短編 龍如
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(コレ→支配人真島⑦と微妙に繋がってます。読んでなくても大丈夫だと思います!)
真島はモテる。
支配人として務めている時の真島はとにかく紳士的で誰にでも分け隔てなく接する。その反面実は関西弁で意外にも少々がさつな部分も持ち合わせており、グランドで働いているキャストはそのギャップや性格にときめいているようだ。
だからバレンタインともなれば真島は両の手では抱えられない程のチョコをキャスト達からプレゼントされる。
ななしが真島と初めて出会った年のバレンタインも彼に惚れたキャスト達がそれはもう沢山のチョコをプレゼントし、グランド内で店を開けるほどの数が集まった事を今でもはっきりと覚えている。
今年も前回同様に真島に心を寄せたキャスト達が大量にチョコを渡すのだろう。
グランドのスタッフルームがチョコで溢れる光景が容易に想像できたななしは仕事中だと言うのに苦笑いを零した。
恋人であることを公言できないため、真島にチョコが渡されるのは仕方の無いこと。
ただ綺麗なキャストが恋人の真島にチョコを手渡すと言うのはななしにとってあまり面白いものでは無い。
本音は"自分以外のものは受け取らないで欲しい"なのだが、そんなことは言えるはずもない。
恋人になる前は何も感じなかったが恋人になった今、バレンタインとはななしにとって少々心苦しいイベントでもあった。
『はぁ……』
真島の為に買いラッピングしたチョコ(手作りが苦手なため)があるが、キャスト達の気合いの入ったチョコに見劣りしてしまわないか気が気でない。
中にはイチから全てを手作りした子達も居るだろう。
チョコの仕上がりや高級さで愛が推し量れる訳では無いが、自分が買った安っぽいチョコではどうしても真島に見合ってないのではないかと感じてしまいなかなかやるせない。
しかしななしは真島が見た目や金額などではなく、こちらの愛情や気持ちをしっかりと受け取ってくれる優しい男性だと知っている。
だからなにがあってもどんなチョコが真島に渡されても、喜んで受け取ってくれるはずだ。
ななしは気落ちしながらも真島を信じようと今一度しっかりと頷き、グランドの仕事に励んだ。
********
ようやく営業が終了し静かになったグランド。
バレンタインのイベント中ということもあり、今日はかなり大盛況であった。
普段よりも仕事量が多くホールやキッチン内を忙しなく行き来していたななしはヘトヘトだ。しかし仕事はまだ終わりでは無い。
イベントで飾られたホールや使った食器の片付け、テーブルの清掃。数えればキリがない程仕事は残っている。
なんとか早く終われるようにテキパキ掃除を済ませようと、気持ちや疲れた体を奮い立たせるために気合いを入れたななしはまずは掃除用具の準備をするためにスタッフルームに小走りで向かった。
長い廊下を進み見えたスタッフルームの扉をななしは躊躇うことなく開き、室内へと踏み入れる。
そのまま素早く掃除用具の入ったロッカーに手を伸ばしたななしだが、持ち上げた視線の先で今まさに"真島へチョコが渡されている"光景が広がっていたため、ピタリと体が停止してしまった。
真島とキャストもななしの存在に気がついたらしく、二人が少し驚いたようにこちらに視線を向けてくる。
何とも言えない気まずい雰囲気が流れてしまいななしは動くことが出来なかった。
「ビックリしたなぁ、もう。無名君〜。邪魔せんでや〜!」
『す、すみません。掃除用具取りにきただけなんですけどタイミング悪かったですね…』
「そんな事ないで」
「いや、最悪のタイミングやん!もう少しで支配人に受け取って貰えるとこやったんに!」
「せやから、なんべん言われても受け取れへん言うとるやろ…。はよ、諦めて家帰り」
「支配人こそ首縦に降って受け取るだけやん!貰ってや」
「あのなぁ、一回説明したはずやで。俺が受け取られへん理由」
『……ははは…』
真島とキャストのやりとりにななしは苦笑いを零した。
