注、従業員のシフト決め、人員管理、その他もろもろ。やることは山のようにあり、営業が終わったからと言って休める訳では無い。
机に置かれた数々の書類が視界に入るだけでも頭が痛くなるようで、終わらせねば帰る事が出来ないとわかっていてもどうしても気乗り出来ずにいる。
何故こんなことをしないといけないのかと、苛立つものの何があっても全て受け入れて生きていくと決めたのは真島自身であるため、このまま放置と言う訳にもいかない。
どう足掻いても最も苦手とするデスクワークからは逃げらない真島は、静かなスタッフルームにでかでかと響くようなため息を吐き出した。
『真島さん、お疲れ様です』
「…おう、お疲れさん」
やる気も起きずぼんやりとしていた真島へ声を掛けたのは、グランドでボーイとして働いているななしだ。
所謂"訳あり"で働かされているななしであるが、一生懸命に生きており、いつだって明るく振る舞う彼女のひたむきさに真島はとても惹かれている。
そんなななしと結ばれたのはほんの数ヶ月前。
知らず知らずのうちにお互いがお互いに惹かれていて自然と恋人関係に発展した。
付き合ったからと言って真島の境遇もななしの人生も変わることは無かったが、真島にとってななしとは荒んだ心を癒してくれる唯一の大切な存在であった。
そんなななしがゆっくりスタッフルームに入ってくると腕組みをし目を瞑っている真島のすぐ側までやってくる。
『ふふ、眠たいんですか?』と座る真島の肩に優しく手を置きながら笑っているななし。彼女が笑う度に小さく揺れる振動が心地よくて、真島の睡魔をこれでもかと加速させた。
背に立っているななしの胸あたりに頭を預けて「目ぇ開かんわ」と返すと、再び笑い声と優しく頭を撫でる手が降りてくる。
しかも『少し寝てもいいんですよ?』と優しく囁くので、本当にこのまま眠ってしまいそうになる。
「そういうの悪魔の囁きって言うんやで」
『ふふ、アタシが悪魔ですか?』
「…今は悪魔かもしれんな」
『今は?』
「普段は小動物」
『ふふふっ、なんですかそれ。でも少し寝て頭スッキリさせるのも結構効率が上がったりするんですよ?』
「このまま寝たらななしもしばらく帰れんようになるやろ。それに多分朝まで起きんで」
『アタシはこのまま真島さんと一緒に居られるのは嬉しいからいいんですけど、朝まで寝ちゃったらまずいですね』
「サラッと凄いこと言うたでななし」
『え?』
「…気にせんでもええ。せや、なんでもええし眠気覚めるような話してくれへんか?」
『眠気が覚めるですか?』
ななしがなんの気なしに発した言葉に些かたじろいでしまう。本人は無自覚で劣情を刺激するような言葉を発しているためなかなか質が悪い。
今夜帰さんぞ!と口をついて出そうになるがなんとか飲み込んで、真島は眠ってしまわないように睡魔を吹き飛ばすような話をしてくれとななしに提案した。
頭を撫でる手を止めること無くしばしば思案したななしは、『そういえば』と何かを思い出したらしくそう切り出した。
『今日…と言ってももう12時回ったんで昨日なんですけどね!なんの日だったか知ってますか?』
「昨日…何日やった?」
『5月14日ですよ。ヒントは第二日曜日ですね!』
「第二日曜日…14日」
『考えてください!多分頭が冴えてきますよ〜!』
『頑張れ真島さん!』と頭をわしゃわしゃ撫でるななしを好きにさせてやりながら、聞いた数字を頭にうかべて真島は考えた。
第二日曜日…床屋は確か第一、第三が休日だったか。
…まぁ、なにか関連があるのかは分からないが。
思い当たるのは、14日。
ななしが知っているかは分からないが、5月14日と言えば…。
「……誕生日やな」
『…へ?』
「他は思い当たらんわ」
『た、誕生日…誕生日?ぇ…ま、真島さんの誕生日ですか!?』
「確かそうやったはずや、ホンマは何の日やってん?」
『は、母の日ですけど、それよりも真島さんの誕生日ですよ!』
「ほ〜第二日曜日は母の日なんやな」
母の日など生きてきた中で祝った試しはなく、自分には程々に縁のないものだったため存在自体知らなかった真島。
そう言えばキャストの女の子達も母へ何を送るか、どうかと忙しなく話していたような気がする。
今日が母の日であったから母親の話題がチラホラ聞こえてきたのか真島は一人納得するようだった。
そんな真島の背中側に立っていたななしは、呑気に「なるほどな」とぼんやりしている彼を見ながらわなわなと震えていた。
─── 真島さんの誕生日が昨日だったなんて…。
誕生日を知らなかったのもそうだが、昨日であったことも祝えなかったことも今のななしにとってはとてつもなく悔しく寂しいことだったのだ。
恋人としてそばに居るはずなのに大切な日を見過ごし『おめでとう』ということさえ出来なかった。
このままでいい訳が無い。
真島が生まれた日、一年に一度の特別な日。
恋人として、やはりこのままでは終わらせられないとななしは決心するように人知れず拳を握った。
眠眼で書類とにらめっこしている真島の事を横から覗き込むとななしは、真剣な眼差しでまくし立てるように話し始めた。
『ま、真島さん!まだお仕事終わらないんですよね!?』
「おう、もう少しかかるわ」
『ですよね!!じゃ、アタシ少し買い出しに行ってくるのでのんびり仕事をしていて下さい!』
