pixiv作品 名探偵コナン
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「…冬華、触っても平気か?」
「…だい…じょぶ…」
帰宅して、手を引いてリビングへ行く。
ソファーに座らせ、隣に腰を落とす。
「……」
掴まれた手首を見れば、相当強く掴まれたようでくっきりと赤い痣になっていて。
「…明日になると青くなりそうだ…」
腑が煮え繰り返りすぎて、震えてくる。
でもその怒りを冬華に見せるわけにはいかないから、数回ゆっくりと呼吸をして怒りを逃す。
「…明日の聴取で必要だから、写メ撮るからな」
冬華はコクンと頷き、色んな角度で数枚撮って重悟に送った。
『わかった』
重悟からは一言そうメッセージが来て、私はスマホを置いた。
「…脱がすぞ。いいか?」
「…ん」
引っ張られた際に、カルアミルクが全部かかっちまってるから冬華から凄く甘い香りがしてくる。
プチプチとブラウスのボタンを外して脱がし、下着も取り去って。
「…!」
私は着ていたTシャツを脱ぎ、バサッと冬華に着させた。
次に、スカートも横のホックを外してファスナーを下ろす。
脱がしたブラウスとスカートをゴミ箱に捨てた。
服はいつでも買えるしたくさんある。
嫌なことをされた時に着ていた服を見ることで、思い出させたくないから。
「シャワー浴びるぞ」
「!」
ひょいっと横抱きにして、浴室へ。
「…いい、このまま」
Tシャツを脱ごうとしたからそれを止めて、Tシャツを着せたままシャワーを浴びさせた。
すぐにシャワーのお湯でTシャツが冬華の体に貼り付き、ボディラインが浮き出る。
普段ならここで興奮して、有無を言わさずに抱きまくるんだが。
今は興奮している場合じゃない。
「……はー…」
冬華はシャワーを見上げるように、顔面にシャワーのお湯を浴びて。
私はワシャワシャと髪を解しながら洗う。
「…!冬華……」
ふと冬華の顔を見ると。
シャワーのお湯とは違う…。
冬華の瞳から涙が零れていた。
「…っごめ「謝らなくていいんだって。大丈夫、お前は何も悪くない」
抱き締めて、背中を摩って。
「無理に話さなくていい。泣いてもいいし喚いたっていい。今の感情を抑えるな。吐き出せ。全部受け止めるから」
感情を抑え、心に留めてしまえば。
お前が壊れてしまう。
私はそれが、一番怖い。
あの時みたいに。
…あの時。
“ッおい!起きろ冬華…ッ!おいって…っなぁ冬華っ!起きてくれよ…っ!!”
“千速ッ!救急車呼んだっ!もう来るよ!!”
大量に薬を摂取して自殺を図った、あの時のような。
お前がお前で無くなるのが一番怖いんだ。
だから、抑えずに吐き出してほしい。
全部受け止めて、絶対に離れないから。
「…」
私の言葉に、私の顔を見て。
「……っ」
徐々にくしゃくしゃな表情になって。
「…っぅ…っ」
感情を剥き出しにして。
大声で泣いた。
「…ッちは…っやぁ…っ」
「…うん…大丈夫だ…」
悲痛なまでのその泣き声に。
心が張り裂けそうになるのを耐えながら。
私は冬華を抱き締め続けた。
「…冬華」
シャワーから上がり、髪を乾かしている内に眠ってしまった冬華をベッドに寝かせる。
眠りながらでも涙を零し、その涙を指で拭ってやる。
ブーッ
「!」
マナーモードのままのスマホが鳴った。
『冬華の荷物持って来た』
忍が家の前にいるようで、冬華の頭を一撫でして玄関へ行く。
「千速、冬華は?どう?」
ドアを開けてすぐ、冬華を気にかけてくれた。
「今は泣き疲れて寝てるよ」
「…そっか」
忍を中に通し、寝室へ。
「…はー…ほんとだ…めちゃ泣いた…顔して…っる…っ」
冬華の顔を見て、忍も泣いちまった。
居酒屋で忍はずっと冷静でいてくれた。
冷静に周りを見て、私たちを誘導して。
好奇の目から守ってくれた。
ずっと気丈に振る舞っていただけで、内心では私と同じように腑が煮え繰り返っていたんだろう。
冬華がここまで泣く理由を知らない奴から見れば、手を掴まれて少し引っ張られただけだろ?
