2章
フォレストタウンに戻ってくる頃には、空はすっかり夕焼け色になっていた。
白い息が混じる冷たい空気も、さっきまでの戦いの熱のせいか、少しだけ心地よく感じる。
「ただいま戻りましたー!」
ノオが先頭で声を張り上げると、宿屋のドアががちゃりと開いた。
「あら、帰ってきたのね!」
エプロン姿のビルバさんが、ほっとしたように笑った。
「皆さん、本当にお疲れさまでした」
その隣には、ハーデスさんの姿もある。
白いスーツの裾を整えながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
「で、親父は…?」
「こっちにいたはずだぜ」
ラルドに案内されて、奥の部屋へ向かう。
うっかり猫とかに襲われないように隔離している部屋なんだが…
そっと扉を開けると…
「…ん?」
ベッドの上で、男がひとり、寝返りを打った。
ぼさぼさの黒髪に、特徴のあるひげ。
肩には、見慣れたマント。
見慣れた、というか、見慣れすぎている顔。
「親父…?」
思わず声が漏れた。
「クロノス…さん!」
ノオも驚いたように目を丸くする。
「ふあぁ…ん? おぉ、ダルクか。なんだそう驚いて?」
「親父…元に戻ってんのにマイペースだな」
親父…クロノスは、眠たそうに片目を開けた。
いつもの、半分寝てるみたいなテンションの声だ。
「ぎっ…じゃねえな。ちゃんと喋れてるな、今」
ラルドが胸を撫で下ろす。
「呪いの方は、どうやら解けたようですね」
ハーデスさんが近づいて、親父の反応を確認する。
「身体の変化も…もう残っていない。見事なもんだ」
「ジャロってやつを倒してきた。そいつの呪いだったらしいぞ」
俺がそう言うと、親父は少しだけ目を見開いた。
「そうか…あの黄色いチビを、やったのか。…よくやったな、ダルク」
ぽん、と俺の頭に手が乗る。
「…あんま、子ども扱いすんなよ」
言いつつ、内心はちょっと嬉しい。
なんだかんだで、ちゃんと“褒められた”のなんて、いつぶりだろう。
「クロノスさん、くれぐれも無茶はしないようにお願いしますよ」
「おう。今は素直に休んどくわ…」
やれやれと言わんばかりにごろ寝を再開する。
(とりあえず、親父の方はこれで一安心か)
「よかったー。ジャロの呪いは徐々に解けているはずだよ。次はネーロの方いこー!」
ローザがそう言って、俺たちは別の部屋、ノアさんのいる部屋へ向かった。
ノアさんの部屋は、薬草と消毒薬の匂いがしていた。
マオ先生も居合わせており、ベッドにはノアさんが上体を起こしていて待ち構えていた。
「おかえり。無事だったみたいだな」
ノアさんは、顔はもう包帯要らない位に肌もほぼ治りかけていた。
「ノアさん、調子はどうですか」
「だいぶマシになってきた。手はあと少しだが…で、その様子だと無事に終わったようだな?」
ローザが、にししと笑いながら、手に持った巨大な飴玉を掲げた。
「じゃーん! これ、ジャロの核だよ!」
「…なんで手形付きなんだ?」
「あー、これは事情がありまして…」
俺は苦笑しながら、自分の手を見る。
さっきまで飴コーティングされてた手は、今はノオのおかげですっかりきれいだ。
『おー、やるやんけ』
ノアさんの身体から、聞き慣れた声が響いた。
ベッドの影から、黒い影のような触腕が、ひょいっと顔を出す。
『まさかほんまにジャロをここまで追い詰めるとはなぁ。ダルク、お前やったな』
「そっちの台詞だろ。ネーロの情報がなかったら、絶対勝てなかったし」
ローザは、飴玉となった核を、そっとノアさん…いや、ネーロの方へ差し出した。
「ネーロ。言ってた通り、封印お願いしていい?」
『もちろんや。…ローザ、飴コーティングも完璧やな。魔力漏れゼロや』
触腕がするりと伸びて、飴玉に触れる。
その瞬間、牙の生えた口に変形して飴ごと核を丸のみにした。
「あーたべた!」
「封印ってネーロが食べることかよ!?」
『ジャロの魔力パターン…まだちょびっと残っとるな。これで物理的にも、魔力的にも完全に固定できたわ。もう二度と勝手には動けん』
もごもごしているネーロの声は、さっきまでの軽口とは少し違い、どこか真剣だった。
「これで…ジャロは、もう誰もフルーツにできないってことですね」
ノオが小さく息をつく。
『ああ。カンコンソーサイ、ひとり目のジャロ、封印完了や』
無事に取り込んだようでもう気配がなくなった。
『集めた核は、いずれまとめて“本来の場所”に戻したる』
「本来の場所…?」
『ま、それはもうちょい先の話やな。今は一人倒したってことが大事や』
ローザは胸を張って、えっへん、としている。
「これで初のカンコンソーサイ討伐ってことだね!」
「あと何人だっけ?」
『せやな、討伐をお願いしたカンコンソーサイは…これで4体や。』
「数字で聞くと、けっこういるな…」
あれ?ヴェル、アラン、ロッソ、ブルのほかにもあと一体いたような…いや、いいか。
(ネーロ、多分わざと誤魔化してるよな…?)
