シリーズ 尾形
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「………」
「完敗だな、杉本」
ギリギリと奥歯を噛み締める杉本の腕を馬を鎮めるようにトンと叩いたのはアシリパ。
彼らの隣にいる白石は指で鼻の下を擦りながら「へへへ」と嬉しそうにしている。
そんな3人は揃って同じ方へ視線を向けていた。
視線の先には尾形とななし。ベンチ前で泣きじゃくるななしを尾形が力強くも優しく抱きしめている、そんな光景だ。
「ななしには尾形が必要なんだ。あれを見れば私にも分かる」
「……」
「そうそうアシリパちゃんの言う通り。この間焼肉食べに行った時の寂しぃー笑顔と来たら…ほんとっ、肉もなかなか喉を通らなかったぜ…」
「何を言う白石。お前は白米を何杯も食べていたじゃないか」
「いや、ななしちゃんが笑顔だったらまだ4杯はいけてた」
「だから腹ばかり出るんだぞ白石」
「…それは言わないお約束じゃん?☆」
「……」
アシリパと白石の日常のやり取りを耳にしながらも杉本が握っている拳の力は抜けない。
寧ろ益々力が入り、爪が食い込む拳は血が通っていないのか白くなっている。
アシリパや白石が尾形とななしの再会を喜ぶ一方で、杉本はとても憤りを感じていた。
そこに嫉妬が混じっているのは間違いないが、それだけではなく。
前世での尾形の所業を目の当たりにしているからこそ、腹が立って仕方がない。
───俺たちはななしちゃんに花を手向けることすら出来なかったんだ。
あのクソ尾形のせいで。
遠い昔を思い起こせば杉本の頭はズキリと痛む。
だが忘れてはいけない、思い出さないといけない。
あの日尾形が死んでしまったななしの骸を攫って行った事。
そして2度とななしに手も合わせられず、花を手向ける事もできず…。過酷な旅を終わらせたあともずっとななしがどこに埋まっているのか知ることすら出来なかった。
それらはななしと長い期間共に旅をして、信頼と確かな恋慕を抱いた杉本にとってはこれ以上ない程残酷なものだったのだ。
あの時の怒りは治まることはなく、こうして現代に生きる今も変わらず渦巻いている。
更には気にかけるななしが尾形を見るやいなやあまりにも豊かに感情を吐露する為、杉本は憤懣やるかたない。
自分達にはできないことが、憎たらしい尾形には出来る。
悔しくて、やりきれない虚しさに捉えられそうだ。
「杉本…」
怒りで瞳孔を開きかけている杉本にアシリパははぁと1つため息を着くと、まるで言い聞かせるように人差し指を立て「いいか?杉本」と切り出した。
「今は昔とは何もかも違う。争う必要なんて何も無いんだ。それなのに無理矢理争ってななしを悲しませるつもりか?この間、軽率な嘘をついて傷つけたばかりだろう。杉本の嘘に気づいていたのに咎めず、だが苦しそうに笑ったななしを思い出せ」
「た、確かにそうだけど…このままクソ尾形と一緒にいてそれこそななしちゃんが泣かないでいられるのか分からないだろ?クソ尾形のせいでまたななしちゃんに会えなくなるのは耐えられねぇよ…」
「それは私や白石も同じだ」
「そうそう、せっかく会えたのにななしちゃんとお別れなんてあんまりだぜ」
「だったらやっぱりアイツなんかの側にいちゃ駄目だ」
「…だから引き離すのか?」
「…俺はそういう選択もあると思ってるよ、アシリパさん」
「自分本位な気持ちだけで尾形からななしを引き離すのか?そんなことをしたらまたななしは心から笑えなくなるぞ、いいのか杉本」
「…」
「杉本がななしちゃんらぶなのはどっからどーみても丸わかりだし、気持ちはわからなくもないけどさぁ…あれを引き離せる?俺には無理かもぉ」
白石があれ、と指を指す先にいるななしは涙を流してはいるがやはり満ち足りたように笑顔だ。
ようやく今世で出会えた日の寂しそうに笑ったななしとは別人のように見える程。
尾形も尾形で、ななしにしか見せないであろう眼差しを彼女へむけているのだから、最早杉本が付け入る隙はあまりに狭小だろう。
普段あれだけ他人へ関心を示さず常に無表情の尾形が他の誰でもない、ななしにだけ穏やかで慈しむような視線を寄越すのは、間違いなく強く惹かれているからだ。
それが前世の執着からくるものか、はたまた純粋な愛か、その他の感情か…杉本には理解することは出来ないが、2人の姿を見るとそこには確実に"お互いを想う"気持ちが存在している。
だとすると白石の言うように、尾形とななしを引き離せるだろうか。
「……」
「分かるぜぇ、分かる分かる。絶対引き離せないよなぁ杉本ぉ」
「そうだ、私達はななしが悲しむと分かっているから絶対に引き離せないんだ」
「はぁぁぁ…分かってるさ、俺だってまず無理。ななしちゃんに嫌われたら生きていけねぇし」
杉本も分かっている、尾形とななしを引き離してしまえばもう二度と皆で旅をした頃のように、"杉本さん"と優しくはにかむ笑顔を見られなくなる事。
そして、自分自身が酷く後悔するであろう事。
いつだって真っ直ぐで思いやりがあって、明るく元気なななし。
分け隔てない親切心に救われ、どんなに辛いことがあっても乗り越えることが出来た。
そんな、ななしの大きな瞳を細めてはにかむ笑顔がなによりも大好きだった。
だがきっとその笑顔の先にはいつも尾形がいたのだろう。
杉本が好きになった人物は尾形に恋をしたななしなのだ。
「けど、気に食わないもんは気に食わないしクソ尾形には死んで欲しい」
