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(くろぴ様リクエスト/真島/恋人)
深夜2時。
目を瞑りすぐ側にあるたくましい胸に擦り寄るのだが眠れる気配は全くない。
体は疲れているのに色々なことを考えてしまいなかなか眠りに付けないななしは深いため息を零した。
本来であれば隣ですよすよ寝ている恋人の真島に密着すれば温もりや安心感ですぐにでも微睡むというのに、上手くいかない。
目を瞑るとどうしても仕事の事ばかり考えてしまうからだ。
ななしの仕事は常にそれなりに忙しい。
今は年末シーズンということもあり仕事も普段の倍以上で、最近のななしは多忙を極めている。
今日も真島と住むマンションに帰ってこれたのは10時を回った頃。
ボロボロの状態で帰宅し、風呂に入り就寝するためにベッドに入ったのだが結局こうして色々と考えてしまい眠れずにいる。
仕事での疲労に加えてこんな生活にずっと付き合ってくれている真島への罪悪感。それら全てが大きなフラストレーションとなりななしの胃をキリキリと痛めている。
『はぁあ…』
どうにかこうにか眠たくなる姿勢は無いかと試してみるが、どんな姿勢になろうとも目は冴えたままだ。
このままではどれだけ時間が経過しても眠れないだろうし、最悪先に寝ている真島を起こしてしまう可能性がある。
彼も組の事で忙しい身、せっかく眠っているのに起こしてしまっては可哀想だとななしはなるべく音を立てないようにベッドから降りると、ゆっくりと寝室を後にした。
キッチンまで赴き冷蔵庫の中から水を取り出す。
酷くかわいた喉を潤すために取り出した水をコップに入れ、ななしは一気に飲み干した。
とてもひんやりとした水が喉を通り胃の中に入っていくとますますハッキリと目が冴えてくる。
今日の睡眠は諦めた方が良いかもしれない程だ。
どうすることも出来ずにただ静かな空間でぼんやりと座っていると、何をするでもないこの時間そのものが勿体なく感じられななしは眉を顰めた。
ぼんやり無駄な時間を過ごすくらいならば眠れない時間で持ち帰った仕事を行った方が有意義に過ごせるのではないかと思ってしまう。
勿論体を休めて適度に睡眠をとる事の重要性はななしも理解しているが、仕事は有り余っているし、少しでも自由な時間があるならば今後の為に出来ることはやっておきたい。
ななしは霞む視界の中でパソコンを開き電源をつけた。
リビングの電気は消されているため電源がついたパソコンは酷く眩しい。
目が眩む程の明かりに眉を顰めつつも明日の為に、今後の為に仕事をしようとななしは意気込むように己の頬を両手で打った。
『……』
無心でひたすらパソコンと向き合っていると"どうして自分はこんなことをしているのだろう"と改めて感じてしまう。
こんなにも時間に追われ、仕事に終われ真島と過ごす大切な時間さえも少なくなってきているというのに何故この仕事を続けているのだろうか。
今のように多忙で眠れなくなると"いっその事、こんな会社辞めてしまえばいいのに"とそんな考えが頭をよぎるのだが、何度考えようが残された人達の事を思うとなかなか実行に移せない。今もブラックで多忙であるのに自分だけ会社から抜け出せば残された人達はさらに過酷な環境になってしまうに決まっている。
仕事への責任感や、仕事を辞めた未来への不安がななしの中で膨らみ結局やめたくてもやめられないと言う思考に落ち着いてしまうのだ。
どうにかしたいと思いつつ、どうにも出来ない現状が続いており今のななしは心身ともにヘロヘロだ。
こんな時真島の傍で働くことができたら今よりももっと楽しく充実した日々を送れるのかもしれないと、そう思ってしまう。
『はぁ』
しかしどれも現実的ではない。
ななしは変わらぬ現状にため息を着くしかなかった。
何度も何度もななしの口から零れた深いため息が静かなリビングにへと響いていく。
そんな静かで陰鬱としたリビングで仕事を続けるななしの傍らで不意に寝室の扉がゆっくりと開いた。
ななしは集中しているせいもあってか開いた扉から現れた真島には気付いていないし、彼の顔が不機嫌そうに歪んでいることにも気付かない。
何も気づかないななしが目をしばしばと瞬かせながら仕事を続けている背後で真島は音を立てることなく暗闇のリビングを歩きパソコンの後ろ側へ回った。
