シリーズ 月島
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「月島軍曹殿!!門前に鯉登音之進少尉殿に会いたいと言う女性が見えております!」
敬礼をしながら大きな声で言う二等兵に机に向かっていた月島はゆっくりと顔を持ち上げた。
「鯉登少尉殿に?」
「は、はい!」
隣に立っている二等兵に確認するように繰り返せば帰ってくるのは肯定の返事。
月島は「私が向かう。業務に戻れ」と椅子から立ち上がると、敬礼を続ける二等兵の横を足早に通り過ぎた。
「……」
しかし、一体全体誰が鯉登少尉に会いに来たと言うのだろうか。
叩き上げの先任軍曹である月島は鯉登少尉の補佐の役目も担っている。その為必然的に鯉登少尉と行動を共にすることが多くなるので彼を尋ねてくる人物の有無等ははっきりと把握している月島だが、今の今まで彼に会いに駐屯地に誰かがおもむいてくるなどと言うことは滅多になかった。
良くも悪くも坊ちゃん育ちで少々子供っぽく、負けず嫌いで1度激情してしまうと彼の興奮はなかなか治まらない。あれで優しい一面も持ち合わせてはいるのだが、如何せん鯉登少尉は尊敬してやまない第七師団の鶴見中尉の事しか眼中にない。
そんな鶴見中尉に色々な意味で熱を上げる鯉登少尉に友や恋人と呼べる人物がいるのか、と言えば、否。
やはり彼に会いにわざわざ駐屯地へ来る友人や恋人などは居ないと、失礼ながらに月島は思う。
そもそも友人であろうがなかろうが、軍事に関係の無い人物が駐屯地へ少尉に会いに来るという事自体がありえない話なのだ。
おいそれと一般人が顔を覗かせていい場所では無い。
では一体誰が鯉登少尉に会いに来たというのか。
疑問ばかりが膨らみ、結局それは解決しないまま二等兵が言っていた門前付近まで月島は歩みを進めていた。
見えてきた駐屯地の門前。
そこには確かに二等兵が言ったように鯉登少尉に会いに来たであろう人物がこちらを背にし姿勢正しく立っている。
「一体誰なんだ…」
一度立ち止まり遠目にその人物を眺めた月島だが、見覚えは全くない。
ただその人物は月島が着ている軍服とよく似た物を着用していることは分かる。月島が着ているものは紺色の軍服だが、門前にいる人物は真っ黒の軍服を着て居るようだ。
ただ軍帽は被っておらず濃紺の髪がサラサラと揺蕩うのが見える。
あまり馴染みのない軍服と、女性が軍服を着ているという事実にますます疑問と疑念が生まれ、月島の眉間には深い皺が刻まれていく。
正体を突き止めるべく足早に門前へ移動した月島は「鯉登少尉に会いに来たと言うのは貴女か」と声をはりあげた。
『!あぁ、そうだ。私だ』
こちらを背にして立っていた女性は急な大声に驚いた様子で少し肩を竦めた後に、キビキビとした動きで振り返り、それから『音之進に会いに来たのだ。ぜひ合わせてくれないだろうか』と、深深と頭を下げて見せた。
「…貴女は?」
『あぁ、私は鯉登ななし四等巡査だ。音之進の姉にあたるのだが…会わせて貰えないのだろうか?』
「………」
『……どうした?』
「あ、姉」
『あぁ、姉だ』
鯉登少尉までいかないが、しかし常人よりは少し焼けた健康的な肌。
にこりと笑った際に見えた歯は褐色の中で白く映えた。
長い睫毛に覆われた切れ長の瞳を細めて笑う女性…もとい鯉登ななし。
穏やかで女性らしい体つきをしていたが雰囲気や顔つきは鯉登少尉のそれと酷似しており、彼女が実姉であることがありありと伺えた。
まさか駐屯地に訪れたのが鯉登少尉の姉であるなどと露ほども思っていなかった月島は、厳つく眉間に皺を寄せたまま敬礼をし「失礼致しました!」と先程頭を下げたななしをも凌駕するほど深深と頭を下げた。
それから「自分は月島軍曹であります」と自己紹介をし、今鯉登少尉が不在であることを伝えようと口を開く。
『そ、そんなに畏まるのはやめてくれ…ましてや貴殿は軍曹殿なのだろう。四等巡査の私に頭など下げないでくれ』
「お心遣い感謝いたします」