「うわ、めっちゃ辛辣ぅ」
「安心しろ、気に食わないのは私も一緒だ杉本。だから私達は私達にできることをしよう」
「出来ること?」
「例えば尾形がななしを悲しませたり泣かせたりしたら…制裁棒 で殴るとか。悪魔で引き離す訳ではなく尾形だけに制裁を加えるんだ」
「ア、アシリパちゃん…その棍棒どこで手に入れたの?」
「さっき公園の端で見つけた」
「アシリパさん、泣かせるって…」
「あぁ、そうだ杉本。"嬉し泣き"も"泣かせる"だからな、アウトだ!」
「だよね!」
「行くぞ杉本!」
「こんの、クソ尾形ぁあ!!」
「え!?杉本ぉ!?アシリパちゃん!?」
ストゥ…ならぬ太めの木の棒を手にしたアシリパの掛け声と共に勢い良く飛び出した杉本は、一目散に尾形とななしの方へとかけていく。
アシリパもまた一足遅れて二人と"不死身の杉本"と化した杉本の元へ走り出した。
今世には金塊も刺青人皮も存在しない、そこにあるのはお互い譲れないななしへの想いだ。
******
「こんの、クソ尾形ぁあ!!」
「尾形ぁ!」
「あ?」
『ぇ!あ、杉本さん!?アシリパちゃんまで!』
ガサガサと低い垣根から出てきたのは鬼の形相の杉本と、木の棒を持ったアシリパ。
草木の中を通ったためか二人の体には葉っぱが沢山くっついている。
「何でてめぇらがここにいやがる」
「こっちのセリフだっつーの。ほらななしちゃん早くこっちに来て遊びに行こうぜ。元々そう言う約束だったしさ。白石から連絡来てたでしょ?」
「待て、言っただろう杉本。これは悪魔で尾形への制裁だ!ななしを巻き込んでは行けない」
「アシリパさん、よく考えてもご覧なさいよ。このままアシリパさんがストゥでクソザコ尾形に制裁するでしょ?その時にななしちゃんに万が一ストゥが当たったら大変でしょ?だからななしちゃんは俺の傍へ来た方が安全なの。分かる?アシリパさん」
「ふむ、一理あるな」
ニヤニヤとアシリパを説得する杉本の顔はどこか大人気ない。なるほど、そうだなと頷くアシリパはどこまでも純粋だ。
ななしはと言うといきなり現れた二人に目を丸くさせて驚き、尾形は苛立たしげに盛大な舌打ちを放った。
その舌打ちがアシリパを説得していた杉本にはしっかりと聞こえていたようで、男二人は火花を散らすようにバチバチと睨み合っている。
流石にこの状況を放置する訳には行かないとななしは両者の顔を交互に見つめた。
尾形への確執や因縁を今世に持ち越してしまっている杉本のタガが外れてしまえば、何が起こるかわからない。
最悪死人が出たっておかしくは無いし、その死人が尾形の可能性も十二分にある。
『……っ…』
出来ることならどちらとも仲良く出来たらいいのだが、それはあまりにも贅沢すぎる願いなのかもしれない。
ななしはどうしていいか分からず、だが早く尾形と杉本に落ち着いて欲しくて苦しげに眉を潜めると喧嘩をする二人へ仲裁するように『あのっ!』と声を荒げた。
「ん?どしたのななしちゃん」
「寄るんじゃねぇ、離れろ」
「あぁ!?俺はななしちゃんの話を聞いてんだよクソ尾形!てめぇこそいい加減離れろ死ね」
「てめぇが死ね」
「あぁ!?」
「あ?」
『あの!喧嘩は…』
「そうだぞ杉本、ななしを泣かせるなら私は容赦しないと言ったはずだ」
「あたっ!?アシリパさん!?尾形あっち!あっち!」
「はっ、ざまぁねぇな杉本ぉ…っぅ"!?」
「お前もだぞ尾形」
「………」
「だっさ!」
「あぁ?殺されてぇのか」
「やれるもんならやってみろよ、クソ尾形」
『……あぁ、また…』
胸ぐらを掴み合いいまにも乱闘騒ぎを起こしそうな尾形と杉本に、己の声は届いていないのかとななしは涙を飲む。
色々な思いをぐっと堪えて我慢しているななしの傍らにいたアシリパはハッとして再び木の棒でいがみ合う尾形と杉本の脛を「制裁!」と叩いた。
不死身の杉本でも山猫スナイパーでも脛はかなり痛いようで、打たれたあと顔を歪ませて歯を食いしばっている。
なんとも言えぬ地獄絵図が広がりななしの頭の中はパニック状態だ。
1人混乱していると「ななしちゃん、ななしちゃん」と背中から声がかかり慌てて振り返ればななしの後ろには葉っぱを頭に乗せた白石が立っている。 杉本達が付けている葉っぱと同じで白石もまた低い垣根をくぐってきたことが伺える。
『し、白石さんっ』
「大丈夫大丈夫、杉本あぁ見えてちゃんと理性働いてるから!尾形ちゃんを殺したりしないからね!あと、引き離したりななしちゃんが悲しむことも、ね?」
「死ね!クソ尾形!森へ帰れ!降りてくんな!」
「てめぇが死ね、二度と現れるな」
『り、理性…?』
「あぁー、いやぁうん。働いてる働いてる」
『本当に?』
「多分…あ!でも俺もアシリパちゃんも杉本もさ、ななしちゃんには心から笑って欲しい訳よ!それは絶対だから、もう神様に誓ってもいい。だから悲しそうにしなくても大丈夫だから、ね!」
『…でも……』
今回ななしや尾形にこの場に呼んだのは他でもない白石だ。
きっと遊ぶと称して二人を会わせる腹積もりだったはずで、白石なりに思うことがあっての行動だろう。
昔からコミュニケーション能力が高く関係を取り持ったり、喧嘩の仲裁をしたりするのは決まって白石だった。
ななしも白石の底抜けの明るさやコミュ力の高さに救われたことは幾度となくある。
だからニコニコ大丈夫と言われれば些か安堵もするのだが、目の前の野獣二人を見てしまうとなかなか不安にもなる。
