pixiv作品 名探偵コナン
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『ん?』
10年前。
私はその“ 歌声 ”に出会った。
駅前のロータリー。
仕事帰りにバイクを走らせていた私の耳に、雑踏を切り裂くような歌声が聞こえてきた。
バイクを停めて、歌声のほうを見る。
ガード下に出来た人集りの中心に、一人の少女がいた。
感じからして18、19歳くらいの。
『…あの年で…すごいな』
透き通るような綺麗な歌声。
暖かみがあり、聴いているとすごく気持ちが落ち着く歌声。
それでいて、消え入りそうなほど繊細で。
触れてしまうと壊れてしまいそうな、ひび割れたガラス細工のような儚さがある歌声。
素人の私でもすぐに理解出来るほどのその歌声は。
技術がすごいとか、声が良いとか、上手いとか。
そんなレベルじゃない。
自分の命を削っているかのような、重みのある歌声だった。
感情を込めている、というより。
その声自体が感情を持って生きている。
そんな気持ちにさせるその声に。
行き交う人々が足を止め、振り返り、その歌声に吸い寄せられて。
どんどん増えていく人集りの後ろに、ヘルメットを脇に抱えて私も付いた。
彼女の歌い出しにはシン…と静まり返り、歌い終われば溢れんばかりの拍手の嵐。
感嘆の声を漏らす人もいて。
その才能に、投げ銭用の箱は溢れて零れていた。
しかし。
『…なんか…』
そいつの歌を聴けば聴くほど、泣きたくなる。
そいつの瞳を見れば見るほど、ギュッと胸が締め付けられる。
そいつの歌声から感じるのは、寂しさとか。
誰もいない暗闇に、たった独りで立っているような。
悲しいまでの孤独だった。
私はその瞳を知っている。
私も弟の研二を失った時に経験した寂しさとか悲しみ。
疲れて家に帰っても。
“ お疲れさん、飯出来てるぜぇ姉ちゃん ”
そう言って笑顔で迎えてくれる研二はもう居ない。
同じ孤独だとは言わないが、どこか似ているなと思った。
ライブが終わり、人集りは潮が引くように去って行った。
去り際には彼女と握手をしたり、声援を送ったり。
彼女もまた取り繕った笑みで“ありがとう”と述べた。
私はそのまま残り、静かになったガード下で黙々と機材を片付けているそいつへ歩み寄って。
『良い声だったよ。だが随分と寂しそうに歌うんだな』
その背中に声をかけた。
『!』
そいつはビクッと肩を震わせて、私へ振り返った。
『え?』
そこには、今の今まで圧巻の迫力で歌っていた奴はいなくて。
今にも消えてしまいそうなほど華奢な少女が立っていた。
『たくさんの人間を虜にする声なのに、誰かのために歌っているわけではなくて、ただ真っ暗な場所で独りで叫んでいるかのようだった』
–––– まるで助けてくれと言っているかのような。
『私まで泣きたくなるような声で、こんなふうに歌える奴がいるなんて驚いたよ』
こいつの人生に、何があったのかわからない。
どんなつらいことがあって、その歌声を生み出しているのか。
『私に何が出来るかわからんが、助けて欲しいなら言ってくれ。出来うる限りのことはしてやるから』
知りたいと思った。
『……っ!』
そいつは目を大きく見開いて。
『!お、おい…すまん…そんなつもりじゃなかったよな…』
ポロポロと涙を零し始めた。
『いや…余計なことを言った…本当にすまない…』
泣かせるつもりはなかった。
ただ、こいつの歌で、声で、私が思ったことと感じたことを伝えたくて。
何か力になりたいと思ったから。
それだけなのに、泣かせちまうとは。
慌てて近寄り、グローブを脱いで親指で涙を拭ってやると。
『…っちが…っ!』
そいつは首を横に振って。
『…っありが…っと…っ』
寂しいでもなく、悲しいでもなく。
ただ嬉しそうに泣いた。
こいつの歌声に秘められた、寂しさと悲しみ。
そして孤独。
気付かない奴は気付かないで、上手いだの綺麗だのと上辺だけを褒めて手を叩いてくれるだろう。
だが私のように気付いた人間はきっと。
その孤独に共感し、心を震わせて、涙を零し、手を合わせて祈りを捧げてくれるのではないだろうか。
『っ気付いてくれて…っありがと…!』
泣きながら笑うお前の表情を見て。
“ ああ、こいつの歌と声は、世界に届く ”
そう感じた瞬間だった。
その日から、私は仕事帰りに冬華の歌を聴きに行くようになった。
私が行った時にはすでに人集りが出来ているから、私は停めたバイクに腰をかけて遠くで聴いて。
『…!』
私に気付いた瞬間から、冬華の歌声に秘められた感情が変わった。
孤独という冷たい感情から、独りじゃないという暖かい感情。
暖かい感情から、たくさんの人に聴いてもらえる楽しい感情。
たくさん聴いてもらえる楽しい感情から。
『千速さん!今日もありがと!』
『お疲れ、冬華。今日も良い声だったよ』
私が観ているという、幸せな感情。
それは自惚れ?
