ハガレン 旧拍手文置き場
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『権力』
「セイフォード少将って、プライベートではめっちゃ話すほうなんスか?」
「え?」
ある日。
マスタング大佐の定例会議のため、セントラル・シティ行きの汽車に乗っていたら。
ハボック少尉に“プライベートでのアイリさん”について聞かれた。
「仕事ではクールで笑わず、私情を持ち込むようには見えないが」
マスタング大佐にもそう言われて。
「確かに、勤務中はあまり私語は話しませんね。表情もずっと無表情に近いです」
仕事中のアイリさんを思い出す。
「ですがそれは、あくまで“その場に複数居る場合”です。」
「え?じゃあ二人きりの時は違うんスか?」
「違うわよ?あの方は…」
で、言葉を止める。
アイリさんは“みんな”の前では威厳ある国軍少将だけれど、二人きりの時は私語も話すし笑みだって浮かべてくれる。
『可愛い』
『な、なんですか突然…』
『あなたはいつも可愛いわよね』
『…仕事中ですよ、セイフォード少将』
『好き』
『…………』
『あなたは?私のこと好き?』
『…セイフォード少将…』
『ねぇ、リザ』
『…っ好きです…っ』
なんて突然可愛らしく恥ずかしいことを言ってきたり。
冷静で無表情に、威厳を保ちながら部下と話をしているアイリさんの手に。
通り過ぎ様に少しだけ触れて、少し振り返れば。
『セイフォード少将?どうされました?』
『…な、なんでもないわ』
部下から顔を逸らして、耳まで真っ赤にさせていたり。
そんな可愛らしいあの方を…あの人を誰にも知られたくない。
「いえ、それは私だけの秘密にしておこうかしら」
アイリさんの優しさと可愛さは私だけのものだから。
「えー!なんスかー!気になります!」
「私も興味があるな、中尉」
「興味を持たないでください。いくら大佐でもセイフォード少将に手を出すのなら許しませんからね」
「いやそうじゃなくてだね…」
なんて会話をしながら。
早くアイリさんの顔が見たいな、なんて思いながら。
私たちは中央司令部へと向かった。
「ですから!セイフォード少将!!」
「しつこい。私は受諾しないと言ったわ」
中央司令部に着いてすぐ。
「…何かあったのでしょうか」
「クレミン准将がまた無理を言っているんスよきっと…」
「クレミン准将も懲りない方だ…」
アイリさんの執務室に繋がる廊下で、クレミン准将がアイリさんに何やら詰め寄っていて。
またアイリさんに無茶を言っているのでしょうね…。
アイリさんもはっきりと断っているのに、クレミン准将は負けじと食い下がる。
無表情ながらに、うんざりしてるわね…あれは。
書類に視線を落とし、クレミン准将のほうを見ずに淡々と。
「こんなくだらないことに時間を費やす暇があるなら、書類の一つにでも目を通してもらいたいものだわ」
くだらないと言いつつも、ちゃんと書類内容を確認してる。
…格好良い。
本当、仕事中のアイリさんは格好良い…。
「しかし…ッ!これは「何度も同じことを言わせないで」
アイリさんはクレミン准将の言葉を遮り、クレミン准将の胸に書類を押し付けて。
「却下と言ったら却下。これでお終い」
そう言った。
「…ッ」
クレミン准将が下唇を噛み、悔しそうに腹立たしそうに。
「…、、、、…」
何かを呟いた瞬間。
「…なんですって?」
アイリさんの表情が変わった。
「ありゃヤバいんじゃ…」
「顔色が変わったな…」
ハボック少尉とマスタング大佐もわかったようで顔を真っ青にさせる。
クレミン准将が何を言ったのかわからないけれど。
アイリさんはクレミン准将の胸ぐらを逆手で掴んで。
「もう一度、言ってみて」
下から睨み上げた。
「…ッで、ですから…」
クレミン准将はアイリさんの鋭い眼差しに畏れを見せて。
「…っ」
何も言えなくなった。
アイリさんはそんなクレミン准将を真っ直ぐ見つめて。
「“女の癖に”と女性軽視するなら、女の私より上に行けばいいだけのことよ」
そう言って。
「まぁ、行けたならの話だけどね」
クレミン准将から手を離した。
