短編 龍如
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(0支配人/付き合ってます/エイプリルフール)
『真島さん、アタシ真島さんが嫌いです』
「…あ?」
それはあまりにも唐突な発言であったため、閉店したグランドの施錠をしていた真島はかなり驚いてしまった。
言葉を発したであろうななしにへと視線を向け何を言ったのかもう一度問うため口を開こうとした矢先に再び彼女は『嫌いなんですよ』と念を押すようにそう言った。
「ど、どういうことや…?」
ななしの言う「嫌いだ」の言葉の意味を理解するのに時間がかかりようやく飲み込んだはいいが、なぜそんな言葉が発せられたのかは真島には分からなかった。
真島の様子を伺うようにしてこちらを見あげているななしは自ずと上目遣いになり、それはもう可愛らしのだが如何せん彼女の放つ言葉が衝撃的すぎてそれを楽しむ余裕は無かった。
つい先日お互いの気持ちを確認しあって幸いなことに付き合うとことになったのだが。
恋人になったからと言って性急に事を進める訳でも無く、お互い程よい距離感で清い付き合いをしていたし、彼女が嫌がるような事をした覚えは何も無い。
可愛らしい彼女を傷つけないように大事に大事に接してきたつもりだったのだが、どこかでなにか逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
真島は最近の出来事を思い起こしながら、何が彼女の気に触ったのかを考えてみる。
手を繋いで一緒に帰宅するのが恒例になっているが、その時は嬉しそうに顔を赤らめて喜んでいたような気がする。
グランド営業中に二人でこっそり密会したこともあるが、秘密を共有して楽しそうに笑っていた気がする。
あれも、これも…どうだっただろうと頭を悩ませる真島だが、思い当たる事はほとんどなく。
こうなると少しづつイライラしてくるのだから自分の心の狭さには呆れるばかりだ。
結局どうしても納得が出来ず、何故『嫌いだ』と発したのか真島はななしに聞かずには居られなかった。
「そんな急にどないしたんや?」
施錠をしている間一歩下がった場所に立っていたななしに向き直り真島は、神妙な面持ちのまま問うてみる。
ななしはそんな切羽詰まったような真島の表情や仕草に、口元に手を当ててどこか可笑しそうにクスクスと笑っていた。
この状況でどうして笑っていられるのだろか。
真島には状況がいまいち飲み込めず頭を悩ませた。
『アタシ、真島さんの低くてかっこいい声とか、優しい顔とか、結んだ髪とか身長とか…とくに大きくて暖かい手とかが…嫌いなんですっ!』
「なっ」
悩む真島に追い打ちをかけるように、ななしは続けてそう言う。
しかし『嫌いだ』と言いきったななしだったが何故か終始ニコニコとしており、見上げてくる大きな瞳の中にどうにも嫌悪は見て取れなかった。
むしろどちらかと言えば懐く犬猫のように、見えないシッポをブンブンと振り楽しそうにしているようで言葉と行動があまりにも不一致だ。
「……」
『真島さん聞いてますか?』
「…なにを企んどんねん」
ここで少しだけピンと来てしまった真島は、ニコニコとしているななしの顔に顔を近づけて疑うように隻眼で見つめる。
見つめられるななしは疑われていると分かったらしく、咄嗟に目を逸らし明後日の方向に顔を向けてしまった。
しかしその行動でななしが何かを隠しているのだと確信した。
ニコニコと笑いながらも『嫌いだ』と言った彼女の言葉は本意ではないのだと分かると真島は焦ってイライラしていた心が少し落ち着いたようだった。
可愛らしくひたむきなななしを愛しているのに、嫌いだと両断されてしまうのはあまりにも苦しいものであるため冗談やジョークの類であると分かると心底ほっとする。
「まぁ、ええわ。ほな帰るでななし」
『き、聞いてました?真島さん??』
「おう、聞いとったで。俺のことが嫌いなんやろ?」
『そうなんです!嫌いなんです』
「おう、分かったで」
『本当ですか?』
「ぼうっと突っ立っとんやったら置いて帰るでななし」
『か、帰ります!』
まだななしが何を考えそう言ったのかは分からないが、きっと悪い意味だけでは無いはずだ。
