pixiv作品 名探偵コナン
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「こんな時間から働くなんて、人間って働き者ねぇ」
早朝。
ようやく空が白み始めてきた時間帯。
マンションの屋上、フェスンスの上。
眼下に広がる景色は、昔見た景色ではなく。
高い建物が増え、鋪装された道が続き、鉄で出来た乗り物が行き交う現世の景色で。
私は、そんな微睡から目覚める街を眺めていた。
「ここら一帯は田畑が広がっていたのに、こうも開拓されちゃうなんて」
現世の技術は凄いなぁなんて思い、煙管を吹かす。
『冬華ー、どこだー』
千速の私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あら、あの子もう起きたの?」
あ、マンション全体に響き渡ったわけじゃないわよ?
ほら私、神様だから。
他の動物より耳が良いの。
いつもはまだ寝てる時間なのに、なんでまたこんな早くに起きたのかしら。
ホゥ…、と白く甘い煙を吐き出して。
「何にせよ、朝ご飯作らないと」
その煙に身を委ね、ベランダの窓の隙間から部屋の中へと侵入して。
「冬華、どこ行ってたんだよ」
「朝の一服よ。おはよ」
千速の身体に纏わりつくように人型に戻る。
「おはよう。私が起きてから行け、まったく」
「はいはい、明日からそうします」
「毎回そう言うが、いつ明日が来るんだ」
「あなたが起きてからだと朝ご飯もお弁当も間に合わないけどいいの?」
「嫌だ」
「でしょう?なら我慢してちょうだい」
早朝から千速の不満を聞き、クスクスと笑う。
煙管を長机…カウンターテーブルに置くと。
「……おい」
「なぁに?」
千速は徐に私の寝巻きの腰紐を解いて寝巻きを開く。
「あら、朝から大胆」
「違う!だらしなさすぎるっつの!」
ピシッと整えられ、腰紐を…。
「っぐ…っぇ…っきつ…っすぎ…っ」
ギュウゥウッと締められた…。
「研二のことも考えろ」
「…お風呂からパンツ一丁で出てくるあなたに言われてもね」
まぁ浴布…今で言うタオルでそれとなく隠してはいるけども。
「というか、男や女の体に興奮するのって人間くらいよ?本当に不思議な生き物だわ、人間って」
キッチンに立つ私を、千速はカウンターテーブルで頬杖を付きながら。
「…不思議だなんだって言うが、あんた私を抱いただろ」
ジト目で睨んできた。
そう。
男女の体に興奮する人間って不思議だと思ってるけど、私は千速を抱いた。
「試してみたいって言ったのはあなたでしょ?」
「…ま、まぁ…そうだけど…」
千速を抱いたのは、千速が中学三年生だった時。
研二は陣平と遊びに行っていていなくて、私と二人きりだったあの日。
いつものように、ソファーで寝ていた私を枕代わりにしながらテレビを見ていたの。
あ、テレビってすごいわよね。
最初はあんな小人いるの?と思って箱を開けてみたら、千速の両親が飛んで来て怒られたわ。
壊したことへの怒りではなく、感電とかしたら危ないってね。
神様、すぐ怒られるのよ。
で、テレビの中では男と女が丁度口付けしてる場面でね。
“【なに?興味あるの?】”
揶揄うように聞いてやれば。
“ん?ああ、まぁ好きだからな”
ケロっと答えられた。
“【あら、興味なさそうに見えてたけど】”
情欲に興味なさそうに見えてたけど、やっぱり人間ってそういうことが好きなのね。
と思っていたら。
“そんなことないよ。来年免許取るつもりだし”
“【免許?】”
“あぁ、バイクの”
“【あ、あの男女の後ろにある乗り物を見てたのね…】”
“それ以外ないだろ。何だと思ってたんだよ”
千速は特別情欲に興味がないみたいで、口付けの場面なんて気にもしていなかった。
“っつか、あんな声出るわけねぇじゃん”
…と、思っていたら、視界には入っていたようで。
はっ、と小馬鹿にしたように吐き出して笑った。
私は千速に枕にされながら、鎖骨ら辺に顎を乗せて。
“【そんなことないわよ?男は結構我慢する人間が多かったけど、女は体が快楽に弱いから抗えなくて喘ぐ人間が多かったわ】”
懐かしいなぁと。
至極普通に、普通の会話として言ったら。
“……あんた、男とも女ともシたことあるのかよ”
ガバッと起き上がり、ジト目で睨んできた。
“【え?えぇ、まぁね。そうやってお金を稼ぐ人間と、一時期暮らしてたことあったから】”
“カミサマになってから…?”
