ハガレン 旧拍手文置き場
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『想い』
「おい、聞いてるのか?」
「……」
「アイリ」
「……」
「……阿保」
「……」
リザと花火大会へ行った日。
大輪の花火が上がると同時にリザから放たれた。
“すき”
この言葉。
放たれた瞬間と脳が言葉を理解するまで数秒。
“え?”
振り返った時、リザは涙を零していた。
そういう意味の言葉なんだと思って。
嬉しかった。
でも。
“隙が多いですよ、セイフォード少将”
誤魔化した。
リザは、あの時。
誤魔化したの。
私への告白を、なかったことにした。
“すき…あ、ああ、隙ね。びっくりした…。でもこの涙は?どうしたの?”
リザの頬に触れて、涙を拭いながら問いかけた。
“まつ毛が入ってしまって。なかなか取れなかったんです”
まつ毛が目に入ったと、また誤魔化した。
どうして誤魔化したの?
本当に“好き”ではなかった?
本当にまつ毛が目に入ったから泣いていたの?
「…はぁ…」
「なんだ、ため息なぞ吐いて」
「……オリヴィエ、いつから居たの?」
「………どうしたんだお前」
目の前にオリヴィエが居たことに驚く。
「ノックをして入って来たし、貴様の視界内にも居たが」
「全然気づかなかった…」
「ではお前が目を開けたまま気絶していたということだな」
なんて嫌味を言われても。
「…煩いなぁ」
食ってかかる元気はない。
「今日は随分と阿呆が極まってるな。何かあったのか?」
「…阿保が極まってたのはもう十年以上前の話です」
またため息を零して、持っていた書類をデスクに置く。
オリヴィエに恋愛事を相談しても、とは思うけど。
「…先日、花火大会があったでしょ?」
「知らん」
「あったのよ。引きこもってばかりいないでちょっとは世間に興味を持った方がいいわよ」
「国境を護る者を引きこもり扱いするな。で?花火大会がなんだ?」
誰かに聞いてほしい。
この場合、やっぱりオリヴィエしかいないのよね。
「…リザにね、誘われたの」
「花火大会に?」
「えぇ」
「よかったじゃないか」
オリヴィエは私がリザのことが好きなのは知ってるから。
「……まぁ…よかった…んだけど…」
「なんだ、歯切れが悪いな」
デスクに書類を置いて。
「…好きって言われた」
「ほう。それもよかったんじゃないか?」
…よかった、か。
デスクに両肘を付き、手を組んで額を付けて。
「…でもその後すぐに、誤魔化したの」
「なに?」
「…“隙が多い”って」
あの誤魔化し方には無理があったけど。
「…それは誤魔化せているのか?」
「いないわよ。だって…泣いて…いたもの…」
あの涙は誤魔化しきれてなくて。
「あのホークアイが涙を。余程貴様を好いているということか」
そう、あのリザが。
毅然と立ち振る舞うホークアイ中尉が。
涙を零していた。
「…でも」
「なんだ」
でも。
「…よかったのかもしれない」
「なにがだ」
誤魔化されて、気付かないふりをして。
それでよかったのかもしれない。
「だって私…リザを傷つけちゃうもん…」
「意味がわからん」
オリヴィエは腕を組み、眉間に皺を寄せる。
私はため息を零して。
「私とリザの階級の差が大きすぎるから、この階級の違いで傷をつけちゃうかもしれないじゃない」
私は少将で、リザは中尉。
この階級の差が大きすぎて、きっと私はリザを傷つける。
だから、交際しないほうがいいのかもしれないってオリヴィエに伝えれば。
「くだらん」
はっ、と吐き捨てた。
「…まぁ、あなたに恋愛を相談しても駄目よね」
ちょっとでも相談した私がバカだった。
「その階級に居ながら傷をつけることしか出来ないのなら、いっそのこと将官など辞めてしまえ」
突然言われた。
「え?」
きょとんとオリヴィエを見る。
「貴様は何のために今その階級にいる?」
「何のためにって…」
何のために。
それは。
「私は“理不尽”と“権力”を得るためだ。ここに昇る前の私たちが受けてきたものを得て抗うために私はここにいる」
「ッ!」
私は目を見開く。
そうだ。
“理不尽”と“権力”にただ従うしかなかったから。
従わず、抗うために。
戦うために。
それらを受ける、私たちより下の者たちのために。
私は階級を得たんだ。
「この階級で得た“理不尽”と“権力”は振り翳すものではなく、守るために行使するもの。」
うん、そうよね。
ずっとそれに抑えられていたもの。
その二つを得ることで。
守れる範囲が広がった。
「アイリ、貴様はその階級は傷を付けるために得たわけではないだろう」
「…えぇ。私よりも下の者たちをその二つから守るため…」
私は臆病になっていた。
リザのあの涙を見て、こんな繊細な子に傷を付けてしまうかもしれないって。
「がっかりさせてくれるなよ、同期。一度しか言わないが、私は貴様を過大評価しているんだからな」
過大評価しているって言葉に、私はクスッと笑って。
「珍しく褒めてくれるのね」
「一度しか言わないからな」
唯一無二の友の言葉。
私たちは貶し合っているけれど、それが親友の証。
本心ではないとお互いがわかっていて。
お互いが優秀な人材だと理解している。
