2章
雪うさぎの森入口前
白銀の小さな森が広がっていた。
木々の枝にはふわふわの雪が積もり、風が吹くたびに細かい粉雪がきらきら舞う。
…なんか、やたらメルヘンだなここ。妖精とか、よくわかんねえけど“ふしぎで可愛いなにか”が住んでそうな雰囲気だ。
「ここね、“迷いの森”なのよ」
マジカルが、いつもの調子で説明を始めた。
「間違った道を行くと、入口に戻されちゃうの」
「この森は、地形と魔力の関係で空間が少しねじれていてね…」
横でスペイドさんが、専門家っぽく補足を入れる。
「あ、なるほど。結構騒がれてる“不思議迷宮”は、ここが元ネタかもな」
「不思議迷宮?」
「ああ、マジカルロードがこの森みたいな不思議迷宮になっちまっててな。何が原因かは、まだわかんねえ」
「ふむ…そっちの原因も、あとで探らねばならんな」
スペイドさんは早くも新たな研究対象を見つけたみたいに、少し目を輝かせている。
「そんな迷いの迷宮、どうやって攻略すればいいんだ?」
俺が確認すると、マジカルは自信たっぷりに胸を張った。
「大丈夫よ。ちゃんと“ヒント”はあるからね。『雪うさぎは嘘をつかない』ダルクなら、わかると思うよ?」
「えー、嘘つかない? どういうこと?」
「んー、わからん。実際、森の中を見ればわかるか?」
ローザと俺で首を傾げる。少し不安は残るが、立ち止まってても仕方ない。
覚悟を決めて俺たちは、雪うさぎの森へ足を踏み入れた。
一度道を間違えた場合
しばらく森の中を進んでいると…
「…あれ?」
見覚えのある木の並び、見覚えのある看板。
「ここは…入口ですね!」
ノオが指さした先には、さっき入ってきた門が、どーんと構えていた。
「戻っちまったか。参ったな、急いでるってのに…」
「雪うさぎは嘘つかない。このヒント、忘れないようにね!」
マジカルが念を押す。今度は注意深く、周りを見ながら進むことにした。
森の奥へ進んでいくと、雪でできた小さな像が目に入った。
「お、あれ…」
ちょこんと座った雪うさぎの像が、森の奥の方をじっと見つめている。耳もその方向にぴん、と向いていた。
「なるほど、分かったぜ」
俺は指を鳴らした。
「あちこちにある雪うさぎの像が向いてる方向が、“正しい道”なんだな」
「そう! その通りよ、ダルク!」
マジカルは嬉しそうに飛び跳ねる。
「しかし、なんでこんな面倒なことするんだ?」
「これはね、氷の精霊フロリルが、不要に研究所へ近づかせないように作ったギミックよ」
マジカルが得意げに説明する。
「私の研究は精霊関連。この世界に関わっている魔力の悪用を防ぐためなのさ」
スペイドさんも頷く。
「ふーん。自分たちのことばらしても、精霊は協力的なんだな?」
「ま、まあ…利害の一致よ!」
ラルドの疑問に、マジカルはちょっとあたふたしていた。
そんな中、スタラが前方を指さす。
「ダルク!またみつけた!」
進行方向にも、雪うさぎの像がある。
その瞬間…
バチィッ!!
