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(とくめい様/真島(支配人と組長の間くらい)/恋人)
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"「久しぶりやなぁななしちゃん〜」"
『お久しぶりです西谷さん』
そろそろ帰ってくるであろう真島のために料理を作ろうと野菜室の中身を確認していたななしの元にタイミングよく西谷から電話がかかって来た。
野菜室からにんじんを取り出し閉めた後直ぐに電話に出ると、向こう側からそれはもう楽しそうな西谷の懐かしい声が聞こえてくる。
この場に居なくても西谷が口角を上げニコニコと笑を浮かべている表情が想像出来たななしは懐かしさと、彼らしさに思わず『ふふふ』と笑い声を漏らした。
"「神室町 の生活は慣れたん?蒼天堀 とはえろう違うやろ」"
『アタシ土地勘が無いので未だにどこに何があるか把握し切れてないですが、慣れたと言えば慣れましたよ。蒼天堀と似てとても賑やかな町です』
"「まぁ、神室町と言えば眠らない街やさかいのぉ。夜でも明るいやろ」"
『ふふ、そうですね。とても明るいです』
"「こっちはな真島君もななしちゃんもおらんようなってえろう寂しなったわ。"グランド"も君らおる時ほど繁盛しとらんしな」"
『…そうですよね。いきなり支配人 がいなくなって赤の他人 がオーナーになったんですもん。皆慣れるまで大変でしょう』
色々な事があり、ようやく据 から解放された真島とななしは共に蒼天堀から神室町にやってきておりかれこれ数週間が経過していた。
ここに来るまで沢山苦しいことや悲しいことがあったが、今では念願叶って心から愛している真島と過ごすことが出来ている。
しかし一緒に暮らす事が出来ている反面、一夜で逃げるように蒼天堀から神室町に来ているため仕事の引き継ぎなどは一切出来ておらず。
残された店長や従業員などに全てを押し付ける形となってしまっていた。
心苦しくもあったが、全てを打ち明ける訳にも行かず結局それらを置いてこなければ真島と共に生きることが出来なかったのだ。
グランドの事がきがかりであったが神室町で生きると決めた以上再び関わることは出来ない。
しかしやはりななしの中の罪悪感は拭えず、どうしたものかと悩んでいたある日。西谷が自ら"グランドのオーナー"になると申し出てくれたのだ。
理由は"単純に面白そうだから、可愛ええ女の子が多いから"と語っていた西谷だが、彼が義理堅く世話焼きであることは蒼天堀での一件でよく分かっていた。
だからきっと今回も彼なりに色々考えて申し出てくれたのだろう。
本音を語ることの無い西谷だが、彼の優しさにななしはとても感謝していた。
『…こんな風に勝手なこと言うのは無責任だと思うんですけど…西谷さんならきっとグランドを盛り返してくれると信じています。西谷さんて結構やり手だから』
"「はは〜。それはワシを過大評価しすぎやでななしちゃん」"
『ふふふ、そうでしょうか?』
"「せやけどまぁ、真島君とななしちゃんの作り上げたグランドを潰しとうないしこないに頑張っとんのは確かや。労いの言葉くらい貰ってもバチは当たらんやろなぁ」"
『確かに…頑張ってくれてますもんね。西谷さん本当にありがとうございます』
"「"いつもありがとう、誉ちゃんだいすきっ!"って言うてくれたらこれからも頑張れそうや」"
『あははっ、そんなこと言いませんよ!だいすきは語弊がありますもん』
"「うわ、傷つくわ〜。誉ちゃんはなななしちゃんをこないに愛しとるのに!」"
『はいはい。そうですか……って、え?西谷さんって誉って名前なんですか?』
"「はぁ?今更何を言うとんのや。西谷誉、このめでたーい名前がワシやで!」"
『誉…へぇ。はじめて知りました。ふふっ、なんだか合ってるような合ってないような』
"「ななしちゃんはたまにものっそい失礼な事言いよる。まぁ、そこも可愛ええんやけどな!」"
色々なことがあった中で西谷と行動を共にした時間は多いのだが、彼のフルネームを知ったのは今が初めてであったななし。