「…ッ申し訳ありません…ッ」
アイリさんが体をこちらに向けた時。
「!」
私たちの存在に気付いた。
「「……」」
私とアイリさんの視線が数秒交差する。
「……」
アイリさんは目を閉じて。
カツン、と。
「…!」
何も言わずに私の横を通り過ぎた。
「うわ…中尉も無視するって…相当怒ってますね…」
「うむ…」
アイリさんの態度に、ハボック少尉が震える。
私は手の平を見つめ、再び小さく笑みを浮かべて。
「確かに怒っていたけれど、無視はされていませんよ?」
「「え?」」
手の平を見せた。
そこには。
“スルーする。ごめんね”
と、アイリさんの万年筆で書かれていた。
「え!?いつの間に!?」
「あの一瞬でか!?」
ハボック少尉もマスタング大佐もまた青褪めた。
それはそうよ。
なぜなら。
「あの方はアメストリスが誇る錬金術師ですから」
我が国が誇る最高の錬金術師だから。
ここで立ち止まって私たちと普通に会話をすれば、とんでもなく叱られたクレミン准将の立場がなくなってしまう。
いくら呆れて怒っていようとも、クレミン准将の立場を考えてあげるなんて。
本当に優しい方。
そして全てが格好良すぎる。
こちらに歩いて来る姿も。
私の横を通り過ぎる姿も。
その後ろ姿も。
全部全部、格好良い。
「…ホークアイ中尉、グラマン中将からの書類を渡しておくから、セイフォード少将の機嫌を直しておいてくれ…」
マスタング大佐にそう言われ、私は苦笑を零して。
「あの方は誰かに当たる方ではありませんが、わかりました。」
書類を受け取り、アイリさんが歩いて行った方向へと足を進めた。
コンコン
「ホークアイ中尉です」
アイリさんの執務室前。
軍服を整えて、ノックをする。
『入って』
「失礼します」
中へ入り、アイリさんに敬礼をする。
「お疲れ様です」
「あなたも。中央司令部にはどんな用事で?」
アイリさんが人差し指を屈伸させたので、デスクの前まで歩く。
「マスタング大佐の定例会議です」
「ああ、佐官の会議は今日だったわね」
久しぶりに見るアイリさんの顔。
遠距離恋愛で、さらにアイリさんは忙しい人だから頻繁になんて会えない。
アイリさんへ大佐から託された封筒を渡す。
「先程はクレミン准将に怒ってましたね」
クスリと笑って聞けば。
「本当、しつこくて嫌になるわよ」
はぁ、とため息を零して。
「心中お察しします」
「ありがと」
私の労いの言葉に、アイリさんは小さく笑みを浮かべた。
「……」
そんな笑みを見たら…。
触れたくなっちゃうじゃない…。
私はデスクに回り込んで、アイリさんのすぐ傍に立つ。
「?どうしたの?」
私はアイリさんを見下ろして、アイリさんは私を見上げる。
「あの…」
「ん?」
「執務中ですが…その…すみません」
断りを入れてから。
「なに–––––」
アイリさんの頬に手を添え、キスをした。
見開かれる瞳。
ああ、この柔らかい唇が恋しかった。
この綺麗な空色の瞳が恋しかった。
会いたかった。
触れたかった。
「「………」」
唇を離して、また数秒見つめ合って。
アイリさんが人差し指を屈伸させたから、顔を近づければ。
「んぅ」
アイリさんから、キスをしてくれた。
後頭部を押さえられ、腰に腕を回されて。
「ん…ン…ふ…ぅ…っ」
深くキスをする。
舌を絡ませ合い、吐息を吸って。
細められた眼差し。
その視界に入っているのは私だけ。
ちゅ…、と。
リップノイズを立てて離れれば、透明の糸が私たちを繋いで。
「あなたって意外と大胆よね」
「…っ」
アイリさんはクスクス笑った。
「でもおかげでクレミン准将への怒りが引いたわ」
ありがとね、とアイリさんはまた笑ってくれた。
アイリさんは公私混同をする人ではない。
私を含め、複数いる場合は私にも笑顔を見せず淡々としている。
ただ前ほどの冷たさはなく、部下の言葉にも耳を傾けつつって感じかしら。
でも。
「今度の休みはいつ?」
「土曜日です」
「そう。じゃあいらっしゃい」
「はい、伺わせていただきますね」
二人きりの時はほとんどプライベートの話しかしないの。
あ、もちろん仕事の話もするわよ?
