pixiv作品 名探偵コナン
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“……今日はバイク特集があるのに…くそ…”
ザァザァと強い雨が降っている。
ある日の放課後。
今日は天気予報を見ていなくて、曇ってはいるが雨なんて降らないだろうと思っていたら土砂降りになっていて。
“……傘持って来てないな”
小さくため息を吐き出した。
本日夕方、バイクの特集番組があるため、早く帰りたかったのに。
灰色の空を睨み、冷たい風で頬を殴られ、少しだけ震えた。
どうやって帰ろうかと途方に暮れた。
研二の奴が気付いて持ってきてくれないかなとさえ思ったが、あいつだってまだ帰宅してないだろう。
もう一度ため息を吐き、空を見上げた時だった。
“……傘、入りますか?”
後ろから声をかけられたのは。
“!”
振り返れば、長く綺麗な黒髪をポニーテールにした女生徒が立っていて。
整った顔立ち、声も鈴を転がしたような声色で。
私の学年で見たことのない顔だから、後輩か先輩か。
いや、敬語を使ってきたから後輩か。
“助かるが、同じ方向なのか?”
名前も知らない後輩だが、願ってもない申し出。
しかし重要なのは帰宅方向。
“…送りますよ。特に用事もないですし…”
それは些か申し訳ないが。
“では、今度何か礼をさせてくれ”
一刻も早く帰りたいから、遠慮なく傘に入れさせてもらうことにした。
私のほうが背が高いから、傘を握り直して。
後輩の肩が濡れないように少し引き寄せた瞬間。
“……っ”
小さく息を呑む音とともに、後輩の顔が耳まで真っ赤に染まった。
傘の下、至近距離で交わる視線。
後輩の瞳に映っていたのは、単なる先輩への尊敬ではなく。
胸の奥を焦がすような、一筋の熱だった。
ああ、これは。
憧れではないな。
雨の匂いと、後輩のシャンプーの香り。
その時初めて。
私は後輩の“一目惚れ”の瞬間に立ち会ってしまったのだと悟った。
“へー。で、その後輩ちゃんのおかげでバイクの特集番組に間に合ったんだ?”
“あぁ、そうなんだ”
翌日、教室で忍に昨日の話をする。
“その後輩ちゃんの名前とかクラス、わかってるの?”
“名前?”
クラス?
…そういえば、ずっと“お前”と呼んでいたから聞いてなかった…。
クラスも大して気にしてなくて、単純に後輩だとしか思っていなかった。
“………”
“それでお礼するって、ちゃんちゃらちゃーんじゃない?”
ちゃんちゃらおかしいって言いたいのをオブラートに包んでくれたんだな。
“探しに行く?”
HRまでまだ時間があるし、今からでも一年の教室へ行って探すか。
“そうだな。礼はしたい”
と言っても、学生の私には大した礼は出来ないけれど。
忍も探すのを手伝ってくれるようで、付いてきてくれた。
一年の教室へ行けば、何やらザワザワと騒がしかった。
人の顔を見ては指を差され、あまり良い気はしないがまぁ二年が一年の教室をウロウロしていたら指を差したくもなるか、と無理やり納得をした。
“いた?”
“いや、いないな”
全ての教室を探したが、昨日の奴はいなかった。
なんだ、幽霊か。
あいつは幽霊だったのか。
だが濡れないように肩を寄せた時は生きてる人間の温もりがあった。
だから幽霊ではないだろ。
聞いてみるにも、何組かすら知らんからどのクラスの奴に聞けばいいのかもわからん。
“どんな子だったの?”
どんな子、か。
“…ポニテで、黒い髪で……目と鼻と口が付いてた…”
“………”
凄く綺麗な顔だったんだが、それをどう表現したらいいのかわからない。
“ちょっと君、ごめんね?人を探してるんだけどいいかな?”
忍が呆れながらも後輩を一人捕まえて、声をかけてくれた。
“は、はい…!”
