pixiv作品 名探偵コナン
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「えー!探偵左文字シリーズ新巻出て……」
「なんだ、どうした?」
「…うっそ…探偵左文字の作家さん…変わってる…」
「探偵…ああ、お前が好……推してる作家だったっけ。確か数ヶ月前に亡くなって、今は娘が継いだはずだぞ」
ある千速の非番の日。
千速と一緒に買い物に出ていた時。
ふと立ち寄った本屋さんで見つけた、新名任太朗先生の推理小説“探偵左文字”
私はこの作家さんの推理小説が好きで、特にこの“探偵左文字シリーズ”が面白くて新巻が出れば発売日に買って読破するくらい好きなのよね。
だから今、本屋さんで“探偵左文字”というタイトルを見つけてテンションが上がったんだけど…。
「亡くなっちゃったんだぁ…好きな作家さんだったのに…」
「……」
でも娘さんが“探偵左文字”を引き継いでくれてるなら、読んでみようかしら。
きっと任太朗先生のように、ワクワクするような小説のはず!
「ね、上下巻買ってもいい?」
上下巻を手に取って千速へ振り返ると。
「え…なんかすごく嫌そう…か、買わないほうがいいかしら…?」
千速がこれでもか!というくらい顔を顰めていた。
「…“推してる”だろ?」
「え?」
“推してる”?
私が首を傾げると、千速は小説を指して。
「“推してる作家”と言い直せ」
そう言った。
あ、あー。
そういう…。
“好きな作家さん”の、“好きな”という言葉が嫌だったのね。
「ふ」
「笑うなよ。私は大真面目だぞ」
あまりに千速が可愛くて、ついつい堪え切れない声が出ちゃった。
「まだ娘さんが継いでからのを読んでないから“推し作家さん”になるかわからないけど、とりあえず“推してた作家さん”って言い直すわね」
「よろしい」
うんうん、と頷いて納得した。
可愛いなぁ本当。
人物に対しての“好き”という表現は、自分か忍以外に使うとこうしてむくれちゃう。
なぜ忍はいいのかと言うと、私たちの共通の親友だから。
忍は決して私たちの仲を引き裂こうとはしないし、むしろ守ってくれる。
私たちの忍への信頼度はMAX振り切れるほどなのよね。
「買ってくるよ」
「あ、ありがと」
千速に本を渡して、お会計をお願いした。
その間に何か面白そうなのあるかなぁと思って小説の棚を見ていたら。
「…あの、ちょっといいですか?」
「!」
ボーイッシュな女性に声をかけられた。
年齢的には二十代前半くらいの可愛らしい女の子。
「あ、すみません」
邪魔になっちゃったかなと思って、一歩引くと。
「……ID教えてくれませんか?」
「ID?」
女性は若干頬を赤らめて、スマホを見せてきた。
女性とスマホを交互に見て。
「あ、あー」
今ナンパされてることに気付く。
この前もナンパされたけど。
「…人生最大のモテ期が来てるわね」
チラッと千速を見ると、ジト目でこちらを睨んでた。
そんな千速に私は小さく笑って。
「ごめんなさい、恋人さん居ますので」
と、お断りしたと同時に。
「で、でもあの……あ…」
千速は列を抜けてきて。
「え?」
私の手を掴み、女性に笑みを浮かべながら。
「私のなんだ。悪いが諦めてくれ」
そう言った。
「あ、はい…っすみません…っ」
たちまち女性は頬を赤らめた。
「……」
…なんか、嫌かもしれない…。
「では失礼する」
「はい…っ」
……なんか…!すごく嫌かもしれない…!