そして未だに無心で仕事を続けているななしがいる机の向かい側から勢いよく飛び出したのだ。
暗闇の中でいきなり大きな影が飛び出したことでななしは驚き『はう!?』と叫び声をあげると椅子から転げ落ちてしまった。
ななしは状況が理解出来ず騒がしく暴れ狂う心臓を落ち着かせるように胸に手をあて、机の向こう側にいきなり現れた影に目を見据える。そこには腕を組んでいる仏頂面の真島が立っており、こちらを見下ろしていたのだ。
真島は「えろう夜更かしやんけ。ぁあ?」と眉を顰めとても低い声で威圧するようにそう言う。
ため息を着きつつもななしの傍らまで来た真島が「腰打たんだか?」と大きな手を差し出した為、彼女は身を委ねるように手を重ねた。強い力で腕を引かれ立たされたななしは気がつけば勢いのまま真島の胸の中へと飛び込んでいた。
しっかりと抱きとめてくれたことに感謝しななしが『びっくりしました』と真島を見あげれば、彼は何故かこめかみを抑えてため息を零す。
「ななしちゃんと寝ぇや。かなりしんどそうやで」
『少し仕事が忙しくて』
「いつもバタバタしとるさかいよぉ知っとる。せやけどそないにクマ作るくらいなら、しっかり休まんかい。倒れたらどないすんねん」
『わかってますよぅ。でも全然眠れないから』
「お前は仕事の事考えすぎなんや。家におる時くらい別のこと考え」
『そ、そうなんですけど…でも』
「でもやない。とにかくお前はこっち来い」
『あっ、吾朗さんっ』
仕事をしていたパソコンを勢いよくしめた真島により再び腕をとられ、ななしは寝室へと強制的に連れていかれる。
『いきなり何をするの!』と咎める頃には真島に抱えられたまま、ベッドへとダイブしていた。
『び、びっくりするじゃないですか…』
「別に怪我せんだんやさかいええやろ」
『それは、そうですけど』
「……目ぇ覚めらお前が居らんだ俺の方がびっくりするわ」
『す、すみません』
「かまへん。仕事が忙しいのは分かっとる。せやけどお前はもう少し自分を労わってやり」
『わ、分かってますよぅ!でもアタシがやらないといけないんです!』
「ほななんや。俺にななしが倒れるまで黙って見とれっちゅうんか?」
鋭い隻眼がななしの事を見下ろした。更に体を抱いている腕にも力が籠る。
真島が本気で心配し、本気で怒っているのだと彼の様子からありありと伝わってくる。
しかしそれでも仕事は独りでに片付いてくれる訳でも、消えてなくなる訳でもない。誰かが…自分が…体調や顔色が優れなかったとしてもやらねばならないのだ。
真島の言うことも理解出来たがこればかりは折れることはできないためななしは『倒れません!』とぶっきらぼうに答えそっぽを向いた。
「そんな顔でよく言う」
『……』
「はぁ…ななしが昔から何事にも真面目に取り組んどんのはよぉ知っとる。グランドにおる時からそうやったしな」
気にかけてくれる優しい真島を真っ直ぐみることが出来ずなおも顔を逸らしていると、ななしの頬に暖かな何かが触れる。ちらりと横目でみれば視界の端に映る大きく節榑た真島の手。
その大きな手がまるで壊れ物を扱うように優しくゆっくりと頬を撫でていたのだ。
「せやけどホンマにおもんなかったわ。今もな、全くおもんない」
『…え?ど、どういう意味ですか?』
「お前は俺の事をすっかり忘れて全く頼ろうとせん。なんでも一人で抱えて一人で解決しようとする。それが心底おもんないねん」
『ご、吾朗さん…』
「好きで仕事する分にはええ。せやけど自分追い込んでまで続ける必要なんて全くない。他人やなくてもっと自分を顧みたってや」
『で、でもそれじゃアタシどうすれば…』
「眠れんくなるほど余裕が無いんやったら辞めてもええし、まだまだ辞めたくないんやったら続けてもええ」
『…辞めても…いいんでしょうか?』
「当たり前やろが。会社やろうが何やろうがお前を縛り付けてええはずないんやさかい」
『当たり、前…』
「仕事辞めるのに気が引けるっちゅうんやったら俺がいくらでも言うたる。まだ続けたいっちゅうんやったら体壊さん程度に無理せんと続ければええ。お前の人生なんや好きな方選べばええ」
『……』
「ただ、忘れたらアカンでななし。俺がおる意味をな」
