4章
炭鉱の入口は、黒い口みたいにぽっかり開いていた。
外の町がどれだけ熱い空気を吐いていても、そこから流れてくる風は冷たい。
冷たいのに、粉っぽい。
火山灰が混じっているせいか?
「…ここがバースト炭鉱だよ」
ステラが言った。慣れた口調なのに、声だけは少し落としている。
「奥の坑道が火山に繋がってる。…けど最近、崩れが多いって」
入口の柱には、崩落注意の札。
煤で読みにくくなった地図。
そして、引き返した鉱夫が残したような足跡が、灰の上に乱れていた。
「ダルク、無理はしないで」
ローザが小さく言う。
その指先は、どこか落ち着かない。ネーロに繋ぐためだ。
「分かってる。…いけるよな、みんな」
「うん!」
スタラが短く頷いた。
マジカルは眉を寄せたまま、炭鉱の空気を嗅ぐみたいに目を閉じる。
「魔力の流れ…変。熱いのと冷たいのが混ざってる」
「崩れのせい?」
「うーん…マグマの熱と…その逆が交差してる感じ」
ロッソがいる可能性もある。あいつが悪さしてるかもしれない。
「ローザ、ネーロと繋がるか?」
俺が言うと、ローザは首を横に振った。
「…繋がる、けど…電波が悪いみたいに途切れる」
「距離?」
「距離もある。でもそれだけじゃない。…なんか邪魔されてる感じがする」
ローザは目を閉じて、もう一度試す。
(ネーロ、聞こえる? いまどこ?)
返事は来る。
でも、言葉にならない破片みたいな感触だけが落ちてくる。
――ざ…
――ノ…
――ろ…ッ…
――あ…ぶ…
「…だめ。ノイズがひどい」
ローザが唇を噛む。
「まったく聞こえないわけじゃない。途切れ途切れだけど…」
それが救いなのか、余計な不安なのか分からない。
いくら力が取り戻せても不十分だとロッソにやられる危険はある。
「行くぞ」
俺は言った。
「ノアさんを探してジールさんも連れ戻す。そしたらロッソも…倒せるはず」
ノオが頷き、ロープを握り直す。
ステラが先頭に立った。
「ここ、最初の分かれ道が多いから。アタイが案内する。ついてきて」
俺たちは、暗闇へ踏み出した。
中は思った以上に狭い。
壁は煤で黒く、ところどころ火山灰が積もっている。
足を置くたび、さらりと灰が滑る。
しばらく進むと、地面に新しい跡が見えた。
乱れた足跡は人間のものだ。
それも、一人分じゃない。
「もしかして…ノアさんか?」
俺が呟くと、ノオがしゃがんで指で灰を払う。
「大きい足跡です。重い荷物を担いでるみたいな沈み方ですね…」
「ネーロがついてる分、重くなってるかも」
スタラが布切れを見つけたのか匂いを嗅ぐ。
「…どしたのスタラ?」
マジカルが目を細める。
「これ、ノアのふくかな?なんかノアのにおいとちがうにおいもする!」
「違う匂い?ん、ほんとだ。アタイも知らない」
ステラも匂いを嗅ぐ。
マジカルは坑道の奥を見つめた。
「町できいた白い男のものかもね」
さっき町で聞いた噂が、頭をよぎる。
黒い服の大男と、一緒にいた“白い服の男”。
「…急ぐぞ」
俺は歩幅を速めた。
炭鉱の闇が、口を開けて待っている。
炭鉱の奥、崩落の手前に、古い詰所みたいな広場があった。
天井は低いが、落盤の気配はない。壁際に煤けたベンチ、使い古された火鉢の跡。
「よし。ここならちょっと休めそうだな」
俺が言うと、ノオがすぐに頷いた。
「そうですね。小屋もあるし何か食べましょうか」
本来なら、ここで終わりだった。
携帯食をかじる位でいいと思ってたんだがな。
「じゃあ、簡単に…」
ローザがそう言ったまでは、予定通りだった。
問題は、その次。
ローザが背負っていた荷袋が、ずるっと床に落ちた。
いや、一つじゃない。二つ、三つ。
さらに腰のポーチ、肩掛け、そしてどこから出したのか分からない小包まで。
「…え?…ローザ?」
俺が声をかけると、ローザはにこっと笑った。
「簡単に、ね!」
「その荷物量のどこが簡単だよ」
「ローザ、なにかつくるの?」
スタラが袋に鼻を突っ込み、耳をぴんと立てた。
マジカルは目を丸くしている。
「え、ちょ、いつ買ったの…?」
「バーストタウンで!」
「いつの間に!?」
ノオが恐る恐る尋ねる。
「あの…ローザさん、それ、どうやって運んできたんですか?」
ローザは胸を張った。
「えっと…気合い?」