「お前からホークアイに想いを伝えなければ、この先交際など出来んぞ」
「…まぁ、誤魔化したっていうのはそういうことよね」
私の言葉に、オリヴィエは小さな笑みを浮かべて。
「では、私は北へと戻るが」
「えぇ、ありがと。オリヴィエ」
私に勇気をくれて。
喝を入れてくれて。
「一度しか言わないついでに最後に一つ」
「なぁに?」
扉を開けて、オリヴィエは私を横目で見て。
そして。
「友の幸せを、誰よりも願っている」
そう言った。
「それも一度しか言ってくれないの?」
嬉しいな。
「当たり前だ。こんな恥ずかしい台詞を何度も言えるか」
本当、オリヴィエが親友でよかった。
「じゃあ私も一度しか言わないけど、あなたが親友でよかったわ」
私たちは視線を交差させて。
「…ふん」
オリヴィエは片手を上げて、北へと帰った。
「ふぅ…」
残された私は、椅子を回転させて窓を見る。
「“守るため”か…」
奥手になりすぎていた。
傷つけたくない一心で。
私からリザに伝えなきゃ。
誤魔化されたけど、リザの気持ちは知れたから。
ただ、私には成すべき使命がある。
大切な人を作ってしまえば、それが弱点に…。
「…って、好きな人が出来た時点でもう遅いわよね」
それなら傍に居て、守ったほうがいい。
“理不尽”と“権力”から。
リザが受けるかもしれない全ての暴力から。
「私はそれが出来る地位にいる」
私は小さく笑って。
「オリヴィエの言葉、刺さったなぁ」
オリヴィエの言葉を思い出す。
持つべきものは友とはこのことよね。
「さて、と」
時計を見て、リザはまだ仕事だろうからリザの自宅付近で待ってようかな。
私は立ち上がって。
「…よし、今なら行ける…!」
執務室の扉を開け、周りを見回して。
こっそりと中央司令部を出た。
––––—
「…はぁ…」
「セイフォード少将が忘れられなーい、って感じのため息ね」
「…忘れるも何も、諦めたわけじゃないわ」
「告白を誤魔化した時点で諦めようとしてるじゃない」
花火大会の日の出来事をレベッカに相談した。
相談というより報告?かしら。
想いが溢れて、好きだと口にしてしまったこと。
でもフラれたくなくてすぐに誤魔化したこと。
誤魔化したのに、つらくてつらくて苦しいこと。
忘れなきゃいけないのに、忘れることなんて出来なくて。
好きという想いは膨れ上がる一方で。
もうどうしたらいいのかわからない。
「…それは…」
レベッカは何かと鋭くて困るけど、話を聞いてくれてすごく助かる。
「あんたから告白する気ないでしょ?」
「……まぁ、そうね」
誤魔化してしまったし、何よりあの方は。
本当はあの方は私みたいな尉官が気軽に話をかけていいような存在ではない。
雲の上の存在だから。
それにきっと、私なんて恋愛対象ですらないでしょうし。
ただの部下よりは親しい部下、くらいの位置よね。
「諦めるわけじゃないけど告白はしない、ねぇ…」
レベッカはため息を零して。
「それが諦めようとしてるってことなのに…」
そう言った。
諦めたわけじゃないと口では言うけれど。
この想いが叶うことはないから。
心が諦めかかっているのかもしれない。
それにきっと、告白をして断られたとしても意識するのは私だけ。
話しかけづらいとか、姿を見るだけで苦しいとか思うのは私だけ。
仕事に支障を来たすのは私だけよね。
「とにかく、私のことはもう大丈夫だから。仕事に戻りなさいカタリナ少尉」
「…はいはい、ホークアイ中尉」
心配して気にかけてくれるのは有り難いけれど、これ以上何を言われても私の意思は変わらない。
あの方は、雲の上の存在。
私のような尉官が手を伸ばして届く人ではない。
「…そう…よね…」
諦めたくないけれど。
諦めなければいけない人…。
花火大会を一緒に回れたのは、単なる偶然。
セイフォード少将の時間がたまたま空いただけに過ぎないんだから。
そう…。
期待すればするだけ…落ち込みが激しくなるだけだから…。
「それじゃあお疲れ様」
「っしたー」
「お疲れ様でした!」
退勤時間になり、オフィスを出る。
「リザー」
「!レベッカ、あなたも今帰りなの?」
受付の辺りで名を呼ばれ、振り返ればレベッカがいて。
「そ、何か食べに行かない?」
食事に誘われた。
「いいわよ」
特に予定もないし、夕食には少し早いけれどたまには外食もいいわよね。
「疲れたー」
「お疲れ様です、カタリナ少尉」
「ホークアイ中尉もお疲れ様っしたー」
「上官の私が敬語を使ってるのに、あなたは使わないのね」
「ちゃんと使いました!」
「敬語になってません」
なんて他愛のない会話をしながら、東方司令部を出て。
「どこ行こっか?」
「いつものお店でいいんじゃない?」
なんて行くお店の話をしていたら。
「…いつものお店で理解し合えるほどの仲なのねぇ」
突然聞こえてきたのは。
「「!?セイフォード少将!?」」
セイフォード少将の声だった。
「お、お疲れ様です!」
「お疲れ様です、セイフォード少将。本日はどうされたんですか?」
「…ご苦労様」
私たちはセイフォード少将に敬礼をすれば、セイフォード少将は片手を上げてくれたので敬礼を解く。
「マスタング大佐にご用事ですか?」
