pixiv作品 名探偵コナン
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「ッ千速!!」
「!…重悟か」
手術室の前の椅子に座る私の下に、重悟が息を切らせて走ってきた。
「ッ蒼月警視は!?」
「今始まったばかりだ」
輸血のための採血は15分ほど掛かり、同じ血液型だが適合するかどうかの検査にも数分かかって。
ようやく始まった手術。
「…そ、そうか…」
重悟は呼吸を整えて。
「…お前も怪我をしてんのか?」
私の腕に貼ってあるガーゼを見て問いかけてきた。
「輸血をした。奇跡的に私と冬華さんの血液型が一緒でな」
「…輸血が…必要なくらいか…」
カチカチと。
時計の音が聞こえるくらい、静かな空間で。
“…ごめん…撃たれた…”
撃たれた時の表情と言葉が、脳内で何度もリピートされる。
聡明な冬華さんでも、狙撃までは予想出来なかったのだろうか。
暗殺を企てられるほどの情報を持っていたのだろうか。
敷かれている箝口令の内容は、一体何なんだろう。
私は俯いて。
「…なぁ、重悟」
「…なんだ」
針を刺した腕を、ギュッと掴んで。
「……爆破事件に、箝口令が敷かれていたのは知っていたのか?」
静かに問いかけた。
「……」
重悟は黙ったままで。
「…重悟、どうなんだ」
即せば。
「…知ってたよ」
小さく息を吐き出すように、そう言った。
「神奈川県警にも箝口令が敷かれていた。爆破事件について聞かれれば、捜査中だとだけ伝えろとな」
「…私は箝口令を敷かれていることすら知らなかった」
何も知らない。
重悟とは部署は違うが、同じ神奈川県警の警察官だというのに。
「箝口令が敷かれていることすら他言するな、と蒼月警視に言われていたからな」
重悟は肩を竦め、私の隣に立って壁に背中を預けた。
「…いつから命を狙われていたんだろう」
「わからん。だが二日くらい前に本部長から護衛を付けろと言われていたのは聞いていた」
“萩原には言うな”と口止めをされていたらしい。
私に言えば、心配するし不安がるし関わってこようとするしで良いことがないからだろう。
重悟もそれをわかってて何も言わなかった。
命を狙われていることには気付いていたが、まさかスナイパーまで雇われているとはといった感じか。
再び訪れた静寂の中、鮮明に聞こえる時計の音に苛立ちが募る。
カチカチとうるせぇ。
時計をぶっ壊したい。
ギュッと拳を握った時。
「…だがまぁ、運が良かったよな、蒼月警視は」
被弾したのが腹でよかった、と。
重悟は言った。
腹で、よかった、だと?
私は重悟を睨み、冬華さんの血で染まった制服を握り締め立ち上がって。
「ッ良いわけがあるか…ッ!!見ろよこの大量出血を…ッ!!」
重悟に押し付けた。
「たった一発の弾丸で…ッ!!この制服が真っ赤になるほど夥しい量の血が一気に流れ出たんだぞ…ッ!!」
お前は。
お前はあの光景を見てないからそう言えるんだ。
白いハイネックのスカーフは、瞬く間に白から赤に変わった。
白い箇所など無くなるほどに。
水道の蛇口が壊れたのかと言わんばかりの勢いで流れ出た赤い液体を。
“止血だ!!”
