3章
群青色の滝を真正面に見据えながら、俺たちはようやくたどり着いた。
頂上だから周辺には雪や氷が積もり、その真ん中に青色の屋敷、紺碧館が建っている。
壁も屋根も石畳も、どこか冷たい青に染まって見えた。
「ここが…サフィさんの屋敷。実際ここに来るのは初めてです」
ノオが、少し緊張した声でつぶやく。
肩の上のたまきちが、ぴょこぴょこと上下に揺れて、嬉しそうに扉の方を示した。
「兄貴ん家、いつ見てもボロくて立派だなあ」
「どっちなんだよ、それ」
ルピの雑な褒め言葉にツッコみつつ、俺は紺碧館の大きな扉を見上げた。
「…妙だな」
ラルドが鼻を鳴らす。
「ゴーストの気配はするが、全部下の方に偏ってる。屋敷の中、肝心の上の階がやけに静かだ」
「出迎えもないしね。普通なら、サフィが『ようこそ』って言いに来るんじゃない?」
マジカルが耳をぴくりと動かした、そのときだった。
「誰だ、お前たちは」
背後から、落ち着いた声がした。
振り返ると、滝の水しぶきとは別の方向から一人の男が歩いてくるところだった。
黄色をベースにしたロングコート。細いシルエット。手には日傘。
肌は人間より白く、瞳は琥珀色。どこか俺と似た輪郭の顔立ちをしている。
「ねえダルク、あのひとダルクそっくり」
「やめろスタラ、人を指さすな。初対面だぞ」
スタラがじーっと見てくるのを、慌てて止める。
男は俺たちの顔を順番に眺め、それからパルを見つけて、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「…パール。お前も来ていたのか」
「ええ、アンバー様」
パルが一歩前へ出て、優雅にお辞儀をする。
「ここにおられるとおもいました。」
「状況が状況だ。そう悠長にもしていられん」
アンバーと呼ばれた男は、ちらりと紺碧館を見上げた。
「俺はここには先に来た。だが中は、すでに“別の連中”に取られている」
「別の連中?」
俺が思わず聞き返すと、アンバーの目がこちらを射抜く。
「…で、お前たちは何者だ。ジェム家の者…だけではなさそうだな」
「えっと、俺はダルク。ダルク=ルーナ。あっちはスタラとマジカルで、こっちがローザ、ノオ、ラルド。サフィにお願いがあってルピと来た。ダンって友達を助けてほしくてな」
「ゲンという怨霊が取り憑いているのです。上位ゴーストの除霊が必要で、その力を借りに…と」
ノオが必死に説明する。たまきちもこくこく頷いた。
「ジェム家とヴァンプ家の争いを煽っている“罠”も、できれば止めたいと思っています。パルさんから事情は聞きました。ブラッドアップルの消失も、ルピさんの冤罪も、全部…」
「犯人はわかってる!ヴェルっていうカンコンソーサイの仕業だよ」
ローザがきっぱりと言葉を継いだ。
「さっきまで森の中で出会った。ルピに化けてた。ブラッドアップルを燃やしてたのも、量をごまかしてたのも、あいつ」
「…ふん」
アンバーは鼻で笑った。だが、その目は、さっきまでの冷ややかさよりも、ずっと穏やかだった。
「やはり、そうか」
「やっぱり?」
ルピが眉をひそめる。
「俺はお前らより先に、屋敷の中で少し話を聞いた。緑の和服を着た狐耳のゴーストと、黒いローブの男がいた」
アンバーは、視線を紺碧館の扉へ向けた。
「ブラッドアップルを道具にして、ジェム家とヴァンプ家をぶつけようとしていた。サフィールやルピアス、お前の名を勝手に使ってな」
「…マジかよ」
ルピが奥歯を噛みしめる。
「つまり、アンバーはもう、サフィが“ブラッドアップルを隠した犯人”じゃないって気づいてるってこと?」
マジカルの問いに、アンバーは苦笑に近い表情を浮かべた。
「…ああ。俺は、一度はあいつを疑った。数字が合わず、噂が流れ、目の前でブラッドアップルが消えていけばな。だが、今は違う。奴らの声を聞いた。あれは、ジェム家のやり方ではない」
悔しそうに、日傘の柄をきゅっと握り込む。
「だったら」
俺は一歩、アンバーに歩み寄った。
