pixiv作品 名探偵コナン
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「冬華、夕方に妃先生来れるって」
「本当?じゃあ、何かお出しするもの買って来ないと」
神奈川県警の事情聴取が終わり、帰宅してきた時。
千速が妃先生に連絡を取ってくれてたみたいで、今日の夕方いらっしゃってくれることになった。
妃先生とは、東京の弁護士の方で。
あの時にすごくお世話になった弁護士さん。
「私が買ってくるから、買ってきて欲しいものを教えてくれ」
「私も行くわよ?」
「ばか、無理して外に出なくていい」
そう言って、私の額にキスをしてくれた。
「ありがと」
無理をしてでも早く立ち直らないとって思っちゃうけど、無理をしてたらますます千速に心配をかけちゃうから。
「それじゃ、忍も来てくれるしりんごとパイナップルをお願い出来る?」
「ん、りんごとパイナップルだな。夜飯は?」
「千速が食べたいなって思った料理の材料を買ってきて」
「…それで作れるのすごいな」
りんごとパイナップルは確実として、あとは千速の食べたいものをお願いした。
「いいか?誰が来ても鍵を開けるなよ?」
「ふふ、わかってる。大丈夫よ」
私を一人にするのが心配のようだけど、自宅なんだから大丈夫。
「行ってくる」
「えぇ、おねが…ん…ん…っ」
行ってきますのキスが深い…。
唇を離し、千速はドアを開けて外に出る。
『鍵かけろ』
「はーい」
カチャと小さな音を立てて鍵をかけたら、ガチャガチャと外側からドアを開けようとする音が…。
『よし、かかってるな』
「ふふ、心配性だなぁ。お願いね」
『うん、すぐ帰ってくる』
千速の足音が遠退き、私もリビングへと戻る。
「ふー…」
なんだか、一人になるのが久しぶり。
と言っても、つい数日前に仕事が始まったばかりで。
それまでは千速が仕事に行ったら一人だったのに。
「…こんなに寂しかったっけ」
こんなに寂しく感じたことはないくらい、寂しく感じてる。
仕事が始まる前の一人の時間は、まったく寂しくないとは言えないけど、お掃除も洗濯も捗った。
千速が居たらちょっかいを出されてなかなか進まなくて。
忍とランチに行ったりと、結構有意義に過ごせていた。
今は?
「…寂しい…」
ふふ、飲み会に行く前の、千速が寂しいって感じてた気持ちと一緒ね。
でも千速は買い物に行ってくれただけだし、すぐに帰ってくる。
「妃先生、お元気かしら」
また妃先生に頼らなければならない事態になって、申し訳なさを感じてしまう。
「…あ、コーヒーか紅茶あったかな」
鞄をソファーに置いて、キッチンへ行く。
キッチンの棚や引き出しを確認して。
「…あー、切れてた…」
コーヒーも紅茶も切らしちゃった…。
追加で千速に買ってきてもらおうと、ソファーに置いた鞄の中からスマホを取り出して。
『どした?体調悪くなった?』
「んーん、体調は大丈夫よ、ありがと。コーヒーと紅茶が切れちゃってたから追加で買って来てほしいなって思って」
『コーヒーと紅茶な、わかった』
「お願いね」
短い通話を終えて、スマホをテーブルに置く。
「ちょっとお部屋掃除しよ」
決して散らかってるわけじゃないけど、埃とか落ちてるかもしれないから。
文明の利器、フロアワイパーで掃除をする。
「これ発明した人、億万長者になっててほしいなぁ」
なんて独り言を呟いて。
「〜♪ 〜♪」
シートを替えつつ、千速によく“音ズレてるぞ”と言われた鼻歌をさえずりながら、リビングから玄関に続く廊下を掃除をしていた時だった。
“…恋人にしか聞かせた事のない声を聴かせてくれよ”
「……ッ!!」
突然。
“…っお願い…っやめて…っはな…っはなして…っ”
突然。
“…ほら…ここを触ったら…どう…?”