大袈裟なんだよ、って思うかもしれない。
でも。
冬華は過去にセクハラ…いや…。
強姦未遂の被害者なんだよ。
裂かれたワイシャツのまま会社から飛び出て来た冬華。
私たちが駆け寄るより先に、追いかけてきた社長令息に腕を掴まれて。
女の力では引き剥がせないほどの力で掴まれていたのを。
“ッおいてめぇ…ッ!!俺らのダチになんてことしやがったんだ…ッ!!”
“ぜってぇタダじゃ済まさねぇ…ッ!!”
研二と陣平がぶん殴ることで引き剥がしてくれた。
普段は優しい研二が、あそこまで激怒しているのを初めて見た。
“ 冬華…っ”
着ていたジャケットを脱ぎ、冬華の肩に掛けて抱き締める。
ガタガタと震え、涙を零して。
“…っちはや…っごめんちはや…っごめんなさい…っ”
小さな声で、ずっと私に謝っていた。
“ッ警察呼んだから!二人ともそいつ絶対に逃さないで!!”
忍もすぐに警察を呼んでくれた。
裂かれたワイシャツと、伝線しまくったストッキング。
そして。
…そして。
「千速」
「…!」
忍に呼ばれ、ハッと我に返る。
「思い出しちゃダメ。あの時のこと思い出したってただ苦しいだけだよ」
本当にエスパーだよ、お前は。
「…そう…だな…」
冬華にだって思い出すなっつったのに、私が思い出してどうするんだ。
私はベッドに腰をかけ、冬華の頭を撫でる。
「…でも、あの時よりは落ち着いてるよ」
「…話せてる?」
「あぁ、居酒屋では一時的なパニック症状で言葉が出なかっただけで、声を失ったわけではないようだ」
だから、声を出せなくなったあの時に比べれば。
症状はまだ軽い方なのかもしれん。
忍は、あのクソ店員に強く掴まれて皮下出血している冬華の手首に触れて。
「…ね、私がさ、彼氏にフラれて死のうとした時あったじゃん?」
「…ああ、高三の時にナイフで死のうとしてたやつな」
あれは本当に焦った。
冬華はどっか行っちまうし、私だけでどうやって止めたらいいのかわからなかった。
だが。
「あの時さ、冬華、私をフッた彼氏んとこ行って凄い文句言ってたって知ってる?」
冬華がどっか行ったのは、忍の彼氏のところで。
「え、そうなのか?冬華はそんなこと一言も…」
「凄い文句だから千速には知られたくなかったのかも」
“あんな良い子を振るなんて、あなた頭おかしいんじゃないの!?”
「って言われたって、フラれた二年後?くらいかな。元彼から復縁の連絡きた時に聞いたんだよね」
「復縁!?あいつから!?」
まさかあいつから復縁の連絡が来てたとは…。
「うん、そう」
「なんで言わないんだよ!」
忍はクスクスと笑って。
「私にとって、あいつはもう話題にするほどでもない些細なことなの」
二人に心配かけるってわかってたし、と。
そう言った。
「だからって…大丈夫だったのか…?」
「大丈夫だよ。“あんたより良い奴らが傍に居てくれるから、私の人生にあんたはもういらない”って言ってやったし」
つ、強い…。
「そ、そうか…うん…それで?」
「うん、でね?冬華が元彼にめちゃ文句言ったその後に」
“忍を振ったこと絶対に後悔させてやるから!今に見てろっばーか!!”
「って捨て台詞吐いて、どっか行っちまったって言ってたんだ」
冬華が?
冬華がそんな暴言を?
どこで覚えたんだそんな暴言。
……私たちだな。
冬華に影響を与えるのは私たちしかいない。
「多分、捨て台詞吐いた後に走って私の家に来てくれたんだと思うんだけどさ」
忍は冬華の手を握って。
“忍…!私たちが居るから…!ずっと傍に居るから…っだからバカなことしないでよぉ…っ!”
「…冬華がそう叫んで抱き締めてくれたあの時…凄い嬉しかったんだよね」
懐かしむように、嬉しそうに笑った。
ああ、覚えてる。
鮮明に覚えてるよ。
「血だらけの陣平を押し退けて忍を抱き締めて、一緒に泣いてたよな」
「そう!陣平の血が私の手に伝ってただけなのに、冬華が私の手に自分の制服のスカーフ巻いてくれてさ!」
“血ぃ出てんの俺だから!俺の手に巻けよ!”
