3章
ひとまず落ち着いたところで、ルピがいろいろ教えてくれた。
ルピアス=ジェム。サフィの双子の弟で、今はゾンビになっていること。
元々は炎魔法の使い手だったらしく、ゾンビのくせに珍しく火を怖がらないこと。
このあたり一帯のゴースト達の居住区でサフィと一緒に暮らしながら、霧の森の見回りをしていること。
「けど…俺はなんで腹ペコになってたんだ?」
当の本人が首をかしげる。
「俺達に聞かれてもわかんねえよ…」
「極限状態になるなって言われてたんだっけ。だから何かしら食ってたはずだけど…マジでどうしたんだ?」
ルピが頭をぽりぽり掻いた、そのときだった。
「その話、よろしければ、私からも説明させていただいていいかしら?」
涼しげな声がして、俺たちは一斉に振り向いた。
霧の中から、一人の女性が現れる。
ピンクの長い髪を前で三つ編みにし、後ろでまとめた上品な黒いドレス姿のゴーストの女魔物だ。
その後ろには、ぶっきらぼうな表情で藍色のドレスを着た少女と、ぼんやり笑っている赤紫のスーツの青年が、従者のように控えている。
「あんたは誰だ…?」
「パール=モルガナ。通称パルと申します。アンバー様の一応、婚約者ということになっている者ですわ」
彼女は軽くスカートの裾をつまみ、優雅にお辞儀をした。
「そういえば、紺碧館と同じように勢力を持った、もう一つの派閥がありましたわね。
山吹館のヴァンプ家といって、あちらは吸血鬼一家です」
「吸血鬼…」
「前にも申しましたが、ブラッドアップルのおかげで“血”はいらないんですよ」
パルが笑顔で補足する。
「ご安心を。吸血鬼はアンバー様ただ一人です」
赤紫スーツの青年、たぶんエンジが真面目そうに言う。
「しかも小食…一日ジュースボトル一本で足りる…貧弱」
横から藍色ドレスの少女、アオイらしき方が、ぼそっと刺してきた。
「しれっとディスられてんな」
俺が小声でつぶやくと、パルは小さく肩をすくめた。
「エンジは真面目ですが、アオイはあの通り結構ひねくれものです。気になさらずに」
ニコニコしてる方がエンジ、ムッとしてるのがアオイ。
顔はそっくりだから、双子なんだろう。
「そんで、ヴァンプ家の嫁さんが、なんで俺なんかに用があるんすか?」
ルピが不機嫌そうに言う。
「ここ霧の森で今起きていること。ジェム家とヴァンプ家の、あまりよろしくない事情。
そしてあなたたちが巻き込まれつつある“罠”について少し、お話ししませんこと?」
パルはそう言って、静かに微笑んだ。
パルが一歩前に出て、霧の中の墓地をぐるりと見回した。
ローザはお腹がすいたのか、近くの焚き火でいつの間にかマシュマロを焼き始めている。スタラもそれを面白そうに眺めていた。
「では、順を追ってお話ししますわね。まずジェム家とヴァンプ家は、もともと仲が悪かったわけではありません」
「そうなのか?」
俺が思わず口をはさむと、パルはこくりと頷いた。
「はい。ジェム家はブラッドアップルを“育てる側”。ヴァンプ家はそれを“買って、加工して売る側”。お互いに持ちつ持たれつの関係だったんです。霧の森の平和は、この果物で保たれていたと言ってもいいくらい」
「ブラッドアップルのおかげで、血いらないってやつね」
マジカルが腕を組むと、エンジが真面目に補足した。
「はい。アンバー様も、血は口にされません。ブラッドアップルジュース一本で一日十分です」
「実は本物の血みると卒倒する…」
「やめなさいアオイ」
アオイがぼそっと刺して、パルに軽く睨まれていた。
パルは一度咳払いをして、続ける。
「ところが、最近になってヴァンプ家に届くブラッドアップルの量が、目に見えて減り始めました」
「は? 減った?」
ルピが眉をひそめる。
「毎年、山吹館には決まった量が納品されていました。けれどここ数年、契約量より少なく届くことが増えてきたんです。“今年は不作でして”…サフィ様はそう説明なさっていたそうですが」
「兄貴、不作なんて言ってたか? いや…俺は農園任されてるゴースト達に任せてたからな…うーん」
ルピが首をかしげる。
パルは少し表情を曇らせた。