稲妻のような光が、雪うさぎの像に落ちた。
「うお、あぶねえ!?雷!?」
「天気が悪くなっているということではなさそうだな」
スペイドさんが眉をひそめる。
「あー! ダルク! みて!」
「雪うさぎが、めちゃくちゃな動きしてます!」
スタラとノオの叫びに目を向けると…
さっきまで静かに座っていたはずの雪うさぎが、黄色いオーラをまとってぐるぐる回り始めていた。
首をぶんぶん振り、向きが全く定まらない。
「これ、ジャロの仕業だね…!」
ローザが顔をしかめる。
「変化しないものは、こうやって“混乱”させちゃうの。セブンフルーツにならなかったから、代わりにぐるぐるになっちゃったんだよ」
「やっぱ、どっかにいるよな、あいつ!!」
「おい、ダルク。これじゃ次、どこ進めばいいのかわかんねえぞ!」
ラルドと俺で同時にツッコむ。雪うさぎの像は、顔がぐるぐる目で完全にアウトだ。
「どうしよ…」
あたふたしながら辺りを見回していると、ふと…奥の方で、何か“白い影”が動いた気がした。
「…ん?」
白い人影のようなものが、木々の間をすっと横切る。
幽霊?いや、ラルドと違って、これはたぶん生きてる。
「俺たち以外にも、誰かいんのか?」
思わず声をかけると、その影は一瞬こちらを見たような気がして、そのまま、森の奥へと向かっていった。
「ダルク? どうしたの?」
スタラは、ぐるぐる回っている雪うさぎの像をぺしぺし叩いている。やめろ、余計おかしくなりそうだ。
「なんか、向こうに人影がいた気がしてさ」
「ジャロかもしれないね…でも、追いかけていけば研究所にたどり着けるかも?」
ローザが顎に手を当てて考える。
「誰だかはわからんけど…ここで立ち止まってても仕方ねえしな。追いかけてみるか」
ジャロの妨害で雪うさぎが当てにならない以上、頼れるのは“白い影”だけだ。
俺たちは、影が向かって行った方角へと歩みを進めることにした。
視界がふっと開けた。
「ん?」
いつの間にか森を抜けていたらしい。
目の前には、雪原の中にどんと構える巨大な建物がそびえていた。
白い壁に、青いガラスの窓。ところどころに氷の結晶みたいな装飾が施されている。
ここがスペイド博士の研究所か。
「…すごい。お城みたいですね…」
ノオが思わず見上げる。住んでる町だからか近場だったけど研究所に行ったことはなかったそうだ。
その研究所の入口の前。そこに、雪うさぎの像をじっと見つめて立っている白い服の男がいた。
さっきまでの森の像と違って、その雪うさぎはぐるぐるもしていないし、変な顔にもなっていない。
まっすぐ研究所の入口の方を向いて、きちんと“仕事中”って感じだ。
「あの人も、研究所に用があるのかしら?」
「それとも、道に迷ってるのでしょうか?」
「ダルクー、どうする?」
マジカル、ノオ、スタラの三人が好き勝手に言う。
正直、こっちも気にはなるが、このまま遠くから眺めてても進展はなさそうだ。
「考えてもしょうがない。話しかけてみよう」
俺は一歩前に出て、白い服の男に声をかけた。
「なあ、あんた! こんなとこで何してんだ? 道に迷ったんか?」
男は、俺の声にわずかに反応し、
「ここまで来れたのか」
ぽつりと、それだけを口にした。
「え?」
「なんだ、あんた。まるで俺たちがここに来ること、分かってたみてえな言い方だな」
ラルドが詰め寄るも男はこちらを見ていない。
雪うさぎの像から視線を外さず、まるで俺たちの存在なんか大したことじゃないと言わんばかりだ。
(……眼中にないってやつか?)