“ほら!自分で巻いて!今忙しい!”
「っつって、雑巾渡してたのはウケた!」
「ね!あれは不覚にも笑っちゃったもん!」
研二も笑ってたし、陣平も怒りながらも冬華の意外な一面に笑っていた。
「それからいつ二人きりでデートしてんの?ってくらい私を遊びに誘ってくれて」
本当嬉しかったなぁ…と。忍は小さく呟く。
「だからさ、私も冬華が苦しんでる時に抱き締めて大丈夫だよって、私たちがいるよって言いたかったのに」
冬華が受けたものが恐ろしくて、触れていいものなのかわからなかった。
「忍…」
と。
突然。
「…っ…ッ」
「「…!」」
冬華が身動ぎ、眉間に皺を寄せ始めて。
「冬華?どうした?」
見る見るうちに目に涙が溜まっていった。
「どしたの?冬華」
声をかけても返事はなかったが。
「…ちは…ゃ…」
小さく私の名前を囁いて。
「あぁ、ここにいる」
冬華の手を握り、コメカミに顔を寄せてキスを落とす。
「…し…のぅ…」
「…死のう?」
「しのぶ、だと思うぞ」
寝言だからちゃんと発音出来てないだけで、忍の名前も口にした。
「冬華…私もここにいるから…大丈夫だよ…冬華…」
冬華を起こさないように。
それでいて、あの夜の悪夢を見ないように。
「だから安心して眠って、冬華…」
ポンポンとあやすように背中を優しく触れる。
「…あ、表情が…」
「よかった…冬華…」
冬華の表情が柔らかくなり、忍と顔を見合わせてまた小さく笑った。
「…さて。そろそろ帰るよ」
「あぁ、私たちも明日朝イチで病院と神奈川県警で事情聴取だからな。寝ないとか」
「事情聴取、冬華大丈夫かな?」
「あの時と同じように私も立ち合うし、女刑事が対応してくれるから大丈夫だ」
あの時は声が出なくて、執筆で冬華は聴取を受けていた。
「そういえば、両親に連絡は?」
「するわけがない」
忍は眉間に皺を寄せる。
「…だよね」
「あぁ。したところで冬華を苦しめるだけだ」
あの夜で。
あの夜、冬華の両親が冬華に放った言葉で。
“二度とこのゴミどもの下へは帰さない”
そう誓ったんだから。
「とりあえず今は、ゆっくり休ませるよ」
忍は冬華の頭を包み込むように抱き締めて。
「…冬華、私たちが傍にいるからね」
優しい声色でそう呟き、玄関へ向かう。
「明日、私も神奈川県警に行くから」
「あぁ、わかった」
そうして。
忍を見送った。
「…冬華」
寝室へ戻り、ベッドの前に座って冬華の寝顔を真正面から見る。
頬に触れ、起こさないように撫でる。
「…なんでこんな目に遭うんだろうなぁ…」
お前はただ、頑張って仕事をしていただけなのにな。
今日だって久しぶりの飲み会で、私たちに見張られながらも楽しんでただけなのに。
私はただ、お前に笑顔で居てほしいだけなのに。
お前の泣き顔なんて見たくないのに。
「…なぁ冬華…つらいなぁ…」
瞼に浮かぶ涙を親指で拭った。
「ん…」
ふ、と。
目が覚めた。
まだ暗いから夜中。
どうやら寝ちまったようだ。
どのくらい寝てたんだろう。
「…冬華」
顔を上げれば、冬華は居なくて。
「冬華?」
肩にはタオルケットが掛けられていて。
「おい冬華、どこだ」
立ち上がるとタオルケットが無造作に落ちた。
部屋を見回してもいない。
「冬華」
トイレの電気も点いてない。
「なぁ冬華!返事をしてくれ!どこにいる!」
リビングへ行っても電気は点いてなくて。
段々不安になってきた。
「冬華!……、ん?」
リビングの電気を付けようとしたら、浴室から明かりが漏れているのが目に入った。
「風呂?」
帰ってきた時にシャワー浴びたのに?
「なんでこんな時間に…」
言いかけて。
蘇るのは、薬を大量に摂取して自殺を図ったあの夜。
ほんの少し。
“おーい冬華ー、飯だけど起きて…る…か…って…冬華…?冬華!?おい冬華お前…!!お前まさか…ッ!!”
