3章

「いやあ」
広間に、ゆっくりとした拍手の音が響いた。
「実に見事な連携だった」
振り向くと、広間の柱の陰から、黒いローブの男が歩み出てくる。
フードを目深にかぶっていたが、その口元には皮肉っぽい笑みが浮かんでいた。
「お前は…ゲン…!」
俺は反射的に剣を構える。

「正確に初めまして、と言うべきか。一度会っているが、こうして“正面から”顔を合わせるのは、これが初だな」
ゲンはゆっくりとフードを外した。
ダンの顔。
だけど、表情も、目の色も、そこにある気配も、全く違う。
「気分はどうだ、ダルク=ルーナ。親友の身体を、こうして間近で“乗っ取られた姿”で見るのは」
「…最悪だよ」
喉の奥が、ぐっと熱くなる。
「ダン返せ。今すぐ」
「それは困る」
ゲンは肩をすくめる。
「こいつの身体は、俺にとっても“最高の器”だからな。少々、実験として荒っぽく使わせてもらったが…」
その手に、銃が現れた。
青白い光をまとった、見慣れない形の光線銃。
「性能テストも兼ねている。さっき少し撃ってみたが、なかなかの手応えだった」
「やっぱりさっきの光線、お前かよ!」
ラルドが舌打ちする。
「ダルク!」
マジカルが前に出ようとした、その瞬間。
ゲンの銃身が、ピクリと動いた。
「…っ!」
青白い光線が放たれる。
俺たちはとっさに身を翻した。
光線は、俺のすぐ脇をかすめたのだが
俺はニンニク壺を手放してしまった。
「やば!」
どん、と鈍い音。
次の瞬間…手から落ちた壺が、床に叩きつけられた。
「あー!ダルク!それくさいの!!」
スタラの声が聞こえたときには、もう遅かった。
がしゃあん、と壺が割れ、
さっき以上の、とんでもない臭いが広間中にばらまかれる。
「っっっっっっ!!!???」
鼻が、脳が、魂が、全部一気に殴られたような衝撃。
「ムリムリムリムリムリムリムリ!!!!!」
スタラが床をのたうち回る。
俺も壺との距離が近かったせいで目を潤ませながら、必死に鼻を抑えた。
「…っ、くそ…!」
ゲンが、顔をしかめた。
ダンの身体が、ぴくん、と震える。
足もとがふらつき、銃口がぶれた。
「やっぱり…効いてるね」
マジカルが、笑う。
「妖怪系には特効、ってわけだ」
「ぐ…この臭いは…っ退魔のニンニクか!?しまったこの器は…」
ゲンがバランスを崩した、ほんの一瞬。
「今ですわ!」
パルの声が響く。
同時に、アンバーとパルが両側から飛び出した。
床に描かれていた紋章が、淡く光を放つ。
「俺が抑えとく、パルはあいつが詠唱しやすいように援護しろ」
アンバーが日傘を杖代わりにして地面を突くと、
ゲンの足もとに魔法陣が浮かび上がる。
パルが詠唱を重ねる。
透明な鎖のようなものが、ゲンの身体…正確には、ダンの身体の周囲をぐるぐると巡り始めた。
「…ちっ」
ゲンが歯噛みする。
「上位ゴーストと死霊使い、それに吸血鬼まで揃えて、たかが一体の怨霊を縛るか」
「“たかが”じゃないから、こうしてるのよ」
マジカルが言う。
「千年こじらせた怨霊なんて、甘く見てたら世界ごと持ってかれそうだもの」
ノオが、一歩前に出た。
「サフィさん…!」
「う、うん…!」
サフィが震える手を胸の前で組む。
「僕も…頑張る。たまきち」
たまきちが「きゅっ」と鳴いて、サフィの肩に乗った。
サフィは深く息を吸い込み、目を閉じる。
「迷える魂よ。千年の怒りと、理不尽と、孤独の果てに、まだ“居場所”を探しているのなら」
サフィの周りに、淡い青い光が湧き上がる。
「今一度、道を選び直して。憎しみではなく、安らぎの方へ。ここにいる“友だち”を、これ以上巻き込まないで」
「友だち、だと?」
ゲンの目が細くなる。
「…っ」
途端ダンの身体が、ビクリと震えた。
ゲンのものとは違う何かが、瞳の奥でわずかに揺れる。
「ダン!」
俺は叫んだ。
「聞こえてるなら、踏ん張れ!お前が“ここにいたい”って選んだ場所、そんな簡単にあいつにくれてやるな!」
スタラも、鼻を押さえながら叫ぶ。
「ダンー!スタラといっしょにごはんたべるって言ったでしょー!!」
ローザが、両手を口に当てて叫んだ。
「ダン、戻ってきて!おいしいごはんとスイーツ、いっぱい作るから!」
「ほんとに愛されてんなあのガキども…」
アンバーが、少しだけ目を細める。
「…まったく」
ゲンの口元が、かすかに歪んだ。
「こんなんで俺が動じるか!騒がしい連中だ」
その瞬間、サフィの前に、陣がもうひとつ、重なるように浮かび上がる。
ラルドが、広間の上の方からゴーストたちを引き連れてきていた。
「こっちの準備オーケーだぜ。サフィ、合図しろ」
「う、うん!」
サフィが両手を広げる。
「解放!」
青い光が、一気にゲンの身体を包み込んだ。
ダンの胸元から、黒いもやのようなものが引きずり出される。
もやの中で、誰かの姿がぐちゃぐちゃに崩れかけている。
『…まだだ…俺は…』
「さよなら、ゲンさん」
ノオが静かに呟く。
「ダンさんは、ちゃんと返してもらいます」
黒いもやが、霧散した。
代わりに、柔らかな光がダンの身体に戻っていく。
ダンの膝が崩れた。

