pixiv作品 名探偵コナン
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「千速ー、起きて」
「……ん……」
「朝ご飯出来たから、ほら」
「……ぅ…ぅ…」
「今日は抜糸だから、送ってくれるんじゃないの?」
「……起きた」
「よろしい」
冬華さん宅の片付けが終わった数日後。
ついに抜糸の日になって。
奇跡的に私の休みの日でよかった。
「…あー…眠い…」
「ふふ、おはよう」
「おはよう…」
私は朝はだいぶ苦手だが、冬華さんはいつも先に起きていてシャキッとしている。
「……」
同棲、なんだよな。
冬華さんの自宅にあった服や下着は全部持ってきた。
食器もセットで良さそうなやつを数個と。
研二の仏壇の横に、簡易だが冬華さんのばあちゃんの仏壇も作った。
“ありがと、千速”
冬華さんがすごく嬉しそうで、私まで嬉しくなった。
研二とばあちゃんの仏壇に果物を供えてくれて。
頻繁に手入れをして綺麗を保ってくれる。
「なーにニヤニヤしてるのよ」
「泊まりに来てるんじゃなくて住んでるんだと思うとニヤニヤが止まらない」
冬華さんが作ってくれた朝飯を食いながら、向かい側に座って同じ朝飯を食ってる冬華さんを眺める。
「何日も泊まったりしてたから普段とあまり変わらないかなって思ってたけど、結構変わるわね」
なんだか新鮮な感じがする、と冬華さんは笑う。
「変わりまくりだろ。もうこの家じゃない場所に帰られる心配をせんでいいんだからな」
冬華さんは飯を食う時も品があり、味噌汁を啜る音も極めて小さい。
一度でもいいから会ってみたかったな、冬華さんのばあちゃんに。
「あは!なんで心配するのよ。私にとって自分ちに帰るだけなのに」
「あんたは大体クタクタで帰宅するか、イライラで帰宅するかのどちらかだからな」
「…嘘でしょ?そんなだった?」
「そんなだった。だから心配だったんだよ」
倒れてないかとか、物に当たり散らしてないかとかな。
冬華さんは気まずそうな表情を浮かべて。
「そ、それは気付いてなかったわ…」
白米を口へ運んだ。
「まぁ同棲したからってその心配が消えるわけではないが、少なくとも疲れも苛々も私が受け止めてやれる」
疲れて帰ってきたら倒れないように抱き締めて。
苛々して帰ってきたら物に当たらないようにキスをして。
物に当たるような人ではないけど、私に出来るのはそのくらいだから。
「えー?じゃあ毎日クタクタで苛々で帰ってきたらその度にハグとキスをしてくれるってこと?」
ニヤニヤと笑っているが。
「そうなったら私は本部長と警視総監に文句を言うぞ」
そんなことになったら冬華さんの身が保たない。
「…本当に言いそう」
「言いそう、じゃなくて言うよ。冗談じゃないっつって、殺す気かってな」
冬華さんは苦笑いを零して。
「本当、優秀って罪よねぇ」
「あぁ、大罪だな」
なんて、笑い合った。
「結構混んでるな」
「そうね。あ、向こうの席空いてるから座ってて。受付をしてくるから」
「わかった」
病院に到着し中へ入れば、結構な混み具合だった。
私は冬華さんが指した席へ向かい、座る。
スマホを取り出しながら、待ち合いを見渡す。
老若男女問わず、今日はなんだってこんなに混んでいるのかを考えて。
「ああ、土曜日だからか」
午前中までしかやっていないから、午前中に押し寄せるというわけか。
まぁ冬華さんは予約をしているから、わりとすぐ呼ばれるんじゃないかな。
スマホへ視線を落とすと、視界に入ってきた足元。
ふと視線を上げると、そこにいたのは杖を付いた老人で。
「!どうぞ、ここに座ってくれ」
「あら、すみませんねぇ」
席を探しているようで、迷わず譲る。
私は付き添いだから、受診者優先だ。
冬華さんももう普通に歩けるし、立って待っていても問題はない。
っつか、受付をするだけなのに遅くないか?