ほんの少しだけ目を離したあの夜。
「……ッッ」
走った。
まさか。
まさか まさか まさか まさか。
「ッ冬華…ッッ!!」
バンッ、と。
大きな音を立てて浴室のガラス戸を開けると。
「…ッ!び…っくり…した…っ」
冬華がシャワーを浴びていて、目を見開いて私を見た。
「…ッお前見せろ!!」
「…!」
シャワーで濡れながら冬華の両手首を確認する。
ない。
ない。
切り傷…ない。
カミソリ、近くにない。
浴槽には湯も張ってないし、周りに血もない。
よかった。
……よかった…。
「…はー…」
安心から、足の力が抜けて座り込む。
冬華はシャワーの蛇口を捻り、止めて。
「手首切ってるって思った?」
今の私と視線を合わせるように屈んだ。
「思ったぁ…」
怖かった。
怖かった…。
冬華ははにかむように笑って。
「ん」
キスをしてくれた。
大丈夫なのか?今、キスしても。
つらくないのか?
「…私が目を覚ました時…」
冬華が、目を覚ました時。
五年の眠りから覚めたあの時か?
「“お前まで私の前から居なくなるな”って、千速言ったでしょ?」
「あぁ…言った…言ったから…だから…居なくならないで…頼む…」
冬華の背中に腕を回して、肩に顔を埋める。
お前が居なくなっちまったら。
私はきっと、生きて行けない。
忍には悪いけど、私は冬華の居ない世界では生きて行けないんだ。
「…ぅん…居なくならない…ずっと千速の傍にいる…」
だから、信じて。
と。
冬華も私の背中に腕を回してくれた。
トクントクンと。
安心する心音が耳に届き、心が落ち着いた。
「…なんで…シャワー浴びてんだよ…」
「…嫌な夢見て、すごく汗を掻いたの…」
嫌な夢を見たのか。
私が寝ちまったからかな。
ずっと手を握ってなかったかな。
「…でも起きた時、千速の寝顔が目に入って…ホッとした…」
千速が私の安定剤、なんて小さく笑った。
笑った。
冬華が、笑った。
「……無理、して…笑ってないか…?」
頬に手を伸ばす。
「無理してないわ、大丈夫」
冬華は伸ばされた私の手に触れて、頬へと触れさせてくれた。
「…そう…か…」
ポタリ、と。
涙が零れる。
一度零れてしまえば、次から次へと。
「…っあ〜…くそ…すまん…冬華…」
拭っても拭っても、涙が止まらない。
つらいのは冬華なのに。
「…千速…」
なんで私が泣くんだ。
「ん…」
冬華からのキス。
深く、濃厚な。
吐き出される吐息の熱さに、冬華の後頭部に手をやって。
「…っん…っぅ…っ」
さらに深く。
もっと深く求めて。
“…っちはや…っごめん…っごめんなさ…っ千速…っわ、わた…っわたし…っ千速以外の…っひ、ひと…っと…っ”
あの夜、泣きじゃくるお前に。
上書きのキスをしてやれなかったことを後悔した。
したくなかったんじゃない。
してよかったのかがわからなかったんだ。
性被害を受けたお前に、無理やりキスなんてしてしまったら。
私にまで恐怖してしまうかもしれないって思って。
拒絶されてしまうかもしれないと思うと怖くて。
触れたくてたまらなかったけど。
触れてしまえば壊れてしまいそうだったから。
でも今は?
