pixiv作品 名探偵コナン
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ぉ…ふぁ〜…ぅ…」
「喋りながら欠伸って何気に器用ね」
ある朝起きれば、冬華さんはすでに起床していた。
というより毎朝そうなんだが。
冬華さんは抜糸をした次の日から退勤時間をいつも通りに戻した。
体力が若干落ちているようで、なかなか疲れるらしいが元々の体力など忙しさですぐに取り戻すだろ。
いや、警視庁へ呼ばれる頻度を考えたら前以上の体力を持つことになりそうだが。
それでも午後も冬華さんが本部に居ると思うと、心が躍る。
「今日、本部へ行ってから警視庁だから、もしかしたら定時までには帰れないかもしれないわ」
「困る。それは困る」
「仕方ないの。警視庁への異動と昇格を断っちゃったんだから」
あなたのせいでもある、と冬華さんはクスクスと笑う。
「…それとこれとは別だと思う」
「そんなわけないでしょ。あの子の轢き逃げ事件もあるし、大忙しなの」
むぅ、と頬を膨らませてやれば、冬華さんは私の頬に手を伸ばして。
「…スー…」
両頬を片手で掴んで膨らんだ頬の空気を抜いてきた。
「ふふ、可愛いわねあなたは」
で。
「ん?」
トン、とカウンターテーブルに何か置いた。
「なんだそれ」
大した大きくない包み。
「なんだと思う?」
近寄って触ってみると温かい。
「え、これ…もしかして…」
手に持ち、ギュッと抱き締めて。
「べ…弁当…?」
冬華さんに聞くと。
「そうよ。食器棚を漁ってたらお弁当箱を見つけてね。作ったら喜ぶかなーって思って」
作っちゃった、と小さく笑った。
う、嘘だろ…。
これがかの有名な…。
愛妻弁当……!!
「…そんな震えるほど嬉しい?」
「っ嬉しいに決まってるだろ!愛妻弁当だぞ!?」
私の喜びように冬華さんは苦笑を零しているが、そんなことはどうでもいい。
「…よもや私も愛妻弁当を手にすることが出来ようとは…っ」
「大袈裟ねぇ」
大袈裟なわけあるか。
これがどういうことかわかっていない。
全ての恋人が、喉から手が出るほど欲しいものだというのに!
「今食ってもいい?」
嬉しすぎて今食いたい。
「お弁当である意味」
冬華さんはまたクスクスと笑って立ち上がる。
「さて、千速も起きてきたし私はもう出るわね」
「え…もう…?」
喜びも束の間、冬華さんはもう家を出るとほざいた…。
まだ6時なのにもう出るのかよ…。
「少しでも早く行って少しでも早く帰ってきたいから」
「…それなのに定時に間に合わないかもしれないんだろ?」
少しでも早く帰る、には無理があると思うが。
「もっと遅くなるかもしれないでしょ?」
「…それはまぁ…」
それを言われると…あれだが…。
「じゃあ朝ご飯も作ってあるから、食べ終わったら水に付けといてちょうだい」
帰って来たら洗うから、と。
車の鍵を持って玄関へ。
冬華さんの背中を追って、私も玄関へ行く。
「ふふ、遠足が楽しみの小学生みたいよ?」
私が弁当を持って歩いていることに冬華さんは笑って。
「…出来るだけ定時で帰って来てくれ」
「努力はするわ」
触れるだけのキスをしてくれて、早々に警視庁へと向かった。
「…今まで以上に警視庁に呼ぶっつってたもんな、総監も…」
それが異動と昇格を断った代償なんだろうけど。
「病み上がりなんだから無理させんなっつーの」
抜糸をしたとは言え、まだまだ本調子じゃないのに。
「……でも…」
私は冬華さんが作ってくれた弁当を見る。
「…これがあるから今日一日頑張れる」
早く食いたい。
どんなおかずを入れてくれたんだろう。
それを考えるだけでも嬉しいし楽しみでならない。
「…野菜を食わせようとしてくるから、野菜炒めがたくさんの可能性もある…」
だがそれでもいい。
だって愛妻弁当だし。
この弁当箱に入ってるものは何だって食えるし食いたい。
「…昼まで何時間あるんだ」
リビングへ行き、時計を見る。
今は朝の6時だから。
「…あと6時間もあるのかよ…」