“【そりゃそうよ。私の山で迷子になってた女を村まで送って行ったら美味しい食べ物をくれてね。そこから少し居座って】”
その人間は、人間同士で交尾をすることでお金をもらっていて。
子を成す以外で交尾をする変な生き物、と思って見ていた。
“【でもなんであんな変な声が出るんだろうと思って、人に化けてその辺にいた男を取っ捕まえてね】”
その男は私を見るや否や、顔を赤らめて。
一緒に暮らしていた人間がしていたように。
“【男の性器を手で“いやいい!それは聞きたくない!”
具体的な話をしようとしたら千速に止められて。
“…冬華は狐なのに、そういうことするんだな…”
信じられない、というような表情で私を見てきた。
“【単純な興味かしら。今の千速と同じように、胸とかお尻とか触られただけであんな変な声出るわけないって思ってたし】”
“…私は狐と同じ思考なのか…”
“【だから本当かどうか試したら、もう面白いくらい変な声出してたわ。特に女がね】”
まぁお金なんて狐である私には不要だったけど、という会話の流れで。
“…私も検証してみたいな。絶対に出さない自信がある”
と言うから。
“【いいわよ。絶対に出させてみせるわ】”
絶対に出さないという千速と、絶対に出させるという私との戦いの中で。
“あ…っあ…っま…っまって…っあ…っああ…っ”
“ふふ、千速の声はなんだか可愛いわね”
見事勝利しました。
「でも千速の声は可愛かったわ。快楽に抗えなくて涙を零してたし」
「っ待てっつったのに待ってくれなかったからだろ!」
「情欲の際の人間の“待て”は聞かなくていいんじゃないの?本当に待って欲しかったの?」
「……」
千速は無言になり、視線を逸らした。
「ほら見なさい」
「や、喧しい!」
やっぱり待たなくてよかったんじゃない。
可愛いなぁもう。
まぁ、後にも先にも千速を抱いたのはその一回。
求めて来ないし、快楽に浮かされて自分が自分じゃなくなりそうな感覚が怖かったんじゃないかしらね。
「まったく。朝ご飯出来たから研二を起こしてきて」
「わかった」
研二を起こしに行く千速の後ろ姿を見て。
「…あんな格好でよく私にだらし無いって言えたわよね」
千速の今の格好は、タンクトップとか言う露出の多い薄い布とパンツとか言う薄い布のみ。のみよ。
「ん〜…おふぁ…よう〜…ねーちゃん…カミサマぁ…」
研二も研二で気にしてないし。
「おはよう研二。凄い寝癖よ」
「シャキッとしろ」
「あなただって今日たまたま早起きなだけで毎朝あんな感じだからね?」
いつもは研二のほうが早起きで、朝ご飯の支度を手伝ってくれる。
「姉ちゃん今日はなんだってそんな早起きなの?」
研二が朝ご飯を食べながら千速に問う。
「なんか目が覚めちまって、二度寝しようとしたら冬華がいなくて眠れなかった」
「枕が変わると眠れないみたいなのやめてくれない?」
「ははっ、じゃあ今日は俺の枕になってくれよな!」
ジト目で睨まれ、肩を竦めることで答えれば、研二はクツクツと笑って自分の枕になれと言ってきた。
「だから枕じゃ「話聞いてたか?私には枕がないんだから冬華は譲れん」
「俺の枕貸してやるからさ。一日くらい貸してくれよ!」
「貸し「いらん!嫌だ!」ああもう。朝から煩いわよ。ほら、早く食べちゃって」
本当に、朝から賑やかな姉弟よ。
「冬華、早く」
「絶対に嫌」
「まぁ、嫌だよなぁ。わかるよカミサマ」
朝の8時くらいに、千速に突然首輪を付けられたと思ったら。
“今日、予防接種だから動物病院行くぞ”
って言い出した。
つまり、今は私に。
「狐にならないと行けないだろ」
狐になれと言ってるのよね。
「行かなくてもいいじゃない。私噛み付いたりしないわよ?」
「そういう問題じゃないんだよなぁ、義務なのよカミサマ」
研二がスマホっていう機械を見せてきて、なんか文字が書いてあるけど…。
「……」
「研二、この狐は今の文字は読めんぞ」
「あ」
「悪かったわね」
よ、読めなくもないけどね…!!
