シリーズ 尾形
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もう数十年待った。
もう充分待った。
これ以上我慢する必要がどこにある。
──────「ななしちゃんは、なんの見返りもなく金塊探しを手伝ってんだぜ。凄げぇよなぁ」
「…」
「めちゃくちゃいい子ってこと!」
それを聞いたのは遥か昔、どこぞの村に身を置いた時。月の明るい日に酔いしれた杉本と白石からだった。
ななしとはこのアホみたいに酔っ払った男達、そしてアイヌの子供と旅をしていた若い女。
特別戦えるわけでも、賢い訳でもない。
ななしの利点を強いて言うなら家事や料理が人並み以上には出来るという事くらいか。
そんな特になんの変哲もない女が杉本や白石が言うように見返りもなく金塊探しを手伝うだろうか。
否──、絶対にありえない。
ななしに限らず、常世に生きる全て人間が命の危機がある旅になんの見返りも求めず同行するはずがない。
ななしは常にニコニコ愛想のいい笑顔を浮かべてはいるが、きっと金塊を見つけ手元に渡れば豹変するのだろう。
今は愛らしい小動物のように杉本らに寄り添い旅を共にしているが、いつか訪れるであろう"好機"を虎視眈々と狙っているのは火を見るより明らかだ。
それが分からん杉本らでは無いだろう。
だからこいつらなりに泳がせて、しっぽを出した瞬間女狐をとっ捕まえようと画策しているに違いないと思ったが、「いや、マジだって尾形」と酔っ払いにしては真剣に語るのであの女をどこまでも無条件に信頼しているようだった。バカもここまでくると救いようがないと呆れが手癖や乾いた笑いとなって口から盛れた。
まぁ、救ってやる義理も人情も持ち合わせてはいないし、お仲間同士騙し合いが勃発しようと関係ない。
俺の旅の"目的"にはこいつらの関係の善し悪しが絡むものでは無いから、心底どうだっていい。
だからななしに対して毛ほどの興味もなく、それからも今まで通り適当に過ごしていた訳だが。
そんな俺にななしもまた今まで通り接してくる。
杉本らへの態度とそう変わらないような態度で『尾形さん』と接してくる。
こいつにとっての杉本らとの旅の目的は絶対に"金塊の横取り"であり、そこに"良心"だけを持ち合わせているなど有り得ない。
───なんの見返りも求めないなどと、そんな人間が存在していいはずがない。
この時から異様にあの女狐を暴きたくて仕方がなかった。
その辺にいる欲深い有象無象と同じだと証明したかった。
だから少しだけ探るようにななしの後ろを追いかけてみたところ…
なんとまぁ、思いがけず惹かれた。
金塊なんぞ関係ない、己を肯定し続けるためだけの詮無い旅のささやかな癒しになった。
ななしは話せば話すほど馬鹿で阿呆で無知で、それでいて優しいという事が分かった。
誰かが傷つけば己のことのように泣き、嬉しい時は人一倍喜んで、なんとも感受性の豊かな女。
そして女狐…もといななしが果てに望むのは"自分を救ってくれた皆の力になる"事らしい。
何をどう救われたかは知らんがななしは一生遊んで暮らせるような額の金塊など興味はなく、己を救ってくれたように杉本らを救いたいそう。
いつの日かそう語ったななしの目にはやはり金塊への欲望や盗み取ってやろうという邪な感情など一切なく、俺に見えたのは月明かりと穏やかさを移した大きな
女狐を暴くはずが、まんまと鷲掴みにされてしまい俺は『尾形さん』と懐いてくるななしが欲しくて欲しくて堪らなくなった。
だから満月の夜、そばで他愛ない話をするななしを抱いた。
驚いて慌てていたななしだが簡単に俺を受けいれ、そんなことを繰り返しているといつからか『百さん』と俺をそう呼ぶようになった。
あいつの目に俺が映るのは悪くない。
柄にもなく、この女といたいとまで思った。
だが俺の目的を果たすにはやはりどこか邪魔な存在でもあった。だからと言って杉本らにこいつを奪われるのも我慢ならない。
どうすればななしを自分のものにできるか答えを導き出せぬまま時間だけがすぎた。
それから程なくして、あれは網走監獄から樺太へ渡り亜港監獄へいった時だったか。
杉本と行動を共にしていたななしと再会したその日、あいつは氷上の上で流れ弾にあたり致命傷を受けた。
医者での治療など当てにならないもんであいつが望んだ"皆の力になりたい"という願いは叶わぬまま…ななしはこの世を去った。
その時負傷してたまたま同じ病室でたまたま治療を受けていた俺は綺麗すぎる亡骸を抱いて病院を出た。
「ははっ、これでお前は俺のもんだぜ…ななし」
ななしが死んでよかった。
これから先誰の手にも渡ることがないし、誰の目にも移ることは無い。
ずっと俺だけのもので、それは永遠に不変だ。
ようやく自分のものに出来た喜びと、形容し難い虚無の狭間で俺は冷たくなった頬をひたすらに撫で続けた。
「………」
と、えらく古い記憶が蘇ったのは今世を悠々自適に生きているであろう白石から「ななしちゃんを見つけた」と連絡があったから。
杉本や白石らと出会ったのはだいたい3年程前。
そいつらの傍にはななしはおらず、今世でもあいつに執着していた俺は"なんでななしじゃなくこいつらに出会うんだ"と無表情の中で腹を立てた。
しかし癪だが俺よりも先にななしに出会っている可能性があるし、聞き出し居場所が分かればあいつをまたこの手におさめることができるかもしれない。
だから四の五の言わずに「ななしはどこにいる」と問えば、杉本が食い気味に「知ってても言うわけねぇだろクソ尾形」と胸ぐらを掴んできやがった。
そいつは妙に焦っているような怒りを滲ませていたから、ピンと来た。
ははん、こいつらもななしに出会えていないのだと。
となるとこんな阿呆に用などない。
胸ぐらを掴む手をたたき落とし、その場を立ち去った。
あれから3年が経過し、今世に生を受け28年目。まだななしには出会えていない。探せど探せど見つかることは無い。
こうなるとななしだけ今世には居ないのかと思えてくる。
何の因果か余計な連中には巡り会うくせに、肝心のななしに会えないなど全くもって笑えない。
そうして日常生活をおくりつつ行く人の中にななしが居ないかと探っていると唯一連絡先を交換(させられた)した白石から「ななしちゃんを見つけた」と言う連絡を受けた。
その後すぐに「土曜日の1時に○○前に来るように言っといたから!」とメッセージが送られてくる。
なぜこいつがここまでこちらに世話を焼くか分からないが、藁にもすがる思いで土曜日に待ち合わせ場所に向かうことにした。
もしガセであれば白石は絞め殺せばいい、あいつがそれを分からんやつでも無いはずだ。
あえて嘯く必要も無いだろうし、情報は本当なのだろう。
「……ははっ」
これでようやく28年の燻りが晴れる。
あの頃と同じように俺だけを見て俺だけを感じていたあいつが手に入る。
そう思うと同時に自分でさえ手に負えないようなドロドロとした執着心が胸の内から溢れる。
言いようのない昂りが体を駆け巡り、居てもたってもいられない。柄にもなく早く土曜日にならないかと焦燥に駆られるようだ。
「十分待ったぞ、ななし」
乾いた笑いが漏れ、無意識に右手が髪を撫で付けていた。
("尾形ちゃん、愛のキューピットの俺にご飯奢ってよね☆")
("これからは愛の白石って呼んでもいいから☆")
("尾形ちゃん?")
("おーい")
("あれ?既読無視?")
("クゥーン")
(………)