4章
火山山脈へ続く道は、炭鉱よりずっと荒れていた。
岩肌はところどころ黒く溶け、火山灰が薄く積もって足を取る。
硫黄の匂いが鼻に刺さって、息を吸うたび喉が乾いた。
「…ジールさん、どこまで入ったんだ」
独り言みたいに呟いて、俺は前を見た。
ロッソの気配は、確かに上だ。火口付近。
でも、ジールさんの痕跡がないと“追う”ことすらできない。
そのとき、足元でかつん、と硬い音がした。
「ん?」
しゃがむと、岩の割れ目に黒い筒が転がっている。
煤まみれで、端は焼けて変形していた。
「なんだろうこれ?」
「…爆弾の残骸だ」
ノアさんが俺が拾ったものを見た途端すぐに分かったようだ。
「ジールさんの、武器の…」
「間違いない。使い済みだ」
ステラが目を細めた。
「え、ここで爆破したの?」
「たぶん。道を開けたか…追われて道を塞いだか」
周囲を見回すと、崩れ方が不自然だった。
ただの落盤じゃない。岩が“内側から”割れている。
「ねえ見て。ここもあるわ」
マジカルが指さす。
爆裂の焦げ跡。砕けた岩。焼けた土。
あちこちが、無理やり通った形になっていた。
「ジールさん…相当急いでるな」
俺が言うと、スタラが耳を伏せた。
「ジール、だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃない可能性があるから、探すんだよ」
ローザが周囲をきょろきょろ見て、俺の袖を引く。
「ねえ、ダルク。爆弾って…ジールが“逃げ道作る”時にも使うよね?」
「…ああ」
嫌な想像が胸をよぎる。
『…ロッソ、随分と丁寧に道を作っとるな。ジールの逃げ道という』
追われた。追い詰められた。だから道を壊した。
「急ごう」
俺が歩き出しかけた、そのとき背後から、ぼそっとした声。
「…ところで」
ブランだった。
相変わらず表情は薄い。なのに存在感だけ妙に強い。
「なぜ、お前はここにいる」
俺は足を止めた。
「それ、俺が聞きたいんだけど」
ブランの視線がローザへ移る。
ローザは反射的に背筋を伸ばした。
「…ブラン、なんでノアと一緒にいたの?」
ローザの声は丁寧だけど、ちょっと硬い。
ブランの返事は短い。
「利害が一致した」
「え、それだけ?」
「それだけだ」
ローザがむっとする。
「…ふーん」
(うわ、空気。完全にギクシャクしてる)
ノオが困った顔をして、俺に小声で言った。
「ダルクさん、間に入った方が…」
「分かってる。分かってるけど、これ俺がどうにかできるやつか…?」
スタラがぽそっと言う。
「ローザ、がんばれ」
「スタラ、煽るな」
マジカルが肩をすくめた。
「でもブラン、ローザのこと嫌いって感じでもないよね。嫌いならもっと分かりやすく攻撃するもん」
「それが余計めんどくさいんだよ…」
ローザが小さく咳払いした。
「…と、とにかく!先に進もう。ジール探さないと」
「そうだな」
俺たちはまた山道を登り始めた。
風は熱く、時々灰が舞い上がって視界が白くなる。
そのたび、マジカルが小さな結界みたいに空気を払ってくれる。
しばらく進んだところで、山の斜面に不自然な影が見えた。
「…小屋?」
岩に寄り添うみたいに、古い山小屋がある。
屋根は黒ずみ、扉には煤がこびりついているが、形は残っている。
避難用か、坑夫の休憩所か…どっちにしても、ありがたい。
「少し休もっか」
俺が言うと、ローザが即座に目を輝かせた。
「休憩…!つまり、お料理タイムだね!」
「待て待て待て、なんでそうなる」
「だって、ちゃんと食べた方が動けるもん!」
ノオが苦笑いする。
「ローザさん、もう材料は…」
「あるよ!」
(あるんだよな…いつも)
ローザが荷袋をがさがさやってる横で、ブランが無言で別の袋を取り出した。
「…これを使え」
「え?」
ローザが覗き込む。
中身は瓶。白い液体が揺れている。
「ミルク?」
ローザは中身を判別した、ブランはさらっと頷いた。
「なんで火山にミルク持ってきてんだよ!」
「必要だからだ」
「必要ってなんだよ…」
俺がすかさず突っ込むと真面目に答えた。
ローザがじっと瓶を見て、それからブランを見る。
「…使っていいの?」
「構わない」
ローザの顔が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
でも次の瞬間、いつもの勢いに戻る。
「じゃあ、決まり!ミルク入り、王家カボチャのスープ!」
「ここでそれやる!?」
「やる!」
ローザは小屋の中で手早く火を起こし、鍋を出した。
