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『一目惚れ』
「あ」
「ん?どうした?忍」
「ね、楪 白麗って覚えてる?」
「楪…ああ、高校時代の根暗ちゃんだったか?」
「根暗ちゃんっていうか、まぁ白麗には色々あったからねぇ…」
ある日。
友人の忍と食事をしていると。
忍が小さく声を上げて、スマホをいじり出した。
「色々?」
「そう、色々」
忍は詳しくは話さず、ポチポチとスマホをいじって。
「白麗さ、今は北海道の田舎で暮らしてるんだけど」
「…何かあったのか?」
人間関係で何か嫌なことでもあったのだろうか。
「色々ね」
「色々か」
やはり忍は話さない。
忍の口から話すべき内容ではないということか。
「で、その楪がどうしたんだ?」
「うん、でね?白麗、今こっちに帰ってきてるんだって」
楪が北海道からこちらに。
「時間合ったらご飯でもーって誘われたってこと」
「ほう」
忍は私にスマホの画面を見せてきて。
「千速もいるけど、それでもよかったらって言ったら」
「“ぜひに”と」
「そ」
お前な。
「それは私にも許可取りが必要な事だろう」
「えー?」
私にも楪が来ることを話し、可か不可を伺い立てるべきだろう。
しかし忍はニヤニヤ笑って。
「絶対、千速のどストライクだと思うよ?綺麗になったから」
そう言った。
「あの前髪で目を隠してその癖メガネをかけてマゴマゴしてた奴がか?」
声を掛けてもオドオドしてどこか怯えていた奴が、私の好みに?
あり得ないな。
「今は金髪にコンタクトをしてるよ」
「…随分と垢抜けたな…」
「ま、色々とね」
「また色々とか」
その色々の中に含まれている理由が気になるじゃないか。
あんな根暗だった奴を変えた理由。
「あ、来たよ」
「ん?」
と、振り返った瞬間だった。
「忍ー!お待たせー!」
リンゴーン リンゴーン
どこかの教会にあるだろう、鐘の音が聞こえてきたのは。
「白麗ー!久しぶり!」
「久しぶり!今日は会ってくれてありがと!」
忍は立ち上がり、きゃあきゃあと楪とはしゃいでいる。
忍は楪は金髪にしたと言っていたが、楪は長く綺麗な黒髪を一本に結っていて。
「あれ?金髪とコンタクトにしたんじゃなかった?」
「髪はちょっと理由があってね。コンタクトは目が痒くて擦ったら、眼球が傷ついちゃって今はお休み中なの」
「そっかー、金髪の白麗を千速に見せたかったのにー」
「あは!ごめんね?」
メガネはかけていないと言っていたが今はメガネをかけている。
またそのメガネも似合っていて…。
目が離せない。
「あ、でね。こちらが千速。覚えてる?」
忍が私を指し、楪に問う。
「あ、うん。覚えてる。忍の親友さんだもの、忘れるわけないわよ」
と、楪は小さく笑った。
「えと…萩原さんも、今日は急に予定に加わってごめんね…?」
「…あ、いや…別に…」
楪に話しかけられ、ハッと我に返る。
軽く咳払いをして。
「…久しぶりだな、楪。随分垢抜けたな」
「久しぶり、萩原さん。萩原さんは相変わらずって感じね」
クスクスと笑う楪。
はぁ…。
抱き締めたい…。
忍が言っていた。
“絶対、千速のどストライクだと思うよ?”
が当たっていて腹が立つ。
ほら見ろ、その証拠に忍がまたニヤニヤ笑ってる。
「で、今は北海道で暮らしていると聞いていたが、なぜ神奈川に?」
「あー、うん」
私の問いかけに、楪は少しだけはにかむように。
「父が危篤でね。最期に顔を見に来たの」
そう言った。
「…え、あんた…」
途端に、忍が眉間に皺を寄せた。
色々ある中の理由は、父親絡みか?