『あ、いや…うーん…硬いな。どうかもっとくだけてはくれないだろうか』
「しかし、そうは言われましても…」
『音之進の姉であるが私など邏卒では下っ端の下っ端。頭を下げられる様な人物ではないのだ』
「邏卒…ですか」
『あぁ、邏卒だ』
邏卒とは東京を中心に治安維持を務める組織であるが、鯉登少尉の姉はその治安維持部隊、邏卒の一員のようだ。
階級で言えば四等巡査とは最下級であり、月島の階級である軍曹から比べるとかなりの差がある。
しかしながら彼女は月島の上司にあたる鯉登少尉の姉君なのだ。たとえ階級が下であろうが自身が縦社会厳しい軍の中に身を置いている以上敬意を示さない訳にも行かない。
「鯉登四等巡査殿、御足労して頂いたにもかかわらず現在鯉登少尉は不在であります」
『硬っ苦しいっ!私の事は鯉登ではなくななしと呼んで欲しい。鯉登四等巡査など話しかける度に言っていればいつか舌を噛む』
「いえ、鯉登四等巡査と…」
月島は敬礼した手を下ろすことも出来ず、ななしの言うように砕けた態度をとることも出来ない。
しかし目の前にいるななしは『舌を噛むと言っているだろう!』と眉をきりりと持ち上げた。
その表情はやはり姉弟と言うだけあって鯉登少尉の面影があり、変なところで自身の意見を曲げない姿勢もとてもよく似ている。
だからなんとなくこのななしも鯉登少尉と同じように一生食い下がり、こちらが首を縦に降るまで野犬の如くキャンキャンと騒ぐのではないかと思えてしまって、月島は鈍く頭が痛む。
補佐という名の子守りは鯉登少尉だけで十分。
これ以上心労など増やされては色々な所で支障が出る。
そう己に言い聞かせた月島は折れないななしに対し「では鯉登さんと…」妥協案を口にするが言い切る前に『ななしでいい』と鼻息荒く遮られてしまった。
「……では、ななしさんとお呼びします」
『うむ…"ななしさん"なら音之進が間違えて反応することは無いだろう。ありがとう月島軍曹殿』
ただ呼びにくいからという理由だけで鯉登四等巡査と呼ぶなと憤慨していたかと思えば、そうではなく。
聞き間違いや思い違いで弟の鯉登少尉が反応してしまわないように配慮して名前を呼べと言っていたようだ。
弟思いのななしに対し"心労など増やされては困る"等と、亡状な感情を持ってしまったことがなかなかに情けなく月島は漏れでそうになるため息をぐっと飲み込む。
目の前で『ありがとう』と再三言うななしの、眉尻を下げたキラキラ笑顔がなんだかとても眩しい。
因みにこの屈託の無い笑顔は鯉登少尉とは全く似ていないから不思議である。
「鯉登少尉が戻られるまでお待ちになりますか?」
『そうだな…どうしようか…。うーん、……いや、あまり私のようなものが駐屯地内に入るのも良くないだろうし今日の所は帰るよ。明日以降なら音之進はいるだろうか』
「明日以降鯉登少尉は駐屯地に御滞在の予定です」
『そうか、なら明日同じような時間にここへ来るよ。その時はまたよろしく頼むよ月島軍曹殿』
「はい、それでは明日門前にて待機しております」
『ありがとう月島軍曹殿』
「いえ」
濃紺の髪をサラリとなびかせて颯爽と帰っていくななし。姿が見えなくなるまで背に向け敬礼を行っていれば彼女とは正反対の場所から足早にこちらに向かってくる男性がちらりと視界の端に映った。
耳にかかるななしとよく似た濃紺の髪が動く度に揺れている。褐色の肌の上で口は真一文字に結ばれ、きりりと眉もつり上がっている彼は、とても美丈夫だ。口を開かず趣味に走らなければ持て囃される事間違いない容姿の持ち主。
そう、歩いてくるのはななしの実弟。鯉登音之進少尉だ。
「む?月島?」
「お疲れ様です鯉登少尉殿」
「こんなところで敬礼をしてなにを…ま、まさか!?鶴見中尉殿が!?」
「違います」
帰ってくるや否や忙しなくここにはいない鶴見中尉を探し出した鯉登少尉を月島はスンと見つめた。
「ここには居られません」とキッパリ鶴見中尉が居ないことを伝えると、嬉々としていたかんばせはみるみるうちにしょぼくれていく。