千速に手を引かれ、今度は一緒にレジに並ぶ。
「…最初から一緒に並べばよかったな」
一人にするのは危険だ、とブツブツ言ってる。
私は繋いでる千速の手を見つめて、千速の顔を見る。
…さっきの子に対して嫌な感情が渦巻いて。
すごく自分が嫌な人間だなって思ってしまう。
「なんだ、随分ご機嫌斜めだな?」
千速がどこか不思議そうに私を見た。
「…さっきの子、千速を好きになったんじゃない?」
ギュッと繋いでいる手に力を入れる。
「は?」
千速はきょとん顔を浮かべて。
「…顔赤くなってたしさぁ」
「そうなのか?興味ないから気付かなかった」
そう言った。
「私はお前しか見てないし、お前にしか興味はない」
だからそんなのどうでもいい、と。
まったく相手にもしてないし、本当に興味なさそうに言った。
…やっぱり私、すごく嫌な人間かもしれない。
千速のその言葉で。
「……」
渦巻いていた嫌な感情がなくなって、ホッとして、嬉しい気持ちになっちゃったから…。
「…私って嫌な人間だなぁ」
小さく零すと、千速はため息を零して。
「嫉妬くらい誰でもするだろ。私を見てみろ。お前を監禁してしまいたいくらい毎日嫉妬してるぞ」
クスリと笑った。
「ふふ、毎日嫉妬してくれてるんだ?」
「GPSで常に監視しようと思うって忍に話したら“それやったら友達やめる”って言われたからしない…」
「あは!なかなか厳しいわね!」
やめはしないんだろうけど、それくらいのことだと言いたいんだと思うと笑っちゃう。
千速は笑ってる私を見て。
「機嫌直ったみたいだな」
ちゅ、と額にキスをして来た。
「…っお預け中!」
「額はノーカン!」
なんてジト目で睨み合って、笑い合った。
「………」
夜ご飯も食べて、食器も洗って、お風呂も入って。
時間が空いたから昼間買った小説を読み始める私。
千速に読んでいいかを聞いたら、いいよって言ってくれたから。
ソファーに座って読み始めて数分。
「…千速、隣空いてるけども」
グリグリと私とソファーの間に体を捩じ込ませてきた。
「ここがいい」
お腹に手を回され、肩に顎を乗せてくる。
「痛いか?」
「んーん、大丈夫よ」
少し頭を寄せてあげると、千速は嬉しそうに肩に顔を埋めてグリグリしてる。
可愛い…本当にワンちゃんみたいで可愛い…。
けど…10分くらい経ってから事態は一変した。
「なぁ、冬華」
「んー?」
「私は暇だ」
「んー」
千速が暇を持て余し始めた。
「……おい」
「んー?テレビは?」
小説に視線を落としながら聞く。
「…何もやってない」
「そー?」
「……」
ペラッとページを捲った時。
「あっあ…っちょ…っと!」
突然胸の先に触れられて、ビクッと肩が震えた。
いきなりすぎてびっくりした…。
すかさず抗議を唱えようと、千速へと振り返れば。
「…っ!」
頬を押さえられて。
「……いいか、よく聞け冬華」
唇と唇の距離が、5cmもない位置で。
「私はお前の“お預け中”っていう言葉を律儀に守ってはいるが、守る守らないは私の意思にあるんだぞ?」
わかるよな?と。
目を細めた。
「…わ、わかりました!読むのをやめます!」
これはまずいと思って、小説を閉じました…。
「わかればいい」
小説に集中しちゃって、曖昧に返してたのがダメだったわね…。
「…というか千速が読んでいいって言ったのになぁ」
「こんなに構われないとは思わなかった」
漫画ならそこまで集中しなくてもいいけど、小説となるとやっぱり集中しちゃう。
しかも推理小説だしね。
「…小説を読むのやめたんだから、お腹を触るのやめてもらっていい?」
千速の手は未だに私のスウェットの中で、直にお腹を触ってるの。
「…千速」
止めようと、千速の手を握った時。
「…お前」
「なに?」
千速は私の顔を覗き込んできて。
「……なんか体 熱くないか?」
そう言った。
「え?別に体調は悪くないわよ?気のせいじゃない?」
「いや…」
今度は額に触れて。
「やっぱり熱い。ちょっと待ってろ」
私から離れ、ガサゴソとキッチンの傍の棚を漁っている。
「ほら、体温計」
熱を測れと渡された。
「大丈夫だと思うけどなぁ」
と言いつつ、測ってみると。
「……37.5度…」
あった…。
「ほら見ろ。薬持ってくる」
体温計と千速を交互に見る。
…私以上に私のこと詳しくない?
