シリーズ 尾形
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彼は、猫みたいで逞しくてそれとなく優しくて…それでいてとても悲しみに蝕まれた人。
────名前は尾形百之助。
生前、私が愛した人。
初めて出会った時、なんて無表情な人なのだろうと思った。
だけどとても精悍な顔つきで、彼をかっこいいと感じる女性も多かったと思う。勿論私もそう感じた1人だ。
だけど知れば知るほど顔以外に惹かれる部分が見えてきていつの間にか尾形さんを好きになっていた。
彼は何を言うでもないけど旅の最中ずっと側にいてくれたし、危ない時は身を呈して守ってくれたりもした。そして夜中になり皆が静まり帰れば荒々しくも優しく私を抱くのだ。
初めて組み敷かれた時それはそれは驚いたが、尾形さんが求めてくれると言う事実と、自分の好意も相まって私は彼の真っ黒な瞳の奥に微かに見える劣情を全て受け止めた。
最初は勿論痛かったし、涙も溢れたけど尾形さんが「ななしっ」とすがるようにして腕に包んでくれるから、痛みや苦しさよりも嬉しさと満足感が上回った。
この人と一緒にいたい。
この人に愛されたい。
何時しか、そんな風に思うようになっていたけどそれはきっと叶わないのだろうと言う事もなんとなく気づいていた。
私に寄り添う度に、私を抱く度に、尾形さんの中の"仄暗い感情"が表情に浮かび上がるからだ。そしてその"仄暗い感情"の多くは寂しさや虚しさだと分かったから。
私に寄り添って抱く度に尾形さんがそんな悲しい感情に蝕まれているということがとても苦しかった。一緒にいたいけど、一緒に居ることで彼を深く傷つけてしまうだなんて……それなのに、愛して欲しいなどどうして伝えられると言うのか。
私などでは彼の寂しさや虚しさを全て取り除くことは不可能だと分かっていたけど…それでも、尾形さんを好きだと思う気持ちは止められなかった。
だからせめて、この長い旅の…、尾形さんの旅の行く末を見守ってあげたい。
そうして目的が果たせた暁には尾形さんに今までの気持ちと、別れを告げて、全て忘れようと1人で決心していた、のだけど。
叶う前に私はあっさりと脇腹を貫通した流れ弾によって死んでしまった。
『……はぁ…』
ふと、そんな事を思い出したのは1週間前に今世に生を受けた杉本さんと白石さんとアシリパちゃんに出会ったから。
恥ずかしながら彼らに会うまで私に前世の記憶は全くなく、「ななしちゃんだよね!?」と声をかけられた時漸くフラッシュバックするように混乱を極めたあの時代の事を思い出した。
杉本さん達は「会えて、よがっだぁ"ぁ"」と涙鼻水を流しながらも力強く抱き締めてくれた。
そんな風にされればこちらもジーンと来てしまって町中で人が行きかう日中だというのに4人でわんわんと再会を喜んだ。
ひとしきり再会を喜びあった後、私は三人に『あ、あの…』と話を切り出した。
勿論尾形さんの事を聞く為に。
彼もまた私達と同じように今この争いの無い平和な時代に生まれて、生きているのかを知りたくて優しげな雰囲気で話を聞いてくれる三人に『お、尾形さんは…』と問うた。
すると名前を出しただけで明らかにその場の空気が一変した。周りの気温が下がったかと思うほど緊張感が張り詰め、三人の表情もどことなく暗くなった様。
ここでなんとなく分かってしまった。
あぁ、前世ではいがみ合ったまま旅が終わったのだと。
優しい三人が顔を曇らせ嫌悪感を浮かばせるほどだ。尾形さんとの関係は確執や因縁を残したまま、解決することなく終わってしまったのだろう。
ズキンと、胸が痛んだ。
尾形さんもだけど杉本さん、白石さん、アシリパちゃんも私にとっては大切で大事な仲間だったから。
そんな彼らが言いたくないと頑なに尾形さんについて話してくれなかったことがただただ悲しかった。
『そっか、無理言ってごめんね』
