短編 龍如
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(真島/恋人)
「ななし」
『あ、吾朗さん。もう来てくれてたんですね〜』
職場から出ると少し離れた路上によく見知った車が止まっており、中にはななしを出迎えるように真島が乗っていた。
珍しく極道の仕事が早く終わり、ななしの事を迎えに来ていた真島はにこやかに駆け寄ってくる彼女に向かって手招きをして見せた。
後部座席、真島の隣に座るように乗り込んだななしは運転席にいる組員の一人、西田に向かって『お願いします』と丁寧に頭を下げる。
西田もななしに答えるように会釈した後、止まっていた車はゆっくりと動き出し帰路にへと向かった。
車の中は程々に暖かく、外から入ってきたななしにはとても心地よいもので。
仕事の疲れも相まって少しづつ睡魔が襲ってくるようであった。
『はぁ、眠い』
「家着くまで寝とってもええで」
『ん〜、…起きてます』
「ほな、目ぇ開けとき。完全に閉じとるで」
『はぁい』
「ヒヒッ、開いとらんでぇ?」
『えぇ?開けてますよ』
「それで前見えとんか?」
『見えてますよ。吾朗さんのカッコイイお顔がはっきりと』
「調子のええこと言うとらんとはよ開けんかい」
『ふふ、開けます』
真島に寄りかかりながらそんなやり取りをしていれば少しだけ睡魔は和らいでくる。
本当はこのまま眠っても気持ちがいいのだろうなと思うが、家に着いた後寝起きのまま行動する方がしんどそうだと閉じかけていた瞳を開いたななし。
「ななし、お前寒がりやろ」
『え?うん、どちらかと言えばそうかも。どうかしました?』
体の凝りを伸ばし姿勢を正してると唐突に真島がそう質問して来たため、ななしは首を傾げながらも返事をしてみる。
真島の言うようにななしは寒がりである。極端にという訳では無いが、今の季節はブラウスなどの上に必ず上着を羽織る位には寒がりだ。
「なんで上着羽織っとらんのや。外寒かったやろ」
『あ、なるほど。今日羽織ってなかったから質問したんですね』
「おう、いつも暑い日も羽織っとるのに珍しいな思てん。足寒いんか?」
『いえいえ、そういう訳では無いんですよ』
いつもなら必ず上着を羽織っているのに今日は羽織っておらず、そればかりか膝に掛けていた事が真島には引っかかったらしい。
勿論今夜もななしには肌寒く感じられたのだが、寒いからと言う理由で上着を膝にかけていた訳では無い。
如何せん今日の彼女には羽織れない深刻な理由があった。
『実はですね…』
「!」
『こんな感じに伝線してしまったんですよ〜』
それは履いていたストッキングが隠さなければならないほど大きく伝線してしまったから。
終業時間間近、たまたまデスクから立ち上がった際に何かに擦れてジジジと大きく伝線してしまったのだ。あまりにも長く入った伝線を晒しながら仕事をする訳にも行かず、隠せそうな上着を膝にかけなんとかその場を乗り切ったのだが。帰宅時間が沢山の社員と被ったため、職場を出る際も膝から上着を外せすことが出来ず隠すように抱えてこの車まで来たのだ。
車に乗った後もこの危ういストッキングを恋人に見られるのは気恥しいと思いずっと上着で隠していたのだ。
『後は家に帰るだけだしこのままでいいかなぁって感じで隠してたんです』
「…ほうか」
『だから決して足が寒い訳では無いんです。心配してくれてありがとう吾朗さん。……吾朗さん、聞いてます?』
こういう経緯があったのだと伝線したストッキングを見せて説明していたのだが、どうやらそんな話は右から左なようで。真島には聞こえていないようであった。
真島の質問に答えたのに何故話を聞いていないんだ、と咎めるように真島に視線を向けると彼は鋭い眼光で伝線したストッキングを凝視していた。
さながら猛獣が獲物を捉えた時のような眼差しで、文字通り食い入るように足を見つめてくるためななしはなんとも言えぬ気持ちになってしまう。
あまりに気まずく気恥ずかしくなってきたので再び上着を膝にかけようと持っていた上着を広げたのだが。
膝にかける直前に真島の腕に遮られてしまった。
『ちょっと、なにするんです』と咎める様に言うとストッキングを凝視していた隻眼がゆっくりとこちらを向く。
かち合った視線はいつも以上に瞳孔が開いているような気がしてななしはたじろいでしまった。
『…ご、吾朗さん。話聞いてます?』