改めて彼の名前が"西谷誉"だと言われると違和感が尋常ではない。
『誉さん、ねぇ』
"「せや!誉さんや!」"
『なんだかとても違和感感じます』
"「似合っとらんて言いたいんかぁ〜?ん〜?」"
『西谷さんらしいかはさておき、素敵な名前だとは思いますよ!』
"「ホンマに?ななしちゃんに言われるとなんや照れるのぉ」"
誉という漢字の意味はポジティブなものばかりで、変人変態の西谷にはとても似合っていない。
しかし先程ななしが言ったように素敵な名前である事は間違いないだろう。
"「ななしちゃんに褒められて今日も仕事頑張れそうやわ」"
『これからもグランドをよろしくお願いします、西谷さん』
"「ええよ、可愛ええななしちゃんからのお願いやさかい特別や!」"
『ふふ、ありがとうございます』
"「ほなワシもそろそろ仕事にいこうかのぉ。また蒼天堀来たら真島君と会いに来てやななしちゃん」"
『はい、是非お会いしましょうね!』
"「ほな」"
『はい、バイバイです』
別れの挨拶を交わした後、西谷により電話は切れた。
蒼天堀から引っ越してまだ数週間しか経っていないが、西谷の声がとても懐かしく感じたられたななし。
変人であるが恩人でもある西谷が息災で過ごしていることが分かりホッと息を着いた。
また真島と蒼天堀に行くことがあれば必ず西谷に会いに行こうと心に決めたななしは一人ウンウン頷いた後、途中にしていた料理作りを再開すべくにんじんを手に取った。
さて、にんじんを手に取ったが何を作ろうか。
皮を剥きながら、真島は何が食べたいだろうかと考えていると不意にななしの耳にドアノブがガタガタと揺れる音が聞こえてくる。
急いで振り返ると丁度帰宅したであろう真島が玄関の扉を開き、ギラギラと銀色に輝く革靴を脱いでいる最中であった。
『おかえりなさい真島さん』
「おう、ただいいま」
『えへへ、お疲れ様です。今、夜ご飯作るのでもう少し待ってて下さいね』
「ななしもお疲れさん。慌てんでええさかい、怪我せんようにな」
『はぁい』
玄関から部屋の中に入ってきた真島は一目散にななしの元へ駆け寄ると、大きな腕を広げ彼女を抱きしめた。
グランドの支配人をしていた頃とは違い、神室町にやってきた真島は髪をバッサリと切っており、素肌に派手な柄のジャケットのみを着用している。そのため抱きしめられるとどうしても真島のジャケットからはみ出た素肌がななしの頬や鼻先に触れるのだ。
真島の体温を感じられ幸せではあるものの未だに気恥ずかしく思っているななしは、今日も頬に触れた逞しい胸筋に顔を赤らめた。
「ななし、顔真っ赤やで」
『い、言わないでくださいよぅ』
「ヒヒッ、まぁええ。まだまだ時間はようさんあるんや。ゆっくり慣れてけばええやんけ」
『が、頑張ります!』
「ええ返事やな。それにしてもななしは温いわ」
『ふふ、真島さんが冷えてるだけですよ』
「ほなこの冷えがなくなるまでななしに温めてもらおうかのぉ」
『ふふ、勿論』
持っていた人参を台所に置き、ななしは抱きしめている真島の背中にゆっくりと手を回した。
帰ってきた真島の体温が少しでも上がればいいとぎゅっと力一杯抱きしめる。
すると頭上からクツクツと喉の奥で笑うような低い声が聞こえてきた。
声に合わせて真島の肩は小さく振動しており、それはななしにまで伝わってくる。
心地よい振動だとさらに擦り寄れば真島の手が背中をゆっくりと撫でるように動いた。
「今日は特に変わり無かったか?変な輩に絡まれたり泣かされたりせんだか?」
『大丈夫、何も無かったですよ。あ、でもさっき西谷さんから電話があったんです』
「あぁ?西谷ィ?」
『はい、西谷さんです』
「あのおっさん…で?なんか用事でもあったんか?」
『うーん、多分アタシや真島さんを心配してくれてただけだと思います。特に用事があるとは言ってませんでしたし』
「アホらし、そないな連絡無視してええでななし」
『ふふ、でもほら西谷さんにはグランドの事任せっきりですから…お話くらい聞いてあげないと』
「……あんなおっさんほっとけ。好きでやっとんやさかいやらせとけばええねん」