最後には拗ねた子供のように下唇を突き出し「そうか…」と言う鯉登少尉は、やはりまだまだ幼い。
しょぼくれてしまった鯉登少尉を特に慰めるでもなく月島は先程やってきななしの事を伝えるため「鯉登四等巡査殿…ななしさんが貴方を訪ねてきましたよ」と言ってみせる。
するとしょぼくれていた鯉登少尉はななしという名前に機敏に反応し、勢いよく顔を上げた。
そして勢いそのまま月島の両肩に手を置き「もう一度言え!誰が来たのだ!」と叫ぶように大声を上げた。
「鯉登ななし、四等巡査殿が貴方に会いたいと」
「あ、姉上が!!姉上が来ちょったんか!!?」
「はい、入れ違いで帰られました」
「ないごてそいをはよゆわん、馬鹿すったれ!!」
「すみません」
「今すぐ探してくっで、わいはそけ待機しちょけ!!」
「落ち着いて下さい。明日また同じ時間にこちらに来て下さるそうです。なので、探さず明日までお待ち下さい」
「そいじゃと姉上にめわっをかくってまうじゃろうが!はよ話を聞かんなまたおらんくなったやどうすりゃ…」
「鯉登少尉」
「やったろかぃ…」
「また入れ違いになってしまってはそれこそななしさんにご迷惑がかかるでしょう、素直に明日まで我慢してください」
「………」
今度こそはっきりくっきり肩を落として項垂れてしまった鯉登少尉。
立っているのもままならないのかフラフラと揺れている。
探させてやりたいのはやまやまだが仮にも少尉を宛もなく彷徨わせる訳にも行かない。明日来るというのだからその時、姉弟水入らずで語り合えばいい。
そう伝えたところ鯉登少尉は抜け殻のように動かなくなってしまった。
余程ショックだったらしい。
「(仲がいいのだな)」
鶴見中尉以外にもここまで気落ち出来る姉がいてよかったなどと思いつつ、月島は敬礼をしたままなかなか下ろすことが出来なかった右手をゆっくりと下ろした。
(今日また来て下さるかもしれん。私はここで待機している)
(何を言っているんですか、仕事して下さい)
(は、離せ!月島ァ)
(……)
(キェェエ!)
敬礼をしながら大きな声で言う二等兵に机に向かっていた月島はゆっくりと顔を持ち上げた。
「鯉登少尉殿に?」
「は、はい!」
隣に立っている二等兵に確認するように繰り返せば帰ってくるのは肯定の返事。
月島は「私が向かう。業務に戻れ」と椅子から立ち上がると、敬礼を続ける二等兵の横を足早に通り過ぎた。
「……」
しかし、一体全体誰が鯉登少尉に会いに来たと言うのだろうか。
叩き上げの先任軍曹である月島は鯉登少尉の補佐の役目も担っている。その為必然的に鯉登少尉と行動を共にすることが多くなるので彼を尋ねてくる人物の有無等ははっきりと把握している月島だが、今の今まで彼に会いに駐屯地に誰かがおもむいてくるなどと言うことは滅多になかった。
良くも悪くも坊ちゃん育ちで少々子供っぽく、負けず嫌いで1度激情してしまうと彼の興奮はなかなか治まらない。あれで優しい一面も持ち合わせてはいるのだが、如何せん鯉登少尉は尊敬してやまない第七師団の鶴見中尉の事しか眼中にない。
そんな鶴見中尉に色々な意味で熱を上げる鯉登少尉に友や恋人と呼べる人物がいるのか、と言えば、否。
やはり彼に会いにわざわざ駐屯地へ来る友人や恋人などは居ないと、失礼ながらに月島は思う。
そもそも友人であろうがなかろうが、軍事に関係の無い人物が駐屯地へ少尉に会いに来るという事自体がありえない話なのだ。
おいそれと一般人が顔を覗かせていい場所では無い。
では一体誰が鯉登少尉に会いに来たというのか。
疑問ばかりが膨らみ、結局それは解決しないまま二等兵が言っていた門前付近まで月島は歩みを進めていた。
見えてきた駐屯地の門前。
そこには確かに二等兵が言ったように鯉登少尉に会いに来たであろう人物がこちらを背にし姿勢正しく立っている。
「一体誰なんだ…」
一度立ち止まり遠目にその人物を眺めた月島だが、見覚えは全くない。