果たして白石に今の尾形と杉本を止められるのだろうか。
「皆ちゃんとななしちゃんと尾形ちゃんに向き合うつもりでいるし…まぁ、色々あるけど仲良くしたくないわけじゃないよ。ちょぉーっとだけ、信じて?ね?ななしちゃん」
『し、白石さん…ふふ、はは。ウィンク上手いね』
「でしょでしょー!?俺ってば体も表情筋もマシュマロくらいやらかいのー☆」
『あはは、本当だね……うん、信じるよ白石さん』
「ありがとうななしちゃん。ななしちゃんってば本っっ当にいい子っ」
彼らは彼らなりに過去の確執や因縁に折り合いを付けようとしているようだ。
過去に何があったかは分からないが、杉本が感情を見せぬような顔で嘘をつくくらいなのだから尾形との関係はかなり悪かったはずだ。
それでも歩み寄ろうとしてくれている事がななしには嬉しかった。
まだ喧嘩は収まりそうにないが、今後ゆっくりと仲良くなれればそれだけで充分であるとななしはこちらをのぞき込む白石に笑顔を向けた。
『白石さんのお陰で百さんにも会えて凄く嬉しかった…、沢山考えてくれて本当にありがとうね』
「え〜、そんなこと言われたらもう照れちゃうじゃん〜☆ピュウ☆」
ななしの笑顔に釣られるようにして顔を緩ませた白石。
言った通り照れているのか耳まで赤くしクネクネと体を揺らしている。
その姿は前世と何ら変わらず、とても白石らしい。ななしの心を豊かにしてくれるようだ。
随分と晴れやかな気持ちで笑えるようになったななしは「この後皆で遊ぼうぜ!」と楽しそうに提案する白石に首を縦に降り全力で賛成した。
未だにバコバコと木の棒でどこかしらを殴る音や、うめき声、罵声は止まないが一旦無視をすることにして、ななしはどこに行こうかと近場の遊び場を頭にうかべてみる。
白石は「なにがあったっけ」とスマホを操作し検索しているようだ。
ななしも白石に習いどこ皆で楽しめる遊び場を検索しようとスマホを取り出すためにカバンを覗くのだが…、どこを探しても愛用のスマホの感触はない。
思い切りカバンを開き中やポケットをくまなく探してみるがスマホのスの字もありはしない。
『あれ、スマホどこいったっけ』
「どったのー?」
『スマホ無くしちゃったかも…』
「え!?まじ?どこで触ったか覚えてる?」
『えーっと…皆が来るのを待ってる時にベンチで触ってたかも』
「ベンチ?じゃ、ベンチにあるかも………うぇ!?ななしちゃん!ななしちゃん!」
『え?な、なんですか白石さ…あっ!!?』
確か、皆が来る(と思っていた)まで暇つぶしがてらに呟きアプリをひたすらスクロールしていたなぁ、等と先程の記憶を辿りつつ、慌てる白石の指さす方へ視線を向けたななしは目にした光景に絶句した。
ベンチの直ぐ傍の端の方、そこには無惨にも液晶がバキバキに割れたスマホ落ちていたのだ。
周りはシリコン素材で、背面はガラスケースとなっているスマホカバーはななしが一目惚れをして買ったもの。スマホとガラスケースの間に写真などを挟んで自分好みにカスタマイズできるスマホカバーである。ちなみにななしのスマホの裏面には雑誌でたまたまみつけた無愛想な猫の切り抜きが挟まっている。
そんな一目惚れをして買ったケースに包まれたスマホ、見間違えることなどない。
絶対に自分のスマホだ。
『う、嘘っ…』
ななしは見るも無惨にバキバキに割れたスマホを手に取った。
動作確認のためにボタンを触るがスマホはうんともすんとも反応しない。
よくよく見れば割れているだけでなく、若干くの字になっているし最早再起不能常態だ。
もちろんスマホだけでない、ななしも等しく再起不能常態である。
『…』
「あちゃー、これ絶対尾形ちゃんか杉本が踏んだ系でしょ。足跡型に土ついてるし…」
『壊れちゃった……はぁ…スマホカバーも割れちゃった……ぐすん…』
「あーー!ななしちゃん!?な、泣かないで!?ね?ね?」
「あぁ!?白石、てめっ、何ななしちゃんを泣かせてんだよ!アシリパさん!ストゥ!ストゥ!」
「制裁!」
「あでぇっ!?」
「おい、タコ坊主。死ぬ覚悟は出来てんだろうな」
「ちょっとちょっと!元はと言えば尾形ちゃんと杉本の喧嘩のせいでこうなってるんだって!ななしちゃんの手元見て!」
「む?これは…スマホがバキバキじゃないか」
『うん、壊れちゃった…どうしようアシリパちゃん』
「……」
「……」
「絶っっっっ対、二人のどっちかが踏んで壊したんだぜ!?あー、やだやだ。これだから男子は!血の気盛んで困っちゃう」
「……」
「……」
ななしの手の平に載せられているあまりにも無惨なスマホを見て今の今までいがみい喧嘩をしていた尾形と杉本はピタリと動きをとめた。
無我夢中で罵りあっていた最中、大切に思っているななしのスマホをどちらかが踏んで壊してしまった。そんな事実が受け入れられず二人はギュムっと口を噤んだ。
そしてお互いが心中で(絶対に尾形だ/杉本だ)と同じことを考えていたりする。
「もう動かないのか?ななし」
『うん、電源つかないっぽい』
「修理…って出来ないよねぇ」
『ここまで来たら出来ないかも…』
「気を落とすなななし。ショップに行くまでは分からないじゃないか。聞いてみよう」
「あ、俺もついて行く!せっかく集まったからさ」
「私も行かせてくれななし」
『うん、ありがとう』
「しかし杉本も尾形も気が付かなかったのか?」
「ななしちゃん取り合ってななしちゃんの物壊すって笑えないよねぇ」
『うんん、私がスマホを落としたのに忘れてたから…踏まれてもしょうがないよ』