せめてもう一時間遅く起きれば、冬華さんはまだ居たかもしれないし弁当を食べる時間まで一時間短くなっていたのに。
だがまぁ、あれだ。
私は愛妻弁当を掲げて。
「…楽しみが過ぎる…」
今日の巡回は少し早めに切り上げようと思った。
「おはようさん。なんだ千速、朝からえらい機嫌が良いな」
「!重悟か、おはよう」
朝、出勤すれば重悟がいた。
機嫌が良い、か。
それはそうだ。
「ふっふっ…重悟…今日の私はお前が欲しくても手に入らないものを持っている…」
今日の私はあれを持っているんだからな。
「俺が欲しくても手に入らないもの…?俺が…欲しくても…手に…」
重悟は顎に手を添え、首を傾げて考えている。
「見ろ」
「ん?」
私はまた弁当を掲げる。
「弁当?………まさか…まさかお前それ…っ」
重悟はきょとん顔を浮かべたが、徐々に驚愕の表情に変わって。
「そのまさかだ…重悟……」
私はニヤリと笑って。
「これがかの有名な愛妻弁当ってやつだ!!」
叫んだ。
「な、なにぃい!?あ、あの鬼と畏れられた蒼月警視の…っ!?」
と、数秒止まって。
「って、まぁお前さんと交際してからの警視は随分と優しくなったしな」
それくらい当然か、と。
スン、と素に戻った。
「つまらん!もっと乗っかれよ!」
「っつか、今まで作ってもらえてなかったっつーほうが不思議だ」
…確かに言われてみれば、だが…。
「弁当箱があることを知らなかったっぽいからな」
食器棚を漁ったって言ってたし。
保存容器とかの場所をちゃんと把握してなかったからだよな。
「で、そのお前が愛して止まない警視だが、朝イチに出勤してすぐ警視庁へ飛んだぞ」
と言いながら愛妻弁当へ手を伸ばしてくるから、バシッと手を弾きゲシッとローキックを入れてやりながら。
「あぁ、今朝言っていた。轢き逃げ事件の件もあるしで忙しいとな」
肩を竦めた。
「狙撃される前より忙しくなってるよな、あの人」
「それも“警視庁へ呼ぶ頻度は増えるが勘弁してくれ”と警視総監に言われたよ」
「総監に会ったのか?いつ?」
「退院した翌日、本部の廊下で出くわした時に」
あの時はまさか出くわすとは思ってなかったからビビったが、総監から冬華さんの言葉を伝えられた時はもうテンションがヤバかった。
「…失礼がなかったろうな?」
重悟がジト目で睨んできた。
「そう言うお前が私に失礼だからな」
だからジト目で睨み返してやった。
「まぁいいが、警視がいないからって調子に乗って白バイ駄目にすんじゃねぇぞ?」
「良くねぇわ謝れ。冬華さんが居なくても隊長がいるんだから調子に乗れないだろ!」
うちの隊長は冬華さんと同期だから、遠慮なく冬華さんにも文句を言うからな。
「それならいい。蒼月警視に迷惑かけんなよ?じゃあ俺は行くからな」
「か、かけねぇっつってんだ!」
重悟は片手を上げて、去って行った。
重悟の奴、いつ私が冬華さんに迷惑をかけたよ。
……。
…まぁ、わりと。
そんな言われるほどではないが…多少なり…は…。
まぁ…。
だがあんな釘を刺されるほどじゃないだろ。
……。
まぁ…隊長に怒られたと言っていたことはあるけど…。
「っと、巡回の時間だな」
重悟と話していて少し遅れちまった。
足早に交通課へ行き、弁当をデスクの上に置いて。
「……盗まれたら大変だな」
盗まれるかもしれないから、デスクの一番下の引き出しに入れて鍵を掛けた。
「これでよし」
そうして私は、白バイのガレージへと向かった。
「あいつは罰金五万円の刑に処する」
昼過ぎ。
帰還直後に捕まえたバイカーに“ どうせ捕まえるために隠れてたんでしょ?ご苦労なこって ”と嫌味を言われた。
女だからと舐められ、調子こいたことを言われるのは慣れてはいるが、腹は立つ。
これが男の隊員だったらまた違った態度なんだろうなと思うと尚更な。
しかし警察官としてムキになるわけにもいかんから。
“次からは気をつけてくださいね”
と笑いかけてやれば、大体の奴らは頬を赤らめて黙って去って行く。
私は良い女だからな。
こういう時に良い女を利用してやるんだよ。
「っつか、そんなことより飯 飯!」
冬華さんの愛妻弁当が待ってる!