「今からでも遅くない。サフィと直接話して、ちゃんと誤解を解いてくれ。俺たちは、その“ヴェル”ってやつをぶっ飛ばしに来てる。サフィを利用してるなら、なおさら放っておけない」
「言われずとも、そのつもりだ」
アンバーは、ふっと笑った。
「サフィを疑ったのは俺だ。なら、あいつの前に立って謝るのも俺の役目だろう。それに、ヴァンプ家の名を騙った連中に、紅茶の味がわかるとは思えんからな」
「そこ?」
思わずツッコんでしまった。
「ただし、ひとつだけ勘違いするな」
アンバーの視線が、俺に突き刺さる。
「俺は、お前たちの仲間になった覚えはない。ジェム家とヴァンプ家の件に関して、一時的に利害が一致しているだけだ。
俺が守るのは、まず自分の領地と、俺の民と、茶だ」
「それで十分だよ」
俺は笑って肩をすくめた。
「こっちも、世界とか大層なもん守る余裕ないしな。今は、ダンと、サフィさんと、この森をめちゃくちゃにしたやつを止めたいだけだ」
アンバーが、少しだけ目を細める。
「…妙なガキだな、ダルク。なぜこんなにも俺と同じ顔だ?」
「俺も知らねえよ」
「きいろいダルク!」
「ちょっと、アンバーに失礼だろ!」
「お前もさっきから呼び捨てして人のこと言えねえだろ」
スタラがくすくす笑っている。ローザも「似てるよね~」と頷いている。否定しづらい。
「で、作戦はどうする?」
ラルドが割って入った。
「正面からどーんと入って、ヴェルの顔面殴りに行くか?」
「アンバーさんはどう動きます?」
ノオの問いに、アンバーは少しだけ考えてから答えた。
「俺は、まず地下だ。サフィと、屋敷の連中を解放する。上の階で暴れれば、あいつらも気づく。どのみち、紺碧館全体が罠だらけになっていよう」
「じゃあ、上の階はアタシたちね」
マジカルが尻尾を揺らす。
「ヴェルを引きずり出して、あいつの“変身ごっこ”にケリつける」
「変身ごっこって言うなマジカル」
とは言ったものの、俺も同意だった。ここまでかき回しておいて、タダで済むとは思ってない。
「まあ決まりだな。上は俺たちでなんとかする。ヴェルのことも…たぶんだけど、あいつも来ているなら好都合だしな」
アンバーが踵を返しかけたとき、ふと何かを思い出したように立ち止まった。
「…ああ、そうだ。お前たちには、これを渡しておこう」
紺碧館のから持ってきたのか丸い壺をひとつ引っ張り出した。
「サフィが“非常用”と言って置いていったものだ。本来は、暴走した下級妖怪や、霧の森の変異種よけに使う」
アンバーが、壺の蓋を少しだけ持ち上げた。
ブワッ。
「っっっっ!!??」
何かが一気に鼻を殴ってきた。
さっきまで湿った森の匂いしかしなかったのが一瞬で、強烈なスタミナ料理屋の換気扇の真下みたいな空気に変わる。
「くっさ!!!???」
思わず咳き込みながら、俺は鼻を押さえた。
横でスタラが、耳と尻尾を逆立てて床を転げ回っている。
「ムリムリムリムリ!!! くさーい!! はながおかしくなる!!」
「ちょ、スタラ落ち着いて!? 大袈裟すぎ」
と言いかけたところで、気づいた。
「…あれ?」
ラルドはケロッとした顔で、壺を覗き込んでいる。
ルピも「あー、これか」と言わんばかりに首をかしげているだけだ。
パル、エンジ、アオイ、そしてアンバー本人も何ともない顔だ。
「え、みんな平気なの?」
「え?ちょっと匂うけど、そこまでじゃないよ?」
マジカルが小首をかしげる。尻尾も普通だ。
「これ、ニンニクだろう?」
ルピがひょいと一片つまんでかいでみせる。ついでに一個食べてしまった。
「“退魔のニンニク”ってやつですよ。サフィ様が漬物にしていたと聞きます」
パルが説明をつけ足した。
「妖怪系にはちょっと効きます。近づけると、こうして拒絶反応が出るんですの」
「ちょっとどころじゃない!!」
スタラが涙目で叫ぶ。
「えーとまとめると…ラルドさん、ルピさん、パルさんたちは死霊系。アンバー様も上位種ですし、マジカルさんは精霊。だからあまり影響ないってことです」