“あっあ…っや…っやだ…っも…っ触らないでお願い…っ”
フラッシュバックした。
「…っは…っ」
フロアワイパーを離し、頭と喉を押さえて。
「…は…っは…っ」
トイレのドアに凭れ掛かり、ズルズルとその場に座り込む。
「ッはぁ…ッはぁ…ッ…」
“…感じてる?恋人ではない僕の手に…?気持ち良さを感じてる?”
止まれ、止まれ。
思い出すのを止めるために、拳で自分の額を叩く。
「…っぐ…ッぅ…ッ…は…っ」
“きっ気持ち…っわるい…っ触らないで触らないで…ッもうやめて…っやだやだ…っお願いだからやめてぇ…っ”
それでもフラッシュバックは止まらない。
「は…ッは…ッ…っや…っだ…っ」
“…お願いごとが多いね。恋人にもそうなのかい…?”
“もうやめてよぉ…っな…なん…で…っこんな…っ”
心臓が破裂してしまうんじゃないかと思う程。
大きく、速く、脈打つ。
苦しい。
「…ハ…ッハ…ッァ…ッ」
呼吸が。
呼吸が出来ない。
あの時。
キスをされ、固く閉じた口を開かせるために胸の先を弄られて。
不覚にも一瞬開いてしまった瞬間に、舌の侵入を許してしまった。
絡め取られる舌と、胸への愛撫。
千速以外の人とキスをして、舌を絡め取られたことへの想像を絶するほどの嫌悪感と。
千速以外の手に触れられ、喘ぐ自分への気が狂いそうになるほどの悍ましさで。
いっそのこと、殺して欲しいとすら思った。
「…ッは…ッハ…ッ」
苦しい。
苦しい。
思い出したくない。
思い出したくないの。
思い出せば出すほど、死にたくなる。
死にたくないの。
千速を置いて死にたくないのよ、私は。
なのに。
どうしようなく死にたくなってしまうの。
“おい!何してんだ!!”
駆け付けてくれた夜間警備員さん。
“ッ冬華ちゃん!逃げろ…!!”
“ッ貴様…ッ!離せ…!!”
社長令息を取り押さえ、私を逃してくれた。
“…ッはやく…っはやく…っ”
エレベーターのボタンを連打して、なかなか来ないエレベーターに苛立って。
“…っ冬華君!どこだ!!”
“…ッ!”
社長令息の足音が近づいてきて、エレベーターじゃダメだと思って非常階段を駆け降りた。
「…くる…っし…っ」
発作が治らない。
苦しい。
誰か。
誰か…。
千速。
千速助けて。
千速…。
カチャリ
鍵が開く音が聞こえた。
玄関ドアが開いて。
「冬華ー、財布忘れ…ッおい冬華ッ!!どうしたんだよお前…っ!!」
千速が帰ってきてくれた。
千速はすぐに、トイレのドアの前で座り込み苦しんでる私へ駆け寄ってきてくれた。
「な、何があって…っ」
鞄とバイクの鍵とか投げ捨てて、私を抱き締めてくれた。
「…っちは…っ」
「あぁ、私はここだ…!大丈夫だからゆっくり呼吸をしろ…!」
千速の心音は凄く早くて、不安にさせてしまった。
それでも。
「…っは…っは…」
落ち着いてくる。
「…は…は…は…ぁ…」
千速の温もりと。
「…冬華、大丈夫だ。大丈夫だぞ、冬華…」
「は…ちは…や…っ」
「うん、もう大丈夫だから。まさか思い出しちまったのか?」
優しい声色に頷き、千速の服に顔を埋める。
「そっか…。戻ってきてよかった…冬華…」
「は…はぁ…はぁ…」
「…額が赤くなってる…記憶を止めるのに必死だったんだな…」
「…っん…っ」
千速は背中を摩り、額を優しく撫でてくれた。
「…ごめ…ごめんね…千速…っ」
涙が出る。
こんなに弱くて。
こんなに迷惑をかけてしまって。
「ばか、いいんだよ。何回も言ってるだろ?お前は何も悪くない」
千速は優しいから毎回そう言ってくれるけど。