「何食べたいですか?」
「リザが作ってくれるものなら何でも」
「もう、それが一番困るんですよ?」
アイリさんはまたクスクス笑いながら、私が渡した封筒を開けると。
「ん」
表情が一転した。
「アイリさん?」
どうしたのだろうと思い、首を傾げると。
「これ、大総統府の書類みたい」
大総統府の?
なぜ大総統府の書類が?
「グラマン中将からマスタング大佐へ、アイリさんに渡してほしいと託された書類なんですが…」
内容はなんだろう。
まさか…いえ、グラマン中将に限ってアイリさんを利用する書類ではないはず。
祖父がそんなこと絶対にしない。
「…嘘でしょ…」
アイリさんが書類に目を通して、目を見開き手で口を覆う。
なに?
何が記載されてるの?
ねぇ、大丈夫なのよね?
「あの…内容は…」
気になる。
教えてほしい。
アイリさん、大丈夫なのよね?
「…あなたのおじいさん、すごい権力を使ったみたい」
アイリさんは苦笑を零して、私へと書類を見せながら。
「私、1ヶ月後から東方司令部勤務になったわ」
そう言った。
「え?」
え?
嘘。
嘘でしょ?
「と、東方司令部勤務ですか!?」
私はアイリさんから書類を奪うように取り、内容を見る。
「えぇ、そう。大総統府の刻印がある書類だから正式な人事異動ね、これは」
“汝、アイリ・セイフォード国軍少将を東方司令部勤務とする”
と。
本当に…記載されてる…。
「“人生で一番頑張ったから、早く来て楽させておくれ”って手紙も入ってる」
どうしよう。
一か月後から、アイリさんは東方司令部勤務になる。
つまり、毎日顔を合わせられる。
毎日声が聞ける。
毎日一緒にお昼ご飯が食べられる。
どうしよう。
「リザ、嬉しさが表情から溢れ出てるわよ?」
「っだって…!毎日…一緒に…っ」
居られるんだもの。
嬉しくないわけないじゃない。
「ん、毎日顔を見ることが出来るわね」
公私混同は良くない。
わかってる。
仕事中はちゃんと“上司と部下”。
ちゃんと理解してる。
でも、それでも嬉しい。
「引き継ぎやらで忙しくなるから、5日後のお泊まりはなしになっちゃう」
「いいです。一か月後のために頑張ってください」
一か月我慢すれば、毎日一緒なんだから。
「東部での物件も探さないと。」
「…物件ですか」
「えぇ。東方司令部勤務になるのにさすがにホテル住まいはね」
…勇気を出すのよ、私。
一言でいいんだから、勇気を出して私。
「…でしたら…あの…うち…に……」
チラチラとアイリさんを見ながら勇気を出すと、アイリさんはクスリと笑み首を横に振った。
「で…ですよ…ね…。やっぱり…同棲は…まずいですよね…」
ああ、断られた…。
断られた。
どうしよう、泣きそう。
でも別に、別れるわけじゃないんだから泣かない。
泣かないの、私。
「リザもわかってると思うけど、私の家って本が多いでしょ?リザの自宅だと本だけで一杯になっちゃうわ」
だから。
「書斎も作れる大きめな家を探すわ。あなたは一か月後の私の着任日までに荷物を纏めておくこと」
新しい家で私とあなたとハヤテ号、二人と一匹で暮らしましょう。
そう言ってくれた。
ああ、もう。
「ふふっ、なんで泣くのー」
好きすぎる。
優しく綺麗に笑むこの人が好きでたまらない。
優しく抱き締めてくれるこの人が。
何よりも愛おしくて仕方ない。
「ほらほら、涙を拭いて。マスタング大佐たちに泣いたことバレちゃうわよ?」
引き寄せて、キスをしてくれて。
「さて、と。これから忙しくなるから、ちょっと連絡出来ない日もあると思う」
「わかりました…ですが、あまり無理をなさらず…」
一か月後の着任日までに終わらせなければならない引き継ぎやら何やらで、アイリさんの声が聞けない日が増える。
でも一か月間の我慢。
それを乗り越えれば、待っているのは…。
アイリさんとの…同棲…。
油断すると緩みそうになる頬。
「では、私はこれで…」
「えぇ、またね」
キリッと気を引き締めて。
アイリさんへ敬礼をして、執務室を出た。
「……同棲…」
ああだめよ、だめ。
頬が緩みそう。
嬉しくて叫びたい。
こんな気持ちになったのは初めて。
人って、本当に嬉しいことがあると叫びたくなるのね。
でも叫ばない。
だって、私のイメージにないでしょ?