突然二年に声をかけられたらそりゃびっくりするよな、と思いながら。
“ほら、千速”
“あ、あぁ…えーと…黒髪で、ポニテで、これくらいの人間を探しているんだが…”
と、自分の肩くらいの身長だったことを告げれば。
“……”
後輩は首を傾げ、周りに助け舟を出したがみんな首を横に振る。
“……”
“なんでわからないんだみたいな顔しないでもらっていい?千速の説明が壊滅的に下手なんだからね?”
また忍に呆れられた。
しかし、一人の後輩が。
“……ここに居ないんでしたら、もしかして蒼月さんかなぁ…”
ここには居ない奴らしい名前を口にした。
“ お?”
“おお、もしかしたら?そうかも?”
私と忍は顔を見合わせる。
“あー、確かに黒髪でポニテだったよな”
“身長も萩原先輩の肩くらいだし、きっとそうかも”
どうやら私が言った特徴と一致するらしい。
“ 蒼月さんでしたら、図書委員なので毎朝図書室に行ってますよ”
図書室か。
まだ本人かわからないが、有力な情報だ。
“すまん、恩に着る”
“ありがとー!助かったよ!”
私は片手を上げて、忍は手を振って。
私たちは一年の教室を後にした。
“図書室とは無縁の人生だと思っていた”
“私も”
図書室に着き、忍とコクンと頷いて静かに開ける。
中を見渡す。
“いない?”
“いないな”
中には誰も居なくて、入れ違いになっちまったかと思った時。
“……?”
私たちの声が聞こえたのか、奥の本棚の間からひょこっと顔を覗かせた奴がいて。
“あ”
“あの子?”
“そう、あいつだ”
昨日、傘に入れてくれた奴だった。
“!萩原先輩…と、大江先輩…”
そいつはたくさん持っていた本を机に置いて、私たちへと歩み寄ってきた。
“…おはようございます、図書室に何か用事ですか?”
私の前で立ち止まり、僅かに首を傾げた。
“図書室じゃなくて、お前に用事だった”
“…私に、ですか”
“千速、昨日のお礼がしたいんだって”
忍が私の代わりに要件を言ってくれた。
“お礼…は…、気にならさずで大丈夫ですよ?”
チラッと私を見て、視線を逸らした。
“そんなわけにはいかん。昨日は本当に助かったんだからな”
借りを借りたままでいるのは性に合わない。
“ですが…”
頬をほんのり赤らめ、視線を泳がせている。
“じゃ、ジュース一本でどう?”
忍がしてくれた提案に頷く。
“それでどうだろうか”
礼をしないという選択肢はないから、これは受けてほしい。
“…わかりました…ありがとうございます…”
後輩が小さく笑みを浮かべたと同時に、予鈴が鳴った。
“よし、決まりだな。お前、名前は?どのクラスだ?”
“…一年A組の蒼月冬華です”
“A組の冬華だな、わかった”
そいつの名前とクラスを聞き、私と忍は冬華に軽く手を振って教室へ戻った。
その道すがら。
“あの子、千速のこと好きっぽいね”
“一目惚れ”の瞬間に昨日立ち会ってしまったことは忍には言ってない。
“…そうか?よくわからんな”
いや、わかってはいる。
陣平と同じで、それほどまでにわかりやすい。
一つ違うのは陣平ほど積極的ではないということ。
まぁ陣平のように顔を合わせる度に言われるのも困ってしまうから、そういう奴は陣平一人で腹一杯だ。
“でも可愛い子だった。ありゃモテるわね”
“だな”
だから私ではなく、本当に自分を大切にしてくれる奴と出会って幸せになってくれと願った。
“ 冬華、いるか?”
昼頃、もう一度一年の教室へ行った。
今度はA組をピンポイントで。
またザワつく一年たち。
“ 冬華でしたら図書室ですよ…!”
“なんだまた図書室か。すまん、ありがとう”
教えてくれた奴に礼を言い、図書室に向かう。
“二回も図書室に行くなんて”
受験生にでもなれば通うことがあるのかな、なんて思いながら。
“冬華”
冬華の名前を呼びながら図書室の扉を開けたタイミングで。
“…!”
“…っ”
“!お、っと”
誰か走ってきて、ひょいっと躱せばそいつはブレーキを踏むことなく走り去って行った。
暴走族か、あいつは。
“すまん、邪魔したか?”