少年がそう叫ばなければ。
間に合わなかったかもしれないほどの量が、一気に。
「…ッも、もしかしたら輸血のために私から抜き取った血液だって足りないかもしれないのに…ッ!!」
重悟の胸を殴って。
「それをお前…ッ!!運が良かっただ!?ふざけたことを抜かすな…ッ!!」
感情を爆発させた。
抑えきれない不安に支配される。
あの人は絶対に死なないって思っていても。
あの量の出血を見てしまったら、そう思い込むのが難しくて。
嫌でも最悪な事態を想像してしまう。
爆破事件の時と同じ。
不安で。
怖くて怖くてたまらない。
震えが止まらないんだ。
失うかもしれない不安と恐怖で。
精神がおかしくなりそうなんだ。
「馬鹿野郎」
重悟が静かに口を開いて。
「ッなん「お前なぁ」
私の両肩に手を置いて。
「運が悪かったら、たった一発の弾丸で頭か心臓をぶち抜かれて即死してるんだぞ」
そう言った。
「…ッ!」
私は目を見開く。
「たった一発の弾丸を放った奴は狙撃が下手で、弾速と弾道を見誤ったんだ」
風の抵抗と向きで弾速が弱まり、それにより弾道も落ちて。
頭や心臓ではなく、腹を貫通した。
「運が良かったから今緊急手術を施されていて、運が悪かったならその場で死亡確認だ」
強運の持ち主なんだよ、蒼月警視は、と。
重悟はニッと笑った。
「……」
重悟を離して、また椅子に座る。
「…運が…悪かったら…即死…」
そう、か。
運が良かったから。
今、手術が出来ているのか。
助かるかもしれないのか。
「…そう…か…」
私は膝に肘を付き、両手で顔を覆う。
そんなことにも気付けないくらい、動揺してしまっている。
「…すまない…すまない…重悟…」
「いいさ、気にすんな」
重悟の言葉で、少しだけ落ち着いた。
運が良かった。
その言葉で少しだけ救われた。
「っつかお前、一度着替えに戻ったほうがいい。送るから」
制服の上着は血だらけだし、何なら染みてネイビーのTシャツが黒くなってるほどだ。
だが。
「…手術が…」
「今始まったばかりなら、まだまだ終わらねぇよ」
確かに。
何時間もかかる大手術になってるかもしれん。
でも、離れたくない。
ここから離れたくないんだ。
「萩原さん…ッ!!」
「千速さん!」
「「!」」
走ってきたのは。
「…妃さん…毛利探偵」
毛利探偵ご夫婦だ。
「ッ冬華は!?どうなの!?」
ガシッと肩を掴まれ、揺さぶられる。
高校時代からの親友…いや、初恋?の人の危機だ。
心配だよな。
「…今手術が始まったので…だが」
私は妃さんの手を取って、握り締めて。
「絶対に助かる。絶対に死なないと約束をしてるから」
小さく笑うことで、妃さんを安心させた。
「…っ」
妃さんも私の手を握り締めてくれて。
「大丈夫です、冬華さんは」
背中に腕を回し、ポンポンと落ち着かせた。
「…っあのばか!起きたら絶対に文句言ってやるわ!また危ない目に遭って…!警察なんて辞めてしまえばいいのに!」
と、ブチギレている。
私と重悟は顔を見合わせて、苦笑いを零した。
「千速さん!!」
さらに走ってきたのは少年で。
「少年、お前のおかげで「そんなことより!今神奈川県警に通報があったみたいなんだけど!」
なんで神奈川県警の通報内容をお前が知ってるのかは聞かないでおこう。
「この住所に空き巣が入ったみたいなんだ!ここって冬華さんの自宅だよね!?」
「「「「空き巣!?!?」」」」
私と重悟、毛利探偵夫婦の声が重なった。
「なんで坊主が蒼月警視の自宅の場所を知ってるんだ!?」
さすがに重悟も驚いた。
だがそんなことより。
「っ重悟!すぐに向かうぞ!!」
「ボクも行くよ!!」
重悟と少年が走って行って、私は妃さんたちに。
「…あなた方はここで冬華さんを待っていてくれ」
そう告げた。
「…っわかったわ…」
「気をつけてくれ、千速さん」
毛利探偵は妃さんを守れと冬華さんに言われているから、傍を離れられない。
私は小さく笑い、小さく頷いて。
重悟たちを追った。
「…こりゃ酷いな」
