三姉妹 しのぶさん姉妹百合夢
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「リン、ここに居たのね」
「…姉さん」
私は胡蝶 リン。
鬼殺隊 “壬”の階級の隊士。
「今日も良い天気ねぇ」
「…そうだね」
私の隣に座ったのは、私の姉。
胡蝶しのぶ。
蟲柱の階級を賜り、鬼殺隊の頂点に君臨する9人の内の1人。
私にはもう1人姉がいた。
胡蝶 カナエ。
カナエ姉さんも、花柱として鬼殺隊の頂点に君臨していた人。
でも3年前に死んだの。
鬼に殺されたの。
その時、私はカナエ姉さんと一緒の任務だった。
カナエ姉さんを殺した鬼は、上弦ノ弐。
まったく歯が立たなかった。
…いや、違う。
私が足手纏いだった。
カナエ姉さんは私を庇いながら、私を守りながら戦った結果。
命を落とした。
私はただ、上弦ノ弐との絶望的な力の差に震えていた。
泣いていた。
戦意喪失していた。
カナエ姉さんはそんな私を守って。
死んだ。
『リン…っ!』
わかったの。
あの時のしのぶ姉さんの瞳は。
“どうしてあなたが生きているの”
そう言っていた。
しのぶ姉さんは私を抱き締めてくれたけど。
きっと私が憎いはず。
だって、しのぶ姉さんはカナエ姉さんのことが大好きだったもの。
カナエ姉さんには屈託なく笑うけど、私にはそんな笑みを見せてくれなかった。
きっと私が、駄目な妹だから。
何をしても何も出来ないから。
ただ唯一、“舞い”は褒めて貰えたけれど。
それ以外はまったく駄目。
鬼だって一人で満足に殺せない。
姉二人が柱なのに対し、私の階級は下の方。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
そう言われてるのも聞こえたことだってある。
カナエ姉さんのように“花の呼吸”も上手く使えない。
しのぶ姉さんのように“蟲の呼吸”みたいな独自の呼吸も生み出せない。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
そう言われても仕方がないって思った。
「リン?」
しのぶ姉さんが私の顔を覗き込んできた。
綺麗な顔。
カナエ姉さんも綺麗だった。
でも私は?
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”だから、きっと不細工。
胡蝶の性を名乗るのも申し訳ない。
「どうしたの?リン」
不思議そうな顔。
「なんでもないよ、しのぶ姉さん」
いつからだろう。
笑顔を作るようになったのは。
それはしのぶ姉さんも一緒。
優しそうな笑みを浮かべているけれど、いつも怒っている。
カナエ姉さんじゃなくて、私が死ねばよかったのに。
きっとそう思ってるはず。
「…何でもないというような顔ではないのだけれど…」
心配そうな顔。
「…また誰かに何か言われたの?」
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”と言われていたのはしのぶ姉さんも知っている。
その時、姉さんはすごく怒った。
その隊士に。
風柱様や音柱様に止められたくらい。
でも私は笑った。
“その人の言う通りだから”って。
姉さんは私を抱き締めてくれた。
“そんなことない”って言ってくれた。
いいの、わかってるの。
自分でもそう思うから、いいの。
「何も言われてないよ」
カナエ姉さんとしのぶ姉さんが拾ってきたカナヲは凄かった。
天性の才能とはこの事で。
“拾われた妹にも劣るのかよ”
“やっぱり胡蝶三姉妹の一番駄目な奴なんだな”
私だって努力したよ。
頑張ったよ。
吐くまで鍛錬したし、倒れるまで鍛錬した。
でも駄目なんだよ。
努力は報われる?