交通課の私のデスクに急ぎ、鍵を開けて引き出しから弁当を取り出す。
やっと食える。
何が入ってるのか楽しみでならない。
「冬華さんはまだ帰って来てないよなー」
定時で戻れるかもわからんっつってたし。
でも一応執務室見に行ってみるか。
弁当を持って冬華さんの執務室へ向かっている途中。
「ん?」
前方から、冬華さんが歩いて来た。
あれ?定時で帰れないかもしれないと言っていたのに、昼で帰ってきたのか?
一旦帰還で、また行くのかな。
何にせよ、一緒に昼飯を食えるのは嬉しい。
「!冬華さ……ん…」
と、片手を上げた時に気付いた。
めちゃくちゃブチギレてることに。
「…冬華さん?」
冬華さんは私の声に反応せず。
私を視界にも入れず。
カツン、と音を立てて。
私の存在に気付いていないかのように。
横を通り過ぎて行った。
「……」
振り返り、冬華さんの背中を見る。
無視をされたのは初めてで。
あの人が私を無視してまでの怒りを露わにさせているのも初めて見た。
「…ヤバいことになってるのかもな」
私は弁当と冬華さんの背中を交互に見て、冬華さんの背中を追った。
行き着いた場所は刑事課のオフィス。
「蒼月警視!……と…」
重悟が冬華さんに気付いたと同時に、私にも気付いて。
神妙な面持ちをしていた。
「それで、どうなっている?」
「□□氏に聴取を取りましたが…ほぼ確実に誤認逮捕です」
誤認逮捕。
とんでもないミスをしちまったもんだな。
それだもの、冬華さんがブチギレるのも当然だ。
重悟から緊急の連絡が入って、急いで戻ってきたってことか。
冬華さんは眉間に皺を寄せ、ため息を吐いて。
「誰だ。自ら名乗り出ろ」
刑事課にいる部下たちへ視線を巡られた。
「…あ、あの…自分と…」
「俺です…」
前に出たのは若い刑事二名。
「どういうことだ。説明をしろ」
腕を組み、二人を見据える。
「…は、はい…引ったくりの通報があって…駆け付けて被害者の話を聞いて…」
「被疑者と特徴が一致したので間違いないと…」
「……被疑者だと?」
若い刑事の言葉に、冬華さんはピクリと反応しつつ重悟へ視線を向ける。
「確かに通報がありましたので、現場近くにいた車両に無線で行かせました。それで現場付近に男がいると報告を受けたので、任意の事情聴取をと命じたんですが…」
重悟はガシガシと頭を掻き、深く息を吐き出した。
「任意の事情聴取をと命じられたのに、なぜ逮捕した」
若い刑事たちは顔を見合わせて。
「絶対にあいつしか考えられませんて!なぁ!?」
「そうです!あのタイミングで特徴も一致する奴なんて早々現れないですし!」
自分らは間違っていないと主張した。
「…ッ馬鹿野郎が!!付近の防犯カメラの映像では引ったくり犯は左手首に腕時計をしていたがお前らが拘束した男は右手首に腕時計をしてるんだよ!!」
「「…ッ!?」」
重悟の怒鳴り声に、若い刑事たちはビクッと肩を震わせた。
「ッつ、付け替えたんですよ!」
「その可能性は極めて低い。逃走中に腕時計を付け替えるのは手元が安定しないためかなり難しいからな。やってみたらわかる」
「…そ、それは…っ」
冬華さんは腕を組んで。
「それは、なんだ?言ってみろ」
「……っ」
若い刑事たちを見下し、その眼差しの冷たさに若い刑事はゴクリと息を呑んで。
「っあ、あんなところに居る方が悪いでしょう!?」
すみませんでもなく、自分の保身に走った。
「…なに?」
「あんな紛らわしいところに居て、身なりも似てたら仕方なく無いですか!?」
若い刑事の言葉に。
「はー…」
小さくため息を零し、トントントンと組んだ腕の上で人差し指を数回跳ねさせて。
「…紛らわしいところに居て、身なりも似ていたら仕方ない、か。なるほどな」
「…ッ!?」
若い刑事の胸倉を掴み、そして。
「…ッ」
「ッ蒼月警視…ッ!!」
「ッひぃ…っ」
殴りかかろうとしたのを重悟が止めた。
「…!」