ノオが冷静に整理する。
「スタラちゃんみたいな妖怪系にはきつい匂いになるんですよ。逆に言うと、“こういう種類”にはよく効く、ってことです」
スタラが、ぐすぐす言いながら俺の袖を引っぱる。
「ダルクぅ…これほんとに持ってくの…?スタラムリなんだけど…」
「すぐ蓋閉めろ。てか蓋開けたまま喋るなアンバー」
俺がツッコむと、アンバーはようやく壺の蓋をぴたりと閉じた。
さっきまでの激臭が嘘みたいに、空気が一気に澄む。
「退魔効果は強いが、扱いは難しい。サフィがうまいように味を配合したもので、霧の森ではそこそこ貴重だ。使いどころを間違えるなよ、ガキども」
アンバーは、壺を俺の方へ差し出した。
「上位の妖怪相手なら、一瞬でも動きを鈍らせるには十分だろう」
「たぶんだけど…ダンも、確実にそっち側だな」
俺は思わずつぶやいた。
「ゲンになってるとは言え、ダンの嗅覚も共有してるはず…ならこれ使えば…」
「うーん、ニンニクはスイーツには向かないよー…作るならスナック菓子かなあ」
「いや早速お菓子にして食べようとせんでくれ」
後で絶対使うことになるんだろうなと思いつつ、俺は壺を受け取った。
「てかアンバー、なんでお前、これ平気なんだよ」
俺はアンバーに聞いた。
「吸血鬼って、ニンニク苦手ってイメージあるんだが」
「なんでって…俺、別に苦手じゃないし」
アンバーは心底不思議そうな顔をした。
「そもそも、その妙なイメージはどこから来たんだ?血は飲まん、ニンニクも平気、日光も“まぶしい”だけだ。勝手に伝説を盛られても困る」
「…それはそれで、なんか吸血鬼としてどうなんだ?」
「茶と菓子だけで完結している吸血鬼とでも覚えておけ」
アンバーはそっぽを向く。
「ともかく、その壺は持っていけ。紺碧館のどこで何が起こるかわからん以上、“切り札”は多い方がいい」
「了解。ありがたく借りる」
俺は退魔のニンニク入り壺を、そっと荷物の一番奥に押し込んだ。
できれば、出番が来ないといいんだけど…たぶん、そんな甘くはない。
頂上だから周辺には雪や氷が積もり、その真ん中に青色の屋敷、紺碧館が建っている。
壁も屋根も石畳も、どこか冷たい青に染まって見えた。
「ここが…サフィさんの屋敷。実際ここに来るのは初めてです」
ノオが、少し緊張した声でつぶやく。
肩の上のたまきちが、ぴょこぴょこと上下に揺れて、嬉しそうに扉の方を示した。
「兄貴ん家、いつ見てもボロくて立派だなあ」
「どっちなんだよ、それ」
ルピの雑な褒め言葉にツッコみつつ、俺は紺碧館の大きな扉を見上げた。
「…妙だな」
ラルドが鼻を鳴らす。
「ゴーストの気配はするが、全部下の方に偏ってる。屋敷の中、肝心の上の階がやけに静かだ」
「出迎えもないしね。普通なら、サフィが『ようこそ』って言いに来るんじゃない?」
マジカルが耳をぴくりと動かした、そのときだった。
「誰だ、お前たちは」
背後から、落ち着いた声がした。
振り返ると、滝の水しぶきとは別の方向から一人の男が歩いてくるところだった。
黄色をベースにしたロングコート。細いシルエット。手には日傘。
肌は人間より白く、瞳は琥珀色。どこか俺と似た輪郭の顔立ちをしている。
「ねえダルク、あのひとダルクそっくり」
「やめろスタラ、人を指さすな。初対面だぞ」
スタラがじーっと見てくるのを、慌てて止める。
男は俺たちの顔を順番に眺め、それからパルを見つけて、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「…パール。お前も来ていたのか」
「ええ、アンバー様」
パルが一歩前へ出て、優雅にお辞儀をする。
「ここにおられるとおもいました。」
「状況が状況だ。そう悠長にもしていられん」
アンバーと呼ばれた男は、ちらりと紺碧館を見上げた。
「俺はここには先に来た。だが中は、すでに“別の連中”に取られている」
「別の連中?」
俺が思わず聞き返すと、アンバーの目がこちらを射抜く。