かもしれないな。
だが、私に気付いた瞬間から感情が変わるから、少なからず良くは思ってくれているだろう。
歌い終われば必ず声をかけに、駆け寄って来てくれるし。
『今度この曲歌ってくれよ』
『どれどれ?今度でいいの?今歌うよ?』
『ばか、私だけじゃなくてお前の声で奏でられるこの曲をみんなに聴かせてやりたいんだよ』
歌になんてまったく興味がなかった私ですら、良さそうな歌を探すようになって。
“ あ、この歌は冬華の声で聴いてみたいな ”
という思いが生まれた。
『ふふ、じゃあ次のレパートリーに入れとくね』
『あぁ、楽しみにしてる。次はいつだ?友人にも聴かせてやりたい』
『次は土曜日かな。まだ学校あるからさ』
『土曜なら私は休みだから大丈夫だな。っつか学生だったのか』
『うん。今年卒業だけどね』
聞けば、東京から毎回来ているらしく、わざわざ神奈川まで来ている理由はクラスメイトとか自分を知っている人がいないから、のようで。
“ 友達 ”と呼ばない辺り、学校でも孤独なんだと察した。
『わ…!な、なに!?』
だから私は冬華の頭をガシガシと撫でてやって。
『路上ライブとか関係なくいつでも遊びに来いよ。飯くらい奢ってやる』
ニッと笑った。
『…っそんなこと言うと本当に来ちゃうよ!?』
『いいさ。ただ私は仕事だから相手をしてやれるのは夕方からだがな』
私の言葉に、冬華は嬉しそうに笑って。
『ッ大好き!!千速さん!!』
抱きついてきた。
それから、冬華はかなりの頻度で私のところに来るようになった。
交通費とか馬鹿にならんだろうと思うが、“ 歌で少しお金あるから ”と言っていた。
たまに交通費を出してやろうとすれば受け取らず。
“ それをされるともう来れなくなっちゃう ”
なるほどなと思った。
そうした日々が過ぎたある日。
『ん?あれは…』
待機場所で、違反車両を取り締まっていたら。
歩道橋の上に冬華の姿があった。
冬華は笑顔で私に手を振ってきた。
『今日は平日なのに、あいつ学校ないのか?』
もしやサボりか?と思いながら手を振り返す。
というより、なぜ私がこの場所にいることを知ってるんだよ。
私は白バイから降り、ヘルメットを取って。
『…!』
冬華へ手招きをすれば、冬華はパァッと顔を明るくさせて駆け寄ってきた。
『千速さーん!』
『冬華、お前学校はどうしたんだよ』
ヘルメットを脇に抱え、腰に手を当てる。
『えー?サボ……今日休みなんだよねぇ』
『うそこけ。まったく』
私に叱られると思ったのか、冬華はシュンと落ち込んだが。
『単位落とさない程度にサボれよ?』
サボるな、なんてサボりまくってた私が言えた義理じゃないからな。
『あは!うん!大丈夫!今日初めてサボった!』
またパァッと表情を明るくさせて、嬉しそうに笑った。
『っつか、なんで私がここにいるってわかったんだ?』
『それがたまたまなんだよね。神奈川県警に行けば千速さんいるのかな?と思って向かってたらさ』
と、冬華と話していたら。
“ 各員、各員。こちら神奈川県警本部 ”
『千速さん?』
私はヘルメットを被り、片手で冬華を制する。
“ 日本大通り方面で暴走車両有り。“白いレク○ス ナンバー××× ×××。付近の白バイ隊は直ちに追跡を開始してください ”
緊急通信が入った。
『緊急出動だ。すまないが、神奈川県警で待っていてくれないか?』
『え?あ、うんわかった。気をつけてね』
『あぁ、すまんな』
冬華に軽く手を振り、白バイのサイレンを鳴らして。
『こちら“ 横浜 690 ”追跡を開始する』
『了解。気を付けてください』
白バイを発進させた。
現場へ急行しながら。
『すまんが神奈川県警で女子高生を保護しておいてほしい』
『女子高生、ですか?知り合いですか?』
『あぁ、そうなんだが』
私は小さく笑って。
『未来、世界へと羽ばたく歌姫だ。今のうちにサインをもらっておけよ?』
そう伝えた。
『冬華!すまん!遅くなった!』
『千速さん!』
なかなか停まらない星で、結構時間が経っちまった。
神奈川県警本部へと急いで戻れば、県警のロビーの椅子に座っている冬華がいた。
『んーん、急に来たのは私だから大丈夫だよ』