「…っあなたに…っ申し訳ない…っ」
私は両手で顔を覆い、咽び泣く。
私が苦しむことで、千速まで苦しませてしまうことが申し訳なくて。
涙が止まらない。
「なんでだよ。私はお前が好き過ぎて傍にいるんだぞ?」
千速は小さく笑い、私を横抱きにしてリビングへと連れて行ってくれた。
「…っだって…っあなただってつらいでしょ…っ?」
好きだと言ってくれる私がこんなんで。
「まぁ確かに、お前が苦しんでるのはつらいけど、でもお前にそんなことを思わせちまうほうがつらいよ」
「っん…」
千速はキスをしてくれて。
「あ、じゃあこれならどうだ?お前が私に申し訳ないって思ったら私にキスをする!」
ニヤリと笑った。
「…っキス?」
「うん。“あ、申し訳ない!”って思ったらキス!それで私はつらい気持ちよりも、お前からのキスで嬉しい気持ちのが勝つから」
額を合わせ、もう一度キスをしてくれた。
「…っじゃ…っじゃあずっと…っキスしてないとに…っなっちゃうわよ…っ?」
しゃくり泣きで、途切れ途切れになってしまう。
「いいぞ?寧ろ大歓迎だが?」
千速が悪戯に笑うから、私は千速に顔を近づけて。
「ん」
キスをした。
触れるだけのキス。
すぐ離れたけれど。
「ん?ん」
もう一度。
「ん」
もう一度。
「ん」
もう一度キスをした時。
「ん、んぅ…っ」
舌を絡め取られ、深いキスをされた。
社長令息の舌には想像を絶するほどの嫌悪感があったのに。
千速の舌は凄く気持ち良くて。
「ふ…っ冬華…っ」
–––– 求めてしまう。
「…は…」
「は…っ」
唇を離せば、透明の糸が私たちを繋いで。
「ん」
その糸が切れる前に、もう一度キスをした。
「…ありがと、千速…もう大丈夫…」
千速のおかげで心が落ち着いた。
「…自分で提案しといてなんだが…」
「…?」
立ちあがろうとすれば、肩を押されて寝かせられて。
「…お前からのキス…やばいかも…」
抱きたい、と。
熱を含む眼差しで言われちゃったらもう…。
「ん…抱いて…」
千速の首に腕を回す以外の選択肢が。
私にはなかった。
ピンポーン
「「…!」」
蜜事が終わってすぐ、インターホンが鳴った。
私は達したばかりだから、まだ少し痙攣が…。
「私が出る」
「…えぇ、ありがと…」
千速は私の額にキスをしてから玄関へ行く。
その間に私は体を起こし、シャツのボタンを留めて時計を見る。
まだ妃先生がいらっしゃるような時間ではないから、回覧板か宅配便か。
いえ、何も注文してないから宅配便はない。
「…冬華」
「!千速、回覧板……って、忍…!」
千速が戻ってきたから振り返れば、千速の後ろには忍がいて。
千速は顔を赤くさせながら、額に手を当てていた。
「冬華…!って……」
忍は私を見て固まった。
「忍、いらっしゃい」
そういえば来るって言ってたものね。
「ごめんね、今コーヒーと紅茶切らしてて…」
立ち上がり、キッチンへ行けば。
「え、忍?」
忍はバタンとリビングのドアを閉めて姿を隠した。
「忍?どうしたの?」
ドアの曇りガラスからはシルエットが見えるけど…。
『あんた、色香すごいよ?ヤった直後?』
「……っ」
じ、自分ではわからない色香というのが醸し出されてるみたい…。
『千速がなんか変に濁すから、冬華に何かあったのかと思って少し焦ったけど』
「…や、あの…これにはわけが…っ」
「…だから5分待ってくれって言ったのに…」
控えめにドアが開いて。
「……落ち着いたの?」
少しだけ顔を覗かせて。
「えぇ、大丈夫よ。ありがと、忍」
「すまないな」