「アンバー様は、最初は“そういう年もあるのだろう”と納得していました。けれど、紅茶とジュースの品質を守りたい方でもありますからね。
数字が合わない状態が続くと…さすがに不信感が溜まっていったんです」
「そりゃあ、自分のブランド守ってんだもんな」
俺が呟くと、パルは小さく微笑んだ。
「ええ。そのタイミングで、さらに悪いことが重なりました」
パルの声が、少しだけ低くなる。
「森のブラッドアップルが、ある日を境に、一気に姿を消したんです」
その場の空気が、ひゅっと冷たくなった気がした。
「ここからは推測も含みますが…誰かが、ルピさんを“わざと”極限まで空腹にしたうえで、ここに配置したのでしょう。ここを通る人、ダルクさんたちが確実にこのルートを通ることを見込んで、です」
「…」
ルピは何も言わなかったが、その顔にはうっすらとした嫌悪が浮かんでいた。
「ゾンビで、しかも食べることが好きなあなたなら、我慢できるはずがありません。敵も味方も関係なく、“目の前の食べ物”に飛びつくだけの状態になるように仕向けられたんです」
「操られてたわけじゃねえ。単に、腹減らされただけってことか。しかも俺達を狙って」
「そうです。いちばんタチの悪い方法ですね」
パルはため息をつく。
「そして、ルピさんが食べ尽くした“跡”だけが残りました。枝だけになった木。落ちた皮。あなたの足跡。それを見た下級ゴースト達は…」
「“ルピがやらかした”って思うわなそりゃ」
ラルドが肩をすくめる。
「は!?俺勝手にブラッドアップルなんて食わねえよ!売り物用は食うなって兄貴から言われてるから!」
「はい。そこに、“とあるゴーストの噂話”が乗せられました。 『サフィール様は、ヴァンプ家より自分たちの方を優先しようとしているらしい』とか」
「あの兄貴がそんなことするわけない」
ルピが不満そうに鼻を鳴らす。
「だからこそ“噂”なんです。ただ、噂は形を変えながら山吹館にも届いてしまった」
パルの表情が、少し苦くなる。
「『ジェム家はヴァンプ家向けのブラッドアップルを隠しているのではないか』 『ルピアスという弟を使って、森の実を独占しているのではないか』
そういう形で」
「…なるほどな。数字が合わねえところに、そういう話が入ってきたら、疑うわな」
俺が言うと、パルは小さく頷いた。
「そこまでは、まだ“誤解”の範囲でした。ですが…ここから、“明らかな罠”が仕掛けられました」
パルの視線が、霧の奥へと向く。
「ブラッドアップルの木が、どういうわけかなぎ倒されていました。焼き払われた様子もあります。そちらで炎魔法をつかえるのは…?」
「は? 確かに俺は使えるけど…そんなもん使ってねえぞ?」
ルピが驚きを隠せない。
「でしょうね。でも、現場に“そう見える痕跡”が残されているんです。まるで“ジェム家以外立入禁止”と言わんばかりの形で」
パルは続ける。
「さらに、アンバー様側の偵察が来たとき “ルピアス様にそっくりなゾンビ”が、その木のそばでブラッドアップルを焼き払っているのを目撃しています」
「ああ!?やってねえわ!」
「…していたのは、あなたに化けた誰か、ということですわね」
パルの言葉に、俺たちは同時に顔を見合わせた。
「うーん…いったい誰の仕業なんだろう?」
「もしかして、カンコンソーサイが絡んでたりして」
ラルドとマジカルが、予測する。
「かもしれないね…でも確信が持てないよ」
ローザも首を振る。
「この森には不審な人物もいます。そのため、こちらも警戒をしています」
パルの声には、はっきりした怒りが混じっていた。
「ルピさんの姿。ブラッドアップルの消失。それらをつなぎ合わせれば、“ジェム家がヴァンプ家を飢えさせている”という構図が完成してしまいます」
「…アンバー様、キレますねえ」
エンジがぽつりとこぼすと、アオイが腕を組んだ。
「アンバー様、下級の魔物にも人間にも興味ないけど… “自分の領地の民が飢える”のはガチで許せないタイプ…」
「そして、“血を取らない吸血鬼”としての誇りもありますからね」
パルが補足する。
「ブラッドアップルがなければ、いずれ一族の誰かが、人間の血に手を出すかもしれない。それは、アンバー様が何としても避けたい未来なんです」
