pixiv作品 名探偵コナン
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「……また泣いてる」
とあるホテルの一室で。
私は涙を零しながら眠る愛しい子の頭を撫でてあげた。
“あらま、レイプでもされた?”
“…誰よ、あんた…”
“私を見たことないって正気?”
“……あなたなんか知らない”
十三年前。
私は当時高校三年生だった冬華と出会った。
出会ったきっかけは、冬華は私が飲んでいたBARに一人で入ってきたの。
衣服を乱され、髪も掻き乱されただろうボロボロな姿で。
私の隣に座り、お酒を飲もうとしていて。
“あなた未成年でしょ?”
“……いいからちょうだいよ”
私は肩を竦め、マスターにジュースを出すように指示をした。
“…ジュースじゃん”
“未成年にお酒を提供したらお店が訴えられるの”
行きつけの店が潰れるのは勘弁してほしい、とまた肩を竦めれば。
“……ケチ”
渋々ジュースを飲んでいた。
“何があったの?”
関わるのも面倒だったけれど、すごく顔が整っていたから。
手懐けて玩具にしてやろうと思った。
“……別に”
ジュースを飲み干し、立ち上がって。
“じゃあご馳走様”
出て行こうとしたから。
“私は結構このBARにいるから、話す気になったらまた来なさい”
と、煙草に火を点けて微笑むと。
“……”
チラッとだけ私を見て、出て行った。
「……ん」
「あら、起きた?」
「…今何時?」
「23時よ」
「……そう」
冬華の頭を撫でていたら、目を覚ました。
「何か嫌な夢でも見たの?」
「え?」
私が冬華の涙を拭うと、冬華は数回瞬きをして。
「何か見てた気がするけど…」
「あら、忘れちゃった?」
「えぇ、なんだったんだろ。覚えてない」
首を傾げているから、本当に忘れているみたい。
「そう」
…まぁ、涙を零している時は大抵…。
…いえ、やめましょう。
今はそんなことどうでもいい。
「夕食は?」
スマホをいじりながら聞くと。
「ユーバーイーツがいい。シャワー浴びたいし」
デリバリーがいい、と。
「ジャンクフード以外ならいいけど」
「パン」
「夕食にパンなんて嫌よ」
「じゃあパン5つ!」
「…じゃあの意味がわからない。もっと他にあるでしょ?」
「……じゃあいらない」
「…はぁ、わかったわよ…」
勝ちぃ!と冬華は嬉しそうに笑い、抱きついてきた。
「美味しそうなのお願いしますよ!」
「はいはい、わかりました」
「じゃ、シャワー浴びてくるわね」
冬華はちゅ…と頬にキスをしてきて、浴室へ行った。
私はスマホで、冬華が好きそうなパンを数個買ってユーバーイーツを頼んだ。
「たまには野菜も食べさせないと駄目ね」
サラダも追加で。
頼み終え、スマホをベッドへ放り投げて。
窓を開けて、煙草に火を点けた。
眼下に広がる煌びやかな景色を見つめ、煙を吐き出して。
“今日もボロボロねぇ”
“……お酒”
“成人してからね”
あの日のことを思い出す。
“で?レイプされたの?”
“……別に”
“誰に?”
“……”
大体は予想が付く。
兄が居るなら兄に、居ないなら父親だろうと思っていて。
“パパ?”
と、言ってみたら。
“……っ”
冬華は体を強張らせた。
“ビンゴ、かしら”
クスリと笑み、煙草を吹かす。
“………お姉さんさぁ”
“なぁに?”
“良い死に方知らない?”
テーブルに突っ伏し、そう言った。
“そうねぇ。確実に死ぬ方法なら知ってるわよ?”
“どんな?”
“拳銃で、バン…かしらね”
指を拳銃に見せかけて、コメカミを弾くような仕草をして微笑む。
“拳銃ないし…”
“あるわよ。貸してあげましょうか?”
鞄から拳銃を取り出し、テーブルに置く。
“…本物?”
“撃ってみたら?”