何か話していたのを邪魔してしまったのかと思ったが。
“…い、いえ…大丈夫です…”
冬華は少しだけはにかむように笑った。
ああ、もしかして。
告白の場面だったか。
そういえば走って行った奴、少し泣いていたような気がする。
“…そうか”
冬華の表情とさっきの奴の泣き顔を見て、フったということがわかった。
“萩原先輩、どうしました?”
冬華が私に歩み寄ってきた。
“礼をすると言っただろ。ジュース買いに行くぞ”
“あ…”
冬華の手首を掴み、歩き出す。
“どんなジュースがいい?2、3本買ってやるよ”
一本じゃ礼にもならんからな。
“……?”
だが冬華からの返事はなくて、冬華へと振り返れば。
“……っ”
冬華は私が掴んでいないほうの手で口元を隠し、顔を赤くしていた。
しまった。
こいつ、私に惚れていたんだ。
なのに手なんて掴んじまったらそうなるよな。
“…すまん、痛かっただろ”
言葉を誤魔化し、手を離す。
“っい、いえ…”
冬華は私を見上げて。
“大丈夫です”
頬を赤らめながら、小さく笑いかけてきた。
“そ、う、か”
その笑みを見て、ひゅ、と自分の息を呑む音が聞こえた気がした。
可愛い。
そう思った感情を忘れるように前を向いて。
“…自販機、どれがいい?”
見えてきた自販機を指した。
“自販機を買ってくださるんですか?”
“そんなわけないだろ、揚げ足だぞ今のは”
なんて冬華と小さく笑い合って。
“…では…おしるこを…”
“予想外の飲み物”
また笑った。
ある日の5時間目。
古文の授業の時。
“……”
昼飯後の古文は眠すぎる、なんて欠伸を一つ。
窓際の席の私は、何気なく外を眺めていた。
“…!(ん?なんだ?)”
外からはワァワァと賑やか声が聞こえてきて。
“…(体育か)”
空から下へと視線を下げれば、体育の授業の真っ最中だった。
ジャージの色で一年だとわかる。
“……”
私の目は、自然と冬華を探していた。
A組じゃないのか?
“…(!いた)”
と思っていたら、間も無く見つけた。
グラウンドの、クラスの奴から少し離れた場所で座っていた。
なんだ、体調でも悪いのか?
しかし。
“…(ジャージか)”
なかなか悪くないな、あいつのジャージ姿。
“……(!気付いた)”
私に気付いたようで、周りを見渡して私へ手を振ってきたから、小さく振り返した。
だが。
“…(ん?)”
冬華は首を横に振って、また手を動かしていて。
目を凝らして見ると、どうやら指を差しているよう。
“……?”
わけがわからず振り返れば。
“……萩原ぁ…何回呼んだと思ってるんだお前”
“あ…”
古文の教師が私のすぐ傍に立っていて、クラスからはクスクスと笑う声が聞こえてきた。
冬華には私のすぐ傍に立っている教師が見えていたから、教えてくれてたんだな。
まぁまぁ叱られた後、不貞腐れながらまたグラウンドへと視線を戻す。
冬華はまた私に気付き、クスクス笑っていて。
可愛い。
この前と同じ感情が、胸の奥で小さく跳ねた。
“…(いやいや)”
あいつは綺麗な顔立ちをしてるから、そう思うことは別に不自然じゃない。
冬華が移動したのを見て、私はようやく視線を黒板に移した。
放課後。
“ん?”
“千速?どうしたの?”
忍と帰ろうとした時に、冬華の姿が見えた。
どこへ行くんだ。
また図書室か?
“いや、冬華が向こうに居たから”
ただ単純に、冬華が居たからという素直な気持ちだったんだが。
“最近の千速って、冬華ちゃんのこと気にかけてるよね”
忍は小さく笑みを浮かべながら、私が見ていた方向を見た。
“…そうか?そんなことないと思うが”
自分自身、そんなつもりはない。
だが側から見たらそう見えるのか。
“5時間目の時だって、体育の授業で外にいる冬華ちゃんを見てたんじゃないの?”