「気合いで重量は消えねえよ!」
俺が突っ込むと隣でステラが笑いをこらえきれず、肩を震わせた。
「あははは!アタイ、見てないよそんな量!」
「えー、買ったあと、見せびらかす暇なかったもん!」
ローザは言い切って、さっさと袋を開ける。
中から出てきたのは、特産品と呼ばれている野菜や果物。
もちろん、お菓子の類も見えた。キャンプ飯作る気満々じゃねえか。
「うわ、何この“町の全部”みたいなラインナップ」
俺が呟くと、ローザは嬉しそうに頷いた。
「王家のかぼちゃとカンロポテトは調理すると甘いって聞いた!お野菜はあとで持ち帰って町でおいしいごはんにしてもらうから!」
「やっぱ甘いものは手放さないか」
「うん!」
ローザは詰所の隅に石を並べ、いつの間にか小さな火を起こそうとしている。
油布を丸め、火打ち石を取り出す手つきが妙に慣れていた。
「…ローザ、どこでそれ覚えた」
「ビルバさんの台所で!」
火打ち石が擦れて、ぱちっと火花が散る。
油布が小さく息を吸うみたいに燃え上がり、薄い炎が立った。
ローザはそれを大事そうに育てるように、小枝と炭をくべていく。
「まずは焼き芋から!」
ローザはカンロポテトを取り出し、煤を払うみたいに手のひらで転がした。
そして詰所に残っていた炭の灰を寄せ、芋をころんと埋める。
「え、灰に埋めんの?」
「うん。外だけ焦げないし、中がほくほくになるの!」
言いながら、ローザは石を組み直して“簡易かまど”の形にする。
灰の上に熱が回るように、炭を寄せて、芋の上にふわっと灰をかけた。
スタラが尻尾を振って待機に入る。完全に“飯待ちの顔”だ。
ステラは戸惑ってるが、スタラが教えてたことで納得したようだ。
「で、次はスープ!」
ローザは王家のかぼちゃを取り出して、ぽんっと膝に乗せた。
「…待て、それ切れんのか?」
「切れるよ。包丁あるもん!」
どこから出したのか分からない包丁がきらりと光る。
俺はもう何も言わないことにした。
ローザはかぼちゃを手早く割り、皮の硬い部分は薄くそいで小さく刻む。
炭鉱の薄暗さの中でも迷いがない。
切ったかぼちゃは鍋へ。水を注ぎ、塩をひとつまみ。さらに小瓶。
「それ、なに?」
マジカルが思わず聞く。
「ピュアオリーブのオイル!スープがいい香りになるんだよ」
とぷん、と油が落ちて、湯気にやわらかな匂いが混ざった。
火が鍋底を舐める音。かぼちゃが煮える甘い香り。
炭鉱の冷たい空気が、少しだけ“台所”になる。
マジカルが小声で言う。
「ねえ…危機感、どこいったの」
「危機感ならあるよ」
ローザが火を覗き込みながら答える。
「お腹が減ることが一番大変だから!ちゃんと食べて、ちゃんと動けるようにするの!」
それは正論だった。
正論なのに、状況に似合わない本気の料理が、逆に可笑しい。
俺はため息を吐いた。
「少しって言ったのに。こんな本格的にやるか…」
「大丈夫!“簡単”だから!」
ローザがそう言った瞬間、火がぱちっと灯った。
鍋の中で、かぼちゃが柔らかくなる。
ローザは木べらでざくざく潰し、黄金色のスープをとろりとまとめていく。
最後にもうひとつまみ塩を足して、味を整えた。
「はい、完成!」
木の器に注がれたスープは、炭鉱の闇の中で灯りみたいな色をしていた。
ひと口飲んだ瞬間、ほくほくして甘い。けど甘いだけじゃなくて、塩と油がちゃんと背骨になってる。
「…うまい」
俺が呟くと、ローザがぱっと笑った。
「でしょ!」
ちょうどその時、灰の中からいい匂いが弾けた。
ローザが埋めていたカンロポテトを掘り起こし、布で持ってぱかっと割る。
湯気と一緒に、甘い香りが広がった。
「焼けたー!」
「おいスタラ、手を出すな。火傷するぞ」
「むー…!」
ローザは焼き芋をいくつか余分に包み、布でくるんで熱を逃さないように縛った。
「余分に作れば、あとでノアとネーロにもお裾分けできるしね」
その声だけ、少し真面目だった。
俺は頷いた。
「そうだな、ノアさん食料とか持ってないと思うし…絶対、見つけるぞ」
焼きカンロポテトを頬張りながら更にやる気を高めた。
外の町がどれだけ熱い空気を吐いていても、そこから流れてくる風は冷たい。
冷たいのに、粉っぽい。
火山灰が混じっているせいか?