彼女に限って本当に嫌うということも無いだろうと結論付けた真島は全ての扉を施錠した後、ゆっくりとななしを家へ送り届けるために歩き出した。
真島が急に歩き出すとななしも慌てて後を追うように駆け出した。
「今日も寒いのぉ…息が白いわ。ななし寒ないか?」
『少し寒いですね。でも大丈夫です!あ。手、繋ぎます?』
「…ななしは嫌いな奴と手ぇ繋ぐんか?」
『気にしない素振りしてたのにそんなこと言うんですか、いじわるです』
「嫌いなんて言う方が意地悪なんやないか?」
『た、確かにそうなんですけど…えと、実は今日エイプリルフールなんですよ』
「エイプリルフール?なんやそれ」
『聞いたことないです?嘘ついていい日なんですよ〜』
「嘘ついていい日?」
ななしはなにも知らないであろう真島にエイプリルフールの事を少しだけ説明した。
4月1日、ひとつだけ嘘をついていい日。必ずネタバラシをし、楽しむ為のものだそうだ。
説明を受け、先程ななしが言った『嫌いだ』という発言もそのエイプリルフールに則った嘘だったということを理解した真島。
何故そんな意味の無い日があるのかと言う野暮な質問はせず、今日がエイプリルフールだと言うならば自分も楽しんでやろうと真島は隣を歩くななしを見下ろし、小さく笑った。
かなり心臓に悪い嘘をつかれて驚いてしまったのは事実だ。
すこし懲らしめてやろう、そして思い知らせてやろう。
どれだけ、彼女に執着しているかを。
しかしその前に鼻先を赤くし、寒さに少しだけ身を震わせている彼女が提案してくれた通り手を繋ごう。
真島は小さく白い手をそっと繋ぎ、タキシードのポケットに押し込んだ。
ななしの手は思っていたよりも冷たくなっており、相当寒かったことが伝わってくる。
「ななし、手ぇ冷こいで」
『真島さんは少し暖かいですね』
「ポケットに突っ込んどったからな。家着くまで繋いどこか」
『ふふ、ありがとうございます』
ななしの小さな手は少し荒れていてカサカサとしている。しかしそれはグランドでボーイとして働いてくれているからであって、働きものの証だ。
いつもフルタイムで働いてくれているななしを労わるようにそっと繋いだ手を自身の指の腹でそっと撫でてやる。するとななしも答えるように繋いでいた手の力を込めてくる。
とても可愛らしく愛おしい仕草であった。
「でぇ、ななし」
『うん?どうしました』
「さっきのエイプリルフールの嘘やったんやろ?」
『はい!』
「ほな、俺の顔も髪も身長も手も、ほんまはどうなんや?」
『どうって…かっこいいって思ってます』
「ちゃんと言いや。嫌いの反対は好きやでななし」
真島は繋いだ手を引っ張りななしの顔を己に近づけると、耳元で彼女曰く低くてかっこいい声で囁いた。
急に近付かれ驚いたように目を見開いたななしは耳元で囁くと徐々に顔を赤らめて、最終的には耳までゆでダコのように色ついていく。
今にも蒸気が頭からホクホクと登っていきそうなほどに顔が火照っており、とてもおかしく可愛らしい光景だった。
あわあわと焦っているななしは言い渋っているようで再び顔を逸らしてしまった。
「ちゃんとネタばらしすんのがルールなんやろ?俺聞いてへんで」
『つ、伝わってるならいいんです』
「ちゃんとななしの口から聞きたいねん」
『ま、真島さんっ…え?』
ななしの家に向かうために渡っていた毘沙門橋の上で、足を止めた真島。
手を繋いでいたななしも自ずと足を止める形になってしまいどうしたのかとこちらを見つめてくる。
キョトンとしているななしを手すりの方へ逃げられないように追い込み、「ちゃんと言うてや」と小さい顔を覗き込む。
大きな目の中にはイタズラに笑っている隻眼の男が写っており、今自分はそんな顔をしているのかと真島は自嘲気味に笑った。
『あの…えと…』
「ん?」
『ぜ、全部…す、好きです』
「全部?」
『真島さんの低くてかっこいい声も、優しい顔も、結んだ髪も身長も…大きくて暖かい手も、全部す、好きです…嫌いなはずないですっ』
「ななし…」
追い詰めるとこれ以上はどうしようもないと諦めたようでななしは、顔を真っ赤にしたまま小さく呟くようにそう言う。
モジモジと小さくまるで小動物のようにいじらしく動くななし。一生懸命勇気を出して気持ちを伝えてくれたかと思うと、いてもたってもいられず。
堪らずななしの小さく白い顎を掴み、上を向かせるとふっくらと赤い唇に噛み付くように唇を押し付けてしまった。
