ハガレン 旧拍手文置き場
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『馬鹿なこと』
コンコン
「ホークアイ中尉です。コーヒーをお持ちしました」
『入って』
ある日、いつものようにアイリさんへとコーヒーをお持ちした。
「失礼します」
アイリさんの執務室内へと入室し、デスクへと歩み寄る。
アイリさんは今日も書類と睨めっこ。
「中央司令部からですか?」
「えぇ、いつも通りどうでもいい内容のね」
「…懲りませんね、クレミン准将も」
デスクにコーヒーを置き、苦笑を零す。
「こんなものに時間を費やすなら真面目に働いてほしいものだわ」
書類をクシャクシャに丸めて、デスク横のゴミ箱に捨てて。
「はぁ…おいし」
コーヒーを一口。
「セイフォード少将のおかげでみんな美味しいコーヒーが飲めて喜んでます」
東方司令部のお茶やコーヒーは不味くて、みんな不味い不味いと文句を言いながら飲んでいた。
過去に何度か中央司令部の総務課に掛け合ったのだけど、“経費の無駄”と一刀両断。
でもそこはアイリさんがグラマン中将と相談して、アイリさん自ら総務課に言ってくださって。
“セイフォード少将がそう仰るなら”と、美味しいコーヒーを飲めるようになったの。
「ここのコーヒーもお茶も不味かったものね」
アイリさんはクスクス笑って、次の書類へと目を通す。
私の方は見てくれない。
「……セイフォード少将」
「なに?」
呼びかけても、こちらを見ずに返事だけ。
だから私はデスクを回り込んで。
「……?」
アイリさんはそんな私に気づき、私を視線で追って。
私はアイリさんの傍に立つ。
「「……」」
私を見上げるアイリさんと、アイリさんを見下ろす私。
アイリさんは小さく笑みを浮かべて。
クイクイっと人差し指を屈伸させたので、アイリさんに近づき肩に手を置いて。
「ん」
その唇にキスをした。
「仕事中にあんまり可愛いことしないでくれる?」
「…あなたが…見てくれないから…」
ちゅ、ちゅ、と啄むキス。
「阿保みたいな書類でも、ちゃんと確認しないといけないの」
「…それは…わかってます…」
アイリさんはクスクス笑って立ち上がり、私の額にキスをしてくれて。
「ほら、オフィスに行くわよ」
「オフィスに?」
「えぇ、ちょっとマスタング大佐に用があるの」
歩き出すアイリさんの後ろを歩き、扉の前に立つ。
「んぅ」
深いキスをしてから。
「本当、甘えん坊よね」
「…それ、みんなの前で言わないでくださいね」
「当たり前。甘えん坊なあなたを知るのは私だけなんだから」
「…っ」
私たちはオフィスへと向かった。
「マスタング大佐、ちょっといい?」
「!はい」
「これなんだけど」
オフィスへと戻れば、ハボック少尉たちと話をしているマスタング大佐がいらっしゃった。
アイリさんはすぐにマスタング大佐に声をかけて、二人で書類を確認している。
そこに。
「セイフォード少将!!中央のクレミン准将から大至急との連絡が来てます!」
フュリー曹長が慌てて入ってきた。
「…クレミン准将から大至急?」
「まーた大したことない内容なのに通してほしいから大至急って言葉を使ってるんスよ」
便利な言葉だ、とハボック少尉は呆れてため息を零した。
「い、いえ、今回は本当っぽいんです…!すごく焦っている感じで…!」
「……」
アイリさんとマスタング大佐は顔を見合わせて。
「…繋いで」
「は、はい!」
アイリさんは受話器を手に取った。
「もしもし、私だけど」
大至急って、どんな内容なの?
またゼイオン中将絡み?
どうしてあの男はいつまでもアイリさんを苦しめるのだろう。
「………なんですって?えぇ、それで?」
アイリさんの表情が変わった。
なに?
どうしたの?
大丈夫なの?