何をしてるんだと思い、受付のほうを見ると。
「……囲まれてる」
入院していた時、冬華さんに好意を抱いていた看護師たちに囲まれていた。
冬華さんは物凄く迷惑そうな表情を浮かべていて、めちゃくちゃ不機嫌になっている。
受付で囲まれているから、周りは好奇の目で見ていて。
「…さすがに可哀想だな」
さすがに助けてやるかと思い、近づいて。
「!千速…」
私に気付いた冬華さんは、不機嫌な表情から少しだけ表情を明るくさせた。
私はそのまま、冬華さんと看護師たちの間に入って。
「悪いがこの人は私のものなんだ。だから気安く触れるな」
冬華さんの手を握って看護師たちの輪を抜けた。
「「「あ……」」」
背中で看護師たちの残念そうな声を聞きながら。
「今の最高に良かった」
「だろ?ちょっと格好付けた」
冬華さんの機嫌が良くなったを見つつ視線で追ってくる看護師へ。
優越感な笑みを贈ってやった。
「……」
処置室へ、一緒に入る。
冬華さんは一人でいいと言ったんだが、私が絶対に一緒に行くと譲らなかった。
席は簡単に譲るが、これは譲らない。
なぜなら。
処置室に入ったのが、さっきの看護師の一人で。
「……」
「……」
入院時、必要以上に入院着を捲った看護師だったから見張る必要がある。
ちなみに服は冬華さん自身が押さえている。
「あちゃー…こりゃまた…」
「なんですか、先生。はっきり言ってください」
主治医は冬華さんの手術痕を見て。
「んもー、無茶ばかりして抜糸時期が遅れたから糸が皮膚に埋もれちゃってるよ」
困ったな、と頬を掻く。
「「え゙」」
冬華さんと顔を見合わせる。
「しかも傷口もまだちゃんと癒えてないし、引っ張られてる感なかった?」
「…ありました…」
「だよねぇ。こりゃ痛いかもねぇ…」
我慢してねぇ、と。
主治医は小さなハサミを構える。
「…千速」
「ん?ん」
冬華さんが私を呼び、手を出してきたからギュッと握る。
「じゃあ行くよー」
「…はい」
深呼吸をして。
パチッと糸を切られる度に。
「…っ」
ビクッと肩を震わせる。
どのくらい痛いのかわからんが、都度 肩を震わせるから結構痛いのかもな。
パチパチと数回、慎重に糸を切って。
「っと、ここで最後。よし、消毒してガーゼ貼るね」
少し血が滲んだらしく、消毒をされてガーゼを貼られた。
「じゃあ次は背中側。あー…こっちもかー…」
背中側も前側と同じらしく、糸が皮膚に埋もれてしまっているようで。
「…千速…ここ来い」
「!わかったよ」
後ろを向いた冬華さんに誘導された。
冬華さんは私を抱き締め、私が冬華さんの背中側の服を捲る。
「切るよー」
「…っ」
またパチンパチンと切る音に合わせて冬華さんの肩が揺れる。
私の耳に、冬華さんの小さな唸り声が届く。
「大丈夫か?冬華さん」
「…っだ…大丈夫だ…っ」
と言った冬華さんの瞳はウルウルしていて。
「…っかわ…っ」
やばいくらい可愛すぎた…。
「…二度と手術しない」
「二度としないでほしい」
抜糸を終え、会計待ち。
端のほうに立って呼ばれるのを待っていたら。
「…っ蒼月さん…っ!」
「!……」
一人の看護師が走ってきた。
さっき抜糸の時にいた看護師だ。
「…なにか?」
抜糸の痛みで落ち込んでいたところに、この看護師が来たことで露骨に面倒くさそうな表情になった。
「っや、やっぱり…っ!どうしても諦められないんです…っ!」
私はきょとん顔でそいつを見る。
え、恋人の私の前で?
諦められない?