「あ?こんな時間から一人で外に何を買い出しに行くねん。ここで待っとったらええやろ」
『いえ、気にしないでください。行ってきます!!!』
「おい、ななし!」
『大丈夫です!20分もかからないはずです!!』
「そういう問題やないやろ!…足速っ」
ななしは真島の傍からとんでもない速さでスタートダッシュを決めると、勢い良くスタッフルームから飛び出して行ってしまったのだ。
二人しかいない静かなグランド内で、ななしが廊下を走りさる足音だけが響いていた。
いつもどちらかといえばお淑やかで、大人しいななしが真島の言うことを振り切ってまで行動するのはとても珍しい。
普段見ることがないだけに真島もどこか驚いた様子であった。
「…嗾けてもうたか」
一人残された真島はポツリと呟いた。
別に祝って欲しいだとか認知して欲しいという理由で14日が誕生日である事を伝えた訳では無かったのだが、思いとは裏腹にななしの何かを刺激してしまったのだろう。
気を利かせて買い出しに行ったかもしれないななしに対して申し訳なく思う感情と、たかが誕生日にそこまで本気にならなくてもと少し冷めた感情が心の中でせめぎあい妙な気持ちになってしまった。
真島にとって誕生日というのは、ただ自分がこの世に生まれた日というだけでめでたい日でも特別な日でもないと認識している。
遠い昔に盃を交わした兄弟とその妹と三人で誕生日を祝ったこともあったが、毎年律儀に行っていた訳では無い。
気が向いて暇があった時、ただ普段より美味しいものを食べるだけ。
祝う気持ちより美味いものにありつけることの方が嬉しかったものだが。
「…あの子はそうやないんやな」
慌てて飛び出して行ったななしを見るに彼女にとっての誕生日というのは少なからず特別だと思えるものなのだろう。
いくら考えても真島にはどう特別であるかは到底理解できなかったのだが、自分のためにと行動を起こしてくれたであろうななしを想うとどこか胸が締め付けられ、擽ったい気持ちになるようであった。
自分の心の中にもまだそう言った感情がある事に些か驚いた真島だが、自然と悪い気はしなかった。
*********
『はぁ!あ、あった〜〜』
肩で大きく息をしながら訪れたMストア蒼天堀店のスイーツコーナーでななしは安堵のため息を着いた。
レジの向こう側にいた店員にジロリと訝しげに見られてしまい慌てて口元を抑え、走ってきたため乱れた息を整えるように深呼吸をする。
『ふぅ』
何度か大きく深呼吸を繰り返しすとだんだんと呼吸が落ち着いてくる。
店員の目線を気にしながらスイーツコーナーに置かれたショートケーキを手に取ったななし。
『良かったっっ!』
実はこの蒼天堀店に来る前に招福町にあるMストアを訪れていたのだが、生憎そこには誕生日を祝えるようなケーキはなかった。
そもそもスイーツ全般が売り切れでありこれでは簡易的に祝うことさえできないと、もう一つ近場にある蒼天堀店にへと訪れていた。
そのため南から北に、東から西に、沢山移動したななしの息はこれでもかと乱れていたのだ。
しかしここまでやって来たかいがありこれ以上移動しなくてすみそうである。
ななしは他にも小腹が満たせそうなもの、暖かい飲み物、酒のつまみになるようなものを片っ端からカゴの中に放り込んで会計に向かった。
気怠そうな店員の袋詰めを早く早くと急かすうに見つめながらななしは真島のことばかり考えていた。
───眠たそうにしていたけど、寝落ちしていないかな。仕事進んでいるかな。勝手に飛び出して怒っていないかな。一人で寂しくはないかな。
恋人の事を考え出すとどうにも止まらず、グランドで一人待っているであろう真島に早く会いたくてたまらなくなってくる。
のんびり袋詰めをする店員に内心で文句を言いながらななしはそわそわと店内の時計を見つめた。
このコンビニからなら走って五分も掛からずグランドに帰れる。
そうしたら真島と共に昨日の誕生日を少しだけ祝おう。最後はちゃんと『お誕生日おめでとう』と伝えよう。
「ありやとやした〜」
適当に挨拶をした店員に一礼した後、ななしはコンビニの袋を大切に抱えたままグランドに向かって一生懸命に走った。
グランドに着いた後は裏口に周りスタッフルームに居るであろう真島の元に向かう。
なるべく形が崩れぬように持ってきたケーキが無事かを確認してななしはそっとスタッフルームの扉を開いた。
『ま、真島さん!お疲れ様です。どうですか?捗りましたか?』
「ななし…人の話聞かんと飛び出すのはやめぇ。仕事はまぁ、ボチボチやな」
『は、はい。すみません…』
「怪我もナンパも無かったか?」
『ふふ、なにもありませんよ。それより休憩しましょう。それから真島さんの誕生日も簡易的ではありますが祝いましょう。一日遅れちゃったけど』
「律儀なやっちゃな」
祝いたい一心で飛び出した事が真島にはすこし引っかかったらしく、咎めるように言う声音はいつもより少し低く感じられた。
真島なりに心配してくれたのだろう。それに静止を振り切って飛び出したのはななしの方であるし、真島の怒りはご最もだ。
ただななしは申し訳なく思うものの、祝いたい気持ちは怒られようが変わることはない。
素直に祝いたいことを真島に伝えると彼は少し呆れているようだったが、満更でもなさそうに笑ってくれた。