「…なんかあったんスかね」
「うむ…」
「……」
ハボック少尉もマスタング大佐も、どこか心配そう。
アイリさんは目を閉じ、大きく深呼吸をして。
「……えぇ、わかったわ。すぐに行く」
電話を終えた。
「セイフォード少将?どうされました?」
私の問いかけに、アイリさんは私やマスタング大佐、ハボック少尉へと視線を巡らせて。
「……先程、ゼイオン中将の遺体が発見されたわ」
そう放った。
うそ…。
「ゼイオン中将の!?」
ハボック少尉が声を張り上げる。
「…遺体が発見されたということは、何者かに殺害されたということですね」
「おそらくね。まぁ、詳しいことはこれからよ。私はグラマン中将より一足先に中央司令部へと行ってくるから」
ゼイオン中将が亡くなった?
いつ?
誰に殺害された?
アイリさんは私へ向き直って。
「しばらく帰れないと思うわ」
「は、はい…わかりました…」
そう言った。
「じゃあ行くわね」
「あ…」
オフィスを出たアイリさんを追う。
「セイフォード少将」
「ああ、中央へ行く前に礼装を取りに帰らないと」
ああ、違う。
「セイフォード少将」
「軍帽なんて被るのいつ以来かしら」
いつものアイリさんじゃなくなった。
「あの、セイフォード少将」
「緊急軍法会議もあるし、本当面倒臭いわよね」
動揺して、私の声が届いていない。
だから私は。
「アイリさんッ!!」
セイフォード少将、ではなく、アイリさんと大きな声で呼んで腕を掴んだ。
「ッ!!なに?ホークアイ中尉、そんな大きな声を出さなくても聞こえているわ」
ビクッと肩を震わせ、こちらへ振り返る。
「聞こえていても届いてません」
「聞こえてるんだから届いてるってことでしょ?」
違う。
そうじゃない。
「いつものあなたらしくなく、動揺が出てますよ」
恐怖心は判断を鈍らせ、動揺は決断を揺るがせる。
今の状態のアイリさんを一人で行かせると、何かあった場合の判断と決断を誤ってしまう。
「“軍人たる者、何時如何なる時に何があるかわからない”と仰ったのはあなたです」
「……」
「セイフォード少将、気を引き締めてください。中央でゼイオン中将が殺害されたのなら、犯人はまだセントラルシティにいるかもしれないということです」
そんな動揺したままセントラルシティへ行くのは危険すぎる。
「……ふぅ」
アイリさんは数回深呼吸をして。
「……ありがとう、リザ」
苦笑を零しながら、階級呼びではなく名前で呼んでくれた。
「気を付けてくださいね」
「えぇ、わかってる」
ちゅ、と額にキスをしてくれて。
アイリさんは中央司令部へと向かった。
数日後、ゼイオン中将の隊列葬儀の日。
私と大佐も参列する。
「マスタング」
「!アームストロング少将」
大佐を呼ぶ声が聞こえ、振り返ればアームストロング少将の姿が。
アームストロング少将もマスタング大佐と同じ礼装で、脇に軍帽を抱えている。
私も大佐も敬礼をする。
「貴様たちも来たんだな」
「アームストロング少将もわざわざ北からいらしたんですね」
「面倒だが、さすがに将官が殺害されては来ないわけにはいかんさ」
そう仰り、アームストロング少将は肩を竦めて。
私の後方へと視線を巡らせた。
「…ぁ…」
視線の先には、アームストロング少将と同じように軍帽を脇に抱えて歩くアイリさんの姿があった。
アイリさんは私と同じ、ロングスカートの礼装で。
前髪の右側だけをヘアピンで留めていて、少しだけ伏せられた瞳に。
「……綺麗…」
不謹慎だけれど、すごく綺麗だと思った。
私の前に立ち、私の肩に手を置いて。
「元気そうね」
「あぁ、貴様もな」
アイリさんとアームストロング少将は短い会話を終えて。
「先に行く」
「えぇ」
アームストロング少将は先に前の方に行ってしまった。
「あなたの礼装、良いわね」
「セイフォード少将こそ」
お互い礼装を見るのは初めてだから。
「じゃあ、私も前に行くから」
「あ、はい…」
もう少し話していたかったけれど、今はそんな場合ではない。
憂いを秘めたその表情に、胸が締め付けられる。
