白銀に溶ける
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恋を秘めるのは難しい。
降り積もった雪の上を歩いたら足跡が残るように。
くっきりと、想いは滲み出てしまうから。
それでも少しずつ染まったこの心が、白からピンクに駆け足で強く変化していく事は止められなくて。
部員全員とは別に作ったチョコレート。臆病な私は菅原先輩に渡せるのか。
『白銀に溶ける』
部活の前や昼休み、進路の決まった菅原先輩に勉強を教わるのが日課になりつつある。
今日は荷物の中に先輩個人宛のチョコレートを隠し持って、空き教室で教材を並べていた。
「雪姫、バレンタイン、ありがとなー!西谷と田中なんて喜びすぎて固まってたもんなー」
「いえ、清水先輩と私とやっちゃんで分担したのでそんなに大変でもなかったですから」
バレンタインの話が出る前に何とか渡そうという、私の浅はかな目論見が先輩によって瞬殺された。
学年それぞれのマネジで取り掛かったチョコ作りは、朝の部活でそれなりの破壊力を発揮して。特に、日頃から清水先輩に騒ぐ二名は未だ足がふわふわしているのを見かけた。
「菅原先輩の、一人ずつ一口チョコっていうアドバイスのお陰でコスパも良くて」
「だべー?俺役に立ったっしょ」
顧問の武田先生と烏養コーチまでもが、予想外に喜んでくれてこんな小さなチョコで申し訳ないと思ったレベルのささやかさ。
だからこそ、別に用意した先輩宛のチョコレートの存在感。
どうしたら渡せるか。そしてこの気持ちを伝えられるのか、土壇場で揺らぐ私。
教科書を捲る手が、震えそう。
すぐ隣で菅原先輩の声がして、その体温が近距離で。あとほんの少しで、卒業式なのに。
来年には、この人がこうして勉強を教えてくれることは無いのに。
「来年は、雪姫も三年かー。苦労しそうだよなー、後輩も同学年もうるさくて」
数ヶ月先のことを考えていたら、菅原先輩も同じことを考えていた。
私の答案を見ながら、手馴れた様子で採点をする。その笑顔がいつも元気をくれたのに、今は苦しい。
「……けど、しんどかったら隠さずに相談するんだぞ。俺も仮にも雪姫の先輩だし。俺も進路に関しては助けて貰ったようなもんだからさ」
「え?」
助けて貰ったことは数多いけれど、私がなにかした事があっただろうか。
「大学、教育学部にしようって思えたのは雪姫のお陰なんだ。俺って、教える事は思ったより得意みたいなんだよね」
それは、生来の菅原先輩の性格だ。
何にでも馴染んで、上手く解す。あの影山の制御装置の一人でもあるのは、皆が知っている。
「そうじゃなかったら……貴重な休み時間をこうやってただの後輩の勉強になんて当てませんよ」
私だけの特別じゃない。
先輩が優しいから、こうして隣に居てくれるだけ。
「ん?まあ、大きなキッカケではあったけど今は別に誰でもいいから教えてるわけないじゃん。卒業前の貴重な時間を、そんな、お前」
ほんの少しでも、特別だと思っていいのだろうか。こうして隣で温度を感じられるこの距離を。
「俺はもうすぐ卒業するし、あと一年は高校生しなきゃの雪姫の時間を縛るのも何かなぁ、って言うの我慢してたけど、言わないと誤解どころかすぐさま誰かに盗られそう……俺、けっこう我儘かも」
先輩がペンを置いて、私の頬をふにっと伸ばす。
突然の動きに動悸が更に乱れた。
未だチョコレートを渡すミッションがあるのに、赤くなるな私。
「特別に甘やかしてるの、俺は雪姫だけだからなー。最終的には人気者の先生になるつもりだけど、今はお前しか見てないから。今後もずっと特別に甘やかしていくけど、どう?俺と専属契約してくれる?」
部活の先輩後輩じゃなくて、彼氏彼女という立場として。
囁かれた、耳元が熱くてクラクラする。
夢のようで、憧れてきたその言葉。
両手で頬を包む、その手に特別に用意したチョコレートを渡していいのなら。
染まったこの恋の色は、もっともっと
強く鮮やかにピンクに染まる。
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