冬華は可愛らしく笑い、後ろに手を組んで私の周りをグルグルと回る。
『なんだよ、どうした?』
『ふふ、白バイの隊服姿、カッコいいなぁって思って』
『そうか?普通だろっておい、無断撮影』
『へへっ、待ち受けにしちゃお!』
いきなり写メを撮られ、待ち受けにしていた。
『まったく。っつか、こんな時間に会うって初めてだよな』
『そうだね。いつもは夕方か夜だもんね』
いつもは暗くなってから会っていたから、こんな明るい時間に会うなど少しだけ不思議な感覚だ。
『あ、ねぇ、千速さんここの職員さんに何か私のこと言った?三人にサインくださいって言われたんだけどさ』
県警の奴ら、本当にもらったんだな。
『はは、未来の歌姫だからもらっとけっつっといた』
『んもー、気が早いなぁ。まだサインなんて書けないからただの書名になっちゃったんだからねー?』
『それもまた貴重だろ?』
クツクツ笑い、冬華の頭を撫でてやる。
『…あのさ、千速さん。もし今日この後時間あったらさ、ご飯行かない?奢るから!』
飯か。
特に予定もないし、別に構わないんだが。
『学生に奢ってもらうのはなぁ…』
奢ってくれるらしいが、学生に奢られるのは警察官の名が廃る。
『…ぅ…っ』
『現役の警察官として学生に奢られるわけにはいかんから私が払うよ』
『えー、でも誘ったのは私だし…』
冬華は申し訳なさそうに、困った表情を浮かべた。
こいつは優しいから、確かに申し訳ないと思うかもしれん。
だがな、冬華。
『それに』
私はニッと笑って。
『いずれ世界を震撼させることになる歌姫に、飯を奢ったっつーのが自慢になるだろ?』
日本の宝になる冬華に飯を奢った最初の人間として優越感に浸れる。
そう言うと、冬華は頬を赤らめて。
『そ、そんなこと言うの千速さんくらいよ?』
どこか恥ずかしそうにはにかんだ。
『そんなことはないと思うが、そうだなぁ』
私は少し考えて。
『じゃあもしそうなったら世界の舞台で』
『なぁに?』
『このポーズしてくれよ』
片手で、半分に割ったハートを模るようなポーズをした。
このポーズをしてくれたら、私のことを忘れないでいてくれていると実感出来る。
と言っても、有り触れたポージングだからな。
私に言われずとも、歌の演出上することもあるだろうけれど。
『ふふ、わかった!絶対にする!』
冬華は私の片手ハートの片割れになるように、ハートを合わせてくれた。
『ちゃんと覚えておいてよ?』
『ああ、楽しみにしてる』
私は忘れないよ。
お前を見つけたことを、絶対に。
ダイヤモンド以上の原石と。
『あ、ファンクラブ第一号は私な』
『あは!うん!用意しとく!』
こんな有り触れた会話をしたんだと周りに自慢してやるからな。
『送ろうか?』
私の仕事終わりまで横浜を観光していたようで、待ち合わせをして飯を食った。
明日も学校だろうし、早めに帰らせないと。
私のバイクの前。
一応、送るつもりで2つ目のヘルメットは持ってきている。
『…んー…』
しかし冬華は、どこかモジモジしていて。
『なんだ、どうした?』
首を傾げると、チラッと私を見て。
『…ねぇ、あのさ…』
『うん』
またチラッと私を見て。
『…いずれ世界を震撼させることになる歌姫を最初に抱いた人…にならない?』
顔を真っ赤にさせながら、そう言った。
『え』
きょとん顔をする私。
よもや夜の誘いとは。
『…っべ、別に深い意味はないんだけど…!』
顔を真っ赤にさせてるのに。
『深い意味がないわけない言葉だろうが』
そんなわけないだろ。
だがまぁ、あれだ。
正直抱くのはいい。
というか抱きたい気持ちはある。
だが、冬華は。
『お前、まだ未成年だろ』
学生だ。
『そ、そうだけど…!が、学生の内にしてる人結構いるよ!?』
『それは学生同士の話だろうが。それに私は現役の警察官だ』
現役の警察官が学生を抱いたなんて知られたら、懲戒処分ものでたちまち全国ニュースだよ。
『…そ…う…かぁ…そう…だよね…』
こいつなりの精一杯の誘いだったんだろうけれど、さすがにそれは出来ない。
『っつか交際もしてないのにそういうことをしてはダメなんだぞ』