冬華は拳銃に触れようとして。
“………いい”
手を引いた。
“あら、根性ないわねぇ”
そう言って笑うと、冬華はジト目で睨んできて顔を逸らした。
「ベルモット」
「!いつ出てきたの?」
「今よ。珍しく物思いに耽っていたわね」
「カラスの行水ばりに出てくるの早いわね」
目の前に冬華の顔があり、キスを一つ。
「新しい服がほしいなぁ」
「あなた、私を財布だと思ってない?」
「思ってる」
冬華はクスクス笑って、私の首に腕を回してくる。
「だってあなたが“こちら側”に来させたんだから、責任取ってもらわないと」
「ん」
またキスをしてきた。
私は煙草を灰皿に押し付け、火を消して。
冬華を抱き上げ、ベッドへ寝かす。
「誘ってるの?」
覆い被さりながら問うと。
「さぁ?どうかしら」
冬華はまた私の首に腕を回した。
このまま抱いてもいいのだけれど。
この子を抱く時、少し心の準備がいる。
「ベルモット?」
この子はきっと知らないだろう。
気付いていないだろう。
与えられる快楽に抗えなくなり、囚われて狂いそうになって。
何も考えられなくなるくらい熱に溺れた時に。
“あ…っぁ…っああ…っちはや……っ”
この子は、私ではない名前を口にする。
“…っちはや…っちは…っあ…っあ…っ”
私ではない“彼女”を求めて、涙を零すの。
私があなたを苦しみから解放してあげたのに。
あなたに人を殺す術を教えたのに。
死を偽装するのも手助けしたし、解剖医に扮して情報を操作もしてあげたのに。
あなたは私ではない名前を口にする。
熱に浮かされた眼差しは私に向けられているのに。
私ではない人間を見ていて。
“…ぁ…っす…っき…っちはや…っあ…っ”
愛を囁くの。
「したくない?」
「…ちょっと今は、気分じゃないわね」
冬華の上から退くと、冬華は体を起こして。
「元気ないの?」
私の顔を覗き込んできた。
少し心配そうに。
「バカね。そうじゃないわ」
ちゅ、とキスをして。
「もう少しでユーバーイーツ来るから、受け取っておいてちょうだい。私もシャワーを浴びてくるわ」
立ち上がった。
「ん、わかった」
私は小さく笑み、シャワーを浴びに行った。
シャワーの温度を上げて、熱めに浴びる。
いつからだったろう。
冬華を愛しいと思うようになったのは。
“ねぇ!今日アイス食べに行こ!”
“ん?いいぞ。じゃんけんで勝ったほうが奢りな”
“負けたほうじゃなくて?”
“勝ったほうだ。そのほうが盛り上がるだろ”
お友達と三人で歩いているあの子を見かけて。
ずっと楽しそうに笑っているあの子を見かけて。
“…まるで別人のようね”
夜、私の前に現れる子と同じ子とは思えないくらい。
キラキラと可愛い笑顔だった。
多分この時かもしれない。
あの笑みを、私にも向けてほしいと思った時だったから。
“楽しそうだったわね”
“!……見てたの?”