傍に居て、手を握ってあげたくなる。
でも、尉官の私は今はあなたの傍に居てあげることが出来ない。
今あなたの隣に居るアームストロング少将に嫉妬してしまう。
「始まるぞ。我々も行こう」
「…はい」
私の階級がもっと高ければ、もっとあなたの傍に居られたのに。
しめやかに葬儀が終わり、アイリさんの姿を探す。
「ぁ…」
アイリさんは、ゼイオン中将の墓石の前に佇んでいた。
哀愁を帯びる背中に、また胸が締め付けられる。
「中尉」
「!」
マスタング大佐に背中を押された。
大佐を見上げれば、コクンと頷いた。
アイリさんの傍に、という意味が込められたもので。
そのお気遣いに頭を下げて、アイリさんの下へ。
静かに歩み寄って。
「何をお考えですか」
「!ホークアイ中尉」
アイリさんの隣に立つ。
「悲しいですか?」
「いいえ」
「では寂しい?」
「それも違う」
悲しいわけでも、寂しいわけでもない。
じゃあ、答えは一つ。
「…最後まで父の情報を話してくれなかったなぁって思ってただけよ」
“最後までお父さんの情報を話してくれなかった”
やっぱり。
「話さなかったのではなく、話せなかったんです」
だって。
「なぜなら最初からお父さんの情報なんて持っていなかったんですから」
あなたと肉体関係になりたいがために吐いた嘘なんだから。
「……そう、よね」
アイリさんは苦笑を浮かべて。
「…本当、馬鹿なことをしてたわよね…」
そう呟いた。
本当ならここは慰めるべき。
そんなことないですよ、あなたは強要されてたんですって。
けれど私は。
「本当ですよ。あなたは本当に馬鹿なことをしていたんです」
慰めずに責めた。
今のアイリさんに必要なのは、慰めではなく間違いを間違いだと指摘してあげること。
「……」
アイリさんはきょとんと私を見て。
「そこは慰めるところじゃない?」
なんて言うから。
「いいえ、慰めません。あなたは馬鹿なことをしました」
ジト目で睨む。
すると。
「ふっ」
アイリさんは吹き出すように笑って。
「あなたが傍に居てくれてよかった。ありがとう、リザ」
そう言って、優しい笑みを浮かべた。
「そろそろ行くぞ、アイリ」
アームストロング少将が来た。
「オリヴィエ。えぇ、わかったわ。じゃあリザ、もう少しで帰れると思うから」
「はい、待ってま………!」
アイリさんは私に自分の軍帽を被せて。
「それ、持って帰っておいてくれる?」
「わかりました」
…アイリさんの軍帽。
なぜかちょっとだけ特別な感じがする。
「じゃあね」
「はい」
アームストロング少将と歩き出した。
そんなアイリさんとアームストロング少将の後ろ姿を見る。
アームストロング少将がアイリさんに何かを言ったようで、アイリさんは眉間に皺を寄せてアームストロング少将の肩をパンチした。
アームストロング少将はクツクツ笑うだけ。
何か揶揄われたみたいね。
「ホークアイ中尉、どうした?」
「あ、いえ、セイフォード少将とアームストロング少将、仲が良いんですね」
「ああ、あの二人は同期だからな。なんだ?嫉妬かい?」
マスタング大佐がニヤニヤ笑うから。
「いいえ、あの人の恋人は私なので。嫉妬なんてする必要ありませんから」
ニコリと笑ってそう返してやった。
「…なかなか言うね」
「事実です」
そう、嫉妬なんてしない。
する必要がない。
“あなたが傍に居てくれてよかった”
あの言葉が全てだもの。
「さて、東方司令部に帰ろうか」
「そうですね」
一度アイリさんたちへと振り返って。
私たちも東方司令部へと戻った。
そして。
数日後、ゼイオン中将を殺害した犯人が東方司令部に自首してきた。
「ゼイオンの性被害者の父親か」
「えぇ。当然の報いね」
アームストロング少将を呼び、グラマン中将の執務室で会議をしている。
私はコーヒーをお持ちして、出て行こうとしたらアイリさんに手を掴まれて…。
アイリさんの隣に立たされています…。
で、なぜ犯人が中央司令部に自首ではなく、わざわざ東方司令部に来て自首したのかというと。
“娘の苦しみ、お二人なら理解してくださるはず”