嬉しくて叫ぶなんて。
叫びたいと思うけれど、実行なんてしないわよ。
でも話したい。
早く東方司令部に戻って、レベッカに話したい。
惚気話と呆れられるかもしれない。
でもそれでもいいから話したい。
「…中尉、なんか良いことありました?」
ハボック少尉のところに戻れば、そう聞かれた。
「えぇ、あったわ」
一か月後に同棲するの。
正式な発表があるまではみんなには言わないけれど。
レベッカだけには話したいの。
「なんスか?」
「さぁ?」
「……… セイフォード少将絡みであるのは間違いないな。同棲とかかなぁ」
「………」
なんて勘の良い人なのかしら。
「って、中央と東部じゃ無理か。なんスかもー、今日は気になることばかり言いますよね」
「気にしないでちょうだい」
その後、定例会議を終えたマスタング大佐にも聞かれて。
自分が思ってる以上に隠せてないことが恥ずかしかったわ…。
そして。
「今日から東方司令部勤務になるわ、よろしく。マスタング大佐、逃亡したらどうなるかわかってるわよね?」
「…は、はは…そんなまさか…はは…」
「うんうん、楽しくなりそうじゃな!」
セイフォードさんが東方司令部へとやって来て。
「はぁ…グラマン中将が手伝ってくれるから、中央に居た時より遥かに楽が出来るわ…」
「定時で帰されてしまうし、ですね」
「ここはホワイトよね…」
「中央がというより、アイリさんに対してだけブラックだったんです。あ、今日はハンバーグですからね」
「ハンバーグ好きー」
グラマン中将がアイリさんの仕事を手伝ってくれているようで。
そうするために人事異動という手段を使ったと知ったのはもう少し後のこと。
本当…将官たちの権力って凄いと思ったわよ…。
END
「セイフォード少将って、プライベートではめっちゃ話すほうなんスか?」
「え?」
ある日。
マスタング大佐の定例会議のため、セントラル・シティ行きの汽車に乗っていたら。
ハボック少尉に“プライベートでのアイリさん”について聞かれた。
「仕事ではクールで笑わず、私情を持ち込むようには見えないが」
マスタング大佐にもそう言われて。
「確かに、勤務中はあまり私語は話しませんね。表情もずっと無表情に近いです」
仕事中のアイリさんを思い出す。
「ですがそれは、あくまで“その場に複数居る場合”です。」
「え?じゃあ二人きりの時は違うんスか?」
「違うわよ?あの方は…」
で、言葉を止める。
アイリさんは“みんな”の前では威厳ある国軍少将だけれど、二人きりの時は私語も話すし笑みだって浮かべてくれる。
『可愛い』
『な、なんですか突然…』
『あなたはいつも可愛いわよね』
『…仕事中ですよ、セイフォード少将』
『好き』
『…………』
『あなたは?私のこと好き?』
『…セイフォード少将…』
『ねぇ、リザ』
『…っ好きです…っ』
なんて突然可愛らしく恥ずかしいことを言ってきたり。
冷静で無表情に、威厳を保ちながら部下と話をしているアイリさんの手に。
通り過ぎ様に少しだけ触れて、少し振り返れば。
『セイフォード少将?どうされました?』
『…な、なんでもないわ』
部下から顔を逸らして、耳まで真っ赤にさせていたり。
そんな可愛らしいあの方を…あの人を誰にも知られたくない。
「いえ、それは私だけの秘密にしておこうかしら」
アイリさんの優しさと可愛さは私だけのものだから。
「えー!なんスかー!気になります!」
「私も興味があるな、中尉」
「興味を持たないでください。いくら大佐でもセイフォード少将に手を出すのなら許しませんからね」
「いやそうじゃなくてだね…」
なんて会話をしながら。