私たちが到着した頃には、すでに神奈川県警の鑑識の奴らが現場検証を行っていた。
「千速さん、何を盗られたかわかる?」
「見てみる」
盗まれたものは何なのか。
現場検証を邪魔しないように調べて回る。
寝室に入って、一応下着が入っているタンスも確認する。
「下着は無事だ」
「……そうか」
重悟が照れながら咳払いを一つ。
「何照れてるんだ、お前」
ニヤニヤ笑いながら、重悟の脇を肘で小突く。
「う、うるせぇ。照れてねぇ」
「見てみるか?あの人、意外とエロ「警視の威厳をお前が壊すんじゃねぇよっ!」
冗談なんだが、重悟は顔を赤くして怒ってきた。
「はは、お前顔が真っ赤だぞ?」
「お前なぁ…いい加減揶揄うのは「千速さん!パソコンが…!」
少年が冬華さんのデスクの引き出しからノートパソコンを見つけたが。
「「…!」」
バキバキに破壊されていた。
「…犯人の狙いは」
「情報、か」
家を荒らしたのは、それに気付かせるのを遅らせるため。
「このノートパソコンにはどんな情報があったんだ」
何とか修理して復元出来ないものか、と重悟が言う。
「…恐らくあの人はパソコンには情報を残してはいないよ」
「どういうことだ?千速」
あの人は頭の良い人だ。
こんな簡単に見つかる場所に、重要な情報を残すわけがない。
「情報は命だからね。万が一襲撃された場合、命と共に持って行かれるのは、警察という巨大な組織を揺るがせるほどの重要機密が記載されているデータだ」
少年が私の代わりに言葉を紡ぐ。
「そんな重要なものを身近なものに残しておくはずがないから、もしかしたら銀行の貸金庫とかに預けているかもしれないね」
「…銀行の貸金庫か」
十分有り得る。
「だが、冬華さんが目覚めてからじゃないと無理か」
貸金庫の契約者本人か、予め登録された代理人かしか貸金庫は開けられない。
少年は周りを見渡して。
「いや」
口を開く。
「…今日の夜だよ」
「なに?」
「勝負は今日の夜しかない」
「夜?夜がなんだ、坊主」
一筋の汗が頬を伝って。
「今日の夜、冬華さんが目覚める前に冬華さんを殺しにくると思う」
そう、言った。
「「な…ッ!?」」
私も重悟も目を見開く。
今日の夜、殺しにくる!?
「犯人は恐らく、冬華さんが自分に気付いてることを知ってるんだ。だから明るみに出される前に殺害しようとした」
「…それが狙撃か…!」
「うん。でも弾速と弾道を見誤って殺せなかった」
だから、冬華さんが目覚める前に。
確実に殺すために。
「…データも消去出来ないわけだし、もう冬華さん本人を殺すしか逃れる道はないって踏んだんだろう」
ギュッと拳を握る。
冬華さんを、殺すしかない、だと?
「…ッふざけ…ッやがって…ッ!」
ダンッと壁を殴る。
「千速さん…」
少年が私を見て、眉間に皺を寄せる。
「ぶっ飛ばしてやりてぇ…ッ!!」
殴って殴って、顔の形が変わるまで殴ってやりたい。
「んなのは誰もが思ってることだっつの。今から警備を厳重にしねぇと」
重悟が刑事課の奴に電話をかけようとしたが。
「ダメだ、横溝警部!」
少年が止めた。
「ああ!?なにがだめなんだよ!!」
「冬華さんの警備を厚くさせると、どこかで事件が起きるかもしれない!刑事たちをそちらに流すためにね!」
どんな手段を使ってでも警備を薄くさせようとしてくる。
「じゃどうすりゃ…っ」
少年が私を見る。
言わんとしていることはわかるよ、少年。
それしかないと思う。
「警備を薄くさせて、逆に犯人を誘き寄せるんだよ」
これに引っ掛かるなんてアホの極みだが。
焦っているならなりふり構ってられないだろう。
「おま…っ何言って…っ」
「なんだ重悟、お前。冬華さんの直属の部下のくせに冬華さんをわかってないな?」
「…っなにぃ!?」
私は小さく笑って。
「あの人ならそう指示を出すぞ。“自分を囮にして炙り出せ”とな」
あの状況で、私に“犯人を追え”と言う人だ。
「あ、それと」
少年がポケットを漁って。
「これ、冬華さんを撃ち抜いた弾丸。あの現場で埋まってたから持ってきた」
