2章

「あーーもーーー!!!」

耳がキーンとしそうな叫び声をあげたのは、真っ赤なドレスの女・ロッソだった。 自慢の赤い髪は乱れ、巻き髪もところどころ跳ねている。
「ずいぶんとご立腹じゃな。なんじゃ、せっかくアランの失態を取り戻して、精霊石を半分取り返したというのに」
和装に狐の耳飾り、ツメの手袋など、妖狐を思わせる男、ヴェルが、扇子で自分をあおぎながらロッソに話しかける。
「緑の女がことごとくアタシの恋路を邪魔してくるのよ!黒い殿方…いやダーリンに、アタシの攻撃が当たった時はすごく興奮したというのに、女がいたことで一気に興ざめよ!」
「なんじゃ、そんなことか。あの様子では、すでに付き合っておるのかもしれんな。人のものに興味を持つクセは、相変わらず変わらんのう」
「今のアタシに“緑のもの”を近づけないでちょうだい!燃やしてやるわ!!」
「そんな理不尽なことがあるか」
今にも燃やされそうなヴェルをよそに、青い魔法少女のような格好をした少女、ブルは、黙って精霊石をまじまじと見つめていた。
言葉には出さないが、「きれい…」とでも言いたげな目をしている。
「アタシのイライラはそれだけじゃないわ。あの時うっかり報告を忘れてたけど…ブランがいたのよ」
 「え、ブランもいたのかい?」
そこで会話に割り込んできたのはアランだ。
相変わらず悪趣味なまでに豪華な衣装、黒いスーツに金の飾り、つばの大きな帽子。サングラスのせいで顔の半分以上がよく見えない。
「アタシは決闘の邪魔をされたことで逆に攻撃されて、見逃しちゃったけどね。でもブランから逃げきれてゲン様の元に追いついた時には、あの方…ダーリンはネーロを取り込んでいたの。今のダーリンは“ネーロも入ってる”ってわけ」
「自分が気に入った者を、恋人のように思い込む癖は変わらないんだねぇ」
「だから“緑の女”はとっても邪魔なのよ。今度会ったら、骨も残らないくらい燃やしてやるわ」
「恋は止めないけどさ、ほどほどにね?僕からブランの件はゲン様に報告しておくよ。ネーロと新参のローザはもちろん警戒対象だけど…やることは、各自言われてる通りでいいよね?」
「そうじゃの。ジャロはすでにフォレストタウンに拠点を作ると言って出ていったわい。儂も様子を見つつ、あとから追いかけるつもりじゃ」
「アタシは北のバースト火山あたりに行ってみようかしら。温泉があるらしいのよね」
「魔力を集めるのをサボっちゃダメだよ?もちろん、ネーロとローザ、あとブランの捜索もね。ちなみに僕は、ブルと一緒にここに残ってゲン様のアシストだ。みんな、よろしく〜」
アランがひらひらと手を振ると同時に、ヴェルとロッソの姿は、ワープするかのようにふっと消えた。
「ブル、ゲン様に挨拶しよっか」
アランが軽い調子で言うと、ブルはこくりと頷き、精霊石を抱えたままアランの後をついていく。

二人が向かった先は、薄暗い回廊の奥。
ひび割れたガラス筒、錆びついた魔導機械が壁際にずらりと並び、時折、かすかな魔力の火花が散っている。
重そうな扉の前でアランが立ち止まり、軽くノックもせず、勝手に扉を押し開けた。

「ゲン様〜、入りまーすよー」
中は、さらに散らかっていた。
床の魔法陣は一部が抉れ、近くの機械はひしゃげ、壁には拳で叩きつけたような痕が残っている。
そして、部屋の片隅。
ゲンは、片膝をついたまま、肩で荒く息をしていた。
「おやおや。また派手に散らかしましたね〜」
アランが楽しそうに言う。
「あの時、ネーロに殴られてから、何かがおかしい…」
ゲンは低く唸るように言った。
「器が頻繁に表に出てくるのだ…。抑え込んでいるつもりが、隙を見せればすぐ…」

その時だった。

「ここから出せぇぇ…!!」

ゲンの声のトーンが変わり、顔つきも獣じみたものに変わる。これはダンだ。
次の瞬間、ダンがアランに殴りかかろうと飛びかかった…しかし。

「おおー、危ない危ない」

アランは吹っ飛ばされることなくその場で平然としている。
ダンの身体が、空中でぴたりと止まっていた。
まるで時間が凍ったように、一切動かない。
よく見ると、その足元には細い鎖のような魔力の線がいくつも絡みついている。
ブルが、静かに両手をかざしていた。

「ふぅ…危ないところかった。ブル、ありがとねぇ」
アランが一歩下がりながら笑う。
「く、くそ…!」
ダンの悔しい声が漏れるが、身体はぴくりとも動かない。
ブルはそんな様子を見て、少しだけ得意そうに目を細めた。
しばらくすると、再び力が抜けたように肩が落ち、瞳から光が消える。
ゲンが戻ってきたようだ。
「…厄介な器だ。なんという精神力…ここまで手こずらせるとは…」
ゲンは悔しそうに歯を食いしばる。
「隙ができると、すぐこれだ。ブルの金縛りがなければ、研究どころではない」
「君は面白いね、ダン君。でも…ゲン様の邪魔をしちゃいけないよ」
アランが肩をすくめると、ブルはこくりと頷いた。
「ブル。しばらく俺と行動を共にしろ」
ゲンが顔を上げる。
「器を抑え込む方法を、まずは優先して探る。お前の“拘束”と“監視”の力は、そのために使う」
ブルは、少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、きゅっと精霊石を抱き直し、また小さく頷いた。
「僕はどうします?」
アランが首をかしげる。
「俺が動けない間、お前に研究の代理を頼む。装置の反応は、漏らさず記録しろ」
「はいはい。反応の様子は、ちゃ〜んとログ取らせてもらってますからね〜。了解でーす」
アランはひらひらと手を振り、部屋の中央に並んだ装置群へと向かっていく。
「あ、そういえば…ブランも動いてるそうですよ」
ふと思い出したように、アランが振り返る。
「ロッソが遭遇したみたいで。その時はブラン一人だったみたいですねえ」
「…ネーロにしか従わない、使えない野郎か」
ゲンは、あからさまに鼻で笑った。
「そんな駒、どうでもいい。放っておけ」
「そうですか〜。了解しました〜」
アランはあっさりそう返しつつ、心の中では別のことを考えていた。
(とはいえ、ブランの強さは、僕すら凌駕するからなぁ…ゲン様が“使えない”と切り捨てるのは勝手だけど僕個人としては、ちょっと警戒しておくに越したことはないかもね)

そう思いながら、アランは装置の前に立ち、楽しげにスイッチを操作し始めた。
薄暗い部屋の中で、怪しい機械の光だけが、不穏に瞬いていた。
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