ななしはそんな真島の穏やかな笑みにつられて笑うと、コンビニの袋を机に置いて中のものを広げていく。
『小腹すいてますか?』
「おう、さすがななし。俺の好みのもんも買うて来てくれたんやな」
『ふふふ、真島さんこういうの好きですもんね』
「ほな、キッチンで飲みもんかっぱらって来るわ。ななしはどないする?」
『アタシはコンビニで買ったお茶で大丈夫です。真島さんは主役なので好きな物飲んでくださいね!バレないように!』
「ヒヒッ、おう」
ななしの頭を二度ほど撫でてスタッフルームから出ていった真島。
直ぐに戻ってきた彼の手にはグランドで提供している少しお高めのお酒があり、「日頃扱き使われとるんやしこんくらいええやろ」とどこかイタズラに口角をあげていた。
普段グランド の支配人を務めている真島は大人しく、標準語で喋り腰が低い。
客商売であるし接客などを行う際は勿論物腰低く、低姿勢で対応する必要があるため普段の真島は正しいと言えるのだが。
酒を片手に無邪気に笑っている今の真島の方がななしにとっては馴染み深く、本当の姿に近いのではないかと思っている。
真島と付き合ってはいるが謎も多く、きっと知らない一面もまだまだあるのだろう。
それでも今目の前にいる真島の方が彼らしいと思えたのだ。
『真島さん、本当にすみません。知ってたらなにかしら用意したんですけど』
「ん?そんなもん気にせんでええわ。誕生日を祝うっちゅう事がそもそも珍しいんやさかい」
『え?そうなんですか?』
「ま、こんな人生やしな。誕生日なんかよりも優先することがぎょうさんあったんや」
『そ、そうだったんですね』
真島がここで働いている理由は朧気だが知っている。
極道に復帰するためだ。
その為にお金が必要でここの支配人をしているらしい。
故に"こんな人生"とは極道の事を指しているのだろう。
今まで祝うことがなかったのも極道での仕事が方が忙しく、暇がなかったということなのだろうか。
『真島さんの気持ちも考慮しないで祝おうなんて言っちゃいましたね…すみません』
いつも通り過ごすつもりで特に誕生日を教えてくれていなかったとしたらとても悪い事をしてしまったかもしれないとななしはそう感じた。
わざわざ一人ではしゃぎ、更には大事 にして。
仕事の時間を割いてまで誕生日を祝おうとしているだなんて…。
結局全てが真島が望むものとは正反対に向かっていたかもしれないと思うと申し訳なくて仕方がなかった。
ななしは温かいお茶をキュッと握りしめて、お酒を開封している真島を見つめた。
「…ま、昔はそうやってん。けど、今は少し違ってな」
『?』
「今も祝わんでもええと思っとるんやけどな、」
『は、はい』
「それだけやない」
こちらを見つめた隻眼とななしの視線が絡まった。
そうすると真島の大きく少しカサついた手が伸びてきてななしの柔らかな頬に触れた。
手のひら全体が顎を包み、親指の腹が撫でるように頬を滑るので擽ったくて仕方がない。
自然と零れてくる笑いでななしの肩は小さく揺れた。
「ななしがな、俺のために行動起こしてくれとんの見たらな嬉しなってん。こんな俺のために何かをしようってそう思ってくれたななしの心根が…ホンマに愛おしいんや」
『ま、真島さん』
「色々考えてくれておおきに。そんだけで十分やでななし」
『おおきになんてそんな、アタシこそなにも考えずに行動してすみません』
「なに言うとんねん。謝る必要なんてないわ。言うたやろ、嬉しいって」
『本当ですか?』
「本当や、なんや信じとらんのか?」
『気遣ってくれてるのかなって』
「本心や。なんなら嬉しすぎてここで手ぇ出したろかなって思っとる」
『え!?だ、ダメですよ!?』
「流石にここでは無理やし、ななしが買うてきてくれたもんさらえてから家行こか。楽しみにしとんで」
『も、もう…でも、ふふ。ありがとう真島さん』
触れていた手が顔を起こすように動いた後、真島の顔がゆっくりとこちらに近付いてくる。そのまま少し引き寄せられてななしと真島の唇がピッタリ重なった。
お互い温かな感触と心地良さを堪能するように少しだけ唇を動かして、優しいキスに酔いしれた。
真島に"祝ってあげたい"と思った気持ちが少しは届いているのかもしれないと感じたななし。
いつもどんな時も気持ちを汲んで理解しようとしてくれる真島の優しさが愛おしくて。
キスで早鐘を打っていた胸の奥がキュンと鷲掴みにされるようだった。
『んっ…はぁ…真島さん。お誕生日おめでとうございます。これからもずっと祝わせて下さいね』
「おう、おおきに。ほんならこれからも傍で一番に祝って貰うかのぉ」
『ふふふ、勿論。アタシが一番に祝いますね』
「ヒヒッ、楽しみにしとるで」
真島の額とななしの額がピッタリとくっつくとどちらからともなくクスクスと笑いだした。
胸が暖かくなるようだったななしは目の前の逞しい腕の中にギュッと抱きついたのだった。
***********
「ななし」
『うん?』
「お前も律儀なやっちゃな」
『え〜?なにがです?』
真島の革手袋が嵌められた手の上にはななしの小さく綺麗な手が重ねられている。
律儀だとそう言った真島の方へ視線を向けると、彼はどこか懐かしむような表情をしており「なんでもあらへんわ」とどこか感慨深そうにそう呟いた。
ななしはどういうことだとベッドの上に座る真島にに四つん這いで詰め寄った。