冬華さんの腹をぶち抜いた弾丸を見せてきた。
「ッ!お前それ…!!」
「現場から証拠を持ち出すな!」
「ご、ごめんなさい…!ただ証拠隠滅されるかも!って思って持ってきちゃった…っ!」
可能性的には無くはないが…。
本当に抜かりないな、この少年は。
「鑑識に回す」
「あぁ、頼む」
重悟が弾丸を受け取り、寝室を出て行った。
「…少年、ありがとな」
「え?」
私は少年へ視線を合わせるように屈んで。
「君が“止血だ”とすぐに叫んでくれたから、すぐに行動に移せた。君が居なかったら私はきっと…」
呆然として、焦って、恐怖して。
何も出来ずに冬華さんを死なせてしまっていたかもしれない。
そう思うと、怖くて仕方ない。
「君には助けられてばかりだな」
「い、いやボクは何も…っわ…!」
ガシガシと少年の頭を撫でて、ニッと笑みを浮かべる。
「おう、千速」
そこに重悟が戻ってきて。
「なんだ、重悟」
「どうせお前、帰って待ってろっつったって言うことを聞かないだろうから、お前にも手伝ってもらうぞ」
「無論だ。わかってるじゃないかお前」
また肘で小突くと、重悟もまた頬を赤らめて咳払いをした。
…今日の夜、か。
今日の夜に全てが片付く。
どこかで事件を起こされるよりも、冬華さんを囮にして。
警備を薄くして、犯人を誘き出す。
犯人だって事件を起こす手間が省けるわけだからな。
「服を着替えてもいいかな」
「あー、寝室の現場検証を先にしてもらおう」
「少年も血だらけのままで、着替えなくていいのか?」
「え?あー…うん。ボクも一回帰って着替えてくるよ」
どこか含みを持たせた言い方だな。
…また何か考えてるんだな、こいつ。
本当、転んでもタダじゃ起きない少年だ。
そうして、寝室の現場検証を終わらせて。
「重悟」
「?なんだ、千速」
「随分とVIP席で見てるんだな」
「あん?」
「私の着替えを」
「っ!?早く言え!!」
「着替えるっつったろ、さっき」
ケラケラ笑って揶揄ってやれば、重悟は顔を真っ赤にさせて寝室を出て行った。
「妃さん、毛利探偵、おそらくまだ終わらないと思うから少し休んだほうがいい」
病院へ戻り、数時間経った頃。
私は妃さんたちにそう声をかけた。
「でも…」
「手術が終わったら連絡をするので」
妃さんは不安そうだったが、毛利探偵が肩に手を置くと頷いて。
「…千速さん、あのバカを頼みます」
「あぁ、任せてくれ」
二人は頭を下げて、帰って行った。
「…毛利探偵に嫌われていると言っていたが、そうでもなさそうだな」
きっと嫌われてるんじゃなく、ただ嫉妬をされ続けてるだけなんだろう。
友人として、ちゃんと心配してくれてるぞ、冬華さん。
手術室の扉を見つめ、赤く光る看板を見つめて。
「……早く声が聴きたいよ…冬華さん…」
貴女の声で、私の名前を呼んでほしい。
「千速」
「!重悟」
重悟がまた来た。
「今医師たちに言ってきた。付近の病室に刑事を配備して、絶対に他の患者には迷惑を掛けないし怪我一つさせないって約束してな」
協力してくれるそうだ。
「そうか」
本来ならこんな方法、まかり通るわけないんだが。
焦った犯人は何をしでかすかわからないから、手っ取り早く捕まえるにはこれしかない。
「おらよ」
「ん?」
重悟は缶コーヒーを買ってきてくれていて。
「…ああ、すまん」
「おう」
カシュッと開けて喉を潤す。
「お前、配置に付かんでいいのか?」
「…」
重悟はチラッと私を見て。
「…怒んなよ?」
「あ?」
横目で私を見ながら。
「蒼月警視に、“私にもしものことがあったら萩原を頼む”って言われてるんだよ」
そう言った。
だからこいつ、今日ずっと私から離れないのか。
私は眉間に皺を寄せて。
「…いつ、言われた」
問いかけた。
いつ言われたんだよ、そんなこと。
「……」
「教えろ」
重悟は盛大なため息を零して。
「…△△元警視長が懲戒解雇になった次の日だ」
わざわざ重悟の下を訪れて、そう頼まれたらしい。