「顆粒は飲めるか?」
「ん、飲めるわ」
千速は薬と水を持ってきてくれて、薬を飲んだ私からグラスを受け取りキッチンに置きに行った。
で。
「わぁ!」
「今日はもう寝るぞ」
また私の傍に来て、お姫様抱っこをしてくれた。
「あ、歩けるわよ…!」
「知ってる」
恥ずかしさからそう言っても下ろしてもらえず、寝室まで運んでくれて。
「朝までに下がらなかったら病院だからな」
「はーい」
本日は、早々に眠りに就きました。
「おはよう。どうだ?熱」
「あ、おはよ。熱はないわよ、大丈夫」
翌朝、いつもは欠伸しながら起きてくる千速がしっかりと覚醒して起きてきた。
余程心配をしてくれてたみたい。
「どれ」
千速は私に歩み寄り、額に手を……じゃなくて。
「……昨日は手だったじゃない」
額を合わせてきた。
「ん、ないな。よかった」
近くに千速の顔があると、ドキドキしてくる。
パッと千速が離れ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「…えぇ、ありがと」
…またキスしたいって言うかなって、ちょっと期待しちゃってたのは黙っておこう。
「そういえば、昨日言いそびれたんだが来週に東京でモーターバイクのショーがあるんだよ」
「東京で?」
千速は壁に掛かってるカレンダーの前に立って。
「丁度非番でな。行ってみたいんだけどいい?」
「もちろんよ。東京なんて久しぶりー」
「お前は五年ぶりだな」
「そう、五年ぶり…」
「五年……」
千速と顔を見合わせて。
「はは」
「あは!私が寝てたからね!」
笑った。
「お前イビキかいて寝てたぞ?」
「うっそ!?本当!?」
「嘘」
「なんで嘘吐くの!?よかったぁ…!」
あの出来事はつらいけど、ずっと悲しんではいられない。
悲しむくらいなら笑いに変えようと。
避けるんじゃなく、笑いのネタにしようって千速と決めたの。
「仕事始まっちゃうと自由が利かなくなるから、その前にたくさん遊びに行きましょ!」
その前に引き継ぎがあるから、数日早く出勤になるけど。
「だな。まぁ私としてはお前の仕事が始まれば、ずっと一緒に居られるからいいんだが」
「部署が違うんだから、ずっと一緒は居られません!」
今月末で辞める方が会計を任されていた人だから、それを引き継いで会計を任されるらしい。
警察活動の予算管理や、パトカーなどの車両や制服の備品管理。
予算管理なんか私に任せると、融通利かなくなっちゃうけどいいのかしらね。
「っと、千速遅刻しちゃうわよ?」
「お、そうだな。着替えてくる」
お弁当も用意してあるから、千速が来たら朝ご飯を食べて。
千速が出勤したら“探偵左文字”を読む!
コーヒーを片手に読む推理小説は至福の時間。
「ふふ」
上下巻一気に読んじゃお!
「ふー…」
お昼過ぎ。
「……最高に面白かった」
上下巻を読み終えた。
正直、いくら娘さんと言えど本家の任太朗先生を超えることは出来ないだろうって思ってた。
でも読み進めていく内にどんどん惹き込まれて、ワクワクハラハラしてきて。
「……もう一回読もうかな」
って思っちゃうくらい面白かった。
「新名香保里先生、か」
たちまちこの作家さんが好……ふふ、推しの作家さんになっちゃった。
「香保里先生は他には出してないのかしら」
ちょっと調べてみようかと思ったんだけど。
グゥ〜キュルルルグギュウ〜…
「……千速が居なくてよかった」
すごいお腹の音に、誰もいないのに恥ずかしくなった。
千速が居たら絶対に揶揄われちゃう。
「何食べようかなー」
冷蔵庫を物色していたら。
ピロン、と。
スマホが鳴った。
「ん、誰からだろ」
確認すると、忍から。
「“ランチどー?許可済み”、って。私を誘うより先に千速に許可を取ったの?」
ふふ、忍は本当に面白いしエスパーなんだから。
「“行きまーす。どこで待ち合わせる?”」
待ち合わせ場所を聞いたら。
ピロン
“どこでしょうか!”