ただその人物は月島が着ている軍服とよく似た物を着用していることは分かる。月島が着ているものは紺色の軍服だが、門前にいる人物は真っ黒の軍服を着て居るようだ。
ただ軍帽は被っておらず濃紺の髪がサラサラと揺蕩うのが見える。
あまり馴染みのない軍服と、女性が軍服を着ているという事実にますます疑問と疑念が生まれ、月島の眉間には深い皺が刻まれていく。
正体を突き止めるべく足早に門前へ移動した月島は「鯉登少尉に会いに来たと言うのは貴女か」と声をはりあげた。
『!あぁ、そうだ。私だ』
こちらを背にして立っていた女性は急な大声に驚いた様子で少し肩を竦めた後に、キビキビとした動きで振り返り、それから『音之進に会いに来たのだ。ぜひ合わせてくれないだろうか』と、深深と頭を下げて見せた。
「…貴女は?」
『あぁ、私は鯉登ななし四等巡査だ。音之進の姉にあたるのだが…会わせて貰えないのだろうか?』
「………」
『……どうした?』
「あ、姉」
『あぁ、姉だ』
鯉登少尉までいかないが、しかし常人よりは少し焼けた健康的な肌。
にこりと笑った際に見えた歯は褐色の中で白く映えた。
長い睫毛に覆われた切れ長の瞳を細めて笑う女性…もとい鯉登ななし。
穏やかで女性らしい体つきをしていたが雰囲気や顔つきは鯉登少尉のそれと酷似しており、彼女が実姉であることがありありと伺えた。
まさか駐屯地に訪れたのが鯉登少尉の姉であるなどと露ほども思っていなかった月島は、厳つく眉間に皺を寄せたまま敬礼をし「失礼致しました!」と先程頭を下げたななしをも凌駕するほど深深と頭を下げた。
それから「自分は月島軍曹であります」と自己紹介をし、今鯉登少尉が不在であることを伝えようと口を開く。
『そ、そんなに畏まるのはやめてくれ…ましてや貴殿は軍曹殿なのだろう。四等巡査の私に頭など下げないでくれ』
「お心遣い感謝いたします」
『あ、いや…うーん…硬いな。どうかもっとくだけてはくれないだろうか』
「しかし、そうは言われましても…」
『音之進の姉であるが私など邏卒では下っ端の下っ端。頭を下げられる様な人物ではないのだ』
「邏卒…ですか」
『あぁ、邏卒だ』
邏卒とは東京を中心に治安維持を務める組織であるが、鯉登少尉の姉はその治安維持部隊、邏卒の一員のようだ。
階級で言えば四等巡査とは最下級であり、月島の階級である軍曹から比べるとかなりの差がある。
しかしながら彼女は月島の上司にあたる鯉登少尉の姉君なのだ。たとえ階級が下であろうが自身が縦社会厳しい軍の中に身を置いている以上敬意を示さない訳にも行かない。
「鯉登四等巡査殿、御足労して頂いたにもかかわらず現在鯉登少尉は不在であります」
『硬っ苦しいっ!私の事は鯉登ではなくななしと呼んで欲しい。鯉登四等巡査など話しかける度に言っていればいつか舌を噛む』
「いえ、鯉登四等巡査と…」
月島は敬礼した手を下ろすことも出来ず、ななしの言うように砕けた態度をとることも出来ない。
しかし目の前にいるななしは『舌を噛むと言っているだろう!』と眉をきりりと持ち上げた。
その表情はやはり姉弟と言うだけあって鯉登少尉の面影があり、変なところで自身の意見を曲げない姿勢もとてもよく似ている。
だからなんとなくこのななしも鯉登少尉と同じように一生食い下がり、こちらが首を縦に降るまで野犬の如くキャンキャンと騒ぐのではないかと思えてしまって、月島は鈍く頭が痛む。
補佐という名の子守りは鯉登少尉だけで十分。
これ以上心労など増やされては色々な所で支障が出る。
そう己に言い聞かせた月島は折れないななしに対し「では鯉登さんと…」妥協案を口にするが言い切る前に『ななしでいい』と鼻息荒く遮られてしまった。
「……では、ななしさんとお呼びします」
『うむ…"ななしさん"なら音之進が間違えて反応することは無いだろう。ありがとう月島軍曹殿』
ただ呼びにくいからという理由だけで鯉登四等巡査と呼ぶなと憤慨していたかと思えば、そうではなく。