全てを察した一言で、私も千速も苦笑いを零した。
「ん、じゃあいいか」
忍はニッと笑って、入ってきてくれた。
「で、これ」
「ん?」
「なぁに?」
忍の手には買い物袋があって。
「これ、私が最近ハマってるコーヒー。千速たちにも布教しようと思ってさ。それと、お菓子を何袋か。昨日今日と忙しかったし、何もないだろうと思って」
「お…」
「すご…ひ…」
某青い猫型ロボットのポケットかのように、袋から色々と取り出して…。
「あと、なんかりんご食べたいなって思ったから買って来たし、そろそろ妃先生来るかなって思ってガトーショコラも買って来たよ褒めて」
「「……」」
今、私たちが欲しいもの以上のものをピンポイントで買ってきてくれた…。
「…忍、お前…」
「なに?どうしたの?」
「…本当にエスパーの使い手…?」
しかもちょっと多めに。
「なになに?何が?」
私と千速は顔を見合わせて。
「じ、実は今…」
忍に今あったことを説明すると。
「…はー…あのクソ野郎…いつまでも冬華に取り憑いて…はよ死ねクソが…」
「言葉使いが…」
忍も嫌悪感で眉間に皺を寄せて毒を吐いた…。
「本当ありがと、忍。りんご剥くから、座ってて」
「っつか、いくらかかった?払うよ」
「私も食べるし、お金はいいよ」
「そんなわけには「って、妃先生来るなら私帰ったほうがよくない?」
忍から頂いたりんごの皮を剥き、ウサギさんりんごにして二人に出す。
「いや、私たちとしては」
「忍にも同席してもらいたいな」
あの時も忍は傍に居てくれて、同席してくれた。
言葉を話せなくなって、執筆で妃先生とやり取りをしている中で。
“……妃先生、まだ必要ですか…この聞き取り…”
震える手で、ミミズが張ったような字になりながら。
されたこと、言われたことを紙に書き出していたら。
不意に忍がその紙を握り締めて、クシャクシャにした。
忍を見れば、明らかに怒りを露わにさせていて。
“…いいえ、もう大丈夫よ。つらいのにありがとう冬華さん”
妃先生も私と忍の気持ちを察してくれた。
もちろん千速も。
“…ありがとう忍…私も同じことをしようとしてた…”
私の、ペンを持っていないほうの手を握っていた千速の手が、怒りに震えていたわ。
「わかった。あの時みたいな失態はしないように気を付ける…」
「失態じゃないだろ。あんなの読んだら誰だって怒りで気が狂うよ」
私は苦笑いを零し、ウサギさんりんごを一つ食べる。
「ん、このりんご美味しいわね」
「本当だ。目が利くな」
「まぁエスパー忍って言われますから?」
「主に私たちに、ね」
「そう!」
なんて三人で笑った。
「っと、忍、ちょっとごめんなさいだけどシャワー浴びてくるわね」
「シた直後だもんね、いいよ」
「ばかお前…!」
「…っ言葉にしないでよっ」
千速も私も、忍相手だとしてもさすがに恥ずかしい。
「一人で浴びれるか?」
「ふふ、大丈夫よ」
「私は別に一緒に浴びてもいいけどさぁ」
と、忍にペロッと服を捲られれば…。
「ほらキスマーク。キスマークの数 数えさせてくれるなら一緒に浴びてあげるよ」
「果たして正解出来るかな?」
「っばか…っ!もう!!一人で浴びます!」
本当に、キスマークへの恥じらいを持って欲しいわよ…。
「……」
『このお店の料理も美味しくてさ』
『確かに美味そうだ。今度三人で行こうぜ』
『うんうん。あ、ディナーもいいけど、ランチはビュッフェだから両方行きたいね』
『じゃあ両方行こう』
私は今、シャワーを浴びてるんだけど…。
ガラス戸の向こうから千速と忍の話し声が聞こえる…。