シュンと悲しげに眉を下げ悪魔で悪いのは自分だと主張するななしといったら健気で仕方がない。
気持ちをしっかり保ち、周りに無用の心配をかけないように明るく元気に振る舞う姿は荒みに荒んだ尾形と杉本の胸をズキューンと射止めた。
「ななし」
『うん?百さん?』
「悪かった、今すぐ買ってやる」
『え?』
「いや、俺が買うよななしちゃん。本当にごめんね」
『い、いや。杉本さんのせいじゃ……』
「すっこんでろ、俺が買う」
「いや責任は俺が取る。てめぇがすっこんでろ」
「あ?」
「あぁ?」
「おい、また喧嘩するつもりか!いい加減にしろ!ななしが遠い目をしているじゃないか!」
『……』
「どっちが踏んだかわかんないし、半額ずつ出せばー?それなら文句ないでしょ?俺ってばあったま良い☆」
「…仕方ねぇ、それでいいか?ななし」
「ななしちゃんどう?」
『え?ほ、本当に言ってる?安いものじゃないし半額って言っても多分結構行くよ?』
「俺が嘘を言うと思うのか?ななし」
『そうじゃないけど…』
「俺だって本気だよななしちゃん」
『す、杉本さんまで…』
「なら、話は早い。行くぞ」
『え?わっ!?』
真剣な眼差しでにじり寄る尾形と杉本にタジタジになっていたななしだが、彼女の体はアシリパの掛け声とともにぐわんと右に傾く。
勢いよく腕を引かれてしまったのだ。
そのまま足早に歩き出したアシリパの後を追うが足がもつれてしまいそうになる。
なんとか転ばないようにバランスを整えながら、小さな親友に続けば「気をつけろよななし」となんとも頼もしい声が掛けられた。
まるであの頃慣れない山道を先導してくれたアイヌの少女を彷彿とさせる後ろ姿に、胸が締め付けられるようだ。
『アシリパちゃんありがとう…えへへ、昔もこうして歩いたね』
「あぁ、そうだな。ななしは何度も転んだりオソマを踏んだりしていたから、心配だったんだ」
『そ、それは忘れていいからね!アシリパちゃん!!』
「いや、全部大事な思い出だ」
『ア、アシリパちゃん…!』
「今日からまた沢山思い出を作るぞななし」
『やだなにそれ、かっこいい…』
こちらを振り返りニヤッと口角を上げるアシリパの男らしさに、女同士であるとか随分年下であると言う事も忘れつい胸を高鳴らせてしまうななし。
今がこんなにかっこいいのだ、将来どうなってしまうのか。楽しみであるが若干怖いのはアシリパの魅力が計り知れないからだろうか。
小さな柔らかい手に自身の手を握られムフムフと喜んでいると、対象的な程大きな手がななしの空いていた手を包んだ。
不意に訪れた温もりに驚きパッと振り帰るとすぐ側には少しだけ不貞腐れたようにムスッと下唇を突き出す尾形の姿があり、置いていくなと視線で訴えかけているようであった。
まるで子供のような表情や仕草であり堪らずななしの心臓がキュンと高鳴る。
勿論置いていくつもりは無かったななしは握られた手をしっかり握り返してとぼとぼ後を着いてくる尾形に微笑みかけた。
『じゃぁ百さんも一緒に行こう』
「あぁ」
『…新しいスマホ買ったら連絡先教えてね百さん』
「ははっ、……最初からそのつもりだ」
『本当に?嬉しい』
「ななしちゃん!俺と杉本も行くから置いてかないでぇ〜」
『じゃぁ皆で行こう!』
「チッ…」
「い、今舌打ちした!?尾形ちゃん!?」
「つか、俺もななしちゃんと手ぇ繋ぎたいんだけど?離してくんねクソ尾形」
「はっ、てめぇはタコ坊主とでも繋いどけ」
「はぁー!?何で俺が白石と繋ぐんだよ!無意味すぎるだろ!」
「あぁん、傷ついたぁ」
「仲良くしろよ杉本、尾形。またストゥで殴られたいか?」
「……」
「……」
『相当効いてるね』
「脛はベンケイノナキドコロだからな!ほら急ぐぞ!遊べなくなってしまう」
アシリパと尾形の手がそれぞれ両手に繋がれななしは嬉しそうに頬を赤らめ『そうだね』と頷いた。
予期せぬ出会いから始まり災難があったものの、また杉本達や尾形と楽しく過ごすことが出来る。
それはななしにとって何よりの幸いであった。
───昔よりも随分と平和になった今世で、今度はもっとゆっくりと生きて行けたらなんて素敵なことだろう。
何が起こるかは分からないがそれでも彼らがいれば生きていくことができそうな気がして。
ななしは隣を歩くたくましい尾形を横目に見つつ、愉快で明るくなるであろう未来に思いを馳せた。
(なぁなぁ、杉本ぉ。アイツらああやって手ぇ繋いでると親子みたいじゃない?アシリパちゃんが子供でさぁ、ななしちゃんがお母さんで尾形ちゃんがお父さん!まぁ、それだと真ん中がアシリパちゃんの方がしっくりくるけど…って、あれ杉本?珍しく食ってかかってこないね、レアー☆)
(…親子とか考えないようにしてたのに…なにななしちゃんがお母さんって…絶対良いママじゃん…。俺がパパになるっつぅの。クソ尾形なんて精々間男だろ。あれ、それだとななしちゃん浮気してるって事…なにそれ、笑えない)
(うわぁ…拗らせてる)
(やっぱり消そう白石。尾形消そう?丸く収まるだろ?な?)
(丸いどころかギザギザに尖って噛み合わねぇって、それ!そんなことしちゃアシリパちゃんからストゥで殴られるぜ!?)
(大丈夫大丈夫、アシリパさんは俺とななしちゃんの子だから。パパの言うことなら聞いてくれるはずだから)
(その設定何時まで続けるの?)
(設定じゃねぇよ、これから実現させるんだから)
(……やっぱり俺と手ぇ繋ぐ?杉本)
(哀れむな!)
