愛しき人よ リザさん百合長編夢

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夢主の設定です。
ハガレン百合夢、リザさんお相手の長編です。
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「窓、開けますね」

「…あ、りがとう…ございます…」



アイリさんが目を覚ました翌日。

記憶力検査をした。

電化製品や文房具、日用品や人体の名称など。

アイリさんの場合は、自分に関する全てのことを忘れているけれど、日常会話や日常を過ごす事は出来る。

つまり。

…つまり。

私のことも。

私のことも、忘れてしまっていた。

「気持ち良い風が入ってきてますよ」

「あ…はい…風が気持ち良いです…」

アイリさんの私を見る眼差しが、少しだけ困惑している。

だって今のアイリさんにとって私は、赤の他人だから。

初めて見る人間だろうから。

入院した理由は車に轢かれたことにして、ひっきりなしに軍人が来るのは、私が軍人でみんな顔馴染みだからという説明をした。

「…ぁ…の…リザ…さん…?」

「…はい、どうしました?」

アイリさんがおずおずと声をかけてくれた。

“リザ”ではなく、“リザさん”と。

胸が痛くなる。

記憶喪失だから仕方ないけど。

“リザ”

“ねぇ、リザー”

“好きよ、リザ”

もうそうやって呼んでもらえないのかもしれないという不安に駆られる。

「私とあなたは…その…夫婦…なんですよね…?」

「はい、そうです」

私たちの関係すらも。

あなたの記憶から消えてしまった。

「…ごめんなさい…何も覚えていなくて…」

申し訳なさそうに謝るアイリさん。

「謝ることじゃないですよ」

アイリさんの頬に触れたい。

手を握って、大丈夫だと言いたい。

でもそれは叶わない。

今の私たちは法律上は夫婦でも。

今のアイリさんにとっては私は。

私は。

目を閉じて。

「…明日体調に異常がなければ、退院出来るみたいなので」

「ぁ…」

立ち上がって。

「また明日、来ますね」

「…は…ぃ…」

アイリさんへニコリと笑いかけ、病室を出た。

ちゃんと笑えていただろうか。

ちゃんと普通に振る舞えているだろうか。

「……っ」

私は額を押さえ、扉の前で屈む。

泣くな。

まだ泣くな。

ここで泣けば、アイリさんに気づかれてしまう。

いや、そもそも泣いている場合じゃないでしょう。

一刻も早く、アイリさんの記憶を奪った存在を見つけなければ。

大佐曰く、『相手も相当なダメージを負っただろうからしばらくは襲撃されないだろう』とのこと。

そんなの関係ない。

そうじゃない。

私はアイリさんから記憶を奪った相手を。



相手を殺したい。






………殺したい?





『“憎しみを晴らす”ただそれだけの行為に蝕まれている』



「……ッッ!!」


バッと口を押さえる。

かつて私がマスタング大佐に放った言葉を。



私は自分自身でやろうとしている?



大佐を諭したこの言葉を破って。




私はアイリさんを傷つけた相手を殺そうとしている?



ダメだ。

ダメだ。



違う。

違うでしょうリザ・ホークアイ。



アイリさんはそんなことを望まない。

“憎しみを晴らす”ことで、アイリさんが記憶を取り戻すわけでもない。

ただ残るのは。



虚しさだけ。



それにアイリさんは死んでない。

ヒューズさんだって、アイリさんがヒューズさんの死を偽装してただけで生きているわ。


「……落ち着いて…私…」


憎しみに囚われちゃダメ。

立ち上がり、深呼吸をしていた時。

「ホークアイ大尉!」

前方から部下が。

「お疲れ様です!警備の交代を!」

「ご苦労様。えぇ、お願いね。」

敬礼をし、私は病院を後にした。

アイリさん。

もうあなたを独りにはしないから。

どこへ行くにも一緒だから。

退院後はマスタング准将にお願いして、一緒にイシュヴァールの地へ。

私の手が届く範囲に居てもらう。

あなたの記憶が戻るまでは、地下空洞の件はアームストロング少将が仕切る。

私たちはアームストロング少将に付いて行きつつ、アイリさんの手を離さず。

振り返ればあなたが居るくらい。


もうあなたを独りにはしないから。






「忘れ物はないですか?」

「…ない…です…多分…」

翌日の午後、アイリさんは退院した。

一ヶ月間眠ったままだったから、回復が早かったのと。

敵の襲撃があった際、病院や入院患者たちに被害が及ぶため。

自宅療養へと切り替えた。

アイリさんを迎えに行けば、すでに支度済み。

「では帰りましょう」

荷物を持ち、病院を出る。

お医者様や看護師さんたちが見送ってくださった。

「あの…お仕事を休んだんですよね…?」

「え?…ああ、いえ。元々非番でした」

というのは嘘。

マスタング准将からアイリさんの警護を仰せつかったから。

私服だけれど、非番でもなく仕事中。

「…そうですか…」

不安そうなアイリさん。

住み慣れたイースト・シティの記憶もないし、そればかりは仕方ない。

でもね。

アイリさん」

「?はい…?」

私は立ち止まり、アイリさんへ振り返って。

「そんなに怖がらなくて大丈夫です。イーストシティの皆さんは優しい方々ですから」

ニコリと笑みを向ける。

すると、申し訳なさそうな表情が少しだけ和らいだ。

たとえイーストシティの皆さんを忘れても。

皆さんは優しいから優しく接してくれる。

あなたは多くの人に愛されてるんですよ。

「…ありがとうございます…」

アイリさんは小さな笑みを浮かべてくれた。

…記憶を失っても可愛い人。

「家も、アイリさんの財力は凄いので結構大きいんですよ」

「そうなんですか」

「けれど金銭感覚がバブちゃんだから、私が管理してます」

「…そ、そうなんですね…」

少しだけアイリさんのことを話す。

お金が有りすぎるから、金銭感覚は本当に異常なのよね。

『ね、リザと二人で過ごせる島を買おうかと思ってるの』

『…そんな車を買おうか迷ってるみたいに言うことじゃないわよ…?』

『だって欲しいでしょ?』

『無駄遣いはダメです』

『えー…リザのケチぃ…』

なんて会話もしたことあるわ。

「…私、なぜそんなにお金があるんでしょう…?」

…あなたが将官で国家錬金術師で使う暇がないくらい忙しかったからですよ、なんて言えず。

「宝くじに当たったって昔言ってましたよ」

ちょっとユーモアを交えて言ってみると。

「…宝くじ…」

アイリさんは目を見開いて。

「…っあは…!本当ですかそれ…!」

笑い出した。

よかった。

少しでも笑顔になってくれて。

「ふふっ、上手く貯金をしてたみたいです」

「貯金上手でよかったです…!」

アイリさんはクスクス笑って、先ほどまであった不安な表情がちょっとだけ明るくなった。

落ち込んでいる場合じゃない。

私がしっかりしないと。

今のアイリさんを支えるために、私がしっかりしないと。


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