想い人にチョコを渡すにしてはピリピリとした空気感。"愛"や"好き"が絡むため甘く穏やかな雰囲気になるイメージがあるが全てがそうなるとは限らないらしい。
彼らの独特なバレンタインの雰囲気にななしは若干戦いてしまう。
しばしば"受け取って!" "受けとられへん"の攻防を眺めているとななしはふとある事を思い出した。
『(あの子、確か真島さんに告白してた子だ…)』
真島に食い下がるキャストは先日、就業時間にスタッフルームで「いい人がいないならウチと付き合わないか?」と告白をしていた女の子だったのだ。
あの時は真島に断られていたがあっさり受け入れ、何事も無かったのように帰宅していたが(真島から一万円を貰いタクって帰ったらしい)、もしかすると心の底では諦めきれていなかったのかもしれない。
現に真島に高そうなチョコを一生懸命に手渡しているのだ、その感情が愛かそれ以外かは分からないが特別な気持ちを抱いているのは明白だろう。
『……』
「支配人、手出して」
「はぁ…せやから貰えへんて」
頑なに断ってはいるものの真島へ特別な気持ちを持った子がチョコを手渡している光景がいざ目の前で繰り広げられるとやはり胸がチクンと痛むようであった。
それにキャストが持っているチョコは自分のものより遥かに高級そうに見える。
真島が価値を比べたりはしないと分かっていても気持ちは落ち着かない。
「支配人って結構頑固なんやね。チョコくらい貰ったらええやん」
「…俺を好いてくれとるあの子に不誠実な事はしたないねん」
「別にほかの女の子からチョコ貰ったくらいで不誠実にはならんのんやない?」
「それはあの子が決めることや」
「ふぅーん。じゃぁ、やっぱり受け取ってくれんのやね?」
「せやな」
「…そんなにその女の子が好きなん?やっぱり可愛い?支配人の恋人とか謎すぎてめっちゃ気になる」
「可愛ええよ、一途やし健気やし優しい。"こんな俺"も受け入れてくれる。俺の大切な恋人や。な?無名」
『……へっ?』
「え!?もしかして無名君、支配人の彼女見たことあるん!?」
「無名は見たことあるしようさん知っとんで。なんならなんか聞いてみぃ」
『ぇ、あ、あの…別に知らな…』
「まじ!?どんな子なん!?可愛いん?ホンマに一途系?清楚な感じなん?」
『えっ、あぁ…えっと…いや…』
出ていくタイミングを見失いああでもないこうでもないと言い合う真島とキャストを不本意ながら眺めていたななしだが、何故か彼らに巻き込まれるようにいきなり話を振られ驚きに目を白黒させた。
話を振った張本人である真島をじっとり見つめると、彼はまるでイタズラを成功させた子供のように無邪気な笑みを浮かべていたのだ。
隣にいるキャストは"真島の彼女"が気になるようで教えて欲しいとばかりに目を輝かせている。
この場に居合わせてしまったばっかりに思わぬ問を受けななしは困り果てた。
キャストは"彼女が可愛いか"、つまりは"真島の彼女である自分が可愛いか"を問うている。
あまりにも答えにくい質問だ。可愛いと肯定するのはナルシスト甚だしいし、かといってきっぱり否定しては感じの悪い人間になってしまう。今のななしは押し黙ることしか出来ない。
あわあわと挙動不審な動きをしているとキャストはななしに、ズイズイと近寄り更に目の色を輝かせた。
「やっぱり支配人の彼女やしセクシー系なん?」
「めっちゃスタイルええで。身長もちょうどええ高さやし、顔も綺麗や」
『セ、セクシーでは無いとおもいます……』
「じゃぁ、可愛い系?年下?」
「年下やな。いっつもニコニコしとるし、癒されんねん」
「へぇ、癒し系なんやね」
『…』
「無名君から見ても可愛い?」
『え!?…あー、ど、どうでしょう』
こんなにも気まずい瞬間はそうそうないだろう。
キラキラこちらを見つめるキャストからななしはそっと視線を外した。
するとキャストの後方で肩を震わせ笑いをこらえている真島が視界に入り、ななしは若干の苛立ちを感じ片眉を上げた。