私はギュッと弁当箱を抱き締める。
…これも初めて見た。
冬華さんが感情のままに部下を殴ろうとしたのを。
「…駄目です、警視」
「…ち…ッ」
舌打ちをし、バッと重悟の手を振り払いって若い刑事を睨む。
「誤認逮捕というあってはならない重大なミスに、つらつらと言い訳ばかり述べて。お前らは一人の人間の人生が壊れるかもしれないという想像も出来んのか?」
「…え…」
「人生が…壊れるって…」
若い刑事たちはまた顔を見合わせる。
「…誤認逮捕は前科は付かないが逮捕歴は残る。この先の人生に大きく影響を及ぼすだろうな…」
「…っ!?」
「え!?」
重悟の言葉で、ようやく事の重大性に気付き顔を真っ青にさせた。
「勾留は?」
「もちろんしてません。その場で釈放しました。後ほど上司と謝罪させてほしい旨を伝え、住所と連絡を控えさせてもらいました」
「わかった。すぐに本部長と謝罪しに行く」
「俺も同行させてください。出した指示とこいつらがした行動に違いがあれど、俺にも責任があります」
冬華さんは若い刑事たちに背中を向けて。
「今日か明日、何なら今でもいい。辞表を持って来い。事の重大性もわからん無能など、私の部下に必要ない」
そう吐き捨てた。
「「…ッ警視…ッ!」」
…そうだ。
本来の“ 蒼月警視 ”はこういう人だ。
最近の冬華さんは本当に柔らかくなり、優しくなった。
だからみんな忘れていたのかもしれない。
“ 蒼月警視 ”の厳しさと冷たさを。
“ 蒼月警視 ”は最近優しいし、で調子に乗った結果、逆鱗に触れてしまったんだろう。
「…!」
「…あ…」
刑事課の入り口にいる私に気付いた冬華さん。
眉間に皺を寄せながら歩み寄ってきて。
「…弁当を持ち歩いてるのか、お前は」
「…楽しみでならんっつっただろ」
小さく笑う。
「今日中には帰れない」
「…わかった」
冬華さんは私の横を通り過ぎる際、ポンと肩に手を置いて去って行った。
短い会話だが、今度は無視をされなかったことにホッとした。
「…ど、どうしよう…」
「やべぇよな…」
若い刑事たちは顔を真っ青にさせたままだから。
「馬鹿野郎。蒼月警視が帰還するまで待って、帰還するまでに始末書と報告書を作成しろ。で、帰って来たら誠心誠意謝れ」
謝れば済む問題ではないが、こいつらに出来ることはそれくらいだ。
「…萩原警部補…」
「っわ、わかりました…そうします…」
私は冬華さんが作ってくれた弁当へ視線を落として。
「……食うか」
朝はあんなに笑顔だったのに。
部下の失態で全責任を負わなければならん。
改めて、冬華さんが置かれている立場っつーのは大変だというのがわかった。
しかも今回は冬華さんを越えて本部長まで行っちまったし、下手したら警視庁へ呼ばれて上層部からも追及されるだろう。
いや、下手したら、じゃないか。
今日中には帰れないと言っていたから、謝罪後に警視庁へ行って総監と警察上層部へ説明をしに行かなければ、だな。
私はまたギュッと弁当を抱き締めて。
「…冬華さんの執務室行こ」
多分開けといてくれてると思うから、冬華さんの執務室へと向かった。
「…日付が変わっちまった」
ソファーに座り、冬華さんの帰宅を待った。
弁当はすごく美味かった。
野菜ばかりかと思えば、私の好きなものばかりで。
特に唐揚げが、店を出せるんじゃないかというくらい美味くて。
食べ終わるのが勿体なさすぎて、最後の一口はなかなか口に運べなかった。
で、絶対に晩飯を食えていないだろうから拙いながらにハンバーグを作った。
冬華さんほど上手くは作れないが、見た目は悪くない。
…少し焦げたが。
起きて待っていようかと思ったけれど、明日も仕事だし寝なければ。
「“ お疲れ。絶対に食ってから寝ろ ”…と、よし」
疲れてるだろうから、食うのも面倒になっているかもしれん。
しかし何も食わないで寝るのは駄目だから。
メモ書きを残して、寝室へ行く。
「…クタクタになってるだろうな」