というメッセージと一緒に。
「……県警前じゃない、もう…」
千速の写真が送られてきた。
白バイの制服姿の。
「……格好良いなぁ」
来月からは制服姿を毎日見れるのよね。
家からは私服で行って、県警で制服に着替えてるから。
巡回中に会わない限りは見ることが出来ない姿。
「保存しよ」
ホーム画面に設定しようかな。
ピロン
“ホーム画面に設定し終わった?じゃあ待ってるから!”
「…本当にエスパーすぎる…」
千速も、忍のエスパー力には驚いているけど…。
「支度しないと」
忍に聞いてみよ!
忍と合流して、オープンカフェでランチ。
千速も行きたがってたけど、お仕事のため不在。
優雅に昼食を摂りながら、忍にエスパーについて聞いてみたら。
「めちゃくちゃ分かりやすいのよ、あんたたち」
呆れられた…。
「そ、そうなの…?自分ではわからないけど…」
「何年あんたたちを見てると思ってんの」
確かに忍は、高二の時からの友人。
「十五年?くらいよねぇ」
もう十五年くらいの付き合いになるから。
ま、まぁ五年間は私寝てたからあれだけど…。
「まーねー、五年間はねー、あんたねー」
「う…」
またエスパー発揮してる…。
「私もわりとお見舞い行ってたんだよ?」
「千速から聞いてる。忍は私が起きるように色々悪戯仕掛けてたって」
鼻摘んだり、瞼を引っ張ってみたり。
耳元で“千速 千速 千速”と囁いてみたり。
色々しててさすがに笑ったって言ってた。
「…千速め。余計なことを」
それでも起きなかったんだなぁ、私。
まぁ、幸せな夢だったから。
千速のお嫁さんになって、子供もいて、研二君や陣平君たちが子供と一緒に遊んでくれて。
本当に幸せな夢だった。
「そうだ、聞きたかったんだけどさ」
「ん?」
食事を終え、本日二杯目のコーヒータイムの時。
「冬華のその夢の中に、私は出てきた?」
私が見ていた夢に、自分は出てきていたのかが気になったみたい。
「もちろん出てきたわよ?私と千速、忍と子供の四人でトロピカルランドで遊び尽くしてた」
子供を中心として、トロピカルランドにある全ての乗り物を網羅した。
絶叫マシンもたくさん乗ったし、お化け屋敷にも入った。
「うわー!その夢共有してほしかったー!」
「忍なんか、子供と一緒にお化け屋敷で泣いちゃって。私と千速はそれがおかしくて怖さなんて吹っ飛んじゃった」
「…そりゃ覚めたくもなくなるわね。楽しすぎるし幸せすぎるし」
覚めたくなかったわけじゃないんだけどね。
自分が意識不明になってるってことには気付いてなかったし。
湊の“ママ、起きて。ちーちゃんが待ってるよ”って言葉で、初めて“あ、千速が待ってるなら起きなきゃ”って思った。
夢の中の私は寝てたわけじゃなくて、湊と一緒に積み木で遊んでた時。
急に湊が立ち上がって、窓に手を付いて。
何を見てるのかな?と思って、私も立ち上がった時に言われた。
だからあの時あの子が見ていたのは、もしかしたら“夢の外にいる千速”だったのかもしれない。
「納得したわ、あんたが五年間起きなかった理由に」
「あはは…ごめんなさい…」
「うむ、くるしゅないぞ」
二人で笑い合っていたところに。
「そこのお二人さん、身分証を見せてもらっても?」
「「!」」
なんと千速がやってきた。
白バイの制服姿で。
「千速、巡回ルート変えたの?」
「お前たちがここにいるってわかってるんだから、そりゃ変えるだろ」
「だから怒られるのに…懲りないわねぇ昔から…」
高校生の時、千速の自由さに先生たちも手を焼いていた時期があった。
授業はサボるし、買い食いを注意してもやめないし。
成績はいまいちだしで結構ね、先生が頭を抱えているのを目撃してた。
県警でもきっと手を焼いてるだろうなぁ。
「私も一緒にランチしたかったな」
千速は隣のテーブルの椅子に手をかけ、こちら側に座った。
「あら、お弁当残しちゃう?」
「愛妻弁当を残すなんて不届者だよね」
「ぅ…の、残したりはしない…!ちゃんと食うよ!」
私と忍で千速をニヤニヤ笑いながら千速を揶揄う。
「ほんとかなぁ?」
「本当だからな!冬華!」
「ふふ、わかってる」
タジタジで慌ててちょっと可愛い。
「あ、千速も何か頼む?」
「そうだな、何か飲むか」
メニュー表を捲り、何か注文しようとしてるけど…。
「…千速、あなた仕事中でしょ?」
「そうだが、休憩も必要だろ?」
…白バイの制服を着たままカフェで?