早くアイリさんの顔が見たいな、なんて思いながら。
私たちは中央司令部へと向かった。
「ですから!セイフォード少将!!」
「しつこい。私は受諾しないと言ったわ」
中央司令部に着いてすぐ。
「…何かあったのでしょうか」
「クレミン准将がまた無理を言っているんスよきっと…」
「クレミン准将も懲りない方だ…」
アイリさんの執務室に繋がる廊下で、クレミン准将がアイリさんに何やら詰め寄っていて。
またアイリさんに無茶を言っているのでしょうね…。
アイリさんもはっきりと断っているのに、クレミン准将は負けじと食い下がる。
無表情ながらに、うんざりしてるわね…あれは。
書類に視線を落とし、クレミン准将のほうを見ずに淡々と。
「こんなくだらないことに時間を費やす暇があるなら、書類の一つにでも目を通してもらいたいものだわ」
くだらないと言いつつも、ちゃんと書類内容を確認してる。
…格好良い。
本当、仕事中のアイリさんは格好良い…。
「しかし…ッ!これは「何度も同じことを言わせないで」
アイリさんはクレミン准将の言葉を遮り、クレミン准将の胸に書類を押し付けて。
「却下と言ったら却下。これでお終い」
そう言った。
「…ッ」
クレミン准将が下唇を噛み、悔しそうに腹立たしそうに。
「…、、、、…」
何かを呟いた瞬間。
「…なんですって?」
アイリさんの表情が変わった。
「ありゃヤバいんじゃ…」
「顔色が変わったな…」
ハボック少尉とマスタング大佐もわかったようで顔を真っ青にさせる。
クレミン准将が何を言ったのかわからないけれど。
アイリさんはクレミン准将の胸ぐらを逆手で掴んで。
「もう一度、言ってみて」
下から睨み上げた。
「…ッで、ですから…」
クレミン准将はアイリさんの鋭い眼差しに畏れを見せて。
「…っ」
何も言えなくなった。
アイリさんはそんなクレミン准将を真っ直ぐ見つめて。
「“女の癖に”と女性軽視するなら、女の私より上に行けばいいだけのことよ」
そう言って。
「まぁ、行けたならの話だけどね」
クレミン准将から手を離した。
「…ッ申し訳ありません…ッ」
アイリさんが体をこちらに向けた時。
「!」
私たちの存在に気付いた。
「「……」」
私とアイリさんの視線が数秒交差する。
「……」
アイリさんは目を閉じて。
カツン、と。
「…!」
何も言わずに私の横を通り過ぎた。
「うわ…中尉も無視するって…相当怒ってますね…」
「うむ…」
アイリさんの態度に、ハボック少尉が震える。
私は手の平を見つめ、再び小さく笑みを浮かべて。
「確かに怒っていたけれど、無視はされていませんよ?」
「「え?」」
手の平を見せた。
そこには。
“スルーする。ごめんね”
と、アイリさんの万年筆で書かれていた。
「え!?いつの間に!?」
「あの一瞬でか!?」
ハボック少尉もマスタング大佐もまた青褪めた。
それはそうよ。
なぜなら。
「あの方はアメストリスが誇る錬金術師ですから」
我が国が誇る最高の錬金術師だから。
ここで立ち止まって私たちと普通に会話をすれば、とんでもなく叱られたクレミン准将の立場がなくなってしまう。
いくら呆れて怒っていようとも、クレミン准将の立場を考えてあげるなんて。
本当に優しい方。
そして全てが格好良すぎる。
こちらに歩いて来る姿も。
私の横を通り過ぎる姿も。
その後ろ姿も。
全部全部、格好良い。
「…ホークアイ中尉、グラマン中将からの書類を渡しておくから、セイフォード少将の機嫌を直しておいてくれ…」
マスタング大佐にそう言われ、私は苦笑を零して。
「あの方は誰かに当たる方ではありませんが、わかりました。」
書類を受け取り、アイリさんが歩いて行った方向へと足を進めた。