だから、とパルは静かに言った。
「アンバー様は決断なさいました。『もしジェム家が本当にブラッドアップルを隠しているのなら力ずくで取り返す』と」
「…“サフィに喧嘩売りに行く”ってやつか」
「ええ。今まさに、山吹館から紺碧館に向かう準備をしている頃でしょう」
パルは、まっすぐこちらを見た。
「私は、それがおかしいと感じました。サフィ様がそんなことをする方ではないと。でも、この通りルピ様に出会ったことで矛盾が生じました。あなた達も自然と巻き込まれたと思います」
たまきちが、心配そうにぱたぱたと揺れる。
ノオがぎゅっと拳を握った。
「サフィさん…今とてもまずい状態じゃないでしょうか…」
パルが一歩、俺の方へ近づいた。
「そうね。私は謎の不審者が怪しいとみています。サフィ様とアンバー様、そしてジェム家とヴァンプ家が、本当に敵対する前に罠を仕掛けた“本当の敵”を探り出してほしい。
…私は占いもしておりますので、あなた達がこの問題を解決する“鍵”だと出ていますの」
俺は、みんなの顔を見渡した。
スタラはむっすりと腕を組み、ローザはしょんぼりしながらも頷いている。
ラルドは「まあこういうのはぶん殴った方が早え」とぼやき、マジカルは難しい顔で尻尾を揺らしていた。
そしてノオが一歩前に出る。
「ダルクさん…僕、サフィさんのこと、そんなに知らないけど。僕のことを“味方でいたい”って思ってくれる人を、勝手に悪者にはさせたくないです」
たまきちも、こくこくと頷いている。
「…そうだよな」
俺は剣の柄に手をかけた。
「とりあえず、そのアンバーって吸血鬼がサフィのとこにたどり着く前に誤解を解く。もし…ゲンが絡んでいたら一緒にぶっ飛ばす」
「腕一本で済ませるか?」
「うるせえラルド」
パルがふっと笑った。
「ありがとうございます。ではまずは紺碧館へ急ぎましょう。アンバー様とサフィ様が、本当に刃を交える前に」
「兄貴の屋敷はこの滝を上った先だ。ついてこい。俺、行き場所しってる」
霧の向こうから、滝の音が少し大きく聞こえた気がした。
どうやら、ここからが本番らしい。
ルピアス=ジェム。サフィの双子の弟で、今はゾンビになっていること。
元々は炎魔法の使い手だったらしく、ゾンビのくせに珍しく火を怖がらないこと。
このあたり一帯のゴースト達の居住区でサフィと一緒に暮らしながら、霧の森の見回りをしていること。
「けど…俺はなんで腹ペコになってたんだ?」
当の本人が首をかしげる。
「俺達に聞かれてもわかんねえよ…」
「極限状態になるなって言われてたんだっけ。だから何かしら食ってたはずだけど…マジでどうしたんだ?」
ルピが頭をぽりぽり掻いた、そのときだった。
「その話、よろしければ、私からも説明させていただいていいかしら?」
涼しげな声がして、俺たちは一斉に振り向いた。
霧の中から、一人の女性が現れる。
ピンクの長い髪を前で三つ編みにし、後ろでまとめた上品な黒いドレス姿のゴーストの女魔物だ。
その後ろには、ぶっきらぼうな表情で藍色のドレスを着た少女と、ぼんやり笑っている赤紫のスーツの青年が、従者のように控えている。
「あんたは誰だ…?」
「パール=モルガナ。通称パルと申します。アンバー様の一応、婚約者ということになっている者ですわ」
彼女は軽くスカートの裾をつまみ、優雅にお辞儀をした。
「そういえば、紺碧館と同じように勢力を持った、もう一つの派閥がありましたわね。
山吹館のヴァンプ家といって、あちらは吸血鬼一家です」
「吸血鬼…」
「前にも申しましたが、ブラッドアップルのおかげで“血”はいらないんですよ」
パルが笑顔で補足する。
「ご安心を。吸血鬼はアンバー様ただ一人です」
赤紫スーツの青年、たぶんエンジが真面目そうに言う。
「しかも小食…一日ジュースボトル一本で足りる…貧弱」
横から藍色ドレスの少女、アオイらしき方が、ぼそっと刺してきた。
「しれっとディスられてんな」
俺が小声でつぶやくと、パルは小さく肩をすくめた。
「エンジは真面目ですが、アオイはあの通り結構ひねくれものです。気になさらずに」
ニコニコしてる方がエンジ、ムッとしてるのがアオイ。