「こんだけ伝線入っとるんや、俺が破いてもええよな?」
『…え…え!?』
「ストッキングは破くためにあるもんやしな」
『ち、違いますけど!?』
「あ?違わんやろ。世の男は皆そう思っとるわ」
『絶対違います!!』
「違わん」
『じゃ、じゃあ!西田さんに聞いてみてくださいよ!!』
「え!?お、俺っすか!?」
「おう、西田。聞いとったんやろ。お前はどないやねん」
「お、俺は…」
"ストッキングは破くためにある"
真顔で言い切った真島だが、決してそんなことは無い。足を綺麗に見せたり、防寒だったりとストッキングの存在理由は沢山あるはずだ。
それなのに自分は正しいと言わんばかりの真島にこれは良くない流れだと、ななしはきっとこんな空気で気まずいであろう西田に賛同の声を求めた。
皆が皆、そんな風に思うはずがない。
西田のように優しい男ならきっとストッキングをそんな邪な目で見ないはずだ。
「お、俺は、親父に賛成っす…!」
『え!!?』
「ほら、見てみぃ!」
『ち、違います。空気を読んでくれただけですよ!吾朗さんは組長だから!』
「あ?そうなんか西田」
「ひっ!ち、違います!男のロマンっすよね!!」
「ヒヒッ、二対一やでななし」
『西田さんの裏切り者…!』
「す、すんません…」
例え本当にそう思っていたとしても思っていなくても、真島の前では真島が正しい。黒いものも真島が白と言えば白になる。
そんな極道の暗黙の掟に西田も逆らえるはずもなく。
ななしの西田を味方に付けよう作戦はもろくも崩れ去ってしまった。
賛同者が増えたことで調子に乗ったであろう真島はヒヒヒッと愉しそうに笑いながら、革手袋を外すと素手でななしの太ももをガッシリ掴んできた。
逃げようにもこうも力強く掴まれていると、身動きも取れない。
自由の効く両手で真島の手を押さつけてみるが力で適うはずもなく。呆気なく空いた手で両手をまとめて拘束されてしまった。
『分かりました!!そこまで言うなら破いても良いです!』
「お、物分りが良くて助かるわ」
『でも、家に着いてからにしてください!!』
「あ?目の前にあんのに俺に我慢せぇ言うんか?」
『アタシも折れたんだから吾朗さんも折れなきゃフェアじゃないです』
そこまで破きたいと、男のロマンだと言うのならどうせ捨てるんだし破いても良い。
それで真島が何かを満たせるなら、ななしも悪い気はしないのだから。
ただ、西田がいるこの空間で破くのだけは絶対にやめてくれ。破くことを許したのだから、そちらも我慢して、そう真島に端的に伝えたはいいが彼はとても嫌そうに顔を歪めた後、拗ねた子供のように「しゃあなしやで」とそっぽを向いてしまった。
掴んでいた手も離してくれ、渋々だが了承してくれたようだ。
『(よ、良かった…)』
このまま恥ずかしい姿を西田に晒さなくてすんだ。
もう既に真島とのやり取りが恥ずかしくもあったがこれ以上は耐えられないので心底ホッとしたななし。
このまま何事もなく無事に帰宅出来るようにと心の中で両手を合わせ祈っていると、太ももを掴んだままの真島の手がゆっくりと動き出した。
『……』
「……」
もぞもぞと揉むように動く真島の手。
革手袋をしていない彼の手は暖かく。すこしカサついていて擽ったい。
無言で何をしているの、と真島の方へ視線を寄越すが彼はそっぽを向いたまま。
こちらを向くことなく気のままに手を動かしているようだった。
『……吾朗さ…っん!』
そのうち指が起用にストッキングの伝線している部分から侵入してきて、ななしの太ももを擽るようにそっと動いた。
急に地肌にしかも太ももに触れられたせいでくすぐったさと、えも言われぬ感覚に短く艶めかしい声を発してしまったななし。
恥ずかしさに居たたまれず咄嗟に口元を抑えて真島を睨みつけるが彼は未だに窓の外を見ていてこちらをむく気配がない。
しかし指の腹や爪先を使って明らかにくすぐりに来ている真島。
節榑た手が楽しげに動く度にななしの体にはピクピクと揺れた。
『も、止めてって!』
「……」
西田がいるだろう、擽るのはやめて。
必死に声を我慢するななしは窓の外を見ている真島の肩に触れて懇願した。
未だにこちらを振り返ることはしない真島にななしもだんだんともどかしい気持ちになってくる。
もしかして本当に怒ってしまったのだろうか。
そこまでストッキングを破りたかったのか?家まで我慢できない程に?