出会い編(完)
「完敗だな、杉本」
ギリギリと奥歯を噛み締める杉本の腕を馬を鎮めるようにトンと叩いたのはアシリパ。
彼らの隣にいる白石は指で鼻の下を擦りながら「へへへ」と嬉しそうにしている。
そんな3人は揃って同じ方へ視線を向けていた。
視線の先には尾形とななし。ベンチ前で泣きじゃくるななしを尾形が力強くも優しく抱きしめている、そんな光景だ。
「ななしには尾形が必要なんだ。あれを見れば私にも分かる」
「……」
「そうそうアシリパちゃんの言う通り。この間焼肉食べに行った時の寂しぃー笑顔と来たら…ほんとっ、肉もなかなか喉を通らなかったぜ…」
「何を言う白石。お前は白米を何杯も食べていたじゃないか」
「いや、ななしちゃんが笑顔だったらまだ4杯はいけてた」
「だから腹ばかり出るんだぞ白石」
「…それは言わないお約束じゃん?☆」
「……」
アシリパと白石の日常のやり取りを耳にしながらも杉本が握っている拳の力は抜けない。
寧ろ益々力が入り、爪が食い込む拳は血が通っていないのか白くなっている。
アシリパや白石が尾形とななしの再会を喜ぶ一方で、杉本はとても憤りを感じていた。
そこに嫉妬が混じっているのは間違いないが、それだけではなく。
前世での尾形の所業を目の当たりにしているからこそ、腹が立って仕方がない。
───俺たちはななしちゃんに花を手向けることすら出来なかったんだ。
あのクソ尾形のせいで。
遠い昔を思い起こせば杉本の頭はズキリと痛む。
だが忘れてはいけない、思い出さないといけない。
あの日尾形が死んでしまったななしの骸を攫って行った事。
そして2度とななしに手も合わせられず、花を手向ける事もできず…。過酷な旅を終わらせたあともずっとななしがどこに埋まっているのか知ることすら出来なかった。
それらはななしと長い期間共に旅をして、信頼と確かな恋慕を抱いた杉本にとってはこれ以上ない程残酷なものだったのだ。
あの時の怒りは治まることはなく、こうして現代に生きる今も変わらず渦巻いている。
更には気にかけるななしが尾形を見るやいなやあまりにも豊かに感情を吐露する為、杉本は憤懣やるかたない。
自分達にはできないことが、憎たらしい尾形には出来る。
悔しくて、やりきれない虚しさに捉えられそうだ。
「杉本…」
怒りで瞳孔を開きかけている杉本にアシリパははぁと1つため息を着くと、まるで言い聞かせるように人差し指を立て「いいか?杉本」と切り出した。
「今は昔とは何もかも違う。争う必要なんて何も無いんだ。それなのに無理矢理争ってななしを悲しませるつもりか?この間、軽率な嘘をついて傷つけたばかりだろう。杉本の嘘に気づいていたのに咎めず、だが苦しそうに笑ったななしを思い出せ」
「た、確かにそうだけど…このままクソ尾形と一緒にいてそれこそななしちゃんが泣かないでいられるのか分からないだろ?クソ尾形のせいでまたななしちゃんに会えなくなるのは耐えられねぇよ…」
「それは私や白石も同じだ」
「そうそう、せっかく会えたのにななしちゃんとお別れなんてあんまりだぜ」
「だったらやっぱりアイツなんかの側にいちゃ駄目だ」
「…だから引き離すのか?」
「…俺はそういう選択もあると思ってるよ、アシリパさん」
「自分本位な気持ちだけで尾形からななしを引き離すのか?そんなことをしたらまたななしは心から笑えなくなるぞ、いいのか杉本」
「…」
「杉本がななしちゃんらぶなのはどっからどーみても丸わかりだし、気持ちはわからなくもないけどさぁ…あれを引き離せる?俺には無理かもぉ」
白石があれ、と指を指す先にいるななしは涙を流してはいるがやはり満ち足りたように笑顔だ。
ようやく今世で出会えた日の寂しそうに笑ったななしとは別人のように見える程。
尾形も尾形で、ななしにしか見せないであろう眼差しを彼女へむけているのだから、最早杉本が付け入る隙はあまりに狭小だろう。
普段あれだけ他人へ関心を示さず常に無表情の尾形が他の誰でもない、ななしにだけ穏やかで慈しむような視線を寄越すのは、間違いなく強く惹かれているからだ。
それが前世の執着からくるものか、はたまた純粋な愛か、その他の感情か…杉本には理解することは出来ないが、2人の姿を見るとそこには確実に"お互いを想う"気持ちが存在している。
だとすると白石の言うように、尾形とななしを引き離せるだろうか。
「……」
「分かるぜぇ、分かる分かる。絶対引き離せないよなぁ杉本ぉ」
「そうだ、私達はななしが悲しむと分かっているから絶対に引き離せないんだ」
「はぁぁぁ…分かってるさ、俺だってまず無理。ななしちゃんに嫌われたら生きていけねぇし」
杉本も分かっている、尾形とななしを引き離してしまえばもう二度と皆で旅をした頃のように、"杉本さん"と優しくはにかむ笑顔を見られなくなる事。
そして、自分自身が酷く後悔するであろう事。
いつだって真っ直ぐで思いやりがあって、明るく元気なななし。
分け隔てない親切心に救われ、どんなに辛いことがあっても乗り越えることが出来た。
そんな、ななしの大きな瞳を細めてはにかむ笑顔がなによりも大好きだった。
だがきっとその笑顔の先にはいつも尾形がいたのだろう。
杉本が好きになった人物は尾形に恋をしたななしなのだ。
「けど、気に食わないもんは気に食わないしクソ尾形には死んで欲しい」
「うわ、めっちゃ辛辣ぅ」
「安心しろ、気に食わないのは私も一緒だ杉本。だから私達は私達にできることをしよう」