私を見張ってるのね…。
自殺未遂の前科があるから。
でも、今は本当に大丈夫だから。
「…ねぇ、二人とも。私は大丈夫だからリビングで待ってて?」
私はガラス戸を少し開けて二人に言うと。
「前科持ちが何か言ってらぁ!」
「ぅ…っ」
はっ!と忍に笑われて…。
「そうだぞ、冬華。今のお前の大丈夫は信用しない」
「く…っ」
千速も忍の言葉に頷いて、リビングに行こうとしない…。
「…っもう、過保護なんだから…」
ガラス戸を閉めて、髪を洗おうとしたら。
「あ」
シャンプーがなくて。
「ちは「どうした?何かあったか?大丈夫か?私はここにいるからな」
「私もいるよ!冬華!」
千速に取ってもらおうとしたら、私が呼ぶよりも先に千速と忍が浴室に入ってきた。
「…シャンプーがね…なくて…」
「シャンプー?ちょっと待ってろ」
千速は替えのシャンプーを取りに行ってくれて、忍はきょとん顔をして。
「1、2、3「っ数えないで…っ!」
き、キスマークを数え始めたからタオルで体を隠した…。
「入れるからボトル貸せ」
「ん、ありがと」
シャンプーボトルを千速に渡して、入れてもらう。
「ねぇ冬華」
「…なに?キスマークは数えないでね…」
忍は私の前に立って。
「あんた、胸大きくなったんじゃない?」
つん、と私の胸を突っついてきた。
今度は私がきょとんとして。
「…え、そんな見るからに変わった…?」
振り返って、鏡に映る自分の胸を見る。
た、確かに少し…大きくは…なったけど…。
「何となくね。でもまだ千速には敵わないかなー」
意外と巨乳だから、と。
忍は言った。
「「……」」
「千速、めちゃ零れてるよ」
私たちの親友は、私たち以上に私たちをわかってらっしゃる…。
ピンポーン
「あ、来たな」
「えぇ」
夕方、インターホンが鳴った。
「今出ます」
私と千速で出迎えると。
「っ冬華さん無事!?!?」
妃先生が入ってきて、私の肩に手を置いて安否確認をしてくれた。
「お、お久しぶりです…先生。無事です、大丈夫です」
「妃先生、その節はお世話になりました。冬華は大丈夫ではありませんので、今後しばらく冬華の大丈夫は信用しないでください」
すぐ千速に訂正された…。
「大丈夫よ、萩原さん。その辺はわかってるから」
「…先生まで…」
「はは、中へどうぞ」
妃先生をお通しし、リビングへ。
「こんにちはー、お久しぶりです」
「!あなたは大江さん。お久しぶりね」
「どうぞ、座ってください」
忍がコーヒーを用意してくれていて。
千速が妃先生をソファーへと促してくれた。
「ありがとう」
忍が買ってきてくれたガトーショコラとコーヒーをお出しして、妃先生の向かい側に座った。
「さっそくだけど」
妃先生はコーヒーカップに口付けて。
「つらいかもしれないけれど、何があったかを教えてもらってもいいかしら?あ、録音するわね」
ボイスレコーダーをオンにして、カップを置いた。
私たちは頷いて。
「…まずは、冬華の同僚の送別会で…」
千速が昨日の説明をしてくれた。
「…そう」
説明を終えた後、妃先生はボイスレコーダーをオフにして。
「とんだクソ野郎ね。虫唾が走るわ…」
「「「え゙…」」」
暴言を吐いた後、またボイスレコーダーをオンにした…。
き、妃先生が…クソ野郎…って…言った…。
綺麗な顔をして…クソ野郎って…。
千速も綺麗な顔立ちだけど、千速の暴言は慣れてるから。
「こ、これが掴まれた後の手首の写メです」
千速はコホンと咳払いをして、妃先生に私の手首の写メを見せた。