「…まぁ最期くらいは、って思ってね」
「…そっか」
場が暗くなった。
金髪から黒髪に戻したのは、喪に伏するためか。
「楪、せっかく来たんだから何か注文をしたらいい」
まぁ楪と父親との間に何があったのか私にはわからない理由だから、私まで暗くなる必要はないからな。
「えぇ、ありがとう」
楪はメニュー表へと視線を落とした。
「(一目惚れしたでしょ?)」
「(…喧しい。というか別人レベルなんだが…)」
色々あったからねぇ、と口パクで紡いだ言葉とその表情はどこか悲しそうで。
「……」
忍と楪にこんな表情をさせる奴に腹が立ってきた。
〜〜♪ 〜〜♪
スマホの音だ。
「あ、ごめん私だ」
楪のスマホのようで、画面を見た瞬間に表情が曇った。
「なに?どうしたの?」
「あ〜…」
楪はまたはにかむように笑って。
「一日早く来たんだけど、なんでかもうこっちにいることがバレて帰ってこいって母から連絡きた」
参ったな、と。
そう言った。
内密に一日早く帰ってきたにも関わらず、それが母親に知られた。
まさか。
「貸してみろ」
「え?…あ、萩原さん?」
「千速?どうしたの?」
楪のスマホを奪うように取り、アプリを確認する。
あるはずだ。
絶対に。
スイスイと指を滑らせて。
あ。
「やはりな」
「なに?」
楪に画面を見せながら。
「GPS機能アプリが入っている」
居場所がバレた理由を口にした。
「…そこまでするんだ」
「まぁ…するかもねぇ…」
忍は絶句し、楪は苦笑を零した。
「というわけだから、行くわね。忍、萩原さん、今日はありがとう。そしてごめんね」
「あ…うん…」
楪は立ち上がり、伝票を手に取って。
「あ、おいそれは「これは今日会ってくれたお礼と、二人の予定を邪魔しちゃったお詫び」
じゃあまたね、と。
ウィンクされたらもう。
「千速」
忍は楪の背中を指して。
行け、と合図した。
ああ、まったく。
さすがは我が友だ。
「すまない忍。必ず埋め合わせをする!」
「期待してまーす」
忍は手を掲げたから、私はその手にハイタッチをして楪を追った。
「本当によかったの?」
「あぁ、問題ない」
バイクを押しながら、楪と歩く。
「君こそ大丈夫なのか?」
あまり家族仲が良くなさそうだから。
「んー…大丈夫…ではないけど、こればっかりはね」
仕方のないことだからと小さく笑った。
「何があったのか聞いても?」
忍が言う“色々”の中身を知りたい。
「忍から聞いてない?」
「“色々あった”しか聞いてないんだ」
「というか、私と萩原さんって学生時代そんなに話したことないものね」
話題にも上がらないか、とクスクス笑った。
「“色々あった”としか聞いてないって言ったぞ。話題に上がったろう」
「それはさっきの話しでしょ?私から忍に連絡をして初めて“あ、そんな奴もいたなぁ”くらいには思い出してくれたみたいな」
「く…」
なかなか鋭いじゃないか。
「でも、忍は一人で抱えてくれていたんだね」
有難いなぁと目を細めた。
「私も共に背負わせてくれないか?」
そう伝えると、楪はきょとんと私を見つめて。
「え、まさか私に惚れた?」
ニマニマ笑ってきた。
「……」
やはりなかなかに鋭いな…。
「あは!私のどこに惚れたのかわからないけど、私はやめといたほうがいいわよ?面倒くさい女だから」
面倒?
「面倒か否か、それを決めるのは私だろう」
「家族仲も悪いしねぇ」
「私は君に惹かれただけで家族など関係なかろう」
私の言葉に、楪はまたクスクス笑って。
「それでも私はダメよ。あなたにはもっと良い人が見つかるわ」
トン、と。
私の体をノックするかのように軽く叩いて。
「なん「ここまででいいわ。ありがとね、萩原さん」
言い返す前に、楪は去って行った。
「…何がダメなのかを聞きたいものだな」
追いかけるか?