報われない努力だってある。
しのぶ姉さんがカナヲに笑いかけて、カナヲの感情を呼び覚まそうとしてるのを見て。
ああ。
ああいうのが姉妹なんだよなぁって思った。
「それならいいのだけれど…」
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
“姉二人は柱になったのに”
“鬼も倒せないのに鬼殺隊って。姉を見習えよ”
“拾ってきた奴のが妹っぽいよな”
自慢だった姉さんたち。
自慢だった姉さんたちが、優秀すぎるが故に。
比べられて。
比べられて。
比べられた。
私は私として見て貰えなくて。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
言葉の刃で傷つけられた毎日。
「ごめんね、姉さん」
「え?」
私は立ち上がって。
振り返らずに。
「こんな妹で、ごめんね」
そう言って、部屋の中に入った。
「リン、やはり何か言われたのね」
姉さんが部屋の中に入ってきた。
「言われてないって。ただ私がそう思っただけだよ」
しのぶ姉さんは眉間に皺を寄せた。
「何を言われたのか話しなさい」
「言われてない」
視線を逸らす。
人の視線は苦手。
特にしのぶ姉さんとずっと視線を合わせると、思考を読み取られそうで。
「…リン」
しのぶ姉さんは私を抱き締めた。
「私はあなたが心配なの…」
いつも空を見ていて。
いつも悲しそうで。
いつも泣きそう。
しのぶ姉さんは私の耳元で、泣きそうな声でそう言った。
「……っ」
私はしのぶ姉さんの背中に腕を回そうとして、辞めた。
「大丈夫だよ、しのぶ姉さん」
代わりにポンポンと私の首に回っている腕を叩いて。
「私は大丈夫だから。姉さんは柱としての執務をこなして」
姉さんの腕を解いた。
「…リン」
本当は心配なんか、してないよね。
私の存在が、姉さんの“蟲柱”としての面目を潰してしまっているんだから。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴が、蟲柱様の足手纏いだよな。”
“あいつが居ないほうが、蟲柱様も安心して任務に集中出来るんじゃね?”
そう、そうだよね。
私なんか、居ないほうがいいんだよね。
カナエ姉さんを死なせてしまった私なんか。
「ほら、“蟲柱様”。仕事に戻ってください」
「…また様子を見に来るから」
しのぶ姉さんは私の額に口付けをして、何度も振り返りながら仕事に戻って行った。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
この言葉が私を苦しめる。
自分でも納得しているのに。
楔のように突き刺さって。
「…っ…っ」
呼吸すら出来なくなってしまう。
“蟲柱様”と“花柱様”の面目を潰してまで。
私は生きていたくない。
カナエ姉さんと同じ所に行けなくてもいい。
ただ私はもう。
楽になりたかった。
蝶屋敷を抜け出して。
本部からも離れて。
ただ走った。
どこに向かっているのかわからない。
ただ走った。
走って、走って。
たくさん走ったら。
いつの間にか夜になっていた。
疲れた。
走り疲れた。
足の裏の皮も裂け、血の足跡が付くくらい。
でも足を止めず、歩いてでも歩を進めた。
「こんなところに一人で何をしてるんだぁ?」
目の前に鬼が現れた。
鬼が活動する時間帯だから当たり前。
私は日輪刀を持っていない。
持っていても意味がない。
だって鬼を殺せないもの。
弱い私だから。
だからカナエ姉さんを死なせてしまったんだから。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”なんて。
居なくなればいいんだよね?
居なくなれば、もう言われないよね?
しのぶ姉さんにも迷惑をかけないで済むようになるよね?
鬼が私の首を掴む。
「なんだぁ?呻き声一つ上げねぇなぁ」
鬼はニヤニヤ笑う。
死ぬのは怖い。
でも。
生きているほうが、もっと怖い。
しのぶ姉さんに嫌われ続けることが一番怖い。
鬼は舌を伸ばし、私の頬を舐める。
やっと楽になれる。
やっと凄まじい罪悪感から解放される。
そう思って。
目を閉じた時だった。
ふわ、と。
体が宙に浮く感覚。
「?」
なんだろうと思って閉じていた目を開けると。
「ぎゃ…っあああっ!」
鬼の腕が斬られていて。
「…カナヲ?」
カナヲが視界に入った瞬間。
ガシッ
「…ッ!!」
地面に落ちる前に、横から攫うように誰かに抱き締められて。
一瞬のうちに鬼の間合いから距離を取った。
「はぁ…っはぁ…っ」
地面に座り込み、息を切らせて。
私を抱き締めながら震えているこの人は。
蝶の髪飾りを付けて、カナエ姉さんの羽織を纏う。
「……しのぶ…姉さん…?」
しのぶ姉さんだった。
「…っ」
私がしのぶ姉さんの名前を呟くと、私を抱き締める腕に力が入った。