『せやけど、一歩前進やで。それに精霊を戻す方法も見つかったんやろ?』
「ああ、それなんすよ」
俺はスペイドさんの方を見る。
スペイドさんは頷くと、簡単に装置の仕組みを説明してくれた。
「セブンフルーツジュースを魔力に変換して、精霊石に注ぎ込む。その結果、氷のフロリル、雷のサンダー、光のフランが戻ってきた」
『ほぉ〜。ジャロが集めた努力の結晶がまさか逆に精霊の復活に使われるとはなぁ。あいつ、聞いたら泣いて怒るで』
「もう文句言えない状態になってるけどな」
ラルドがニヤリと笑った。
「ついでに親父の呪いも解決だな」
「そうか、師匠も元に戻ったんだな」
「あとで様子見に来ると思いますよ」
「安心したと思うがまだまだ課題はある」
マオ先生が静かに口を開いた。
「ジャロという一駒が倒れたことで、ゲンも動きを変えてくるでしょう」
『せやな。ダンの中にいる“あいつ”も、そろそろ本気出してくる頃合いやろ』
ネーロの声のトーンが、少しだけ鋭くなる。
「ダンのことも…放っておけないままだ」
俺は拳を握った。
「精霊たちが戻った今、僕たちも動きやすくなった。千年前の歴史も、少しずつ見えてくるはずだ」
マオ先生が言うと、後ろに控えていたフランがそっと続けた。
「光の神殿が占領されているのは聞きました。ここフォレストタウンを拠点にして、精霊たちと協力して動きましょう」
「フォレストタウンに臨時ラボを作るのも、その一環だね」
スペイドさんが、巻物のような図面を広げる。
「精霊復活用の装置、千年前の資料の整理、カンコンソーサイの対策…ここでできることはたくさんある」
『んで、ダルク。お前らには』
ネーロが、意味ありげに笑った。
『“ダンを取り戻す”方法を探るとええ』
その一言で、部屋の空気が少しだけ引き締まった。
「ジャロを倒せたのは大きい。でも、本番はこれからってことか」
「うん。他のカンコンソーサイ達も放ってはおけない。邪魔をしてくるはずだよ」
ローザが、緑色の瞳をきらりと光らせる。
「まずはしっかり休んで、体勢を整えましょう。明日から、もっと忙しくなりますよ」
マオ先生のその言葉に、俺も大きく息を吐いた。
「…分かりました、先生」
親父は無事に戻ってきた。
ジャロも封印できた。
精霊も一部復活した。
フォレストタウンには、新しい拠点と、仲間がいる。
あとは…
(ダンを助ける。それだけだ)
俺はそう心の中で決めて、窓の外の夜空を見上げた。
“本当の戦い”の始まりなんだと、どこかで分かっていた。
「あ。あの…僕の家でこれからのこと話しませんか?先生たちも忙しそうなので…」
「ノオの家か、外から見たが結構でかいしいいんじゃないか?」
「でもノアさん外出て大丈夫か?」
「実はもう動ける。筋トレもできるレベルだ」
『ちょっとだけならええやろ。なんかあれば俺もおるし』
ここから先はノオの家で作戦を考えることにする。
白い息が混じる冷たい空気も、さっきまでの戦いの熱のせいか、少しだけ心地よく感じる。
「ただいま戻りましたー!」
ノオが先頭で声を張り上げると、宿屋のドアががちゃりと開いた。
「あら、帰ってきたのね!」
エプロン姿のビルバさんが、ほっとしたように笑った。
「皆さん、本当にお疲れさまでした」
その隣には、ハーデスさんの姿もある。
白いスーツの裾を整えながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
「で、親父は…?」
「こっちにいたはずだぜ」
ラルドに案内されて、奥の部屋へ向かう。
うっかり猫とかに襲われないように隔離している部屋なんだが…
そっと扉を開けると…
「…ん?」
ベッドの上で、男がひとり、寝返りを打った。
ぼさぼさの黒髪に、特徴のあるひげ。
肩には、見慣れたマント。
見慣れた、というか、見慣れすぎている顔。
「親父…?」
思わず声が漏れた。