いや、ダメだ。
きっと合わせたくないのだろう。
“仲の悪い家族”に。
楪の気持ちを無碍には出来ない。
だが。
「まぁダメだと言われても諦めないのだが」
諦めるつもりなど毛頭ない。
私は口元を隠して。
「…絶対に物にする」
笑った。
「あら?」
「!やぁ、丁度よかった」
数日後。
私は楪の実家の前にいた。
インターホンを鳴らそうとしたら、楪が出てきた。
喪服を着ている。
親父さんは亡くなったようだ。
「うちがよくわかったわね?」
「忍に聞いた」
「そう」
「どこか行くのか?」
「酒買ってこーい!ってね」
「なるほど…」
またバイクを押しながら、隣を歩く。
「忍、何か言ってた?」
「ん?」
「あ、まだ聞いてないの?忍に」
「ああ、君の口から聞こうと思って」
忍は多分、話したくないだろうしな。
頑なに“色々あった”としか言っていなかったし。
「あまり良い話じゃないんだけどね」
楪は苦笑を零しながら。
「私、父親からの性暴力を受けていたの」
そう言った。
「…性…暴力…だと…?」
私は目を見開く。
本来、守るべき娘を。
傷つけていただと?
「…母親はどうしてたんだ?」
「止めたら暴力を振るわれるから、なーんにも」
母親も助けてはくれなかったらしい。
まぁ帰ってこいと連絡が来た時の表情を見ると、そうだろうな。
「逃げなかったのか?」
「妹がいるの」
「……」
妹。
「妹まで父親の魔の手が伸びそうだったから、“妹にまで手を出したら警察を呼ぶ”って脅したら手を出さなかったわ」
妹を守っていたのか。
学生ながらに。
妹だけでも、その暴力から救いたかったのか。
「だから妹は、私が父に何をされていたのかは知らないの。妹から見たらきっと仲の良い家族に見えていたかもね」
我ながら女優になれるくらいの演技力、と楪は笑った。
「で、その妹も結婚して北海道に移住したから付いて行ったってわーけ。あ、一緒には暮らしてなかったわよ?」
さすがに家族水入らずの邪魔はしない、と。
その笑みが痛々しすぎて。
「っわ!ど、どうしたの!?」
たまらず抱き締めた。
何も知らなかった。
私は何も知らなかった。
根暗だと思っていたのに、根暗じゃなくて人見知りでもなくて。
感情が壊れそうになっていたんだ。
忍はなぜ楪の真実を知っていたのか気になるが、今はそれどころじゃない。
「萩原さん?」
「…すまない。何も知らなくて…」
私がそう言うと、楪はまたクスクス笑って。
「どうしてあなたが謝るのよ。あなたは何も悪くないじゃない」
知っていたら、守れていたかもしれない。
「まぁ、だからね?こんな汚い私より、綺麗な子を見つけて幸せになってちょうだい」
「…ッ」
汚い、だと?
「あ、怒った?」
キッと睨むように楪を見ると、楪は私の眉間を突きながらまだ笑っていて。
そんな楪に腹が立ったから。
「はぎ––––」
キスをした。
見開かれた瞳を見つめたまま。
「ん…っぅ…っちょ…っん…っ」
後頭部を抑え、舌を絡め取った。
「ン…っんぅ…っ」
幸運なことに、周りには誰もいない。
「は…っ」
「は…」
ちゅ…と音を立てて離れれば、透明の糸が私たちを繋いだ。
ああ、ダメだ。
愛しすぎる。
「萩原さん…?」
抱き締めたまま。
「…千速だ」
「え?」
耳元で囁く。
「千速と呼んでくれ」
名前で呼んでほしい。
「ね、私はダメだって言ったでしょ?」
「わかった、など言ってないぞ」
「…汚れてる体よ?」
「本当に汚れてるのか?見せてみろ」
少しだけ体を離して。
「汚くなどない。大切な妹を守った格好良い姉だ」
そう告げて、額に口付けを落とした。
「…汚いよ」
「汚くない」
「…初体験が父親なんて気持ち悪いでしょ…」
「女と寝たことはないだろ?初体験を塗り替えてやる」
楪…いや、白麗の頬には涙が伝う。
「もうそろそろ、自分の幸せを考えるんだ。白麗」
十分戦ってきた。
実家から離れたとしても、妹を守るために裏では動いていたんだろ?