『まぁ確かにそうなんですけどねぇ。でも真島さんとアタシが勤めていたグランドを潰したくないって言ってくれましたよ。多分西谷さんも色々考えてくれての行動でしょうし、電話くらいしてあげないと』
「どうせ適当言うとるだけや。すぐほっぽり出すに決まっとる」
『ふふふ、どうでしょうね』
「ななしはあのおっさんに甘すぎんねん」
『えぇ?そんな事ないですよ。アタシの一番は真島さんなんですから』
「ホンマか?」
『ホンマですよ!嘘なんてつかないです!それに自分の事誉ちゃん〜なんて言っちゃうおじさんを甘やかす分けないです』
「……誉ぇ?」
『はい!あの人の名前誉ちゃんって言うらしいですよ〜。長い間お世話になってたけど今日初めて知りました。失礼ですけど誉ちゃんってあまり西谷さんぽくない名前で面白いですよね』
先程の西谷との会話を思い出したななしは、改めて誉という名はとても違和感があると感じた。
人の名を弄るのはあまり良くないが本人が名前とかけ離れるほど狂人である為、ギャップを感じなんとなく面白く思ってしまう。
失礼承知でそれを真島と共感したかったななしはこちらを見据えている彼に『そう思いませんか?』と問いかけた。
きっと真島も西谷の名前が"誉"である事に驚く事だろう。
ななしがニコニコと返事を待っているとしばしば沈黙が流れた。
それから抱きしめている真島がゆっくりと口を開いた。
「全く面白くない」
『………えっ』
真島の返事が想像していたものとかけ離れていたためななしは驚きに打たれる。
しかし衝撃的だったのはそれだけでは無い。
普段真島は関西弁であるのに標準語を話した事、発せられた声があまりにも低く嫌悪感を含んでいた事。
そしてなにより、こちらを見つめる視線があまりにも鋭い事にななしは思わず息を飲んだ。
真島は明らかに怒っているようであった。
今の今まで朗らかに話していたと少なくともななしはそう感じていたのだが、真島にとっては違ったのだろうか。
真島がどうして急に冷たい声で「面白くない」と言い放ったのか分からず、ななしは狼狽えた。
未だに抱きしめてくる真島を見つめるが視線は鋭いまま変わっていない。
むしろ段々と眉間のシワが深くなり先程よりもキツく睨まれているような気さえする。
『ま、真島さん?』
「……」
ななしが声を掛けるも真島からの返答は無い。
ななしはどうして真島が怒ってしまったのか。もしも自分が彼の気に触ることをしてしまったのなら謝りたいと、今までの行動を必死に思い起こした。
『(そういえば西谷さんの話をしだしたあたりから真島さんの顔色は変わっていたようなきがする)』
真島も蒼天堀にいる頃に西谷と出会っているが、彼らはあまり仲が良くない。
というか真島が西谷をかなり嫌っている。西谷はその逆で何故か真島を気に入っており、事ある毎に喧嘩をしようと言いよっていた。
もしかすると真島にとって蒼天堀での騒動や西谷という人物は既に思い出したくない出来事のひとつになっていたのかもしれない。
だから面白おかしく西谷の話をした時、機嫌を悪くしてしまったのだろうか。
人それぞれ嫌いなものや不得意なものがあるし、ななしや真島だって例外では無い。
心を乱され不機嫌になるほど真島は西谷に嫌悪感を抱いて、それを知らずに思い出すような話をしてしまったせいで彼を怒らせてしまったのだろう。
ななしは真島の事を深く考えずに発言してしまったと、先程のやり取りを後悔しながら『す、すみません…』としなだれた。
『真島さんにとっては面白くないですよね…この話は忘れてください。本当にすみません』
怒っている真島の顔を見ることが出来ず、俯いたまま離れようとそっと逞しい胸に手を置いた。
ななしはそのままやんわりと胸を押し返しながら背中に回されている腕を離すように無言で促せば、「はぁぁぁ」と真島のとんでもなく長いため息が聞こえてくる。
吐き出された息が髪を揺らし驚いたななしは肩を縮めた。
「謝んな。そないな言葉が聞きたい訳やない」
『えっと、あの…は、はい、すみま…』
「せやから謝んなって言うとるやろ」
『は、はいっ』