チラッと冬華さんを見ると、眉間に皺を寄せていて。
なんかヤバそうだな…。
「諦められないと言われても、私には恋人がいますので諦めていただかないと困ります」
淡々と、感情を込めず。
「本当に好きなんです…っこんなに好きになったの初めてなんです…っ」
看護師は泣き出すし、周りの視線も痛いし…。
冬華さんは冬華さんで不機嫌MAXだし…。
知らん、とか言いそう…。
「知ら「冬華さん、会計は私が済ませておくからバイクのところへ先に行っていてくれ」
冬華さんの言葉を遮り、背中を押す。
ほらな?今言おうとしたぞこの人。
「千速」
「大丈夫だ」
小さく笑みを浮かべてやると、冬華さんはため息を零して私に財布を託し、病院を出て行った。
「あ…」
看護師は冬華さんを追いかけようとしたが、手を前に出して止めた。
「すまない。さっきも言ったがあの人は私のものだ」
「…っお願いします…っ好きなんです本当に…っ」
私は腕を組んで。
「君があの人を好きなように、私も好きなんだよ」
小さく笑う。
「そして、この気持ちは君よりも大きく深いものだと言い切る自信がある」
「…っ」
私は冬華さんが出て行ったほうを見つめて。
「何より、あの人が選んだのは私だ。だから譲る気もなければ諦める隙を与える気も一切ない」
そう告げると。
「っ振り向かせてみせます!!」
なんて、私に強い眼差しを向けてきた。
振り向かせてみせる、か。
無理なんだよ。
私は冬華さんの財布からクレカを取り出して。
「どんなに君が想いを募らせようと、私からあの人の隣を奪うことは無理なんだ」
受付の方へと一歩、歩む。
「私がどれほどあの人を想っているか、あの人自身が一番よく知っていて、あの人がどれだけ私を想ってくれているかは私自身が一番よく知っている」
横目で看護師を見つめて。
「だから君の入る隙など、最初からどこにもないんだ」
はにかむように笑った。
「……っ」
看護師は目を見開いて、またポロポロと涙を零し始めた。
ここまで言うつもりはなかったが、諦めてもらうには仕方ない。
お前があの人ことをすごく好きなように、私もあの人のことがすごく好きだ。
いや、お前以上にあの人を愛している。
失恋はつらいだろう。
だが、こればかりは仕方のないことだから。
だからどうか。
傷が浅いうちに、あの人を忘れてくれ。
そして。
「君の次の恋が実ることを切に願っているよ」
次の恋が、どうか実りますように。
そう伝えて。
「では、失礼する」
私は会計を済ませて病院を出た。
「すまん、待たせた」
「いえ、大丈夫だった?」
「ん?あぁ、大丈夫さ」
駐車場へ行けば、冬華さんがヘルメットを被って待っていた。
恐らく苛々してる表情を隠すためだろうな。
「…なんか嫌なこと言われなかった?」
「言われないよ。言う隙など与えん」
冬華さんが被るヘルメットのバイザーを開けて。
「あんたは私のものだともう一度伝えただけだ」
冬華さんの唇に触れた。
「……っ」
途端に顔を赤くさせて。
「…っネコちゃんだと思えない台詞…!」
バイザーを下げて、私から視線を逸らした。
「っ私の格好良い雰囲気を壊すなっ」
せっかく格好良くキメてきたのに!
「…でもまぁ、ありがと…あのままだったら絶対に傷をつけてたわ…」
「知ら、まで出てたからな?」
「ぅ…っ」
傷を付けることで嫌われ、手っ取り早く諦めさせようとしたんだろうな。
まったく。
変に不器用な人だよな。
私もヘルメットを被り、バイクに跨って。
「ほら、抜糸後のラーメン行くぞ!」
「そうね、美味しいラーメン屋さんよろしく!」
バイクを発進させた。
「ここ?」
「そう、ここ。来るのは久しぶりだが、昔から通ってるラーメン屋だ」
バイクを停めて、ラーメン屋のドアを開けると。
カランコラン、と音が鳴った。
「らっしゃー、って、千速ちゃんじゃねぇか!久しぶりだなぁ!」
この店を切り盛りしている大将も、幾分か年を取ったが元気そうだ。
「久しぶり大将。元気そうで安心したよ」
「千速ちゃんも相変わらず美人さん……で……」
カウンター席に付きながら、会話をしていると。
大将が私の後ろにいる冬華さんに気付いた。
冬華さんは大将に軽く会釈をして、私の隣に座る。
「この人は冬華さんっつって、私の恋人」
「恋人!?!?」
大将は私と冬華さんを交互に見て。
「…またどエロい別嬪さんを連れてきたもんだ…」
マジマジと冬華さんを見つめた。
「…どエロい…」
冬華さんは自分の格好と私の格好を見て、どこら辺がエロいのだろうと考えているようだった。
「悪いな、冬華さん。大将は昔から“どえらい”を“どエロい”って言うんだよ」
だからエロいわけじゃないと伝えると、ホッと安心していた。
「味噌豚骨二つよろしく」
「あいよー!」
私がいつも注文してる味を冬華さんにも食わせたいから二つ注文した。
「千速」
「ん?」
冬華さんは少し体を寄せてきて、私の耳元で。
「(なんだかワクワクしちゃうわね)」
なんて呟き、小さく笑った。
「そうだな。私も久しぶりのラーメンだから楽しみだ」
チラチラとこちらを見てくる輩が居るが、この人は私以外の人間には頬を赤らめない。
〜♪ 〜♪ 〜♪
「あ、やば…」
不意に冬華さんのスマホが鳴った。
「誰からだ?」
「あー…警視総監からだ。ちょっと出てくる」
「わかった、早くな」
「あぁ」
至極普通の、いつもの私たちの会話だが。
「「「警視総監!?!?」」」
店にいた客全員が驚いていた。
「え!?今の人警視総監から電話って言ってなかった!?」
「言ってたと思う…っ!そんな人から連絡くるって何モンだよあの人…!」
「警視総監って警察のトップ…よね!?え!?すご…っ!今の人何者なの!?ってなんか事件!?」
「……」
そ、そんな驚くことなのか…?