まるで刃物の様に鋭く鋭利であった真島の瞳は今は優しく細められており、その瞳や視線から労りの気持ちが痛いほど感じられななしは息を飲んだ。
さらに頬に触れていた手が今度は優しく後頭部を撫でる為、何かが込み上げそうになる。
キュッと下唇を噛み何もかもが溢れ出てしまいそうになる心を落ち着かせるのだが、真島の手があまりにも優しく暖かいためななしは段々と視界が霞むのを感じた。
自分自身が置かれている現状は逃げ場などなく、まるで四方八方を壁で塞がれた牢屋にいるような感覚であったななし。
この分厚い壁はきっと消えてなくなることは無いとそう思っていたのだが、真島の優しさと労る気持ちに触れた時、まるで雪が太陽の光で解けるように壁が薄くなり、どこにも行けないと蹲っていた己を照らしてくれたような気がしたのだ。
不安が全て消え去ったかと言えばよく分からなかったななしだが、"真島という心強い逃げ道"が出来たことで仕事に対する気持ちが随分と軽くなったのだ。
辞めたくても辞められないと言う心境が、辞めたければ辞めてもいいと言う心境になっただけでこうも心身が軽くなるとは思っていなかったななし。
全ては恋人である真島の優しさや、労りが導いてくれた結果だ。
目の前で「分かったか?ななし」と覗き込んでくる真島に耐えていたものがいよいよ決壊し、瞳からとめどなく涙が溢れだした。
『ご、ごめんなさっ…っ』
「なんで謝んねん。こういう時は気分晴れるまでどんだけでも泣けばええんや。俺が傍におったるさかい」
『ご、吾朗っ、さんっ』
「ななし……ホンマに、よう頑張っとる」
『…っ…!』
真島の両腕と厚い胸板に余すことなく抱きしめられたななしは、申し訳ないとは思いつつも溢れる涙で彼の体を濡らしていた。
普段振り回してばかりで自分からは何も与えることは出来ないのに、それでも真島は受け止めきれないほどの愛や気持ちを与えてくれる。
それがあまりにも嬉しくて、不甲斐なくて…必死に泣きやもうとするのだが益々涙が溢れてきて仕方がない。
ただ真島への感謝の気持ちだけはきちんと伝えたかったななしは嗚咽混じりに『ありがとう』と言いながらも、逞しい体にぎゅうっとしがみついた。
*****
「ななし、ななし?」
ななしを抱きしめてから幾ばくか時間が経過した頃。
真島はななしから泣き声が聞こえなくなったと感じ腕の中を見下ろせば、彼女は痛々しい涙の痕を残しながらも小さく寝息を立てている事に気がついた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「ふぅ…ホンマに…もうちと気ぃ抜いて生きてけんかのぉ」
真っ赤になった目尻を親指で優しく撫でながら真島は独り言ちる。
ななしは出会った当時からドがつくほど真面目で、何事にも一生懸命であった。仕事のことになるとこと更に。
その姿勢は真島にとって好ましい部分のひとつであったが、最近の彼女は目に余るほど。
今日も一緒にベットに入ったはずが気がつけば一人抜け出し、仕事をしていたのだから驚かずにはいられない。
真面目な性格上どうしても残された仕事のことを考えてしまうのだろうが、眠れなくなるほど体を酷使してまでやらなければならないのかと真島はそう思ってしまう。
「難儀な性格やのぉ…」
誰かに頼ったり仕事を任せたりすることが苦手なのか、ななしはこちらに対して全く相談をしてこない。
それどころか明らかに不健康になりつつあるのに一人で全てを背負い込み、どうにかしようと働くため真島にとってはとても不愉快だった。
ななしが楽しく働くというのなら黙って見守ってやりたいが、心や体を犠牲にしてまで仕事など続けないで欲しい。
それならばいっそ潔く今の会社をやめて新しい会社で働けばいいのだ。
もしくは"極妻"にでもなってしまえばいい。
そうすれば仕事の事など考えず好きなだけ楽して生きていけるというのに。
「………まぁ、お前はそないなたまやないもんなぁ」
眠るななしの顔を見て真島はフッと口角を上げる。
どんなに辛くとも苦しくとも乗り越えようとするななし。それから自分に厳しく決して優しい道を選ぼうとしない。
ななしとはそういう女性であり、だからこそ真島は心から彼女を愛したのだ。
しかし今の不安定なななしを易々と見逃すことは出来ないのも事実。
彼女の事だ、仕事も簡単に辞めるとは言わないのだろう。