「……抱き…たい…すごく…」
冬華の腰を抱き、問いかける。
冬華は私の前髪を掻き上げながらキスをしてくれて。
「…めちゃくちゃにして…」
耳元で、そう囁いた。
今は、嫌でも思い出してしまうから。
あの夜の悪夢を見てしまうから。
だから。
思い出す暇もないくらい快楽に溺れさせて。
悪夢を見ることもないくらい、深く眠らせて。
「……深くは眠らせないぞ」
「ちゃんと起きるから」
小さく笑い合って。
私たちは。
––––狂おしいほどに。
お互いを求めた。
「大丈夫か?」
「えぇ…大丈夫…」
病院へ行き、診断書をもらってきた。
掴まれた手首はやっぱり青くなっちまった。
湿布を貼られ、包帯を巻かれた。
「……」
「どうしたの?」
前は、上書きのキスが出来なくてすごく後悔した。
だから。
後悔はあの日、あの夜に置いてきた。
「…少し痛いかもしれないが…ここに痕を残したい」
手首に触れる。
「…いいわよ。うんと痛くしてもいい」
こんな痕、忘れちゃうくらいの痕を残して、と。
冬華が言ったから。
包帯を解き、湿布を剥がして。
「…痛いぞ」
「ん」
青くなった痕に、歯を立てた。
「…っ」
キュッと眉間に皺を寄せ、痛みに耐える冬華。
「まだ」
手首の両側面に歯型と。
「んっ」
きつく吸い上げ、キスマークも。
カプカプとまた歯を立てて、チゥ…っとまた吸い上げて。
「よし。もういいだろう」
歯型とキスマークだらけの手首になった。
冬華は自分の手首を見て。
「…ふ…っふふ…っ」
クスクスと笑った。
無理してる笑みじゃなくて、いつもの笑み。
私が好きな笑顔。
「なんだよ冬華」
冬華、大丈夫なのか?
つらくないか?悲しくないか?
「歯型とキスマークだらけでなんだか面白いなって思って」
掴まれた記憶より。
歯型とキスマークの面白さが勝った。
「手首見たら笑えてくるだろ?」
「これは笑っちゃうわね」
クスクスと、笑ってる。
あの時も、こうしてやればよかったのかな。
上書きのキスをして。
とんでもないくらいのキスをしてやれば。
あんなクソ野郎にされた記憶を塗り替えられたのかな。
「ね、忍に会いたい」
「あいつは先に県警で事情聴取を受けてると思うぞ。これから行くし、多分会えるさ」
手首に湿布を貼り直し、包帯を巻く。
「そう。忍にも見せてやろ」
こんなんなりました、って。
また笑う。
「絶対笑うだろうな」
「笑うわよね、絶対」
手を繋いで、病院を出る。
「田中さんにも謝りたいし、横溝さんにも謝らないと」
「田中には私も謝罪と礼がしたいから、事情聴取が終わったら連絡をしてみようか」
ヘルメットを被せ、バイクに跨って。
「しっかり掴まっとけよ?」
「えぇ、ちゃんと掴まってる」
バイクを発進させた。
「忍!」
「!冬華…!」
神奈川県警、取り調べ室前。
忍と重悟が待っていてくれた。
冬華は忍へ駆け寄り、抱擁を交わしている。
「忍…っ!傍に居てくれてありがとっ!」
「あったり前じゃん!嫌だって言われたって離れてやらないよ!」
「ふふっ、嫌だなんて絶対に言わない!」
冬華と忍は、泣きながら笑った。
「重悟、昨日はすまなかったな」
冬華の傍で、重悟に謝る。
「ばーか、気にすんな」
重悟は私たちから離れた場所に行き、片手を上げた。
冬華のほうは見ない。
視線で怖がらせないようにしてくれてるんだな。
「…」
冬華はギュッと私の手を握って。
「!」
「…冬華?」
重悟へとゆっくり歩み寄る。
「お、おい…だ、大丈夫…なのか…?」
重悟の狼狽える声。
冬華はきっと。
強くなろうとしているんだろう。
あの時みたいなことにならないように。
私たちに心配をかけないように。
自分が信用する人間は、何も怖くないんだと。
自分自身に言い聞かせながら。
「…横溝さん」
重悟の前で止まる。
「…昨日は…聴取出来なくてすみませんでした…」
「…や、いや…いい…んだ…それは…」
重悟はどう反応していいのかわからず、オロオロしているが。
「普通でいい。今まで通りに接してくれ」
難しいかもしれんが、変に意識せずにいつも通りでいて欲しいと告げれば、重悟はきょとん顔から。