警視総監から電話なんてしょっちゅう来るから、私にしたらそんな珍しいものじゃないが…。
「あいお待ち!千速ちゃんの恋人さんすごいね!お偉いさんかい?」
大将は私が警察官だと知っているから、驚いてはいない。
「サンキュー。ああ、うちの刑事課の警視で警視総監のお気に入りなんだよ」
割り箸を冬華さんのラーメン丼ぶりの端に置く。
“警視総監のお気に入りってすげぇ…”
“ドラマみたい…”
“警察のお偉いさんが、こんな場所来るんだな…”
と、コソコソと話しているが、確かにあの人はラーメン屋に行くイメージないよなぁ。
「…まだかな」
ラーメンが伸びちまう。
ラーメン屋の自動ドアのほうを見ると、冬華さんは額に手を当ててため息を零しているところで。
「…また呼び出しか」
この後警視庁へ行くのかな、なんて思えば。
カランコラン、と音を立てて冬華さんが戻ってきた。
「すみません」
「いいってことよ!さぁラーメン食いな!」
冬華さんは大将に頭を下げ、椅子に座る。
「呼び出しか?」
「いや、上層部の話だ」
呼び出しではなく、上層部の“危ない話”か。
「そっか。食おうぜ」
「あぁ、いただきます」
呼び出しじゃないことに安堵し、私は割り箸を割った。
しかし。
「ん?」
冬華さんはまずは髪を留めていたバレッタを外し、髪が落ちないようにクルクルと纏め直して。
「ん、よし」
冬華さんも割り箸を割った。
「…変に色気を出すなよ」
店にいる輩がみんな冬華さんのことを見てるじゃねぇか。
「…髪を纏めただけなのに色気など出るか」
「あんたは出てんだよ。そろそろ自覚しろ」
「お前が気にしすぎなんだよまったく」
ぶちぶちと小さく喧嘩をしながら、冬華さんはまずはスープを一口。
「ん、美味い」
次にラーメンを一口啜る。
一口啜る、にしても極めて小さな音で。
髪を纏めたのに、落ちて来ないようサイドの髪を手で押さえて。
「美味いな」
私の顔を見て咀嚼する時は手で口元を隠して咀嚼して。
「…言葉使いと仕草が合ってないし、ラーメンをそこまで上品に食うのあんたくらいだぞ」
「文句が多すぎる…」
冬華さんのばあちゃんがどれだけ上品な人だったのかすごい気になってきた…。
「まぁ上品に食ってるつもりはないんだが…」
「染み付いてるんだよ。ばあちゃんより受け継がれし上品な仕草が」
私も私で適当に髪を括り、豪快に啜る。
やっぱりここが一番美味い。
〜♪ 〜♪
「ん」
また冬華さんのスマホが鳴った。
「今度は誰からだよ」
冬華さんはタプタプと文字を打って。
「英理とユキのグループトークだ」
「…グループトークなんて入ってたのか」
「気が付いたら入れられていたんだよ」
小さな笑みを浮かべる。
なんだ、何が送られてきた?