生暖かい息を口内で感じ、真島は体は熱く昂るのを感じる。
人通りが多く、きっとこちらを見ている人も居ただろう。
奇異の目で見られているかもしれないが、どうしてもこの可愛らしい恋人に触れたくて仕方が無くなったのだ。
もう少し、もう少し、触れさせてくれ。
「はぁ…可愛ええなななし」
『こ、こんな街中で…アタシ今ボーイの格好してるんですよ…』
「かまへん。ななし…俺もななしが好きやで」
『ん…アタシも』
そっと唇を離し見つめ合うとだいぶ恥ずかしかったらしいななしは、視線を遮断するように真島の胸に顔を引っつけて抱きついてくる。
周りの視線は遮断できるがこうもゼロ距離で引っ付かれると余計に触れたくなってしまう。
大事だからこそ清い関係を貫いているものの、これだけくっついてこられれば理性が揺れ動いてしまうもので。
このままあの古臭いアパートに連れ込んでしまいたい欲望をなんとか心の奥底に押し込めて、真島は己の腰に張り付くななしを力強く抱きしめた。
「…あったかいのぉ…」
『ん、あったかいです』
このままここでずっと抱き合っていてもよかったが、そうして風邪をひいてしまっては元も子もないと真島は触れたいと強く望む欲を振り払い、抱きしめていたななしをそっと離してやる。
するとななしはこちらを大きな目で見上げてくる。
大きな目はまるで『もう離れちゃうんですか?』と語っているようで。
今度は真島が顔を逸らす番だ。
「っ〜ななし!」
『え?』
「あんま可愛ええ顔しとったらアカンでっ!」
『か、可愛ええですか?あんまりわからないですけど…ふふ、真島さんにそう言って貰えると嬉しいです』
「…か、帰るで」
『はい、帰りましょう』
真島の葛藤など露知らずなななしは再び手を繋がれて嬉しそうに肩を揺らし笑っている。
そんな姿も愛おしい。
この存在を傷つけたくはないし、無くしたくはないと強く思う。
だから、ななし。
俺を送り狼にさせないでくれ。
彼女の自宅に送り届けたあと、どうなってしまうだろうか。
ここからは自分の理性と戦う他道は無い。
真島は大きく溜息をつきながらエイプリルフールに踊らされてしまった滑稽な自分に、呆れるばかりだった。
早めですがエイプリルフール
『真島さん、アタシ真島さんが嫌いです』
「…あ?」
それはあまりにも唐突な発言であったため、閉店したグランドの施錠をしていた真島はかなり驚いてしまった。
言葉を発したであろうななしにへと視線を向け何を言ったのかもう一度問うため口を開こうとした矢先に再び彼女は『嫌いなんですよ』と念を押すようにそう言った。
「ど、どういうことや…?」
ななしの言う「嫌いだ」の言葉の意味を理解するのに時間がかかりようやく飲み込んだはいいが、なぜそんな言葉が発せられたのかは真島には分からなかった。
真島の様子を伺うようにしてこちらを見あげているななしは自ずと上目遣いになり、それはもう可愛らしのだが如何せん彼女の放つ言葉が衝撃的すぎてそれを楽しむ余裕は無かった。
つい先日お互いの気持ちを確認しあって幸いなことに付き合うとことになったのだが。
恋人になったからと言って性急に事を進める訳でも無く、お互い程よい距離感で清い付き合いをしていたし、彼女が嫌がるような事をした覚えは何も無い。
可愛らしい彼女を傷つけないように大事に大事に接してきたつもりだったのだが、どこかでなにか逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
真島は最近の出来事を思い起こしながら、何が彼女の気に触ったのかを考えてみる。
手を繋いで一緒に帰宅するのが恒例になっているが、その時は嬉しそうに顔を赤らめて喜んでいたような気がする。
グランド営業中に二人でこっそり密会したこともあるが、秘密を共有して楽しそうに笑っていた気がする。
あれも、これも…どうだっただろうと頭を悩ませる真島だが、思い当たる事はほとんどなく。
こうなると少しづつイライラしてくるのだから自分の心の狭さには呆れるばかりだ。
結局どうしても納得が出来ず、何故『嫌いだ』と発したのか真島はななしに聞かずには居られなかった。
「そんな急にどないしたんや?」
施錠をしている間一歩下がった場所に立っていたななしに向き直り真島は、神妙な面持ちのまま問うてみる。