「とにかく、研二が言ったように予防接種は義務なんだ。甘んじて受けろ」
「動物を飼うためには仕方ないっつーか、諦めてくれよ。な?カミサマ」
「神様を動物扱いしないでちょうだい」
「“飼う”はいいんだ」
煙管を吸って、二人に吹きかけてやる。
千速は腰に手を当てて。
「神様のくせに、注射が怖いのか?」
ニヤリと笑ってくる。
「はぁ?私に怖いものなんてあるわけないでしょ?」
「怖いから行きたくないんだろ?」
「…は?…はぁ?はぁあ!?千速、あなたあまり神様を舐めると痛い目に遭うわよ?」
「はぁ?の三段活用」
千速と研二は顔を見合わせて。
「怖いなら怖いでいいんじゃねぇの?そんな恥ずかしがることねぇって。なぁ姉ちゃん」
「そうだよ、神様にだって怖いものがあってもおかしくないさ。なぁ研二」
笑ってきた。
「…上等じゃない。注射の一本や二本、怖くなんてないし」
本当、舐められたものだわ。
【面倒くさい世の中になったわよね、本当】
「……」
【なんで神である私が予防接種なの】
「……」
【そもそもなんで注射なの?飲み薬じゃダメなわけ?】
「……」
【ねぇ聞い「喧しい!運転中だぞ!」
狐の姿でバイクの後ろに乗る私。
千速の両肩に両前足を乗せ、ヘルメットも被され、何ならサングラスまで付けられて。
「ママ見て!まっしろなワンちゃんがサングラスしてる!」
「あらお利口さんねぇ」
【犬じゃないですけどね】
信号機で停まった時に、隣の車から幼子に手を振られて。
「少年、窓から顔や手を出しては危険だぞ?ちなみにこいつは犬じゃなくて狐さんだよ」
【ぐぅ…っ】
ゲシっと千速に肘で脇を突かれ、悶絶。
ちなみに私の声は、直接千速の脳内に語りかけているから周りには聞こえない。
「キツネさん!?まっしろな!?」
「そうだ。珍しいだろ」
「はじめてみた!キレイだねぇ!」
信号機が青に変わって。
「じゃあ少年、窓を閉めてシートベルトをしっかりな」
「はーい!またね!しろいキツネさん!」
幼子は私に手を振ってきたから。
「……」
ニィ…っと笑ってあげると、きゃあきゃあ喜んでいる声が聞こえてきた。
【可愛いー。千速の幼少の時みたいね】
「私はもっと大人しかったろ」
【大人しいとは無縁だったわよ】
千速もバイクを発進させて。
「大人しかったはずだ!」
【大人しくないってば!夏休みとか毎日のようにお社に来てた子が大人しいわけないでしょ!】
ぎゃあぎゃあと喧嘩をしながら、動物病院とやらに向かいました…。
「冬華ちゃん、えらいですねぇ」
【ほら、怖くないし】
「尻尾丸まってるぞ」
「え?」
「あ、いえ…何でもありません…」
動物病院で、注射を打たれた私。
ワシャワシャと撫でられ、おやつをもらう。
【こんな子供騙し】
「じゃあ食うなよ」
「え?」
「い、いえ…」
簡単な診察を終え、会計も済ませて病院を出る。
【ねぇ、今何を予約したの?】
「次は一ヶ月後の狂犬病ワクチン」
【なんで今打たないの!?】
「空けないとだめだっつってたぞ」
【私神様よ!?】
「体の構造は狐と一緒なんだろ?」
【…まぁ、そうだけど】
また一ヶ月後に注射とか正気の沙汰じゃないわ。
「怖くないんじゃなかったのか?」
【…っ怖くないわよ!】
またヘルメットを被され、サングラスを掛けさせられる。
その時。
ドガァアアッ
物凄い衝突音が聞こえてきた。
「!なんだ!?」
【事故かしらね】
千速は職業柄、すぐにバイクを発進させた。
「交通事故か…」
現場に着けば、結構派手な事故現場で。
「冬華、待っててくれ」
【えぇ、わかったわ】
千速は警察として事故車両へと近づいて行った。
私は千速のバイクの上で伏せて、欠伸を一つ。
私は千速や研二に危険がない限り、人の世の事柄に関わるつもりはない。