手を振ってたし、と。
よく私を見てるもんだ、忍も。
いや、何回も呼んだと教師が言っていたからか。
何回も呼ばれているのに見向きもしてなかったらそりゃ見るよな…。
“ああ、そうなんだよ。あいつ体育の授業を端で見てたから体調悪いのかもしれん”
また冬華が居た方向を見る。
様子を見に行ってみるか。
“ちょっと見に行ってみる?”
体調悪そうなら送ってやったほうがいいだろうし。
“……いや”
…そこまで気にするような仲でもないか。
“いいさ”
きっと大丈夫だろ。
あいつ、笑ってはいたし体調悪くてもそこまでじゃないはず。
“そう?じゃあ帰ろっか”
“あぁ、そうだな”
下駄箱から靴を取り出し、床に置いて。
靴を履こうとした時。
“ 蒼月ってもう帰った?”
“いや、図書室行ったんじゃない?放課後いつも行ってるし”
“よ、よっしゃ!ちょっとコクってくるわ!”
“やっとー!?頑張れ!”
“おう!”
という、会話が聞こえてきた。
“………”
“………”
走って行った奴の背中を見る。
“ 冬華、モテるんだな”
“あれだけ可愛けりゃねぇ”
モテるでしょうね、と忍も走って行った奴の背中を見送っていた。
“気になるの?”
“?何がだよ”
“今の会話。気になってるんじゃない?やっぱ見に行く?”
見に行くって、そんな野次馬なんて冬華に悪いだろ。
“いいって。帰るぞ忍”
あいつが誰と交際しようが、私には関係ない。
まぁ確かに?
あいつは私に惚れてるが、私は別に惚れてない。
あいつの想いに応えるつもりもないし、私を諦める良いきっかけになるだろうしな。
“…ふーん”
忍はどこか納得出来てない様子だが。
“帰りにコンビニ寄ろうぜ”
私は全然気にしてないからな。
“昨日お前、告白されたのか?”
“へ?”
翌日、HRが始まるより少し前の時間。
図書室に行けば冬華が居た。
“いや、昨日下駄箱んところでお前にコクってくるっつってた奴が居たから”
何となく聞いただけ。
“あー…”
冬華は視線を泳がせて。
“…そう、ですね。告白をされました”
少しだけ頬を赤らめた。
“……そうなのか”
なんで頬を赤らめるんだよ。
お前、私が好きなんじゃないのか?
お前の想いはその程度なのかよ。
“でも、お断りしましたよ”
…それはそうだろ。
だってお前の好きな奴は私だし。
“好きな人がいるのでって”
わかってるよ。
あの雨の日に、お前は私に“一目惚れ”したんだからな。
“そうか”
優しげなその眼差しと、小さな口が小さく曲線を描くその表情。
可愛い。
そんな感情がまた、私の中に現れた。
“お前、毎日ここにいるのか?”
“居ます。本が好きですし、紙の匂いも好きなんです”
本が好き。
紙の匂いも好き。
私のことも好き。
今ここには、お前の“好き”が全部あるんだな。
“千速ー!HR始まるよ!冬華ちゃんも戻りなー!”
“!忍、わかった今行く”
“はい、ありがとうございます、大江先輩”
忍が呼びに来てくれて、私たちは同時に図書室を出る。
“では、失礼します”
“あぁ、またな”
“またねー”
冬華は軽くお辞儀をして、教室へと戻って行った。
“………”
“…なんだよ”
忍がニヤニヤしながら、ジト目で見てくる。
“気にならないんじゃなかったの?”
“なってねぇよ。別に、なってないし”
ただあいつの私への想いはそんなもんかと思っただけだし。
“千速が自分から図書室に行くのって、冬華ちゃんに会いに…でしょ?”
“違うよ。図書室にくらい行くだろ”
“一年の時、図書室に行った回数は?”