真島の考えは到底理解できなかったが、変わった彼のことだしこういったことでも怒ってしまうこともあるのかもしれない。
別に喧嘩したい訳ではなくて、もう少し我慢して欲しかっただけなんだとしょんぼりしてしまったななしは真島に擦り寄った。
それでも顔を見せてはくれなかったため、ふと窓に目をやれば彼の顔が反射してよく見えた。
『……』
彼の顔はそれはもうとても楽しげで。
口も愉快だと言わんばかりに弧を描いている。
まるでイタズラをしている子供のように無邪気な顔であったため、ななしは悟った。
この人怒ってこっちを見ないんじゃない、アタシを弄って楽しんでいるんだ。
『ご、吾朗さんのアホ!ドS!』
「あ!?」
今度は西田に聞かれてもいい、そんな気持ちで真島に対して大きな声を出してやった。
悲しかった気持ちは薄れ、だんだんと怒りが募ってくる。どうしてストッキングも破かれて、なおかつ彼の良いように弄られなければならないんだ。
ぷんぷん怒りを露わにするななしにまさかそんな風にいわれるとは思っていなかったのかようやっとこちらを向いた真島。
『いじわるするんなら今日は吾朗さんの家行きません!』
「あ?破かせる言うたやないか!」
『意地悪するから悪いんです!西田さんアタシの家に向かってください!』
「え?は、はいっす」
「アホボケ!ワシの家に向かわんかい!」
「は、はいっ!!」
『行きませんんーー!!』
「行くに決まっとるやろ!」
『アタシは行きません!』
「ほな。俺がそっち行ったるわ!!」
『柏木さん呼びます!』
「なんでそこで柏木のおっさんが出てくんねん!」
『お家に入れないように見ててもらいます!』
「あぁ!?」
売り言葉に買い言葉。口喧嘩はヒートアップして行き、何十分か経過し真島の家に到着した後もそれは続いた。
結局ななしは真島に引き摺られるようにして家に連行されたのだ。
『もう!今日の吾朗さんなんでそんなに意地悪なんですか!』
「意地悪やないやろ」
『い、意地悪ですー』
「ほな、今から優しーくしたるわ。その前にストッキングだけ破かせぇ」
『ストッキングへの執着なんなんですか!?』
「男はな、エロへの探求に余念がないねん」
『絶対吾朗さんだけですって!それにストッキングをエロに分類しないでください』
「あほ、最上級にエロいやろ」
『意味わかんない』
「お前が俺のネクタイとワイシャツに興奮すんのと同じや」
『…………その説明で妙に納得してしまって悲しいです…』
「お前と俺はそんなに変わらんっちゅうことや」
『…悲しい』
「何が悲しいねん」
『エロ吾朗さんと思考回路同じなの悲しい』
「言うたなななし」
『言うてへんですぅ』
「もうええわ。さっさとベッド行くで」
『ま、待って!お風呂入ります!』
「ああ?ほなどこで破けっちゅうねん」
『あー…お、お風呂?』
「なんや、風呂一緒に入りたいんか?しゃあないのぉ。俺が優しく洗ったるわ」
『ち、違っ、そうじゃなくてっ!』
「おうおう、分かったでぇ」
真島にあやされるように抱き上げられ、問答無用で浴室に連れていかれたななし。
逃げ場を封じるように入口に立たれてしまえば後は真島の言う通り二人でお風呂に入るしかないのかもしれない。
こんなことになるなんて…。
今日朝一番にこの格好にしようと決めた自分が恨めしい。
仕事の途中で伝線させてしまった自分が恨めしい。
「ほな、楽しもか」
『ひ、ひえぇ…』
今後二度とストッキング履かないもんね!
ななしは迫り来る真島に怯えながらそんな決意を抱いたのだった。
お粗末!