たとえ事件解決に繋がるとしてもね。
千速を視線で追いつつ、今日のお昼ご飯何にしようかを考えていたら。
「千速さん!」
千速に近づく人間が三人いた。
「!少年じゃないか。久しぶりだな」
一人はいつぞやの事件で会ったことのある少年。
一人はその少年の保護者のような中年の男。
一人はその中年の男の娘。
確か少年の名前はコナン…だったわね。
「なぜ神奈川に?」
「ちょっとしたイベントがあるみたいで、博士たちも一緒に来たんだ」
と、コナンは私のほうを指して。
千速がこちらを見た瞬間。
「「「キツネさんだぁあ!!」」」
突然目の前に、幼子たちが現れて。
「ッワッ!?!?」
びっくりして飛び退いちゃった…。
嘘でしょ…。
気付かなかったんだけど…。
まさか忍者の末裔…?
「真っ白ー!!」
「ふわっふわですね!」
「オレキツネ触ったのはじめてだぞ!」
幼子たちに撫でくり回され、私はベロッと黒髪の女の子の顔を舐めた。
「わぁ!なめてくれた!」
「はは、そいつは子供が好きなんだ」
また幼子たちが私の周りに居てくれる。
やっぱり何時の世も子供は可愛いものよね。
と、幼子たちの後ろにいるお爺さんと、その横にいる赤茶の髪をした女の子を見る。
「哀ちゃんもなでてみなよー!」
「…あなたたち、狐はエキノコックスがあるのよ」
無闇矢鱈に触っちゃダメだと幼子たちを注意してる。
「いや、今予防接種をしてきた大丈夫だぞ。撫でてやってくれ」
「……」
千速が優しく笑みを浮かべると、哀と呼ばれた子が恐る恐る私に近付いてきて。
「……ふふ、本当にフワフワしてるわね」
優しい手つきで撫でてくれた。
「…灰原のあんな表情、貴重だぜ」
「なに?江戸川君」
「い、いや!!何でもない!!」
哀はコナンをジト目で睨み、私はそんなやり取りを横目で見る。
…この子たち、こんな身形だけど幼子じゃないのよね。
どういうわけであの姿でいるのか知らないけど、厄介なことに関わってるに違いない。
「少し時間がかかりそうだ」
千速は私に歩み寄って、私の頭を撫でてくれた。
【えぇ、わかってる。頑張って?警察官さん】
昔は“同心”と呼ばれていた千速の役職は、今は警察というらしい。
時代の流れで様々に名称が変化していてなかなかに面白い。
【あの…視えてますよね…?】
【……】
【ちょっとお稲荷様…?視えてますよねぇ…?】
【……】
【ね【煩いわね。話しかけないでちょうだい】
今殺された人間が、私に話をかけてくる。
【やっぱり視えてる!僕を殺したのはあいつだって伝えてくださいよ!】
【お断り。私は現世の事柄に口を出す気はないわ】
そう。
これは事故ではなく事件。
私の隣で私に話をかけてくるのが被害者。
【なんでですか!アンタ神様だろう!】
【あなたの神様じゃなく、あの子の神様だから】
私の信者でもないくせに、神様と呼ばないでほしいものだわ。
それに。
この人間からは強い“憎悪の因果の糸”が視える。
相当恨まれ、故に殺されたのでしょう。
そしてこの人間と因果の糸が繋がっているのはあそこにいる女。
あの因果の糸に触れれば彼らの関係もわかるけど。
そんな面倒なことはしない。
まぁ私が何もせずともコナンが前の時みたいに解決してくれるでしょ。
【でも【ああ、煩いなぁ】
私はコナンと一緒に事件を解決させようとしている千速を見つめたまま。
【あんまりしつこいと、喰らうわよ?】
死んだ人間へと警告をする。
【っひ…っ】
神が魂を喰うということは、永劫闇の中で彷徨い輪廻転生が出来なくなって。
何も残らない“無”になる。
地獄に堕とされたほうがマシなのよね。
地獄での刑期を終えれば浄化され、生まれ変わる権利を与えられるから。
ふふ、まるで御伽話のようでしょ?