「…次、無理しよったらほんまに極妻行きやでななし」
明日からまた会社に出勤して普段通り働く姿が容易に想像出来る。
ただ今日自分の気持ちを打ち明けたのだ、彼女にもそれらは伝わったことだろう。
今度は無理せずにななし自身を省みてくれるかもしれない。
もし今日と同じようにだんだんと心を病み、いつの日か泣くような事があるのだとしたら、その時は今度こそ必ず"極妻"にしてやろう。
真島は眠るななしの額に唇を何度も押し当てながら、いつか来るであろう彼女の着物姿を想像しフッと小さく笑った。
******
『吾朗さん!おはようございます!!』
「ん、…ん?お前えろう早起きやんけ…」
『久々に沢山眠ったので超元気です!昨日は本当にありがとうございました!』
太陽の光に眉をしかめた真島の上には、既に化粧を終えて準備万端のななしがおり、彼女はニコニコと笑っていた。
仕事に行くには随分と早いようだが何故ななしはしっかりと準備をして楽しそうに笑っているのだろうか。
真島は寝起きの頭で色々と考えてみるが未だにぼんやりしているせいもあり答えを導き出すことが出来ず「んー」と唸るばかりだ。
傍らでななしは寝起きの真島を見て可笑しそうに笑っている。
『吾朗さんがね、昨日…優しい言葉をくれたからアタシ色々考えたんです』
「…おう」
『考えた結果…今の仕事にすがる必要もないのかなって思ったんです』
「俺もそう思うで」
『はい、だから次の仕事が見つかるまでの間。もう少しだけ今の会社で働いて、将来的には辞めるという考えに至りました』
「お前はそれでええんやな?」
『はい!すぐに辞めて吾朗さんに色々甘えるのは嫌なので、もう少し頑張ってみます!アタシの事気にかけてくれて本当にありがとうございます。昨日、すっごく嬉しかった』
「ヒヒッ、やっぱりななしはななしやのぉ。そんなところがええんやけどな」
『うん?』
「まぁええ。ななしの考えはよう分かった。俺はそれでもええと思うで。極妻も少し見たかったんやけどなぁ」
『ふふふっ、極妻ぁ?将来的には必ずそうなるんだから気長に待てばいいじゃないですか、ねぇ?』
「お前言うたな。今すぐ指輪用意すんで」
『おいおいですよぅ!おいおい!』
「ほな今週末一緒に見に行こか」
『え!?アタシまだ仕事するっていいましたよね?』
「今から買うとけば逃げられんやろ?体型の維持頑張れよ」
『もう、逃げることなんてないんですけど?そう思うなら必要な時に買ってくださいっ!』
「ヒヒッ、ホンマにお前は可愛ええやっちゃで」
『ふふっ、吾朗さんもかっこいいやっちゃっで?』
「ななしっ」
『わぁ!?』
昨日は見ることが出来なかったななしの笑顔や笑い声を目の当たりにした真島は、その愛らしさに堪らず彼女の腕を掴みベッドへと引き寄せた。
『せっかくセットしたのにー!』とまるでリスのように頬を膨らませ文句を言うななしだが、それさえも真島には愛おしくて仕方がない。
「ななし……ええ顔しとんで」
『もう!アタシの話聞いてます?』
「ん?安心せぇ、髪が乱れた所でお前がええ女っちゅうのは変わらん」
『ふふふ、なにそれぇ』
いつだって愛した女には…ななしには笑っていてもらいたい。
真島は腕の中に収まっているななしを愛おしげに見つめた。
「ななし、今日早う帰ってこいや」
『んっ、ふふ。早く帰宅できるように頑張りますね』
「おう、ちゃんと早う帰ってこれたら俺がお前の好きなもん作ったる」
『え?本当に?』
「ホンマや」
『えへへ〜何頼んじゃおうかなぁ』
「ちゃんと考えとけよ」
『はいっ!仕事中にしっかり考えます』
「ヒヒッ、仕事中に考えてヘマすなよ」
『大丈夫ですっ!吾朗さんの料理のために一生懸命ミスしないように頑張りますから!』
「あんま無理したらアカンで?」
『もちろんです!』
真島の腕の中で嬉しそうにはにかんだななしもまた彼を愛おしげに見つめた。
ななしにとって真島とはいつだって心を軽くしてくれる優しい人、どこを探しても見つかりっこない素敵な恋人。
そんないかつくも穏やかな真島と静かな朝に抱き合えていることが心から幸せで、昨日感じていた仕事への不安や苦痛などは嘘のように微塵も感じられなかった。
『吾朗さん。本当にありがとうね』