誰のせいでこうなっているか分かっているのだろうか、キャストがいなければ今すぐにでも『虐めないで下さい』と真島に詰め寄ってやりたいくらいだ。
しかし何も答えずにいることも出来ない。興味津々でこちらを見つめるキャストになにか答えない事にはこの場から退散することは許されないだろう。
ななしは『ん〜』と唸りながらキャストが納得出来、かつ真島には恋人がいて仲が良いと何となく牽制できる答えはないかと頭を悩ませた。
『そうですね…』
「うんうん」
『可愛いかそうでないか、スタイルが良いか悪いか、私には分かりませんが1つだけはっきりと言える事があります』
「なになに?」
『それは、誰も付け入る隙が無いくらい相思相愛だって事ですっ』
相思相愛、嘘などでは無い。
周りに公言できないのは深い事情があるからで、本当はお互い声を大にして「付き合っている」と言いたいほど。
キスやセックスも気持ちを確かめるように何度も繰り返しているし、この先も一緒にいたいと望んでいる。
真島の優しさと愛情を常に感じ、その分…いやそれ以上にななしも甘やかな感情を常に彼へと向けているのだ。
そこに誰かが付け入ることは出来ない、これは願望かもしれないがななしは強くそう思っている。
「そっかぁ…はぁ、真面目な無名君から見て相思相愛って思うならホンマにそうなんかなぁ。そろそろウチも諦めた方がいいかも……チョコはウチが食べるわ支配人」
「そうしてくれると助かる」
「はーい、そうしまーす」
「もうかなり遅い時間やし、キャストもみんな帰っとるで。タク代出したるさかい君もはよ帰り」
「そうやね、そうする」
がっくしと肩を落としたキャストは真島から一万円札を受け取ると、そのまま扉の方へと踵を返した。
「おやすみなさい〜」と失恋ししょんぼり項垂れるキャストを見てしまうとどうしても可哀想なことをしてしまった様な気がしてならない。
だが、真島の隣を易々と譲る気はない為、可哀想だと思いつつもこれで良かったのだとななしは己にいいきかせた。
バタンと扉が閉まり足音が遠ざかっていく。
真島とななしはゆっくりと顔を見合せた。
『もう、意地悪をしないで下さい!真島さん!』
「フッ、すまん。なかなか食い下がるもんやからついななしに話を振ってもうたんや」
『本当にびっくりしました……それにあんな答えでよかったんでしょうか。彼女を落ち込ませちゃったかも…』
「どんな答えを返しても落ち込むと思うで。ななしが気にすることない」
『そ、そうですね』
「ななし」
『は、はい?』
隣にいた真島が肩と腰に手を回し引き寄せた。
少しだけ強引に抱き寄せられよろめくが、しっかりと真島が受け止めてくれななしの胸はドキンと高鳴る。
隻眼で見下ろす真島を見つめ返すと彼は穏やかな笑みを浮かべながら「俺は嬉しかったんやで」とそう言うのだ。
「"付け入る隙がないくらい相思相愛"。ななしがそう言ってくれったっちゅうのが嬉しいねん」
『だ、だって…事実だから…』
「おう、せやから嬉しいねん。俺だけやない、ななしも俺を心から好いてくとんのが分かるさかい。必死に悩んで答えてくれてありがとさん」
『んっ、あ…真島さん。ここはまだグランドですっ、ん』
「好きや、ななし」
『んっ』
真っ直ぐ向けられる黒く鋭い隻眼に魅入っていると、徐々に真島の端正な顔が近付く。
真島が今から何をしようとしているかが分かってしまったななしは抱きしめられている体を揺らしここはグランドだと伝えるが彼はにっこり笑うだけ。
僅かな抵抗も虚しく真島の唇はななしの唇としっかりと重なった。
『んっ、むぅ…ぁっ、はぁ、ま、真島さん…』
「ななし、ホンマに好きや。俺とななし、これからもずっと一緒やで。ななしの言う通り誰も付け入る隙なんてないしな」
『アタシもそうだと嬉しい…真島さん、好きです。大好きです』
強面な真島だが好きだと言う時の彼はとても穏やかな表情で笑いかける。
この柔らかで愛情溢れる笑顔を見ることが出来るのは恋人であるななしの特権だ。
ななしは愛を示してくれる真島に心満たされながら、彼のたくましい体にしがみついた。