【それが嫌なら私とあの子に近づかないで】
【…っ】
殺された人間は私に怯え、離れて行った。
千速は知らない。
私が人を喰うことを。
私がこの千年間で喰った人間は数え切れない。
空腹で喰ったわけではなく、大きな過ちを犯した者への神罰。
魂だけを喰らったこともあるし、肉体ごと喰らったこともある。
食う以外で人や動物を殺した者へのね。
肉体ごと喰らうということ、それは俗に“神隠し”と呼ばれ、畏れられてきた。
でもまぁ、喰らった私も唯では済まない。
その男が抱えた罪ごと喰らうから、その罪に精神と体が蝕まれてやや暫く動けなくなる。
まぁここ百年の間では喰らうことはなかったけど。
でも最近、百年ぶりくらいに魂を喰らった。
その人間は、七年前に爆弾処理にあたっていた研二たち爆弾処理班を殺そうとした男。
三年前に陣平まで殺そうとした男で。
あの眼鏡の少年に暴かれ、捕まった男。
…本当、あの時の“痛み”は千年の中で初めて味わった“痛み”でびっくりしたわ…。
千速が白バイを駄目にして、いろんな方面からお叱りをいただき、さらに警視庁とかいうところに呼ばれて付いて行った時だった。
いろんな人間に怒られ、ぶちぶちと文句を言っていてね。
“神様だろ?奴らを黙らせてくれよ”
“【自分が悪いんだから、怒られて反省しなさい】”
なんてやり取りをしていた時にね。
研二の加護が発動した気配を感じた瞬間だった。
“【……ッ!!】”
体中に、とんでもない痛みが走ったのは。
“ッおい冬華!?冬華…っ!!”
ビチャビチャと。
生き物にとって致死量以上の血を吐き出して。
研二が受けるはずだった“痛み”が私に返ってきた。
研二に施した加護だけでは防ぎ切れなかっただろう“痛み”
“呪い返し”
加護は言い換えれば、私の呪い。
聞こえが良いように“加護”と名付けているだけで、本当は“呪い”の一種なのよね。
この時は一ヶ月ほど動けなくなって、お社の中で眠っていた。
千速や研二、陣平の私を呼ぶ声は聞こえていたけどとても起き上がれる状態じゃなかった。
この時も研二から因果の糸が見えていて犯人がわかっていたけれど、動けなかったから犯人を追うことはしなかった。
で、三年前にも同じ“痛み”がね。
突然よ、もう。
あ、陣平の加護が発動したなぁと思っていたら。
“ッ冬華…ッ!!”
ビチャビチャと、また致死量以上の血を吐き出して陣平が受けるはずだった“痛み”が私に返ってきた。
この時も一ヶ月くらい寝込んだわね。
“……冬華、大丈夫か…?”
今度はお社の中じゃなく、千速のベッドの上で。
“【…少し休めば大丈夫。心配しないで…】”
この時の千速の表情がとても悲しそうだったのを今でも覚えてる。
で、つい最近よ。
研二と陣平が受けるはずだった爆発の痛みを生み出した人間が、また爆弾を仕掛けた。
仏の顔も三度まで、って言うでしょ?
私は仏じゃないけども。
もう許さない。
千速も街も、深い眠りに落ちた後に。
コナンの機転と推理で見事に捕まった犯人がいるだろう留置所という場所を訪れて。
“っひぃ…っ!な、なんだお前…っどこから…っ”
突然現れた私に怯え出した犯人へ。
“【神の逆鱗へようこそ】”
ニィ…っと笑いかけ、喰らった。
あ、もちろん魂をね?
