4章

火口へ近づくほど、空気が“熱”じゃなく“刃”になっていった。
息を吸うだけで喉が焼ける。皮膚がじりじりと焦げる気がする。
「…暑っ」
足元の岩が赤く脈打っている。
火口の縁は、世界の端みたいに割れていて、奥で溶岩が鈍い光を呼吸みたいに瞬かせていた。
(もしダンがここにいたら…)
考えるだけで背筋が冷える。
今のダンに、この環境は無理だ。精神的にも、身体的にも。
連れてこなくてよかった。
そんなことを思ってしまう自分が、少しだけ嫌だった。
「ダルクさん、前…!」
ノオの声で顔を上げる。

そこに、いた。
火口の縁。
熱風の通り道のど真ん中に、赤い影が立っている。
鮮やかな赤。燃えるみたいな髪。
そして、笑っている。
ロッソだ。
「あーら?誰かと思ったら…やっと来たのね」
その足元に、もう一つ影があった。
転がっている…いや、引きずられている。
「…ジールさん!」
ボロボロだった。
服は裂け、腕には火傷の跡。煤と血と灰で、何が何だか分からない。
それでも目は開いている。
こちらを睨み、かすかに首を振った。
(来るな、って言ってるのか…)
ロッソはジールの髪を掴み、わざと見せつけるみたいに持ち上げた。
「この子、返してほしい?」
くすっと笑う。
「なら、条件があるのよ」
彼女の指先が、俺たちの列の“中心”をなぞる。
「ネーロを渡しなさい。…知ってるのよ、そこにいるの」
視線が、ノアさんへ刺さった。
正確には、ノアさんの“中”へ。
「あら、ちょうどいいわ」
ロッソの笑みが深くなる。
「ノアの身体ごと渡してくれてもいい。あの子、面白いから。ネーロを引き抜いた後は、アタシがたっぷり“かわいがって”あげるわ。だから…まるごとちょうだい?」
ノアさんが、一歩前へ出た。
足の痛みを隠すような、真っ直ぐな動きだった。
「断る」
声は低く、揺れない。
「貴様に引き渡すくらいなら、そのまま焼かれた方がましだ。…だが、二度も焼かれる気はないがな」
ローザも、同じく一歩前へ出る。
いつもの甘い空気はない。声が低い。
「ネーロは渡さない!ノアも渡さない!ジールも、返してもらう」
ブランは何も言わない。ただ、刃を抜く音だけが返事だった。
ロッソは肩をすくめる。
「あっそ。可愛くないわね、ほんとうに。じゃあ…力ずくで奪うわ」
火口の熱が、さらに跳ね上がった。
空気が赤く歪む。
汗は浮く前に蒸発していく。
マジカルが息を呑んだ。
「…うそ。あいつ、炎の精霊石…持ってる」
ロッソの胸元。
ブローチに仕立てられた赤い光が、脈打っている。
精霊石で作った装飾品。
さっきまでの暑さが“自然”なら、今のは…完全に“意志”だった。
「来るぞ!」
俺は、二刀を構えた。


ロッソ戦
「楽しませてね!」
「ネーロ、ロッソについて何か知らないか?」
『あいつの能力は炎魔法を自在に使いこなす能力や。怒りこそ原動やから追い込むほど火力がすごいで』
「短期決戦で行った方がいい」
「ローザとマジカルはジールさんを頼む!俺らでなんとかするぞ!」
『ブラン、お前はどうする?』
「邪魔しない程度に援護しよう」
『これはダルク達の問題やからな。ブランとしてはその方がええやろ』
「またあの焼かれる姿、見せてちょうだい!」

途中から
「なかなかやるわね。じゃあもっと熱くなりましょう?」
直後、凄まじい熱気が襲い掛かる。
「あつーーーーい!!」
「うっ、なんだこの熱気!?」
「暑いでしょう?当然よ、ここは火口付近、アタシの力もみなぎるわ!」
「気をつけろ、この熱気はだんだんと体力を奪ってくる。回復は怠るな。」
※毎ターン毎にスリップダメージが発生した。

倒した
「うそ…この…アタシが…」

勝利後、ロッソの炎が揺らいだ。
赤い光が、不規則に明滅する。
マジカルが叫んだ。
「精霊石の流れが乱れた!」
「今だ、ダルク!」
「はい!」
俺とノアさんで踏み込む。
ノアさんが一気に距離を詰め、ロッソの胸元からブローチを奪い取った。
同時に、俺が手首へ斬り込む。
火花が散り、両手剣が宙を舞う。
重たい音を立てて、地面に突き刺さった。
そしてブランが、静かに一歩前へ出た。
刃が閃く。
赤い髪の線を、正確に切り裂いた。