「ユキ、今グアムにいるらしいぞ」
「…結構際どい水着着るんだな」
写メが来たようで見せてくれたんだが、際どい水着を着てアイドルみたいなポーズを取っていた。
工藤さんは綺麗な人だから、この水着もポーズも違和感がない。
「だが今は旦那と喧嘩をしたようで、英理に弁護士を依頼している」
「え゙…だ、大丈夫なのかそれ…」
ラーメンを啜り、工藤さんの離婚の危機に些か不安が過ぎる。
「大丈夫だ。いつものことだから」
ほら、と見せられたのは。
“はいはい、敗訴 敗訴”
“無敗の女王が負けるんじゃないわよ!冬華!優作を逮捕して!”
“面倒くさい”
“キーッ!二人ともすぐ優作の味方する!あんたたち私の親友でしょ!?”
冬華さんも妃さんも微塵も気にする素振りを見せず、揶揄っている始末…。
「…なんだ冗談かよ…」
「喧嘩したらいつもこうなんだ。最後は優作さんに丸め込まれるまでがセットだな」
あの旦那は大人だから、とスマホを置いてラーメンを食う。
ピロン
「ん?」
「ん?」
今度は私のスマホが鳴り、確認すると。
“工藤さんがあなたをグループトークに追加しました”
という文字が。
「…嘘だろ」
「どうした?」
冬華さんに無言で画面を見せる。
「…あいつは…」
呆れてため息を零した…。
“千速ちゃん!ちょっと聞いて!!”
「貸せ」
「あ」
文字を打とうとしたら、冬華さんにスマホを奪われて。
“千速を巻き込むな、ユキ。優作さんに報告するぞ”
“っそれは卑怯!!”
私のスマホからそう送って、グループトークを抜けてくれた。
いや、入ったままでもよかったんだが。
この三人が普段どんな会話をしているのか見れるし。
「阿呆な友人ですまんな」
「いや、実に良い友人だ」
私はクツクツと笑って、スープを飲み干した。
「え、スープって飲み干すものなのか?」
「当たり前だろ。逆に飲まない選択肢があることのほうが驚きだ」
このスープの美味さこそラーメンの美味さなのに。
冬華さんは私とスープを交互に見て。
私と同じように、ラーメン丼ぶりを持ってスープを飲み始めた。
「……」
が。
が、だ。
「ん、ん、ん」
…なんだってこの人は毎回エロくなるんだ。
見ろ、周りを。
チラチラとこっち見てやがる。
「…エロい声出すな」
と、言えば。
「…ぶ…ッ」
ブフ…ッと、吹き出した。
「「……」」
ポタポタと口の端からスープが滴り、冬華さんはおしぼりで口元を拭きながら。
「……お前…いい加減にしろ…」
ジト目で睨んできた。
「いい加減にしてほしいのはこっちだよ。事あるごとにエロい声出して。誘ってるのか?」
「スープ飲んでただけで変な想像して。エロいこと考えているのはお前だろうが。すみません、大将。おしぼりをもう一ついただけますか?」
「お、おう…ほら…」
「ありがとうございます」
冬華さんは大将から新しいおしぼりをもらい、スープで濡れた服を拭いて。
「上着脱げ」
「あ?なんで」
「いいから」
着ていた上着を脱いで冬華さんに渡すと、冬華さんはそれに袖を通してファスナーを上げた。
「なん「スープでびちゃびちゃなんだよ。お前が悪いんだから家に着くまで貸せ」
…まぁ、それはそれで良いからいい。
私の服を冬華さんが着るって、なんか良い…。
冬華さんは私をジト目で睨んだまま立ち上がって。
「会計をお願いします」
財布からクレカを取り出した。
「美味かったろ?」
「美味しかったけども。すぐ変な想像するのやめてくれない?」
「変な想像じゃねぇよ。今度動画撮って聞かせてやるわ!」
ラーメン屋を出て、セレクトショップへ行く。
ラーメンのスープを吹き出したことで服が汚れたから新しいのがほしい、と。
「こんなのどうだ?」
なんかよくわからんキャラクターのTシャツを見せる。
「絶対に嫌だ。ちょっとこれ試着してくる」
「待て見せろ」
「あ」
冬華さんが試着しようとしていた服を奪い、見定める。
「……これ透けるだろ」
「透けないよ。多分」
「……」
「…おい戻すな」
冬華さんはため息を零し、違う服を選び始めた。