「…ここがバースト炭鉱だよ」
ステラが言った。慣れた口調なのに、声だけは少し落としている。
「奥の坑道が火山に繋がってる。…けど最近、崩れが多いって」
入口の柱には、崩落注意の札。
煤で読みにくくなった地図。
そして、引き返した鉱夫が残したような足跡が、灰の上に乱れていた。
「ダルク、無理はしないで」
ローザが小さく言う。
その指先は、どこか落ち着かない。ネーロに繋ぐためだ。
「分かってる。…いけるよな、みんな」
「うん!」
スタラが短く頷いた。
マジカルは眉を寄せたまま、炭鉱の空気を嗅ぐみたいに目を閉じる。
「魔力の流れ…変。熱いのと冷たいのが混ざってる」
「崩れのせい?」
「うーん…マグマの熱と…その逆が交差してる感じ」
ロッソがいる可能性もある。あいつが悪さしてるかもしれない。
「ローザ、ネーロと繋がるか?」
俺が言うと、ローザは首を横に振った。
「…繋がる、けど…電波が悪いみたいに途切れる」
「距離?」
「距離もある。でもそれだけじゃない。…なんか邪魔されてる感じがする」
ローザは目を閉じて、もう一度試す。
(ネーロ、聞こえる? いまどこ?)
返事は来る。
でも、言葉にならない破片みたいな感触だけが落ちてくる。
――ざ…
――ノ…
――ろ…ッ…
――あ…ぶ…
「…だめ。ノイズがひどい」
ローザが唇を噛む。
「まったく聞こえないわけじゃない。途切れ途切れだけど…」
それが救いなのか、余計な不安なのか分からない。
いくら力が取り戻せても不十分だとロッソにやられる危険はある。
「行くぞ」
俺は言った。
「ノアさんを探してジールさんも連れ戻す。そしたらロッソも…倒せるはず」
ノオが頷き、ロープを握り直す。
ステラが先頭に立った。
「ここ、最初の分かれ道が多いから。アタイが案内する。ついてきて」
俺たちは、暗闇へ踏み出した。
中は思った以上に狭い。
壁は煤で黒く、ところどころ火山灰が積もっている。
足を置くたび、さらりと灰が滑る。
しばらく進むと、地面に新しい跡が見えた。
乱れた足跡は人間のものだ。
それも、一人分じゃない。
「もしかして…ノアさんか?」
俺が呟くと、ノオがしゃがんで指で灰を払う。
「大きい足跡です。重い荷物を担いでるみたいな沈み方ですね…」
「ネーロがついてる分、重くなってるかも」
スタラが布切れを見つけたのか匂いを嗅ぐ。
「…どしたのスタラ?」
マジカルが目を細める。
「これ、ノアのふくかな?なんかノアのにおいとちがうにおいもする!」
「違う匂い?ん、ほんとだ。アタイも知らない」
ステラも匂いを嗅ぐ。
マジカルは坑道の奥を見つめた。
「町できいた白い男のものかもね」
さっき町で聞いた噂が、頭をよぎる。
黒い服の大男と、一緒にいた“白い服の男”。
「…急ぐぞ」
俺は歩幅を速めた。
炭鉱の闇が、口を開けて待っている。
炭鉱の奥、崩落の手前に、古い詰所みたいな広場があった。
天井は低いが、落盤の気配はない。壁際に煤けたベンチ、使い古された火鉢の跡。
「よし。ここならちょっと休めそうだな」
俺が言うと、ノオがすぐに頷いた。
「そうですね。小屋もあるし何か食べましょうか」
本来なら、ここで終わりだった。
携帯食をかじる位でいいと思ってたんだがな。
「じゃあ、簡単に…」
ローザがそう言ったまでは、予定通りだった。
問題は、その次。
ローザが背負っていた荷袋が、ずるっと床に落ちた。
いや、一つじゃない。二つ、三つ。
さらに腰のポーチ、肩掛け、そしてどこから出したのか分からない小包まで。
「…え?…ローザ?」
俺が声をかけると、ローザはにこっと笑った。
「簡単に、ね!」
「その荷物量のどこが簡単だよ」
「ローザ、なにかつくるの?」
スタラが袋に鼻を突っ込み、耳をぴんと立てた。
マジカルは目を丸くしている。
「え、ちょ、いつ買ったの…?」
「バーストタウンで!」
「いつの間に!?」
ノオが恐る恐る尋ねる。
「あの…ローザさん、それ、どうやって運んできたんですか?」
ローザは胸を張った。
「えっと…気合い?」
「気合いで重量は消えねえよ!」