せっかく再会できたのだから悲しい気持ちのまま終わらせたくはないと思い、黙りこくった三人にそう言うとそれぞれなんとも言えない表情でこちらを見つめてくる。
白石さんはとても複雑そうに眉を八の字にさせて、アシリパちゃんはムッと怒ったように眉を釣りあげて、それから杉本さんは…なにを思っているのか感じさせないような、まるで能面のように感情のない表情を浮かべていた。そして「尾形にはまだ会えていないんだ」とあまりにも抑揚のない声でそう言う。
『……』
その言葉が嘘か本当か、見抜けるくらいには彼らと過ごしてきたつもりだ。
きっと杉本さんも同じだと思う。嘘を言っていると私が認識しているにもかかわらず、「会えていない」とそう押し通すのだ。
私の胸はまたズキンと痛む。
「す、杉本…お前」
「なんだよ白石」
「……い、いや。なんでもねぇよ」
『分かった、ありがとう教えてくれて』
「そんな事よりななしちゃん。せっかく再会したんだ、しみったれた話じゃなくてななしちゃんの話聞かせてくれよ。今何してるとかさ」
「あ!じゃあさじゃあさ!皆でご飯行かない!?丁度昼時じゃん?」
「おぉ、白石にしては珍しくいい案じゃないか!私は賛成だ」
「いいね!どうするななしちゃん」
『特に用事は無いけど…』
「よしじゃ決まりだな。ななしちゃん何食べたい?」
「杉本!再会と言えばパァーっとやるのが決まりだろ?焼肉一択☆」
「お前が奢られたいだけだろ万年金欠野郎」
「ヒィン、酷い!」
白石さんの頭を小突く杉本さん。その傍らでニコニコ楽しそうに口元を緩めるアシリパちゃん。
昔と何ら変わりない暖かな光景だ。当時はそんな中に私もいて、毎日が充実していた。
今も鮮やかに思い出せる記憶と優しい感情は私の痛んだ胸を包むように溢れてくる。
でもそれで満足かと問われればやはり少しだけ物足りない。
欠けているものはよく分かっているけど、それを求めるとこの優しさはなくなってしまうかもしれなくて、それがとても悲しいなんて……私は我儘なのだろうか。
いつまでも一緒にいることは出来ないのだろうか。
その後皆で食べた焼肉の味はあまり覚えていない。
それから数日がすぎて白石さんから連絡が来た。
なんでも「今週の土曜日1時に○○前に来て欲しいなぁ〜」との事。
白石さんらしい変なスタンプも一緒に送られてきてなんだか可愛い。
"みんなで集まるの?"と返信すれば直ぐに既読がつき、ものの数秒で「そうそう☆」とメッセージが送られて来た。
サムズアップしている白石さんが容易に想像できる。
また旅をしていた時のように仲良く遊べるのはとても嬉しい事だ。
複雑な気持ちのままなのは変わらないが、皆と遊びたい一心で私は"楽しみにしてる!"と白石さんに返した。
今日が木曜日だから、遊ぶのは明後日になる。少しだけ緊張するのは仕方ない。
でも同じくらい楽しみなのも本心だ。
*******
時刻は12:45。
待ち合わせの15分前。
言われていた通り○○前で杉本さん達を待っているけど、まだそれらしい人影は見えてこない。
早く来すぎたかもしれないなぁと、三人から連絡が来ないかスマホに目を落とし確認してみるが通知は一切ない。
なんだかんだ律儀な杉本さんやアシリパちゃんなら時間前に来そうだけど…。
白石さんは寧ろ遅刻して来そうだなって思う。
『……』
なんとなく1人ぽつねんと取り残されているようで寂しい。
記憶が戻る前はそんな風に思うことなんて1度たりともなかったのに。
あと少しすれば必ず三人に会えるのだから寂しがる必要もないと、ぼんやりしたまま己にいいきかせて近場のベンチに腰を下ろした。
そのままスマホを両手に抱えて暇つぶしがてらに呟きアプリを覗き込んでいると、不意に目の前が影ったように暗くなる。
太陽が風で流れた雲にでも覆われてしまったのだろうか、これはひと雨来ちゃうかもなぁと空を確認すべくスマホからゆっくりと顔を起こせば視界に誰かの下半身が映った。