「こんなのは?」
「…なんでキャラクターなんだ」
なんでセレクトショップにキャラクターの服があるのか謎だが、エロい服を着られるよりましだ。
「いらっしゃいませ、どんなお洋服をお探しですか?」
店員が話をかけてきた。
「…普段着に出来るようなやつを」
「お客様がお召しになってらっしゃるパンツと靴、髪型などに合わせるとしたら…こちらのお洋服はいかがでしょうか?」
と、露出もそんなになく、今の冬華さんの格好に合いそうな服を見つけてくれた。
「……」
冬華さんは服と店員を交互に見て。
「…試着してみます。ありがとう」
小さく笑みを浮かべ、店員に礼を言って試着室へ向かった。
「……」
「……」
そういうところなんだよ。
好意を抱かれるのは、そういうところなんだ。
「…好きかも…」
あんな美人で冷たい雰囲気なところに小さく笑われたらそりゃ惚れるだろうよ。
…一目惚れ製造機か、あんたは。
「…恋人さんですか?」
店員はクルッと私のほうを向いて、問いかけてきた。
「恋人だ」
「…別れる「つもりはない。私たちの間に入る隙間はないから諦めてくれ」
ニコリと笑み、私も試着室へ向かう。
「…監禁しようかな」
「聞こえてるぞ」
シャッ、と試着室のカーテンが開いて。
「どうだ?似合う?」
「…悪くはないけど」
「けど?」
似合うけど、あの店員が勧めた服だから何か嫌だな…。
「……」
「千速?」
でも店員だけあって、どうしたって似合ってるんだよな…。
「…いや、いいと思う」
ムカつくけど、似合うから仕方ない。
「お客様!すごくお似合いです!」
店員が褒めちぎっているが。
「……」
冬華さんは腰に手を当て、目を細めて。
「…着替えます」
「え?あ、はい!ごゆっくりどうぞ!」
ため息を零し、試着室のカーテンを閉めた。
…やばいかも。
多分、今怒ったよな。
私が良い顔しないし、嫉妬丸出しだったから。
病院で格好付けたわりに、こんな簡単に嫉妬をしてしまうなんて情けなさすぎる…。
カーテンが開き、私の上着姿に戻った冬華さん。
「ありがとうございました」
「はい、またお越しくださいませ!」
横目で私を見て。
「行くぞ」
「あ、あぁ、わかった」
何も買わずに店を出たから、小走りで冬華さんを追いかけた。
「…冬華さん」
「なに?」
「…その…悪かった」
「なにが?」
駐車場へ向かいながら、冬華さんの背中に謝る。
「…だから…あの…」
わかってるんだよ、ちゃんと。
冬華さんは別にモテようとしてるわけではないことくらい。
「…その…しっ…と…をして…」
何もしていないのに好意を寄せられて、迷惑してるのもわかってる。
そんな中で、嫉妬をされて大して見てもくれなかったらそりゃ怒るよなぁと。
頭ではわかってるんだよ。
〜♪ 〜♪ 〜♪
冬華さんのスマホが鳴った。
ピッ
「もしもし、どうされました」
誰からかも言わず、私の言葉に対して返事もくれずに電話に出た。
…これはまじで怒っている。
「はい、はい。え?今からですか?」
警視総監からの呼び出しか。
警視庁にたくさん呼ぶと言っていたしな。
冬華さんは耳からスマホを離し、時間を確認して。
「!」
チラッと私を見て。
「すみません、これから萩原千速にとんでもない説教をするので行けません」
警視総監からの呼び出しを断った。
「え…」
私にとんでもない説教をするために断った。
「はい、明日朝イチで伺いますので。はい、はい。では失礼します」
ヤバい。
ヤバすぎる。
冬華さんはスマホをポケットに入れて。
「何をニヤついてるんだ、お前は」
口を押さえ、ニヤけずにはいられない私をジト目で睨んできた。
“どうしても離れたくない人がいる”
異動拒否をした理由だって私だし。
愛されているというのが伝わりすぎているのに。
それなのに。
私に“すごく似合う”と笑って欲しかっただけだろうに、私ときたら…。
冬華さんに歩み寄って。
「私は–––
少しだけ背伸びをし、キスをした。
「え」
冬華さんはきょとん顔を浮かべながら、自分の唇を押さえる。