カナヲのほうを見ると、カナヲは鬼を倒していて。
「…リ…リン…っ」
しのぶ姉さんは震えながら。
「…リン…っ」
ただただ、私の名前を口にした。
「…っ間に…合った…っ今度は…っ間に合った…っ」
今度は間に合った。
カナエ姉さんの時は間に合わなかったから。
私の時は、間に合った。
「…な…なんで…っこんな…っ」
泣いてる。
しのぶ姉さんが。
泣いている。
「…ごめんね、しのぶ姉さん…こんな妹で…」
こんな妹で。
本当にごめんね。
「…っそんなこと…っ言わないで…っ」
しのぶ姉さんは顔を上げ、私の頬に両手を添えて。
「…っあなたに…っまで…死なれたら…っわ、わたし…っ」
どうしたらいいかわからない。
嗚咽しながら、泣いてくしゃくしゃな顔になりながら。
そう言った。
ああ、違う。
違ったんだ。
しのぶ姉さんが私に向けてくれる笑みは、“姉の笑み”
カナエ姉さんが亡き今、しのぶ姉さんが蝶屋敷の主だから。
私をしっかり守るため。
姉さんが時々私の様子を見に来たのは、“蟲柱”としてではなくて“姉”として。
カナヲでもない。
私の前でしか見せない“本当の姉の顔”
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”は、唯一“蟲柱様”が素顔を曝け出せる存在だったんだ。
「…しのぶ…姉さん…」
私はしのぶ姉さんの背中に腕を回して。
「…ごめ…ん…なさい…」
涙を零した。
愛されていたのに。
信用しきれていなかった。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”という言葉に囚われ、姉さんにすら嫌われていると思い込んでいた。
「…リン…っもう二度と居なくならないで…っお願い…っ」
「…ぅん…っうん…っごめ…っごめんなさい…っ」
私は愛されていた。
カナエ姉さんが死んだ時、しのぶ姉さんは私が生きていることにホッとしたんだ。
妹を守り死んだカナエ姉さんことを誇りに思って。
カナエ姉さんを殺した鬼は憎いけど。
自分の姉は、自分の命を賭してまで大切な存在を守れる凄い人だと。
「…しのぶ姉さん…厠だから…」
「待ってるから早くね」
それから、しのぶ姉さんは私から離れなくなった。
どこに行くにもついて来るし、連れて行かれる。
でもさすがに任務へは行けないから。
「…カナヲ…手…離して…くれる…?」
「師範が絶対に離さないようにって言っていたから」
カナヲは感情がないから、しのぶ姉さんの指示には絶対に従うんだけど。
「…それに…また居なくなったら…嫌だから…」
カナヲはほんのり頬を赤らめて、小さく呟いた。
「……」
初めてカナヲを可愛いと思った瞬間だった。
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「リン、ここに居たのね」
「…姉さん」
私は胡蝶 リン。
鬼殺隊 “壬”の階級の隊士。
「今日も良い天気ねぇ」
「…そうだね」
私の隣に座ったのは、私の姉。
胡蝶しのぶ。
蟲柱の階級を賜り、鬼殺隊の頂点に君臨する9人の内の1人。
私にはもう1人姉がいた。
胡蝶 カナエ。
カナエ姉さんも、花柱として鬼殺隊の頂点に君臨していた人。
でも3年前に死んだの。
鬼に殺されたの。
その時、私はカナエ姉さんと一緒の任務だった。
カナエ姉さんを殺した鬼は、上弦ノ弐。
まったく歯が立たなかった。
…いや、違う。
私が足手纏いだった。
カナエ姉さんは私を庇いながら、私を守りながら戦った結果。
命を落とした。
私はただ、上弦ノ弐との絶望的な力の差に震えていた。
泣いていた。
戦意喪失していた。
カナエ姉さんはそんな私を守って。
死んだ。
『リン…っ!』
わかったの。
あの時のしのぶ姉さんの瞳は。
“どうしてあなたが生きているの”
そう言っていた。
しのぶ姉さんは私を抱き締めてくれたけど。
きっと私が憎いはず。
だって、しのぶ姉さんはカナエ姉さんのことが大好きだったもの。
カナエ姉さんには屈託なく笑うけど、私にはそんな笑みを見せてくれなかった。
きっと私が、駄目な妹だから。
何をしても何も出来ないから。
ただ唯一、“舞い”は褒めて貰えたけれど。
それ以外はまったく駄目。
鬼だって一人で満足に殺せない。
姉二人が柱なのに対し、私の階級は下の方。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
そう言われてるのも聞こえたことだってある。
カナエ姉さんのように“花の呼吸”も上手く使えない。
しのぶ姉さんのように“蟲の呼吸”みたいな独自の呼吸も生み出せない。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
そう言われても仕方がないって思った。
「リン?」
しのぶ姉さんが私の顔を覗き込んできた。
綺麗な顔。
カナエ姉さんも綺麗だった。
でも私は?