そんなこと許されるのかしら…。
なんて思っていたら。
『萩原警部補、どこに行ってるんですか?至急県警本部へお戻りください。副隊長がカンカンですよ』
ヘルメットからそうアナウンスが聞こえてきた。
許されなかったみたい…。
「………やばい気がする」
途端に千速の顔が真っ青に…。
「気がする、じゃなくてヤバいんだよなぁ」
忍はまたニヤニヤ笑い、私は苦笑いを零す。
「……絶対に定時で帰るからな」
「えぇ。待ってる…って…千速!」
手を振ろうとしたら、その手を掴まれて額にキスをされた。
「昼間からお熱いことでー」
忍は見慣れた感じで普通に見てる…。
「じゃあな!」
「…っばか!まったく…!事故らないように!」
「またね、千速」
忍と二人で手を振り、千速を見送りながら。
「…ありゃ絶対始末書だわ」
「定時上がりは無理ねぇ…」
そう嘆いていた…。
帰ってきたのは21時過ぎでした…。
「うわぁ!すごい人ねー!」
「はぐれないようにな」
今日は千速が行きたいって言ってた、モーターバイクのデモンストレーションが行われる日。
私たちも現地入りし、人の多さにびっくり。
「キッチンカーも来てる!」
「何か食いながら見て回るか」
「それはお行儀が悪いので、食べ終わってから見て回りましょ」
千速と手を繋ぎ、キッチンカーがたくさんいるブースへと足を運ぶ。
「クレープがいいな」
「ん。じゃあここで……」
と言いかけて。
「…いや、一緒に並ぶぞ」
「あなたがここで待っててもいいわよ?私買って来るから」
「いい。二人で並ぶ」
先週のナンパの件から私を一人にしないと決めたらしく、千速に手を引かれて一緒に並ぶ。
「ふふ」
それがなんだか嬉しい。
「ね、トッピング何にする?」
「チョコバナナだな」
「じゃあ私はバナナを苺にして、一口あげるから千速も一口ちょうだいね?」
「一口と言わずにたくさん食え」
なんて会話をしながらクレープを買って。
「あ、あそこ空いてる」
「急げ!」
誰も座ってないベンチを見つけて走って移動して。
「美味しそう」
「美味いよ」
「もう食べてるのね」
クレープを食べ始める。
「ん、おいしー」
苺も甘くて、すごく美味しいクレープ。
「ふふ」
「どうした?」
「初めて食べた時のクレープ、苺が酸っぱかったなぁと思って」
高二の時、下校中。
あの時はまだ千速を警戒していた時だった。
千速に会わないように、少し時間をずらして学校を出たのに。
“おい冬華!クレープ食いに行くぞ!”
“…!…待ち伏せはズルくない?”
校門で待ち伏せをされ、手を掴まれて連行された。
“…私お金持ってきてないけど”
“私たちが奢ってあげる”
忍も千速を止めたりはせず、なんだか楽しそうに歩幅を合わせて歩いて。
“ほら”
苺のクレープを渡された。
“………”
キッチンカーは不衛生だと言う両親だったから、買ってもらったことがなくて。
食べ方が分からず、どこから食べていいのかも分からず。
クルクル見回してたら。
“こう、だよ”
千速はクレープに齧り付き、食べ方を教えてくれた。
千速の食べ方を見て、おずおずと齧り付いて。
“……酸っぱ…”
酸っぱさに、キュッと眉間に皺が寄った。
“はは!でも美味しいだろ?”