「今度は私が君を守る。だから私のものになってくれ」
遠距離恋愛になろうとも。
私は君を手に入れたい。
「…私…めちゃ重いわよ…?いいの…?」
「問題ない」
親指で涙を拭って。
「全力で受け止める」
額を合わせて。
「…やっぱりやめたは無しだからね…?」
「ふっ、こちらの台詞だぞ、それは」
笑い合った。
学生時代の、ただの同級生だった楪 白麗。
もしかしたらあの時、ちゃんと顔を見ていたら惚れていたかもしれない。
なに?
人は顔だけじゃない?
そんなことはわかっているぞ。
ただ、知りたいと思うきっかけにはなるだろ?
顔がどストライクなら尚更な。
私の場合、忍のお墨付きというのが強かった。
忍が“行け”と背中を押してくれたから。
こうして私は白麗を手に入れた。
「父ももういないし、神奈川に戻ろうかな」
「賛成だ。遠恋は精神がおかしくなりそうだからな」
「母だけならなんとかなるしね」
「私や忍が力になる」
手を繋いで、酒が入った袋を持って来た道を歩く。
「あ、ねぇ。電話番号教えて」
「そうだ、知らないままだったな」
スマホの番号と、某トークアプリのIDを交換した。
「白バイ隊員の制服の写メないー?妹に紹介したい」
「自撮りはしないからなぁ。明日暇なら一緒に撮ろう」
「明日帰りまーす」
「…む。なら勤務中だが抜け出して見送りに行く」
「ありがと」
もう会えなくなるのか…。
「出来るだけ早く戻れるようにするから」
「あぁ、待ってるよ」
実家の少し手前で。
「また明日、千速」
「…いややっぱり今夜迎えに来るからまた今夜だ、白麗」
ダメだ。
少しでも長く一緒に居たい。
そんな私に、白麗はまたクスクス笑って。
「あは!わかった、待ってるわね」
触れるだけのキスをして、白麗は実家へと戻って行った。
白麗の実家から離れた場所で一度バイクを停めて。
「忍に報告しておくか」
バイクへ背中を預け、忍へと連絡をする。
「“捕まえた”、と」
これだけ言えば。
『よくやった!終身刑でよろ!』
と返ってきた。
「ふっ、面白い表現をするなぁ忍は」
今夜迎えに行ってそのまま過ごすということは、だ。
「…抱いてもいいのかな」
手を出してもいいものだろうか。
キスはしたし、さらに深いキスもした。
…その先は?
「……私の理性よ。警察官なんだから無職になるなよ?」
いやでも、明日を最後に遠恋になる。
次いつ会えるかもわからん。
「……」
ふぅ。
ダメそう…。
「汚れてると言っていたが、どの辺りが?」
「…っン…っばか…っ今はそれは…っ言わな…っぅんっンっあ…っ」
ダメだった。
あまりに綺麗な身体に、我慢なんて出来ず。
「…私たちって今日付き合ったのよね?」
「うむ。今日交際開始で、明日から遠距離恋愛だ。ダメだ耐えられん早くこっちへ帰って来てくれ」
ギュウッと抱き締めて、離したくない。
「ふふっ、出来るだけ早く戻れるように準備するわね」
「うむ」
学生時代からのただの同級生でしかなかったのに。
変わった白麗を見て、猛烈に惹かれた。
顔がどストライクで、会話をしてみれば話し方も優しくて。
良い匂いがして。
笑顔が可愛らしくて。
ああ、守りたいと強く思った。
恋人なんて縁遠いものだと思っていたのに。
「忍に感謝だな」
「キューピッドだものね」
私たちを繋げてくれた忍に感謝の意を込めて。
「今度奢ってやろう」
「その際は私もお礼が言いたいからちゃんと連絡してね?」
「何を言う、君も一緒に行くんだよ」
「…来月くらいに帰って来ると思ってるわね」
持つべきものは友。