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”だから、きっと不細工。
胡蝶の性を名乗るのも申し訳ない。
「どうしたの?リン」
不思議そうな顔。
「なんでもないよ、しのぶ姉さん」
いつからだろう。
笑顔を作るようになったのは。
それはしのぶ姉さんも一緒。
優しそうな笑みを浮かべているけれど、いつも怒っている。
カナエ姉さんじゃなくて、私が死ねばよかったのに。
きっとそう思ってるはず。
「…何でもないというような顔ではないのだけれど…」
心配そうな顔。
「…また誰かに何か言われたの?」
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”と言われていたのはしのぶ姉さんも知っている。
その時、姉さんはすごく怒った。
その隊士に。
風柱様や音柱様に止められたくらい。
でも私は笑った。
“その人の言う通りだから”って。
姉さんは私を抱き締めてくれた。
“そんなことない”って言ってくれた。
いいの、わかってるの。
自分でもそう思うから、いいの。
「何も言われてないよ」
カナエ姉さんとしのぶ姉さんが拾ってきたカナヲは凄かった。
天性の才能とはこの事で。
“拾われた妹にも劣るのかよ”
“やっぱり胡蝶三姉妹の一番駄目な奴なんだな”
私だって努力したよ。
頑張ったよ。
吐くまで鍛錬したし、倒れるまで鍛錬した。
でも駄目なんだよ。
努力は報われる?
報われない努力だってある。
しのぶ姉さんがカナヲに笑いかけて、カナヲの感情を呼び覚まそうとしてるのを見て。
ああ。
ああいうのが姉妹なんだよなぁって思った。
「それならいいのだけれど…」
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
“姉二人は柱になったのに”
“鬼も倒せないのに鬼殺隊って。姉を見習えよ”
“拾ってきた奴のが妹っぽいよな”
自慢だった姉さんたち。
自慢だった姉さんたちが、優秀すぎるが故に。
比べられて。
比べられて。
比べられた。
私は私として見て貰えなくて。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
言葉の刃で傷つけられた毎日。
「ごめんね、姉さん」
「え?」
私は立ち上がって。
振り返らずに。
「こんな妹で、ごめんね」
そう言って、部屋の中に入った。
「リン、やはり何か言われたのね」
姉さんが部屋の中に入ってきた。
「言われてないって。ただ私がそう思っただけだよ」
しのぶ姉さんは眉間に皺を寄せた。
「何を言われたのか話しなさい」
「言われてない」
視線を逸らす。
人の視線は苦手。
特にしのぶ姉さんとずっと視線を合わせると、思考を読み取られそうで。
「…リン」
しのぶ姉さんは私を抱き締めた。
「私はあなたが心配なの…」
いつも空を見ていて。
いつも悲しそうで。
いつも泣きそう。
しのぶ姉さんは私の耳元で、泣きそうな声でそう言った。
「……っ」
私はしのぶ姉さんの背中に腕を回そうとして、辞めた。
「大丈夫だよ、しのぶ姉さん」
代わりにポンポンと私の首に回っている腕を叩いて。
「私は大丈夫だから。姉さんは柱としての執務をこなして」
姉さんの腕を解いた。
「…リン」
本当は心配なんか、してないよね。
私の存在が、姉さんの“蟲柱”としての面目を潰してしまっているんだから。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴が、蟲柱様の足手纏いだよな。”
“あいつが居ないほうが、蟲柱様も安心して任務に集中出来るんじゃね?”
そう、そうだよね。
私なんか、居ないほうがいいんだよね。
カナエ姉さんを死なせてしまった私なんか。
「ほら、“蟲柱様”。仕事に戻ってください」
「…また様子を見に来るから」
しのぶ姉さんは私の額に口付けをして、何度も振り返りながら仕事に戻って行った。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”
この言葉が私を苦しめる。
自分でも納得しているのに。
楔のように突き刺さって。
「…っ…っ」
呼吸すら出来なくなってしまう。
“蟲柱様”と“花柱様”の面目を潰してまで。
私は生きていたくない。
カナエ姉さんと同じ所に行けなくてもいい。
ただ私はもう。
楽になりたかった。
蝶屋敷を抜け出して。
本部からも離れて。
ただ走った。
どこに向かっているのかわからない。
ただ走った。
走って、走って。
たくさん走ったら。
いつの間にか夜になっていた。
疲れた。
走り疲れた。
足の裏の皮も裂け、血の足跡が付くくらい。
でも足を止めず、歩いてでも歩を進めた。
「こんなところに一人で何をしてるんだぁ?」
目の前に鬼が現れた。
鬼が活動する時間帯だから当たり前。
私は日輪刀を持っていない。
持っていても意味がない。
だって鬼を殺せないもの。
弱い私だから。
だからカナエ姉さんを死なせてしまったんだから。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”なんて。
居なくなればいいんだよね?