目の前に誰かが立ったから辺りが急に暗くなったのかと納得した私は、今度は空ではなく目の前にいる誰かを確認するためにさらに顔を上げた。
この時は、目の前に立つ人物が杉本さんか白石さんだとそう思っていたから私はとくに何も考えずに顔を起こしたのだけど…。
『……っえ』
「よぉ、ななし」
見上げた先にたっていた人物は待ち合わせをしていた杉本さんでも、白石さんでもなくて。
前世で恋に焦がれた尾形百之助さんだった。
衝撃的な出会いにスマホは手から滑り落ちていった。
口を開けたまま固まってしまった私の顎を尾形さんは立ったまま持ち上げるとばっちりあの真っ黒な瞳と視線が合わさってしまい全身が沸騰するように熱くなる。
触られた部分が火傷したみたいにピリピリと熱を持ち、何故だか頭がクラクラしてしまう。
とんでもなく高速で脈を打つ心臓が今にも口から飛び出してしまいそうだった。
あの頃に触れられた感触や心地よさ、そして快感が一気に思い起こされ私の頭は混乱と動揺でパンク寸前だ。
『……』
何も話せず口を開けたまま固まってしまった私を眉根を寄せて見つめ返してくる尾形さんは、「おい、聞いているのか」と持ち上げていた手の親指で唇に触れてグニグニと押し潰してくる。
擽ったい、擽ったいけどそれだけじゃなくて。
触れられた唇は彼の薄い唇の感触を思い出したと同時に、この人の"仄暗い感情"に蝕まれた顔も思い出させたから私は胸が張り裂けてしまいそうだった。
そうだ、私がそばにいても尾形さんは苦しくなるだけだった。
心から笑わせてあげることも"仄暗い感情"を取り去ることも……ましてや尾形百之助さんを幸せにするとこなんて絶対に出来やしない。
ネガティブな事ばかり頭をよぎるから私は堪らず尾形さんの逞しい手を振りほどこうと抵抗した。
けどやっぱり尾形さんの力に叶うはずがなくて、痛みと悲しみで涙が滲んでくる。
『あ、ぅ、あ、は、離して尾形さっ』
「あぁ?」
『顎、痛いから』
「ななし」
『お、尾形さん!』
「黙れ」
『っ』
顎は固定されて顔を逸らせないからせめてもの抵抗にと視線だけを外せば、それが気に入らなかったらしい尾形さんは響くほど大きな舌打ちを放った。
さらに冷たく黙れと言われてしまい、水を被ったみたいに全身の血の気が引いていく。
「違うだろななし」
『……えっ?』
どうすれば良いのか分からずただただ流れる嫌な沈黙の中で身構えていれば、尾形さんはまるで傷ついたとばかりに弱々しい声色で喋り始めた。
傷ついたのは顎を強引に掴まれ、舌打ちをされた私だって同じだ。
「はぁ…」
『ご、ごめんなさいっ』
「……もういっぺん俺を呼んでみろ」
『…え?お、尾形さん?』
「だから違う、そうじゃない」
『あ…ひゃ、百さん…?』
そうだ…昔、明確な時期は分からないけど尾形さんの事を百さんとそう呼んでいた気がする。
真っ黒な瞳にジトジト睨まれ、まさに井の中の蛙状態だったけどそれをようやく思い出した。
彼が"百さん"呼びを望んでいるのかは分からない。でも"尾形さん"だと納得がいかなさそうに眉を顰めるから。ならばと私は望みをかけて迫り来る尾形さんを真っ直ぐに見つめ返しながら『百さん』とそう呼んだ。
すると尾形さんは「ふっ」と目を細めて口元を緩ませた。
その表情には"仄暗い感情"などは見えず、なんならどこか楽しそうで満足そう。
あまり見ない柔らかい表情を浮かべる尾形さんについつい見惚れてしまう。
『…』
「ななし」
『ん…』
口を半開きにしたまま尾形さんに魅入っていると、不意に腕を引かれ思わずベンチから立ち上がってしまった。
勢い良く立たされてしまい少しだけよろめいてしまったけど、尾形さんの逞しい腕が支えてくれる。
謝ろうと腕の中から尾形さんを見上げると、彼の手が項を滑り擽るように耳に触れてくるから『あぅ』と情けない声が漏れてしまった。