優しいく愛おしい真島と穏やかな時間を過ごす幸せを噛み締めながらななしは心から感謝を伝えるのだった。
END
深夜2時。
目を瞑りすぐ側にあるたくましい胸に擦り寄るのだが眠れる気配は全くない。
体は疲れているのに色々なことを考えてしまいなかなか眠りに付けないななしは深いため息を零した。
本来であれば隣ですよすよ寝ている恋人の真島に密着すれば温もりや安心感ですぐにでも微睡むというのに、上手くいかない。
目を瞑るとどうしても仕事の事ばかり考えてしまうからだ。
ななしの仕事は常にそれなりに忙しい。
今は年末シーズンということもあり仕事も普段の倍以上で、最近のななしは多忙を極めている。
今日も真島と住むマンションに帰ってこれたのは10時を回った頃。
ボロボロの状態で帰宅し、風呂に入り就寝するためにベッドに入ったのだが結局こうして色々と考えてしまい眠れずにいる。
仕事での疲労に加えてこんな生活にずっと付き合ってくれている真島への罪悪感。それら全てが大きなフラストレーションとなりななしの胃をキリキリと痛めている。
『はぁあ…』
どうにかこうにか眠たくなる姿勢は無いかと試してみるが、どんな姿勢になろうとも目は冴えたままだ。
このままではどれだけ時間が経過しても眠れないだろうし、最悪先に寝ている真島を起こしてしまう可能性がある。
彼も組の事で忙しい身、せっかく眠っているのに起こしてしまっては可哀想だとななしはなるべく音を立てないようにベッドから降りると、ゆっくりと寝室を後にした。
キッチンまで赴き冷蔵庫の中から水を取り出す。
酷くかわいた喉を潤すために取り出した水をコップに入れ、ななしは一気に飲み干した。
とてもひんやりとした水が喉を通り胃の中に入っていくとますますハッキリと目が冴えてくる。
今日の睡眠は諦めた方が良いかもしれない程だ。
どうすることも出来ずにただ静かな空間でぼんやりと座っていると、何をするでもないこの時間そのものが勿体なく感じられななしは眉を顰めた。
ぼんやり無駄な時間を過ごすくらいならば眠れない時間で持ち帰った仕事を行った方が有意義に過ごせるのではないかと思ってしまう。
勿論体を休めて適度に睡眠をとる事の重要性はななしも理解しているが、仕事は有り余っているし、少しでも自由な時間があるならば今後の為に出来ることはやっておきたい。
ななしは霞む視界の中でパソコンを開き電源をつけた。
リビングの電気は消されているため電源がついたパソコンは酷く眩しい。
目が眩む程の明かりに眉を顰めつつも明日の為に、今後の為に仕事をしようとななしは意気込むように己の頬を両手で打った。
『……』
無心でひたすらパソコンと向き合っていると"どうして自分はこんなことをしているのだろう"と改めて感じてしまう。
こんなにも時間に追われ、仕事に終われ真島と過ごす大切な時間さえも少なくなってきているというのに何故この仕事を続けているのだろうか。
今のように多忙で眠れなくなると"いっその事、こんな会社辞めてしまえばいいのに"とそんな考えが頭をよぎるのだが、何度考えようが残された人達の事を思うとなかなか実行に移せない。今もブラックで多忙であるのに自分だけ会社から抜け出せば残された人達はさらに過酷な環境になってしまうに決まっている。
仕事への責任感や、仕事を辞めた未来への不安がななしの中で膨らみ結局やめたくてもやめられないと言う思考に落ち着いてしまうのだ。
どうにかしたいと思いつつ、どうにも出来ない現状が続いており今のななしは心身ともにヘロヘロだ。
こんな時真島の傍で働くことができたら今よりももっと楽しく充実した日々を送れるのかもしれないと、そう思ってしまう。
『はぁ』
しかしどれも現実的ではない。
ななしは変わらぬ現状にため息を着くしかなかった。
何度も何度もななしの口から零れた深いため息が静かなリビングにへと響いていく。
そんな静かで陰鬱としたリビングで仕事を続けるななしの傍らで不意に寝室の扉がゆっくりと開いた。
ななしは集中しているせいもあってか開いた扉から現れた真島には気付いていないし、彼の顔が不機嫌そうに歪んでいることにも気付かない。
何も気づかないななしが目をしばしばと瞬かせながら仕事を続けている背後で真島は音を立てることなく暗闇のリビングを歩きパソコンの後ろ側へ回った。