「……」
私の問いかけには答えてくれなくて。
なんだか少しだけ不機嫌そうに見える。
「セイフォード少将?」
どうしたのかしら。
レベッカのほうを見ると、セイフォード少将を真っ直ぐ見つめていて。
「レベッカ?」
レベッカに腕を掴まれた。
「マスタング大佐でしたらオフィスにいましたよ。じゃあ私たちはこれからリザの新しい恋を応援する会に行きますので!」
「!!」
「バ…っレベッカ!なんてことを…!」
レベッカの言葉に、私はレベッカの手を振り解く。
「ちょっとレベッカ!あなた何を…ッ」
言っているの、と言おうとすれば。
「ッ!?」
セイフォード少将に腕を掴まれて。
「セイフォード少将、違うんです…!レベッカが勝手に………」
慌てて弁解しようと、セイフォード少将を見上げると。
「…セイフォード少将?」
どこか、焦りというか。
いつもの余裕さがないというか。
「……食事はまたの機会にしてちょうだい」
「え?…ッ!」
そう言って、私の腕を掴んだまま歩き出した。
「セイフォード少将!?どうされたんですか!?」
「……」
答えてくれない。
レベッカを見れば。
「!」
レベッカは笑顔で手を振っていた。
…急展開すぎて理解が追いつかない。
セイフォード少将はずっと不機嫌で無言で歩いているし…。
それでも。
掴まれている腕から伝わる温もりが。
たまらなく愛しいと思ってしまって。
やっぱり好きで。
これは諦められるまで時間がかかりそうだとも思ってしまった…。
とある公園の、街灯の下。
「…少将?」
そこでセイフォード少将が立ち止まった。
周りを見渡す私。
時間が時間だから、誰もいない。
「……新しい恋」
「?はい」
「探すの?」
レベッカの言葉を間に受けているみたい。
なんて答えたらいいのかしら…。
恋をしてるなんて乙女チックなものは私には似合わないでしょうし…。
「…新しい恋も何も、私は恋なんてしてませんよ」
セイフォード少将を花火大会に誘っておきながら、苦しい言葉だったけれど。
本人には知られたくないから。
「……また誤魔化した」
「え?」
セイフォード少将はこちらを向いて、眉間に皺を寄せる。
「…変に緊張しちゃってなかなか言葉に出来ないけど、頑張って私らしく言うわね」
「はい…」
腰に手を当て、逆手で私を指差して。
「花火大会のあれ、あんなんで誤魔化されるほど私は鈍くないわよ?」
そう言った。
花火大会の、あれ。
“好き”
“…隙が多いですよ”
「…ッ!!」
今度は私が目を見開く。
「あ、あれは…っ」
どうしよう。
知られたくない。
この想いを。
知られたくないの。
「…どうして…誤魔化したの…?」
誤魔化した理由。
そんなの、フラれたくないからに決まってる。
でも伝えられないじゃない。
だって。
だってフラれたくないもの。
ごめんねって言われたら、立ち直れない。
こんなに好きな状態でフラれたら。
「…ご…誤魔化した…わけじゃ…っ」
なんて言ったらいいの?
レベッカ、助けて。
なんて言ったら納得してもらえるの?
レベッカならなんてアドバイスをくれる?
“国を誇る錬金術師を言い包めれるほどの頭脳はございません”
って言いそう。
どうしよう。
「……あの時ね」
「!」
「リザから放たれた単語に思考が停止したの」
セイフォード少将が俯き、語り出す。
「思考…が…?」
「そう…。その単語を理解するまでに数秒かかって…理解して振り向いた時にはリザは誤魔化した…」
誤魔化しきれてなかったけど、と続けて。
「…どういう想いで誤魔化したんだろうって今日までずっと考えてて…でも答えは見つからなくて…」
私の中から、不思議と焦りはなくなって。
「…初めて、答えがわからないって状況になって…」
この国で最も優秀だと謳われる錬金術師が、答えを導き出せないなんて。
「…でも…誤魔化してくれてよかったのかもしれないと思うようにもなって…」
私は静かにセイフォード少将の言葉に耳を傾ける。
「…私とあなたじゃ階級が離れすぎてるし…きっと私はこの階級の高さであなたに傷をつけてしまうかもしれないから…」
だから、聞かなかったことにしてもいいのかもしれないと。
「…そうしたら…友人に…まぁ…喝を入れてもらってというか入れられてというか…」
ふとセイフォード少将の手を見ると、僅かに震えていて。
「…セイフォード少将…?」
私がセイフォード少将の名を口にすると、セイフォード少将は顔を上げた。
その顔は真っ赤で。
「…私から言わないと、交際出来ないって言われ…て…だから…その…」
「え?」
セイフォード少将は大きく深呼吸をして。
そして。
「…私も…リザが好き…」
そう言った。
待って。
「…その…だから…新しい恋に…行かれると…困ると…いうか…」
待って、待って。
待ってちょうだい。
うそ、うそ、うそ。
「……リザ…?」
待ってほしい。
だって。
だって。
「………好き」
屈み込み、両手で顔を隠す私を抱き締めてくれて。
もう一度、言ってくれた。
「……っ、っ」
もうダメだ。
心がもう。
涙が止まらない。
もうダメ。
平常心でいるなんて無理よ。
だって。
好きな人に好きだと言われたら。
もう心が一杯になるでしょ?