「…あぁ、わかった。事情聴取を始める前に、加害者の確認をしてもらいてぇんだが出来るか?」
スッといつも通りの重悟に戻った。
有難い。
「…千速と、忍が居てくれるなら…」
「当然居るに決まってるだろ」
「うん、当たり前のように居る」
ニッと忍と笑い合うと、冬華も小さく笑った。
冬華が笑うと、やっぱり嬉しい。
「うし、じゃあ監察室へ入ってくれ。で、アホを連れて来るから」
「被疑者って言え」
「ゴミ虫でもいいよ」
「忍…辛辣…」
監察室へ入り、重悟と入れ替わりに女の警察官が入ってきた。
マジックミラー越しに取り調べ室を見る。
少しして重悟と、あのクソ野郎が取り調べ室に入ってきた。
「……!」
ギュッと強く、冬華の手を握る。
「大丈夫だ。絶対に」
「…ん」
冬華はまた小さく笑い、頷いた。
『で、だ。お前さんが昨日したことについてだが』
『刑事さーん。俺別に悪いことしてねぇっスよ。まぁ確かに?ちょっと手ぇ掴んじまったけど、んな力入れてねぇしさぁ』
クソ野郎は悪びれる様子もなく、パイプ椅子に背中を預けてニタニタ笑ってやがる。
「…あの男に間違いありませんか?」
女の警察官の問いかけに。
「…間違い…ないです…」
「あぁ、あいつだ」
「絶対に忘れない、あいつの顔」
私たちは頷いた。
忘れたくても忘れられないあのツラ。
ぶん殴ってやりてぇ。
『ちょっと手を掴んじまった、か』
『そーだよ。それなのにみんなしてマジになってさ。大袈裟なんだっつーの』
「ちょっとぶん殴って「お、落ち着いてください大江さん…っ!」
忍がブチギレ、監察室を出ようとしたのを女の警察官に止められた。
『っつかさ』
『おい、座れ。立つな』
クソ野郎は立ち上がって、マジックミラーに近づいて来て。
バンッ
「…っ!!」
思いっきり手を付き、その音に冬華が肩を震わせた。
「…冬華」
「…ん、大丈……千速…?」
私は震えている冬華の手を取り、包帯を外して。
「「「……」」」
冬華の、歯型とキスマークだらけの手首を晒し出すと。
「…ゾンビか。ゾンビにやられたんか」
忍のツッコミに。
「…っふ…っ」
「く…っふ…っ」
冬華も私も、笑っちまった。
「このゾンビ、歯並び綺麗すぎんか」
「ん…っふ…っ忍…っ」
「おまえ…っ笑かすな…っ」
ああ、よかった。
恐怖よりも、面白さが上書きされたことに安心して冬華を抱き寄せた。
『おいこら』
『この向こうで見てんでしょ?昨日のおねーさん』
クソ野郎はニヤニヤと笑い、マジックミラーに額を付けて。
『おま『マジで美人でさ。ぜってーヤりてぇって思ったんだけど、まさか警察の飲み会だったなんて運ねぇよなぁ俺も』
ずっと舐めた態度を取っていることに。
『ッい…ッて…ッ』
「「「…!!」」」
重悟がキレた。
『てめぇこらおっさん!!何すんだよ!!』
重悟に取り押さえられ、暴れているが。
『なんだよ、大した力入れてねぇぞ?振り解けねぇのか?』
『…ッ当たり前だろうが!ガタイが違うんだからよ!』
重悟はクツリと笑って。
『そう。お前と俺はガタイが違うんだ。わかってるじゃねぇか』
取り押さえながら、パイプ椅子へと乱暴に座らせて。
そして。
『それなのにお前は、自分よりも小さくて柔らけぇ女の手を掴んで引っ張ったんだよ』
クソ野郎の髪を掴んだ。
「重悟…」
重悟も冬華を想い、怒ってくれている。
『見ろ。お前が大した力を入れてねぇっつって掴んだ彼女の手首の写真だ』
歯を立てる前に撮った数枚の写真を放り置き、髪を掴んだままクソ野郎の頭を写真に近づけた。
『…っ!』
クソ野郎は目を見開き、息を呑んだのがわかった。
『男がどんなに大した力を入れてねぇっつっても、柔らけぇ女の手首は容易く折れちまう。それが男の力なんだよ』
髪を離し、椅子に座る重悟。
『んで、お前はさっき“ぜってーにヤりてぇと思った”っつったな?』
『…ああ?それがなんだよ。あんな良い女、ヤりてぇって思うだろうが』
『あのパソコンで供述調書も作成してるし、今の発言もボイスレコーダーで録音もされてるんだが』
重悟はパイプ椅子に背中を預けて。
『性暴力を自白したって自覚あるか?』
ニヤリと笑った。
『…は?』
クソ野郎はきょとん顔を浮かべて。
『はぁ!?!?』