「出来ること?」
「例えば尾形がななしを悲しませたり泣かせたりしたら…
「ア、アシリパちゃん…その棍棒どこで手に入れたの?」
「さっき公園の端で見つけた」
「アシリパさん、泣かせるって…」
「あぁ、そうだ杉本。"嬉し泣き"も"泣かせる"だからな、アウトだ!」
「だよね!」
「行くぞ杉本!」
「こんの、クソ尾形ぁあ!!」
「え!?杉本ぉ!?アシリパちゃん!?」
ストゥ…ならぬ太めの木の棒を手にしたアシリパの掛け声と共に勢い良く飛び出した杉本は、一目散に尾形とななしの方へとかけていく。
アシリパもまた一足遅れて二人と"不死身の杉本"と化した杉本の元へ走り出した。
今世には金塊も刺青人皮も存在しない、そこにあるのはお互い譲れないななしへの想いだ。
******
「こんの、クソ尾形ぁあ!!」
「尾形ぁ!」
「あ?」
『ぇ!あ、杉本さん!?アシリパちゃんまで!』
ガサガサと低い垣根から出てきたのは鬼の形相の杉本と、木の棒を持ったアシリパ。
草木の中を通ったためか二人の体には葉っぱが沢山くっついている。
「何でてめぇらがここにいやがる」
「こっちのセリフだっつーの。ほらななしちゃん早くこっちに来て遊びに行こうぜ。元々そう言う約束だったしさ。白石から連絡来てたでしょ?」
「待て、言っただろう杉本。これは悪魔で尾形への制裁だ!ななしを巻き込んでは行けない」
「アシリパさん、よく考えてもご覧なさいよ。このままアシリパさんがストゥでクソザコ尾形に制裁するでしょ?その時にななしちゃんに万が一ストゥが当たったら大変でしょ?だからななしちゃんは俺の傍へ来た方が安全なの。分かる?アシリパさん」
「ふむ、一理あるな」
ニヤニヤとアシリパを説得する杉本の顔はどこか大人気ない。なるほど、そうだなと頷くアシリパはどこまでも純粋だ。
ななしはと言うといきなり現れた二人に目を丸くさせて驚き、尾形は苛立たしげに盛大な舌打ちを放った。
その舌打ちがアシリパを説得していた杉本にはしっかりと聞こえていたようで、男二人は火花を散らすようにバチバチと睨み合っている。
流石にこの状況を放置する訳には行かないとななしは両者の顔を交互に見つめた。
尾形への確執や因縁を今世に持ち越してしまっている杉本のタガが外れてしまえば、何が起こるかわからない。
最悪死人が出たっておかしくは無いし、その死人が尾形の可能性も十二分にある。
『……っ…』
出来ることならどちらとも仲良く出来たらいいのだが、それはあまりにも贅沢すぎる願いなのかもしれない。
ななしはどうしていいか分からず、だが早く尾形と杉本に落ち着いて欲しくて苦しげに眉を潜めると喧嘩をする二人へ仲裁するように『あのっ!』と声を荒げた。
「ん?どしたのななしちゃん」
「寄るんじゃねぇ、離れろ」
「あぁ!?俺はななしちゃんの話を聞いてんだよクソ尾形!てめぇこそいい加減離れろ死ね」
「てめぇが死ね」
「あぁ!?」
「あ?」
『あの!喧嘩は…』
「そうだぞ杉本、ななしを泣かせるなら私は容赦しないと言ったはずだ」
「あたっ!?アシリパさん!?尾形あっち!あっち!」
「はっ、ざまぁねぇな杉本ぉ…っぅ"!?」
「お前もだぞ尾形」
「………」
「だっさ!」
「あぁ?殺されてぇのか」
「やれるもんならやってみろよ、クソ尾形」
『……あぁ、また…』
胸ぐらを掴み合いいまにも乱闘騒ぎを起こしそうな尾形と杉本に、己の声は届いていないのかとななしは涙を飲む。
色々な思いをぐっと堪えて我慢しているななしの傍らにいたアシリパはハッとして再び木の棒でいがみ合う尾形と杉本の脛を「制裁!」と叩いた。
不死身の杉本でも山猫スナイパーでも脛はかなり痛いようで、打たれたあと顔を歪ませて歯を食いしばっている。
なんとも言えぬ地獄絵図が広がりななしの頭の中はパニック状態だ。
1人混乱していると「ななしちゃん、ななしちゃん」と背中から声がかかり慌てて振り返ればななしの後ろには葉っぱを頭に乗せた白石が立っている。 杉本達が付けている葉っぱと同じで白石もまた低い垣根をくぐってきたことが伺える。
『し、白石さんっ』
「大丈夫大丈夫、杉本あぁ見えてちゃんと理性働いてるから!尾形ちゃんを殺したりしないからね!あと、引き離したりななしちゃんが悲しむことも、ね?」
「死ね!クソ尾形!森へ帰れ!降りてくんな!」
「てめぇが死ね、二度と現れるな」
『り、理性…?』
「あぁー、いやぁうん。働いてる働いてる」
『本当に?』
「多分…あ!でも俺もアシリパちゃんも杉本もさ、ななしちゃんには心から笑って欲しい訳よ!それは絶対だから、もう神様に誓ってもいい。だから悲しそうにしなくても大丈夫だから、ね!」
『…でも……』
今回ななしや尾形にこの場に呼んだのは他でもない白石だ。
きっと遊ぶと称して二人を会わせる腹積もりだったはずで、白石なりに思うことがあっての行動だろう。
昔からコミュニケーション能力が高く関係を取り持ったり、喧嘩の仲裁をしたりするのは決まって白石だった。
ななしも白石の底抜けの明るさやコミュ力の高さに救われたことは幾度となくある。
だからニコニコ大丈夫と言われれば些か安堵もするのだが、目の前の野獣二人を見てしまうとなかなか不安にもなる。
果たして白石に今の尾形と杉本を止められるのだろうか。