Sssのつもりで書いたんですが長くなったので短編に。
真島さんが「ワシ」と「俺」を使い分けてたらエモいですよね。
「ななし」
『あ、吾朗さん。もう来てくれてたんですね〜』
職場から出ると少し離れた路上によく見知った車が止まっており、中にはななしを出迎えるように真島が乗っていた。
珍しく極道の仕事が早く終わり、ななしの事を迎えに来ていた真島はにこやかに駆け寄ってくる彼女に向かって手招きをして見せた。
後部座席、真島の隣に座るように乗り込んだななしは運転席にいる組員の一人、西田に向かって『お願いします』と丁寧に頭を下げる。
西田もななしに答えるように会釈した後、止まっていた車はゆっくりと動き出し帰路にへと向かった。
車の中は程々に暖かく、外から入ってきたななしにはとても心地よいもので。
仕事の疲れも相まって少しづつ睡魔が襲ってくるようであった。
『はぁ、眠い』
「家着くまで寝とってもええで」
『ん〜、…起きてます』
「ほな、目ぇ開けとき。完全に閉じとるで」
『はぁい』
「ヒヒッ、開いとらんでぇ?」
『えぇ?開けてますよ』
「それで前見えとんか?」
『見えてますよ。吾朗さんのカッコイイお顔がはっきりと』
「調子のええこと言うとらんとはよ開けんかい」
『ふふ、開けます』
真島に寄りかかりながらそんなやり取りをしていれば少しだけ睡魔は和らいでくる。
本当はこのまま眠っても気持ちがいいのだろうなと思うが、家に着いた後寝起きのまま行動する方がしんどそうだと閉じかけていた瞳を開いたななし。
「ななし、お前寒がりやろ」
『え?うん、どちらかと言えばそうかも。どうかしました?』
体の凝りを伸ばし姿勢を正してると唐突に真島がそう質問して来たため、ななしは首を傾げながらも返事をしてみる。
真島の言うようにななしは寒がりである。極端にという訳では無いが、今の季節はブラウスなどの上に必ず上着を羽織る位には寒がりだ。
「なんで上着羽織っとらんのや。外寒かったやろ」
『あ、なるほど。今日羽織ってなかったから質問したんですね』
「おう、いつも暑い日も羽織っとるのに珍しいな思てん。足寒いんか?」
『いえいえ、そういう訳では無いんですよ』
いつもなら必ず上着を羽織っているのに今日は羽織っておらず、そればかりか膝に掛けていた事が真島には引っかかったらしい。
勿論今夜もななしには肌寒く感じられたのだが、寒いからと言う理由で上着を膝にかけていた訳では無い。
如何せん今日の彼女には羽織れない深刻な理由があった。
『実はですね…』
「!」
『こんな感じに伝線してしまったんですよ〜』
それは履いていたストッキングが隠さなければならないほど大きく伝線してしまったから。
終業時間間近、たまたまデスクから立ち上がった際に何かに擦れてジジジと大きく伝線してしまったのだ。あまりにも長く入った伝線を晒しながら仕事をする訳にも行かず、隠せそうな上着を膝にかけなんとかその場を乗り切ったのだが。帰宅時間が沢山の社員と被ったため、職場を出る際も膝から上着を外せすことが出来ず隠すように抱えてこの車まで来たのだ。
車に乗った後もこの危ういストッキングを恋人に見られるのは気恥しいと思いずっと上着で隠していたのだ。
『後は家に帰るだけだしこのままでいいかなぁって感じで隠してたんです』
「…ほうか」
『だから決して足が寒い訳では無いんです。心配してくれてありがとう吾朗さん。……吾朗さん、聞いてます?』
こういう経緯があったのだと伝線したストッキングを見せて説明していたのだが、どうやらそんな話は右から左なようで。真島には聞こえていないようであった。
真島の質問に答えたのに何故話を聞いていないんだ、と咎めるように真島に視線を向けると彼は鋭い眼光で伝線したストッキングを凝視していた。
さながら猛獣が獲物を捉えた時のような眼差しで、文字通り食い入るように足を見つめてくるためななしはなんとも言えぬ気持ちになってしまう。
あまりに気まずく気恥ずかしくなってきたので再び上着を膝にかけようと持っていた上着を広げたのだが。
膝にかける直前に真島の腕に遮られてしまった。
『ちょっと、なにするんです』と咎める様に言うとストッキングを凝視していた隻眼がゆっくりとこちらを向く。
かち合った視線はいつも以上に瞳孔が開いているような気がしてななしはたじろいでしまった。
『…ご、吾朗さん。話聞いてます?』