溢れてしまう。
溢れてしまう。
「…リザは…?もう私は嫌い…?」
そんなわけ。
そんなわけないじゃないですか。
「…っ、…ッ」
喋れないの。
嬉しすぎて、胸が一杯過ぎて。
「…き…っで…っ」
「えー?なにー?聞こえませんがー」
嗚咽がすごくて喋れない。
でも、私の想いに気づいてくれて。
クスクス笑うあなたが好き。
好きです。
好きです。
大好きなんです。
すぐにでも伝えたいのに。
「…ふ…っ…ぅ…っ」
喋れないの。
頬に触れられ、顔を覆い隠す手を優しく退かされて。
「…泣いた顔も可愛い」
優しい笑みを浮かべているセイフォード少将の顔が見えた。
ああ、夢みたい。
夢を見ているようで。
「…っゆめ…っ」
「夢?夢だったらこんな温もりないでしょ?」
ギュウッとまた抱き締めてくれた。
「ほらほら、泣き止め泣き止めー」
セイフォード少将は私が落ち着くまで抱き締めてくれていて。
ああ、もう。
好き過ぎておかしくなりそう。
私もセイフォード少将の背中に腕を回して。
「…っ好きです…っあなたが…っ好きです…っ」
想いを伝えた。
諦めようとしていた想いを。
「ん、私もリザが好きよ」
叶わないと。
雲の上の存在だと思っていた人と。
恋人同士になれるなんて本当に夢みたい。
夢であってほしくないけれど、夢なら覚めないでほしい。
「遅くなる前に送っていくわ」
立ち上がらせてくれて。
「ふふっ、可愛いなぁもう」
頬に手を添えて、涙を拭ってくれた。
私はその手に自分の手を重ねると。
「……」
セイフォード少将は空いている手で私の顎を少し上を向かせて。
「い––––」
いい?と聞かれる前に、キスをした。
触れるだけのキス。
セイフォード少将の唇は柔らかくて。
「………」
「…顔、真っ赤ですよ」
「それは…!そうでしょ…っ!だって…!」
こんな照れている表情も、私しか見られない。
「…もう一回したい」
「…私も…」
今度は啄むようなキスをして。
「…はぁ…仕事辞めようかしら」
「ずっと傍にいてくださいますか?」
「ずっと傍に居るために辞めるの」
まぁ、退職届けは受理してもらえないんだけどね。
なんて、セイフォード少将は肩を竦めた。
「もう何回も提出してますもんね」
「そうよ。でも今回は本気で提出してみようかな」
離れたくない、と抱き締めてくれた。
「…私も離れたくありませんが、あなたはまだこの国には必要不可欠な方ですから」
そんな方が恋人なんて、優越感が凄まじい。
でもそれは仕方ないわよね。
だってもう恋人なんだし。
「…リザにそう言われたら、辞められないじゃない」
格好良い人だと思っていたのに、頬を膨らませるこの人がなんだか可愛くて。
「…っ」
こんな可愛い姿も私しか見れないんだと思うと、また涙が出てくる。
「リザはこんなに泣き虫さんだったのね」
「…っ泣かせてるのはあなたですよ…!」
セイフォード少将はまたクスクス笑った。
「さて、時間も時間だから家まで送るわよ」
手を繋ぎ、歩き出す。
「…食事でもどうですか?」
離れたくない。
「して行きたいところだけど、抜け出して来てるからそろそろ捜索願い出されそうなのよね…」
「…私のために…抜け出して…?」
「…そ、そうよ。抜け出して来てよかったわ。新しい恋に行かれるところだったし」
レベッカの咄嗟の嘘がこうまで効いているなんて。
レベッカには感謝しかないわね。
「あれはレベッカの嘘というか…」
「え!?そうなの!?おのれレベッカ…」
「ですが、新しい恋というより…諦めようとはしてました…。あなたは雲の上の存在でしたので…」
「…そんなことないんだけど、やっぱり来てよかったってことね」
繋いでいる手に力が入って。
絶対離さないという意思が伝わった。
「連絡するわね」
「待ってます…」
私の自宅に着き、ここでセイフォード少将とはお別れ。
少将はまだ勤務中だから。
遠距離恋愛になるけれど、そんなのは覚悟の上。
連絡だってこの方は忙しいから毎日はきっと無理。
でもそれだって覚悟の上よ。
ただ私は、この人の“一番”になれたということが嬉しくて。
「じゃあね」
「はい…」
触れるだけのキスをして、セイフォード少将は名残惜しそうに振り返りながら中央司令部へと戻った。
幸せな一日だった。
いえ、これからこの幸せが続くんだ。
あの人の一番大切な人になれたから。
仕事上、特別な日を一緒に過ごせるかはわからないけれど。
一緒に過ごしたいって私もセイフォード少将も同じことを考えて。
あの人の中には常に私が居るんだと思うと心が躍って仕方ない。
『幸せにならないと怒るわよ…!』
「すでに幸せなんだけど、ありがとうレベッカ」
セイフォード少将との交際のきっかけをくれたレベッカに、交際することになったと連絡をしたら泣いて喜んでくれた。
その後すぐに、私とセイフォード少将の交際は軍の中で広まった。
中には良く思わない人だっている。
セイフォード少将は人気だし、人望もすごい人だからそれは仕方ないし覚悟もしていた。
『あの阿呆、貴様のことしか話さんのだが』
「すみません私は嬉しいです」
『貴様も阿保になったか…』
アームストロング少将からも呆れている感じの電話があって、アームストロング少将の声色は呆れているようではなく。
少しだけ、楽しそうだと感じた。
アームストロング少将は、心の中で私たちの交際を祝福してくれた。
そして、交際から一ヶ月後には体を重ね合わせた。
…それもまぁ、レベッカの煽りがあったからなんだけど。
本当、私の親友は私が幸せになるように仕向けて来るから困りものよね。
それでも。
「アイリさん、コーヒーのおかわり入れますか?」
「あ、お願ーい。もうちょっとで終わるからね」
「わかりました」
アイリさんと名前で呼べるようになって。
アイリさんが我儘を言って午後から無理やりお休みを取り、一緒に過ごせる時間が増えたり。
すぐ呼び戻されたりするのだけどね。
「セイフォード少将ー、クレミン准将から電話っすー」
「喧しいって言っておいて」
「言ったんスけど、いいから代われと」
「…言ったのね、ハボック少尉…」
「あのポンコツはなんだって言うのよもう。回してくれる?」
「っすー」
今でも幸せな日々が続いていて。
「はぁ?この後中央に?無理よ、今日は久しぶりにリザを抱くから」
「ッあなたは何を仰ってるんですか…!」
アイリさんの恥ずかしい言葉にドキドキする毎日を送っているわ。
「その後?無理だってば。何回も抱「セイフォード少将…!」
END
「おい、聞いてるのか?」
「……」
「アイリ」
「……」
「……阿保」
「……」
リザと花火大会へ行った日。
大輪の花火が上がると同時にリザから放たれた。
“すき”
この言葉。
放たれた瞬間と脳が言葉を理解するまで数秒。
“え?”