俺が突っ込むと隣でステラが笑いをこらえきれず、肩を震わせた。
「あははは!アタイ、見てないよそんな量!」
「えー、買ったあと、見せびらかす暇なかったもん!」
ローザは言い切って、さっさと袋を開ける。
中から出てきたのは、特産品と呼ばれている野菜や果物。
もちろん、お菓子の類も見えた。キャンプ飯作る気満々じゃねえか。
「うわ、何この“町の全部”みたいなラインナップ」
俺が呟くと、ローザは嬉しそうに頷いた。
「王家のかぼちゃとカンロポテトは調理すると甘いって聞いた!お野菜はあとで持ち帰って町でおいしいごはんにしてもらうから!」
「やっぱ甘いものは手放さないか」
「うん!」
ローザは詰所の隅に石を並べ、いつの間にか小さな火を起こそうとしている。
油布を丸め、火打ち石を取り出す手つきが妙に慣れていた。
「…ローザ、どこでそれ覚えた」
「ビルバさんの台所で!」
火打ち石が擦れて、ぱちっと火花が散る。
油布が小さく息を吸うみたいに燃え上がり、薄い炎が立った。
ローザはそれを大事そうに育てるように、小枝と炭をくべていく。
「まずは焼き芋から!」
ローザはカンロポテトを取り出し、煤を払うみたいに手のひらで転がした。
そして詰所に残っていた炭の灰を寄せ、芋をころんと埋める。
「え、灰に埋めんの?」
「うん。外だけ焦げないし、中がほくほくになるの!」
言いながら、ローザは石を組み直して“簡易かまど”の形にする。
灰の上に熱が回るように、炭を寄せて、芋の上にふわっと灰をかけた。
スタラが尻尾を振って待機に入る。完全に“飯待ちの顔”だ。
ステラは戸惑ってるが、スタラが教えてたことで納得したようだ。
「で、次はスープ!」
ローザは王家のかぼちゃを取り出して、ぽんっと膝に乗せた。
「…待て、それ切れんのか?」
「切れるよ。包丁あるもん!」
どこから出したのか分からない包丁がきらりと光る。
俺はもう何も言わないことにした。
ローザはかぼちゃを手早く割り、皮の硬い部分は薄くそいで小さく刻む。
炭鉱の薄暗さの中でも迷いがない。
切ったかぼちゃは鍋へ。水を注ぎ、塩をひとつまみ。さらに小瓶。
「それ、なに?」
マジカルが思わず聞く。
「ピュアオリーブのオイル!スープがいい香りになるんだよ」
とぷん、と油が落ちて、湯気にやわらかな匂いが混ざった。
火が鍋底を舐める音。かぼちゃが煮える甘い香り。
炭鉱の冷たい空気が、少しだけ“台所”になる。
マジカルが小声で言う。
「ねえ…危機感、どこいったの」
「危機感ならあるよ」
ローザが火を覗き込みながら答える。
「お腹が減ることが一番大変だから!ちゃんと食べて、ちゃんと動けるようにするの!」
それは正論だった。
正論なのに、状況に似合わない本気の料理が、逆に可笑しい。
俺はため息を吐いた。
「少しって言ったのに。こんな本格的にやるか…」
「大丈夫!“簡単”だから!」
ローザがそう言った瞬間、火がぱちっと灯った。
鍋の中で、かぼちゃが柔らかくなる。
ローザは木べらでざくざく潰し、黄金色のスープをとろりとまとめていく。
最後にもうひとつまみ塩を足して、味を整えた。
「はい、完成!」
木の器に注がれたスープは、炭鉱の闇の中で灯りみたいな色をしていた。
ひと口飲んだ瞬間、ほくほくして甘い。けど甘いだけじゃなくて、塩と油がちゃんと背骨になってる。
「…うまい」
俺が呟くと、ローザがぱっと笑った。
「でしょ!」
ちょうどその時、灰の中からいい匂いが弾けた。
ローザが埋めていたカンロポテトを掘り起こし、布で持ってぱかっと割る。
湯気と一緒に、甘い香りが広がった。
「焼けたー!」
「おいスタラ、手を出すな。火傷するぞ」
「むー…!」
ローザは焼き芋をいくつか余分に包み、布でくるんで熱を逃さないように縛った。
「余分に作れば、あとでノアとネーロにもお裾分けできるしね」
その声だけ、少し真面目だった。
俺は頷いた。
「そうだな、ノアさん食料とか持ってないと思うし…絶対、見つけるぞ」
焼きカンロポテトを頬張りながら更にやる気を高めた。