顔を覗き込むと「ヒヒッ」と低く楽しそうな声が発せられ、真島が上機嫌であることが分かる。
まぁ、自分の誕生日なのだから嬉しくもなるかと楽しそうに笑っている真島にななしもニコニコと笑みを浮かべた。
『それにしても綺麗ですね〜吾朗さん』
「せやな、お前もなかなかセンスええやんけ」
『でしょう!もっと褒めてくれても良いんですよ!』
「おうおう、偉い偉い。頭撫でたるわ」
『ふふふっ、髪ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん!』
キングサイズのベッドにいる真島とななしのすぐ側にある大きな窓は神室町の夜景を一望することが出来る。
ネオンが輝く神室町は上空から眺めると普段とはまた違った景色を見せてくれてくれる。
いつもは賑やかで騒がしいくらいなのにこうしてホテルの一室から見下ろしていると穏やかで喧騒とは無縁に見えた。
いつも静かで輝かしいだけならどれほど美しいことだろうか。
『ま、吾朗さんの事務所からも夜景って見えるんですけどねぇ。少し代わり映えしなかったかもです』
「あ?全然ちゃうやろ。仕事とプライベートなんやし根本的にちゃうわ」
『そうですか?』
「そうやろ」
『ふふ、嬉しい』
「言うたやろ、俺のために何かをしようってそう思ってくれたななしの心根が愛おしいんやって」
『え?言いましたっけ?』
「言うたやろ、何十年も前に一回」
『ちょっと待って下さい。それ出会った当時でしょ?覚えてないですよ!ノーカンですノーカン』
「ななし、ノーカンなんて今の若いもんには翻訳出来ひんで」
『え!?これって死語ですか!?もう二度とつかいません!』
「ヒヒッ、アホやなぁ」
若い世代とのジェネレーションギャップを感じてしまい、真島の誕生日だと言うのにズーンと沈んでしまったななし。
もう二度と使わないと決心したように拳を握ったななしはそのままベッドから飛び降りると、大きな窓の傍により外の景色を眺めた。
『夜景をみて死語の事は忘れました。はい、浄化しました』
「俺の前ではつこても通じるで?」
『嫌ですよ。普段使いしてたら咄嗟に使っちゃうんですからね!その時恥かいちゃうでしょう』
「ええやんけ、その都度説明したれや」
『そんなことしたら絶対だめですよ!?もしかしてそういうこと西田さん達にやってるんですか?』
「ヒヒッ、どやろな」
『おじさん認定されちゃいますよ!』
「おじさんなんやしええやろがい」
『まだまだ若いでしょ。もう吾郎さんの昭和脳』
「今日の主役に向かってなんちゅう言い草すんねん」
『ふふふ、だって本当のことだもん』
「言うたなななし」
『わぁ!吾朗さんっ』
ベッドで寛いでいた真島もななしの居る大きな窓のほうへやって来ると、後ろから追い詰めるようにして壁に手を付けた。
所謂壁ドン状態になってしまったななしは急に至近距離にやってきた真島にたいそう驚いたらしく、目を見開いている。
『びっくりしました』
「はぁ、ななし」
『なんですか?』
艶のある息を吐いた真島。
どうしたのかと頬を撫で、そのまま両手で挟み込むように掴むと熱を孕んだ隻眼がこちらを鋭く見つめてくる。
「おおきに」
それから低く小さく呟くようにそう言った真島。
ななしはそんな真島が愛おしくて、小さく笑った後傍にあった唇に自らの唇を寄せた。
『ふふ、お誕生日おめでとうございます、今年も祝わせてくれてありがとうございます。これからも祝われて下さいね』
「ヒヒッ、おう。楽しみにしとんで」
今度は触れるだけではなくお互いの息を食むような妖艶で濃厚なキスを交わした真島とななし。
無我夢中で口内を舐め尽くし舌を絡め合うと、それだけでななしは快感に体が震え力が入らなくなってしまう。
腰が砕けてしまったななしは窓に凭れかかりながら必死に真島の首に腕を回ししがみついた。
「はぁ、ホンマにエロいやっちゃな」
『はぁ…ん、吾朗さんこそえっちです』
「ほな、誕生日プレゼントもらおうかのぉ」
『ん、いいですよ。今日は特別な日なんですからね』
「おう、遠慮せず行かせてもらうわ」
『ふふ、お手柔らかに』
「明日休み取ったんやろ?」
『勿論』
「ほな、手加減はせぇへんで」
『…ふふ、ん。休み一日じゃ足りなくなっちゃう…』
「ヒヒッ、とんでもない殺し文句やで」
『殺さないでね?』
「どやろなぁ?」
喋りながらもお互いの服をまさぐって徐々に脱がせあった。
『はっ、吾朗さんっ。愛してますっ』
「おう。俺も、愛しとんで」
何年経っても何十年経っても、こうして変わらず二人で誕生日を祝えたらいい。
前日には組の人達と、当日は二人きりで。そうして死ぬまで誕生日を共に過ごすんだ。
与えられる快楽に目眩を感じながら、ななしは真島と過ごす人生に想いを馳せゆっくりと流れる穏やかで淫らな時間に身を興じたのだった。
(吾朗さん、お誕生日おめでとうございますっ)
(何回言うねん。ななし)
(まだまだ吾朗さんの誕生日のうちは言います。多分100回は言う)
(アホか!そんなに言わんでええわ。ロボットか)
(えぇ、酷い。お祝いしたい気持ちの現れじゃないですか〜)
(せやったらもっと別の言葉で伝えや)
(別のぉ?)
(もっとシたい、イキたい、吾朗さんを下さいや。言うてみい)
(吾朗さん、お誕生日おめでとうございます!!)
(話聞いとったんか?)