と。
二人なら自分の苦しみと憎しみ、悲しみを理解してくれると思ったようで。
だからと言って人を殺めることは到底許されるものではないけれど。
「情状酌量を求めてみようかの」
娘を失った父親の無念を汲み、情状酌量を申し立ててみるみたい。
「連名で出しましょうか。私とアイリの名も連ねれば、結構な威力を発揮する書類になるかと」
「そうね。私もそれに賛同します」
アームストロング少将の言う通り、グラマン中将とアイリさん、アームストロング少将という将官三名の名を連ねた書類の威力は絶大で。
大総統や司法を動かした。
凄すぎます…。
「亡くなった方のお墓参り、行きたいわね」
「お盆に伺いましょう」
「その際は北に寄れ。花を用意しておく」
「えぇ、ありがとう」
グラマン中将の執務室から出て、アイリさんの執務室へ向かう途中。
「では、私は北に戻るとしよう」
「また引きこもるつもり?」
「それが国境を護る者に放つ言葉か」
「間違ってないでしょ」
「間違いでしかないぞ」
アイリさんとアームストロング少将の貶し合い…初めて見た…。
「ホークアイ、その阿保を頼んだぞ。見張ってないと阿保なことしかせんからな」
「な「本当に阿保なことをしますよね。ちゃんと見張ります」
アイリさんの言葉を遮り、アームストロング少将に敬礼する。
「………」
不貞腐れるアイリさんに、私とアームストロング少将は小さく笑って。
「じゃあな」
「はい。お疲れ様でした」
アームストロング少将は片手を上げて、北へと戻って言った。
「頬が僅かに膨らんで––––」
ますよ、とは続けられず。
アイリさんへ向き直れば、キスをされたから。
「……こんな場所で」
「さぁ、知らないわ」
奇跡的に誰も居なかったからいいけど…。
こんな目立つ場所でキスなんて恥ずかし過ぎるわよ…。
「ほら、戻るわよ」
アイリさんは小さく笑い、私へと手を差し伸べてくれた。
出会った頃の、絶望したままのあなたはもう居ない。
居るのは、優しい笑みと揺るぎない信念を秘めた
強い眼差しのあなた。
「はい、セイフォード少将」
あなたはもう、あんな馬鹿なことはしない。
あんな馬鹿なことはさせないから。
どうか私の隣で。
笑っていてください。
END
コンコン
「ホークアイ中尉です。コーヒーをお持ちしました」
『入って』
ある日、いつものようにアイリさんへとコーヒーをお持ちした。
「失礼します」
アイリさんの執務室内へと入室し、デスクへと歩み寄る。
アイリさんは今日も書類と睨めっこ。
「中央司令部からですか?」
「えぇ、いつも通りどうでもいい内容のね」
「…懲りませんね、クレミン准将も」
デスクにコーヒーを置き、苦笑を零す。
「こんなものに時間を費やすなら真面目に働いてほしいものだわ」
書類をクシャクシャに丸めて、デスク横のゴミ箱に捨てて。
「はぁ…おいし」
コーヒーを一口。
「セイフォード少将のおかげでみんな美味しいコーヒーが飲めて喜んでます」
東方司令部のお茶やコーヒーは不味くて、みんな不味い不味いと文句を言いながら飲んでいた。
過去に何度か中央司令部の総務課に掛け合ったのだけど、“経費の無駄”と一刀両断。
でもそこはアイリさんがグラマン中将と相談して、アイリさん自ら総務課に言ってくださって。
“セイフォード少将がそう仰るなら”と、美味しいコーヒーを飲めるようになったの。
「ここのコーヒーもお茶も不味かったものね」
アイリさんはクスクス笑って、次の書類へと目を通す。
私の方は見てくれない。
「……セイフォード少将」
「なに?」
呼びかけても、こちらを見ずに返事だけ。
だから私はデスクを回り込んで。
「……?」
アイリさんはそんな私に気づき、私を視線で追って。
私はアイリさんの傍に立つ。
「「……」」
私を見上げるアイリさんと、アイリさんを見下ろす私。
アイリさんは小さく笑みを浮かべて。
クイクイっと人差し指を屈伸させたので、アイリさんに近づき肩に手を置いて。
「ん」
その唇にキスをした。
「仕事中にあんまり可愛いことしないでくれる?」