『真島さん、早く掃除して帰りましょう?貴方に渡したいものがあるんです』
恋人に誠実でありたいと言い切った真島。
そんな彼はチョコを受け取ってくれるだろうか。
「……実はな、今日はそれだけを楽しみに仕事乗り切ったんやで」
『ふふ、そうなんですか?』
「おう、ななしからなら大歓迎やで」
『…嬉しい。受け取ってくれるんですね?』
「当たり前やろ。ななしは俺の恋人なんやさかい」
『そ、そっか…そうですよね』
「ななし、もう少し頑張ろか」
『はい!もう少し頑張りましょう!真島さんも楽しみにしててください』
「おう、楽しみにしとるで」
自分が真島にとって特別であると改めて実感することができたななしは、文字通り"誰も付け入る隙がない"程、今以上に相思相愛になろうと心に決めた。
その為に出来ることは真島へ愛を伝えることだ。
愛しているのだと心の内をこれからもずっと伝え続けよう。
まずは今日帰ってからチョコを渡す時、気持ちもしっかりと真島へプレゼントするのだ。
『真島さん。アタシと恋人になってくれてありがとう!』
ななしにとってのバレンタインとは少しばかり心苦しいイベントであったが、真島の誠実さを垣間見る事で特別なイベントへと変わっていった。
「こっちの台詞やななし。これからも頼むで」
『ふふ、こちらこそ!』
ななしはこの後訪れるであろう甘いひと時に思いを馳せ、残された仕事を片付けるべくゆっくりとスタッフルームの扉を開いた。
(ん、なかなか美味いでななし。甘さが控えめで食べやすいわ)
(真島さん甘いチョコ苦手だと思ってちょっとビターなチョコ選んだんですよ)
(ななしは俺をよう理解しとるのぉ)
(ふふ、そうですか?そう言って貰えると嬉しいなぁ)
((……可愛ええ…))
(真島さん?)
(ん?なんでもないで。それよりこれ食べてみ?)
(んっ、ん!に、苦い)
(フッ)
ハッピーバレンタイン!
ななしちゃんが頭を悩ませてチョコを選んでくれたことが嬉しい真島さん。
真島さんが自分だけのチョコを受け取ってくれて嬉しいななしちゃん。
相思相愛だね!よかったね!
久々更新でちょっとグダグダに…大目に見てね!
真島はモテる。
支配人として務めている時の真島はとにかく紳士的で誰にでも分け隔てなく接する。その反面実は関西弁で意外にも少々がさつな部分も持ち合わせており、グランドで働いているキャストはそのギャップや性格にときめいているようだ。
だからバレンタインともなれば真島は両の手では抱えられない程のチョコをキャスト達からプレゼントされる。
ななしが真島と初めて出会った年のバレンタインも彼に惚れたキャスト達がそれはもう沢山のチョコをプレゼントし、グランド内で店を開けるほどの数が集まった事を今でもはっきりと覚えている。
今年も前回同様に真島に心を寄せたキャスト達が大量にチョコを渡すのだろう。
グランドのスタッフルームがチョコで溢れる光景が容易に想像できたななしは仕事中だと言うのに苦笑いを零した。
恋人であることを公言できないため、真島にチョコが渡されるのは仕方の無いこと。
ただ綺麗なキャストが恋人の真島にチョコを手渡すと言うのはななしにとってあまり面白いものでは無い。
本音は"自分以外のものは受け取らないで欲しい"なのだが、そんなことは言えるはずもない。
恋人になる前は何も感じなかったが恋人になった今、バレンタインとはななしにとって少々心苦しいイベントでもあった。
『はぁ……』
真島の為に買いラッピングしたチョコ(手作りが苦手なため)があるが、キャスト達の気合いの入ったチョコに見劣りしてしまわないか気が気でない。
中にはイチから全てを手作りした子達も居るだろう。
チョコの仕上がりや高級さで愛が推し量れる訳では無いが、自分が買った安っぽいチョコではどうしても真島に見合ってないのではないかと感じてしまいなかなかやるせない。
しかしななしは真島が見た目や金額などではなく、こちらの愛情や気持ちをしっかりと受け取ってくれる優しい男性だと知っている。