そして未だに無心で仕事を続けているななしがいる机の向かい側から勢いよく飛び出したのだ。
暗闇の中でいきなり大きな影が飛び出したことでななしは驚き『はう!?』と叫び声をあげると椅子から転げ落ちてしまった。
ななしは状況が理解出来ず騒がしく暴れ狂う心臓を落ち着かせるように胸に手をあて、机の向こう側にいきなり現れた影に目を見据える。そこには腕を組んでいる仏頂面の真島が立っており、こちらを見下ろしていたのだ。
真島は「えろう夜更かしやんけ。ぁあ?」と眉を顰めとても低い声で威圧するようにそう言う。
ため息を着きつつもななしの傍らまで来た真島が「腰打たんだか?」と大きな手を差し出した為、彼女は身を委ねるように手を重ねた。強い力で腕を引かれ立たされたななしは気がつけば勢いのまま真島の胸の中へと飛び込んでいた。
しっかりと抱きとめてくれたことに感謝しななしが『びっくりしました』と真島を見あげれば、彼は何故かこめかみを抑えてため息を零す。
「ななしちゃんと寝ぇや。かなりしんどそうやで」
『少し仕事が忙しくて』
「いつもバタバタしとるさかいよぉ知っとる。せやけどそないにクマ作るくらいなら、しっかり休まんかい。倒れたらどないすんねん」
『わかってますよぅ。でも全然眠れないから』
「お前は仕事の事考えすぎなんや。家におる時くらい別のこと考え」
『そ、そうなんですけど…でも』
「でもやない。とにかくお前はこっち来い」
『あっ、吾朗さんっ』
仕事をしていたパソコンを勢いよくしめた真島により再び腕をとられ、ななしは寝室へと強制的に連れていかれる。
『いきなり何をするの!』と咎める頃には真島に抱えられたまま、ベッドへとダイブしていた。
『び、びっくりするじゃないですか…』
「別に怪我せんだんやさかいええやろ」
『それは、そうですけど』
「……目ぇ覚めらお前が居らんだ俺の方がびっくりするわ」
『す、すみません』
「かまへん。仕事が忙しいのは分かっとる。せやけどお前はもう少し自分を労わってやり」
『わ、分かってますよぅ!でもアタシがやらないといけないんです!』
「ほななんや。俺にななしが倒れるまで黙って見とれっちゅうんか?」
鋭い隻眼がななしの事を見下ろした。更に体を抱いている腕にも力が籠る。
真島が本気で心配し、本気で怒っているのだと彼の様子からありありと伝わってくる。
しかしそれでも仕事は独りでに片付いてくれる訳でも、消えてなくなる訳でもない。誰かが…自分が…体調や顔色が優れなかったとしてもやらねばならないのだ。
真島の言うことも理解出来たがこればかりは折れることはできないためななしは『倒れません!』とぶっきらぼうに答えそっぽを向いた。
「そんな顔でよく言う」
『……』
「はぁ…ななしが昔から何事にも真面目に取り組んどんのはよぉ知っとる。グランドにおる時からそうやったしな」
気にかけてくれる優しい真島を真っ直ぐみることが出来ずなおも顔を逸らしていると、ななしの頬に暖かな何かが触れる。ちらりと横目でみれば視界の端に映る大きく節榑た真島の手。
その大きな手がまるで壊れ物を扱うように優しくゆっくりと頬を撫でていたのだ。
「せやけどホンマにおもんなかったわ。今もな、全くおもんない」
『…え?ど、どういう意味ですか?』
「お前は俺の事をすっかり忘れて全く頼ろうとせん。なんでも一人で抱えて一人で解決しようとする。それが心底おもんないねん」
『ご、吾朗さん…』
「好きで仕事する分にはええ。せやけど自分追い込んでまで続ける必要なんて全くない。他人やなくてもっと自分を顧みたってや」
『で、でもそれじゃアタシどうすれば…』
「眠れんくなるほど余裕が無いんやったら辞めてもええし、まだまだ辞めたくないんやったら続けてもええ」
『…辞めても…いいんでしょうか?』
「当たり前やろが。会社やろうが何やろうがお前を縛り付けてええはずないんやさかい」
『当たり、前…』
「仕事辞めるのに気が引けるっちゅうんやったら俺がいくらでも言うたる。まだ続けたいっちゅうんやったら体壊さん程度に無理せんと続ければええ。お前の人生なんや好きな方選べばええ」
『……』
「ただ、忘れたらアカンでななし。俺がおる意味をな」
まるで刃物の様に鋭く鋭利であった真島の瞳は今は優しく細められており、その瞳や視線から労りの気持ちが痛いほど感じられななしは息を飲んだ。