「…酷いわね」
妃先生は眉間に皺を寄せて。
「……っ」
私は包帯が巻かれている手首に触れて、キュッと握った。
「直接でも見せてもらってもいい?」
「あ…」
「あー…」
「んー、ふふ」
「え?なに?どうしたの?三人とも…」
ま、まさか手首を見せてって言われるとは…っ
「え、えーっと…」
「…そんなに酷いの?」
「ひ、酷いというか…」
私はチラッと千速を見ると、千速は気まずそうに視線を逸らして。
チラッと忍を見ると、ニヤニヤ笑っていて…。
「ほら冬華、妃先生にお見せしないと!」
忍に即されて…。
「…冬華さん、どんなに酷い痣でも私は見る覚悟してるわよ?」
「…っ」
もう一度千速を見ると、視線を泳がせて小さく頷いたから…。
「……あの…驚かないでくださいね…」
「えぇ、大丈夫。見せてちょうだい」
私はゆっくりと包帯を取り、ガーゼも剥がすと…。
「…え゙…」
「「「………」」」
妃先生は、私の手首に付いた歯型とキスマークに固まった…。
私の手首を掴み、裏表を見て…。
「……え ゾンビ…?」
忍と同じことを言ったので。
「ふ…っ」
「せ、先生…っ」
「く…っ」
思わず笑っちゃった。
妃先生は、きょとんと私を見つめて。
「…よかった、今回はちゃんと笑顔になれているのね」
私が笑っていることに、優しい笑みを浮かべてくれた。
私は千速と忍を交互に見て。
「千速と忍に救われまくりです」
また小さく笑った。
千速と忍が傍に居てくれるから。
こうして笑顔で居られる。
あの時だって決して傍に居なかったわけじゃないけれど。
「そして先生にも、すごく救われてます」
「…冬華さん」
あの当時、私の要求を飲んでくれる弁護士が見つからなかった。
私は別に難しいことを要求していたわけじゃない。
ただ一つ。
“即日退職”
これだけを望んでいた。
でも会社は私を手放したくなかったようで、退職を認めてくれなかった。
会長も社長と専務も、偉い方々総出で謝罪に来たけれど。
“『二度とツラを見せんな』”
私の病室の前で、千速と忍が立ち塞がってくれた。
“金ならいくらでも払うから、どうか辞めないでくれ”
“馬鹿息子はクビにした!だから頼む!”
“うちの会社には君が必要だ”
謝罪文にはそういう言葉がツラツラと記載されていた。
お金なんかいらない。
何もいらないから、私を解放してほしい。
どの弁護士にも“あの企業とは戦えない”と言われ、引き受けてもらえなかった。
“…っくそ…!”
千速もたくさん弁護士を探してくれて、見つからない焦りが見えていた。
そんな中で。
“…ん?妃…法律事務所…?”
病室のテレビ、CMで流れてきた広告。
“……ダメかもしれんが…連絡してみるか…”
藁をも縋る思いで、妃先生の事務所に連絡を入れれば。
“絶対に許せない。勝ちに行きましょう”
引き受けてくれた。
“本当に慰謝料も退職金もいらないのね?”
“……っ”
話せれないから頷くことで答え、両手で顔を覆った。
妃先生は、私のプライバシーも尊厳も守りながら戦ってくれて。
“っあの馬鹿者はクビにして、君に近づかない誓約書も書かせた!何なら君個人の執務室を用意する!!だからどうか辞めないでくれ…ッ!”
“勘違いをしないでいただきたいのですが、彼女は貴社に居場所を求めているわけではありません。これ以上の関わりを拒絶しているということです”
変装で身を隠しながら、法廷の傍聴席に座る私。
その両サイドには千速と忍がいて、手を握って守ってくれていた。
“しかし!企業としては彼女に辞められたら困ると!”