ゾワゾワと身震いしていると尾形さんはゆっくりと私を抱きしめて、低く色気を含んだ声で「いい子だ」と私を褒めた。
きっと尾形さんは"百さん"呼びを求めていて、上手く答えることが出来た私を褒めたんだ。
『へぁ…!』
「おい、情けない声を出すな」
『だ、だって、百さん近いから…』
「……」
『ひぇ』
な、なんでそんな黒目を細めてこっちを見るの。
まるで捕食者に狙われてしまった獲物のような気分になる。
「俺を煽るな阿呆」
『あ、煽ってなんて…』
「ここで犯すぞ」
『ひぃぇえっ』
物騒な事ばかりを言う尾形さんに危機感を感じて逃げようと藻掻くけど、それを許さないとばかりに腰と背中を引き寄せられ逃走は失敗。
さらには回された手が腰やお尻のラインをなぞるように動くから、これはいよいよ危ないと私は『ひゃ、百さん…!』と彼の胸板を軽く叩いた。
でもこんな制止も尾形さんにしてみれば些細なものだろうけど。
「煽るなと言っただろうが。こっちは十分待ってやったんだ。これ以上は我慢ならん」
『で、でも…私なんか…』
「それ以上喋るなら、犯す」
『ま、またそんなこと言って』
「ははぁ、犯されたいんだな。俺はどこでも構わんぜ」
『ち、違いまっ…んぅ!』
尾形さんは反抗する私の頭を掴んで強引に唇を塞いだ。
まるで本当に喋れなくするみたいに。
微かに開いていた口から尾形さんの分厚い舌が侵入してくる。
それを嫌だと縮こめた私の舌に強引に絡めて吸い付いてくるから言いようのない感覚にゾクゾクと鳥肌が立つ。
さらに尾形さんは上顎のザラザラとした部分を擽るようにじっとり舐め、余すことなく口内を蹂躙してくるから確かな快感が生まれてしまう。
キスだけなのに、昔の情事を鮮明に思い出してしまって下腹部がギュウと疼いた。
鼻から息が抜け情けない声ばかりが響く。
『あっはぁ、んっ、百さんっ』
「いいかななし。昔のことなんぞ何もかも忘れろ。そして今の俺だけを見ろ」
『…百さんだけを?』
「あぁ」
『百さんはもう悲しくないですか?』
「……悲しいわけあるか」
『…本当?』
「俺が嘘をついていると言いたいのか」
『うんん。でも、確かめたいの』
あの頃、どうしてあんなに悲しそうだったのか。苦しそうだったのか。
きっと聞いても教えてくれないだろうし、知る術も何も無いからそれはそれでいい。 追求しても意味の無いことだ。
でも、今は昔とは違って顔を見合って話し合う時間はいくらでもあるから。
尾形さんの心の中を暴かせて欲しい。
今世を本当に私なんかといて、悲しくならないのか。
私は貴方の傍で生きてもいいのか。
───尾形さんは今、"仄暗い感情"に囚われていないのか。
私は真っ直ぐに尾形さんを見つめた。
「…一度しか言わん」
『うん』
尾形さんはギュッと私を抱きしめた。
「お前に会えなかった28年間、苦痛だった」
『うん』
「今は」
『うん』
「ななしに会えて悲しいどころか、心底満たされている」
『…うん』
「だから、俺の傍から居なくなるな」
『百之助さん…』
「……好きだ、ななし」
『っ、』
前世では一度も聞けずに終わりを迎えてしまった。
でも、今は違う。
尾形さんは私をまるで慈しむように見つめて、今まで一番欲しかった言葉を送ってくれた。
途端に暖かくて満たされるような幸福感が体中に溢れて、私は感極まり尾形さんの広い背中にすがるように腕を回した。
応えてくれるみたいに後頭部を撫でてくれるから、涙腺は崩壊寸前。
『わ、私も好きですっ好きです百之助さんっ』
「……あぁ」
愛したくて、愛されたくて。
でも傷つけたくなくて。
伝えることが出来なかった愛の言葉。
私は前世で尾形さんに言えなかった分を取り返すように、『好きですっ』を何度も何度も繰り返した。
その度にちゃんと「あぁ」と返事をして頭を撫でてくれる尾形さんが愛おしくて、私の目から大粒の涙が零れた。
(ななし…)
(百之助さん、んぅ、好きですっ。好き。離れたくない…好きだからぁ…)