“その酸っぱさもまた苺って感じよね”
千速と忍の楽しそうな笑顔に。
…なんか、いいなぁって思った。
「ああ、あの時か。お前酸っぱさからしかめっ面になってたよな」
「覚えてるの?」
まさか千速が覚えてると思わなかった。
千速はクスリと笑って。
「当たり前だろ?あの時から私はお前を意識し始めたんだからな」
そう言った。
「え!?そうなの!?私あの時はまだ結構キツくなかった!?」
…びっくりした。
私にとって、あの時はまだ千速は警戒対象だったのに。
「キツかった。でもなんだろうな。不思議と嫌な感じはしなかったんだよ」
私に関わらないほうがいいと思って、突き放していたつもりだった。
“迷惑なんですが”
“喧しい!コンビニに行くぞ!”
と、手を引かれて。
“…鬱陶しい”
“はっ!何とでも言え!今日は忍と三人で駅前のたい焼きを食いに行く!”
と、手を引かれた。
どんな時も、千速は私の手を引いて、私を連れ出してくれた。
「むしろ楽しかった。お前、口ではブチブチ文句を言っていたけど物理的な拒絶はしなかったし」
手を引かれ、連れて行かれるまま。
振り払おうと思えば振り払えたけど、何だかんだついて行った。
だって、初めてだったから。
クレープもたい焼きも、コンビニに行ってお菓子を買って、道端で飲み食いをしたのも。
“ああ、これが所謂 “友達”っていうものなんだ”って。
そう思えて。
自分の中にある永久凍土とも言える冷たい部分が、溶けて行くように感じていた。
きっと、千速と忍は気付いていたのかもしれない。
私が無意識に出していただろうSOSのサインに。
「ふふ、そうね。何だかんだ楽しかったんでしょうね」
私はクスクスと笑って、もう一口食べた時に。
「はぁ!?階段から!?」
「は、はい…!ついさっきです!」
「あの馬鹿何やって…っデモンストレーションはどうすんだよ!」
何やらトラブルがあったみたい。
「あらあら、トラブルみたいね」
「あぁ。バイクショーに関係することみたいだな」
「会話の内容から、バイクの運転手が階段から落ちて運ばれた的な感じみたいだけど…」
メインイベントの運転手が怪我をしちゃったら、モーターバイクによるデモンストレーションは中止かしら。
「…デモンストレーションが見たくて来たのに」
と、千速は肩を落とす。
私は会場内で食べ歩くだけでも楽しいけど、千速はバイク好きだしねぇ。
「来場者の中で乗れる奴いないかな!?このままじゃ主催者が激怒だぞ…!」
来場者の中でバイカーを探してる。
…まぁ千速ならどんなバイクでも乗れるわよね。
「む、無理ですよ!バイカーはいるでしょうけど、あのコースはプロの方じゃないと危険です…!」
……千速なら、行けるんじゃないかなぁ。
白バイ隊員に成り立ての頃、嬉しさの余り白バイでウィリーして始末書…。
自分のライディングテクニックを私に見せたくて、ストッピーして始末書と三日間の謹慎処分を受けたことあるし…。
…ライディングテクニックは千速以上の人はいないと思う。
「中止かぁ…まじかよ…赤字だぞこれ…」
「やばいですよね…」
スタッフの方は頭を抱えていて。
「…ね、千速」
「ん?食べる?」
「食べる」
千速と半分くらい減ってるクレープを交換しながら。
「千速、行けるんじゃない?」
「なに?」
「デモンストレーションの代打」
千速のクレープを食べる。
「まぁ行けるっちゃ行けるが、行かないよ」
「代打を探してるみたいなの」
「みたいだな」
…千速自身はあまり乗り気ではないっぽい。
だって、代打を受けたら少しの間私が一人になるから。
「千速のライディングテクニック見たいなー」
「お前を一人にしたくない」
すぐ声をかけられるから、と。
行く気はないみたい…。
うぅ…。
モーターバイクのデモンストレーションを見るために遠路遥々来たのに見れないで帰る人たちがいる。
私たちもその中の一人で、せっかく来たのにっていうガッカリ感が否めなくて。
千速は見る側じゃなくて、プレイヤー側になってしまうけれど…。
私には、千速をその気にさせる方法がある…。
二週間近く待たせちゃって、その反動が怖くてなかなか言えなかった魔法の言葉…。
たった一言でいい。
たった一言で…千速は絶対に動いてくれる…。
怖いけど…これしか手段はないから…。
私はコクリと息を飲み、指に付いたクリームを舐め取っている千速の耳に顔を近付けて。
「“お預け解禁してもいいけど…どう…?”」
そう囁くと。
「…ッ!」
千速は耳を押さえながらバッと私を見て。
「……お前…本当だろうな?」
頬を赤らめて、ジト目で睨んできた。
「…嘘だと思う?」
今の千速にとって、一番吐かれたくない嘘を吐くはずがないじゃない。
…覚悟、してるんだし。
「……」
千速はほぼ新品のクレープを急いで食べて、服で手を拭いて。
「キスしたい」
クッと私の顎に手を添えた。
「い、今…?」
それは予想外…。
「今」
こんな…たくさん人がいるところで…?
