4章

ノア視点
 
火山の入口は、“門”というより裂け目だった。
黒い岩盤が割れて、その奥に赤い光が呼吸みたいに明滅している。
熱と硫黄の匂いが、喉の奥まで刺さってくる。
温泉で足は少しマシになった。
だが、完全じゃない。踏み込むたび、鈍い痛みが残る。
「…ここからだな」
俺が呟くと、隣でブランが頷いた。
『気ぃ抜くなよ。ロッソの気配、濃いで』
ネーロの声が低い。さっきまでの軽さが消えている。
「分かってる」
俺は足元を確かめるように一歩踏み出した。

その瞬間だった。
岩の影が、動いた。
いや、影じゃない。
赤い“糸”みたいなものが、地面からぬるりと伸びた。
「…っ!」
足首に巻きついた。
熱い。焼けるほどじゃないが、火傷の前触れみたいな熱が皮膚に貼り付く。
『大丈夫かノア!?』
ネーロが叫ぶのと同時に、糸が増えた。
一本、二本じゃない。
火山灰の地面から、赤い細線が蜘蛛の巣みたいに広がっていく。
ブランが即座に前へ出た。
刃が走り、糸を断つ…断ったはずなのに。
切れた先が、ひゅる、とまた動いた。
まるで“生きている”みたいに、切断面から熱が滲み、再び繋がろうとする。
「再生能力か…」
ブランが低く言う。
赤い糸の中心に、何かが浮かび上がった。
黒い塊。
溶岩と炭が絡み合ったような胴体。
その周りを、赤い糸が脈みたいに巡っている。
目…いや、目の代わりに。
胸の中心で、赤い宝石みたいな“核”が光っていた。
そしてそれは、俺を見た。
いや俺の中を。

『なるほど、狙いは俺や』
ネーロの声が、腹の底に落ちる。
『俺の気配、嗅ぎよる。おそらくだがロッソが作った“捕獲用”のモンスターや』
「捕獲…」
俺が言い終える前に、赤い糸が跳ねた。
狙いは、俺の胸。
正確には、胸の奥のネーロの核がある場所だ。
「っ…!」
避けきれない。
足が言うことを聞かない。
ブランが割り込んだ。
「下がれ」
ブランの刃が赤い糸を叩き落とす。
だが、糸は刃に絡みつき、逆にブランの腕を引こうとする。
「…厄介だな」
ブランが眉ひとつ動かさずに言った。
次の瞬間、赤い糸が地面を叩き、熱が走る。

ぼっ!

火花が散った。
地面が一瞬、焼けた布みたいに黒く焦げる。
『ノア!下がれ!』
「わかっている…」

言いかけた俺の身体が、ぐっと引かれた。
赤い糸が背中に回り、拘束する。
熱が皮膚に貼り付く。
それは燃やすためじゃない。
“縛る”ための熱だ。
「…くっ」
俺は歯を食いしばった。
引き剥がそうとするたび、糸が食い込み、痛みが増す。
『ほう、焼印みたいに固定しよる…気に入った者に焼き印をつけたがるロッソらしい悪趣味や』
ネーロが吐き捨てる。
赤い核が、さらに強く光った。
そして糸が一本、俺の胸元へ伸びる。
まっすぐ、“中”を抉るみたいに。
『来るで!!』
その瞬間、ブランが一歩踏み込んだ。
刃を振るじゃない。
刃を“突き刺した”。
赤い核の近く、胴体の亀裂へ。
火花が散る。
だが、核は硬い。
刃は弾かれ、ブランが少しだけ後ろへ押し戻される。
「硬い…」
俺の中で、ネーロが舌打ちした。
『これ、核を割らんと止まらん。けど割るには…』
「今の俺達には相性が悪いようだ」
俺が言うと、ブランが短く頷いた。
赤い糸がまた増える。
ブランの足元にも絡み始めた。
二人とも動きが鈍る。
じりじりと、“捕獲”に近づく。

そのとき。
遠くから、岩を裂く音がした。
ぎゃん、と硬いものが割れる音。
坑内の爆弾を使って道を開けたか?
次いで、甲高い声。
「うわっ、あれ何!?赤いのキモッ!」
別の声が重なる。あれはステラだ。

「ノアさん! 聞こえるか!」
この声は…
「…ダルク?」
俺が息を呑む。
次の瞬間、赤い糸の一本が、横から叩き切られた。
鋭い、二つの閃光。
二刀の剣が、糸を切り裂いていく。
「ノアさん!!」
拘束から解放された途端ダルクが飛び込んできた。
背後にはノオ、スタラ、ステラ、ローザ、マジカル。
“追いかけてきた”顔だ。息が荒い。
ローザの視線が、俺の胸元の糸が刺さろうとしている場所に向く。
「ノア大丈夫…?ていうかこれ、明らかにネーロ狙いじゃない!」
ローザの声が低い。
『ローザ、来たんか』
ネーロの声に、ほんの少しだけ安心が混じる。
ブランはダルクをちらっと見て、短く言った。
「遅い」
「あ、お前あの時の!?」
「なんだ、会ったことあったのか」
ダルクが即座に返す。噛み合ってるのに喧嘩っぽい。
マジカルが周囲を見回し、叫んだ。
「あの禍々しい魔力の元はあのむき出しの核!胸の赤いのがそうだよ!そこ壊せば止まる!」
「分かった!」
ダルクが踏み込む。
だが、赤い糸が即座にダルクにも伸びる。
獲物を見つけたみたいに。