良いレストランを探しておこう。
そして。
私たち共通の最高の友と一緒に。
END
「あ」
「ん?どうした?忍」
「ね、楪 白麗って覚えてる?」
「楪…ああ、高校時代の根暗ちゃんだったか?」
「根暗ちゃんっていうか、まぁ白麗には色々あったからねぇ…」
ある日。
友人の忍と食事をしていると。
忍が小さく声を上げて、スマホをいじり出した。
「色々?」
「そう、色々」
忍は詳しくは話さず、ポチポチとスマホをいじって。
「白麗さ、今は北海道の田舎で暮らしてるんだけど」
「…何かあったのか?」
人間関係で何か嫌なことでもあったのだろうか。
「色々ね」
「色々か」
やはり忍は話さない。
忍の口から話すべき内容ではないということか。
「で、その楪がどうしたんだ?」
「うん、でね?白麗、今こっちに帰ってきてるんだって」
楪が北海道からこちらに。
「時間合ったらご飯でもーって誘われたってこと」
「ほう」
忍は私にスマホの画面を見せてきて。
「千速もいるけど、それでもよかったらって言ったら」
「“ぜひに”と」
「そ」
お前な。
「それは私にも許可取りが必要な事だろう」
「えー?」
私にも楪が来ることを話し、可か不可を伺い立てるべきだろう。
しかし忍はニヤニヤ笑って。
「絶対、千速のどストライクだと思うよ?綺麗になったから」
そう言った。
「あの前髪で目を隠してその癖メガネをかけてマゴマゴしてた奴がか?」
声を掛けてもオドオドしてどこか怯えていた奴が、私の好みに?
あり得ないな。
「今は金髪にコンタクトをしてるよ」
「…随分と垢抜けたな…」
「ま、色々とね」
「また色々とか」
その色々の中に含まれている理由が気になるじゃないか。
あんな根暗だった奴を変えた理由。
「あ、来たよ」
「ん?」
と、振り返った瞬間だった。
「忍ー!お待たせー!」
リンゴーン リンゴーン
どこかの教会にあるだろう、鐘の音が聞こえてきたのは。
「白麗ー!久しぶり!」
「久しぶり!今日は会ってくれてありがと!」
忍は立ち上がり、きゃあきゃあと楪とはしゃいでいる。
忍は楪は金髪にしたと言っていたが、楪は長く綺麗な黒髪を一本に結っていて。
「あれ?金髪とコンタクトにしたんじゃなかった?」
「髪はちょっと理由があってね。コンタクトは目が痒くて擦ったら、眼球が傷ついちゃって今はお休み中なの」
「そっかー、金髪の白麗を千速に見せたかったのにー」
「あは!ごめんね?」
メガネはかけていないと言っていたが今はメガネをかけている。
またそのメガネも似合っていて…。
目が離せない。
「あ、でね。こちらが千速。覚えてる?」
忍が私を指し、楪に問う。
「あ、うん。覚えてる。忍の親友さんだもの、忘れるわけないわよ」
と、楪は小さく笑った。
「えと…萩原さんも、今日は急に予定に加わってごめんね…?」
「…あ、いや…別に…」
楪に話しかけられ、ハッと我に返る。
軽く咳払いをして。
「…久しぶりだな、楪。随分垢抜けたな」
「久しぶり、萩原さん。萩原さんは相変わらずって感じね」
クスクスと笑う楪。
はぁ…。
抱き締めたい…。
忍が言っていた。
“絶対、千速のどストライクだと思うよ?”
が当たっていて腹が立つ。
ほら見ろ、その証拠に忍がまたニヤニヤ笑ってる。
「で、今は北海道で暮らしていると聞いていたが、なぜ神奈川に?」
「あー、うん」
私の問いかけに、楪は少しだけはにかむように。
「父が危篤でね。最期に顔を見に来たの」
そう言った。
「…え、あんた…」
途端に、忍が眉間に皺を寄せた。
色々ある中の理由は、父親絡みか?
