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「で、今日は何事だ」
「今日は最後シフトの、朝シフト終わってからここに直行だよっ」
「午前シフトで終わる時間じゃないだろう……」
言って、伊黒は友人の引き金を引いたことを悟った。
店員が運んできた生ビールのジョッキが溢れる勢いで雪姫がテーブルを揺らす。
それでも飛沫が飛ばないように小皿を引いたあたりは、さすがのうわばみだがこれで酒のペースが上がること必須だ。
「だ・か・ら・キレてんだよ、確かにあたしがレジ時間だったけど、新人研修しながらの自レジこなして、通訳しろって呼び出されてる間にヘルプに入られた間に出た誤差の5千円について、そもそもなんでアタシが報告書?4時間待たされて、店長隣の店の人と飯食いにいってるし、待たされたのも金額誤差が今日で三日目だったせいとか、知らんし!」
空港免税店という特殊な業界にいる雪姫からの愚痴と、自分の彼女も友人の後輩ということで伊黒も最近無駄に詳しくなってきつつある。
免税エリアは、日本でありながら”国外にでる人間が前提”でいる場所であり、日本の玄関でありつつ日本ではない。
従って免税エリアにあるものは、店員たちは購入する資格も当然なく、事務仕事や昼休憩などで必ず金属探知機を一日に何度も潜る。
手荷物バッグは透明のものしか支給されず、探知機を潜る際に必ずチェックされるのも当たり前。
商品に破損や液体がこぼれたら空港の専門スタッフに申告し、チェックを受けて損失したものだと申告しなければ、小さくとも事件騒ぎ。
まして雪姫の働く店は、酒とタバコをメインに扱う専門店である。
新しい商品がくれば研修と、説明できるだけの知識が求められ、9.11のテロ以降各国は液体物の持ち込み量なども制限され、免税申告するタバコのカートン量も国ごとに大幅に違う。
オバマ大統領以前は、アメリカ国内にキューバ葉巻を持ち込むことは禁止されていたので、店員はその説明義務もある。
そして説明した証拠をレシート裏に記載して渡す。その漏れで、実際雪姫の同僚は国際電話クレームを受け、上から呼び出しを食らっていた。
「確か金額誤差報告は500円以上からだったな」
「そう、5円くらいならレートのせいでもあるから。ンで、今日も5千円だったけど、最悪なことにこのところ5千ズレが続いてて、店長前に店金持ち逃げされた事件で左遷されてっから、一人トラウマっててさー」
夜シフトの時は売り上げをしまい、報告をあげて翌日のレジ金用意などもある。
店舗によりけりらしいのだが、雪姫の店舗は日に300万以上がごく普通の取り扱い金額だ。
そしてこれも店舗ごとなのだが、扱うお金の種類は、日本円・アメリカドル、ユーロ・銀聯・クレジット・トラベラーズチェック。違う店によるとカナダドルやオーストラリアドルも扱う店もあるという。
免税の人間は、商品のバーコードは勿論、搭乗券で出国を確認し、レジで金銭・客の乗る便名・客の氏名まで打ち込むことが義務付けられ、求められる入力時間は平均3分以内。
会話も当然日本語・英語で構成されてきて、簡単な中国語なども必要とされる。
ターミナルごとに便も違うので、雪姫のいる第2ターミナルは乗り換えが多く、酒が買えない条件下の客が多いわけで説明しても逆切れも多い。
少し前は、関西空港経由のJAL便の客が通路上に免税店があった為、ベテランがレジで搭乗券に気づき免税のシステムを説明して国外にいかない客には売れない旨を説明すると、「馬鹿死ね!」と叫ばれたことも毎日起きていた。
今はそれが改善され、関空客が免税エリアを通ることはないが、エリアにいる全ての店員のストレスは随分減った。
「で、みーんな勘違いしてってけど、免税店いる=英語凄い的な勘違い?うちの店、時間帯によっては7割しゃべれないんですけど!!」
「……そうだな」
イライラしている女の酔っぱらいに逆らうなど愚挙である。
すくなくとも伊黒はそれを身を以て知っているので、きちんと関心がありつつ同情的な相槌を返した。
「どんなアホでも、2ヶ月いれば聞き取れるんだよ!で、客が何言ってるのかわかるけど、なんて言えばいいかわからないから雪姫さんよろしく、って何!?散々頼っといて、人が出来なかったこと・言い回しに悩んだところをメモって家で勉強してるという当たり前の作業を、マネできなーいとか抜かすな!!私はおまえらサボらせて楽させるために勉強してんじゃないわ!!全ては客だ!!この店員で良かったな、また日本きたいなって思ってくれたらいいな、って接客の基本じゃろが」
「それでも、ライバル店舗の情報まで網羅してるのはプロ根性としてきちんとしてるんじゃないか」
「それも全てはお客の為だから!店が儲かるかどうかまで知らん!そういうのは店長の仕事でこちらは知らん!ただ目の前の客にどこまできちんとしたサービスが出来るかってことだから、突き詰めれば」
そうはいっても、指定したメーカーの酒を探してるけどここにはないのかと言われて、ライバル店舗の何処なら買えるかを瞬時に言える店員は少ない。
免税の店員の多くはCAもどきの制服で、雪姫の店舗は女性はスカートとパンツを選べるのだが、雪姫はほぼパンツルックらしい。
単に動きやすいからだと本人の意見だが、他店舗を密かに覗きにいくのに都合がいいからだろう。
そして、酒もタバコも通常メーカーから派遣された人間がいる。
普通ならば店舗側に力があってメーカーが弱い立場なのだろうが、雪姫の店舗では逆のパワーバランスが起こっていた。
それというのも、雪姫の入社した年に、ライバル店舗の一つを会社が買い取った形になったので、メーカー側はそのままで店舗社員は全員新人スタート。
細かい頼みはメーカーの人間に頼りがちになった結果、メーカー側がお局状態になり、店舗の人間はメーカーに嫌われたらそのままハブられるコース。
なんだんだ言いつつ女社会の立ち回りだけはうまくやる雪姫は、何事もメーカーにお伺いを立てながら、客からオススメを聞かれた場合よほど特殊でない限りは全部のメーカーをオススメすることで、メーカーのほうからライバル店舗の情報の入手しているようだ。
「毎日のように、10時間近くヒアリングしてれば、相手が何系なのか、国どこかまでもうわかるわ!午前と午後でレート変更する時に便も確認できるんだから、余計わかるだろうがー!!」
しゃべれない店員・英語がわからないお客用の英語、中国語、韓国語などのファイルされたものもあるが、本来は最終手段である。
そして中国語通訳もいるが、常駐しているわけではないし、広東語が出来ても北京語は分からない。そして英語は担当外としているが制服は同じ為、よく質問につかまる。
だが、それをいいことに指差し確認にファイル使うものも多く、雪姫の上司が2年以上働いて起きながら「スーベニア」と言われて困っていたというオチを前回聞かされたばかりだ。
免税の人間が、お土産って単語もわからないでよく生きてるな!!
という、魂のこもった叫びはまだ伊黒の耳によく残って、何なら今も残響している。
--------キリトリ線-----------------------
→なんていうか、全部管理人の実体験でスイマセン!!ほぼ完全な実話でした。そして残業は実際は6時間でした。