居なくなれば、もう言われないよね?
しのぶ姉さんにも迷惑をかけないで済むようになるよね?
鬼が私の首を掴む。
「なんだぁ?呻き声一つ上げねぇなぁ」
鬼はニヤニヤ笑う。
死ぬのは怖い。
でも。
生きているほうが、もっと怖い。
しのぶ姉さんに嫌われ続けることが一番怖い。
鬼は舌を伸ばし、私の頬を舐める。
やっと楽になれる。
やっと凄まじい罪悪感から解放される。
そう思って。
目を閉じた時だった。
ふわ、と。
体が宙に浮く感覚。
「?」
なんだろうと思って閉じていた目を開けると。
「ぎゃ…っあああっ!」
鬼の腕が斬られていて。
「…カナヲ?」
カナヲが視界に入った瞬間。
ガシッ
「…ッ!!」
地面に落ちる前に、横から攫うように誰かに抱き締められて。
一瞬のうちに鬼の間合いから距離を取った。
「はぁ…っはぁ…っ」
地面に座り込み、息を切らせて。
私を抱き締めながら震えているこの人は。
蝶の髪飾りを付けて、カナエ姉さんの羽織を纏う。
「……しのぶ…姉さん…?」
しのぶ姉さんだった。
「…っ」
私がしのぶ姉さんの名前を呟くと、私を抱き締める腕に力が入った。
カナヲのほうを見ると、カナヲは鬼を倒していて。
「…リ…リン…っ」
しのぶ姉さんは震えながら。
「…リン…っ」
ただただ、私の名前を口にした。
「…っ間に…合った…っ今度は…っ間に合った…っ」
今度は間に合った。
カナエ姉さんの時は間に合わなかったから。
私の時は、間に合った。
「…な…なんで…っこんな…っ」
泣いてる。
しのぶ姉さんが。
泣いている。
「…ごめんね、しのぶ姉さん…こんな妹で…」
こんな妹で。
本当にごめんね。
「…っそんなこと…っ言わないで…っ」
しのぶ姉さんは顔を上げ、私の頬に両手を添えて。
「…っあなたに…っまで…死なれたら…っわ、わたし…っ」
どうしたらいいかわからない。
嗚咽しながら、泣いてくしゃくしゃな顔になりながら。
そう言った。
ああ、違う。
違ったんだ。
しのぶ姉さんが私に向けてくれる笑みは、“姉の笑み”
カナエ姉さんが亡き今、しのぶ姉さんが蝶屋敷の主だから。
私をしっかり守るため。
姉さんが時々私の様子を見に来たのは、“蟲柱”としてではなくて“姉”として。
カナヲでもない。
私の前でしか見せない“本当の姉の顔”
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”は、唯一“蟲柱様”が素顔を曝け出せる存在だったんだ。
「…しのぶ…姉さん…」
私はしのぶ姉さんの背中に腕を回して。
「…ごめ…ん…なさい…」
涙を零した。
愛されていたのに。
信用しきれていなかった。
“胡蝶三姉妹の一番駄目な奴”という言葉に囚われ、姉さんにすら嫌われていると思い込んでいた。
「…リン…っもう二度と居なくならないで…っお願い…っ」
「…ぅん…っうん…っごめ…っごめんなさい…っ」
私は愛されていた。
カナエ姉さんが死んだ時、しのぶ姉さんは私が生きていることにホッとしたんだ。
妹を守り死んだカナエ姉さんことを誇りに思って。
カナエ姉さんを殺した鬼は憎いけど。
自分の姉は、自分の命を賭してまで大切な存在を守れる凄い人だと。
「…しのぶ姉さん…厠だから…」
「待ってるから早くね」
それから、しのぶ姉さんは私から離れなくなった。
どこに行くにもついて来るし、連れて行かれる。
でもさすがに任務へは行けないから。
「…カナヲ…手…離して…くれる…?」
「師範が絶対に離さないようにって言っていたから」
カナヲは感情がないから、しのぶ姉さんの指示には絶対に従うんだけど。
「…それに…また居なくなったら…嫌だから…」
カナヲはほんのり頬を赤らめて、小さく呟いた。
「……」
初めてカナヲを可愛いと思った瞬間だった。
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