コンコン
「ホークアイ中尉です」
アイリさんの執務室前。
軍服を整えて、ノックをする。
『入って』
「失礼します」
中へ入り、アイリさんに敬礼をする。
「お疲れ様です」
「あなたも。中央司令部にはどんな用事で?」
アイリさんが人差し指を屈伸させたので、デスクの前まで歩く。
「マスタング大佐の定例会議です」
「ああ、佐官の会議は今日だったわね」
久しぶりに見るアイリさんの顔。
遠距離恋愛で、さらにアイリさんは忙しい人だから頻繁になんて会えない。
アイリさんへ大佐から託された封筒を渡す。
「先程はクレミン准将に怒ってましたね」
クスリと笑って聞けば。
「本当、しつこくて嫌になるわよ」
はぁ、とため息を零して。
「心中お察しします」
「ありがと」
私の労いの言葉に、アイリさんは小さく笑みを浮かべた。
「……」
そんな笑みを見たら…。
触れたくなっちゃうじゃない…。
私はデスクに回り込んで、アイリさんのすぐ傍に立つ。
「?どうしたの?」
私はアイリさんを見下ろして、アイリさんは私を見上げる。
「あの…」
「ん?」
「執務中ですが…その…すみません」
断りを入れてから。
「なに–––––」
アイリさんの頬に手を添え、キスをした。
見開かれる瞳。
ああ、この柔らかい唇が恋しかった。
この綺麗な空色の瞳が恋しかった。
会いたかった。
触れたかった。
「「………」」
唇を離して、また数秒見つめ合って。
アイリさんが人差し指を屈伸させたから、顔を近づければ。
「んぅ」
アイリさんから、キスをしてくれた。
後頭部を押さえられ、腰に腕を回されて。
「ん…ン…ふ…ぅ…っ」
深くキスをする。
舌を絡ませ合い、吐息を吸って。
細められた眼差し。
その視界に入っているのは私だけ。
ちゅ…、と。
リップノイズを立てて離れれば、透明の糸が私たちを繋いで。
「あなたって意外と大胆よね」
「…っ」
アイリさんはクスクス笑った。
「でもおかげでクレミン准将への怒りが引いたわ」
ありがとね、とアイリさんはまた笑ってくれた。
アイリさんは公私混同をする人ではない。
私を含め、複数いる場合は私にも笑顔を見せず淡々としている。
ただ前ほどの冷たさはなく、部下の言葉にも耳を傾けつつって感じかしら。
でも。
「今度の休みはいつ?」
「土曜日です」
「そう。じゃあいらっしゃい」
「はい、伺わせていただきますね」
二人きりの時はほとんどプライベートの話しかしないの。
あ、もちろん仕事の話もするわよ?
「何食べたいですか?」
「リザが作ってくれるものなら何でも」
「もう、それが一番困るんですよ?」
アイリさんはまたクスクス笑いながら、私が渡した封筒を開けると。
「ん」
表情が一転した。
「アイリさん?」
どうしたのだろうと思い、首を傾げると。
「これ、大総統府の書類みたい」
大総統府の?
なぜ大総統府の書類が?
「グラマン中将からマスタング大佐へ、アイリさんに渡してほしいと託された書類なんですが…」
内容はなんだろう。
まさか…いえ、グラマン中将に限ってアイリさんを利用する書類ではないはず。
祖父がそんなこと絶対にしない。
「…嘘でしょ…」
アイリさんが書類に目を通して、目を見開き手で口を覆う。
なに?
何が記載されてるの?
ねぇ、大丈夫なのよね?
「あの…内容は…」
気になる。
教えてほしい。
アイリさん、大丈夫なのよね?
「…あなたのおじいさん、すごい権力を使ったみたい」
アイリさんは苦笑を零して、私へと書類を見せながら。
「私、1ヶ月後から東方司令部勤務になったわ」
そう言った。
「え?」
え?
嘘。
嘘でしょ?