「皆ちゃんとななしちゃんと尾形ちゃんに向き合うつもりでいるし…まぁ、色々あるけど仲良くしたくないわけじゃないよ。ちょぉーっとだけ、信じて?ね?ななしちゃん」
『し、白石さん…ふふ、はは。ウィンク上手いね』
「でしょでしょー!?俺ってば体も表情筋もマシュマロくらいやらかいのー☆」
『あはは、本当だね……うん、信じるよ白石さん』
「ありがとうななしちゃん。ななしちゃんってば本っっ当にいい子っ」
彼らは彼らなりに過去の確執や因縁に折り合いを付けようとしているようだ。
過去に何があったかは分からないが、杉本が感情を見せぬような顔で嘘をつくくらいなのだから尾形との関係はかなり悪かったはずだ。
それでも歩み寄ろうとしてくれている事がななしには嬉しかった。
まだ喧嘩は収まりそうにないが、今後ゆっくりと仲良くなれればそれだけで充分であるとななしはこちらをのぞき込む白石に笑顔を向けた。
『白石さんのお陰で百さんにも会えて凄く嬉しかった…、沢山考えてくれて本当にありがとうね』
「え〜、そんなこと言われたらもう照れちゃうじゃん〜☆ピュウ☆」
ななしの笑顔に釣られるようにして顔を緩ませた白石。
言った通り照れているのか耳まで赤くしクネクネと体を揺らしている。
その姿は前世と何ら変わらず、とても白石らしい。ななしの心を豊かにしてくれるようだ。
随分と晴れやかな気持ちで笑えるようになったななしは「この後皆で遊ぼうぜ!」と楽しそうに提案する白石に首を縦に降り全力で賛成した。
未だにバコバコと木の棒でどこかしらを殴る音や、うめき声、罵声は止まないが一旦無視をすることにして、ななしはどこに行こうかと近場の遊び場を頭にうかべてみる。
白石は「なにがあったっけ」とスマホを操作し検索しているようだ。
ななしも白石に習いどこ皆で楽しめる遊び場を検索しようとスマホを取り出すためにカバンを覗くのだが…、どこを探しても愛用のスマホの感触はない。
思い切りカバンを開き中やポケットをくまなく探してみるがスマホのスの字もありはしない。
『あれ、スマホどこいったっけ』
「どったのー?」
『スマホ無くしちゃったかも…』
「え!?まじ?どこで触ったか覚えてる?」
『えーっと…皆が来るのを待ってる時にベンチで触ってたかも』
「ベンチ?じゃ、ベンチにあるかも………うぇ!?ななしちゃん!ななしちゃん!」
『え?な、なんですか白石さ…あっ!!?』
確か、皆が来る(と思っていた)まで暇つぶしがてらに呟きアプリをひたすらスクロールしていたなぁ、等と先程の記憶を辿りつつ、慌てる白石の指さす方へ視線を向けたななしは目にした光景に絶句した。
ベンチの直ぐ傍の端の方、そこには無惨にも液晶がバキバキに割れたスマホ落ちていたのだ。
周りはシリコン素材で、背面はガラスケースとなっているスマホカバーはななしが一目惚れをして買ったもの。スマホとガラスケースの間に写真などを挟んで自分好みにカスタマイズできるスマホカバーである。ちなみにななしのスマホの裏面には雑誌でたまたまみつけた無愛想な猫の切り抜きが挟まっている。
そんな一目惚れをして買ったケースに包まれたスマホ、見間違えることなどない。
絶対に自分のスマホだ。
『う、嘘っ…』
ななしは見るも無惨にバキバキに割れたスマホを手に取った。
動作確認のためにボタンを触るがスマホはうんともすんとも反応しない。
よくよく見れば割れているだけでなく、若干くの字になっているし最早再起不能常態だ。
もちろんスマホだけでない、ななしも等しく再起不能常態である。
『…』
「あちゃー、これ絶対尾形ちゃんか杉本が踏んだ系でしょ。足跡型に土ついてるし…」
『壊れちゃった……はぁ…スマホカバーも割れちゃった……ぐすん…』
「あーー!ななしちゃん!?な、泣かないで!?ね?ね?」
「あぁ!?白石、てめっ、何ななしちゃんを泣かせてんだよ!アシリパさん!ストゥ!ストゥ!」
「制裁!」
「あでぇっ!?」
「おい、タコ坊主。死ぬ覚悟は出来てんだろうな」
「ちょっとちょっと!元はと言えば尾形ちゃんと杉本の喧嘩のせいでこうなってるんだって!ななしちゃんの手元見て!」
「む?これは…スマホがバキバキじゃないか」
『うん、壊れちゃった…どうしようアシリパちゃん』
「……」
「……」
「絶っっっっ対、二人のどっちかが踏んで壊したんだぜ!?あー、やだやだ。これだから男子は!血の気盛んで困っちゃう」
「……」
「……」
ななしの手の平に載せられているあまりにも無惨なスマホを見て今の今までいがみい喧嘩をしていた尾形と杉本はピタリと動きをとめた。
無我夢中で罵りあっていた最中、大切に思っているななしのスマホをどちらかが踏んで壊してしまった。そんな事実が受け入れられず二人はギュムっと口を噤んだ。
そしてお互いが心中で(絶対に尾形だ/杉本だ)と同じことを考えていたりする。
「もう動かないのか?ななし」
『うん、電源つかないっぽい』
「修理…って出来ないよねぇ」
『ここまで来たら出来ないかも…』
「気を落とすなななし。ショップに行くまでは分からないじゃないか。聞いてみよう」
「あ、俺もついて行く!せっかく集まったからさ」
「私も行かせてくれななし」
『うん、ありがとう』
「しかし杉本も尾形も気が付かなかったのか?」
「ななしちゃん取り合ってななしちゃんの物壊すって笑えないよねぇ」
『うんん、私がスマホを落としたのに忘れてたから…踏まれてもしょうがないよ』
シュンと悲しげに眉を下げ悪魔で悪いのは自分だと主張するななしといったら健気で仕方がない。