だからなにがあってもどんなチョコが真島に渡されても、喜んで受け取ってくれるはずだ。
ななしは気落ちしながらも真島を信じようと今一度しっかりと頷き、グランドの仕事に励んだ。
********
ようやく営業が終了し静かになったグランド。
バレンタインのイベント中ということもあり、今日はかなり大盛況であった。
普段よりも仕事量が多くホールやキッチン内を忙しなく行き来していたななしはヘトヘトだ。しかし仕事はまだ終わりでは無い。
イベントで飾られたホールや使った食器の片付け、テーブルの清掃。数えればキリがない程仕事は残っている。
なんとか早く終われるようにテキパキ掃除を済ませようと、気持ちや疲れた体を奮い立たせるために気合いを入れたななしはまずは掃除用具の準備をするためにスタッフルームに小走りで向かった。
長い廊下を進み見えたスタッフルームの扉をななしは躊躇うことなく開き、室内へと踏み入れる。
そのまま素早く掃除用具の入ったロッカーに手を伸ばしたななしだが、持ち上げた視線の先で今まさに"真島へチョコが渡されている"光景が広がっていたため、ピタリと体が停止してしまった。
真島とキャストもななしの存在に気がついたらしく、二人が少し驚いたようにこちらに視線を向けてくる。
何とも言えない気まずい雰囲気が流れてしまいななしは動くことが出来なかった。
「ビックリしたなぁ、もう。無名君〜。邪魔せんでや〜!」
『す、すみません。掃除用具取りにきただけなんですけどタイミング悪かったですね…』
「そんな事ないで」
「いや、最悪のタイミングやん!もう少しで支配人に受け取って貰えるとこやったんに!」
「せやから、なんべん言われても受け取れへん言うとるやろ…。はよ、諦めて家帰り」
「支配人こそ首縦に降って受け取るだけやん!貰ってや」
「あのなぁ、一回説明したはずやで。俺が受け取られへん理由」
『……ははは…』
真島とキャストのやりとりにななしは苦笑いを零した。
想い人にチョコを渡すにしてはピリピリとした空気感。"愛"や"好き"が絡むため甘く穏やかな雰囲気になるイメージがあるが全てがそうなるとは限らないらしい。
彼らの独特なバレンタインの雰囲気にななしは若干戦いてしまう。
しばしば"受け取って!" "受けとられへん"の攻防を眺めているとななしはふとある事を思い出した。
『(あの子、確か真島さんに告白してた子だ…)』
真島に食い下がるキャストは先日、就業時間にスタッフルームで「いい人がいないならウチと付き合わないか?」と告白をしていた女の子だったのだ。
あの時は真島に断られていたがあっさり受け入れ、何事も無かったのように帰宅していたが(真島から一万円を貰いタクって帰ったらしい)、もしかすると心の底では諦めきれていなかったのかもしれない。
現に真島に高そうなチョコを一生懸命に手渡しているのだ、その感情が愛かそれ以外かは分からないが特別な気持ちを抱いているのは明白だろう。
『……』
「支配人、手出して」
「はぁ…せやから貰えへんて」
頑なに断ってはいるものの真島へ特別な気持ちを持った子がチョコを手渡している光景がいざ目の前で繰り広げられるとやはり胸がチクンと痛むようであった。
それにキャストが持っているチョコは自分のものより遥かに高級そうに見える。
真島が価値を比べたりはしないと分かっていても気持ちは落ち着かない。
「支配人って結構頑固なんやね。チョコくらい貰ったらええやん」
「…俺を好いてくれとるあの子に不誠実な事はしたないねん」
「別にほかの女の子からチョコ貰ったくらいで不誠実にはならんのんやない?」
「それはあの子が決めることや」
「ふぅーん。じゃぁ、やっぱり受け取ってくれんのやね?」
「せやな」
「…そんなにその女の子が好きなん?やっぱり可愛い?支配人の恋人とか謎すぎてめっちゃ気になる」
「可愛ええよ、一途やし健気やし優しい。"こんな俺"も受け入れてくれる。俺の大切な恋人や。な?無名」
『……へっ?』
「え!?もしかして無名君、支配人の彼女見たことあるん!?」
「無名は見たことあるしようさん知っとんで。なんならなんか聞いてみぃ」