(………あぁ、俺もだ)
(百之助さぁあん、うぇえ)
(おい、鼻水を拭くな)
────名前は尾形百之助。
生前、私が愛した人。
初めて出会った時、なんて無表情な人なのだろうと思った。
だけどとても精悍な顔つきで、彼をかっこいいと感じる女性も多かったと思う。勿論私もそう感じた1人だ。
だけど知れば知るほど顔以外に惹かれる部分が見えてきていつの間にか尾形さんを好きになっていた。
彼は何を言うでもないけど旅の最中ずっと側にいてくれたし、危ない時は身を呈して守ってくれたりもした。そして夜中になり皆が静まり帰れば荒々しくも優しく私を抱くのだ。
初めて組み敷かれた時それはそれは驚いたが、尾形さんが求めてくれると言う事実と、自分の好意も相まって私は彼の真っ黒な瞳の奥に微かに見える劣情を全て受け止めた。
最初は勿論痛かったし、涙も溢れたけど尾形さんが「ななしっ」とすがるようにして腕に包んでくれるから、痛みや苦しさよりも嬉しさと満足感が上回った。
この人と一緒にいたい。
この人に愛されたい。
何時しか、そんな風に思うようになっていたけどそれはきっと叶わないのだろうと言う事もなんとなく気づいていた。
私に寄り添う度に、私を抱く度に、尾形さんの中の"仄暗い感情"が表情に浮かび上がるからだ。そしてその"仄暗い感情"の多くは寂しさや虚しさだと分かったから。
私に寄り添って抱く度に尾形さんがそんな悲しい感情に蝕まれているということがとても苦しかった。一緒にいたいけど、一緒に居ることで彼を深く傷つけてしまうだなんて……それなのに、愛して欲しいなどどうして伝えられると言うのか。
私などでは彼の寂しさや虚しさを全て取り除くことは不可能だと分かっていたけど…それでも、尾形さんを好きだと思う気持ちは止められなかった。
だからせめて、この長い旅の…、尾形さんの旅の行く末を見守ってあげたい。
そうして目的が果たせた暁には尾形さんに今までの気持ちと、別れを告げて、全て忘れようと1人で決心していた、のだけど。
叶う前に私はあっさりと脇腹を貫通した流れ弾によって死んでしまった。
『……はぁ…』
ふと、そんな事を思い出したのは1週間前に今世に生を受けた杉本さんと白石さんとアシリパちゃんに出会ったから。
恥ずかしながら彼らに会うまで私に前世の記憶は全くなく、「ななしちゃんだよね!?」と声をかけられた時漸くフラッシュバックするように混乱を極めたあの時代の事を思い出した。
杉本さん達は「会えて、よがっだぁ"ぁ"」と涙鼻水を流しながらも力強く抱き締めてくれた。
そんな風にされればこちらもジーンと来てしまって町中で人が行きかう日中だというのに4人でわんわんと再会を喜んだ。
ひとしきり再会を喜びあった後、私は三人に『あ、あの…』と話を切り出した。
勿論尾形さんの事を聞く為に。
彼もまた私達と同じように今この争いの無い平和な時代に生まれて、生きているのかを知りたくて優しげな雰囲気で話を聞いてくれる三人に『お、尾形さんは…』と問うた。
すると名前を出しただけで明らかにその場の空気が一変した。周りの気温が下がったかと思うほど緊張感が張り詰め、三人の表情もどことなく暗くなった様。
ここでなんとなく分かってしまった。
あぁ、前世ではいがみ合ったまま旅が終わったのだと。
優しい三人が顔を曇らせ嫌悪感を浮かばせるほどだ。尾形さんとの関係は確執や因縁を残したまま、解決することなく終わってしまったのだろう。
ズキンと、胸が痛んだ。
尾形さんもだけど杉本さん、白石さん、アシリパちゃんも私にとっては大切で大事な仲間だったから。
そんな彼らが言いたくないと頑なに尾形さんについて話してくれなかったことがただただ悲しかった。
『そっか、無理言ってごめんね』
せっかく再会できたのだから悲しい気持ちのまま終わらせたくはないと思い、黙りこくった三人にそう言うとそれぞれなんとも言えない表情でこちらを見つめてくる。