「ここで…?」
「ここで」
千速の眼差しから伝わるのは。
「今は……んぅっ」
何を言ってもキスをされるってこと…。
「…っふ…っ」
甘い。
クレープを食べた直後だから、口の中に甘さが広がる。
視界に入るのは千速の綺麗な顔と。
「……っ」
キスをしている私たちに気付いた数名の来場者たち。
「ん…っ」
「ん」
まずい…。
千速にお預けをさせていたということは、私自身のお預けにもなるってことで…。
「…っ」
そんなに長くないキスだけど、久しぶりのキスに体中が熱くなる。
「じゃあ行ってくるけど、くれぐれも気を付けろよ?」
「え、えぇ、千速も気を付けてね?」
千速はスタッフさんに話をかけに行き、スタッフさんは驚きと喜びで千速と一緒に裏方へと消えて行った。
「……」
ど、どうしよう。
私は膝に片肘を付き、口元を隠す。
「……い、言っちゃった…」
どうしよう…。
解禁してもいいって…言っちゃった…っ
こ、今夜…よね…?
…二週間近くお預けにさせていた反動が怖い。
怖いはずなのに。
怖い…はず…なのに…。
–––– 期待してる自分がいる ––––
「…ぅわ…っどうしよ…っ」
ちょっとまともに千速の顔見れないかも…!
とりあえずクレープを食べないとと思って一口…。
「…味がわからなくなっちゃった…」
とんでもないくらいドキドキしていて、クレープどころじゃなくなっちゃった。
でも残すのは嫌だから、モーターバイクのデモンストレーションが始まる前に食べ切る。
千速が半分食べててくれてよかった…。
「…見える位置に移動しないと…」
千速の格好良いところを撮らないと。
ドキドキと高鳴り続ける胸に手を当てて。
「…深呼吸を何回か…」
しても、落ち着くことはなかった…。
「凄い人…」
モーターバイクのデモンストレーションが行われる野外へ移動する。
前の方はすでに凄い人で埋まってて。
「…うぅ…早く移動しとけばよかったー…」
と、肩を落としていたら。
「い、いた!いました!」
「!」
突然私の前にスタッフさんが走ってきた。
「蒼月冬華さんですよね!?」
「あ、はい。そうですけど…」
「よかったぁ…やっと見つけた…!」
何か落としものでもしたのかなと思って、身の回りと鞄の中を確認する。
「萩原さんが“恋人と一緒なんですが、スタッフ側で見せてもらえないだろうか”って仰ってて…!」
「え!?いいんですか!?」
どうやら千速とスタッフさんの計らいで、観客席じゃなくてスタッフさん側で見せてくれるみたい。
「ぜひ!僕らは萩原さんにピンチを救われましたので!」
「ありがとうございますっ」
そのお礼も兼ねて!と、屋内のスタッフルームへと案内してくれた。
「わぁ…」
スタッフさんたちに頭を下げつつ、窓際に立つ。
二階だから、コース全体が見える。
「あ…千速…」
窓に手を付き、ヘルメットを脇に抱えている千速を見つけた。
こっち、向いてくれないかな。
気付いてくれないかな。
「!」
千速は私に気付いてくれて、片手を上げてくれたから。
「…ふふ、気付いてくれた」
私も手を振って応えた。
「あの、動画を撮ってもいいですか?」
「あ、はい!もちろんです!」
「ありがとうございます」
もう一度お礼を言って、スマホを構える。
千速がスロットルを吹かし、スタートした。
素人には難しいコースを、千速は難なくクリアしていく。
少しのパフォーマンスを取り入れて、観客を魅了する。
「凄いですよ、萩原さんは」
「え?」
スタッフさんが私の隣に立って。