“見てたというより、見かけたの”
夜、BARに来たあなたはいつものようにテーブルに突っ伏した。
“…こんな私、千速には知られたくない…”
“こんな私”とは。
実の父親に性的暴行を受けている自分で。
“そうねぇ。引かれちゃうかもしれないしねぇ”
私はクスクス笑って、冬華の頭を撫でた。
「…はぁ…」
苛々する。
今となっては私のほうが冬華といる時間が長いのに。
いつまでも冬華の中にいるのは“萩原千速”
学生時代で時が止まっているのに。
いつまでもいつまでも。
ずっと居続ける“萩原千速”が憎くて仕方がない。
いっそのこと殺そうかとすら考えたけれど。
そうしたらあの子が壊れてしまう。
今度こそ死んでしまうでしょう。
「…恋人でも作ればいいものを」
冬華を忘れられず、ずっと独り身でいる。
苛々する。
腹が立つ。
一度で良いから名前を呼んでほしいと望むのは、そんなに我儘なことかしら。
「……本当、苛々するわ」
シャワーの勢いを強めた時。
『ベルモットー、ユーバーイーツ来たわよ』
コンコン、と浴室をノックしてきた。
「…食べてていいわよ」
『えー、一緒に食べよ』
可愛いことを言ってくれるじゃない。
私はため息を吐いて、シャワーを止める。
「今出るわ」
『んー』
髪を掻き上げ、頭と体にタオルを巻き付けて浴室を出た。
「美味しそう」
「あなたの好きそうなのを頼んだのよ。感謝して」
「ありがと!」
冬華はニッと悪戯に笑って、あんぱんを食べ始めた。
「んー!おいしー!」
「高級なパン屋のだからね。1つ500円」
「たかっ!うまっ!」
美味しくて止まらない!と食べ続けてる姿を見て、また小さく笑う。
こうしている時は、私に笑いかけてくれる。
“あなたが死ぬよりも、父親を殺したら?”
“え?”
“あなたが死んだって標的が変わるだけよ”
だったら、父親の被害者が現れる前に消した方がいい。
そう言ってあなたを誘導して。
“そして母親。一番の裏切り者よね”
性被害から助けてくれなかった母親への憎悪も植え付けた。
“こちら側”へと。
手招きをして。
準備をさせて。
全てはあなたを手に入れるために。
獄中の父親に、看守に変装させた冬華を送り込んで。
“…娘からのプレゼントだ”
毒薬入りのチョコレートを渡させた。
私がやってもよかったけど、冬華がやることに意味があったから。
母親は、私が母親の筆跡を真似て遺書を書いて。
“…さようなら、『母親だった人』”
睡眠薬を飲ませ、部屋に練炭を置かせた。
父親は因果応報として世間は吐き捨てて。
母親には世間は同情し、憐れんだ。
悲劇の一家としてしばらく話題になっていたけれど、いつの間にか忘れ去られていた。
「食べないの?」
冬華はあんぱんを食べ終えて、2個目を食べていた。
「……」
「んっ」
ジャムパンのジャムが口の端に付いていたから、顔を近づけて舐め取ってやった。
「甘いわね」
「ジャムだからね」
これも美味しい、と言いながらモグモグしてる。
冬華を見て思う。
私は、この子を苦しませる方法を知っている。
きっと。
いいえ、絶対に苦しむわ。
絶対に泣いて、“最低”だと放つだろう。
それでもいい。
それでもいいかもしれない。
…私の名前を囁いてくれないなら。
あの女じゃなくて、私をあなたの中に入れてくれないのなら。
あなたを傷つけたいわけじゃないけれど。
どんな形でもいいから。
––– あなたの中に、私を刻み込んでやりたい –––
冬華を見ながら、バスタオルを解いて。
「……」
髪に巻いてあるタオルも取って。
「……や、まだ食べてるんですがぁ」
食べかけのジャムパンを取り上げ、放って。
冬華をベッドに押し倒した。
「気分になったの?」
「えぇ、なったわ」
そういう雰囲気なんて皆無だったけれど。
あなたが最も苦しむ方法で。
私という存在を刻み込んでやろう。
私はあなたの耳元に顔を近づけて。
「『……冬華、愛しているよ…冬華…』」
あなたが愛して止まない“彼女”の声で。
––––– 愛を囁いた。
「……ッッ!!!」
途端に冬華は目を大きく見開いて。
「っや…ッ!!」
押さえつけている手に力が入った。