軽くイラっとしていると、横からローザが小さく息を呑む気配がした。
「ねえ…もしかして、ブランなの?」
恐る恐る、ローザが尋ねる。
その瞬間、男はようやくこちらを向いた。
白いコート、一本に束ねた白い髪。整った顔立ちに、どこか人間離れした冷たさがある。
「いかにも。我が名はブラン」
静かな声だったが、妙な重みがある。
「え、ローザの知り合いだったのか?」
「てことは、こいつもカンコンソーサイ!?」
思わず一歩構える。ラルドも距離を測るようにふわりと浮かび上がった。
しかしローザが、慌てて手を振った。
「まって。そうだよ、ローザはネーロから聞いてただけで、実際会ったことはなかったんだ」
「俺とあんな下衆な輩を一緒にするな」
ブランは露骨に眉をひそめた。
「げすってなに?」
「とことん悪さをしている人のことだよ、スタラ君」
スペイドさんはスタラに難しい言葉を教えてる。
「下衆って…ああ、ゲンのことだな」
「うん、だよね。あの中にはいなかった。ブランはゲンに従って行動してないでしょ?」
「てことは、あいつもネーロ側ってことか?」
俺がつい期待を込めた声を出すと、ブランの視線がこちらまで滑ってきた。
「お前は、新入りのローザか」
表情はほとんど変えないまま、ブランはローザをじっと見据える。
「我らの中では、一番“最新”といえる存在か…」
どうにも、ローザを値踏みしてる感じだ。さっきまでの俺たちへの無関心っぷりと比べると、逆に警戒しているのがよく分かる。
「あの、ブラン。ローザたち、目的は同じだよね…?」
ローザが、おそるおそる口を開く。
「ネーロも言ってたよ。一緒に行動した方がいいって…」
「何度も言う。俺は俺のやり方がある」
ブランはきっぱりと言い切った。
「お前たちのやり方に口出しする気もないし、その逆もいらん」
「だけど…」
「邪魔をするなら…覚悟は、できているんだろうな?」
冷たい視線が、ローザに突き刺さる。
思わず俺も息を飲んだ。
戦ったら多分、今の戦力じゃ勝てない。そう直感できる“格”がある。
「い、いやいや…戦いたいわけじゃないんだよ〜…」
ローザは両手をぶんぶん振って後ずさる。
「ネーロがどう言おうと、貴様のことを認めたわけではない」
ブランの声音は、最初から最後までほとんどブレない。静かで、でも拒絶だけははっきりしている。
(な、なんだ…“仲間”って感じじゃねえなやっぱ)
俺たちは、ただ黙ってそのやり取りを見ているしかなかった。
ブランはそれきり何も言わず、俺たちの間をすっと通り抜けて行く。
森の方へと歩いていこうとした、その時、
「そうだ、お前」
「え? 俺?」
背中越しに呼びかけられて、思わず固まる。
「ノアという男を知らないか?」
ノアさんの名前が出てきて、頭の中でピンときた。
「あ、もしかして…ノアさんから聞いたんだけどさ。マジカルタウンで決闘を申し込まれたっていう“白い奴”、あんただったのか」
「もう一度問う。ノアは、どうしている?」
ブランの声に、ほんの僅かだけ色がついた気がした。嘘をついてもしょうがない。ここは正直に言っておこう。
「ノアさんは今、大怪我負って、町で療養中だぞ」
「そうか…」
ブランは小さく息を吐く。
「なら、決闘はしばらくお預けだな」
表情はあまり変わらないが、その言い方には本当に残念がっているような響きがあった。
(…ノアさんのこと、気にかけてんのか?)
「ダルクといったな」
「え、ああ」
名前を呼ばれて、少し背筋が伸びる。
「貴様も、なかなか腕が立ちそうだ」
振り返り、じっと俺を見たあと、ブランはふっと口角を上げた。
「そのうち、お前の実力も試してみたいもんだ」
「は?」
返事をする前に、ブランの姿はふっと雪の向こうへ溶けるように消えていった。
さっきまで正面にいたはずなのに、瞬きした時はもうどこにも見当たらない。
「え…なんなんだ…?」
「なんか…厄介なのに目をつけられたんじゃね?」
ラルドが肩を竦める。ええ…俺も決闘やらされるのこれ?