白石さんはとても複雑そうに眉を八の字にさせて、アシリパちゃんはムッと怒ったように眉を釣りあげて、それから杉本さんは…なにを思っているのか感じさせないような、まるで能面のように感情のない表情を浮かべていた。そして「尾形にはまだ会えていないんだ」とあまりにも抑揚のない声でそう言う。
『……』
その言葉が嘘か本当か、見抜けるくらいには彼らと過ごしてきたつもりだ。
きっと杉本さんも同じだと思う。嘘を言っていると私が認識しているにもかかわらず、「会えていない」とそう押し通すのだ。
私の胸はまたズキンと痛む。
「す、杉本…お前」
「なんだよ白石」
「……い、いや。なんでもねぇよ」
『分かった、ありがとう教えてくれて』
「そんな事よりななしちゃん。せっかく再会したんだ、しみったれた話じゃなくてななしちゃんの話聞かせてくれよ。今何してるとかさ」
「あ!じゃあさじゃあさ!皆でご飯行かない!?丁度昼時じゃん?」
「おぉ、白石にしては珍しくいい案じゃないか!私は賛成だ」
「いいね!どうするななしちゃん」
『特に用事は無いけど…』
「よしじゃ決まりだな。ななしちゃん何食べたい?」
「杉本!再会と言えばパァーっとやるのが決まりだろ?焼肉一択☆」
「お前が奢られたいだけだろ万年金欠野郎」
「ヒィン、酷い!」
白石さんの頭を小突く杉本さん。その傍らでニコニコ楽しそうに口元を緩めるアシリパちゃん。
昔と何ら変わりない暖かな光景だ。当時はそんな中に私もいて、毎日が充実していた。
今も鮮やかに思い出せる記憶と優しい感情は私の痛んだ胸を包むように溢れてくる。
でもそれで満足かと問われればやはり少しだけ物足りない。
欠けているものはよく分かっているけど、それを求めるとこの優しさはなくなってしまうかもしれなくて、それがとても悲しいなんて……私は我儘なのだろうか。
いつまでも一緒にいることは出来ないのだろうか。
その後皆で食べた焼肉の味はあまり覚えていない。
それから数日がすぎて白石さんから連絡が来た。
なんでも「今週の土曜日1時に○○前に来て欲しいなぁ〜」との事。
白石さんらしい変なスタンプも一緒に送られてきてなんだか可愛い。
"みんなで集まるの?"と返信すれば直ぐに既読がつき、ものの数秒で「そうそう☆」とメッセージが送られて来た。
サムズアップしている白石さんが容易に想像できる。
また旅をしていた時のように仲良く遊べるのはとても嬉しい事だ。
複雑な気持ちのままなのは変わらないが、皆と遊びたい一心で私は"楽しみにしてる!"と白石さんに返した。
今日が木曜日だから、遊ぶのは明後日になる。少しだけ緊張するのは仕方ない。
でも同じくらい楽しみなのも本心だ。
*******
時刻は12:45。
待ち合わせの15分前。
言われていた通り○○前で杉本さん達を待っているけど、まだそれらしい人影は見えてこない。
早く来すぎたかもしれないなぁと、三人から連絡が来ないかスマホに目を落とし確認してみるが通知は一切ない。
なんだかんだ律儀な杉本さんやアシリパちゃんなら時間前に来そうだけど…。
白石さんは寧ろ遅刻して来そうだなって思う。
『……』
なんとなく1人ぽつねんと取り残されているようで寂しい。
記憶が戻る前はそんな風に思うことなんて1度たりともなかったのに。
あと少しすれば必ず三人に会えるのだから寂しがる必要もないと、ぼんやりしたまま己にいいきかせて近場のベンチに腰を下ろした。
そのままスマホを両手に抱えて暇つぶしがてらに呟きアプリを覗き込んでいると、不意に目の前が影ったように暗くなる。
太陽が風で流れた雲にでも覆われてしまったのだろうか、これはひと雨来ちゃうかもなぁと空を確認すべくスマホからゆっくりと顔を起こせば視界に誰かの下半身が映った。
目の前に誰かが立ったから辺りが急に暗くなったのかと納得した私は、今度は空ではなく目の前にいる誰かを確認するためにさらに顔を上げた。