また立ち上がり…。
『まぁ未遂っつーことになるんだが、ただの傷害よりは罪が重くなったぞ』
『…ッてめぇ…ッ!!』
重悟に殴りかかった。
「…ッ横溝さん…っ!」
バッと冬華がマジックミラーに手を付く。
「大丈夫だ、冬華。今のはわざと殴られたんだ」
「…わざと…?」
「さらに罪を重くさせるためだと思うよ」
重悟もなかなかやるじゃないか。
『連れて行け』
『『はい』』
『ッ離せよ!!くそが!!ぶっ殺してやる!!』
控えていた部下がクソ野郎を拘束し、取り調べ室から出た。
「あらら、脅迫罪か殺人予告ももしかしたら立証されちまうかもな」
私は肩を竦め、冬華の腰に腕を回した。
「…刑事さんって、凄いのね」
「捜査一課は特にな。強くなきゃ凶悪犯罪も追えない」
まぁ、髪を掴む行為は御法度だが。
「おう、終わったぜ」
「重悟、なかなかやるな、お前」
良い気味だったな。
「…横溝さん」
「ん?あ、いや、いい。ハンカチが汚れちまうぞ」
冬華は鞄からハンカチを取り出し、私から離れて重悟の口に充てがった。
殴られた拍子に切れちまったから、血が出ていたから。
「見ろ、千速のあの顔を」
「…?千速…?」
重悟がニヤニヤしながら私を指した。
「え…すごい嫌そう…」
「嫌そうじゃなくて、嫌なんだよ」
もう一度冬華の腰を抱いて。
「こいつは男なんだから、一発や二発殴られても平気だよ」
ジト目で重悟を睨む。
「お前が言うなっつーの。じゃあ次は冬華ちゃんの事情聴取をするから、取り調べ室に入っててくれ。女刑事を呼んでくる」
「わかった」
重悟は私の肩に手を置き、女刑事を呼びに行った。
「二人とも、私は一旦家に帰るね。また後で千速たちの家に行くから」
「えぇ、待ってる」
「あぁ、また後でな。忍」
忍も先に帰り、あとで会う約束をした。
そうして。
私たちの取り調べも始まり、昨日の出来事を細かく話して。
そんな時間も経たずに終わった。
「蒼月さん!萩原警部補!」
帰る前に、総務部へ顔を出す。
「田中さん…!」
冬華に気付いた田中が、すぐに駆け寄ってきた。
「だ…大丈夫…ではないだろうけど…っみんなで心配してたの…っ」
総務部のみんなは離れた位置から見守ってくれている。
「田中、昨日は本当にありがとう。貴女が居たから冬華は助かった…」
田中、冬華に触るから嫌いだったが。
昨日は本当に助かった。
田中がすぐに冬華を引き寄せてくれたから痣で済んだだけで、重悟の言う通り、もしかしたら折れてしまっていたかもしれない。
「そそそそそんな…!!私は別に…!!というか蒼月さんに触ってすみませんでした…!!」
田中はブブブブと高速で手を振る。
「田中さん、あんな送別会になってしまって…ごめんなさい…」
「あ、蒼月さん、それなんだけどね?」
「「?」」
私と冬華は顔を見合わせて首を傾げると、田中は優しい笑みを浮かべて。
「蒼月さんがいない間、しばらく残ることにしたの。すでに総務課長の許可も得てるから、あなたはゆっくりと心を休めてちょうだい」
退職を延ばしてくれた。
「田中さん…」
「それに、あんなお別れの仕方嫌だし、あなたには笑顔で送ってほしいの。ね?」
冬華が私を見るから、私は小さく頷いて手を離すと。
「…っありがとうございます…っ」
冬華は田中を抱き締めて、涙を零した。
「っえ!?は、萩原警部補!私は触ってませんよ!!」
「はは、わかってる。大丈夫だ」
お前は、良い奴だってわかったから。
本当にただ、私たちを推してくれているだけなんだと知ったから。
「絶対に…戻ります…」
「えぇ、みんなで待ってるわ」
総務部の奴らも笑顔で親指を立ててくれていた。
どれくらいで復帰出来るかわからないが、私たちの周りには私たちを守ってくれる人たちで溢れているから。
そう時間はかからないだろう。
「帰ろうか、冬華」
「えぇ、帰りましょう千速」
あの時のような後悔はもうしたくない。
あの時の過ちを繰り返さないように。
冬華と手を繋いで。
心も繋いで。
もう二度と後悔しない未来を。
お前と共に、築いて行きたい。
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