『……千速さん、大人みたいなこと言う…』
『大人だわ!』
冬華は頬を膨らませて。
『…じゃあ付き合ってよ…』
私の袖を掴んで、告白をしてきた。
『だから現役の警察官が学生と交際はまずいんだっつってんだろ』
『……む…』
ますます頬を膨らませたから。
『まったく…』
私は苦笑いを零して。
『だから、成人式の日に迎えに行くから。それまで待っとけ!』
ニッと笑い、冬華の頭を撫でてやった。
『…え…うそ…本当…?ねぇ、嘘じゃない?』
途端に冬華は目を大きく見開いて。
『嘘吐いてどうすんだよ。お前こそ2年の内に心変わりするんじゃないのかぁ?』
私の手を掴み、上目遣いで睨むように。
『っするわけないじゃん…っ!!待ってるから!!』
抱きついてきた。
『はは、お前は泣き虫だよな』
『っ全部千速さんのせいだからぁ…!』
出会った時も、お前は泣いた。
今はまだ、お前の背中に腕は回せない。
でも。
お前が成人を迎えた日に、思いっきり抱き締めてやるから。
その頃にはもう、お前は日本を代表するすごい歌手になっているかもしれないけれど。
私の手にはもう届かない存在になってしまっているかもしれないけれど。
誰よりも何よりも、一番にお前を想っているから。
それだけはどうか、忘れないで。
お前は独りじゃない。
私がいることをどうか。
どうか忘れないでくれ。
「聞いてるー?千速ー?」
「ん?ああ、聞いてるよ」
名を呼ばれ、ハッとそちらを見る。
私の視線の先にいるのは。
「じゃあ今、何話してたか言ってみて」
「……飯が、美味かった」
「違います!聞いてなかったじゃーん!」
綺麗な黒髪をポニーテールにして、眼鏡をかけている女で。
こいつは。
「っつか、そんな簡単な変装でバレないのがすごいな」
“ 旋律の歌姫 ”とその名を馳せ、その歌声は国境を越えて世界を轟かせた“ 奇跡の歌声 ”を持つ歌手。
「冬華」
冬華だった。
「こういうのは変に変装したほうが返って目立つの」
「そういうもんなのか」
冬華は今、日本一忙しい歌手でしかも全国ツアー中。
今は神奈川公演で神奈川県にいて、貴重なオフの時間中に会っている。
ちなみに私は関係者席で観ることが出来るし、私の親友の忍も関係者席で観させてくれる。
忍は冬華の大ファンで、神奈川県だけじゃなくて東京と千葉、静岡県まで追いかけるほどの熱狂ぶりだ。
私が一緒に行ける時は関係者席で、行けない時は一番良い席を用意して特別扱いをしてくれる。
私は仕事上、基本的に地元神奈川県のしか行けないのが残念。
「そういうもの!」
私の腕に自分の腕を絡める冬華は、テレビの中では落ち着いた雰囲気で大人しく振る舞っているが。
プライベートで私と会う時だけ、あの頃と変わらない元気な冬華に戻る。
「ね、あっちに美味しそうなパンケーキ屋さんがあったから行きたい」
「あぁ、いいよ。一人三枚がノルマだぞ?」
「が、頑張る…!」
「冗談だからそんなに食うな!私がお前のマネージャーに叱られる!」
だからか、“ 旋律の歌姫 ”と世界から称賛されているように見えなくて、なんだか不思議な感覚だ。
「あ」
「ん?」
駅から外に出ると、駅前のロータリーで路上ライブをしている若い少女がいた。
「路上ライブしてる」
「だな。なかなかに上手い」
まだ明るい時間で、丁度昼頃というのもあり、わりと人集りが出来ていた。
「これから歌うこの曲は、病んでた私を救ってくれた歌で、大好きな歌です」
そう言って、ポータブルアンプから流れてきた曲。
「!私のデビュー曲だ…」
「あぁ」
冬華のデビュー曲だった。
自分と同じように苦しんでる人がいるという、最も暗い部分を共感し寄り添ってくれる歌。
このデビュー曲はシングル曲で、僅か一週間で100万枚を突破した曲だ。
10年経った今も売れ続けている。
「聴くか?」
「ん?んー…」
冬華はどこかソワソワしている。
ああ、きっと一緒に歌いたいんだろうな。
自分のデビュー曲を選び、好きだと言ってくれたから。
「バイクをスタンバイさせておく」
「…いいの?」
私は冬華の額にキスを落として。
「一曲だけな。パンケーキはなしで私の家に直行して抱く」