“………ゼロ…”
またニヤニヤして、肘で小突いてくる。
“喧しい。早く行くぞ”
しつこい忍を置いて、足早に教室へと戻った。
“ん”
“!あ、お金払います”
“いらん奢りだ。後輩は黙って先輩に奢られろ”
昼の時間。
図書室にいる冬華に、おしるこの缶を買って持って行った。
頼まれたわけでもなく、私が勝手に買ったものだから金などいらん。
“で、でも…”
“いいんだよ”
冬華が座っている図書室の受付カウンターに腰をかける私。
“ありがとう…ございます…”
冬華はまた少し頬を赤らめて、小さく笑った。
こいつのこんな表情、他にも見た奴がいるのかな。
こんな、誰かに恋をしているかのような。
そんな表情を。
他の誰か。
……いや、居るわけないか。
だってこいつ、私のことが好きなんだしな。
“飲まないのか?”
“あ、ここでいただくと本が汚れてしまうかもしれないので後でいただきますね”
そんな飛ばないだろ、とは思うが。
本が好きだと言っていたから、万が一を考えてここでは飲まないに越したことはないよな。
私もここでは飲まないようにしよう。
というか、本来図書室での飲食はダメか。
“っつか、お前どこで飯食ってるんだ?”
“え、と…。体育館の裏…の、日陰で…”
なんでそんなとこで食ってんだ。
“一人で?”
“は、はい…”
なんで一人で。
“…あの、賑やかなところが…少し苦手なので…”
私の思考を読み取ってか、冬華は苦笑を零した。
“飯食ったらすぐにここか?”
“そうですね。返却された本の確認と整理をしたり、お掃除をしたりしてます”
ふーん。
体育館裏で飯、ね。
で、食ったらすぐここ、ね。
“萩原先輩も読んでみますか?”
“……私は三行読むと眠くなる”
“ふふ、先輩らしいですね”
“らしいってなんだ。眠くなるだけで読めないとは言ってないだろ。バカにすんな”
クスクス笑う笑みに、また“可愛い”という感情が出現したが。
それどころじゃない。
文庫本を読めないと思われたままだと癪だ。
“お前のオススメの本を貸せ。読んでやる”
“では、新名任太朗先生の“探偵左文字”シリーズの一冊を”
冬華が推してる作家の本を渡された。
パラパラと捲ると、見事に文字だけで。
“……よし”
“明日感想待ってますね”
“明日!?明日は早すぎるだろ!”
なんだよ。
普通なら一日で読める文字量なのか?
私には一週間は必要だ…。
下手したらもっとかかるかもしれん。
“読み終わった時に感想教えてくださいね”
“……読み終わった時な”
まぁ…冬華が推してるなら…楽しめる…んじゃないか…?
…読み終わる気がしないのは黙っておこう。
“よぅ冬華”
“!萩原先輩、大江先輩。こんな場所までどうされました?”
翌日の昼。
私は忍を連れて体育館裏に来た。
冬華がここで一人で飯を食ってるって言っていたから。
“千速が行くぞって言うから、どこ行くのかなーって思ったらここだったの”
ツン、と肘で突かれた。
“一人で食うことないだろうと思ってな”
冬華の隣に腰を落とし、私は購買で買ったパンの袋を開ける。
忍も私の反対側の冬華の隣に腰を落として、弁当を開いた。
“というか、一緒してもいい?大丈夫?”
勝手に座っちゃったけど、と忍はどこか申し訳なさそうだった。
“あ、大丈夫です。ぜひ…”
“私たちは別に騒がないし、苦手じゃないだろ?”
むしろ好きだろ?
“は、はいっ”
冬華は頬を赤らめ、パクリと小さな口に少量の米を運んだ。
“自分でお弁当作ってるの?”
“はい。一人暮らしなので”
“一人暮らしなんだ。寂しくない?”
“んー、慣れちゃいました”
“そっかー。私もいつかしてみたいんだよなー”
忍と冬華の会話を聞きながら、冬華の弁当を見る。
自分で作ってるなら、その玉子焼きも自分で作ってるのか。
…美味そうだな。
“食べますか?萩原先輩”
“へぁ?”
玉子焼きを箸で掴み、首を傾げる冬華。
“いいのか?”
“そんなに見てたら食べたいんだなって思うよ”
呆れる様に忍が応え、冬華はクスクス笑った。
“あー”
ん、と食わせてもらう。
うん、やっぱり美味い。
“どうです?”