顔はそっくりだから、双子なんだろう。
「そんで、ヴァンプ家の嫁さんが、なんで俺なんかに用があるんすか?」
ルピが不機嫌そうに言う。
「ここ霧の森で今起きていること。ジェム家とヴァンプ家の、あまりよろしくない事情。
そしてあなたたちが巻き込まれつつある“罠”について少し、お話ししませんこと?」
パルはそう言って、静かに微笑んだ。
パルが一歩前に出て、霧の中の墓地をぐるりと見回した。
ローザはお腹がすいたのか、近くの焚き火でいつの間にかマシュマロを焼き始めている。スタラもそれを面白そうに眺めていた。
「では、順を追ってお話ししますわね。まずジェム家とヴァンプ家は、もともと仲が悪かったわけではありません」
「そうなのか?」
俺が思わず口をはさむと、パルはこくりと頷いた。
「はい。ジェム家はブラッドアップルを“育てる側”。ヴァンプ家はそれを“買って、加工して売る側”。お互いに持ちつ持たれつの関係だったんです。霧の森の平和は、この果物で保たれていたと言ってもいいくらい」
「ブラッドアップルのおかげで、血いらないってやつね」
マジカルが腕を組むと、エンジが真面目に補足した。
「はい。アンバー様も、血は口にされません。ブラッドアップルジュース一本で一日十分です」
「実は本物の血みると卒倒する…」
「やめなさいアオイ」
アオイがぼそっと刺して、パルに軽く睨まれていた。
パルは一度咳払いをして、続ける。
「ところが、最近になってヴァンプ家に届くブラッドアップルの量が、目に見えて減り始めました」
「は? 減った?」
ルピが眉をひそめる。
「毎年、山吹館には決まった量が納品されていました。けれどここ数年、契約量より少なく届くことが増えてきたんです。“今年は不作でして”…サフィ様はそう説明なさっていたそうですが」
「兄貴、不作なんて言ってたか? いや…俺は農園任されてるゴースト達に任せてたからな…うーん」
ルピが首をかしげる。
パルは少し表情を曇らせた。
「アンバー様は、最初は“そういう年もあるのだろう”と納得していました。けれど、紅茶とジュースの品質を守りたい方でもありますからね。
数字が合わない状態が続くと…さすがに不信感が溜まっていったんです」
「そりゃあ、自分のブランド守ってんだもんな」
俺が呟くと、パルは小さく微笑んだ。
「ええ。そのタイミングで、さらに悪いことが重なりました」
パルの声が、少しだけ低くなる。
「森のブラッドアップルが、ある日を境に、一気に姿を消したんです」
その場の空気が、ひゅっと冷たくなった気がした。
「ここからは推測も含みますが…誰かが、ルピさんを“わざと”極限まで空腹にしたうえで、ここに配置したのでしょう。ここを通る人、ダルクさんたちが確実にこのルートを通ることを見込んで、です」
「…」
ルピは何も言わなかったが、その顔にはうっすらとした嫌悪が浮かんでいた。
「ゾンビで、しかも食べることが好きなあなたなら、我慢できるはずがありません。敵も味方も関係なく、“目の前の食べ物”に飛びつくだけの状態になるように仕向けられたんです」
「操られてたわけじゃねえ。単に、腹減らされただけってことか。しかも俺達を狙って」
「そうです。いちばんタチの悪い方法ですね」
パルはため息をつく。
「そして、ルピさんが食べ尽くした“跡”だけが残りました。枝だけになった木。落ちた皮。あなたの足跡。それを見た下級ゴースト達は…」
「“ルピがやらかした”って思うわなそりゃ」
ラルドが肩をすくめる。
「は!?俺勝手にブラッドアップルなんて食わねえよ!売り物用は食うなって兄貴から言われてるから!」
「はい。そこに、“とあるゴーストの噂話”が乗せられました。 『サフィール様は、ヴァンプ家より自分たちの方を優先しようとしているらしい』とか」
「あの兄貴がそんなことするわけない」
ルピが不満そうに鼻を鳴らす。
「だからこそ“噂”なんです。ただ、噂は形を変えながら山吹館にも届いてしまった」
パルの表情が、少し苦くなる。
「『ジェム家はヴァンプ家向けのブラッドアップルを隠しているのではないか』 『ルピアスという弟を使って、森の実を独占しているのではないか』