「…あなたが…見てくれないから…」
ちゅ、ちゅ、と啄むキス。
「阿保みたいな書類でも、ちゃんと確認しないといけないの」
「…それは…わかってます…」
アイリさんはクスクス笑って立ち上がり、私の額にキスをしてくれて。
「ほら、オフィスに行くわよ」
「オフィスに?」
「えぇ、ちょっとマスタング大佐に用があるの」
歩き出すアイリさんの後ろを歩き、扉の前に立つ。
「んぅ」
深いキスをしてから。
「本当、甘えん坊よね」
「…それ、みんなの前で言わないでくださいね」
「当たり前。甘えん坊なあなたを知るのは私だけなんだから」
「…っ」
私たちはオフィスへと向かった。
「マスタング大佐、ちょっといい?」
「!はい」
「これなんだけど」
オフィスへと戻れば、ハボック少尉たちと話をしているマスタング大佐がいらっしゃった。
アイリさんはすぐにマスタング大佐に声をかけて、二人で書類を確認している。
そこに。
「セイフォード少将!!中央のクレミン准将から大至急との連絡が来てます!」
フュリー曹長が慌てて入ってきた。
「…クレミン准将から大至急?」
「まーた大したことない内容なのに通してほしいから大至急って言葉を使ってるんスよ」
便利な言葉だ、とハボック少尉は呆れてため息を零した。
「い、いえ、今回は本当っぽいんです…!すごく焦っている感じで…!」
「……」
アイリさんとマスタング大佐は顔を見合わせて。
「…繋いで」
「は、はい!」
アイリさんは受話器を手に取った。
「もしもし、私だけど」
大至急って、どんな内容なの?
またゼイオン中将絡み?
どうしてあの男はいつまでもアイリさんを苦しめるのだろう。
「………なんですって?えぇ、それで?」
アイリさんの表情が変わった。
なに?
どうしたの?
大丈夫なの?
「…なんかあったんスかね」
「うむ…」
「……」
ハボック少尉もマスタング大佐も、どこか心配そう。
アイリさんは目を閉じ、大きく深呼吸をして。
「……えぇ、わかったわ。すぐに行く」
電話を終えた。
「セイフォード少将?どうされました?」
私の問いかけに、アイリさんは私やマスタング大佐、ハボック少尉へと視線を巡らせて。
「……先程、ゼイオン中将の遺体が発見されたわ」
そう放った。
うそ…。
「ゼイオン中将の!?」
ハボック少尉が声を張り上げる。
「…遺体が発見されたということは、何者かに殺害されたということですね」
「おそらくね。まぁ、詳しいことはこれからよ。私はグラマン中将より一足先に中央司令部へと行ってくるから」
ゼイオン中将が亡くなった?
いつ?
誰に殺害された?
アイリさんは私へ向き直って。
「しばらく帰れないと思うわ」
「は、はい…わかりました…」
そう言った。
「じゃあ行くわね」
「あ…」
オフィスを出たアイリさんを追う。
「セイフォード少将」
「ああ、中央へ行く前に礼装を取りに帰らないと」
ああ、違う。
「セイフォード少将」
「軍帽なんて被るのいつ以来かしら」
いつものアイリさんじゃなくなった。
「あの、セイフォード少将」
「緊急軍法会議もあるし、本当面倒臭いわよね」
動揺して、私の声が届いていない。
だから私は。
「アイリさんッ!!」
セイフォード少将、ではなく、アイリさんと大きな声で呼んで腕を掴んだ。
「ッ!!なに?ホークアイ中尉、そんな大きな声を出さなくても聞こえているわ」
ビクッと肩を震わせ、こちらへ振り返る。
「聞こえていても届いてません」
「聞こえてるんだから届いてるってことでしょ?」
違う。
そうじゃない。
「いつものあなたらしくなく、動揺が出てますよ」
恐怖心は判断を鈍らせ、動揺は決断を揺るがせる。
今の状態のアイリさんを一人で行かせると、何かあった場合の判断と決断を誤ってしまう。
「“軍人たる者、何時如何なる時に何があるかわからない”と仰ったのはあなたです」
「……」
「セイフォード少将、気を引き締めてください。中央でゼイオン中将が殺害されたのなら、犯人はまだセントラルシティにいるかもしれないということです」