某企業の弁護士の言葉に。
“辞められたら困る?事態をここまでに至らしめた無能な組織の事情など、こちら側が汲む必要などないかと”
妃先生は毅然と反論して。
“彼女の人生にも貴社はもう必要ないので、引き換えにも出来ません。今すぐに退職手続きを完了させてください。それが出来ないなどと彼女の尊厳を壊すというのなら…”
バンッ、と資料を強く机に叩きつけて。
“私は彼女の弁護士として、そして一人の人間として、一人でも多く性被害者を無くすために、貴社を社会的に再起不能になるまで徹底的に戦います”
真っ直ぐ、前を見据え、そう放った。
私のために、戦ってくれた先生。
私のためだけではなく、私のような性被害者を無くすために。
巨大化した企業と、一人で戦ってくれたことに涙が溢れた。
“…冬華”
千速が私を抱き締めてくれて。
“……人妻かな、あの人…”
シリアスな雰囲気が忍の一言で吹き飛んだ…。
“絶対に人妻だろ。あんな良い女人妻じゃないわけがない”
“……”
“っツネるな冬華っ私じゃなくて忍が悪いだろっ”
“人妻じゃなかったら口説いてたわぁ…”
“やめろ忍…!私の手が死ぬ…っ”
忍が妃先生の格好良さに、一瞬で惚れて一瞬で失恋したのよね。
「一応確認だけど、和解はしないわよね?」
「…はい、しません」
慰謝料や治療費なんていらない。
ただ願うのは、私のような性被害者が一人でも多く居なくなること。
「…今回は性被害ではありませんが…よろしくお願いします…妃先生…」
妃先生に頭を下げると、妃先生は。
「何を言ってるの。あなたが受けた傷は明確な性犯罪によるものじゃない」
ガトーショコラを口に運んで。
「手心なんて加えるつもりもないし、真正面から“性加害”として加害者を法廷で断罪してやるわよ」
絶対に許さないという、あの時と同じ強い瞳で私たちを見据えた。
やっぱり、妃先生に出会えてよかった。
私たちにこんなに寄り添ってくれるなんて。
「「よろしくお願いします」」
私も千速も小さく笑って、改めて妃先生に頭を下げた。
「…先生ってまだ人妻ですか?」
「え!?」
「こら!忍!」
「ま、まだ一応…人妻よ…っ」
「一応」
「希望あり?」
「あり「なしよ、なし。人妻に手を出したらダメよ忍」
また忍が妃先生に惚れて、すぐ失恋していた…。
「じゃあ、私も帰るね」
「泊まっていけばいいだろ」
「そうよ。布団あるわよ?」
妃先生が帰って、忍も立ち上がった。
「えー…だって…冬華のえっちな声聞くのもなぁ…」
「っば…っ!だ、誰かいる時にするわけないでしょっ」
「ヤる前提で話すな忍…!」
忍はニッと笑って。
「じゃ久しぶりにお泊まり会しちゃおっか!」
泊まって行ってくれることになった。
「忍がお菓子たくさん買ってきてくれたし、お菓子パーティーも!」
「でも酒も欲しいよな。よし、三人で買いに行こうか」
「お酒は…」
「あ…」
チラッと二人が私を気にするから。
「宅飲みなんだし、大丈夫!」
ニコリと笑ってみせる。
私は飲まないけれど、二人には気にして控えてほしくない。
「わかった、だがあまり飲まないからな」
「ジュースも買お!」
「そうね、ジュースもたくさん買っちゃいましょ!」
千速と忍が居れば、お買い物だって行ける。
けれど、いつまでも二人に甘えてばかりじゃダメだから。
早く立ち直って、もう本当に大丈夫だと二人に証明しないと。
「そういえばさ、高校三年の時さ」
「ん?」
リビングに布団を敷いて、三人で寝転がる。
寝室でも良いんだけど、菓子を食べながらとお酒を飲みながら、が出来ないから。
「遊ぶ約束してたのに、あんたたち遅刻してきたことあったじゃん?」
「あー…あれな…」
「私の裸を陣平君に見られた時のかしら…」
遊ぶ前の日、研二君も千速のご両親もいらっしゃらなくて。