“美味いよ。お前料理上手いんだな”
“ありがとうございます。玉子焼きは料理のうちに入りませんよ”
謙遜しながら、鞄からティッシュを取り出して箸の先を拭いた。
“おい待て”
“!はい?”
“なんで拭くんだよ。潔癖症か?さすがに傷つくぞ”
私は別に汚くないし。
歯だって毎日磨いてるし、変なもん食ってないからな。
“あ…いえ…あの…”
冬華はまた頬を赤らめて、視線を泳がせた。
なんだよ。
変なこと言ったか?
“……千速と間接キスになるからでしょ?千速が嫌がるんじゃないかっていう冬華ちゃんの気遣いだよ”
なんでそんなに鈍いの、と忍はまた呆れた。
間接キス?
“?今拭くのじゃ遅いだろ?すでに冬華一度箸に口付けてるんだし”
私の言葉に、忍も冬華も顔を見合わせて。
“…そうだわ、遅いわ”
“…っそうでした…っ”
忍は笑い、冬華はさらに顔を赤くさせた。
“何言ってんだよ、お前らは”
今度は私が呆れ、パンに齧り付いた。
……間接キス、か。
そんなこと考えてもなかったな…。
気をつけてやらないと、冬華が可哀想だよな。
なんて、密かに思った。
“進捗はどうですか?”
“……昨日、やっとページを捲った…”
また別の日の昼飯を食った後。
忍と一緒に教室へ戻り、私だけ図書室へと向かった。
なぜか忍は一緒に来たがらない。
図書室が苦手なんだろうか。
まぁ忍は友達が多いからな。
私は図書室のカウンターの内側、その下に直に座っている。
椅子を勧められたが、このダラッとした体勢が楽だから断った。
“ふふ、いつ感想が聞けるのか楽しみですね”
鈴を転がしたような声が、何とも落ち着く。
こいつの落ち着いた雰囲気が心地良くて、昼飯を食った後に傍に居ると眠くなる。
“眠いんですか?”
“…ねむい…”
うつらうつらと微睡んで。
“お昼時間が終わりそうになったら起こしますよ”
だから寝てください、と。
膝掛けをかけてくれた。
“…ぅん…”
そうして私は、少しの間眠りに落ちた。
ふと、目が覚めれば。
“……?”
街の中。
私は一人で立っていた。
誰かを待っているわけでもなく。
誰か傍にいるわけでもなく。
ただ、一人で。
そんな私の前を。
冬華が横切った。
声をかけようと手を伸ばしたけど、途中で止めた。
なぜなら冬華は。
“……どういうことだよ…冬華…”
誰かも知らん男と歩いていたから。
恋人たちがするような、手を繋ぎ指を絡ませて。
冬華の幸せそうな顔と、楽しそうな声色。
お前、私のことが好きだったんじゃないのかよ。
あの雨の日に、私に惚れたんじゃなかったのか?
“…おい…冬華…”
どういうことなんだ、冬華。
ぐらぐらと、視界が揺れて。
“––––きてください”
遠くから、冬華の声が聞こえる。
なんだ?
今目の前を歩いてるのに。
どこから…。
“…ん”
ゆっくりと目を開ける。
……目を、開ける?
“萩原先輩、時間です。起きてください”
目の前に、冬華の、綺麗な顔。
ああ、夢か。
夢を見ていたのか。
“…ぅ〜…”
背中を伸ばし、立ち上がる。
“これすまん、ありがとう”
“あ、いえ。寒くありませんでした?”
“あぁ、大丈夫だった”
冬華はよかった、と小さく笑った。
あの夢はなんだったんだ。
なんでいきなりあんな夢を?
“?どうしました?”
ジッと冬華を見ると、冬華は首を傾げた。
“…お前、交際してる奴いるのか?”