(もう沢山頂きました、おなかいっぱいです)
(お前割かし大食いなんやしもっとイけるやろ?もう一回すんで)
(え!?アタシもう眠いんだけど)
(俺の誕生日なんやし、俺の好きなことさせぇや)
(そ、そんな乱暴な…)
何十年先も君と
(同じ時を過ごせたらいい)
2023.05.14 Happy birthday!
眠い。
その一言につきる。
グランドのスタッフルームで数多の紙切れと睨めっこしている真島は睡魔と気怠さと戦っていた。
今日の営業は終わったものの彼の仕事が終わった訳では無く、真島にとっては寧ろこれからが本番といえよう。
今日の売上のまとめ、備品のチェックに発注、従業員のシフト決め、人員管理、その他もろもろ。やることは山のようにあり、営業が終わったからと言って休める訳では無い。
机に置かれた数々の書類が視界に入るだけでも頭が痛くなるようで、終わらせねば帰る事が出来ないとわかっていてもどうしても気乗り出来ずにいる。
何故こんなことをしないといけないのかと、苛立つものの何があっても全て受け入れて生きていくと決めたのは真島自身であるため、このまま放置と言う訳にもいかない。
どう足掻いても最も苦手とするデスクワークからは逃げらない真島は、静かなスタッフルームにでかでかと響くようなため息を吐き出した。
『真島さん、お疲れ様です』
「…おう、お疲れさん」
やる気も起きずぼんやりとしていた真島へ声を掛けたのは、グランドでボーイとして働いているななしだ。
所謂"訳あり"で働かされているななしであるが、一生懸命に生きており、いつだって明るく振る舞う彼女のひたむきさに真島はとても惹かれている。
そんなななしと結ばれたのはほんの数ヶ月前。
知らず知らずのうちにお互いがお互いに惹かれていて自然と恋人関係に発展した。
付き合ったからと言って真島の境遇もななしの人生も変わることは無かったが、真島にとってななしとは荒んだ心を癒してくれる唯一の大切な存在であった。
そんなななしがゆっくりスタッフルームに入ってくると腕組みをし目を瞑っている真島のすぐ側までやってくる。
『ふふ、眠たいんですか?』と座る真島の肩に優しく手を置きながら笑っているななし。彼女が笑う度に小さく揺れる振動が心地よくて、真島の睡魔をこれでもかと加速させた。
背に立っているななしの胸あたりに頭を預けて「目ぇ開かんわ」と返すと、再び笑い声と優しく頭を撫でる手が降りてくる。
しかも『少し寝てもいいんですよ?』と優しく囁くので、本当にこのまま眠ってしまいそうになる。
「そういうの悪魔の囁きって言うんやで」
『ふふ、アタシが悪魔ですか?』
「…今は悪魔かもしれんな」
『今は?』
「普段は小動物」
『ふふふっ、なんですかそれ。でも少し寝て頭スッキリさせるのも結構効率が上がったりするんですよ?』
「このまま寝たらななしもしばらく帰れんようになるやろ。それに多分朝まで起きんで」
『アタシはこのまま真島さんと一緒に居られるのは嬉しいからいいんですけど、朝まで寝ちゃったらまずいですね』
「サラッと凄いこと言うたでななし」
『え?』
「…気にせんでもええ。せや、なんでもええし眠気覚めるような話してくれへんか?」
『眠気が覚めるですか?』
ななしがなんの気なしに発した言葉に些かたじろいでしまう。本人は無自覚で劣情を刺激するような言葉を発しているためなかなか質が悪い。
今夜帰さんぞ!と口をついて出そうになるがなんとか飲み込んで、真島は眠ってしまわないように睡魔を吹き飛ばすような話をしてくれとななしに提案した。
頭を撫でる手を止めること無くしばしば思案したななしは、『そういえば』と何かを思い出したらしくそう切り出した。
『今日…と言ってももう12時回ったんで昨日なんですけどね!なんの日だったか知ってますか?』
「昨日…何日やった?」
『5月14日ですよ。ヒントは第二日曜日ですね!』
「第二日曜日…14日」
『考えてください!多分頭が冴えてきますよ〜!』
『頑張れ真島さん!』と頭をわしゃわしゃ撫でるななしを好きにさせてやりながら、聞いた数字を頭にうかべて真島は考えた。
第二日曜日…床屋は確か第一、第三が休日だったか。
…まぁ、なにか関連があるのかは分からないが。
思い当たるのは、14日。
ななしが知っているかは分からないが、5月14日と言えば…。
「……誕生日やな」
『…へ?』
「他は思い当たらんわ」
『た、誕生日…誕生日?ぇ…ま、真島さんの誕生日ですか!?』
「確かそうやったはずや、ホンマは何の日やってん?」
『は、母の日ですけど、それよりも真島さんの誕生日ですよ!』
「ほ〜第二日曜日は母の日なんやな」
母の日など生きてきた中で祝った試しはなく、自分には程々に縁のないものだったため存在自体知らなかった真島。
そう言えばキャストの女の子達も母へ何を送るか、どうかと忙しなく話していたような気がする。
今日が母の日であったから母親の話題がチラホラ聞こえてきたのか真島は一人納得するようだった。
そんな真島の背中側に立っていたななしは、呑気に「なるほどな」とぼんやりしている彼を見ながらわなわなと震えていた。
─── 真島さんの誕生日が昨日だったなんて…。
誕生日を知らなかったのもそうだが、昨日であったことも祝えなかったことも今のななしにとってはとてつもなく悔しく寂しいことだったのだ。
恋人としてそばに居るはずなのに大切な日を見過ごし『おめでとう』ということさえ出来なかった。
このままでいい訳が無い。
真島が生まれた日、一年に一度の特別な日。