「懲戒解雇になったのは、爆破事件との関係性がわかってなかったからだろうな」
とりあえず警察から離すための仮の処罰だったのかもしれん。
「…その時から身の危険を感じていたのか」
警視と警部補は、二つしか階級が違わないのに。
この二つの差があまりにも大きくて。
「…私は本当に…何も知らないんだな…」
手の届かない位置すぎて。
拳を握って、悔しさに耐えるしかなかった。
「何も知らないんじゃねぇよ」
「…なに?」
重悟は缶コーヒーを飲みながら。
「あの人の守秘義務が完璧すぎるだけだ。今回の爆破事件のことは俺ら刑事課だって詳しい内容は知らされてねぇしな」
苦笑を零して。
「爆破事件について聞いても、“まだ何もわかっていない。警視庁と引き続き連携して捜査し、何かあれば指示を出すから待機してろ”って言われてな」
それらしい言葉を繕うのも上手かった、と重悟は言った。
「大した人だよ、あの人は。頭も上がらねぇ」
「…警視総監のお気に入りになるわけだよな」
「違いねぇな」
なんて、重悟と笑い合った。
それから。
2時間経過した時だった。
バツンッと大きな音を立てて。
「「…!!」」
手術中と書いてある赤い看板の光が落ちたのは。
手術室の自動ドアが開いて、出てきた医師。
「せ、先生…!警視は…!」
「…っ」
医師はマスクを取って。
「非常に危なかったですが、大丈夫です」
小さく笑い、振り返ると。
「…っ冬華さ…ん…!」
冬華さんが眠るベッドが出てきた。
酸素マスクが規則正しく曇る。
ちゃんと息をしてる。
眠っている表情も悪くない。
ああ。
助かった。
助かったんだ。
冬華さんは。
あんな出血量でも。
助かったんだ。
「……っ」
冬華さんの両頬に触れて、顔を寄せて。
「…っ心配させんなよ…っばかやろう…っ」
そう呟くと、涙が溢れた。
今は助かったが。
まだわからない。
意識が戻るのか戻らないかもこれからだ。
でも。
それでも今は。
今は息をしている。
生きている。
「…千速、作戦に取り掛かるぞ」
そうだ。
「…あぁ、わかった」
これからが勝負だ。
冬華さんを狙撃したクソ野郎を捕まえて、ぶん殴ってやる。
冬華さんの額に口付けを落として。
「……っ」
冬華さんを助けてくれた医師たちに頭を下げて。
「行くぞ、重悟」
「おう」
全てを終わらすための。
行動を始めた。
ピッ ピッ ピッ
夜中。
冬華さんに繋がっている心電図が、規則正しく鳴っている。
本来はICUで24時間監視体制なんだが、医師に事情を話して。
監視カメラを設置し、解決した瞬間にICUへということになっている。
私は眠る冬華さんのベッドの横で、拳銃を持って身を隠す。
病院だから本当に発砲することはなく、牽制のため。
病室の前には刑事はいないし、病室内で息を殺して待ち構えている。
一人はベッドの下、一人はトイレ。
重悟は私の視線の先、トイレの外側の壁に。
出っ張ってる場所だから、入ってくる時は見えない。
一応布を被ってるがな。
ドキドキと鼓動が鳴る。
来るか、来るかと緊張が走る。
ピッ ピッ ピッ
冬華さんの呼吸音も耳に届く。
今すぐ抱き締めたいし、声をかけたいし、手を握っていたい。
でも今はまだダメだ。
あんたを撃った馬鹿を捕まえるまで。
カラ…カラ…
控えめに。
扉が開いた。
足音を殺して近づいて来る気配。
カチャ…
小さな機械音。
「…お前さえ居なければ…お前さえいなければ私が総監の座に就けたものを…」
小さく憎しみの言葉を吐き出したのと同時に。
「ぐわ…ッ!!だ、誰だ!!!な、なん…ッ!」
叫びが響いて。
「動くな!!!」
「そこまでだ!!」
パッと灯りが灯った瞬間、一斉に刑事が飛び出した。
「…お…まえ……ッッ!!」
私も顔を上げて、拳銃を向けながら犯人の顔を確認すると。
そこに立っていたのは。
「ッ△△…ッ!!!」
冬華さんにパワハラと暴力を暴かれ、懲戒解雇処分にされた△△元警視長だった。
「…貴様ら…ッ私にこんな真似をしてタダで済むと思うな…ッ!」
拳銃は牽制?