あ、私の親には、塾の友人のお家で試験に向けて追い込むから、今日はその友人のお家に泊まる旨を伝えてね。
高校の友人…つまり千速のお家や忍のお家はダメだけど、塾の友人のお家で試験や予習の追い込みをするためのお泊まりは許してくれた。
私の両親、千速も忍も私を唆したとしてすごく嫌ってるから。
“研二も親もいないからお前を抱く”
“…うちに来ない?みたいにちょっと遠回しに言って欲しかったわね”
…まぁ、とんでもないくらい抱かれてね。
初めてね、気を失ったのね…。
「あの時の陣平の真っ赤な顔!なのにさ、風邪引くだろ!ってタオルケットも追加で掛けてたの本当笑った!」
「…起きたら陣平君の顔が赤く腫れ上がってたのはびっくりしたわ…」
「千速がもう陣平をボッコボコにしてさぁ!もう次の日は腹筋が筋肉痛になったよね!」
そう、陣平君の腫れた顔に、研二君も忍も転げ回って笑っていたわね。
「当然だろ!どこの世界に女の部屋に勝手に入る馬鹿がいるんだよ!お前も特に慌てることもなかったし!」
「見られてから叫んでも遅いかなって思って」
「そういう問題じゃないからな!」
「見られた冬華が陣平の手当てをしたことにも千速がブチギレてさ」
“千速、いい加減にしなさい。手を上げるのは良くないわよ?”
“な、なんで私が叱られるんだよ!!”
“ざまぁねぇな千速!はっ!”
“っ陣平…ってめぇ…っ!”
“こら!千速!めっ!”
“子供扱いすんな!冬華!”
「私がお説教したのよね」
「そう!で、千速も不貞腐れてカオスだった!」
「冬華が陣平の味方するからな」
「味方じゃなくて、暴力はダメって言っただけよ」
私と千速、陣平君は少しだけ気まずい雰囲気になったけど、研二君と忍が大爆笑してたからそこまでシリアスにはならなかった。
「っと、飲み終わったやつどれ?」
「これとこれ」
「これもー」
「ん」
私は空き缶やお菓子の袋を持ってキッチンへ行く。
ついでに玉子焼きでも作ろうかしら。
「冬華、片付けは明日私がやるからこっち来い」
「みんなで、だよ。今日はもう家事終了で!」
「玉子焼き作ろうかと思ったけど、いらない?」
「「いる!!」」
と、千速も忍もキッチンに飛んできて。
「卵たくさんあるからたくさん作ってくれ」
「私 卵割る係するー!」
お皿を出したり、卵を割ってくれたりと手伝ってくれた。
「んまーい!」
「やっぱり冬華玉子焼きは美味すぎる」
「ふふ、ありがと!」
玉子焼きと、お酒、ジュースにお菓子。
夜はまだまだ長いから。
「というか、高三から冬華塾通い始めたでしょ?あれって親に入れられたの?」
思い出話に花を咲かせる。
「えぇ、千速や忍と遊ぶ暇を無くすために入れられたのよ。でも千速も忍も後から入ってきてくれたの嬉しかった」
まぁ、強制されたはされたんだけど、塾に通って勉強に集中出来たから公認会計士の国家試験を突破出来た、というのもあるから。
そこだけは親に感謝してる。
「あんなハイレベルな塾…付いていけなかったよ…」
「私は親に冬華と同じ塾へ行きたいって言ったら“聞いたか母さん!やっぱりやめたって言う前にぶち込もう!”って父親に言われてだな…」
「あは…!そうなの?ふふ…っんふ…っふ…っ」
「…冬華!笑うならちゃんと笑え!」
寝るのももったいないって思えるくらい、楽しい話をたくさん。
そして、二人が眠った後に。
「やっぱり片付けちゃお」
どうにも気になっちゃうから、全部片付けた後に私も眠って。
「どういうこどだ、冬華」
「朝、みんなで片付けるって言ったよね?」
「…き、気になっちゃって…ごめんなさい…」
ちゃんと一緒のタイミングで寝なかったことに、すごく怒られました…。
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