「…まぁ最期くらいは、って思ってね」
「…そっか」
場が暗くなった。
金髪から黒髪に戻したのは、喪に伏するためか。
「楪、せっかく来たんだから何か注文をしたらいい」
まぁ楪と父親との間に何があったのか私にはわからない理由だから、私まで暗くなる必要はないからな。
「えぇ、ありがとう」
楪はメニュー表へと視線を落とした。
「(一目惚れしたでしょ?)」
「(…喧しい。というか別人レベルなんだが…)」
色々あったからねぇ、と口パクで紡いだ言葉とその表情はどこか悲しそうで。
「……」
忍と楪にこんな表情をさせる奴に腹が立ってきた。
〜〜♪ 〜〜♪
スマホの音だ。
「あ、ごめん私だ」
楪のスマホのようで、画面を見た瞬間に表情が曇った。
「なに?どうしたの?」
「あ〜…」
楪はまたはにかむように笑って。
「一日早く来たんだけど、なんでかもうこっちにいることがバレて帰ってこいって母から連絡きた」
参ったな、と。
そう言った。
内密に一日早く帰ってきたにも関わらず、それが母親に知られた。
まさか。
「貸してみろ」
「え?…あ、萩原さん?」
「千速?どうしたの?」
楪のスマホを奪うように取り、アプリを確認する。
あるはずだ。
絶対に。
スイスイと指を滑らせて。
あ。
「やはりな」
「なに?」
楪に画面を見せながら。
「GPS機能アプリが入っている」
居場所がバレた理由を口にした。
「…そこまでするんだ」
「まぁ…するかもねぇ…」
忍は絶句し、楪は苦笑を零した。
「というわけだから、行くわね。忍、萩原さん、今日はありがとう。そしてごめんね」
「あ…うん…」
楪は立ち上がり、伝票を手に取って。
「あ、おいそれは「これは今日会ってくれたお礼と、二人の予定を邪魔しちゃったお詫び」
じゃあまたね、と。
ウィンクされたらもう。
「千速」
忍は楪の背中を指して。
行け、と合図した。
ああ、まったく。
さすがは我が友だ。
「すまない忍。必ず埋め合わせをする!」
「期待してまーす」
忍は手を掲げたから、私はその手にハイタッチをして楪を追った。
「本当によかったの?」
「あぁ、問題ない」
バイクを押しながら、楪と歩く。
「君こそ大丈夫なのか?」
あまり家族仲が良くなさそうだから。
「んー…大丈夫…ではないけど、こればっかりはね」
仕方のないことだからと小さく笑った。
「何があったのか聞いても?」
忍が言う“色々”の中身を知りたい。
「忍から聞いてない?」
「“色々あった”しか聞いてないんだ」
「というか、私と萩原さんって学生時代そんなに話したことないものね」
話題にも上がらないか、とクスクス笑った。
「“色々あった”としか聞いてないって言ったぞ。話題に上がったろう」
「それはさっきの話しでしょ?私から忍に連絡をして初めて“あ、そんな奴もいたなぁ”くらいには思い出してくれたみたいな」
「く…」
なかなか鋭いじゃないか。
「でも、忍は一人で抱えてくれていたんだね」
有難いなぁと目を細めた。
「私も共に背負わせてくれないか?」
そう伝えると、楪はきょとんと私を見つめて。
「え、まさか私に惚れた?」
ニマニマ笑ってきた。
「……」
やはりなかなかに鋭いな…。
「あは!私のどこに惚れたのかわからないけど、私はやめといたほうがいいわよ?面倒くさい女だから」
面倒?
「面倒か否か、それを決めるのは私だろう」
「家族仲も悪いしねぇ」
「私は君に惹かれただけで家族など関係なかろう」
私の言葉に、楪はまたクスクス笑って。
「それでも私はダメよ。あなたにはもっと良い人が見つかるわ」
トン、と。
私の体をノックするかのように軽く叩いて。
「なん「ここまででいいわ。ありがとね、萩原さん」
言い返す前に、楪は去って行った。
「…何がダメなのかを聞きたいものだな」
追いかけるか?