苛々して帰宅か、クタクタで帰宅かの二択。
「いや、今回はどっちもだな」
苛々しながらクタクタで帰宅。
で、何もしないで寝に来るだろう。
ベッドへ横になり、冬華さんの枕を抱き締める。
「…冬華さんの良い香りがする…」
すごく落ち着く香りだ。
「……絶対にバレるからシないけどな」
誰もいない空間で、誰に言うわけでもなく独り言を呟いて。
「…はー…会いてー…」
私は眠りに就いた。
ガチャ
「ん…」
玄関のドアが開く音で、目を覚ました私。
「…帰ってきたのか」
スマホで時間を確認すれば、午前3時半。
時期が時期だから、辛うじてまだ暗いまま。
私はベッドから降りて、リビングへと向かう。
「おかえり、冬華さん」
リビングへ続くドアを開けて、リビングの真ん中に立っている冬華さんに声をかけた。
「!千速、まだ起きて…たわけじゃなさそうね」
振り返った冬華さんの頬が。
「ただい「っど、どうしたんだよそれ…!」
赤く腫れていた。
慌てて駆け寄り、頬に優しく触れる。
熱いな。
熱を持ってる。
「“ 息子の人生を壊すつもりですかッ!!”って、□□氏の母親に殴られたわ」
□□氏とは、誤認逮捕しちまった奴のこと。
「…っそ、うか…」
仕方ない。
それだけのことをしちまった責任だから。
冬華さんが誤認逮捕をしたわけじゃないが、それが上司としての責任だから。
「重悟は…あんたを庇わなかったのかよ…」
「本部長諸共父親に殴られて、二人とも私以上に顔を腫らしていたわよ」
「…そうなのか…」
冬華さんは小さく笑って。
「私の場合は、母親からの平手打ちだったから。父親からの平手打ちなら庇ってくれたんじゃないかしら」
女の力は知れているから、男からの平手打ちじゃなければ甘んじて受けるべき、ということか。
「…湿布持ってくる」
「いらないわ」
湿布を取りに行こうと思えば、冬華さんに抱き締められて止められた。
「…冬華さん?」
「ちょっとこのまま居させて…」
私の肩に顔を埋めて、ゆっくりと呼吸をしている。
「…上層部はなんて?」
「…まぁ叱られた叱られた。“部下の教育がなっていないからこんなことになるんじゃないのかね?”ってすごい嫌味も言われて…」
嫌になっちゃう、と小さく零した。
「…そうか。大変だったな」
冬華さんの背中を摩り、頭を寄せる。
「訴訟を起こすって言っていたから、明日も本部長と行って謝罪よ…」
「…うん」
「そしてまた警視庁に呼ばれて上層部のお叱りと嫌味を聞きに行かなきゃだし…」
「うん」
「嫌になる…本当…もう…」
珍しく弱音を吐いているから。
「冬華さんは頑張ってるよ」
よしよしと頭を撫でてやる。
「…そう、頑張ってるのよね…私…」
「頑張りまくってる」
グリグリと私の肩に顔を押し付けて。
「…はー…」
深く息を吐き出し、顔を上げて。
「ありがと、千速。ちょっと落ち着いたわ…」
はにかむように笑った。
「ん、いいさ。ほら、晩飯を作ったから食ってくれ」
時間的に、今から食うようなカロリーの飯ではないが。
この人の忙しさなら消費出来るだろ。
「その前にシャワー浴びてくるかな…」
ゆっくり食べたい、と。
「わかった、温めておく」
「ありがとね」
私の額に口付けをし、浴室へと行った。
「相当落ち込んでるな」
○○さんの下着と着替えを持って、浴室へ行く。
ハンバーグを温めながら、湿布も用意して。
「…部下の失態は上司の責任とは言うが…取らされる責任が重すぎる…」
一緒にシャワーを浴びて、することで慰めてやりたい気持ちもあるけれど。
冬華さん自身が求めて来ないところを見ると、そんな気分じゃないのかもな。
時間も時間で明日も朝早いだろうし。
…まぁ私は目が覚めちまったから寝付くまでに時間がかかりそうだが…。
「千速、寝ててもいいわよ?」
「いや、起きてるよ」
浴室から出て来て、冬華さんにハンバーグを出す。
冬華さんが食ってる間にドライヤーで髪を乾かしてやって。