ななしはそんな切羽詰まったような真島の表情や仕草に、口元に手を当ててどこか可笑しそうにクスクスと笑っていた。
この状況でどうして笑っていられるのだろか。
真島には状況がいまいち飲み込めず頭を悩ませた。
『アタシ、真島さんの低くてかっこいい声とか、優しい顔とか、結んだ髪とか身長とか…とくに大きくて暖かい手とかが…嫌いなんですっ!』
「なっ」
悩む真島に追い打ちをかけるように、ななしは続けてそう言う。
しかし『嫌いだ』と言いきったななしだったが何故か終始ニコニコとしており、見上げてくる大きな瞳の中にどうにも嫌悪は見て取れなかった。
むしろどちらかと言えば懐く犬猫のように、見えないシッポをブンブンと振り楽しそうにしているようで言葉と行動があまりにも不一致だ。
「……」
『真島さん聞いてますか?』
「…なにを企んどんねん」
ここで少しだけピンと来てしまった真島は、ニコニコとしているななしの顔に顔を近づけて疑うように隻眼で見つめる。
見つめられるななしは疑われていると分かったらしく、咄嗟に目を逸らし明後日の方向に顔を向けてしまった。
しかしその行動でななしが何かを隠しているのだと確信した。
ニコニコと笑いながらも『嫌いだ』と言った彼女の言葉は本意ではないのだと分かると真島は焦ってイライラしていた心が少し落ち着いたようだった。
可愛らしくひたむきなななしを愛しているのに、嫌いだと両断されてしまうのはあまりにも苦しいものであるため冗談やジョークの類であると分かると心底ほっとする。
「まぁ、ええわ。ほな帰るでななし」
『き、聞いてました?真島さん??』
「おう、聞いとったで。俺のことが嫌いなんやろ?」
『そうなんです!嫌いなんです』
「おう、分かったで」
『本当ですか?』
「ぼうっと突っ立っとんやったら置いて帰るでななし」
『か、帰ります!』
まだななしが何を考えそう言ったのかは分からないが、きっと悪い意味だけでは無いはずだ。
彼女に限って本当に嫌うということも無いだろうと結論付けた真島は全ての扉を施錠した後、ゆっくりとななしを家へ送り届けるために歩き出した。
真島が急に歩き出すとななしも慌てて後を追うように駆け出した。
「今日も寒いのぉ…息が白いわ。ななし寒ないか?」
『少し寒いですね。でも大丈夫です!あ。手、繋ぎます?』
「…ななしは嫌いな奴と手ぇ繋ぐんか?」
『気にしない素振りしてたのにそんなこと言うんですか、いじわるです』
「嫌いなんて言う方が意地悪なんやないか?」
『た、確かにそうなんですけど…えと、実は今日エイプリルフールなんですよ』
「エイプリルフール?なんやそれ」
『聞いたことないです?嘘ついていい日なんですよ〜』
「嘘ついていい日?」
ななしはなにも知らないであろう真島にエイプリルフールの事を少しだけ説明した。
4月1日、ひとつだけ嘘をついていい日。必ずネタバラシをし、楽しむ為のものだそうだ。
説明を受け、先程ななしが言った『嫌いだ』という発言もそのエイプリルフールに則った嘘だったということを理解した真島。
何故そんな意味の無い日があるのかと言う野暮な質問はせず、今日がエイプリルフールだと言うならば自分も楽しんでやろうと真島は隣を歩くななしを見下ろし、小さく笑った。
かなり心臓に悪い嘘をつかれて驚いてしまったのは事実だ。
すこし懲らしめてやろう、そして思い知らせてやろう。
どれだけ、彼女に執着しているかを。
しかしその前に鼻先を赤くし、寒さに少しだけ身を震わせている彼女が提案してくれた通り手を繋ごう。
真島は小さく白い手をそっと繋ぎ、タキシードのポケットに押し込んだ。
ななしの手は思っていたよりも冷たくなっており、相当寒かったことが伝わってくる。
「ななし、手ぇ冷こいで」
『真島さんは少し暖かいですね』
「ポケットに突っ込んどったからな。家着くまで繋いどこか」
『ふふ、ありがとうございます』
ななしの小さな手は少し荒れていてカサカサとしている。しかしそれはグランドでボーイとして働いてくれているからであって、働きものの証だ。
いつもフルタイムで働いてくれているななしを労わるようにそっと繋いだ手を自身の指の腹でそっと撫でてやる。するとななしも答えるように繋いでいた手の力を込めてくる。
とても可愛らしく愛おしい仕草であった。