恋人として、やはりこのままでは終わらせられないとななしは決心するように人知れず拳を握った。
眠眼で書類とにらめっこしている真島の事を横から覗き込むとななしは、真剣な眼差しでまくし立てるように話し始めた。
『ま、真島さん!まだお仕事終わらないんですよね!?』
「おう、もう少しかかるわ」
『ですよね!!じゃ、アタシ少し買い出しに行ってくるのでのんびり仕事をしていて下さい!』
「あ?こんな時間から一人で外に何を買い出しに行くねん。ここで待っとったらええやろ」
『いえ、気にしないでください。行ってきます!!!』
「おい、ななし!」
『大丈夫です!20分もかからないはずです!!』
「そういう問題やないやろ!…足速っ」
ななしは真島の傍からとんでもない速さでスタートダッシュを決めると、勢い良くスタッフルームから飛び出して行ってしまったのだ。
二人しかいない静かなグランド内で、ななしが廊下を走りさる足音だけが響いていた。
いつもどちらかといえばお淑やかで、大人しいななしが真島の言うことを振り切ってまで行動するのはとても珍しい。
普段見ることがないだけに真島もどこか驚いた様子であった。
「…嗾けてもうたか」
一人残された真島はポツリと呟いた。
別に祝って欲しいだとか認知して欲しいという理由で14日が誕生日である事を伝えた訳では無かったのだが、思いとは裏腹にななしの何かを刺激してしまったのだろう。
気を利かせて買い出しに行ったかもしれないななしに対して申し訳なく思う感情と、たかが誕生日にそこまで本気にならなくてもと少し冷めた感情が心の中でせめぎあい妙な気持ちになってしまった。
真島にとって誕生日というのは、ただ自分がこの世に生まれた日というだけでめでたい日でも特別な日でもないと認識している。
遠い昔に盃を交わした兄弟とその妹と三人で誕生日を祝ったこともあったが、毎年律儀に行っていた訳では無い。
気が向いて暇があった時、ただ普段より美味しいものを食べるだけ。
祝う気持ちより美味いものにありつけることの方が嬉しかったものだが。
「…あの子はそうやないんやな」
慌てて飛び出して行ったななしを見るに彼女にとっての誕生日というのは少なからず特別だと思えるものなのだろう。
いくら考えても真島にはどう特別であるかは到底理解できなかったのだが、自分のためにと行動を起こしてくれたであろうななしを想うとどこか胸が締め付けられ、擽ったい気持ちになるようであった。
自分の心の中にもまだそう言った感情がある事に些か驚いた真島だが、自然と悪い気はしなかった。
*********
『はぁ!あ、あった〜〜』
肩で大きく息をしながら訪れたMストア蒼天堀店のスイーツコーナーでななしは安堵のため息を着いた。
レジの向こう側にいた店員にジロリと訝しげに見られてしまい慌てて口元を抑え、走ってきたため乱れた息を整えるように深呼吸をする。
『ふぅ』
何度か大きく深呼吸を繰り返しすとだんだんと呼吸が落ち着いてくる。
店員の目線を気にしながらスイーツコーナーに置かれたショートケーキを手に取ったななし。
『良かったっっ!』
実はこの蒼天堀店に来る前に招福町にあるMストアを訪れていたのだが、生憎そこには誕生日を祝えるようなケーキはなかった。
そもそもスイーツ全般が売り切れでありこれでは簡易的に祝うことさえできないと、もう一つ近場にある蒼天堀店にへと訪れていた。
そのため南から北に、東から西に、沢山移動したななしの息はこれでもかと乱れていたのだ。
しかしここまでやって来たかいがありこれ以上移動しなくてすみそうである。
ななしは他にも小腹が満たせそうなもの、暖かい飲み物、酒のつまみになるようなものを片っ端からカゴの中に放り込んで会計に向かった。
気怠そうな店員の袋詰めを早く早くと急かすうに見つめながらななしは真島のことばかり考えていた。
───眠たそうにしていたけど、寝落ちしていないかな。仕事進んでいるかな。勝手に飛び出して怒っていないかな。一人で寂しくはないかな。
恋人の事を考え出すとどうにも止まらず、グランドで一人待っているであろう真島に早く会いたくてたまらなくなってくる。
のんびり袋詰めをする店員に内心で文句を言いながらななしはそわそわと店内の時計を見つめた。
このコンビニからなら走って五分も掛からずグランドに帰れる。
そうしたら真島と共に昨日の誕生日を少しだけ祝おう。最後はちゃんと『お誕生日おめでとう』と伝えよう。
「ありやとやした〜」
適当に挨拶をした店員に一礼した後、ななしはコンビニの袋を大切に抱えたままグランドに向かって一生懸命に走った。
グランドに着いた後は裏口に周りスタッフルームに居るであろう真島の元に向かう。
なるべく形が崩れぬように持ってきたケーキが無事かを確認してななしはそっとスタッフルームの扉を開いた。
『ま、真島さん!お疲れ様です。どうですか?捗りましたか?』
「ななし…人の話聞かんと飛び出すのはやめぇ。仕事はまぁ、ボチボチやな」
『は、はい。すみません…』
「怪我もナンパも無かったか?」
『ふふ、なにもありませんよ。それより休憩しましょう。それから真島さんの誕生日も簡易的ではありますが祝いましょう。一日遅れちゃったけど』
「律儀なやっちゃな」
祝いたい一心で飛び出した事が真島にはすこし引っかかったらしく、咎めるように言う声音はいつもより少し低く感じられた。
真島なりに心配してくれたのだろう。それに静止を振り切って飛び出したのはななしの方であるし、真島の怒りはご最もだ。
ただななしは申し訳なく思うものの、祝いたい気持ちは怒られようが変わることはない。