そんな動揺したままセントラルシティへ行くのは危険すぎる。
「……ふぅ」
アイリさんは数回深呼吸をして。
「……ありがとう、リザ」
苦笑を零しながら、階級呼びではなく名前で呼んでくれた。
「気を付けてくださいね」
「えぇ、わかってる」
ちゅ、と額にキスをしてくれて。
アイリさんは中央司令部へと向かった。
数日後、ゼイオン中将の隊列葬儀の日。
私と大佐も参列する。
「マスタング」
「!アームストロング少将」
大佐を呼ぶ声が聞こえ、振り返ればアームストロング少将の姿が。
アームストロング少将もマスタング大佐と同じ礼装で、脇に軍帽を抱えている。
私も大佐も敬礼をする。
「貴様たちも来たんだな」
「アームストロング少将もわざわざ北からいらしたんですね」
「面倒だが、さすがに将官が殺害されては来ないわけにはいかんさ」
そう仰り、アームストロング少将は肩を竦めて。
私の後方へと視線を巡らせた。
「…ぁ…」
視線の先には、アームストロング少将と同じように軍帽を脇に抱えて歩くアイリさんの姿があった。
アイリさんは私と同じ、ロングスカートの礼装で。
前髪の右側だけをヘアピンで留めていて、少しだけ伏せられた瞳に。
「……綺麗…」
不謹慎だけれど、すごく綺麗だと思った。
私の前に立ち、私の肩に手を置いて。
「元気そうね」
「あぁ、貴様もな」
アイリさんとアームストロング少将は短い会話を終えて。
「先に行く」
「えぇ」
アームストロング少将は先に前の方に行ってしまった。
「あなたの礼装、良いわね」
「セイフォード少将こそ」
お互い礼装を見るのは初めてだから。
「じゃあ、私も前に行くから」
「あ、はい…」
もう少し話していたかったけれど、今はそんな場合ではない。
憂いを秘めたその表情に、胸が締め付けられる。
傍に居て、手を握ってあげたくなる。
でも、尉官の私は今はあなたの傍に居てあげることが出来ない。
今あなたの隣に居るアームストロング少将に嫉妬してしまう。
「始まるぞ。我々も行こう」
「…はい」
私の階級がもっと高ければ、もっとあなたの傍に居られたのに。
しめやかに葬儀が終わり、アイリさんの姿を探す。
「ぁ…」
アイリさんは、ゼイオン中将の墓石の前に佇んでいた。
哀愁を帯びる背中に、また胸が締め付けられる。
「中尉」
「!」
マスタング大佐に背中を押された。
大佐を見上げれば、コクンと頷いた。
アイリさんの傍に、という意味が込められたもので。
そのお気遣いに頭を下げて、アイリさんの下へ。
静かに歩み寄って。
「何をお考えですか」
「!ホークアイ中尉」
アイリさんの隣に立つ。
「悲しいですか?」
「いいえ」
「では寂しい?」
「それも違う」
悲しいわけでも、寂しいわけでもない。
じゃあ、答えは一つ。
「…最後まで父の情報を話してくれなかったなぁって思ってただけよ」
“最後までお父さんの情報を話してくれなかった”
やっぱり。
「話さなかったのではなく、話せなかったんです」
だって。
「なぜなら最初からお父さんの情報なんて持っていなかったんですから」
あなたと肉体関係になりたいがために吐いた嘘なんだから。
「……そう、よね」
アイリさんは苦笑を浮かべて。
「…本当、馬鹿なことをしてたわよね…」
そう呟いた。
本当ならここは慰めるべき。
そんなことないですよ、あなたは強要されてたんですって。
けれど私は。
「本当ですよ。あなたは本当に馬鹿なことをしていたんです」
慰めずに責めた。
今のアイリさんに必要なのは、慰めではなく間違いを間違いだと指摘してあげること。
「……」
アイリさんはきょとんと私を見て。
「そこは慰めるところじゃない?」
なんて言うから。
「いいえ、慰めません。あなたは馬鹿なことをしました」
ジト目で睨む。
すると。
「ふっ」
アイリさんは吹き出すように笑って。
「あなたが傍に居てくれてよかった。ありがとう、リザ」
そう言って、優しい笑みを浮かべた。
「そろそろ行くぞ、アイリ」
アームストロング少将が来た。
「オリヴィエ。えぇ、わかったわ。じゃあリザ、もう少しで帰れると思うから」