さらに頬に触れていた手が今度は優しく後頭部を撫でる為、何かが込み上げそうになる。
キュッと下唇を噛み何もかもが溢れ出てしまいそうになる心を落ち着かせるのだが、真島の手があまりにも優しく暖かいためななしは段々と視界が霞むのを感じた。
自分自身が置かれている現状は逃げ場などなく、まるで四方八方を壁で塞がれた牢屋にいるような感覚であったななし。
この分厚い壁はきっと消えてなくなることは無いとそう思っていたのだが、真島の優しさと労る気持ちに触れた時、まるで雪が太陽の光で解けるように壁が薄くなり、どこにも行けないと蹲っていた己を照らしてくれたような気がしたのだ。
不安が全て消え去ったかと言えばよく分からなかったななしだが、"真島という心強い逃げ道"が出来たことで仕事に対する気持ちが随分と軽くなったのだ。
辞めたくても辞められないと言う心境が、辞めたければ辞めてもいいと言う心境になっただけでこうも心身が軽くなるとは思っていなかったななし。
全ては恋人である真島の優しさや、労りが導いてくれた結果だ。
目の前で「分かったか?ななし」と覗き込んでくる真島に耐えていたものがいよいよ決壊し、瞳からとめどなく涙が溢れだした。
『ご、ごめんなさっ…っ』
「なんで謝んねん。こういう時は気分晴れるまでどんだけでも泣けばええんや。俺が傍におったるさかい」
『ご、吾朗っ、さんっ』
「ななし……ホンマに、よう頑張っとる」
『…っ…!』
真島の両腕と厚い胸板に余すことなく抱きしめられたななしは、申し訳ないとは思いつつも溢れる涙で彼の体を濡らしていた。
普段振り回してばかりで自分からは何も与えることは出来ないのに、それでも真島は受け止めきれないほどの愛や気持ちを与えてくれる。
それがあまりにも嬉しくて、不甲斐なくて…必死に泣きやもうとするのだが益々涙が溢れてきて仕方がない。
ただ真島への感謝の気持ちだけはきちんと伝えたかったななしは嗚咽混じりに『ありがとう』と言いながらも、逞しい体にぎゅうっとしがみついた。
*****
「ななし、ななし?」
ななしを抱きしめてから幾ばくか時間が経過した頃。
真島はななしから泣き声が聞こえなくなったと感じ腕の中を見下ろせば、彼女は痛々しい涙の痕を残しながらも小さく寝息を立てている事に気がついた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「ふぅ…ホンマに…もうちと気ぃ抜いて生きてけんかのぉ」
真っ赤になった目尻を親指で優しく撫でながら真島は独り言ちる。
ななしは出会った当時からドがつくほど真面目で、何事にも一生懸命であった。仕事のことになるとこと更に。
その姿勢は真島にとって好ましい部分のひとつであったが、最近の彼女は目に余るほど。
今日も一緒にベットに入ったはずが気がつけば一人抜け出し、仕事をしていたのだから驚かずにはいられない。
真面目な性格上どうしても残された仕事のことを考えてしまうのだろうが、眠れなくなるほど体を酷使してまでやらなければならないのかと真島はそう思ってしまう。
「難儀な性格やのぉ…」
誰かに頼ったり仕事を任せたりすることが苦手なのか、ななしはこちらに対して全く相談をしてこない。
それどころか明らかに不健康になりつつあるのに一人で全てを背負い込み、どうにかしようと働くため真島にとってはとても不愉快だった。
ななしが楽しく働くというのなら黙って見守ってやりたいが、心や体を犠牲にしてまで仕事など続けないで欲しい。
それならばいっそ潔く今の会社をやめて新しい会社で働けばいいのだ。
もしくは"極妻"にでもなってしまえばいい。
そうすれば仕事の事など考えず好きなだけ楽して生きていけるというのに。
「………まぁ、お前はそないなたまやないもんなぁ」
眠るななしの顔を見て真島はフッと口角を上げる。
どんなに辛くとも苦しくとも乗り越えようとするななし。それから自分に厳しく決して優しい道を選ぼうとしない。
ななしとはそういう女性であり、だからこそ真島は心から彼女を愛したのだ。
しかし今の不安定なななしを易々と見逃すことは出来ないのも事実。
彼女の事だ、仕事も簡単に辞めるとは言わないのだろう。
「…次、無理しよったらほんまに極妻行きやでななし」