振り返った時、リザは涙を零していた。
そういう意味の言葉なんだと思って。
嬉しかった。
でも。
“隙が多いですよ、セイフォード少将”
誤魔化した。
リザは、あの時。
誤魔化したの。
私への告白を、なかったことにした。
“すき…あ、ああ、隙ね。びっくりした…。でもこの涙は?どうしたの?”
リザの頬に触れて、涙を拭いながら問いかけた。
“まつ毛が入ってしまって。なかなか取れなかったんです”
まつ毛が目に入ったと、また誤魔化した。
どうして誤魔化したの?
本当に“好き”ではなかった?
本当にまつ毛が目に入ったから泣いていたの?
「…はぁ…」
「なんだ、ため息なぞ吐いて」
「……オリヴィエ、いつから居たの?」
「………どうしたんだお前」
目の前にオリヴィエが居たことに驚く。
「ノックをして入って来たし、貴様の視界内にも居たが」
「全然気づかなかった…」
「ではお前が目を開けたまま気絶していたということだな」
なんて嫌味を言われても。
「…煩いなぁ」
食ってかかる元気はない。
「今日は随分と阿呆が極まってるな。何かあったのか?」
「…阿保が極まってたのはもう十年以上前の話です」
またため息を零して、持っていた書類をデスクに置く。
オリヴィエに恋愛事を相談しても、とは思うけど。
「…先日、花火大会があったでしょ?」
「知らん」
「あったのよ。引きこもってばかりいないでちょっとは世間に興味を持った方がいいわよ」
「国境を護る者を引きこもり扱いするな。で?花火大会がなんだ?」
誰かに聞いてほしい。
この場合、やっぱりオリヴィエしかいないのよね。
「…リザにね、誘われたの」
「花火大会に?」
「えぇ」
「よかったじゃないか」
オリヴィエは私がリザのことが好きなのは知ってるから。
「……まぁ…よかった…んだけど…」
「なんだ、歯切れが悪いな」
デスクに書類を置いて。
「…好きって言われた」
「ほう。それもよかったんじゃないか?」
…よかった、か。
デスクに両肘を付き、手を組んで額を付けて。
「…でもその後すぐに、誤魔化したの」
「なに?」
「…“隙が多い”って」
あの誤魔化し方には無理があったけど。
「…それは誤魔化せているのか?」
「いないわよ。だって…泣いて…いたもの…」
あの涙は誤魔化しきれてなくて。
「あのホークアイが涙を。余程貴様を好いているということか」
そう、あのリザが。
毅然と立ち振る舞うホークアイ中尉が。
涙を零していた。
「…でも」
「なんだ」
でも。
「…よかったのかもしれない」
「なにがだ」
誤魔化されて、気付かないふりをして。
それでよかったのかもしれない。
「だって私…リザを傷つけちゃうもん…」
「意味がわからん」
オリヴィエは腕を組み、眉間に皺を寄せる。
私はため息を零して。
「私とリザの階級の差が大きすぎるから、この階級の違いで傷をつけちゃうかもしれないじゃない」
私は少将で、リザは中尉。
この階級の差が大きすぎて、きっと私はリザを傷つける。
だから、交際しないほうがいいのかもしれないってオリヴィエに伝えれば。
「くだらん」
はっ、と吐き捨てた。
「…まぁ、あなたに恋愛を相談しても駄目よね」
ちょっとでも相談した私がバカだった。
「その階級に居ながら傷をつけることしか出来ないのなら、いっそのこと将官など辞めてしまえ」
突然言われた。
「え?」
きょとんとオリヴィエを見る。
「貴様は何のために今その階級にいる?」
「何のためにって…」
何のために。
それは。
「私は“理不尽”と“権力”を得るためだ。ここに昇る前の私たちが受けてきたものを得て抗うために私はここにいる」
「ッ!」
私は目を見開く。
そうだ。
“理不尽”と“権力”にただ従うしかなかったから。
従わず、抗うために。
戦うために。
それらを受ける、私たちより下の者たちのために。
私は階級を得たんだ。
「この階級で得た“理不尽”と“権力”は振り翳すものではなく、守るために行使するもの。」
うん、そうよね。
ずっとそれに抑えられていたもの。
その二つを得ることで。
守れる範囲が広がった。
「アイリ、貴様はその階級は傷を付けるために得たわけではないだろう」
「…えぇ。私よりも下の者たちをその二つから守るため…」
私は臆病になっていた。
リザのあの涙を見て、こんな繊細な子に傷を付けてしまうかもしれないって。
「がっかりさせてくれるなよ、同期。一度しか言わないが、私は貴様を過大評価しているんだからな」
過大評価しているって言葉に、私はクスッと笑って。
「珍しく褒めてくれるのね」
「一度しか言わないからな」
唯一無二の友の言葉。
私たちは貶し合っているけれど、それが親友の証。
本心ではないとお互いがわかっていて。
お互いが優秀な人材だと理解している。
「お前からホークアイに想いを伝えなければ、この先交際など出来んぞ」
「…まぁ、誤魔化したっていうのはそういうことよね」
私の言葉に、オリヴィエは小さな笑みを浮かべて。
「では、私は北へと戻るが」
「えぇ、ありがと。オリヴィエ」