この時は、目の前に立つ人物が杉本さんか白石さんだとそう思っていたから私はとくに何も考えずに顔を起こしたのだけど…。
『……っえ』
「よぉ、ななし」
見上げた先にたっていた人物は待ち合わせをしていた杉本さんでも、白石さんでもなくて。
前世で恋に焦がれた尾形百之助さんだった。
衝撃的な出会いにスマホは手から滑り落ちていった。
口を開けたまま固まってしまった私の顎を尾形さんは立ったまま持ち上げるとばっちりあの真っ黒な瞳と視線が合わさってしまい全身が沸騰するように熱くなる。
触られた部分が火傷したみたいにピリピリと熱を持ち、何故だか頭がクラクラしてしまう。
とんでもなく高速で脈を打つ心臓が今にも口から飛び出してしまいそうだった。
あの頃に触れられた感触や心地よさ、そして快感が一気に思い起こされ私の頭は混乱と動揺でパンク寸前だ。
『……』
何も話せず口を開けたまま固まってしまった私を眉根を寄せて見つめ返してくる尾形さんは、「おい、聞いているのか」と持ち上げていた手の親指で唇に触れてグニグニと押し潰してくる。
擽ったい、擽ったいけどそれだけじゃなくて。
触れられた唇は彼の薄い唇の感触を思い出したと同時に、この人の"仄暗い感情"に蝕まれた顔も思い出させたから私は胸が張り裂けてしまいそうだった。
そうだ、私がそばにいても尾形さんは苦しくなるだけだった。
心から笑わせてあげることも"仄暗い感情"を取り去ることも……ましてや尾形百之助さんを幸せにするとこなんて絶対に出来やしない。
ネガティブな事ばかり頭をよぎるから私は堪らず尾形さんの逞しい手を振りほどこうと抵抗した。
けどやっぱり尾形さんの力に叶うはずがなくて、痛みと悲しみで涙が滲んでくる。
『あ、ぅ、あ、は、離して尾形さっ』
「あぁ?」
『顎、痛いから』
「ななし」
『お、尾形さん!』
「黙れ」
『っ』
顎は固定されて顔を逸らせないからせめてもの抵抗にと視線だけを外せば、それが気に入らなかったらしい尾形さんは響くほど大きな舌打ちを放った。
さらに冷たく黙れと言われてしまい、水を被ったみたいに全身の血の気が引いていく。
「違うだろななし」
『……えっ?』
どうすれば良いのか分からずただただ流れる嫌な沈黙の中で身構えていれば、尾形さんはまるで傷ついたとばかりに弱々しい声色で喋り始めた。
傷ついたのは顎を強引に掴まれ、舌打ちをされた私だって同じだ。
「はぁ…」
『ご、ごめんなさいっ』
「……もういっぺん俺を呼んでみろ」
『…え?お、尾形さん?』
「だから違う、そうじゃない」
『あ…ひゃ、百さん…?』
そうだ…昔、明確な時期は分からないけど尾形さんの事を百さんとそう呼んでいた気がする。
真っ黒な瞳にジトジト睨まれ、まさに井の中の蛙状態だったけどそれをようやく思い出した。
彼が"百さん"呼びを望んでいるのかは分からない。でも"尾形さん"だと納得がいかなさそうに眉を顰めるから。ならばと私は望みをかけて迫り来る尾形さんを真っ直ぐに見つめ返しながら『百さん』とそう呼んだ。
すると尾形さんは「ふっ」と目を細めて口元を緩ませた。
その表情には"仄暗い感情"などは見えず、なんならどこか楽しそうで満足そう。
あまり見ない柔らかい表情を浮かべる尾形さんについつい見惚れてしまう。
『…』
「ななし」
『ん…』
口を半開きにしたまま尾形さんに魅入っていると、不意に腕を引かれ思わずベンチから立ち上がってしまった。
勢い良く立たされてしまい少しだけよろめいてしまったけど、尾形さんの逞しい腕が支えてくれる。
謝ろうと腕の中から尾形さんを見上げると、彼の手が項を滑り擽るように耳に触れてくるから『あぅ』と情けない声が漏れてしまった。
ゾワゾワと身震いしていると尾形さんはゆっくりと私を抱きしめて、低く色気を含んだ声で「いい子だ」と私を褒めた。