驚きで縮こまった両肩をがっしりと掴んだ真島は、鋭いままの視線でこちらを見つめてくる。
彼が何を言いたいのか、何をしたいのか。今のななしでは理解してあげることが出来ず、もどかしさや悲しみでだんだんと鼻の奥がツンと痛んでくる。
「ななし」
『は、はぃ…』
「俺とお前の関係はなんや?」
『ぇ?…あの、こ、恋人です…』
「せや、蒼天堀におる時からもう年単位で恋人や」
『うん、そうです…ずっと恋人です』
「せやったらなんであのおっさんの名前はすんなり呼ぶくせに、俺の名前言わんねん」
『……ぇ?』
「ななしが言ってくれるまで何も言わんと気長に待っとったんに、最初に呼んだのは俺やなくて、あの西谷の名前や。ホンマ腹立つ…こんなことになるって分かっとったら無理にでも名前呼びさせればよかったわ」
じっとりこちらを見つめていた真島は「あのアホ次会ったら殺す」と吐き捨てるように言うと盛大な舌打ちを放った。
ななしはそんな苛立たしげな真島を見つめ、ポカーンと口を開いたまま固まってしまった。
眉間にシワを寄せ背中に掲げている般若の如く怒りを露わにしていた真島。
真島が心底苛立っている理由が分からず気に病んでいたななしだが、彼の今の発言でようやく答えが見えてきた。
もしかしなくても真島は、名前を呼んでもらえずいじけていたのかもしれない。
思い起こせば確かに西谷の名前が誉であると伝えた時に真島の声色がガラッと変わったような気がする。
目の前では「俺の名前なんてどうせ忘れたんやろ、あぁ?」と独り言ちる真島がおり未だに鋭い眼光だ。
しかし先程のように目つきは鋭いままであるのに、真島が名前を呼ばれないことに腹を立てていると分かった今では、どうしてか拗ねた子供のようにムッとした表情を浮かべているようにしか見えない。
心境の変化でこんなにも真島を可愛らしいと感じるとは思っておらず。
ななしの心は悲しい気持ちから一変し、彼への愛おしさで溢れた。
『知ってますっ!忘れたりなんかしません…!』
「あぁ?せやったら俺の名前言うてみ」
『漢字の五に口を書いて吾でしょ。それからこざとへんじゃなくて月へんの朗。名前は真島…吾朗さん』
「……おう」
『…そんなに呼ばれたかったんですか?』
「当たり前やろ、蒼天堀におる時からずっとそう思っとったわ」
『何でそう言ってくれなかったんですか?』
「無理に呼ばせたいわけやなかったしな。ななしがそう呼びたいと思った時に呼んでくれたらそれで良かったんや」
『…いつも真島さん呼びだったからそれに慣れちゃってた……もっときにかけていれば良かったですね…ごめんなさい』
「せやから謝んな。それにこれからなんぼでも呼んでくれるんやろ?"吾朗さん"て」
『……ふふふっ、そう呼んでほしいですか?』
「おう、これからはずっとそう呼んでほしい」
『うん、分かった。吾朗さん』
"吾朗さん"
恋人である真島をそう呼べば、彼の拗ねたような表情はだんだんと綻ぶ。
色白の頬がほんのり赤みを帯び心底嬉しそうに口角を上げるので、見ていたななしは思わずドキンと胸を高鳴らせた。
こんなにも喜んで貰えるなら、嬉しそうにはにかんでくれるのならもっと早く真島を名前で呼んでいれば良かった。
『……いつも呼ぶの待っててくれたんですね。これから沢山呼ぶからね、吾朗さん』
「頼むでななし」
『ん、吾朗さん』
「おう」
『吾朗さん、優しい。吾朗さん…吾朗さん』
「おい、阿呆。いっぺんに何回も呼ぶなっ」
『んー、やです。今までの分も沢山呼ぶんです、吾朗さん、吾朗さん』
「ななし、少し黙っとき」
『んぅっ』
急に迫る真島により唇を塞がれたため、今はこれ以上彼の名前を呼ぶことはできなくなってしまった。
しかし一瞬だがキスをしようと差し迫る真島の顔や、耳が先程よりも真っ赤に染まっているのが見えななしはそれだけでとても心が満たされた。
彼が子供のようにいじけてしまったことも、名前を呼ばれて嬉しそうに顔を赤らめるのも全てが愛おしい。
これからは沢山名前を呼ぼう、そう心に決めたななしは気恥しいのかキスを辞めない真島の背中に腕を回してゆっくりと瞳を閉じた。
END
設定
原作の結末が大幅い改変されています!