今の世って神隠しとか信じないじゃない?
だから肉体は残して魂だけを喰った。
まぁ罪の重さから体に相当な痛みが走ったけど、こんな人間に輪廻転生の機会なんて与えてやるものかと思って。
フラフラになりながら帰ったら。
“またあんたは!勝手にウロウロすんな!心配すんだろ!”
“カミサマ、ちゃんと行き先を言ってから出かけてくれよ。捜索願い出すとこだったんだからな?”
“ごめんてー…”
…千速と研二が起きてて、めちゃ怒られたっけ。
ふふ、この姉弟は本当に心配性で可愛くてたまらないって思ったわ。
「冬華?」
【…!】
千速に声をかけられ、ハッとする。
「どうした?体調悪いか?」
ワクチンを打ったから、とどこか心配そうな表情を浮かべている千速。
「…っぷ…っ」
そんな千速の顔をベロッと舐めて。
【大丈夫よ。お腹空いただけ】
「そうか」
そう言って、安心させた。
「毛利探偵の推理が始まったから、もうすぐ解決する」
気が付けば周りにいた幼子たちはコナンたちのほうへと集まって推理とやらを聞いていた。
【そう。存外早くに終わりそうね】
もっとかかるかと思ったけど、コナンが居たことが幸いした。
というより、あの子には因果の糸が絡みついているから事件を呼んでいる感が否めなくはない。
でもまぁ、それを千速を含める人間たちに告げることはないし、千速と研二を巻き込まなければどうでもいい。
「ん?」
【あら?】
千速と少し離れたところでコナンたちを見ていると、哀が人集りから外れて私のほうへ歩み寄ってきた。
「どうした?」
千速が哀と視線を合わせて問うと。
「…その、ギュッてしてもいいかしら…?」
私を抱き締めたい、と。
私は千速と顔を見合わせる。
【いいわよ】
「いいぞ、ギュッとしてやってくれ」
幼子に抱き締められるのは嬉しい。
いえ、この子は幼子ではないけれど。
「……」
控えめにギュッと抱き締められた時に見えた、背中から伸びる因果の糸。
【……】
その糸を視線で辿れば、長い黒髪の女が立っていて。
優しく、それでいて悲しそうで。
寂しそうな表情で哀を見つめていた。
この子の縁の者。
年齢からして恐らく姉。
でもその姉からは、黒くて嫌な糸が伸びている。
悪いことをしていたのね、哀も哀の姉も。
けど私には関係ないし、千速に何もしないならこちらからは何もしない。
「灰原ー、行くぞー」
「!…えぇ、わかったわ」
「それじゃあ千速さん、またね」
「あぁ、お手柄だったな少年。また会おう」
コナンも私へと歩み寄ってきて、頭を一撫でしてくれたから頬を舐めることでお礼をした。
そうして、事件は解決して。
「ねぇ、サラダをカゴに入れたはずだけど」
「加護には入っていない」
「上手いこと言わなくていいのよ」
遅くなっちゃったけど、千速とコンビニへお昼ご飯を買いに行く。
と。
「あれ!?千速さん!?」
またコナンたちと遭遇。
「ん?なんだ、少年たちも昼飯を買いに?」
帰る前に寄ったみたい。
「うん、車の中で食べながら帰ろうと思って」
チラッと私を見ながら、千速と会話をしている。
「!なぁに?」
私は私で、さっきの幼子たちが見上げてくる。
「お姉さん…綺麗な髪だねぇ…」
真っ白な私の髪色と。
「瞳も空色で凄く綺麗です…」
蒼い瞳を褒めてくれた。
人の世で好奇な目で見られても、こうして綺麗だと言ってくれるのはなかなか居ない。
「ふふ、ありがと」
私は屈んで、女の子の頭を撫でてあげた。
「先天性色素欠乏症なのね」
哀が、なんか呪文みたいな言葉を口にした。
千速とまた顔を見合わせて。
「「ん?」」
千速と首を傾げた。
「所謂、アルビノっつー生まれつき体内のメラニン色素が極端に少ないか作られない遺伝子疾患のことだよ」