「今日怪我をしたライダーが、あのコースをノーミスで回れるようになるのに一ヶ月以上かかったのに、萩原さんはコースを見ただけであれですもん」
世の中に、しかも女性でこんな凄いライダーがいたなんて驚きです。と。
スタッフさんはそう言った。
「バイクのことに関しては、千速の右に出る人はいないって思ってます」
そう返して、ニコリと笑う。
千速に視線を戻すと、ウィリーをしていて。
ストッピーまで披露してる。
ふふ、始末書にならないから調子に乗ってるなぁ。
ようやくゴールして、観客が沸いた。
千速はヘルメットを取り、観客に挨拶をして。
「あ…」
また私に手を振ってくれた。
動画を止めて、スマホを鞄に入れる。
そんなに長くない時間だったけど、格好良い千速が撮れて満足しちゃった。
「じゃあ、戻りますね。ありがとうございました」
「と、とんでもないです!こちらこそありがとうございました!」
良い場所で見せてもらえてよかった。
スタッフルームを出て、デモンストレーションが行われたところより少し離れた場所で千速を待つ。
「冬華!」
「!千速!」
千速は走ってきてくれて、私も駆け寄る。
「どうだった?」
「ふふ、最高に格好良かったわよ」
「だろ?あのパフォーマンスは私が勝手にしたんだが、かなり盛況だった」
最高の気分だ、と千速は笑った。
「公道じゃないから、始末書にならないものねぇ?」
「ぅ…県警の奴らが大袈裟すぎるんだからな」
クスクス笑うと、千速は私の手を引いて。
「よし、じゃあ帰るぞ」
歩き出した。
「…っ!」
途端にまた顔が熱くなって、またドキドキしてきた。
だって、帰るってことは…。
その…っ
「帰ったらとんでもないくらい抱く」
や、やっぱり…そう…よね…。
「くそ、電車じゃなくてバイクで来るんだったな…」
そうしたらすぐ帰れるのに、と言いながらスマホで電車の時間を確かめている。
「……っ」
私は繋がれている千速の手と、千速の背中を見つめる。
……人生で二回目。
「…ね、千速」
「なんだ?やっぱり無しは怒るぞ」
…誘ってみようかな。
ドキドキと苦しいくらい高鳴る心臓をそのままに。
「…ホテル…行きたいなぁ」
そう零すと。
「…」
千速は立ち止まって。
「…千速?」
俯いて。
「……」
プルプルと震えて。
「……っ」
耳まで真っ赤になってきて。
「……っ今のはヤバすぎるだろ…っ!」
屈み込み、両手で顔を隠しちゃった。
珍しく悶えてる千速を抱き締めて。
「…(我慢してたのは、あなただけじゃありませんよ?)」
耳元で囁くと。
「……っ、っ、っ!」
イヤイヤイヤ、と頭を振った。
周りは何事だとチラチラ見てくるけど、今はそんなのは気にならない。
「…近辺のホテルはこのイベントで満室だろうから、少し離れたホテルを探す」
電車の時間から、ホテル検索へと切り替えて。
「私は終電のチケット買っとくわね」
「……はぁ…早く抱きたい…」
私は終電、千速は日帰りホテルを予約してくれた。
「ロングステイ?」
「当然だ」
「温泉楽しみー」
「行けるといいな」
「え゙…」
「ほら、行くぞ」
また手を繋いで足早に。
小走りに近くて、なんだか笑っちゃった。
これからすること、されることは明白で。
明日は腰の痛さで泣きそうだなぁと思いながら。
……満更でもないんだよなぁ、なんて。
思っちゃったり…してたり…して…。
なかなか私も…欲求不満だったんだなと改めて感じました…。
さてはて、私はどうなってしまうのだろうか…。
END