王家のかぼちゃは切っただけで甘い香りが立つ。
カンロポテトは石焼きみたいに、小屋の炉の端でじっくり火を通す。
「ノオ、皮むくの手伝って!」
「はい、任せてください」
「スタラは見張り!」
「スタラ、みはりするー!」
「ステラは水汲んで!」
「え!?アタイ!?まあいいけど!」
全員が半ば強制的に役割を振られて動く。
なのに不思議と、場がまとまっていくのが悔しい。
「何か手伝うか?」
「大丈夫ー!ノアはネーロと休んでて!」
『スープなんて随分凝った料理やな』
ネーロが触腕で目を作り鍋の中をじっと見る。
中ではかぼちゃがとろけはじめた。
そこへブランのミルクが注がれて、湯気が甘くなる。
「…いい匂い」
マジカルがぽつりと言った。
俺も認めたくないけど、腹が鳴りそうだった。
しばらくして、スープが出来上がる。
焼き芋も、皮がぱりっと割れて、蜜みたいな香りが漏れた。
「できた! 食べよ!」
ローザが得意げに差し出す。
俺が一口飲む前に、ブランが先にスープをすくった。
無表情のまま口に運ぶ。
(おい、そこ先に食うな)
でも、次の瞬間。
ブランの眉が、ほんの少しだけ動いた。
それだけ。
なのに分かる。
「…悪くない」
「えっ」
ローザの目が丸くなる。
「甘さの出し方が適切だ。熱も、喉に刺さらない」
淡々と評価して、ブランはもう一口飲んだ。
ローザは一拍遅れて、ふっと笑った。
「…じゃあ、“悪くない”じゃなくて、おいしいって言えばいいのに」
「言った」
「言ってない!」
そのやりとりに、ステラが吹き出す。
「なにそれ、かわいいじゃん」
「かわいくない」
ブランが即答するのが、余計に面白い。
『ほんな素直やないなあ、まあそれがブランらしいがな』
「おい、俺の焼き芋も食うな」
ネーロがノアさんの分の焼き芋を触腕で掴んでいる。
俺はスープを飲んで、息を吐いた。
甘い。あったかい。
それだけで、火山の圧が少しだけ遠のく。
よし。
休憩は終わりだ。
ここから先は、もっと上。火口に近づく。
ロッソを追う。
そしてジールさんを見つける。
俺は椀を置き、剣の柄を握り直した。
「終わったらいこっか」
ノアさんは足を軽く回してから、無言で頷いた。
さっきより、明らかに動きがよくなっていた。
ローザの言うことも一理あるかもしれない。
岩肌はところどころ黒く溶け、火山灰が薄く積もって足を取る。
硫黄の匂いが鼻に刺さって、息を吸うたび喉が乾いた。
「…ジールさん、どこまで入ったんだ」
独り言みたいに呟いて、俺は前を見た。
ロッソの気配は、確かに上だ。火口付近。
でも、ジールさんの痕跡がないと“追う”ことすらできない。
そのとき、足元でかつん、と硬い音がした。
「ん?」
しゃがむと、岩の割れ目に黒い筒が転がっている。
煤まみれで、端は焼けて変形していた。
「なんだろうこれ?」
「…爆弾の残骸だ」
ノアさんが俺が拾ったものを見た途端すぐに分かったようだ。
「ジールさんの、武器の…」
「間違いない。使い済みだ」
ステラが目を細めた。
「え、ここで爆破したの?」
「たぶん。道を開けたか…追われて道を塞いだか」
周囲を見回すと、崩れ方が不自然だった。
ただの落盤じゃない。岩が“内側から”割れている。
「ねえ見て。ここもあるわ」
マジカルが指さす。
爆裂の焦げ跡。砕けた岩。焼けた土。
あちこちが、無理やり通った形になっていた。
「ジールさん…相当急いでるな」
俺が言うと、スタラが耳を伏せた。
「ジール、だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃない可能性があるから、探すんだよ」
ローザが周囲をきょろきょろ見て、俺の袖を引く。
「ねえ、ダルク。爆弾って…ジールが“逃げ道作る”時にも使うよね?」
「…ああ」
嫌な想像が胸をよぎる。
『…ロッソ、随分と丁寧に道を作っとるな。ジールの逃げ道という』
追われた。追い詰められた。だから道を壊した。
「急ごう」
俺が歩き出しかけた、そのとき背後から、ぼそっとした声。
「…ところで」
ブランだった。
相変わらず表情は薄い。なのに存在感だけ妙に強い。
「なぜ、お前はここにいる」
俺は足を止めた。
「それ、俺が聞きたいんだけど」
ブランの視線がローザへ移る。
ローザは反射的に背筋を伸ばした。
「…ブラン、なんでノアと一緒にいたの?」
ローザの声は丁寧だけど、ちょっと硬い。
ブランの返事は短い。
「利害が一致した」
「え、それだけ?」
「それだけだ」
ローザがむっとする。
「…ふーん」