コナンが説明をしてくれたけど。
「なるほど、人間でいう摩訶不思議ね」
と、口にしてしまって。
「ッばか!!」
慌てた千速に、両手で口を塞がれた。
「…“人間でいう”って…」
「すまんな、帰国子女でまだ日本語の理解力がないんだ」
「…ゴリゴリの日本語のイントネーションだったけど」
コナンが眉間に皺を寄せ、哀と顔を見合わせる。
「…これ、さっきの狐が付けてた首輪だよね?」
チャリ…、と私が付けてる首輪に触れる。
「…お揃いなんだよ」
千速が視線を逸らしながら答える。
今度は哀が私の瞳を見て。
「…瞳が猫みたいにスリット状になってる」
「スリットジョウ?」
「縦長という意味よ。人間の瞳孔は丸く中心に黒い穴があるのに対して、あなたの瞳はまるで猫…いえ…」
千速を見上げながら。
「狐のようね」
そう言った。
「「……」」
千速とまた顔を見合わせて。
「そんな非現実的なことがあるわけないだろ?まったくアニメの見過ぎだぞ?」
ははは、と笑いながら千速は哀とコナンの頭を撫でた。
首輪は落ち度だったけど、瞳は予想外。
この子たち、相当頭の良い子たちであり察する能力が化け物並み。
きっともう何を言っても信用しないでしょうね。
「なになに!?何の話をしてるの!?」
「キツネがなんだって言ってませんでした!?」
「オレたちにもわかるように話せよな!」
私たちの間に幼子たちが割って入る。
「千速、行きましょ」
「あ、あぁ、そうだな」
買い物は中止。
誤魔化し切れないなら逃げるが勝ちよ。
「じゃあ少年たち、本当にまたな」
「え?あ、うん…また…」
子供たちに背中を向けた千速の肩に手を置き、私はコナンたちを横目で見つめて。
「……」
ニィ…ッと牙を見せるように笑ってやったら。
「「…ッ!?」」
驚愕の表情を浮かべていたわ。
「…あの少年と少女、勘が良すぎるだろ」
「勘なんかじゃないわよ。さっきの狐です!って言わんばかりの証拠を残しすぎたわ」
人の姿のままバイクの後ろに乗りながら、千速のスマホという機械をいじる。
ちなみに横乗りでね。
なんかジロジロ見られてるけどどうでもいい。
「だーから首輪なんていらないって言ったのに」
足を組み、その足に頬杖を付いて文句を一つ。
「そんなわけにいかないんだっつの!現代社会で生きるには必要なんだよ!」
「ずっと人の姿で生きたらいいのかしら」
「それはダメだ。枕がないと眠れない」
「枕じゃないってあと何回言えばいいの?」
ぎゃあぎゃあとまた喧嘩をしていたら。
「…お前ら…まじでか…」
千速の仕事場にいる男…確か“重悟”だったかしら。
その重悟が乗ってる車が横付けしてきた。
「!重悟じゃないか、なんだどうした?」
「…一旦停まれ、危ない」
「あ?なんでだ」
「いいから」
千速のバイクを誘導するように走らせ、路肩で停まった。
「なんだよ。何が危ないんだ?」
「何がって…」
重悟は私へと指を差す。
「あ?なに………」
「…?なによ」
千速が私へ振り返って、絶句した。
私は組んだ足に頬杖を付いてるだけで、変な座り方はしてないけど。
「っそんな乗り方したらそりゃ停められるだろ!」
「はぁ?落ちないし別にいいでしょ?」
「そういう問題じゃねぇんだって何回言えばわかるんだよ!!通りでなんか見られてるなって思ったわ!」
なんか怒ってきた…。
本当、すぐ怒るんだから。
「気付いてなかったのかよ…お前は…」
腹に手が回ってない時点で気付け、と千速に注意する重悟。
「…まぁ、お前は白バイ隊員だから道交違反で捕まっちゃまずいだろうから、今回は見逃してやるが気を付けろよ?」
「…すまんな、重悟。冬華にはキツく注意しとくよ」
「注意って「おう。じゃあ俺ぁ行くからな」