私に勇気をくれて。
喝を入れてくれて。
「一度しか言わないついでに最後に一つ」
「なぁに?」
扉を開けて、オリヴィエは私を横目で見て。
そして。
「友の幸せを、誰よりも願っている」
そう言った。
「それも一度しか言ってくれないの?」
嬉しいな。
「当たり前だ。こんな恥ずかしい台詞を何度も言えるか」
本当、オリヴィエが親友でよかった。
「じゃあ私も一度しか言わないけど、あなたが親友でよかったわ」
私たちは視線を交差させて。
「…ふん」
オリヴィエは片手を上げて、北へと帰った。
「ふぅ…」
残された私は、椅子を回転させて窓を見る。
「“守るため”か…」
奥手になりすぎていた。
傷つけたくない一心で。
私からリザに伝えなきゃ。
誤魔化されたけど、リザの気持ちは知れたから。
ただ、私には成すべき使命がある。
大切な人を作ってしまえば、それが弱点に…。
「…って、好きな人が出来た時点でもう遅いわよね」
それなら傍に居て、守ったほうがいい。
“理不尽”と“権力”から。
リザが受けるかもしれない全ての暴力から。
「私はそれが出来る地位にいる」
私は小さく笑って。
「オリヴィエの言葉、刺さったなぁ」
オリヴィエの言葉を思い出す。
持つべきものは友とはこのことよね。
「さて、と」
時計を見て、リザはまだ仕事だろうからリザの自宅付近で待ってようかな。
私は立ち上がって。
「…よし、今なら行ける…!」
執務室の扉を開け、周りを見回して。
こっそりと中央司令部を出た。
––––—
「…はぁ…」
「セイフォード少将が忘れられなーい、って感じのため息ね」
「…忘れるも何も、諦めたわけじゃないわ」
「告白を誤魔化した時点で諦めようとしてるじゃない」
花火大会の日の出来事をレベッカに相談した。
相談というより報告?かしら。
想いが溢れて、好きだと口にしてしまったこと。
でもフラれたくなくてすぐに誤魔化したこと。
誤魔化したのに、つらくてつらくて苦しいこと。
忘れなきゃいけないのに、忘れることなんて出来なくて。
好きという想いは膨れ上がる一方で。
もうどうしたらいいのかわからない。
「…それは…」
レベッカは何かと鋭くて困るけど、話を聞いてくれてすごく助かる。
「あんたから告白する気ないでしょ?」
「……まぁ、そうね」
誤魔化してしまったし、何よりあの方は。
本当はあの方は私みたいな尉官が気軽に話をかけていいような存在ではない。
雲の上の存在だから。
それにきっと、私なんて恋愛対象ですらないでしょうし。
ただの部下よりは親しい部下、くらいの位置よね。
「諦めるわけじゃないけど告白はしない、ねぇ…」
レベッカはため息を零して。
「それが諦めようとしてるってことなのに…」
そう言った。
諦めたわけじゃないと口では言うけれど。
この想いが叶うことはないから。
心が諦めかかっているのかもしれない。
それにきっと、告白をして断られたとしても意識するのは私だけ。
話しかけづらいとか、姿を見るだけで苦しいとか思うのは私だけ。
仕事に支障を来たすのは私だけよね。
「とにかく、私のことはもう大丈夫だから。仕事に戻りなさいカタリナ少尉」
「…はいはい、ホークアイ中尉」
心配して気にかけてくれるのは有り難いけれど、これ以上何を言われても私の意思は変わらない。
あの方は、雲の上の存在。
私のような尉官が手を伸ばして届く人ではない。
「…そう…よね…」
諦めたくないけれど。
諦めなければいけない人…。
花火大会を一緒に回れたのは、単なる偶然。
セイフォード少将の時間がたまたま空いただけに過ぎないんだから。
そう…。
期待すればするだけ…落ち込みが激しくなるだけだから…。
「それじゃあお疲れ様」
「っしたー」
「お疲れ様でした!」
退勤時間になり、オフィスを出る。
「リザー」
「!レベッカ、あなたも今帰りなの?」
受付の辺りで名を呼ばれ、振り返ればレベッカがいて。
「そ、何か食べに行かない?」
食事に誘われた。
「いいわよ」
特に予定もないし、夕食には少し早いけれどたまには外食もいいわよね。
「疲れたー」
「お疲れ様です、カタリナ少尉」
「ホークアイ中尉もお疲れ様っしたー」
「上官の私が敬語を使ってるのに、あなたは使わないのね」
「ちゃんと使いました!」
「敬語になってません」
なんて他愛のない会話をしながら、東方司令部を出て。
「どこ行こっか?」
「いつものお店でいいんじゃない?」
なんて行くお店の話をしていたら。
「…いつものお店で理解し合えるほどの仲なのねぇ」
突然聞こえてきたのは。
「「!?セイフォード少将!?」」
セイフォード少将の声だった。
「お、お疲れ様です!」
「お疲れ様です、セイフォード少将。本日はどうされたんですか?」
「…ご苦労様」
私たちはセイフォード少将に敬礼をすれば、セイフォード少将は片手を上げてくれたので敬礼を解く。
「マスタング大佐にご用事ですか?」
「……」
私の問いかけには答えてくれなくて。
なんだか少しだけ不機嫌そうに見える。
「セイフォード少将?」
どうしたのかしら。