「味はどうだ?あんたより上手くはないだろうけど…」
「すごく美味しいわ、ありがと」
「よかった。っと、ちょっと湿布を貼らせてくれ」
「ん」
冬華さんの頬に湿布を貼った。
「はー…明日は…というか今日、多分あなたが寝てる間に出るから」
「…わかった」
寝室へ行き、一緒に横になる。
眠れて二時間弱、といったところか。
「おやすみ、千速」
「おやすみ」
ギュッと抱き締められて、間も無く冬華さんは寝息を立て始めた。
「…お疲れ様、冬華さん」
冬華さんの額にキスをして。
「冬華さんが行くまで起きてるか」
目が冴えていることに、クツクツと笑って冬華さんの背中を摩り続けた。
で。
二時間後。
「…は!」
はっ!と起きれば、冬華さんはもう居なくて。
「冬華さん!?」
リビングへ行っても居なくて。
「…嘘だろ…寝ちまったのか…」
送り出そうと思ってたのに…。
「…ん?」
カウンターテーブルに置かれているのは弁当で。
「…まさか…」
弁当箱に触れれば温かかった。
「……良妻すぎるだろ…あの人…」
またギュッと抱き締めて。
「今日こそ愛妻弁当の感想を伝える」
昨日の分の感想も伝えようと思った。
初めて見た冬華さんの怒り。
殴りかかろうとするのを重悟が止めてくれなければ、あのまま部下を殴り飛ばしていただろう。
そしてそれの責任も取らされてと悪循環に陥るところだった。
「なんだ、また愛妻弁当かよ」
「羨ましかろう。どんなに羨んでも米粒一つやらんからな」
翌日、一応刑事課へ顔を出して見たがやはり冬華さんは居なかった。
「重悟、昨日はありがとな」
重悟も頬に湿布を貼っていた。
「何がだよ」
「冬華さんを止めくれて、だよ。お前が止めてくれなかったらあの人あいつを殴り飛ばしてたからな」
「ああ、あれか。あの阿呆たちは最近の警視は優しいから勘違いをしたんだろうよ。だからあのまま殴らせてもよかったんだが、蒼月警視の責任になっちまうからな」
と、重悟は肩を竦めてニッと笑った。
「恩に着る」
「恩に着なくていいから、その代わりにその弁当を寄越せ」
「何が着なくていい、だ!寧ろ恩に厚着をさせてるじゃねぇか!駄目に決まってんだろ!」
ゲシッとローキックを入れてやった。
こいつは本当に、冬華さんと分かり合いすぎていて嫉妬せざるを得ないよな…。
まぁ後日、冬華さんと本部長の誠心誠意な謝罪と、今後同じような過ちは絶対に起こさないという約束をして、訴訟は無しの方向で許しを得ることが出来たようだ。
「次はない。わかったか」
「は、はい!!申し訳ありませんでした…ッ!!」
「絶対に同じ過ちはしません!!申し訳ございませんでした…ッ!!」
若い刑事二名も、ニヶ月間減給10分の1カットという処分が下った。
本来ならば下ることはない処罰だが、最初の反省の無さを重要視してのことらしい。
ちなみに愛妻弁当の感想は。
「次に、この唐揚げだ。これがまた美味すぎだ」
『あは!一品一品感想くれるのね。作ってよかった』
テレビ通話で、スマホ越しに一緒に飯を食っている。
「これは美味すぎるから最後に食う」
『ふ…っふふっ、そんなに気に入ってくれたんだ?』
「あぁ、美味すぎる」
冬華さんは自分の分は作ってないようで、コンビニのおにぎりを食っている。
「ちゃんと栄養あるものを食え」
『移動中にカロリーバランスとか食べてるから大丈夫よ』
「そんなん栄養摂ったうちに入らんだろ」
と思って。
「…え、うそ…本当に…?」
「…まぁ、その…冬華さんほど綺麗には作れなかったが…」
先に出勤した冬華さんへ、弁当を作って持って行ったら…。
「…やー…まじ…?これ…やば…えー…やばぁ…」
「写真を撮るなっ」
とんでもないくらい写メを撮って。
「食べるの勿体なさすぎる…」
「じゃあ私が食う!」
「っちょっと私のお弁当に触らないで!」
とんでもないくらい喜んでくれたのは、また別の話。
next
48/48ページ