『ぇ、あ、あの…別に知らな…』
「まじ!?どんな子なん!?可愛いん?ホンマに一途系?清楚な感じなん?」
『えっ、あぁ…えっと…いや…』
出ていくタイミングを見失いああでもないこうでもないと言い合う真島とキャストを不本意ながら眺めていたななしだが、何故か彼らに巻き込まれるようにいきなり話を振られ驚きに目を白黒させた。
話を振った張本人である真島をじっとり見つめると、彼はまるでイタズラを成功させた子供のように無邪気な笑みを浮かべていたのだ。
隣にいるキャストは"真島の彼女"が気になるようで教えて欲しいとばかりに目を輝かせている。
この場に居合わせてしまったばっかりに思わぬ問を受けななしは困り果てた。
キャストは"彼女が可愛いか"、つまりは"真島の彼女である自分が可愛いか"を問うている。
あまりにも答えにくい質問だ。可愛いと肯定するのはナルシスト甚だしいし、かといってきっぱり否定しては感じの悪い人間になってしまう。今のななしは押し黙ることしか出来ない。
あわあわと挙動不審な動きをしているとキャストはななしに、ズイズイと近寄り更に目の色を輝かせた。
「やっぱり支配人の彼女やしセクシー系なん?」
「めっちゃスタイルええで。身長もちょうどええ高さやし、顔も綺麗や」
『セ、セクシーでは無いとおもいます……』
「じゃぁ、可愛い系?年下?」
「年下やな。いっつもニコニコしとるし、癒されんねん」
「へぇ、癒し系なんやね」
『…』
「無名君から見ても可愛い?」
『え!?…あー、ど、どうでしょう』
こんなにも気まずい瞬間はそうそうないだろう。
キラキラこちらを見つめるキャストからななしはそっと視線を外した。
するとキャストの後方で肩を震わせ笑いをこらえている真島が視界に入り、ななしは若干の苛立ちを感じ片眉を上げた。
誰のせいでこうなっているか分かっているのだろうか、キャストがいなければ今すぐにでも『虐めないで下さい』と真島に詰め寄ってやりたいくらいだ。
しかし何も答えずにいることも出来ない。興味津々でこちらを見つめるキャストになにか答えない事にはこの場から退散することは許されないだろう。
ななしは『ん〜』と唸りながらキャストが納得出来、かつ真島には恋人がいて仲が良いと何となく牽制できる答えはないかと頭を悩ませた。
『そうですね…』
「うんうん」
『可愛いかそうでないか、スタイルが良いか悪いか、私には分かりませんが1つだけはっきりと言える事があります』
「なになに?」
『それは、誰も付け入る隙が無いくらい相思相愛だって事ですっ』
相思相愛、嘘などでは無い。
周りに公言できないのは深い事情があるからで、本当はお互い声を大にして「付き合っている」と言いたいほど。
キスやセックスも気持ちを確かめるように何度も繰り返しているし、この先も一緒にいたいと望んでいる。
真島の優しさと愛情を常に感じ、その分…いやそれ以上にななしも甘やかな感情を常に彼へと向けているのだ。
そこに誰かが付け入ることは出来ない、これは願望かもしれないがななしは強くそう思っている。
「そっかぁ…はぁ、真面目な無名君から見て相思相愛って思うならホンマにそうなんかなぁ。そろそろウチも諦めた方がいいかも……チョコはウチが食べるわ支配人」
「そうしてくれると助かる」
「はーい、そうしまーす」
「もうかなり遅い時間やし、キャストもみんな帰っとるで。タク代出したるさかい君もはよ帰り」
「そうやね、そうする」
がっくしと肩を落としたキャストは真島から一万円札を受け取ると、そのまま扉の方へと踵を返した。
「おやすみなさい〜」と失恋ししょんぼり項垂れるキャストを見てしまうとどうしても可哀想なことをしてしまった様な気がしてならない。
だが、真島の隣を易々と譲る気はない為、可哀想だと思いつつもこれで良かったのだとななしは己にいいきかせた。
バタンと扉が閉まり足音が遠ざかっていく。
真島とななしはゆっくりと顔を見合せた。
『もう、意地悪をしないで下さい!真島さん!』