きっと尾形さんは"百さん"呼びを求めていて、上手く答えることが出来た私を褒めたんだ。
『へぁ…!』
「おい、情けない声を出すな」
『だ、だって、百さん近いから…』
「……」
『ひぇ』
な、なんでそんな黒目を細めてこっちを見るの。
まるで捕食者に狙われてしまった獲物のような気分になる。
「俺を煽るな阿呆」
『あ、煽ってなんて…』
「ここで犯すぞ」
『ひぃぇえっ』
物騒な事ばかりを言う尾形さんに危機感を感じて逃げようと藻掻くけど、それを許さないとばかりに腰と背中を引き寄せられ逃走は失敗。
さらには回された手が腰やお尻のラインをなぞるように動くから、これはいよいよ危ないと私は『ひゃ、百さん…!』と彼の胸板を軽く叩いた。
でもこんな制止も尾形さんにしてみれば些細なものだろうけど。
「煽るなと言っただろうが。こっちは十分待ってやったんだ。これ以上は我慢ならん」
『で、でも…私なんか…』
「それ以上喋るなら、犯す」
『ま、またそんなこと言って』
「ははぁ、犯されたいんだな。俺はどこでも構わんぜ」
『ち、違いまっ…んぅ!』
尾形さんは反抗する私の頭を掴んで強引に唇を塞いだ。
まるで本当に喋れなくするみたいに。
微かに開いていた口から尾形さんの分厚い舌が侵入してくる。
それを嫌だと縮こめた私の舌に強引に絡めて吸い付いてくるから言いようのない感覚にゾクゾクと鳥肌が立つ。
さらに尾形さんは上顎のザラザラとした部分を擽るようにじっとり舐め、余すことなく口内を蹂躙してくるから確かな快感が生まれてしまう。
キスだけなのに、昔の情事を鮮明に思い出してしまって下腹部がギュウと疼いた。
鼻から息が抜け情けない声ばかりが響く。
『あっはぁ、んっ、百さんっ』
「いいかななし。昔のことなんぞ何もかも忘れろ。そして今の俺だけを見ろ」
『…百さんだけを?』
「あぁ」
『百さんはもう悲しくないですか?』
「……悲しいわけあるか」
『…本当?』
「俺が嘘をついていると言いたいのか」
『うんん。でも、確かめたいの』
あの頃、どうしてあんなに悲しそうだったのか。苦しそうだったのか。
きっと聞いても教えてくれないだろうし、知る術も何も無いからそれはそれでいい。 追求しても意味の無いことだ。
でも、今は昔とは違って顔を見合って話し合う時間はいくらでもあるから。
尾形さんの心の中を暴かせて欲しい。
今世を本当に私なんかといて、悲しくならないのか。
私は貴方の傍で生きてもいいのか。
───尾形さんは今、"仄暗い感情"に囚われていないのか。
私は真っ直ぐに尾形さんを見つめた。
「…一度しか言わん」
『うん』
尾形さんはギュッと私を抱きしめた。
「お前に会えなかった28年間、苦痛だった」
『うん』
「今は」
『うん』
「ななしに会えて悲しいどころか、心底満たされている」
『…うん』
「だから、俺の傍から居なくなるな」
『百之助さん…』
「……好きだ、ななし」
『っ、』
前世では一度も聞けずに終わりを迎えてしまった。
でも、今は違う。
尾形さんは私をまるで慈しむように見つめて、今まで一番欲しかった言葉を送ってくれた。
途端に暖かくて満たされるような幸福感が体中に溢れて、私は感極まり尾形さんの広い背中にすがるように腕を回した。
応えてくれるみたいに後頭部を撫でてくれるから、涙腺は崩壊寸前。
『わ、私も好きですっ好きです百之助さんっ』
「……あぁ」
愛したくて、愛されたくて。
でも傷つけたくなくて。
伝えることが出来なかった愛の言葉。
私は前世で尾形さんに言えなかった分を取り返すように、『好きですっ』を何度も何度も繰り返した。
その度にちゃんと「あぁ」と返事をして頭を撫でてくれる尾形さんが愛おしくて、私の目から大粒の涙が零れた。
(ななし…)
(百之助さん、んぅ、好きですっ。好き。離れたくない…好きだからぁ…)
(………あぁ、俺もだ)
(百之助さぁあん、うぇえ)
(おい、鼻水を拭くな)