「君たち、目的を忘れては困るぞ」
後ろからスペイドさんの声が飛んできた。
「おっと」
そうだった。ここで立ち止まってる場合じゃない。
「鍵は私が持っている。…さ、鍵を開けて、入ろうか」
スペイドさんが研究所の扉の前に立ち、ポケットから銀色の鍵を取り出す。
ブランという、“敵なのか味方なのかわからん存在”の影を背中に残したまま、俺たちは、新たな情報と謎を求めて、研究所の中へ足を踏み入れることにした。
白銀の小さな森が広がっていた。
木々の枝にはふわふわの雪が積もり、風が吹くたびに細かい粉雪がきらきら舞う。
…なんか、やたらメルヘンだなここ。妖精とか、よくわかんねえけど“ふしぎで可愛いなにか”が住んでそうな雰囲気だ。
「ここね、“迷いの森”なのよ」
マジカルが、いつもの調子で説明を始めた。
「間違った道を行くと、入口に戻されちゃうの」
「この森は、地形と魔力の関係で空間が少しねじれていてね…」
横でスペイドさんが、専門家っぽく補足を入れる。
「あ、なるほど。結構騒がれてる“不思議迷宮”は、ここが元ネタかもな」
「不思議迷宮?」
「ああ、マジカルロードがこの森みたいな不思議迷宮になっちまっててな。何が原因かは、まだわかんねえ」
「ふむ…そっちの原因も、あとで探らねばならんな」
スペイドさんは早くも新たな研究対象を見つけたみたいに、少し目を輝かせている。
「そんな迷いの迷宮、どうやって攻略すればいいんだ?」
俺が確認すると、マジカルは自信たっぷりに胸を張った。
「大丈夫よ。ちゃんと“ヒント”はあるからね。『雪うさぎは嘘をつかない』ダルクなら、わかると思うよ?」
「えー、嘘つかない? どういうこと?」
「んー、わからん。実際、森の中を見ればわかるか?」
ローザと俺で首を傾げる。少し不安は残るが、立ち止まってても仕方ない。
覚悟を決めて俺たちは、雪うさぎの森へ足を踏み入れた。
一度道を間違えた場合
しばらく森の中を進んでいると…
「…あれ?」
見覚えのある木の並び、見覚えのある看板。
「ここは…入口ですね!」
ノオが指さした先には、さっき入ってきた門が、どーんと構えていた。
「戻っちまったか。参ったな、急いでるってのに…」
「雪うさぎは嘘つかない。このヒント、忘れないようにね!」
マジカルが念を押す。今度は注意深く、周りを見ながら進むことにした。
森の奥へ進んでいくと、雪でできた小さな像が目に入った。
「お、あれ…」
ちょこんと座った雪うさぎの像が、森の奥の方をじっと見つめている。耳もその方向にぴん、と向いていた。
「なるほど、分かったぜ」
俺は指を鳴らした。
「あちこちにある雪うさぎの像が向いてる方向が、“正しい道”なんだな」
「そう! その通りよ、ダルク!」
マジカルは嬉しそうに飛び跳ねる。
「しかし、なんでこんな面倒なことするんだ?」
「これはね、氷の精霊フロリルが、不要に研究所へ近づかせないように作ったギミックよ」
マジカルが得意げに説明する。
「私の研究は精霊関連。この世界に関わっている魔力の悪用を防ぐためなのさ」
スペイドさんも頷く。
「ふーん。自分たちのことばらしても、精霊は協力的なんだな?」
「ま、まあ…利害の一致よ!」
ラルドの疑問に、マジカルはちょっとあたふたしていた。
そんな中、スタラが前方を指さす。
「ダルク!またみつけた!」
進行方向にも、雪うさぎの像がある。
その瞬間…
バチィッ!!