「…で、お前たちは何者だ。ジェム家の者…だけではなさそうだな」
「えっと、俺はダルク。ダルク=ルーナ。あっちはスタラとマジカルで、こっちがローザ、ノオ、ラルド。サフィにお願いがあってルピと来た。ダンって友達を助けてほしくてな」
「ゲンという怨霊が取り憑いているのです。上位ゴーストの除霊が必要で、その力を借りに…と」
ノオが必死に説明する。たまきちもこくこく頷いた。
「ジェム家とヴァンプ家の争いを煽っている“罠”も、できれば止めたいと思っています。パルさんから事情は聞きました。ブラッドアップルの消失も、ルピさんの冤罪も、全部…」
「犯人はわかってる!ヴェルっていうカンコンソーサイの仕業だよ」
ローザがきっぱりと言葉を継いだ。
「さっきまで森の中で出会った。ルピに化けてた。ブラッドアップルを燃やしてたのも、量をごまかしてたのも、あいつ」
「…ふん」
アンバーは鼻で笑った。だが、その目は、さっきまでの冷ややかさよりも、ずっと穏やかだった。
「やはり、そうか」
「やっぱり?」
ルピが眉をひそめる。
「俺はお前らより先に、屋敷の中で少し話を聞いた。緑の和服を着た狐耳のゴーストと、黒いローブの男がいた」
アンバーは、視線を紺碧館の扉へ向けた。
「ブラッドアップルを道具にして、ジェム家とヴァンプ家をぶつけようとしていた。サフィールやルピアス、お前の名を勝手に使ってな」
「…マジかよ」
ルピが奥歯を噛みしめる。
「つまり、アンバーはもう、サフィが“ブラッドアップルを隠した犯人”じゃないって気づいてるってこと?」
マジカルの問いに、アンバーは苦笑に近い表情を浮かべた。
「…ああ。俺は、一度はあいつを疑った。数字が合わず、噂が流れ、目の前でブラッドアップルが消えていけばな。だが、今は違う。奴らの声を聞いた。あれは、ジェム家のやり方ではない」
悔しそうに、日傘の柄をきゅっと握り込む。
「だったら」
俺は一歩、アンバーに歩み寄った。
「今からでも遅くない。サフィと直接話して、ちゃんと誤解を解いてくれ。俺たちは、その“ヴェル”ってやつをぶっ飛ばしに来てる。サフィを利用してるなら、なおさら放っておけない」
「言われずとも、そのつもりだ」
アンバーは、ふっと笑った。
「サフィを疑ったのは俺だ。なら、あいつの前に立って謝るのも俺の役目だろう。それに、ヴァンプ家の名を騙った連中に、紅茶の味がわかるとは思えんからな」
「そこ?」
思わずツッコんでしまった。
「ただし、ひとつだけ勘違いするな」
アンバーの視線が、俺に突き刺さる。
「俺は、お前たちの仲間になった覚えはない。ジェム家とヴァンプ家の件に関して、一時的に利害が一致しているだけだ。
俺が守るのは、まず自分の領地と、俺の民と、茶だ」
「それで十分だよ」
俺は笑って肩をすくめた。
「こっちも、世界とか大層なもん守る余裕ないしな。今は、ダンと、サフィさんと、この森をめちゃくちゃにしたやつを止めたいだけだ」
アンバーが、少しだけ目を細める。
「…妙なガキだな、ダルク。なぜこんなにも俺と同じ顔だ?」
「俺も知らねえよ」
「きいろいダルク!」
「ちょっと、アンバーに失礼だろ!」
「お前もさっきから呼び捨てして人のこと言えねえだろ」
スタラがくすくす笑っている。ローザも「似てるよね~」と頷いている。否定しづらい。
「で、作戦はどうする?」
ラルドが割って入った。
「正面からどーんと入って、ヴェルの顔面殴りに行くか?」
「アンバーさんはどう動きます?」
ノオの問いに、アンバーは少しだけ考えてから答えた。
「俺は、まず地下だ。サフィと、屋敷の連中を解放する。上の階で暴れれば、あいつらも気づく。どのみち、紺碧館全体が罠だらけになっていよう」
「じゃあ、上の階はアタシたちね」
マジカルが尻尾を揺らす。
「ヴェルを引きずり出して、あいつの“変身ごっこ”にケリつける」
「変身ごっこって言うなマジカル」
とは言ったものの、俺も同意だった。ここまでかき回しておいて、タダで済むとは思ってない。