素直に祝いたいことを真島に伝えると彼は少し呆れているようだったが、満更でもなさそうに笑ってくれた。
ななしはそんな真島の穏やかな笑みにつられて笑うと、コンビニの袋を机に置いて中のものを広げていく。
『小腹すいてますか?』
「おう、さすがななし。俺の好みのもんも買うて来てくれたんやな」
『ふふふ、真島さんこういうの好きですもんね』
「ほな、キッチンで飲みもんかっぱらって来るわ。ななしはどないする?」
『アタシはコンビニで買ったお茶で大丈夫です。真島さんは主役なので好きな物飲んでくださいね!バレないように!』
「ヒヒッ、おう」
ななしの頭を二度ほど撫でてスタッフルームから出ていった真島。
直ぐに戻ってきた彼の手にはグランドで提供している少しお高めのお酒があり、「日頃扱き使われとるんやしこんくらいええやろ」とどこかイタズラに口角をあげていた。
普段
客商売であるし接客などを行う際は勿論物腰低く、低姿勢で対応する必要があるため普段の真島は正しいと言えるのだが。
酒を片手に無邪気に笑っている今の真島の方がななしにとっては馴染み深く、本当の姿に近いのではないかと思っている。
真島と付き合ってはいるが謎も多く、きっと知らない一面もまだまだあるのだろう。
それでも今目の前にいる真島の方が彼らしいと思えたのだ。
『真島さん、本当にすみません。知ってたらなにかしら用意したんですけど』
「ん?そんなもん気にせんでええわ。誕生日を祝うっちゅう事がそもそも珍しいんやさかい」
『え?そうなんですか?』
「ま、こんな人生やしな。誕生日なんかよりも優先することがぎょうさんあったんや」
『そ、そうだったんですね』
真島がここで働いている理由は朧気だが知っている。
極道に復帰するためだ。
その為にお金が必要でここの支配人をしているらしい。
故に"こんな人生"とは極道の事を指しているのだろう。
今まで祝うことがなかったのも極道での仕事が方が忙しく、暇がなかったということなのだろうか。
『真島さんの気持ちも考慮しないで祝おうなんて言っちゃいましたね…すみません』
いつも通り過ごすつもりで特に誕生日を教えてくれていなかったとしたらとても悪い事をしてしまったかもしれないとななしはそう感じた。
わざわざ一人ではしゃぎ、更には
仕事の時間を割いてまで誕生日を祝おうとしているだなんて…。
結局全てが真島が望むものとは正反対に向かっていたかもしれないと思うと申し訳なくて仕方がなかった。
ななしは温かいお茶をキュッと握りしめて、お酒を開封している真島を見つめた。
「…ま、昔はそうやってん。けど、今は少し違ってな」
『?』
「今も祝わんでもええと思っとるんやけどな、」
『は、はい』
「それだけやない」
こちらを見つめた隻眼とななしの視線が絡まった。
そうすると真島の大きく少しカサついた手が伸びてきてななしの柔らかな頬に触れた。
手のひら全体が顎を包み、親指の腹が撫でるように頬を滑るので擽ったくて仕方がない。
自然と零れてくる笑いでななしの肩は小さく揺れた。
「ななしがな、俺のために行動起こしてくれとんの見たらな嬉しなってん。こんな俺のために何かをしようってそう思ってくれたななしの心根が…ホンマに愛おしいんや」
『ま、真島さん』
「色々考えてくれておおきに。そんだけで十分やでななし」
『おおきになんてそんな、アタシこそなにも考えずに行動してすみません』
「なに言うとんねん。謝る必要なんてないわ。言うたやろ、嬉しいって」
『本当ですか?』
「本当や、なんや信じとらんのか?」
『気遣ってくれてるのかなって』
「本心や。なんなら嬉しすぎてここで手ぇ出したろかなって思っとる」
『え!?だ、ダメですよ!?』
「流石にここでは無理やし、ななしが買うてきてくれたもんさらえてから家行こか。楽しみにしとんで」
『も、もう…でも、ふふ。ありがとう真島さん』
触れていた手が顔を起こすように動いた後、真島の顔がゆっくりとこちらに近付いてくる。そのまま少し引き寄せられてななしと真島の唇がピッタリ重なった。
お互い温かな感触と心地良さを堪能するように少しだけ唇を動かして、優しいキスに酔いしれた。
真島に"祝ってあげたい"と思った気持ちが少しは届いているのかもしれないと感じたななし。
いつもどんな時も気持ちを汲んで理解しようとしてくれる真島の優しさが愛おしくて。
キスで早鐘を打っていた胸の奥がキュンと鷲掴みにされるようだった。
『んっ…はぁ…真島さん。お誕生日おめでとうございます。これからもずっと祝わせて下さいね』
「おう、おおきに。ほんならこれからも傍で一番に祝って貰うかのぉ」
『ふふふ、勿論。アタシが一番に祝いますね』
「ヒヒッ、楽しみにしとるで」
真島の額とななしの額がピッタリとくっつくとどちらからともなくクスクスと笑いだした。
胸が暖かくなるようだったななしは目の前の逞しい腕の中にギュッと抱きついたのだった。
***********
「ななし」
『うん?』
「お前も律儀なやっちゃな」
『え〜?なにがです?』
真島の革手袋が嵌められた手の上にはななしの小さく綺麗な手が重ねられている。
律儀だとそう言った真島の方へ視線を向けると、彼はどこか懐かしむような表情をしており「なんでもあらへんわ」とどこか感慨深そうにそう呟いた。
ななしはどういうことだとベッドの上に座る真島にに四つん這いで詰め寄った。
顔を覗き込むと「ヒヒッ」と低く楽しそうな声が発せられ、真島が上機嫌であることが分かる。