明日からまた会社に出勤して普段通り働く姿が容易に想像出来る。
ただ今日自分の気持ちを打ち明けたのだ、彼女にもそれらは伝わったことだろう。
今度は無理せずにななし自身を省みてくれるかもしれない。
もし今日と同じようにだんだんと心を病み、いつの日か泣くような事があるのだとしたら、その時は今度こそ必ず"極妻"にしてやろう。
真島は眠るななしの額に唇を何度も押し当てながら、いつか来るであろう彼女の着物姿を想像しフッと小さく笑った。
******
『吾朗さん!おはようございます!!』
「ん、…ん?お前えろう早起きやんけ…」
『久々に沢山眠ったので超元気です!昨日は本当にありがとうございました!』
太陽の光に眉をしかめた真島の上には、既に化粧を終えて準備万端のななしがおり、彼女はニコニコと笑っていた。
仕事に行くには随分と早いようだが何故ななしはしっかりと準備をして楽しそうに笑っているのだろうか。
真島は寝起きの頭で色々と考えてみるが未だにぼんやりしているせいもあり答えを導き出すことが出来ず「んー」と唸るばかりだ。
傍らでななしは寝起きの真島を見て可笑しそうに笑っている。
『吾朗さんがね、昨日…優しい言葉をくれたからアタシ色々考えたんです』
「…おう」
『考えた結果…今の仕事にすがる必要もないのかなって思ったんです』
「俺もそう思うで」
『はい、だから次の仕事が見つかるまでの間。もう少しだけ今の会社で働いて、将来的には辞めるという考えに至りました』
「お前はそれでええんやな?」
『はい!すぐに辞めて吾朗さんに色々甘えるのは嫌なので、もう少し頑張ってみます!アタシの事気にかけてくれて本当にありがとうございます。昨日、すっごく嬉しかった』
「ヒヒッ、やっぱりななしはななしやのぉ。そんなところがええんやけどな」
『うん?』
「まぁええ。ななしの考えはよう分かった。俺はそれでもええと思うで。極妻も少し見たかったんやけどなぁ」
『ふふふっ、極妻ぁ?将来的には必ずそうなるんだから気長に待てばいいじゃないですか、ねぇ?』
「お前言うたな。今すぐ指輪用意すんで」
『おいおいですよぅ!おいおい!』
「ほな今週末一緒に見に行こか」
『え!?アタシまだ仕事するっていいましたよね?』
「今から買うとけば逃げられんやろ?体型の維持頑張れよ」
『もう、逃げることなんてないんですけど?そう思うなら必要な時に買ってくださいっ!』
「ヒヒッ、ホンマにお前は可愛ええやっちゃで」
『ふふっ、吾朗さんもかっこいいやっちゃっで?』
「ななしっ」
『わぁ!?』
昨日は見ることが出来なかったななしの笑顔や笑い声を目の当たりにした真島は、その愛らしさに堪らず彼女の腕を掴みベッドへと引き寄せた。
『せっかくセットしたのにー!』とまるでリスのように頬を膨らませ文句を言うななしだが、それさえも真島には愛おしくて仕方がない。
「ななし……ええ顔しとんで」
『もう!アタシの話聞いてます?』
「ん?安心せぇ、髪が乱れた所でお前がええ女っちゅうのは変わらん」
『ふふふ、なにそれぇ』
いつだって愛した女には…ななしには笑っていてもらいたい。
真島は腕の中に収まっているななしを愛おしげに見つめた。
「ななし、今日早う帰ってこいや」
『んっ、ふふ。早く帰宅できるように頑張りますね』
「おう、ちゃんと早う帰ってこれたら俺がお前の好きなもん作ったる」
『え?本当に?』
「ホンマや」
『えへへ〜何頼んじゃおうかなぁ』
「ちゃんと考えとけよ」
『はいっ!仕事中にしっかり考えます』
「ヒヒッ、仕事中に考えてヘマすなよ」
『大丈夫ですっ!吾朗さんの料理のために一生懸命ミスしないように頑張りますから!』
「あんま無理したらアカンで?」
『もちろんです!』
真島の腕の中で嬉しそうにはにかんだななしもまた彼を愛おしげに見つめた。
ななしにとって真島とはいつだって心を軽くしてくれる優しい人、どこを探しても見つかりっこない素敵な恋人。
そんないかつくも穏やかな真島と静かな朝に抱き合えていることが心から幸せで、昨日感じていた仕事への不安や苦痛などは嘘のように微塵も感じられなかった。
『吾朗さん。本当にありがとうね』
優しいく愛おしい真島と穏やかな時間を過ごす幸せを噛み締めながらななしは心から感謝を伝えるのだった。
END