「はい、待ってま………!」
アイリさんは私に自分の軍帽を被せて。
「それ、持って帰っておいてくれる?」
「わかりました」
…アイリさんの軍帽。
なぜかちょっとだけ特別な感じがする。
「じゃあね」
「はい」
アームストロング少将と歩き出した。
そんなアイリさんとアームストロング少将の後ろ姿を見る。
アームストロング少将がアイリさんに何かを言ったようで、アイリさんは眉間に皺を寄せてアームストロング少将の肩をパンチした。
アームストロング少将はクツクツ笑うだけ。
何か揶揄われたみたいね。
「ホークアイ中尉、どうした?」
「あ、いえ、セイフォード少将とアームストロング少将、仲が良いんですね」
「ああ、あの二人は同期だからな。なんだ?嫉妬かい?」
マスタング大佐がニヤニヤ笑うから。
「いいえ、あの人の恋人は私なので。嫉妬なんてする必要ありませんから」
ニコリと笑ってそう返してやった。
「…なかなか言うね」
「事実です」
そう、嫉妬なんてしない。
する必要がない。
“あなたが傍に居てくれてよかった”
あの言葉が全てだもの。
「さて、東方司令部に帰ろうか」
「そうですね」
一度アイリさんたちへと振り返って。
私たちも東方司令部へと戻った。
そして。
数日後、ゼイオン中将を殺害した犯人が東方司令部に自首してきた。
「ゼイオンの性被害者の父親か」
「えぇ。当然の報いね」
アームストロング少将を呼び、グラマン中将の執務室で会議をしている。
私はコーヒーをお持ちして、出て行こうとしたらアイリさんに手を掴まれて…。
アイリさんの隣に立たされています…。
で、なぜ犯人が中央司令部に自首ではなく、わざわざ東方司令部に来て自首したのかというと。
“娘の苦しみ、お二人なら理解してくださるはず”
と。
二人なら自分の苦しみと憎しみ、悲しみを理解してくれると思ったようで。
だからと言って人を殺めることは到底許されるものではないけれど。
「情状酌量を求めてみようかの」
娘を失った父親の無念を汲み、情状酌量を申し立ててみるみたい。
「連名で出しましょうか。私とアイリの名も連ねれば、結構な威力を発揮する書類になるかと」
「そうね。私もそれに賛同します」
アームストロング少将の言う通り、グラマン中将とアイリさん、アームストロング少将という将官三名の名を連ねた書類の威力は絶大で。
大総統や司法を動かした。
凄すぎます…。
「亡くなった方のお墓参り、行きたいわね」
「お盆に伺いましょう」
「その際は北に寄れ。花を用意しておく」
「えぇ、ありがとう」
グラマン中将の執務室から出て、アイリさんの執務室へ向かう途中。
「では、私は北に戻るとしよう」
「また引きこもるつもり?」
「それが国境を護る者に放つ言葉か」
「間違ってないでしょ」
「間違いでしかないぞ」
アイリさんとアームストロング少将の貶し合い…初めて見た…。
「ホークアイ、その阿保を頼んだぞ。見張ってないと阿保なことしかせんからな」
「な「本当に阿保なことをしますよね。ちゃんと見張ります」
アイリさんの言葉を遮り、アームストロング少将に敬礼する。
「………」
不貞腐れるアイリさんに、私とアームストロング少将は小さく笑って。
「じゃあな」
「はい。お疲れ様でした」
アームストロング少将は片手を上げて、北へと戻って言った。
「頬が僅かに膨らんで––––」
ますよ、とは続けられず。
アイリさんへ向き直れば、キスをされたから。
「……こんな場所で」
「さぁ、知らないわ」
奇跡的に誰も居なかったからいいけど…。
こんな目立つ場所でキスなんて恥ずかし過ぎるわよ…。
「ほら、戻るわよ」
アイリさんは小さく笑い、私へと手を差し伸べてくれた。
出会った頃の、絶望したままのあなたはもう居ない。
居るのは、優しい笑みと揺るぎない信念を秘めた
強い眼差しのあなた。
「はい、セイフォード少将」
あなたはもう、あんな馬鹿なことはしない。
あんな馬鹿なことはさせないから。
どうか私の隣で。
笑っていてください。
END