「ちは「本当にすまない。店員の呟きにどうにも嫉妬をしてしまって」
私はそんな冬華さんに小さく笑いかけて。
「さっきの服はすごく似合っていたから、買いに戻ろう」
手を差し出した。
「……」
「他の奴に買われる前に、ほら」
「……っ」
「冬華さん?」
冬華さんは徐々に顔が赤くなっていって。
「ッ千速だって自分がどれだけ格好良いかわかってないじゃない…ッ!!」
蹲り、そう叫んだ。
「格好付けたわけじゃないぞ?」
病院では格好付けたが、今は特に意識したわけじゃない。
「…っ私だってそうよ!特に意識してないのっ!知らない人と接するのが苦手で面倒なだけなの…!」
それなのに不本意でモテちまうんだよな。
美人による冷たい雰囲気からの笑みは破壊力抜群なんだが、それに気付いてないだけなんだよな。
だから好意を抱かれることが不思議でならないんだよな。
言い寄られすぎて面倒になって冷たくなっちまうんだよな。
全部わかってたのに。
「うん、わかってる。すまない冬華さん」
蹲る冬華さんを抱き締めて。
「さっきの服は私が贈るから、行こう?」
耳元で囁くと。
「……っちょっとやめて声がセクハラ…っ」
悶えた。
「声はどうしようもないだろ」
クツクツ笑って、冬華さんの手を引いて立ち上がらせる。
「…どうせ私のクレカでしょ」
「私だってクレカくらい持ってるぞ」
真っ赤な顔の冬華さんと手を繋ぎ、さっきの店に戻って。
「!お客様?」
「すまないが、先程の服を購入したい」
「かしこまりました!ご用意致しますね!」
店員も驚きはしたが、丁寧に対応をしてくれた。
…まぁ、この店員が一瞬でも冬華さんに好意を示したことで私の嫉妬に火を点けたんだが…。
「着て行くか?」
「…いいなら」
「もちろんだ。度々すまない、着て帰る」
「はい!承知しました!」
冬華さんはさっきの服を持って、試着室へ行き。
「…どう?」
「うん、よく似合うよ」
さっきは言えなかった言葉を告げれば。
「ん、ありがと」
冬華さんは嬉しそうに微笑んだ。
この人は、モテようとして振る舞っているわけじゃなくて。
他人に感情を出さずに接し、会話の流れで少し笑ったりするだけで好意を抱かれてしまう人。
誰だかわからん人間から好意を寄せられ、告白をされ、断れば泣かれて悪者にされて。
そうした学生時代を過ごしてきたからこそ、人と接するのが面倒になったんだろうな。
周りから見れば贅沢なことだと思うだろうけど、本人からしたらたまったものじゃない。
帰宅途中。
「本当に今日もう警視庁へ行かないのか?」
「行かないわよ。今から行ったって帰り夜中になりそうだし」
総監も納得してくれたから、と。
冬華さんは言った。
「そうか」
「っ!ちょっとスピード!交機!!」
「ちゃんと掴まってろ!」
嬉しくてスロットルを回しすぎて、スピードが上がっちまった結果。
「…何してんスか」
「私ではなくこの阿呆に言ってくれ」
「……都合良く居すぎだろ、重悟」
捕まった…。
「始末書と報告書、あとは数日間の白バイ乗車禁止などなど」
「…私だけか?」
「「当たり前」」
私はジト目で冬華さんを睨んで。
「なんで私だけだよ!同乗者も同罪だろ!?」
そう言ったが。
「馬鹿野郎、千速。お前な、警視には…」
「権力という名の武器があるんだよ」
はっ、と勝ち誇った笑みを浮かべられた…。
「卑怯すぎる…」
「そういうこったから諦めろ」
ポン、と重悟は私の肩に手を置いた…。
次の日、隊長と副隊長からも叱られるしで散々だったが。
「…ムカつく。私まであいつに怒られた」
冬華さんを叱れる数少ない人物である隊長は、冬華さんも叱りつけたようで。
「“萩原を甘やかしたお前が悪い”だって」
「そうだな、一理ある」
「あいつのバイク パンクさせとこ」
「仕返しが幼稚園児だな…」
冬華さんはぶちぶちと文句を言いながら、警視庁へと行った…。
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