そういう形で」
「…なるほどな。数字が合わねえところに、そういう話が入ってきたら、疑うわな」
俺が言うと、パルは小さく頷いた。
「そこまでは、まだ“誤解”の範囲でした。ですが…ここから、“明らかな罠”が仕掛けられました」
パルの視線が、霧の奥へと向く。
「ブラッドアップルの木が、どういうわけかなぎ倒されていました。焼き払われた様子もあります。そちらで炎魔法をつかえるのは…?」
「は? 確かに俺は使えるけど…そんなもん使ってねえぞ?」
ルピが驚きを隠せない。
「でしょうね。でも、現場に“そう見える痕跡”が残されているんです。まるで“ジェム家以外立入禁止”と言わんばかりの形で」
パルは続ける。
「さらに、アンバー様側の偵察が来たとき “ルピアス様にそっくりなゾンビ”が、その木のそばでブラッドアップルを焼き払っているのを目撃しています」
「ああ!?やってねえわ!」
「…していたのは、あなたに化けた誰か、ということですわね」
パルの言葉に、俺たちは同時に顔を見合わせた。
「うーん…いったい誰の仕業なんだろう?」
「もしかして、カンコンソーサイが絡んでたりして」
ラルドとマジカルが、予測する。
「かもしれないね…でも確信が持てないよ」
ローザも首を振る。
「この森には不審な人物もいます。そのため、こちらも警戒をしています」
パルの声には、はっきりした怒りが混じっていた。
「ルピさんの姿。ブラッドアップルの消失。それらをつなぎ合わせれば、“ジェム家がヴァンプ家を飢えさせている”という構図が完成してしまいます」
「…アンバー様、キレますねえ」
エンジがぽつりとこぼすと、アオイが腕を組んだ。
「アンバー様、下級の魔物にも人間にも興味ないけど… “自分の領地の民が飢える”のはガチで許せないタイプ…」
「そして、“血を取らない吸血鬼”としての誇りもありますからね」
パルが補足する。
「ブラッドアップルがなければ、いずれ一族の誰かが、人間の血に手を出すかもしれない。それは、アンバー様が何としても避けたい未来なんです」
だから、とパルは静かに言った。
「アンバー様は決断なさいました。『もしジェム家が本当にブラッドアップルを隠しているのなら力ずくで取り返す』と」
「…“サフィに喧嘩売りに行く”ってやつか」
「ええ。今まさに、山吹館から紺碧館に向かう準備をしている頃でしょう」
パルは、まっすぐこちらを見た。
「私は、それがおかしいと感じました。サフィ様がそんなことをする方ではないと。でも、この通りルピ様に出会ったことで矛盾が生じました。あなた達も自然と巻き込まれたと思います」
たまきちが、心配そうにぱたぱたと揺れる。
ノオがぎゅっと拳を握った。
「サフィさん…今とてもまずい状態じゃないでしょうか…」
パルが一歩、俺の方へ近づいた。
「そうね。私は謎の不審者が怪しいとみています。サフィ様とアンバー様、そしてジェム家とヴァンプ家が、本当に敵対する前に罠を仕掛けた“本当の敵”を探り出してほしい。
…私は占いもしておりますので、あなた達がこの問題を解決する“鍵”だと出ていますの」
俺は、みんなの顔を見渡した。
スタラはむっすりと腕を組み、ローザはしょんぼりしながらも頷いている。
ラルドは「まあこういうのはぶん殴った方が早え」とぼやき、マジカルは難しい顔で尻尾を揺らしていた。
そしてノオが一歩前に出る。
「ダルクさん…僕、サフィさんのこと、そんなに知らないけど。僕のことを“味方でいたい”って思ってくれる人を、勝手に悪者にはさせたくないです」
たまきちも、こくこくと頷いている。
「…そうだよな」
俺は剣の柄に手をかけた。
「とりあえず、そのアンバーって吸血鬼がサフィのとこにたどり着く前に誤解を解く。もし…ゲンが絡んでいたら一緒にぶっ飛ばす」
「腕一本で済ませるか?」
「うるせえラルド」
パルがふっと笑った。
「ありがとうございます。ではまずは紺碧館へ急ぎましょう。アンバー様とサフィ様が、本当に刃を交える前に」
「兄貴の屋敷はこの滝を上った先だ。ついてこい。俺、行き場所しってる」
霧の向こうから、滝の音が少し大きく聞こえた気がした。
どうやら、ここからが本番らしい。