稲妻のような光が、雪うさぎの像に落ちた。
「うお、あぶねえ!?雷!?」
「天気が悪くなっているということではなさそうだな」
スペイドさんが眉をひそめる。
「あー! ダルク! みて!」
「雪うさぎが、めちゃくちゃな動きしてます!」
スタラとノオの叫びに目を向けると…
さっきまで静かに座っていたはずの雪うさぎが、黄色いオーラをまとってぐるぐる回り始めていた。
首をぶんぶん振り、向きが全く定まらない。
「これ、ジャロの仕業だね…!」
ローザが顔をしかめる。
「変化しないものは、こうやって“混乱”させちゃうの。セブンフルーツにならなかったから、代わりにぐるぐるになっちゃったんだよ」
「やっぱ、どっかにいるよな、あいつ!!」
「おい、ダルク。これじゃ次、どこ進めばいいのかわかんねえぞ!」
ラルドと俺で同時にツッコむ。雪うさぎの像は、顔がぐるぐる目で完全にアウトだ。
「どうしよ…」
あたふたしながら辺りを見回していると、ふと…奥の方で、何か“白い影”が動いた気がした。
「…ん?」
白い人影のようなものが、木々の間をすっと横切る。
幽霊?いや、ラルドと違って、これはたぶん生きてる。
「俺たち以外にも、誰かいんのか?」
思わず声をかけると、その影は一瞬こちらを見たような気がして、そのまま、森の奥へと向かっていった。
「ダルク? どうしたの?」
スタラは、ぐるぐる回っている雪うさぎの像をぺしぺし叩いている。やめろ、余計おかしくなりそうだ。
「なんか、向こうに人影がいた気がしてさ」
「ジャロかもしれないね…でも、追いかけていけば研究所にたどり着けるかも?」
ローザが顎に手を当てて考える。
「誰だかはわからんけど…ここで立ち止まってても仕方ねえしな。追いかけてみるか」
ジャロの妨害で雪うさぎが当てにならない以上、頼れるのは“白い影”だけだ。
俺たちは、影が向かって行った方角へと歩みを進めることにした。
視界がふっと開けた。
「ん?」
いつの間にか森を抜けていたらしい。
目の前には、雪原の中にどんと構える巨大な建物がそびえていた。
白い壁に、青いガラスの窓。ところどころに氷の結晶みたいな装飾が施されている。
ここがスペイド博士の研究所か。
「…すごい。お城みたいですね…」
ノオが思わず見上げる。住んでる町だからか近場だったけど研究所に行ったことはなかったそうだ。
その研究所の入口の前。そこに、雪うさぎの像をじっと見つめて立っている白い服の男がいた。
さっきまでの森の像と違って、その雪うさぎはぐるぐるもしていないし、変な顔にもなっていない。
まっすぐ研究所の入口の方を向いて、きちんと“仕事中”って感じだ。
「あの人も、研究所に用があるのかしら?」
「それとも、道に迷ってるのでしょうか?」
「ダルクー、どうする?」
マジカル、ノオ、スタラの三人が好き勝手に言う。
正直、こっちも気にはなるが、このまま遠くから眺めてても進展はなさそうだ。
「考えてもしょうがない。話しかけてみよう」
俺は一歩前に出て、白い服の男に声をかけた。
「なあ、あんた! こんなとこで何してんだ? 道に迷ったんか?」
男は、俺の声にわずかに反応し、
「ここまで来れたのか」
ぽつりと、それだけを口にした。
「え?」
「なんだ、あんた。まるで俺たちがここに来ること、分かってたみてえな言い方だな」
ラルドが詰め寄るも男はこちらを見ていない。
雪うさぎの像から視線を外さず、まるで俺たちの存在なんか大したことじゃないと言わんばかりだ。
(……眼中にないってやつか?)