いや、このまま発砲してしまおうか。
だってこいつ、冬華さんを殴ったし。
冬華さんを撃って、生死を彷徨わせてる。
死んだって悲しむ奴など居ないだろ。
「離せ!!貴様ら…!囮捜査など姑息な真似を!!今の日本警察はこんな危険な囮捜査は違法なはずだぞ!!」
「そういう指示があったわけじゃねぇが、危険を承知で自ら囮になるのがうちの警視なんだよ。だからこれは警視の意思でもあるんだ」
重悟は△△元警視長を取り押さえながら。
「警視総監と蒼月警視がいる店を爆破したのも、○○警視の自宅を荒らしたのも!!蒼月警視を狙撃したのもの!!全てはあんたの仕業だったんだな!!△△元警視長…ッ!!」
憎々しくそう放った。
警視総監の座に就くためだけに。
警視総監と冬華さんの殺害を企てた。
「いや、その人だけじゃないよ」
突然の声にそちらを見ると、少年が立っていて。
「坊主、どういうことだ?」
重悟の言葉に、少年はスマホの画面を見せながら。
「その人の他に、■■警視長と他警視正二名、警視三名が加担してる。全てはその人を警視総監に就かせて警察組織を支配するために」
爆破事件に加担した警察上層部を暴いた。
「な…ん…だと…っ」
私は目を見開き、冬華さんを見る。
毛利探偵との会話の。
“…ヤバいのか?”
“…多分な。だがどこまでなのかはまだわかっていない”
この言葉が繋がる。
今現在でわかってるのは△△を含めて7名だが。
どこまでなのかまだわかっていないということは。
少年が言った奴ら以外にもいるかもしれんということ。
「…嘘だろ…警察が…っ警察がこんな…っ」
重悟が怒りでワナワナと震える。
「そして、冬華さんを撃ったのはその人じゃなくて恐らく■■警視長だ」
狙撃をしたのは△△元警視長ではなく、■■警視長。
「地面に埋まっていた弾丸はSATが使用しているライフル銃から放たれたもので、■■警視長は昔SATに所属していたみたいだし」
少年、お前は一体何者だ。
なぜそこまでわかっているんだ?
「昔とは言え、SATに所属していた■■警視長が弾速と弾道を見誤り殺し損ねたのは△△元警視長にとって最大の誤算だった。だからあんた自ら殺しに来たんだろ?」
冬華さんが入手したデータを見たのかの如く、次々と言い当てる。
「……小僧…どこでそれを…っ」
「冬華さんが契約してる貸金庫にあったんだ。冬華さんは全部わかってたんだよ。あんたたちが犯人だってな!」
少年の言う通り、この情報が明るみに出る前に。
冬華さんを殺しにきた。
…ああ、本当に。
こんな奴ら、生きてる意味あるのか?