※西谷さんが生きてます!※
※西谷さんが生きてます!※
"「久しぶりやなぁななしちゃん〜」"
『お久しぶりです西谷さん』
そろそろ帰ってくるであろう真島のために料理を作ろうと野菜室の中身を確認していたななしの元にタイミングよく西谷から電話がかかって来た。
野菜室からにんじんを取り出し閉めた後直ぐに電話に出ると、向こう側からそれはもう楽しそうな西谷の懐かしい声が聞こえてくる。
この場に居なくても西谷が口角を上げニコニコと笑を浮かべている表情が想像出来たななしは懐かしさと、彼らしさに思わず『ふふふ』と笑い声を漏らした。
"「
『アタシ土地勘が無いので未だにどこに何があるか把握し切れてないですが、慣れたと言えば慣れましたよ。蒼天堀と似てとても賑やかな町です』
"「まぁ、神室町と言えば眠らない街やさかいのぉ。夜でも明るいやろ」"
『ふふ、そうですね。とても明るいです』
"「こっちはな真島君もななしちゃんもおらんようなってえろう寂しなったわ。"グランド"も君らおる時ほど繁盛しとらんしな」"
『…そうですよね。いきなり
色々な事があり、ようやく
ここに来るまで沢山苦しいことや悲しいことがあったが、今では念願叶って心から愛している真島と過ごすことが出来ている。
しかし一緒に暮らす事が出来ている反面、一夜で逃げるように蒼天堀から神室町に来ているため仕事の引き継ぎなどは一切出来ておらず。
残された店長や従業員などに全てを押し付ける形となってしまっていた。
心苦しくもあったが、全てを打ち明ける訳にも行かず結局それらを置いてこなければ真島と共に生きることが出来なかったのだ。
グランドの事がきがかりであったが神室町で生きると決めた以上再び関わることは出来ない。
しかしやはりななしの中の罪悪感は拭えず、どうしたものかと悩んでいたある日。西谷が自ら"グランドのオーナー"になると申し出てくれたのだ。
理由は"単純に面白そうだから、可愛ええ女の子が多いから"と語っていた西谷だが、彼が義理堅く世話焼きであることは蒼天堀での一件でよく分かっていた。
だからきっと今回も彼なりに色々考えて申し出てくれたのだろう。
本音を語ることの無い西谷だが、彼の優しさにななしはとても感謝していた。
『…こんな風に勝手なこと言うのは無責任だと思うんですけど…西谷さんならきっとグランドを盛り返してくれると信じています。西谷さんて結構やり手だから』
"「はは〜。それはワシを過大評価しすぎやでななしちゃん」"
『ふふふ、そうでしょうか?』
"「せやけどまぁ、真島君とななしちゃんの作り上げたグランドを潰しとうないしこないに頑張っとんのは確かや。労いの言葉くらい貰ってもバチは当たらんやろなぁ」"
『確かに…頑張ってくれてますもんね。西谷さん本当にありがとうございます』
"「"いつもありがとう、誉ちゃんだいすきっ!"って言うてくれたらこれからも頑張れそうや」"
『あははっ、そんなこと言いませんよ!だいすきは語弊がありますもん』
"「うわ、傷つくわ〜。誉ちゃんはなななしちゃんをこないに愛しとるのに!」"
『はいはい。そうですか……って、え?西谷さんって誉って名前なんですか?』
"「はぁ?今更何を言うとんのや。西谷誉、このめでたーい名前がワシやで!」"
『誉…へぇ。はじめて知りました。ふふっ、なんだか合ってるような合ってないような』
"「ななしちゃんはたまにものっそい失礼な事言いよる。まぁ、そこも可愛ええんやけどな!」"
色々なことがあった中で西谷と行動を共にした時間は多いのだが、彼のフルネームを知ったのは今が初めてであったななし。
改めて彼の名前が"西谷誉"だと言われると違和感が尋常ではない。
『誉さん、ねぇ』
"「せや!誉さんや!」"
『なんだかとても違和感感じます』
"「似合っとらんて言いたいんかぁ〜?ん〜?」"
『西谷さんらしいかはさておき、素敵な名前だとは思いますよ!』
"「ホンマに?ななしちゃんに言われるとなんや照れるのぉ」"