「フッ、すまん。なかなか食い下がるもんやからついななしに話を振ってもうたんや」
『本当にびっくりしました……それにあんな答えでよかったんでしょうか。彼女を落ち込ませちゃったかも…』
「どんな答えを返しても落ち込むと思うで。ななしが気にすることない」
『そ、そうですね』
「ななし」
『は、はい?』
隣にいた真島が肩と腰に手を回し引き寄せた。
少しだけ強引に抱き寄せられよろめくが、しっかりと真島が受け止めてくれななしの胸はドキンと高鳴る。
隻眼で見下ろす真島を見つめ返すと彼は穏やかな笑みを浮かべながら「俺は嬉しかったんやで」とそう言うのだ。
「"付け入る隙がないくらい相思相愛"。ななしがそう言ってくれったっちゅうのが嬉しいねん」
『だ、だって…事実だから…』
「おう、せやから嬉しいねん。俺だけやない、ななしも俺を心から好いてくとんのが分かるさかい。必死に悩んで答えてくれてありがとさん」
『んっ、あ…真島さん。ここはまだグランドですっ、ん』
「好きや、ななし」
『んっ』
真っ直ぐ向けられる黒く鋭い隻眼に魅入っていると、徐々に真島の端正な顔が近付く。
真島が今から何をしようとしているかが分かってしまったななしは抱きしめられている体を揺らしここはグランドだと伝えるが彼はにっこり笑うだけ。
僅かな抵抗も虚しく真島の唇はななしの唇としっかりと重なった。
『んっ、むぅ…ぁっ、はぁ、ま、真島さん…』
「ななし、ホンマに好きや。俺とななし、これからもずっと一緒やで。ななしの言う通り誰も付け入る隙なんてないしな」
『アタシもそうだと嬉しい…真島さん、好きです。大好きです』
強面な真島だが好きだと言う時の彼はとても穏やかな表情で笑いかける。
この柔らかで愛情溢れる笑顔を見ることが出来るのは恋人であるななしの特権だ。
ななしは愛を示してくれる真島に心満たされながら、彼のたくましい体にしがみついた。
『真島さん、早く掃除して帰りましょう?貴方に渡したいものがあるんです』
恋人に誠実でありたいと言い切った真島。
そんな彼はチョコを受け取ってくれるだろうか。
「……実はな、今日はそれだけを楽しみに仕事乗り切ったんやで」
『ふふ、そうなんですか?』
「おう、ななしからなら大歓迎やで」
『…嬉しい。受け取ってくれるんですね?』
「当たり前やろ。ななしは俺の恋人なんやさかい」
『そ、そっか…そうですよね』
「ななし、もう少し頑張ろか」
『はい!もう少し頑張りましょう!真島さんも楽しみにしててください』
「おう、楽しみにしとるで」
自分が真島にとって特別であると改めて実感することができたななしは、文字通り"誰も付け入る隙がない"程、今以上に相思相愛になろうと心に決めた。
その為に出来ることは真島へ愛を伝えることだ。
愛しているのだと心の内をこれからもずっと伝え続けよう。
まずは今日帰ってからチョコを渡す時、気持ちもしっかりと真島へプレゼントするのだ。
『真島さん。アタシと恋人になってくれてありがとう!』
ななしにとってのバレンタインとは少しばかり心苦しいイベントであったが、真島の誠実さを垣間見る事で特別なイベントへと変わっていった。
「こっちの台詞やななし。これからも頼むで」
『ふふ、こちらこそ!』
ななしはこの後訪れるであろう甘いひと時に思いを馳せ、残された仕事を片付けるべくゆっくりとスタッフルームの扉を開いた。
(ん、なかなか美味いでななし。甘さが控えめで食べやすいわ)
(真島さん甘いチョコ苦手だと思ってちょっとビターなチョコ選んだんですよ)
(ななしは俺をよう理解しとるのぉ)
(ふふ、そうですか?そう言って貰えると嬉しいなぁ)
((……可愛ええ…))
(真島さん?)
(ん?なんでもないで。それよりこれ食べてみ?)
(んっ、ん!に、苦い)
(フッ)
ハッピーバレンタイン!
ななしちゃんが頭を悩ませてチョコを選んでくれたことが嬉しい真島さん。
真島さんが自分だけのチョコを受け取ってくれて嬉しいななしちゃん。
相思相愛だね!よかったね!
久々更新でちょっとグダグダに…大目に見てね!