「クロノス…さん!」
ノオも驚いたように目を丸くする。
「ふあぁ…ん? おぉ、ダルクか。なんだそう驚いて?」
「親父…元に戻ってんのにマイペースだな」
親父…クロノスは、眠たそうに片目を開けた。
いつもの、半分寝てるみたいなテンションの声だ。
「ぎっ…じゃねえな。ちゃんと喋れてるな、今」
ラルドが胸を撫で下ろす。
「呪いの方は、どうやら解けたようですね」
ハーデスさんが近づいて、親父の反応を確認する。
「身体の変化も…もう残っていない。見事なもんだ」
「ジャロってやつを倒してきた。そいつの呪いだったらしいぞ」
俺がそう言うと、親父は少しだけ目を見開いた。
「そうか…あの黄色いチビを、やったのか。…よくやったな、ダルク」
ぽん、と俺の頭に手が乗る。
「…あんま、子ども扱いすんなよ」
言いつつ、内心はちょっと嬉しい。
なんだかんだで、ちゃんと“褒められた”のなんて、いつぶりだろう。
「クロノスさん、くれぐれも無茶はしないようにお願いしますよ」
「おう。今は素直に休んどくわ…」
やれやれと言わんばかりにごろ寝を再開する。
(とりあえず、親父の方はこれで一安心か)
「よかったー。ジャロの呪いは徐々に解けているはずだよ。次はネーロの方いこー!」
ローザがそう言って、俺たちは別の部屋、ノアさんのいる部屋へ向かった。
ノアさんの部屋は、薬草と消毒薬の匂いがしていた。
マオ先生も居合わせており、ベッドにはノアさんが上体を起こしていて待ち構えていた。
「おかえり。無事だったみたいだな」
ノアさんは、顔はもう包帯要らない位に肌もほぼ治りかけていた。
「ノアさん、調子はどうですか」
「だいぶマシになってきた。手はあと少しだが…で、その様子だと無事に終わったようだな?」
ローザが、にししと笑いながら、手に持った巨大な飴玉を掲げた。
「じゃーん! これ、ジャロの核だよ!」
「…なんで手形付きなんだ?」
「あー、これは事情がありまして…」
俺は苦笑しながら、自分の手を見る。
さっきまで飴コーティングされてた手は、今はノオのおかげですっかりきれいだ。
『おー、やるやんけ』
ノアさんの身体から、聞き慣れた声が響いた。
ベッドの影から、黒い影のような触腕が、ひょいっと顔を出す。
『まさかほんまにジャロをここまで追い詰めるとはなぁ。ダルク、お前やったな』
「そっちの台詞だろ。ネーロの情報がなかったら、絶対勝てなかったし」
ローザは、飴玉となった核を、そっとノアさん…いや、ネーロの方へ差し出した。
「ネーロ。言ってた通り、封印お願いしていい?」
『もちろんや。…ローザ、飴コーティングも完璧やな。魔力漏れゼロや』
触腕がするりと伸びて、飴玉に触れる。
その瞬間、牙の生えた口に変形して飴ごと核を丸のみにした。
「あーたべた!」
「封印ってネーロが食べることかよ!?」
『ジャロの魔力パターン…まだちょびっと残っとるな。これで物理的にも、魔力的にも完全に固定できたわ。もう二度と勝手には動けん』
もごもごしているネーロの声は、さっきまでの軽口とは少し違い、どこか真剣だった。
「これで…ジャロは、もう誰もフルーツにできないってことですね」
ノオが小さく息をつく。
『ああ。カンコンソーサイ、ひとり目のジャロ、封印完了や』
無事に取り込んだようでもう気配がなくなった。
『集めた核は、いずれまとめて“本来の場所”に戻したる』
「本来の場所…?」
『ま、それはもうちょい先の話やな。今は一人倒したってことが大事や』
ローザは胸を張って、えっへん、としている。
「これで初のカンコンソーサイ討伐ってことだね!」
「あと何人だっけ?」
『せやな、討伐をお願いしたカンコンソーサイは…これで4体や。』
「数字で聞くと、けっこういるな…」
あれ?ヴェル、アラン、ロッソ、ブルのほかにもあと一体いたような…いや、いいか。
(ネーロ、多分わざと誤魔化してるよな…?)