時間も限られているし、またしばらくは会えなくなるから。
「…っわかった…!」
冬華は頬を赤らめて、眼鏡を私に預けてきた。
冬華が人集りのほうへ歩いて行く後ろ姿は今の今までここにいた元気な冬華ではなくて。
“ 旋律の歌姫 ”としての後ろ姿で。
「こんにちはー、それ私の曲よね?よかったら一曲一緒に歌わない?」
冬華の存在に気付いた奴らは。
「え!?」
「う、うそ!!!」
「え本物!?!?」
「やべぇ!!嘘だろ!?」
「こんなところで会えるなんて…!!」
驚きの声と共に上がる悲鳴に、そこに居合わせた人間全てが足を止めて振り返った。
二重にも三重にもなる人集り。
「…こりゃ警察出動案件だな」
私は私で、冬華の綺麗な歌声を背中で聴きながらバイクを停めている駐車場へと急ぐ。
警察が来る前に立ち去らないと。
バイクのナンバーを隠し、特定されないように。
冬華と会う時は黒いフルフェイスのヘルメットで顔がバレないように。
鞄から黒いジャケットを取り出して着る。
私なりに気を使って、冬華のプライベートを守っているんだよ。
バイクに跨り、スロットルを吹かして。
「行くか」
バイクを発進させた。
丁度歌い終わり、囲まれている冬華。
しかし冬華も私に気付いて。
「ありがとうみんな!これ以上滞在しちゃうとお巡りさん来ちゃいそうだからもう行くわね!」
トンと軽くジャンプをしたところを。
「ええぇええ!!?!?」
「なんだあのバイク!!!」
「す、すげぇええ!!」
通り過ぎ様に掻っ攫った。
この騒動はSNSのトレンド一位になって。
“ 謎のバイカー、歌姫を掻っ攫う ”
というタイトルのニュースにまでなってしまったため、冬華の公式が“あの掻っ攫いはスタッフによる演出でした ”と声明を発表したようで。
それが通用するとは思えんが、それでゴリ押すんだろうな。
だが恋人がいるのは公表済みだから、様々な憶測が飛び交ってしばらくSNSを騒がせていたらしい。
私はSNSをやっていないから、全部忍に聞いてめちゃくちゃ怒られたよ…。
推しが怪我をしたらどうするんだっつってな。
神奈川県警でも数名知ってる奴はいるが、“ カッコよかったから良し! ”と、口を閉ざしてくれた。
『大丈夫だった?』
「忍には叱られた…。お前は?お咎めはなかったか?」
そして夜、冬華とテレビ電話をする。
私は家で、冬華は神奈川県で一番良いホテルに宿泊をしている。
『…マネージャーに、次同じことあったら神奈川県警にクレーム入れますって言われた…』
「別れさせる、ということにならないだけ有難いな」
『昔言われたことあるんだけど、なら引退するって返したら言わなくなったの』
…言われたのかよ。
「…私、絶対にマネージャーに嫌われてるだろ…」
『あは!そんなことないよ?私にもあんなふうに掻っ攫ってくれる恋人いたらなぁ…ってボヤいてたから』
立場上注意しないと、という感じか。
あのあと自宅で抱いて、服も私のを着せてホテルへ送り届けた。
『っと、明日も早いから寝ないと』
「あぁ、ライブ楽しみにしてるよ」
そんなに長い通話は出来ないが、今日は会えたし抱けたから満足だ。
『ん、おやすみ千速』
「おやすみ冬華」
通話を終えて、ソファーへ横になる。
「…“ 旋律の歌姫 ”か」
世界的な人気を誇る歌手に成り上がっちまった冬華。
毎日がめまぐるしく、休む暇もないほど忙しい。
世界各国、日本全土を飛び回り、その歌声で人々を魅了する。
「…路上ライブしてた頃が懐かしいな」
デビューする前。
名もなき歌姫に出会ったあの日。
こうなる未来を予知したが、見事に的中した。
「なかなか私も見る目あるよな」
誰もいないリビングでクツクツと笑って。
「よし、明日のライブに備えて寝るか」
私は寝室へと向かった。
あ、そうそう、約束していた片割れハートポーズ。
冬華が23歳になった時、とある国での公演が決まってその公演中にちゃんとしてくれた。
“ 覚えててくれたんだな ”
“ 忘れるわけがないっしょ! ”
そんな会話をして笑った。
全ての始まりは、あの日。
『良い声だったよ。だが随分と寂しそうに歌うんだな』
お前に声をかけたあの夜。
END