レベッカのほうを見ると、セイフォード少将を真っ直ぐ見つめていて。
「レベッカ?」
レベッカに腕を掴まれた。
「マスタング大佐でしたらオフィスにいましたよ。じゃあ私たちはこれからリザの新しい恋を応援する会に行きますので!」
「!!」
「バ…っレベッカ!なんてことを…!」
レベッカの言葉に、私はレベッカの手を振り解く。
「ちょっとレベッカ!あなた何を…ッ」
言っているの、と言おうとすれば。
「ッ!?」
セイフォード少将に腕を掴まれて。
「セイフォード少将、違うんです…!レベッカが勝手に………」
慌てて弁解しようと、セイフォード少将を見上げると。
「…セイフォード少将?」
どこか、焦りというか。
いつもの余裕さがないというか。
「……食事はまたの機会にしてちょうだい」
「え?…ッ!」
そう言って、私の腕を掴んだまま歩き出した。
「セイフォード少将!?どうされたんですか!?」
「……」
答えてくれない。
レベッカを見れば。
「!」
レベッカは笑顔で手を振っていた。
…急展開すぎて理解が追いつかない。
セイフォード少将はずっと不機嫌で無言で歩いているし…。
それでも。
掴まれている腕から伝わる温もりが。
たまらなく愛しいと思ってしまって。
やっぱり好きで。
これは諦められるまで時間がかかりそうだとも思ってしまった…。
とある公園の、街灯の下。
「…少将?」
そこでセイフォード少将が立ち止まった。
周りを見渡す私。
時間が時間だから、誰もいない。
「……新しい恋」
「?はい」
「探すの?」
レベッカの言葉を間に受けているみたい。
なんて答えたらいいのかしら…。
恋をしてるなんて乙女チックなものは私には似合わないでしょうし…。
「…新しい恋も何も、私は恋なんてしてませんよ」
セイフォード少将を花火大会に誘っておきながら、苦しい言葉だったけれど。
本人には知られたくないから。
「……また誤魔化した」
「え?」
セイフォード少将はこちらを向いて、眉間に皺を寄せる。
「…変に緊張しちゃってなかなか言葉に出来ないけど、頑張って私らしく言うわね」
「はい…」
腰に手を当て、逆手で私を指差して。
「花火大会のあれ、あんなんで誤魔化されるほど私は鈍くないわよ?」
そう言った。
花火大会の、あれ。
“好き”
“…隙が多いですよ”
「…ッ!!」
今度は私が目を見開く。
「あ、あれは…っ」
どうしよう。
知られたくない。
この想いを。
知られたくないの。
「…どうして…誤魔化したの…?」
誤魔化した理由。
そんなの、フラれたくないからに決まってる。
でも伝えられないじゃない。
だって。
だってフラれたくないもの。
ごめんねって言われたら、立ち直れない。
こんなに好きな状態でフラれたら。
「…ご…誤魔化した…わけじゃ…っ」
なんて言ったらいいの?
レベッカ、助けて。
なんて言ったら納得してもらえるの?
レベッカならなんてアドバイスをくれる?
“国を誇る錬金術師を言い包めれるほどの頭脳はございません”
って言いそう。
どうしよう。
「……あの時ね」
「!」
「リザから放たれた単語に思考が停止したの」
セイフォード少将が俯き、語り出す。
「思考…が…?」
「そう…。その単語を理解するまでに数秒かかって…理解して振り向いた時にはリザは誤魔化した…」
誤魔化しきれてなかったけど、と続けて。
「…どういう想いで誤魔化したんだろうって今日までずっと考えてて…でも答えは見つからなくて…」
私の中から、不思議と焦りはなくなって。
「…初めて、答えがわからないって状況になって…」
この国で最も優秀だと謳われる錬金術師が、答えを導き出せないなんて。
「…でも…誤魔化してくれてよかったのかもしれないと思うようにもなって…」
私は静かにセイフォード少将の言葉に耳を傾ける。
「…私とあなたじゃ階級が離れすぎてるし…きっと私はこの階級の高さであなたに傷をつけてしまうかもしれないから…」
だから、聞かなかったことにしてもいいのかもしれないと。
「…そうしたら…友人に…まぁ…喝を入れてもらってというか入れられてというか…」
ふとセイフォード少将の手を見ると、僅かに震えていて。
「…セイフォード少将…?」
私がセイフォード少将の名を口にすると、セイフォード少将は顔を上げた。
その顔は真っ赤で。
「…私から言わないと、交際出来ないって言われ…て…だから…その…」
「え?」
セイフォード少将は大きく深呼吸をして。
そして。
「…私も…リザが好き…」
そう言った。
待って。
「…その…だから…新しい恋に…行かれると…困ると…いうか…」
待って、待って。
待ってちょうだい。
うそ、うそ、うそ。
「……リザ…?」
待ってほしい。
だって。
だって。
「………好き」
屈み込み、両手で顔を隠す私を抱き締めてくれて。
もう一度、言ってくれた。
「……っ、っ」
もうダメだ。
心がもう。
涙が止まらない。
もうダメ。
平常心でいるなんて無理よ。
だって。
好きな人に好きだと言われたら。
もう心が一杯になるでしょ?