(うわ、空気。完全にギクシャクしてる)
ノオが困った顔をして、俺に小声で言った。
「ダルクさん、間に入った方が…」
「分かってる。分かってるけど、これ俺がどうにかできるやつか…?」
スタラがぽそっと言う。
「ローザ、がんばれ」
「スタラ、煽るな」
マジカルが肩をすくめた。
「でもブラン、ローザのこと嫌いって感じでもないよね。嫌いならもっと分かりやすく攻撃するもん」
「それが余計めんどくさいんだよ…」
ローザが小さく咳払いした。
「…と、とにかく!先に進もう。ジール探さないと」
「そうだな」
俺たちはまた山道を登り始めた。
風は熱く、時々灰が舞い上がって視界が白くなる。
そのたび、マジカルが小さな結界みたいに空気を払ってくれる。
しばらく進んだところで、山の斜面に不自然な影が見えた。
「…小屋?」
岩に寄り添うみたいに、古い山小屋がある。
屋根は黒ずみ、扉には煤がこびりついているが、形は残っている。
避難用か、坑夫の休憩所か…どっちにしても、ありがたい。
「少し休もっか」
俺が言うと、ローザが即座に目を輝かせた。
「休憩…!つまり、お料理タイムだね!」
「待て待て待て、なんでそうなる」
「だって、ちゃんと食べた方が動けるもん!」
ノオが苦笑いする。
「ローザさん、もう材料は…」
「あるよ!」
(あるんだよな…いつも)
ローザが荷袋をがさがさやってる横で、ブランが無言で別の袋を取り出した。
「…これを使え」
「え?」
ローザが覗き込む。
中身は瓶。白い液体が揺れている。
「ミルク?」
ローザは中身を判別した、ブランはさらっと頷いた。
「なんで火山にミルク持ってきてんだよ!」
「必要だからだ」
「必要ってなんだよ…」
俺がすかさず突っ込むと真面目に答えた。
ローザがじっと瓶を見て、それからブランを見る。
「…使っていいの?」
「構わない」
ローザの顔が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
でも次の瞬間、いつもの勢いに戻る。
「じゃあ、決まり!ミルク入り、王家カボチャのスープ!」
「ここでそれやる!?」
「やる!」
ローザは小屋の中で手早く火を起こし、鍋を出した。
王家のかぼちゃは切っただけで甘い香りが立つ。
カンロポテトは石焼きみたいに、小屋の炉の端でじっくり火を通す。
「ノオ、皮むくの手伝って!」
「はい、任せてください」
「スタラは見張り!」
「スタラ、みはりするー!」
「ステラは水汲んで!」
「え!?アタイ!?まあいいけど!」
全員が半ば強制的に役割を振られて動く。
なのに不思議と、場がまとまっていくのが悔しい。
「何か手伝うか?」
「大丈夫ー!ノアはネーロと休んでて!」
『スープなんて随分凝った料理やな』
ネーロが触腕で目を作り鍋の中をじっと見る。
中ではかぼちゃがとろけはじめた。
そこへブランのミルクが注がれて、湯気が甘くなる。
「…いい匂い」
マジカルがぽつりと言った。
俺も認めたくないけど、腹が鳴りそうだった。
しばらくして、スープが出来上がる。
焼き芋も、皮がぱりっと割れて、蜜みたいな香りが漏れた。
「できた! 食べよ!」
ローザが得意げに差し出す。
俺が一口飲む前に、ブランが先にスープをすくった。
無表情のまま口に運ぶ。
(おい、そこ先に食うな)
でも、次の瞬間。
ブランの眉が、ほんの少しだけ動いた。
それだけ。
なのに分かる。
「…悪くない」
「えっ」
ローザの目が丸くなる。
「甘さの出し方が適切だ。熱も、喉に刺さらない」
淡々と評価して、ブランはもう一口飲んだ。
ローザは一拍遅れて、ふっと笑った。
「…じゃあ、“悪くない”じゃなくて、おいしいって言えばいいのに」
「言った」
「言ってない!」
そのやりとりに、ステラが吹き出す。
「なにそれ、かわいいじゃん」
「かわいくない」
ブランが即答するのが、余計に面白い。
『ほんな素直やないなあ、まあそれがブランらしいがな』
「おい、俺の焼き芋も食うな」
ネーロがノアさんの分の焼き芋を触腕で掴んでいる。
俺はスープを飲んで、息を吐いた。
甘い。あったかい。
それだけで、火山の圧が少しだけ遠のく。
よし。
休憩は終わりだ。
ここから先は、もっと上。火口に近づく。
ロッソを追う。
そしてジールさんを見つける。
俺は椀を置き、剣の柄を握り直した。
「終わったらいこっか」
ノアさんは足を軽く回してから、無言で頷いた。
さっきより、明らかに動きがよくなっていた。
ローザの言うことも一理あるかもしれない。
