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降り頻る雨。





傘も差さず、ずぶ濡れのままクロノの家へ帰る。


ポケットには盗聴器。


遠くでジンが聞き耳を立てている。

私が裏切らないように。






｢クリス｣

寝室から出て来たクロノ。

その顔は。

とても優しげで、穏やかで。

全てを悟っているかのような表情だった。





｢…クロノ｣





手招きをされ、リビングへ行く。

｢いつかは来ると思ってたよ。だから覚悟は出来ている。｣

迷いのない。

強い瞳。

｢でも…私は…｣

私はまだ。

覚悟は出来ていない…。

｢クリスが戻ってきたということは、アイリは助かるんだろ？｣

｢…えぇ。あなたを消すことが条件…｣

｢だったら、迷うことはない。｣

クロノが笑う。

｢で、でも…っで｢親なら、何を優先するべきかわかるはずだ｣

クロノは引き出しから、拳銃を取り出す。





｢アイリが助かるなら、お前の手で逝けるなら。｣







もう何も望まないよ。







そう言って、私に拳銃を渡してきた。








｢あ、一つ。｣








｢え？｣

クロノは悪戯な笑みを浮かべて。




｢クリスの本当の名前を教えてくれないか？｣




一つ、望みを口にした。




｢それが知れたら、今度こそ何も望まない。｣




拳銃を握る私の手を握り、自分の銃口を額に押し当てて。




｢ゎ…わたしの…本当の名前…は…｣




カタカタ震える手。




頬に伝う涙。





｢“　　　　”｣





降り頻る雨の音で、掻き消されたかもしれない私の本当の名前。

けれど。

クロノはたまらなく優しい、綺麗な微笑みを浮かべた。

｢クロノ｢アイリには、火事で死んだと告げて｣





そして。







｢I love you with all my heart,｣









拳銃を握る私の手を握り。







引き金にある私の人差し指を。







｢またな、“　　　　”｣








親指で強く押した。










私の膝が。

ガクンと崩れた。

真っ白なソファーが。

鮮血に染まる。




動かない愛しい人を見つめる。




｢……｣




クロノの体を揺する。

けど、動かない。

｢！｣

体を揺すった拍子に、クロノのポケットから携帯電話が落ちた。

そういえば。

深刻な顔をしていたわね。

ゆっくりと携帯電話に手を伸ばして。

受信メールを開く。

深刻な顔をしていた日のメールを探し、クリックして。

｢……ッ！！｣

ゴトリと携帯電話を落とす。




そのメールは。












“アイリの存在がクリスの組織に知られたぞ。”という。











ミナトからのメールだった。





組織を見張っていたのね。





だから、あなたは。




全てを悟っていたのね。











｢…ッ…ッ｣

クロノの膝に、顔を埋める。


もう。


クロノの声を、聞くことは、出来ない。


あの不敵な、笑みも、悪戯な笑みも。


何も。



｢……ぅ…ッうﾞぅ…ッ｣



凄まじいまでの罪悪感と。


狂おしいほどの悲しみが。


私の中に渦巻く。


呼吸が出来ないくらい嗚咽した。



ダメね。



私。



クロノがいないとダメみたい。




このまま。



クロノと一緒に…。





｢ワン｣




またいつの間にか傍にいた、ワタアメが鳴いた。




『親なら、何を優先するべきかわかるはずだ』



ワタアメを見て、クロノの言葉を思い出す。


アイリ。


クロノが生きていた証。


ワタアメはクロノの隣で横になり、膝に顎を乗せた。


ああ。


クロノの傍に居てくれるのね。

｢…この人をお願いね…？ワタアメ…｣

｢ワン｣

ワタアメの頭を撫でて。

穏やかな表情を浮かべ眠るクロノへ。



｢I've never loved anyone like this.…I love you too…｣
(今までこんなに人を愛したことはないわ…。
私も…愛してる…)



最期の口付けを…。