聞き間違いや思い違いで弟の鯉登少尉が反応してしまわないように配慮して名前を呼べと言っていたようだ。
弟思いのななしに対し"心労など増やされては困る"等と、亡状な感情を持ってしまったことがなかなかに情けなく月島は漏れでそうになるため息をぐっと飲み込む。
目の前で『ありがとう』と再三言うななしの、眉尻を下げたキラキラ笑顔がなんだかとても眩しい。
因みにこの屈託の無い笑顔は鯉登少尉とは全く似ていないから不思議である。
「鯉登少尉が戻られるまでお待ちになりますか?」
『そうだな…どうしようか…。うーん、……いや、あまり私のようなものが駐屯地内に入るのも良くないだろうし今日の所は帰るよ。明日以降なら音之進はいるだろうか』
「明日以降鯉登少尉は駐屯地に御滞在の予定です」
『そうか、なら明日同じような時間にここへ来るよ。その時はまたよろしく頼むよ月島軍曹殿』
「はい、それでは明日門前にて待機しております」
『ありがとう月島軍曹殿』
「いえ」
濃紺の髪をサラリとなびかせて颯爽と帰っていくななし。姿が見えなくなるまで背に向け敬礼を行っていれば彼女とは正反対の場所から足早にこちらに向かってくる男性がちらりと視界の端に映った。
耳にかかるななしとよく似た濃紺の髪が動く度に揺れている。褐色の肌の上で口は真一文字に結ばれ、きりりと眉もつり上がっている彼は、とても美丈夫だ。口を開かず趣味に走らなければ持て囃される事間違いない容姿の持ち主。
そう、歩いてくるのはななしの実弟。鯉登音之進少尉だ。
「む?月島?」
「お疲れ様です鯉登少尉殿」
「こんなところで敬礼をしてなにを…ま、まさか!?鶴見中尉殿が!?」
「違います」
帰ってくるや否や忙しなくここにはいない鶴見中尉を探し出した鯉登少尉を月島はスンと見つめた。
「ここには居られません」とキッパリ鶴見中尉が居ないことを伝えると、嬉々としていたかんばせはみるみるうちにしょぼくれていく。
最後には拗ねた子供のように下唇を突き出し「そうか…」と言う鯉登少尉は、やはりまだまだ幼い。
しょぼくれてしまった鯉登少尉を特に慰めるでもなく月島は先程やってきななしの事を伝えるため「鯉登四等巡査殿…ななしさんが貴方を訪ねてきましたよ」と言ってみせる。
するとしょぼくれていた鯉登少尉はななしという名前に機敏に反応し、勢いよく顔を上げた。
そして勢いそのまま月島の両肩に手を置き「もう一度言え!誰が来たのだ!」と叫ぶように大声を上げた。
「鯉登ななし、四等巡査殿が貴方に会いたいと」
「あ、姉上が!!姉上が来ちょったんか!!?」
「はい、入れ違いで帰られました」
「ないごてそいをはよゆわん、馬鹿すったれ!!」
「すみません」
「今すぐ探してくっで、わいはそけ待機しちょけ!!」
「落ち着いて下さい。明日また同じ時間にこちらに来て下さるそうです。なので、探さず明日までお待ち下さい」
「そいじゃと姉上にめわっをかくってまうじゃろうが!はよ話を聞かんなまたおらんくなったやどうすりゃ…」
「鯉登少尉」
「やったろかぃ…」
「また入れ違いになってしまってはそれこそななしさんにご迷惑がかかるでしょう、素直に明日まで我慢してください」
「………」
今度こそはっきりくっきり肩を落として項垂れてしまった鯉登少尉。
立っているのもままならないのかフラフラと揺れている。
探させてやりたいのはやまやまだが仮にも少尉を宛もなく彷徨わせる訳にも行かない。明日来るというのだからその時、姉弟水入らずで語り合えばいい。
そう伝えたところ鯉登少尉は抜け殻のように動かなくなってしまった。
余程ショックだったらしい。
「(仲がいいのだな)」
鶴見中尉以外にもここまで気落ち出来る姉がいてよかったなどと思いつつ、月島は敬礼をしたままなかなか下ろすことが出来なかった右手をゆっくりと下ろした。
(今日また来て下さるかもしれん。私はここで待機している)
(何を言っているんですか、仕事して下さい)
(は、離せ!月島ァ)
(……)
(キェェエ!)