「でぇ、ななし」
『うん?どうしました』
「さっきのエイプリルフールの嘘やったんやろ?」
『はい!』
「ほな、俺の顔も髪も身長も手も、ほんまはどうなんや?」
『どうって…かっこいいって思ってます』
「ちゃんと言いや。嫌いの反対は好きやでななし」
真島は繋いだ手を引っ張りななしの顔を己に近づけると、耳元で彼女曰く低くてかっこいい声で囁いた。
急に近付かれ驚いたように目を見開いたななしは耳元で囁くと徐々に顔を赤らめて、最終的には耳までゆでダコのように色ついていく。
今にも蒸気が頭からホクホクと登っていきそうなほどに顔が火照っており、とてもおかしく可愛らしい光景だった。
あわあわと焦っているななしは言い渋っているようで再び顔を逸らしてしまった。
「ちゃんとネタばらしすんのがルールなんやろ?俺聞いてへんで」
『つ、伝わってるならいいんです』
「ちゃんとななしの口から聞きたいねん」
『ま、真島さんっ…え?』
ななしの家に向かうために渡っていた毘沙門橋の上で、足を止めた真島。
手を繋いでいたななしも自ずと足を止める形になってしまいどうしたのかとこちらを見つめてくる。
キョトンとしているななしを手すりの方へ逃げられないように追い込み、「ちゃんと言うてや」と小さい顔を覗き込む。
大きな目の中にはイタズラに笑っている隻眼の男が写っており、今自分はそんな顔をしているのかと真島は自嘲気味に笑った。
『あの…えと…』
「ん?」
『ぜ、全部…す、好きです』
「全部?」
『真島さんの低くてかっこいい声も、優しい顔も、結んだ髪も身長も…大きくて暖かい手も、全部す、好きです…嫌いなはずないですっ』
「ななし…」
追い詰めるとこれ以上はどうしようもないと諦めたようでななしは、顔を真っ赤にしたまま小さく呟くようにそう言う。
モジモジと小さくまるで小動物のようにいじらしく動くななし。一生懸命勇気を出して気持ちを伝えてくれたかと思うと、いてもたってもいられず。
堪らずななしの小さく白い顎を掴み、上を向かせるとふっくらと赤い唇に噛み付くように唇を押し付けてしまった。
生暖かい息を口内で感じ、真島は体は熱く昂るのを感じる。
人通りが多く、きっとこちらを見ている人も居ただろう。
奇異の目で見られているかもしれないが、どうしてもこの可愛らしい恋人に触れたくて仕方が無くなったのだ。
もう少し、もう少し、触れさせてくれ。
「はぁ…可愛ええなななし」
『こ、こんな街中で…アタシ今ボーイの格好してるんですよ…』
「かまへん。ななし…俺もななしが好きやで」
『ん…アタシも』
そっと唇を離し見つめ合うとだいぶ恥ずかしかったらしいななしは、視線を遮断するように真島の胸に顔を引っつけて抱きついてくる。
周りの視線は遮断できるがこうもゼロ距離で引っ付かれると余計に触れたくなってしまう。
大事だからこそ清い関係を貫いているものの、これだけくっついてこられれば理性が揺れ動いてしまうもので。
このままあの古臭いアパートに連れ込んでしまいたい欲望をなんとか心の奥底に押し込めて、真島は己の腰に張り付くななしを力強く抱きしめた。
「…あったかいのぉ…」
『ん、あったかいです』
このままここでずっと抱き合っていてもよかったが、そうして風邪をひいてしまっては元も子もないと真島は触れたいと強く望む欲を振り払い、抱きしめていたななしをそっと離してやる。
するとななしはこちらを大きな目で見上げてくる。
大きな目はまるで『もう離れちゃうんですか?』と語っているようで。
今度は真島が顔を逸らす番だ。
「っ〜ななし!」
『え?』
「あんま可愛ええ顔しとったらアカンでっ!」
『か、可愛ええですか?あんまりわからないですけど…ふふ、真島さんにそう言って貰えると嬉しいです』
「…か、帰るで」
『はい、帰りましょう』
真島の葛藤など露知らずなななしは再び手を繋がれて嬉しそうに肩を揺らし笑っている。
そんな姿も愛おしい。
この存在を傷つけたくはないし、無くしたくはないと強く思う。
だから、ななし。
俺を送り狼にさせないでくれ。
彼女の自宅に送り届けたあと、どうなってしまうだろうか。
ここからは自分の理性と戦う他道は無い。
真島は大きく溜息をつきながらエイプリルフールに踊らされてしまった滑稽な自分に、呆れるばかりだった。
早めですがエイプリルフール