「ダン!」

俺は慌てて駆け寄り、その身体を受け止める。
「…ダルク…?」
ぼんやりとした声が、胸元から聞こえた。
「お、おう。おかえり」
声が震えるのをごまかしながら、笑ってみせる。
「なんで泣きそうな顔してんだよ…」
「うるせえのはお前だ。どんだけ心配させりゃ気が済むんだよ」
スタラがワッと泣きながらダンに飛びつき、
ローザが半泣きで「生きてるダンよかったぁぁ」と叫ぶ。

ニンニク臭はまだだいぶ残っているが、それどころじゃなかった。


「…怨霊としての気配は、ほとんど消えました」
しばらくして、サフィがそっと言った。
「ゲンの魂は、あの光の中で“流されて”いったと思います。完全にどこへ行ったかまでは、僕にもわからないけど…少なくとも、今のダン君の中には、怨霊としての彼はいません」
「怨霊としての? どういうこと?」
マジカルが小声でぼやく。
サフィは一瞬だけ口ごもったが、首を横に振った。
「…うまく言葉にできないんだ。ごめん。何か“引っかかる”感じはあるんだけど…今は、ダン君を休ませる方が先だと思う」
「今は、いいでしょう」
パルがそっと首を振った。
「ダン様の精神が持たないわ。ここで一度、区切りをつけるべきです」
アンバーが、日傘をくるりと回す。
「紺碧館の後始末と、ジェム家とヴァンプ家の話は、こちらで引き取ろう。ダルク、ノオ」
「はい」
「お前たちは、一度、フォレストタウンに戻れ。ダンというガキも、まだ安静が必要だろう」
サフィが、おずおずと手を上げた。
「僕の方で、転移陣を使います。皆さんを、フォレストタウン近くまで送ることならできますから…」
「助かる。正直、もう歩きたくない」
俺は苦笑した。
「じゃあ、ダンは僕らが責任もって運ぶから」
「あれ?ダン?」
スタラがのぞきこむ。
「だいぶ疲弊していたみたいだな…」
俺以上にダンはかなり疲れているはずだ。
いつの間にか、ぐっすり眠っていた。
スタラがダンの腕にしがみついたまま、離れようとしない。
「…ありがとうございます、サフィさん」
ノオが深く頭を下げる。
「僕、もっと強くなって、またここに来ます。そのときは、ブラッドアップルパイ持ってきますから」
「うん。楽しみにしてる」
サフィが嬉しそうに笑った。

たまきちも、一緒になって「きゅい」と鳴く。
「…じゃ、戻るか」
「落ち着いたら、俺と兄貴も合流すっから!ちょっと待っててくれ!」
ルピがぶんぶん手を振る。
フォレストタウンへ帰る転移陣の光の中で、俺は最後にもう一度だけ、紺碧館を見上げた。
ヴェルは倒した。
ゲンも、少なくとも今は、ダンから引きはがした。
でも、どこか胸の奥が、まだざわざわしている。
(かなりあっけなかったんだが…いや、いいんだよな、これで)
そんな不安を、いったん胸の奥に押し込んで。
「まず帰ったらどうすっかな」
「おいしいごはんたべよー!」
「生きてる証拠だな、それ」
俺は笑って、転移陣の光に身を任せた。
フォレストタウンでの、束の間の休息が待っている。
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