「こんだけ伝線入っとるんや、俺が破いてもええよな?」
『…え…え!?』
「ストッキングは破くためにあるもんやしな」
『ち、違いますけど!?』
「あ?違わんやろ。世の男は皆そう思っとるわ」
『絶対違います!!』
「違わん」
『じゃ、じゃあ!西田さんに聞いてみてくださいよ!!』
「え!?お、俺っすか!?」
「おう、西田。聞いとったんやろ。お前はどないやねん」
「お、俺は…」
"ストッキングは破くためにある"
真顔で言い切った真島だが、決してそんなことは無い。足を綺麗に見せたり、防寒だったりとストッキングの存在理由は沢山あるはずだ。
それなのに自分は正しいと言わんばかりの真島にこれは良くない流れだと、ななしはきっとこんな空気で気まずいであろう西田に賛同の声を求めた。
皆が皆、そんな風に思うはずがない。
西田のように優しい男ならきっとストッキングをそんな邪な目で見ないはずだ。
「お、俺は、親父に賛成っす…!」
『え!!?』
「ほら、見てみぃ!」
『ち、違います。空気を読んでくれただけですよ!吾朗さんは組長だから!』
「あ?そうなんか西田」
「ひっ!ち、違います!男のロマンっすよね!!」
「ヒヒッ、二対一やでななし」
『西田さんの裏切り者…!』
「す、すんません…」
例え本当にそう思っていたとしても思っていなくても、真島の前では真島が正しい。黒いものも真島が白と言えば白になる。
そんな極道の暗黙の掟に西田も逆らえるはずもなく。
ななしの西田を味方に付けよう作戦はもろくも崩れ去ってしまった。
賛同者が増えたことで調子に乗ったであろう真島はヒヒヒッと愉しそうに笑いながら、革手袋を外すと素手でななしの太ももをガッシリ掴んできた。
逃げようにもこうも力強く掴まれていると、身動きも取れない。
自由の効く両手で真島の手を押さつけてみるが力で適うはずもなく。呆気なく空いた手で両手をまとめて拘束されてしまった。
『分かりました!!そこまで言うなら破いても良いです!』
「お、物分りが良くて助かるわ」
『でも、家に着いてからにしてください!!』
「あ?目の前にあんのに俺に我慢せぇ言うんか?」
『アタシも折れたんだから吾朗さんも折れなきゃフェアじゃないです』
そこまで破きたいと、男のロマンだと言うのならどうせ捨てるんだし破いても良い。
それで真島が何かを満たせるなら、ななしも悪い気はしないのだから。
ただ、西田がいるこの空間で破くのだけは絶対にやめてくれ。破くことを許したのだから、そちらも我慢して、そう真島に端的に伝えたはいいが彼はとても嫌そうに顔を歪めた後、拗ねた子供のように「しゃあなしやで」とそっぽを向いてしまった。
掴んでいた手も離してくれ、渋々だが了承してくれたようだ。
『(よ、良かった…)』
このまま恥ずかしい姿を西田に晒さなくてすんだ。
もう既に真島とのやり取りが恥ずかしくもあったがこれ以上は耐えられないので心底ホッとしたななし。
このまま何事もなく無事に帰宅出来るようにと心の中で両手を合わせ祈っていると、太ももを掴んだままの真島の手がゆっくりと動き出した。
『……』
「……」
もぞもぞと揉むように動く真島の手。
革手袋をしていない彼の手は暖かく。すこしカサついていて擽ったい。
無言で何をしているの、と真島の方へ視線を寄越すが彼はそっぽを向いたまま。
こちらを向くことなく気のままに手を動かしているようだった。
『……吾朗さ…っん!』
そのうち指が起用にストッキングの伝線している部分から侵入してきて、ななしの太ももを擽るようにそっと動いた。
急に地肌にしかも太ももに触れられたせいでくすぐったさと、えも言われぬ感覚に短く艶めかしい声を発してしまったななし。
恥ずかしさに居たたまれず咄嗟に口元を抑えて真島を睨みつけるが彼は未だに窓の外を見ていてこちらをむく気配がない。
しかし指の腹や爪先を使って明らかにくすぐりに来ている真島。
節榑た手が楽しげに動く度にななしの体にはピクピクと揺れた。
『も、止めてって!』
「……」
西田がいるだろう、擽るのはやめて。
必死に声を我慢するななしは窓の外を見ている真島の肩に触れて懇願した。
未だにこちらを振り返ることはしない真島にななしもだんだんともどかしい気持ちになってくる。
もしかして本当に怒ってしまったのだろうか。
そこまでストッキングを破りたかったのか?家まで我慢できない程に?