日本警察を陥れようとして、操ろうとして。
警察という巨大な組織を揺るがし世間を震撼させた。
この事件は、日本だけでは止まらない。
世界的なニュースになるだろう。
「…ぅ…っ」
私たちの声で。
「…!冬華さん!?」
「「…!!」」
冬華さんの眉間が僅かに動いた。
すぐに私は、冬華さんの頬に手を添える。
「……」
冬華さんはゆっくりと薄く目を開けて、私を見つめる。
ああ、冬華さん。
よかった。
よかった。
「…冬華さん」
冬華さんは震える手で酸素マスクに触れたから。
「なんだ、どうした?」
「…」
私にしか聞こえない消え入りそうな声で、“伝えてほしい”と言った。
「ん、少しだけだぞ」
私は酸素マスクに触れ、少しだけ浮かせて。
「……」
冬華さんへ耳を寄せて。
「…ふ、わかった」
私は△△元警視長へ睨むような視線と、緩く曲線を描く口元を見せながら。
「“警察を、私の部下を舐めるな、バーカ”だそうだ」
冬華さんの言葉を口にした。
「…ッ貴様…ッ」
冬華さんは視線だけを△△元警視長に向けて、小さく舌を出してあかんべーをして。
そして、△△は。
「△△元警視長、蒼月警視 殺人未遂の現行犯で逮捕する」
重悟に手錠をかけられた。
「他の病室の警備を解いて、蒼月警視の病室の警備を厳重に」
「「はっ」」
重悟は一度冬華さんへと視線を向けて目を閉じて。
「行くぞ」
「ッ貴様!絶対に殺してやるからな!!待ってろ!!」
負け犬の遠吠えの如く、捨て台詞を吐いて連行された。
それを見届けてから。
「…っ」
「「冬華さん!」」
冬華さんに繋がっている心電図から鳴る音が乱れた。
すぐにナースコールを押して、駆けつけてくれた医師と看護師たち。
「すぐにICUへ!」
「はいっ」
「冬華さん…っ」
冬華さんはICUへと運ばれて。
「……配線だらけだな」
「まぁね、それでも生きてるよ」
ICUの窓から、少年と冬華さんを見つめる。
「…そうだな。生きてる」
あの人は生きてる。
私は少年へと視線を落として。
「何者なんだ?君は」
問いかけた。
少年は、不敵な笑みを浮かべて。
「江戸川コナン。探偵さ」
そう口にした。
「………」
多分、今最高に格好付けたんだろうけど。
私はジト目で少年を見て。
「…そんな言葉で貸金庫は突破出来ないだろ?」
「……それはまぁ…色々…まぁ…」
笑って誤魔化す少年に。
「まぁ、深くは聞かんよ。野暮だしな」
肩を竦め、笑みを浮かべた。
これからが大変だ。
警察長と警視総監の釈明の記者会見。
世間からのバッシング。
ネットユーザーたちの憶測と推察。
世界でもニュースとして取り沙汰される事態に、警察は大忙しだ。
だが。
名を公表されることはない警察官の働きで、死者を一人も出すことなく解決に導いた功績は相当なもので。
恐らく冬華さんは、昇格するだろう。
…そうなれば、警視庁への異動も有り得る。
「…私はクビだろうか」
「辞めてやるって叫んでたもんね」
任務を全うしなかった私は、どういう処分が下るのだろう。
「でも、多分大丈夫だよ」
少年は、冬華さんを見つめながら。
「あの人がクビになんてさせねぇだろうし、千速さんが居なきゃ死んでたかもしれないってことを小五郎のおじさんが証言してくれるから」
小さく笑った。
“あの人が”って、昔から知ってるかのような台詞だな。
本当にお前、何者なんだよ。
「とりあえず休まないとね」
「そうだな」
ICUの窓ガラスに触れて。
「…明日、また来るよ。冬華さん」
早く元気になってくれよ。
いつものように。
“ねぇ、千速ー!”
私の名前を呼んでくれよ。
next