軽くイラっとしていると、横からローザが小さく息を呑む気配がした。
「ねえ…もしかして、ブランなの?」
恐る恐る、ローザが尋ねる。
その瞬間、男はようやくこちらを向いた。
白いコート、一本に束ねた白い髪。整った顔立ちに、どこか人間離れした冷たさがある。
「いかにも。我が名はブラン」
静かな声だったが、妙な重みがある。
「え、ローザの知り合いだったのか?」
「てことは、こいつもカンコンソーサイ!?」
思わず一歩構える。ラルドも距離を測るようにふわりと浮かび上がった。
しかしローザが、慌てて手を振った。
「まって。そうだよ、ローザはネーロから聞いてただけで、実際会ったことはなかったんだ」
「俺とあんな下衆な輩を一緒にするな」
ブランは露骨に眉をひそめた。
「げすってなに?」
「とことん悪さをしている人のことだよ、スタラ君」
スペイドさんはスタラに難しい言葉を教えてる。
「下衆って…ああ、ゲンのことだな」
「うん、だよね。あの中にはいなかった。ブランはゲンに従って行動してないでしょ?」
「てことは、あいつもネーロ側ってことか?」
俺がつい期待を込めた声を出すと、ブランの視線がこちらまで滑ってきた。
「お前は、新入りのローザか」
表情はほとんど変えないまま、ブランはローザをじっと見据える。
「我らの中では、一番“最新”といえる存在か…」
どうにも、ローザを値踏みしてる感じだ。さっきまでの俺たちへの無関心っぷりと比べると、逆に警戒しているのがよく分かる。
「あの、ブラン。ローザたち、目的は同じだよね…?」
ローザが、おそるおそる口を開く。
「ネーロも言ってたよ。一緒に行動した方がいいって…」
「何度も言う。俺は俺のやり方がある」
ブランはきっぱりと言い切った。
「お前たちのやり方に口出しする気もないし、その逆もいらん」
「だけど…」
「邪魔をするなら…覚悟は、できているんだろうな?」
冷たい視線が、ローザに突き刺さる。
思わず俺も息を飲んだ。
戦ったら多分、今の戦力じゃ勝てない。そう直感できる“格”がある。
「い、いやいや…戦いたいわけじゃないんだよ〜…」
ローザは両手をぶんぶん振って後ずさる。
「ネーロがどう言おうと、貴様のことを認めたわけではない」
ブランの声音は、最初から最後までほとんどブレない。静かで、でも拒絶だけははっきりしている。
(な、なんだ…“仲間”って感じじゃねえなやっぱ)
俺たちは、ただ黙ってそのやり取りを見ているしかなかった。
ブランはそれきり何も言わず、俺たちの間をすっと通り抜けて行く。
森の方へと歩いていこうとした、その時、
「そうだ、お前」
「え? 俺?」
背中越しに呼びかけられて、思わず固まる。
「ノアという男を知らないか?」
ノアさんの名前が出てきて、頭の中でピンときた。
「あ、もしかして…ノアさんから聞いたんだけどさ。マジカルタウンで決闘を申し込まれたっていう“白い奴”、あんただったのか」
「もう一度問う。ノアは、どうしている?」
ブランの声に、ほんの僅かだけ色がついた気がした。嘘をついてもしょうがない。ここは正直に言っておこう。
「ノアさんは今、大怪我負って、町で療養中だぞ」
「そうか…」
ブランは小さく息を吐く。
「なら、決闘はしばらくお預けだな」
表情はあまり変わらないが、その言い方には本当に残念がっているような響きがあった。
(…ノアさんのこと、気にかけてんのか?)
「ダルクといったな」
「え、ああ」
名前を呼ばれて、少し背筋が伸びる。
「貴様も、なかなか腕が立ちそうだ」
振り返り、じっと俺を見たあと、ブランはふっと口角を上げた。
「そのうち、お前の実力も試してみたいもんだ」
「は?」
返事をする前に、ブランの姿はふっと雪の向こうへ溶けるように消えていった。
さっきまで正面にいたはずなのに、瞬きした時はもうどこにも見当たらない。
「え…なんなんだ…?」
「なんか…厄介なのに目をつけられたんじゃね?」
ラルドが肩を竦める。ええ…俺も決闘やらされるのこれ?
「君たち、目的を忘れては困るぞ」
後ろからスペイドさんの声が飛んできた。
「おっと」
そうだった。ここで立ち止まってる場合じゃない。
「鍵は私が持っている。…さ、鍵を開けて、入ろうか」
スペイドさんが研究所の扉の前に立ち、ポケットから銀色の鍵を取り出す。
ブランという、“敵なのか味方なのかわからん存在”の影を背中に残したまま、俺たちは、新たな情報と謎を求めて、研究所の中へ足を踏み入れることにした。