誉という漢字の意味はポジティブなものばかりで、変人変態の西谷にはとても似合っていない。
しかし先程ななしが言ったように素敵な名前である事は間違いないだろう。
"「ななしちゃんに褒められて今日も仕事頑張れそうやわ」"
『これからもグランドをよろしくお願いします、西谷さん』
"「ええよ、可愛ええななしちゃんからのお願いやさかい特別や!」"
『ふふ、ありがとうございます』
"「ほなワシもそろそろ仕事にいこうかのぉ。また蒼天堀来たら真島君と会いに来てやななしちゃん」"
『はい、是非お会いしましょうね!』
"「ほな」"
『はい、バイバイです』
別れの挨拶を交わした後、西谷により電話は切れた。
蒼天堀から引っ越してまだ数週間しか経っていないが、西谷の声がとても懐かしく感じたられたななし。
変人であるが恩人でもある西谷が息災で過ごしていることが分かりホッと息を着いた。
また真島と蒼天堀に行くことがあれば必ず西谷に会いに行こうと心に決めたななしは一人ウンウン頷いた後、途中にしていた料理作りを再開すべくにんじんを手に取った。
さて、にんじんを手に取ったが何を作ろうか。
皮を剥きながら、真島は何が食べたいだろうかと考えていると不意にななしの耳にドアノブがガタガタと揺れる音が聞こえてくる。
急いで振り返ると丁度帰宅したであろう真島が玄関の扉を開き、ギラギラと銀色に輝く革靴を脱いでいる最中であった。
『おかえりなさい真島さん』
「おう、ただいいま」
『えへへ、お疲れ様です。今、夜ご飯作るのでもう少し待ってて下さいね』
「ななしもお疲れさん。慌てんでええさかい、怪我せんようにな」
『はぁい』
玄関から部屋の中に入ってきた真島は一目散にななしの元へ駆け寄ると、大きな腕を広げ彼女を抱きしめた。
グランドの支配人をしていた頃とは違い、神室町にやってきた真島は髪をバッサリと切っており、素肌に派手な柄のジャケットのみを着用している。そのため抱きしめられるとどうしても真島のジャケットからはみ出た素肌がななしの頬や鼻先に触れるのだ。
真島の体温を感じられ幸せではあるものの未だに気恥ずかしく思っているななしは、今日も頬に触れた逞しい胸筋に顔を赤らめた。
「ななし、顔真っ赤やで」
『い、言わないでくださいよぅ』
「ヒヒッ、まぁええ。まだまだ時間はようさんあるんや。ゆっくり慣れてけばええやんけ」
『が、頑張ります!』
「ええ返事やな。それにしてもななしは温いわ」
『ふふ、真島さんが冷えてるだけですよ』
「ほなこの冷えがなくなるまでななしに温めてもらおうかのぉ」
『ふふ、勿論』
持っていた人参を台所に置き、ななしは抱きしめている真島の背中にゆっくりと手を回した。
帰ってきた真島の体温が少しでも上がればいいとぎゅっと力一杯抱きしめる。
すると頭上からクツクツと喉の奥で笑うような低い声が聞こえてきた。
声に合わせて真島の肩は小さく振動しており、それはななしにまで伝わってくる。
心地よい振動だとさらに擦り寄れば真島の手が背中をゆっくりと撫でるように動いた。
「今日は特に変わり無かったか?変な輩に絡まれたり泣かされたりせんだか?」
『大丈夫、何も無かったですよ。あ、でもさっき西谷さんから電話があったんです』
「あぁ?西谷ィ?」
『はい、西谷さんです』
「あのおっさん…で?なんか用事でもあったんか?」
『うーん、多分アタシや真島さんを心配してくれてただけだと思います。特に用事があるとは言ってませんでしたし』
「アホらし、そないな連絡無視してええでななし」
『ふふ、でもほら西谷さんにはグランドの事任せっきりですから…お話くらい聞いてあげないと』
「……あんなおっさんほっとけ。好きでやっとんやさかいやらせとけばええねん」
『まぁ確かにそうなんですけどねぇ。でも真島さんとアタシが勤めていたグランドを潰したくないって言ってくれましたよ。多分西谷さんも色々考えてくれての行動でしょうし、電話くらいしてあげないと』