「あぁ、お疲れさん」
重悟はチラッと私を見て、軽く会釈をした。
千速は気付かれてないと思ってるけど、重悟は私の正体にそれとなく気付いている。
だって、狐の私を呼んだ時の名前も冬華だもの。
はぁ?になるわよね。
まぁ私が危険ではなく、千速を守っているってことはわかってるみたいだからいいけど。
現世の人間の中には勘の良い子たちが多いみたい。
「ちゃんと乗れ」
「乗ってましたが!」
「ちゃんと跨って私の腹に腕を回せってこと!」
渋々言われた通りに乗って、帰路に着きました。
「…っつかさ」
【なに?】
遅いお昼ご飯を食べ終え、ソファーでまったり。
また千速に枕にされて、千速の鎖骨辺りに顎を乗せる。
私の頭を優しく撫でながら。
「…その…朝の話だけど…」
どこか恥ずかしげに。
【朝の話?ああ、情欲の?】
「…うん」
小さな声で。
「…あんたが私を抱いたのは中3の時だけだよな…」
【えぇ。試しにでしょ?】
「まぁ…うん…」
少し濁すように。
【それがなに?】
「…あんたは…私をまた抱きたいとか思わないのか…?」
問いかけてきた。
抱きたい?
千速を?
神様と言えど、狐の私に聞く?
【動物って、子孫を残す以外で交尾はしないのよ】
「交尾って言うな」
千速は体勢を変えて、私のお腹に顔を埋める。
【だから抱きたいという欲はないわね】
交尾以外でそういう情欲に溺れるのは人間だけ。
私は、どこまでいっても人の姿になれるだけの狐だから。
「…そう…か…」
グリグリと顔を押し付けてくる。
ああ、もしかして。
【抱いてほしいの?千速】
私にもう一度、抱いてほしいのかしら。
「…っ」
ギュッと私の白い体毛を掴む。
【あの時みたいな熱に溺れたいの?】
「…っば…!かを…っ言うなよ…っ!」
そうじゃない!と言ってるけど、千速の体が徐々に熱くなっていってる。
「…っ!」
人の姿になれば、また体勢を戻して仰向けになったから。
「ねぇ千速」
「…冬華…っ」
千速が着ている服の襟元から手を差し込むと、千速は私の腕を掴んだ。
でも力は入ってなくて、触れているだけ。
「あの時の快楽を思い出しちゃった?」
胸の先に触れ、指で転がすと。
「あっ…あ…っあ…っ」
可愛い喘ぎ声を漏らした。
今まで抱いてきた人間の声は、変な声だと思っていたけれど。
「は…っは…っあ…っ」
千速から漏れ出る声はすごく可愛いと思った。
人間のように興奮することはなくても、こう触ると嬉しいかな?とか。
ここを触ると千速の背中が大きく反り返るんだよなぁと思いながら触れると、やっぱり背中が反り返って。
それが可愛くて面白くて。
私たちにはわからない気持ち良さを感じてくれてるんだなぁと嬉しくなって。
同時に羨ましくもあった。
人間には私たち動物にはない感覚があり、それを楽しむことが出来るんだもの。
羨ましいわよね。
それに、千速って絶頂を“イク”って言うのよ?
本当可愛らしい。
まぁそれは千速だけではないのだろうけどね。
なんて思いながら、千速の一番感じている箇所を摩り続けていたら。
千速はビクンッと大きく身体を震わせて、快感と緊張を解放させた。
「……冬華は、感じないのか?」
「なに?胸とか触られて?」
「…うん」
「感じないわよ。抓られて痛いだけ」
「……そうなのか…」
「してみる?」
「い、痛いならしねぇよ!!」
千速は顔を赤くさせ、バッと立ち上がって。
「シャワー浴びてくる!」
「はいはい、全裸で出てこないように」
浴室へと消えて行った。
私はそんな千速に笑み、煙管を持って窓際に立つ。
「摩訶不思議なことばかりだわ、今の世は」
今の世の面白さに笑みを浮かべて。
「これから定期的に抱いてやろっと」
ホゥ…と白く甘い香りを吹かした。
END