いや、ダメだ。
きっと合わせたくないのだろう。
“仲の悪い家族”に。
楪の気持ちを無碍には出来ない。
だが。
「まぁダメだと言われても諦めないのだが」
諦めるつもりなど毛頭ない。
私は口元を隠して。
「…絶対に物にする」
笑った。
「あら?」
「!やぁ、丁度よかった」
数日後。
私は楪の実家の前にいた。
インターホンを鳴らそうとしたら、楪が出てきた。
喪服を着ている。
親父さんは亡くなったようだ。
「うちがよくわかったわね?」
「忍に聞いた」
「そう」
「どこか行くのか?」
「酒買ってこーい!ってね」
「なるほど…」
またバイクを押しながら、隣を歩く。
「忍、何か言ってた?」
「ん?」
「あ、まだ聞いてないの?忍に」
「ああ、君の口から聞こうと思って」
忍は多分、話したくないだろうしな。
頑なに“色々あった”としか言っていなかったし。
「あまり良い話じゃないんだけどね」
楪は苦笑を零しながら。
「私、父親からの性暴力を受けていたの」
そう言った。
「…性…暴力…だと…?」
私は目を見開く。
本来、守るべき娘を。
傷つけていただと?
「…母親はどうしてたんだ?」
「止めたら暴力を振るわれるから、なーんにも」
母親も助けてはくれなかったらしい。
まぁ帰ってこいと連絡が来た時の表情を見ると、そうだろうな。
「逃げなかったのか?」
「妹がいるの」
「……」
妹。
「妹まで父親の魔の手が伸びそうだったから、“妹にまで手を出したら警察を呼ぶ”って脅したら手を出さなかったわ」
妹を守っていたのか。
学生ながらに。
妹だけでも、その暴力から救いたかったのか。
「だから妹は、私が父に何をされていたのかは知らないの。妹から見たらきっと仲の良い家族に見えていたかもね」
我ながら女優になれるくらいの演技力、と楪は笑った。
「で、その妹も結婚して北海道に移住したから付いて行ったってわーけ。あ、一緒には暮らしてなかったわよ?」
さすがに家族水入らずの邪魔はしない、と。
その笑みが痛々しすぎて。
「っわ!ど、どうしたの!?」
たまらず抱き締めた。
何も知らなかった。
私は何も知らなかった。
根暗だと思っていたのに、根暗じゃなくて人見知りでもなくて。
感情が壊れそうになっていたんだ。
忍はなぜ楪の真実を知っていたのか気になるが、今はそれどころじゃない。
「萩原さん?」
「…すまない。何も知らなくて…」
私がそう言うと、楪はまたクスクス笑って。
「どうしてあなたが謝るのよ。あなたは何も悪くないじゃない」
知っていたら、守れていたかもしれない。
「まぁ、だからね?こんな汚い私より、綺麗な子を見つけて幸せになってちょうだい」
「…ッ」
汚い、だと?
「あ、怒った?」
キッと睨むように楪を見ると、楪は私の眉間を突きながらまだ笑っていて。
そんな楪に腹が立ったから。
「はぎ––––」
キスをした。
見開かれた瞳を見つめたまま。
「ん…っぅ…っちょ…っん…っ」
後頭部を抑え、舌を絡め取った。
「ン…っんぅ…っ」
幸運なことに、周りには誰もいない。
「は…っ」
「は…」
ちゅ…と音を立てて離れれば、透明の糸が私たちを繋いだ。
ああ、ダメだ。
愛しすぎる。
「萩原さん…?」
抱き締めたまま。
「…千速だ」
「え?」
耳元で囁く。
「千速と呼んでくれ」
名前で呼んでほしい。
「ね、私はダメだって言ったでしょ?」
「わかった、など言ってないぞ」
「…汚れてる体よ?」
「本当に汚れてるのか?見せてみろ」
少しだけ体を離して。
「汚くなどない。大切な妹を守った格好良い姉だ」
そう告げて、額に口付けを落とした。
「…汚いよ」
「汚くない」
「…初体験が父親なんて気持ち悪いでしょ…」
「女と寝たことはないだろ?初体験を塗り替えてやる」
楪…いや、白麗の頬には涙が伝う。
「もうそろそろ、自分の幸せを考えるんだ。白麗」
十分戦ってきた。
実家から離れたとしても、妹を守るために裏では動いていたんだろ?