「まあ決まりだな。上は俺たちでなんとかする。ヴェルのことも…たぶんだけど、あいつも来ているなら好都合だしな」
アンバーが踵を返しかけたとき、ふと何かを思い出したように立ち止まった。
「…ああ、そうだ。お前たちには、これを渡しておこう」
紺碧館のから持ってきたのか丸い壺をひとつ引っ張り出した。
「サフィが“非常用”と言って置いていったものだ。本来は、暴走した下級妖怪や、霧の森の変異種よけに使う」
アンバーが、壺の蓋を少しだけ持ち上げた。
ブワッ。
「っっっっ!!??」
何かが一気に鼻を殴ってきた。
さっきまで湿った森の匂いしかしなかったのが一瞬で、強烈なスタミナ料理屋の換気扇の真下みたいな空気に変わる。
「くっさ!!!???」
思わず咳き込みながら、俺は鼻を押さえた。
横でスタラが、耳と尻尾を逆立てて床を転げ回っている。
「ムリムリムリムリ!!! くさーい!! はながおかしくなる!!」
「ちょ、スタラ落ち着いて!? 大袈裟すぎ」
と言いかけたところで、気づいた。
「…あれ?」
ラルドはケロッとした顔で、壺を覗き込んでいる。
ルピも「あー、これか」と言わんばかりに首をかしげているだけだ。
パル、エンジ、アオイ、そしてアンバー本人も何ともない顔だ。
「え、みんな平気なの?」
「え?ちょっと匂うけど、そこまでじゃないよ?」
マジカルが小首をかしげる。尻尾も普通だ。
「これ、ニンニクだろう?」
ルピがひょいと一片つまんでかいでみせる。ついでに一個食べてしまった。
「“退魔のニンニク”ってやつですよ。サフィ様が漬物にしていたと聞きます」
パルが説明をつけ足した。
「妖怪系にはちょっと効きます。近づけると、こうして拒絶反応が出るんですの」
「ちょっとどころじゃない!!」
スタラが涙目で叫ぶ。
「えーとまとめると…ラルドさん、ルピさん、パルさんたちは死霊系。アンバー様も上位種ですし、マジカルさんは精霊。だからあまり影響ないってことです」
ノオが冷静に整理する。
「スタラちゃんみたいな妖怪系にはきつい匂いになるんですよ。逆に言うと、“こういう種類”にはよく効く、ってことです」
スタラが、ぐすぐす言いながら俺の袖を引っぱる。
「ダルクぅ…これほんとに持ってくの…?スタラムリなんだけど…」
「すぐ蓋閉めろ。てか蓋開けたまま喋るなアンバー」
俺がツッコむと、アンバーはようやく壺の蓋をぴたりと閉じた。
さっきまでの激臭が嘘みたいに、空気が一気に澄む。
「退魔効果は強いが、扱いは難しい。サフィがうまいように味を配合したもので、霧の森ではそこそこ貴重だ。使いどころを間違えるなよ、ガキども」
アンバーは、壺を俺の方へ差し出した。
「上位の妖怪相手なら、一瞬でも動きを鈍らせるには十分だろう」
「たぶんだけど…ダンも、確実にそっち側だな」
俺は思わずつぶやいた。
「ゲンになってるとは言え、ダンの嗅覚も共有してるはず…ならこれ使えば…」
「うーん、ニンニクはスイーツには向かないよー…作るならスナック菓子かなあ」
「いや早速お菓子にして食べようとせんでくれ」
後で絶対使うことになるんだろうなと思いつつ、俺は壺を受け取った。
「てかアンバー、なんでお前、これ平気なんだよ」
俺はアンバーに聞いた。
「吸血鬼って、ニンニク苦手ってイメージあるんだが」
「なんでって…俺、別に苦手じゃないし」
アンバーは心底不思議そうな顔をした。
「そもそも、その妙なイメージはどこから来たんだ?血は飲まん、ニンニクも平気、日光も“まぶしい”だけだ。勝手に伝説を盛られても困る」
「…それはそれで、なんか吸血鬼としてどうなんだ?」
「茶と菓子だけで完結している吸血鬼とでも覚えておけ」
アンバーはそっぽを向く。
「ともかく、その壺は持っていけ。紺碧館のどこで何が起こるかわからん以上、“切り札”は多い方がいい」
「了解。ありがたく借りる」
俺は退魔のニンニク入り壺を、そっと荷物の一番奥に押し込んだ。
できれば、出番が来ないといいんだけど…たぶん、そんな甘くはない。