『せやけど、一歩前進やで。それに精霊を戻す方法も見つかったんやろ?』
「ああ、それなんすよ」
俺はスペイドさんの方を見る。
スペイドさんは頷くと、簡単に装置の仕組みを説明してくれた。
「セブンフルーツジュースを魔力に変換して、精霊石に注ぎ込む。その結果、氷のフロリル、雷のサンダー、光のフランが戻ってきた」
『ほぉ〜。ジャロが集めた努力の結晶がまさか逆に精霊の復活に使われるとはなぁ。あいつ、聞いたら泣いて怒るで』
「もう文句言えない状態になってるけどな」
ラルドがニヤリと笑った。
「ついでに親父の呪いも解決だな」
「そうか、師匠も元に戻ったんだな」
「あとで様子見に来ると思いますよ」
「安心したと思うがまだまだ課題はある」
マオ先生が静かに口を開いた。
「ジャロという一駒が倒れたことで、ゲンも動きを変えてくるでしょう」
『せやな。ダンの中にいる“あいつ”も、そろそろ本気出してくる頃合いやろ』
ネーロの声のトーンが、少しだけ鋭くなる。
「ダンのことも…放っておけないままだ」
俺は拳を握った。
「精霊たちが戻った今、僕たちも動きやすくなった。千年前の歴史も、少しずつ見えてくるはずだ」
マオ先生が言うと、後ろに控えていたフランがそっと続けた。
「光の神殿が占領されているのは聞きました。ここフォレストタウンを拠点にして、精霊たちと協力して動きましょう」
「フォレストタウンに臨時ラボを作るのも、その一環だね」
スペイドさんが、巻物のような図面を広げる。
「精霊復活用の装置、千年前の資料の整理、カンコンソーサイの対策…ここでできることはたくさんある」
『んで、ダルク。お前らには』
ネーロが、意味ありげに笑った。
『“ダンを取り戻す”方法を探るとええ』
その一言で、部屋の空気が少しだけ引き締まった。
「ジャロを倒せたのは大きい。でも、本番はこれからってことか」
「うん。他のカンコンソーサイ達も放ってはおけない。邪魔をしてくるはずだよ」
ローザが、緑色の瞳をきらりと光らせる。
「まずはしっかり休んで、体勢を整えましょう。明日から、もっと忙しくなりますよ」
マオ先生のその言葉に、俺も大きく息を吐いた。
「…分かりました、先生」
親父は無事に戻ってきた。
ジャロも封印できた。
精霊も一部復活した。
フォレストタウンには、新しい拠点と、仲間がいる。
あとは…
(ダンを助ける。それだけだ)
俺はそう心の中で決めて、窓の外の夜空を見上げた。
“本当の戦い”の始まりなんだと、どこかで分かっていた。
「あ。あの…僕の家でこれからのこと話しませんか?先生たちも忙しそうなので…」
「ノオの家か、外から見たが結構でかいしいいんじゃないか?」
「でもノアさん外出て大丈夫か?」
「実はもう動ける。筋トレもできるレベルだ」
『ちょっとだけならええやろ。なんかあれば俺もおるし』
ここから先はノオの家で作戦を考えることにする。