首が落ちる。

ロッソの身体が、よろりと揺れ、
首を失ったまま数歩よろめいて崩れ落ちた。
「うわー!頭が落ちた!」
「スタラちゃん、ステラちゃん。ここは見ちゃダメですよ」
ステラが叫ぶが、ノオが即座に二人の視界を塞ぐ。
スタラは運よく見えていなかったらしく、きょとんとしている。
…俺は、しっかり見てしまった。
「え、えぐいことするな…」
『大丈夫や』
ネーロの声が、やけに冷静だった。
『魔法生物は生き物と構造が違う。血は出えへん』
ブランが、剣を下ろさず言う。
「俺たちの弱点は二つだ。核の再生限界を超えるか、頭部の切断。…勝負は、ついた」
ブランはロッソの頭の前に立ち、剣を向けたまま視線を落とす。
「…あんた、ずっと根に持ってたのね」
ロッソの声は、まだ消えていなかった。
「アタシが、あんたを壊したこと…」
「俺は貴様に壊された」
ブランは淡々と答える。
「その報いを、今返した」
「えっと…勝った、んだよな?」
俺が言うと、マジカルが頷いた。
「うん。あれならもう時間の問題。ほら、身体の方…砂みたいになってるでしょ」
実際、ロッソの胴体は崩れ始めていた。
熱に晒された砂が、風に流されていく。
『ロッソ』
ノアさんの前に、ネーロの触腕が伸びる。
『お前の負けや。これからお前の核は、俺が預かる。何か言い残すことはあるか?』
ロッソは…負けたはずなのに、笑った。
「ふふ…いいこと、教えてあげる。アタシを倒したご褒美よ」
嫌な予感が、背中を這い上がる。
「実はね。アタシの目的は、最初から決まってたの。あんた達を、ここにおびき寄せること」
「…何?」
「ネーロとローザ」
ロッソの視線が、ゆっくりと二人をなぞる。
「ついでにブランまで一緒だったのは、好都合だったわ」
歪んだ笑み。
「あんた達の町…今ごろ、どうなってるんでしょうね?」
その一言が、岩より重く落ちた。
「…ッ」
「アタシの役目は、ここまで。後は…ネーロの中で、高みの見物にさせてもらうわ」
笑ったまま、ロッソの首も朽ちた。
灰になり、熱風にさらわれて消えていく。
残ったのは、ひとつだけ。
赤い核。
ネーロが触腕を伸ばし、口の形にして飲み込んだ。
『これで、回収や』
その声は落ち着いているのに、どこか硬かった。
ローザも、同じ顔をしている。
(…嫌な予感がする)
胸の奥で、何かが鳴り続けていた。
勝ったはずなのに、負けたみたいな感覚。

そのとき。
火口の風の中に、別の音が混じった。
低く、重い船の汽笛。
「…え?」
こんな場所で。火山の頂上で。
熱風の向こうから、影が迫ってくる。
空を裂くように現れたのは、ラルドの船だった。
「おーい!!生きてるか!!」
甲板の上で、ラルドが叫んでいる。
髪は乱れ、顔つきがいつもより険しい。
「迎えに来た!!すぐ乗れ!!」
「ラルド!? なんでここに…」
「落ち着いて聞け!!」
ラルドの声が、熱風を押し切って届く。
「フォレストタウンが…やられた!!」
血の気が引いた。
「襲撃だ!!研究所が壊された!!ダンが…」
一瞬、言葉が詰まる。
言いたくない。言えば現実になる。
それでも、ラルドは言った。

「…ダンが連れ去られた」

空気が、凍った。
『…なるほどな』
ネーロの声が、底まで沈む。
『ロッソの言うとったこと、よう分かったわ。まだ、終わってへん』
ローザが唇を噛む。
ノオは青ざめ、マジカルは拳を握り締める。
ブランは何も言わない。ただ、刃を拭った。
俺は息を吸う。喉が焼ける。
それでも、言うしかなかった。
「…とにかく、船に乗ろう。ジールさんの手当もしなきゃ」
火口の熱より、背中を這う寒気の方が、ずっと怖かった。
俺たちは、火山を後にする。
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