溢れてしまう。
溢れてしまう。
「…リザは…?もう私は嫌い…?」
そんなわけ。
そんなわけないじゃないですか。
「…っ、…ッ」
喋れないの。
嬉しすぎて、胸が一杯過ぎて。
「…き…っで…っ」
「えー?なにー?聞こえませんがー」
嗚咽がすごくて喋れない。
でも、私の想いに気づいてくれて。
クスクス笑うあなたが好き。
好きです。
好きです。
大好きなんです。
すぐにでも伝えたいのに。
「…ふ…っ…ぅ…っ」
喋れないの。
頬に触れられ、顔を覆い隠す手を優しく退かされて。
「…泣いた顔も可愛い」
優しい笑みを浮かべているセイフォード少将の顔が見えた。
ああ、夢みたい。
夢を見ているようで。
「…っゆめ…っ」
「夢?夢だったらこんな温もりないでしょ?」
ギュウッとまた抱き締めてくれた。
「ほらほら、泣き止め泣き止めー」
セイフォード少将は私が落ち着くまで抱き締めてくれていて。
ああ、もう。
好き過ぎておかしくなりそう。
私もセイフォード少将の背中に腕を回して。
「…っ好きです…っあなたが…っ好きです…っ」
想いを伝えた。
諦めようとしていた想いを。
「ん、私もリザが好きよ」
叶わないと。
雲の上の存在だと思っていた人と。
恋人同士になれるなんて本当に夢みたい。
夢であってほしくないけれど、夢なら覚めないでほしい。
「遅くなる前に送っていくわ」
立ち上がらせてくれて。
「ふふっ、可愛いなぁもう」
頬に手を添えて、涙を拭ってくれた。
私はその手に自分の手を重ねると。
「……」
セイフォード少将は空いている手で私の顎を少し上を向かせて。
「い––––」
いい?と聞かれる前に、キスをした。
触れるだけのキス。
セイフォード少将の唇は柔らかくて。
「………」
「…顔、真っ赤ですよ」
「それは…!そうでしょ…っ!だって…!」
こんな照れている表情も、私しか見られない。
「…もう一回したい」
「…私も…」
今度は啄むようなキスをして。
「…はぁ…仕事辞めようかしら」
「ずっと傍にいてくださいますか?」
「ずっと傍に居るために辞めるの」
まぁ、退職届けは受理してもらえないんだけどね。
なんて、セイフォード少将は肩を竦めた。
「もう何回も提出してますもんね」
「そうよ。でも今回は本気で提出してみようかな」
離れたくない、と抱き締めてくれた。
「…私も離れたくありませんが、あなたはまだこの国には必要不可欠な方ですから」
そんな方が恋人なんて、優越感が凄まじい。
でもそれは仕方ないわよね。
だってもう恋人なんだし。
「…リザにそう言われたら、辞められないじゃない」
格好良い人だと思っていたのに、頬を膨らませるこの人がなんだか可愛くて。
「…っ」
こんな可愛い姿も私しか見れないんだと思うと、また涙が出てくる。
「リザはこんなに泣き虫さんだったのね」
「…っ泣かせてるのはあなたですよ…!」
セイフォード少将はまたクスクス笑った。
「さて、時間も時間だから家まで送るわよ」
手を繋ぎ、歩き出す。
「…食事でもどうですか?」
離れたくない。
「して行きたいところだけど、抜け出して来てるからそろそろ捜索願い出されそうなのよね…」
「…私のために…抜け出して…?」
「…そ、そうよ。抜け出して来てよかったわ。新しい恋に行かれるところだったし」
レベッカの咄嗟の嘘がこうまで効いているなんて。
レベッカには感謝しかないわね。
「あれはレベッカの嘘というか…」
「え!?そうなの!?おのれレベッカ…」
「ですが、新しい恋というより…諦めようとはしてました…。あなたは雲の上の存在でしたので…」
「…そんなことないんだけど、やっぱり来てよかったってことね」
繋いでいる手に力が入って。
絶対離さないという意思が伝わった。
「連絡するわね」
「待ってます…」
私の自宅に着き、ここでセイフォード少将とはお別れ。
少将はまだ勤務中だから。
遠距離恋愛になるけれど、そんなのは覚悟の上。
連絡だってこの方は忙しいから毎日はきっと無理。
でもそれだって覚悟の上よ。
ただ私は、この人の“一番”になれたということが嬉しくて。
「じゃあね」
「はい…」
触れるだけのキスをして、セイフォード少将は名残惜しそうに振り返りながら中央司令部へと戻った。
幸せな一日だった。
いえ、これからこの幸せが続くんだ。
あの人の一番大切な人になれたから。
仕事上、特別な日を一緒に過ごせるかはわからないけれど。
一緒に過ごしたいって私もセイフォード少将も同じことを考えて。
あの人の中には常に私が居るんだと思うと心が躍って仕方ない。
『幸せにならないと怒るわよ…!』
「すでに幸せなんだけど、ありがとうレベッカ」
セイフォード少将との交際のきっかけをくれたレベッカに、交際することになったと連絡をしたら泣いて喜んでくれた。
その後すぐに、私とセイフォード少将の交際は軍の中で広まった。
中には良く思わない人だっている。
セイフォード少将は人気だし、人望もすごい人だからそれは仕方ないし覚悟もしていた。
『あの阿呆、貴様のことしか話さんのだが』
「すみません私は嬉しいです」
『貴様も阿保になったか…』
アームストロング少将からも呆れている感じの電話があって、アームストロング少将の声色は呆れているようではなく。
少しだけ、楽しそうだと感じた。
アームストロング少将は、心の中で私たちの交際を祝福してくれた。
そして、交際から一ヶ月後には体を重ね合わせた。
…それもまぁ、レベッカの煽りがあったからなんだけど。
本当、私の親友は私が幸せになるように仕向けて来るから困りものよね。
それでも。
「アイリさん、コーヒーのおかわり入れますか?」
「あ、お願ーい。もうちょっとで終わるからね」
「わかりました」
アイリさんと名前で呼べるようになって。
アイリさんが我儘を言って午後から無理やりお休みを取り、一緒に過ごせる時間が増えたり。
すぐ呼び戻されたりするのだけどね。
「セイフォード少将ー、クレミン准将から電話っすー」
「喧しいって言っておいて」
「言ったんスけど、いいから代われと」
「…言ったのね、ハボック少尉…」
「あのポンコツはなんだって言うのよもう。回してくれる?」
「っすー」
今でも幸せな日々が続いていて。
「はぁ?この後中央に?無理よ、今日は久しぶりにリザを抱くから」
「ッあなたは何を仰ってるんですか…!」
アイリさんの恥ずかしい言葉にドキドキする毎日を送っているわ。
「その後?無理だってば。何回も抱「セイフォード少将…!」
END