真島の考えは到底理解できなかったが、変わった彼のことだしこういったことでも怒ってしまうこともあるのかもしれない。
別に喧嘩したい訳ではなくて、もう少し我慢して欲しかっただけなんだとしょんぼりしてしまったななしは真島に擦り寄った。
それでも顔を見せてはくれなかったため、ふと窓に目をやれば彼の顔が反射してよく見えた。
『……』
彼の顔はそれはもうとても楽しげで。
口も愉快だと言わんばかりに弧を描いている。
まるでイタズラをしている子供のように無邪気な顔であったため、ななしは悟った。
この人怒ってこっちを見ないんじゃない、アタシを弄って楽しんでいるんだ。
『ご、吾朗さんのアホ!ドS!』
「あ!?」
今度は西田に聞かれてもいい、そんな気持ちで真島に対して大きな声を出してやった。
悲しかった気持ちは薄れ、だんだんと怒りが募ってくる。どうしてストッキングも破かれて、なおかつ彼の良いように弄られなければならないんだ。
ぷんぷん怒りを露わにするななしにまさかそんな風にいわれるとは思っていなかったのかようやっとこちらを向いた真島。
『いじわるするんなら今日は吾朗さんの家行きません!』
「あ?破かせる言うたやないか!」
『意地悪するから悪いんです!西田さんアタシの家に向かってください!』
「え?は、はいっす」
「アホボケ!ワシの家に向かわんかい!」
「は、はいっ!!」
『行きませんんーー!!』
「行くに決まっとるやろ!」
『アタシは行きません!』
「ほな。俺がそっち行ったるわ!!」
『柏木さん呼びます!』
「なんでそこで柏木のおっさんが出てくんねん!」
『お家に入れないように見ててもらいます!』
「あぁ!?」
売り言葉に買い言葉。口喧嘩はヒートアップして行き、何十分か経過し真島の家に到着した後もそれは続いた。
結局ななしは真島に引き摺られるようにして家に連行されたのだ。
『もう!今日の吾朗さんなんでそんなに意地悪なんですか!』
「意地悪やないやろ」
『い、意地悪ですー』
「ほな、今から優しーくしたるわ。その前にストッキングだけ破かせぇ」
『ストッキングへの執着なんなんですか!?』
「男はな、エロへの探求に余念がないねん」
『絶対吾朗さんだけですって!それにストッキングをエロに分類しないでください』
「あほ、最上級にエロいやろ」
『意味わかんない』
「お前が俺のネクタイとワイシャツに興奮すんのと同じや」
『…………その説明で妙に納得してしまって悲しいです…』
「お前と俺はそんなに変わらんっちゅうことや」
『…悲しい』
「何が悲しいねん」
『エロ吾朗さんと思考回路同じなの悲しい』
「言うたなななし」
『言うてへんですぅ』
「もうええわ。さっさとベッド行くで」
『ま、待って!お風呂入ります!』
「ああ?ほなどこで破けっちゅうねん」
『あー…お、お風呂?』
「なんや、風呂一緒に入りたいんか?しゃあないのぉ。俺が優しく洗ったるわ」
『ち、違っ、そうじゃなくてっ!』
「おうおう、分かったでぇ」
真島にあやされるように抱き上げられ、問答無用で浴室に連れていかれたななし。
逃げ場を封じるように入口に立たれてしまえば後は真島の言う通り二人でお風呂に入るしかないのかもしれない。
こんなことになるなんて…。
今日朝一番にこの格好にしようと決めた自分が恨めしい。
仕事の途中で伝線させてしまった自分が恨めしい。
「ほな、楽しもか」
『ひ、ひえぇ…』
今後二度とストッキング履かないもんね!
ななしは迫り来る真島に怯えながらそんな決意を抱いたのだった。
お粗末!
Sssのつもりで書いたんですが長くなったので短編に。
真島さんが「ワシ」と「俺」を使い分けてたらエモいですよね。