「どうせ適当言うとるだけや。すぐほっぽり出すに決まっとる」
『ふふふ、どうでしょうね』
「ななしはあのおっさんに甘すぎんねん」
『えぇ?そんな事ないですよ。アタシの一番は真島さんなんですから』
「ホンマか?」
『ホンマですよ!嘘なんてつかないです!それに自分の事誉ちゃん〜なんて言っちゃうおじさんを甘やかす分けないです』
「……誉ぇ?」
『はい!あの人の名前誉ちゃんって言うらしいですよ〜。長い間お世話になってたけど今日初めて知りました。失礼ですけど誉ちゃんってあまり西谷さんぽくない名前で面白いですよね』
先程の西谷との会話を思い出したななしは、改めて誉という名はとても違和感があると感じた。
人の名を弄るのはあまり良くないが本人が名前とかけ離れるほど狂人である為、ギャップを感じなんとなく面白く思ってしまう。
失礼承知でそれを真島と共感したかったななしはこちらを見据えている彼に『そう思いませんか?』と問いかけた。
きっと真島も西谷の名前が"誉"である事に驚く事だろう。
ななしがニコニコと返事を待っているとしばしば沈黙が流れた。
それから抱きしめている真島がゆっくりと口を開いた。
「全く面白くない」
『………えっ』
真島の返事が想像していたものとかけ離れていたためななしは驚きに打たれる。
しかし衝撃的だったのはそれだけでは無い。
普段真島は関西弁であるのに標準語を話した事、発せられた声があまりにも低く嫌悪感を含んでいた事。
そしてなにより、こちらを見つめる視線があまりにも鋭い事にななしは思わず息を飲んだ。
真島は明らかに怒っているようであった。
今の今まで朗らかに話していたと少なくともななしはそう感じていたのだが、真島にとっては違ったのだろうか。
真島がどうして急に冷たい声で「面白くない」と言い放ったのか分からず、ななしは狼狽えた。
未だに抱きしめてくる真島を見つめるが視線は鋭いまま変わっていない。
むしろ段々と眉間のシワが深くなり先程よりもキツく睨まれているような気さえする。
『ま、真島さん?』
「……」
ななしが声を掛けるも真島からの返答は無い。
ななしはどうして真島が怒ってしまったのか。もしも自分が彼の気に触ることをしてしまったのなら謝りたいと、今までの行動を必死に思い起こした。
『(そういえば西谷さんの話をしだしたあたりから真島さんの顔色は変わっていたようなきがする)』
真島も蒼天堀にいる頃に西谷と出会っているが、彼らはあまり仲が良くない。
というか真島が西谷をかなり嫌っている。西谷はその逆で何故か真島を気に入っており、事ある毎に喧嘩をしようと言いよっていた。
もしかすると真島にとって蒼天堀での騒動や西谷という人物は既に思い出したくない出来事のひとつになっていたのかもしれない。
だから面白おかしく西谷の話をした時、機嫌を悪くしてしまったのだろうか。
人それぞれ嫌いなものや不得意なものがあるし、ななしや真島だって例外では無い。
心を乱され不機嫌になるほど真島は西谷に嫌悪感を抱いて、それを知らずに思い出すような話をしてしまったせいで彼を怒らせてしまったのだろう。
ななしは真島の事を深く考えずに発言してしまったと、先程のやり取りを後悔しながら『す、すみません…』としなだれた。
『真島さんにとっては面白くないですよね…この話は忘れてください。本当にすみません』
怒っている真島の顔を見ることが出来ず、俯いたまま離れようとそっと逞しい胸に手を置いた。
ななしはそのままやんわりと胸を押し返しながら背中に回されている腕を離すように無言で促せば、「はぁぁぁ」と真島のとんでもなく長いため息が聞こえてくる。
吐き出された息が髪を揺らし驚いたななしは肩を縮めた。
「謝んな。そないな言葉が聞きたい訳やない」
『えっと、あの…は、はい、すみま…』
「せやから謝んなって言うとるやろ」
『は、はいっ』
驚きで縮こまった両肩をがっしりと掴んだ真島は、鋭いままの視線でこちらを見つめてくる。