まぁ、自分の誕生日なのだから嬉しくもなるかと楽しそうに笑っている真島にななしもニコニコと笑みを浮かべた。
『それにしても綺麗ですね〜吾朗さん』
「せやな、お前もなかなかセンスええやんけ」
『でしょう!もっと褒めてくれても良いんですよ!』
「おうおう、偉い偉い。頭撫でたるわ」
『ふふふっ、髪ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん!』
キングサイズのベッドにいる真島とななしのすぐ側にある大きな窓は神室町の夜景を一望することが出来る。
ネオンが輝く神室町は上空から眺めると普段とはまた違った景色を見せてくれてくれる。
いつもは賑やかで騒がしいくらいなのにこうしてホテルの一室から見下ろしていると穏やかで喧騒とは無縁に見えた。
いつも静かで輝かしいだけならどれほど美しいことだろうか。
『ま、吾朗さんの事務所からも夜景って見えるんですけどねぇ。少し代わり映えしなかったかもです』
「あ?全然ちゃうやろ。仕事とプライベートなんやし根本的にちゃうわ」
『そうですか?』
「そうやろ」
『ふふ、嬉しい』
「言うたやろ、俺のために何かをしようってそう思ってくれたななしの心根が愛おしいんやって」
『え?言いましたっけ?』
「言うたやろ、何十年も前に一回」
『ちょっと待って下さい。それ出会った当時でしょ?覚えてないですよ!ノーカンですノーカン』
「ななし、ノーカンなんて今の若いもんには翻訳出来ひんで」
『え!?これって死語ですか!?もう二度とつかいません!』
「ヒヒッ、アホやなぁ」
若い世代とのジェネレーションギャップを感じてしまい、真島の誕生日だと言うのにズーンと沈んでしまったななし。
もう二度と使わないと決心したように拳を握ったななしはそのままベッドから飛び降りると、大きな窓の傍により外の景色を眺めた。
『夜景をみて死語の事は忘れました。はい、浄化しました』
「俺の前ではつこても通じるで?」
『嫌ですよ。普段使いしてたら咄嗟に使っちゃうんですからね!その時恥かいちゃうでしょう』
「ええやんけ、その都度説明したれや」
『そんなことしたら絶対だめですよ!?もしかしてそういうこと西田さん達にやってるんですか?』
「ヒヒッ、どやろな」
『おじさん認定されちゃいますよ!』
「おじさんなんやしええやろがい」
『まだまだ若いでしょ。もう吾郎さんの昭和脳』
「今日の主役に向かってなんちゅう言い草すんねん」
『ふふふ、だって本当のことだもん』
「言うたなななし」
『わぁ!吾朗さんっ』
ベッドで寛いでいた真島もななしの居る大きな窓のほうへやって来ると、後ろから追い詰めるようにして壁に手を付けた。
所謂壁ドン状態になってしまったななしは急に至近距離にやってきた真島にたいそう驚いたらしく、目を見開いている。
『びっくりしました』
「はぁ、ななし」
『なんですか?』
艶のある息を吐いた真島。
どうしたのかと頬を撫で、そのまま両手で挟み込むように掴むと熱を孕んだ隻眼がこちらを鋭く見つめてくる。
「おおきに」
それから低く小さく呟くようにそう言った真島。
ななしはそんな真島が愛おしくて、小さく笑った後傍にあった唇に自らの唇を寄せた。
『ふふ、お誕生日おめでとうございます、今年も祝わせてくれてありがとうございます。これからも祝われて下さいね』
「ヒヒッ、おう。楽しみにしとんで」
今度は触れるだけではなくお互いの息を食むような妖艶で濃厚なキスを交わした真島とななし。
無我夢中で口内を舐め尽くし舌を絡め合うと、それだけでななしは快感に体が震え力が入らなくなってしまう。
腰が砕けてしまったななしは窓に凭れかかりながら必死に真島の首に腕を回ししがみついた。
「はぁ、ホンマにエロいやっちゃな」
『はぁ…ん、吾朗さんこそえっちです』
「ほな、誕生日プレゼントもらおうかのぉ」
『ん、いいですよ。今日は特別な日なんですからね』
「おう、遠慮せず行かせてもらうわ」
『ふふ、お手柔らかに』
「明日休み取ったんやろ?」
『勿論』
「ほな、手加減はせぇへんで」
『…ふふ、ん。休み一日じゃ足りなくなっちゃう…』
「ヒヒッ、とんでもない殺し文句やで」
『殺さないでね?』
「どやろなぁ?」
喋りながらもお互いの服をまさぐって徐々に脱がせあった。
『はっ、吾朗さんっ。愛してますっ』
「おう。俺も、愛しとんで」
何年経っても何十年経っても、こうして変わらず二人で誕生日を祝えたらいい。
前日には組の人達と、当日は二人きりで。そうして死ぬまで誕生日を共に過ごすんだ。
与えられる快楽に目眩を感じながら、ななしは真島と過ごす人生に想いを馳せゆっくりと流れる穏やかで淫らな時間に身を興じたのだった。
(吾朗さん、お誕生日おめでとうございますっ)
(何回言うねん。ななし)
(まだまだ吾朗さんの誕生日のうちは言います。多分100回は言う)
(アホか!そんなに言わんでええわ。ロボットか)
(えぇ、酷い。お祝いしたい気持ちの現れじゃないですか〜)
(せやったらもっと別の言葉で伝えや)
(別のぉ?)
(もっとシたい、イキたい、吾朗さんを下さいや。言うてみい)
(吾朗さん、お誕生日おめでとうございます!!)
(話聞いとったんか?)
(もう沢山頂きました、おなかいっぱいです)
(お前割かし大食いなんやしもっとイけるやろ?もう一回すんで)
(え!?アタシもう眠いんだけど)
(俺の誕生日なんやし、俺の好きなことさせぇや)
(そ、そんな乱暴な…)
何十年先も君と
(同じ時を過ごせたらいい)
2023.05.14 Happy birthday!