中ボス戦
フレイムゴーレム

「ダルク!あれあつい!!」
「あいつには触れるな!火傷する!」
「赤い糸には気をつけろ。しばらく動けなくなる」
「やつの狙いはネーロ。つまり俺にヘイトが向く」
「つまり…ノアさんを守りながら戦わんとな」

ギミック 
攻撃時たまに火傷付与してくる
物理は効きにくいため魔法で攻めろ 
尚この戦闘ではノアが狙われやすいためノアを守りつつ勝て

このボス戦の敗北条件
全滅、ノアが戦闘不能になる

勝利後
焼けた岩に残るのは、溶けた煤と黒い塊――フレイムゴーレムの残骸だけだ。
胸にあった赤い核は砕け、熱は急に引いていく。
代わりに、空気だけがじっとりと汗ばんで、やけに静かだった。
「…ノアさん!」
最初に駆け寄ってきたのはダルクだった。
剣を下ろす手がまだ震えている。息も荒い。
でも顔は、怒っている。
「何で一人で突っ込むんすか?」
低い声だった。
怒鳴ってはいない。だから余計に刺さる。
「…ジールのためだ。時間がなかった」
俺が答えると、ダルクは眉を寄せた。
「時間がないからって、単独行動していい理由にならないっすよ」
「…すまない」
言い返せなかった。
足が痛むのも、ネーロが中で黙ったのも、全部“無茶”の証拠だ。
スタラが俺の周りをぐるぐる回って、鼻を鳴らした。
「ノア、いた!よかった!」
ノオはほっと息を吐きながらも、きっちり言う。
「本当に心配しました。次は声をかけてくださいね」
「…ああ」
ステラは腕を組んで、半目で見てくる。
「ねー、ほんとさ。そういうの、よくないよ」
「…悪かった」
ローザは俺の胸元をじっと見つめていた。
「ネーロ、平気?」
『…まあな。けど、あれはロッソの手癖や。覚えとけよ』
その声に、ローザが小さく頷く。
ブランは残骸を見下ろしていた。
表情は淡々としているのに、視線だけが鋭い。
「…ロッソの匂いが残っている」
マジカルがすぐに反応した。
「うん。残骸、魔力が残ってる。新しい痕跡だよ」
彼女は手をかざし、砕けた核の欠片を一つ拾い上げる。
指先に淡い光が集まって、欠片が微かに震えた。
(いつの間に、そんなことまで出来るようになったんだ…?)
「…上だ」
マジカルが目を細める。
「火口の方。頂上付近に、はっきり反応がある」
「火口…」
ダルクが顔を上げた。
熱い風が、上から吹いてくる。
まるで“そこにいる”と答えるみたいに。
ローザが欠片を見て呟く。
「このモンスター、ただの門番じゃない。ネーロを“追う”ために作られてる」
『せや。ロッソは回収に来とる。相手はこっちを見失ってへん』
ネーロの声が低くなる。
ダルクが一度だけ深く息を吸った。
それから、みんなを見回して言う。
「…よし。ロッソは火口付近。追う」
言い切ってから、少しだけ言葉を足す。
「それと、ジールさんも探す。あの人が火山の最奥に入ったなら、まだ近いはずだ」
ノオが頷いた。
「二手に分かれるのは危険です。ここは一緒に動きましょう」
ステラが拳を握る。
「アタイが道案内するよ。火口への近道、知ってる」
スタラは尻尾を立てた。
「スタラもやる!ジールさがす!」
ダルクは最後に、俺を見る。
怒りはまだ残ってる。
でもそれ以上に、“生きていてよかった”が混ざっている顔だった。
「…ノアさん」
「…」
「次、勝手に飛び出したら…わかってますね?」
冗談みたいに言って、冗談じゃない目をした。
俺は小さく頷いた。ダルクは怒らせると俺でも手が付けられない。
「…肝に銘じる」
『ほんまに肝に銘じぇや』
ネーロが追い打ちをかけてくる。
(…うるさい)
そう思ったのに、少しだけ安心している自分がいた。
ここから先は、俺じゃない。
追うのは、ダルクたちの役目だ。
火山は、まだ唸っている。
火口の方角から、赤い気配が濃くなった。
(ロッソ。待ってろ)
ダルクは剣の柄を握り直した。
視線はもう、上を向いている。
「行くぞ。追いつく」
ロッソを追って。
ジールを探して。
火山の頂へ。
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