「今度は私が君を守る。だから私のものになってくれ」
遠距離恋愛になろうとも。
私は君を手に入れたい。
「…私…めちゃ重いわよ…?いいの…?」
「問題ない」
親指で涙を拭って。
「全力で受け止める」
額を合わせて。
「…やっぱりやめたは無しだからね…?」
「ふっ、こちらの台詞だぞ、それは」
笑い合った。
学生時代の、ただの同級生だった楪 白麗。
もしかしたらあの時、ちゃんと顔を見ていたら惚れていたかもしれない。
なに?
人は顔だけじゃない?
そんなことはわかっているぞ。
ただ、知りたいと思うきっかけにはなるだろ?
顔がどストライクなら尚更な。
私の場合、忍のお墨付きというのが強かった。
忍が“行け”と背中を押してくれたから。
こうして私は白麗を手に入れた。
「父ももういないし、神奈川に戻ろうかな」
「賛成だ。遠恋は精神がおかしくなりそうだからな」
「母だけならなんとかなるしね」
「私や忍が力になる」
手を繋いで、酒が入った袋を持って来た道を歩く。
「あ、ねぇ。電話番号教えて」
「そうだ、知らないままだったな」
スマホの番号と、某トークアプリのIDを交換した。
「白バイ隊員の制服の写メないー?妹に紹介したい」
「自撮りはしないからなぁ。明日暇なら一緒に撮ろう」
「明日帰りまーす」
「…む。なら勤務中だが抜け出して見送りに行く」
「ありがと」
もう会えなくなるのか…。
「出来るだけ早く戻れるようにするから」
「あぁ、待ってるよ」
実家の少し手前で。
「また明日、千速」
「…いややっぱり今夜迎えに来るからまた今夜だ、白麗」
ダメだ。
少しでも長く一緒に居たい。
そんな私に、白麗はまたクスクス笑って。
「あは!わかった、待ってるわね」
触れるだけのキスをして、白麗は実家へと戻って行った。
白麗の実家から離れた場所で一度バイクを停めて。
「忍に報告しておくか」
バイクへ背中を預け、忍へと連絡をする。
「“捕まえた”、と」
これだけ言えば。
『よくやった!終身刑でよろ!』
と返ってきた。
「ふっ、面白い表現をするなぁ忍は」
今夜迎えに行ってそのまま過ごすということは、だ。
「…抱いてもいいのかな」
手を出してもいいものだろうか。
キスはしたし、さらに深いキスもした。
…その先は?
「……私の理性よ。警察官なんだから無職になるなよ?」
いやでも、明日を最後に遠恋になる。
次いつ会えるかもわからん。
「……」
ふぅ。
ダメそう…。
「汚れてると言っていたが、どの辺りが?」
「…っン…っばか…っ今はそれは…っ言わな…っぅんっンっあ…っ」
ダメだった。
あまりに綺麗な身体に、我慢なんて出来ず。
「…私たちって今日付き合ったのよね?」
「うむ。今日交際開始で、明日から遠距離恋愛だ。ダメだ耐えられん早くこっちへ帰って来てくれ」
ギュウッと抱き締めて、離したくない。
「ふふっ、出来るだけ早く戻れるように準備するわね」
「うむ」
学生時代からのただの同級生でしかなかったのに。
変わった白麗を見て、猛烈に惹かれた。
顔がどストライクで、会話をしてみれば話し方も優しくて。
良い匂いがして。
笑顔が可愛らしくて。
ああ、守りたいと強く思った。
恋人なんて縁遠いものだと思っていたのに。
「忍に感謝だな」
「キューピッドだものね」
私たちを繋げてくれた忍に感謝の意を込めて。
「今度奢ってやろう」
「その際は私もお礼が言いたいからちゃんと連絡してね?」
「何を言う、君も一緒に行くんだよ」
「…来月くらいに帰って来ると思ってるわね」
持つべきものは友。
良いレストランを探しておこう。
そして。
私たち共通の最高の友と一緒に。
END