気持ちをしっかり保ち、周りに無用の心配をかけないように明るく元気に振る舞う姿は荒みに荒んだ尾形と杉本の胸をズキューンと射止めた。
「ななし」
『うん?百さん?』
「悪かった、今すぐ買ってやる」
『え?』
「いや、俺が買うよななしちゃん。本当にごめんね」
『い、いや。杉本さんのせいじゃ……』
「すっこんでろ、俺が買う」
「いや責任は俺が取る。てめぇがすっこんでろ」
「あ?」
「あぁ?」
「おい、また喧嘩するつもりか!いい加減にしろ!ななしが遠い目をしているじゃないか!」
『……』
「どっちが踏んだかわかんないし、半額ずつ出せばー?それなら文句ないでしょ?俺ってばあったま良い☆」
「…仕方ねぇ、それでいいか?ななし」
「ななしちゃんどう?」
『え?ほ、本当に言ってる?安いものじゃないし半額って言っても多分結構行くよ?』
「俺が嘘を言うと思うのか?ななし」
『そうじゃないけど…』
「俺だって本気だよななしちゃん」
『す、杉本さんまで…』
「なら、話は早い。行くぞ」
『え?わっ!?』
真剣な眼差しでにじり寄る尾形と杉本にタジタジになっていたななしだが、彼女の体はアシリパの掛け声とともにぐわんと右に傾く。
勢いよく腕を引かれてしまったのだ。
そのまま足早に歩き出したアシリパの後を追うが足がもつれてしまいそうになる。
なんとか転ばないようにバランスを整えながら、小さな親友に続けば「気をつけろよななし」となんとも頼もしい声が掛けられた。
まるであの頃慣れない山道を先導してくれたアイヌの少女を彷彿とさせる後ろ姿に、胸が締め付けられるようだ。
『アシリパちゃんありがとう…えへへ、昔もこうして歩いたね』
「あぁ、そうだな。ななしは何度も転んだりオソマを踏んだりしていたから、心配だったんだ」
『そ、それは忘れていいからね!アシリパちゃん!!』
「いや、全部大事な思い出だ」
『ア、アシリパちゃん…!』
「今日からまた沢山思い出を作るぞななし」
『やだなにそれ、かっこいい…』
こちらを振り返りニヤッと口角を上げるアシリパの男らしさに、女同士であるとか随分年下であると言う事も忘れつい胸を高鳴らせてしまうななし。
今がこんなにかっこいいのだ、将来どうなってしまうのか。楽しみであるが若干怖いのはアシリパの魅力が計り知れないからだろうか。
小さな柔らかい手に自身の手を握られムフムフと喜んでいると、対象的な程大きな手がななしの空いていた手を包んだ。
不意に訪れた温もりに驚きパッと振り帰るとすぐ側には少しだけ不貞腐れたようにムスッと下唇を突き出す尾形の姿があり、置いていくなと視線で訴えかけているようであった。
まるで子供のような表情や仕草であり堪らずななしの心臓がキュンと高鳴る。
勿論置いていくつもりは無かったななしは握られた手をしっかり握り返してとぼとぼ後を着いてくる尾形に微笑みかけた。
『じゃぁ百さんも一緒に行こう』
「あぁ」
『…新しいスマホ買ったら連絡先教えてね百さん』
「ははっ、……最初からそのつもりだ」
『本当に?嬉しい』
「ななしちゃん!俺と杉本も行くから置いてかないでぇ〜」
『じゃぁ皆で行こう!』
「チッ…」
「い、今舌打ちした!?尾形ちゃん!?」
「つか、俺もななしちゃんと手ぇ繋ぎたいんだけど?離してくんねクソ尾形」
「はっ、てめぇはタコ坊主とでも繋いどけ」
「はぁー!?何で俺が白石と繋ぐんだよ!無意味すぎるだろ!」
「あぁん、傷ついたぁ」
「仲良くしろよ杉本、尾形。またストゥで殴られたいか?」
「……」
「……」
『相当効いてるね』
「脛はベンケイノナキドコロだからな!ほら急ぐぞ!遊べなくなってしまう」
アシリパと尾形の手がそれぞれ両手に繋がれななしは嬉しそうに頬を赤らめ『そうだね』と頷いた。
予期せぬ出会いから始まり災難があったものの、また杉本達や尾形と楽しく過ごすことが出来る。
それはななしにとって何よりの幸いであった。
───昔よりも随分と平和になった今世で、今度はもっとゆっくりと生きて行けたらなんて素敵なことだろう。
何が起こるかは分からないがそれでも彼らがいれば生きていくことができそうな気がして。
ななしは隣を歩くたくましい尾形を横目に見つつ、愉快で明るくなるであろう未来に思いを馳せた。
(なぁなぁ、杉本ぉ。アイツらああやって手ぇ繋いでると親子みたいじゃない?アシリパちゃんが子供でさぁ、ななしちゃんがお母さんで尾形ちゃんがお父さん!まぁ、それだと真ん中がアシリパちゃんの方がしっくりくるけど…って、あれ杉本?珍しく食ってかかってこないね、レアー☆)
(…親子とか考えないようにしてたのに…なにななしちゃんがお母さんって…絶対良いママじゃん…。俺がパパになるっつぅの。クソ尾形なんて精々間男だろ。あれ、それだとななしちゃん浮気してるって事…なにそれ、笑えない)
(うわぁ…拗らせてる)
(やっぱり消そう白石。尾形消そう?丸く収まるだろ?な?)
(丸いどころかギザギザに尖って噛み合わねぇって、それ!そんなことしちゃアシリパちゃんからストゥで殴られるぜ!?)
(大丈夫大丈夫、アシリパさんは俺とななしちゃんの子だから。パパの言うことなら聞いてくれるはずだから)
(その設定何時まで続けるの?)
(設定じゃねぇよ、これから実現させるんだから)
(……やっぱり俺と手ぇ繋ぐ?杉本)
(哀れむな!)
出会い編(完)