彼が何を言いたいのか、何をしたいのか。今のななしでは理解してあげることが出来ず、もどかしさや悲しみでだんだんと鼻の奥がツンと痛んでくる。
「ななし」
『は、はぃ…』
「俺とお前の関係はなんや?」
『ぇ?…あの、こ、恋人です…』
「せや、蒼天堀におる時からもう年単位で恋人や」
『うん、そうです…ずっと恋人です』
「せやったらなんであのおっさんの名前はすんなり呼ぶくせに、俺の名前言わんねん」
『……ぇ?』
「ななしが言ってくれるまで何も言わんと気長に待っとったんに、最初に呼んだのは俺やなくて、あの西谷の名前や。ホンマ腹立つ…こんなことになるって分かっとったら無理にでも名前呼びさせればよかったわ」
じっとりこちらを見つめていた真島は「あのアホ次会ったら殺す」と吐き捨てるように言うと盛大な舌打ちを放った。
ななしはそんな苛立たしげな真島を見つめ、ポカーンと口を開いたまま固まってしまった。
眉間にシワを寄せ背中に掲げている般若の如く怒りを露わにしていた真島。
真島が心底苛立っている理由が分からず気に病んでいたななしだが、彼の今の発言でようやく答えが見えてきた。
もしかしなくても真島は、名前を呼んでもらえずいじけていたのかもしれない。
思い起こせば確かに西谷の名前が誉であると伝えた時に真島の声色がガラッと変わったような気がする。
目の前では「俺の名前なんてどうせ忘れたんやろ、あぁ?」と独り言ちる真島がおり未だに鋭い眼光だ。
しかし先程のように目つきは鋭いままであるのに、真島が名前を呼ばれないことに腹を立てていると分かった今では、どうしてか拗ねた子供のようにムッとした表情を浮かべているようにしか見えない。
心境の変化でこんなにも真島を可愛らしいと感じるとは思っておらず。
ななしの心は悲しい気持ちから一変し、彼への愛おしさで溢れた。
『知ってますっ!忘れたりなんかしません…!』
「あぁ?せやったら俺の名前言うてみ」
『漢字の五に口を書いて吾でしょ。それからこざとへんじゃなくて月へんの朗。名前は真島…吾朗さん』
「……おう」
『…そんなに呼ばれたかったんですか?』
「当たり前やろ、蒼天堀におる時からずっとそう思っとったわ」
『何でそう言ってくれなかったんですか?』
「無理に呼ばせたいわけやなかったしな。ななしがそう呼びたいと思った時に呼んでくれたらそれで良かったんや」
『…いつも真島さん呼びだったからそれに慣れちゃってた……もっときにかけていれば良かったですね…ごめんなさい』
「せやから謝んな。それにこれからなんぼでも呼んでくれるんやろ?"吾朗さん"て」
『……ふふふっ、そう呼んでほしいですか?』
「おう、これからはずっとそう呼んでほしい」
『うん、分かった。吾朗さん』
"吾朗さん"
恋人である真島をそう呼べば、彼の拗ねたような表情はだんだんと綻ぶ。
色白の頬がほんのり赤みを帯び心底嬉しそうに口角を上げるので、見ていたななしは思わずドキンと胸を高鳴らせた。
こんなにも喜んで貰えるなら、嬉しそうにはにかんでくれるのならもっと早く真島を名前で呼んでいれば良かった。
『……いつも呼ぶの待っててくれたんですね。これから沢山呼ぶからね、吾朗さん』
「頼むでななし」
『ん、吾朗さん』
「おう」
『吾朗さん、優しい。吾朗さん…吾朗さん』
「おい、阿呆。いっぺんに何回も呼ぶなっ」
『んー、やです。今までの分も沢山呼ぶんです、吾朗さん、吾朗さん』
「ななし、少し黙っとき」
『んぅっ』
急に迫る真島により唇を塞がれたため、今はこれ以上彼の名前を呼ぶことはできなくなってしまった。
しかし一瞬だがキスをしようと差し迫る真島の顔や、耳が先程よりも真っ赤に染まっているのが見えななしはそれだけでとても心が満たされた。
彼が子供のようにいじけてしまったことも、名前を呼ばれて嬉しそうに顔を赤らめるのも全てが愛おしい。
これからは沢山名前を呼ぼう、そう心に決めたななしは気恥しいのかキスを辞めない真島の背中に腕を回してゆっくりと瞳を閉じた。
END