「やだ…ッ!!ベルモット…ッ!!」
「『…冬華?何が嫌なんだ?言ってみろ』」
耳元で囁き続ける。
「や…っやめて…ッやだ…っ」
冬華の瞳から涙が溢れ始めて。
「やだ…よ…っベルモット…っそれは…っやだぁ…っ」
「『冬華…私が嫌いか?冬華…』」
止めどなく溢れる涙。
力が弱まり、手を解放すると。
「…っぅ…っ最低…っベルモットなんか…っ嫌い…っ大嫌い…っ」
両腕をクロスして目を覆い隠して。
嗚咽を零し、泣き続けた。
傷付けたくなかった。
でもいつまでも私を見てくれないあなたが悪い。
いつまでも“萩原千速”を想うあなたが悪い。
冬華に触れようとすれば。
「…ッ触らないで…ッ!」
明確な拒絶をされた。
「……」
私は手を引き、ベッドの下に落ちているバスタオルを体に巻いて。
何も言わずに浴室へ戻り、ドアに背中を預けた。
きっと出て行くだろう。
でもしばらくしたら戻ってくる。
だって行くところがないもの。
萩原千速のところになんて戻れない。
だって自分は“人殺し”だもの。
血に濡れた手で萩原千速に触れることなんて出来るわけがない。
バタン、とドアが閉まる音が聞こえた。
「…出て行ったわね」
やっぱり出て行った。
浴室から出ると。
「……」
冬華の姿はなかった。
今度は部屋の中から浴室のドアに背中を預けて。
「……はぁ…」
拳を握り、自分の額をノックするかのように軽く叩く。
刻み込んだ。
刻み込んでやった。
でも。
自分で望んだのに。
後悔が押し寄せる。
あなたは何も悪くないのに。
全部あなたのせいにして、逃げてしまう。
あなたは何も悪くないのに。
醜いほどの嫉妬をして、あなたを傷つけて。
あなたを泣かせて。
あなたを苦しませて。
苛々する。
自分に対して、あなたに対して、萩原千速に対して。
全てに対して。
「……ああ、もう…」
私らしくない。
こんなの私らしくない。
私はクリス・ヴィンヤードで、ハリウッドの女優。
そんな私が、たった一人の人間に執着して。
依存してるなんて。
こんなの私じゃない。
ベッドの上のスマホを見る。
ベッドに腰をかけ、スマホを開く。
冬華の名前を探して。
「……」
タプタプとメッセージを送る。
“ごめんなさい”
ただ一言。
それ以外の言葉は言い訳になってしまうから。
既読にはなったけれど、返事はない。
またスマホをベッドに放って、ベッドに倒れる。
「……何をしてるのかしら…私は…」
キャンティやジンに、今の私を見られたなら。
“ざまぁないね、実にいい気味!”
とか。
“…くだらねぇ”
とか。
ムカつくことを言われそう。
ピロン
「!!」
返事が来た。
バッとスマホを確認すると。
『迷った。迎えに来て』
と。
「……あは。もうあなたは…」
ホッとしてしまった。
怒ってはいるのだろうけれど、私の謝罪を受け入れてくれたみたいで。
「“どこにいるの?”」
居場所を聞くと。
ピロン
写メだけ送られてきた。
「…そう遠くはないわね」
『わかったわ、そこにいて』
『早く来て』
短い会話を終え、服を着て部屋を出る。
本当は迷ってなんかいないのでしょうね。
許したくもないかもしれない。
でも行く宛がないから仕方なく許すしかない。
「……」
バイクで迎えに行き、冬華の前で停まって無言でヘルメットを渡す。
「……」
冬華も無言でヘルメットを被り、私の後ろに乗ったからバイクを走らせる。
ホテルへは戻らず、少し風に当たる。
「…どこ行くの」
冬華の問いかけに。
「さぁ?どこかしら」
そう答える。
あなたと二人なら、どこでもいい。
「…海」
「はいはい、仰せのままに」
たとえ、あなたの中に私が居なくても。
「風が気持ちいー!」
「私のライディングテクニックと“彼女”のライディングテクニック、どちらが上かしら」
「千速」
「即答する?」
「するわよ。千速のライテクに並ぶ人なんていないもの」
「妬けるわね」
今この瞬間は。
「ねー、ベルモットー」
「なぁに?」
「お腹空いたー」
私とあなたしか居ない。
「ホテル戻ったらパンがあるわよ。あ、野菜も食べなさいね」
「やーだー!」
二人だけの世界だから。
END