今見た夢が、夢っぽくなくて。
妙にリアルで。
なんかムカついた。
“…いませんよ”
冬華はチラッと私を見て。
“…好きな人、いますし”
頬を赤らめた。
だよな。
お前の好いてる奴は私だよな。
“そうか”
そうだよ。
何をムカついてるんだ私は。
“教室戻るぞ”
“はい、鍵閉めますね”
一緒に図書室を出て、冬華が鍵を閉めて。
“じゃあまたな”
“はい…また…”
私たちは別々の方角へ歩き出した。
週末。
忍と買い物に出た。
私は特に買うものはないんだが、忍が行きたいって言ったから。
“お昼ご飯どうする?”
“そうだなぁ”
忍は服を二着ほど買い、私も買う予定はなかったがTシャツと新しいスウェットを一着ずつ購入した。
このスウェット、肌触りが良いから気に入った。
帰ったらさっそく着てみよう。
“ラーメンはどうだ?”
“オッケー!行こ行こ!”
近くのラーメン屋を検索をして、そこに向かう途中だった。
“萩原先輩?……と、大江先輩”
突然名前を呼ばれたのは。
忍と同時にそちらへ振り返れば。
“!おま…え…”
そこに居たのは冬華だった。
冬華はいつものポニテではなく、サラッと下ろしていて。
制服ではなく、大人っぽいカジュアルな服装で。
“わ!可愛い!今日はオシャレさんだねぇ!”
初めて見る私服に、コクリと息を呑んだ。
可愛い。
あの感情がやってくる。
“私服姿初めて見たけど、めちゃ可愛いじゃーん!”
“あ、ありがとうございます”
忍は冬華の手を取り、その可愛さを褒めちぎる。
チラッと私を見て、頬を赤らめる。
似合うよ、という言葉が何故か出てこない。
“千速?どうしたの?”
忍は首を傾げ、冬華と顔を見合わせる。
“…萩原先輩?”
“あ、いや…うん、良いと思うぞ”
誰に見せるための格好だよ。
そんな洒落込んで。
誰かと待ち合わせか?
“ありがとうございます…っ”
冬華は嬉しそうな、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
“冬華ちゃん、一人?誰か他にいるの?”
その質問はナイスだぞ、忍。
“一人です。お休みの日は本屋さん巡りをしていて…”
今もその途中だったらしい。
休みの日まで本かよ。
そんなに本が好きなんだな。
“そうなのか。私たちはこれからラーメンを食いに行くんだが、お前もどうだ?”
“え?でも…”
チラッと忍を見るから。
“いいよな?忍”
“もちろんだよ。冬華ちゃんさえよかったら”
一緒に行こ、と忍は笑った。
“で、では…お言葉に甘えて…”
よろしくお願いします、と控えめに頭を下げた。
“よし、行くぞ”
“おー!”
私と忍に挟まれて、冬華は少し緊張した面持ちで歩く。
まさかこんな場所で会うなんて思わなかった。
しかも私服姿だし、髪も下ろしてる。
こいつは普段も制服姿だと勝手に思ってたが、そりゃ休みの日は私服だよなと納得した。
しかし。
楽しそうに忍と話している冬華を盗み見る。
可愛いな、なんか。
よくわからんが、なんか可愛いと思った。
ラーメン食ってる時も、私や忍みたいな豪快に啜ることはなく。
あまり音を立てずに上品に食っていて。
良いとこのお嬢様か?と思う面が多々あった。
で、まぁ私たちも予定もないしで冬華の本屋巡りに自然と付いて行って。
“これも面白いのでオススメです”
“へー!買ってみよっかな!”
“あ、持ってるのでお貸ししますよ”
“やった!ありがと!”
忍は冬華に小説を借りる約束を取り付けていた。
“……私はようやく3ページ目だ”
“ふふ、物語の進み具合ではなくページ数カウントなんですね”
やっと3ページ目に突入したのに冬華に笑われた。
“内容覚えてるの?”
“…なんとなくな”
内容より読み切ることが目標だ。
読み切ることが大事だろ。
チラッと冬華を見れば、クスクス笑っていて。
冬華が笑ってるからいいや、と。
自然とそう思えた。
何の変哲もない、有り触れた日常。
特にいつも通り変化もなかった今日という日。
私にとって。
どうしてだかわからないけれど。
少しだけ特別な日に変わった瞬間だった。
next