「と、東方司令部勤務ですか!?」
私はアイリさんから書類を奪うように取り、内容を見る。
「えぇ、そう。大総統府の刻印がある書類だから正式な人事異動ね、これは」
“汝、アイリ・セイフォード国軍少将を東方司令部勤務とする”
と。
本当に…記載されてる…。
「“人生で一番頑張ったから、早く来て楽させておくれ”って手紙も入ってる」
どうしよう。
一か月後から、アイリさんは東方司令部勤務になる。
つまり、毎日顔を合わせられる。
毎日声が聞ける。
毎日一緒にお昼ご飯が食べられる。
どうしよう。
「リザ、嬉しさが表情から溢れ出てるわよ?」
「っだって…!毎日…一緒に…っ」
居られるんだもの。
嬉しくないわけないじゃない。
「ん、毎日顔を見ることが出来るわね」
公私混同は良くない。
わかってる。
仕事中はちゃんと“上司と部下”。
ちゃんと理解してる。
でも、それでも嬉しい。
「引き継ぎやらで忙しくなるから、5日後のお泊まりはなしになっちゃう」
「いいです。一か月後のために頑張ってください」
一か月我慢すれば、毎日一緒なんだから。
「東部での物件も探さないと。」
「…物件ですか」
「えぇ。東方司令部勤務になるのにさすがにホテル住まいはね」
…勇気を出すのよ、私。
一言でいいんだから、勇気を出して私。
「…でしたら…あの…うち…に……」
チラチラとアイリさんを見ながら勇気を出すと、アイリさんはクスリと笑み首を横に振った。
「で…ですよ…ね…。やっぱり…同棲は…まずいですよね…」
ああ、断られた…。
断られた。
どうしよう、泣きそう。
でも別に、別れるわけじゃないんだから泣かない。
泣かないの、私。
「リザもわかってると思うけど、私の家って本が多いでしょ?リザの自宅だと本だけで一杯になっちゃうわ」
だから。
「書斎も作れる大きめな家を探すわ。あなたは一か月後の私の着任日までに荷物を纏めておくこと」
新しい家で私とあなたとハヤテ号、二人と一匹で暮らしましょう。
そう言ってくれた。
ああ、もう。
「ふふっ、なんで泣くのー」
好きすぎる。
優しく綺麗に笑むこの人が好きでたまらない。
優しく抱き締めてくれるこの人が。
何よりも愛おしくて仕方ない。
「ほらほら、涙を拭いて。マスタング大佐たちに泣いたことバレちゃうわよ?」
引き寄せて、キスをしてくれて。
「さて、と。これから忙しくなるから、ちょっと連絡出来ない日もあると思う」
「わかりました…ですが、あまり無理をなさらず…」
一か月後の着任日までに終わらせなければならない引き継ぎやら何やらで、アイリさんの声が聞けない日が増える。
でも一か月間の我慢。
それを乗り越えれば、待っているのは…。
アイリさんとの…同棲…。
油断すると緩みそうになる頬。
「では、私はこれで…」
「えぇ、またね」
キリッと気を引き締めて。
アイリさんへ敬礼をして、執務室を出た。
「……同棲…」
ああだめよ、だめ。
頬が緩みそう。
嬉しくて叫びたい。
こんな気持ちになったのは初めて。
人って、本当に嬉しいことがあると叫びたくなるのね。
でも叫ばない。
だって、私のイメージにないでしょ?
嬉しくて叫ぶなんて。
叫びたいと思うけれど、実行なんてしないわよ。
でも話したい。
早く東方司令部に戻って、レベッカに話したい。
惚気話と呆れられるかもしれない。
でもそれでもいいから話したい。
「…中尉、なんか良いことありました?」
ハボック少尉のところに戻れば、そう聞かれた。
「えぇ、あったわ」
一か月後に同棲するの。
正式な発表があるまではみんなには言わないけれど。
レベッカだけには話したいの。
「なんスか?」
「さぁ?」
「……… セイフォード少将絡みであるのは間違いないな。同棲とかかなぁ」
「………」
なんて勘の良い人なのかしら。
「って、中央と東部じゃ無理か。なんスかもー、今日は気になることばかり言いますよね」
「気にしないでちょうだい」
その後、定例会議を終えたマスタング大佐にも聞かれて。
自分が思ってる以上に隠せてないことが恥ずかしかったわ…。
そして。
「今日から東方司令部勤務になるわ、よろしく。マスタング大佐、逃亡したらどうなるかわかってるわよね?」
「…は、はは…そんなまさか…はは…」
「うんうん、楽しくなりそうじゃな!」
セイフォードさんが東方司令部へとやって来て。
「はぁ…グラマン中将が手伝ってくれるから、中央に居た時より遥かに楽が出来るわ…」
「定時で帰されてしまうし、ですね」
「ここはホワイトよね…」
「中央がというより、アイリさんに対してだけブラックだったんです。あ、今日はハンバーグですからね」
「ハンバーグ好きー」
グラマン中将がアイリさんの仕事を手伝ってくれているようで。
そうするために人事異動という手段を使ったと知ったのはもう少し後のこと。
本当…将官たちの権力って凄いと思ったわよ…。
END