2章
狩人の森をさらに奥へ進むと、木々の間から、木造の屋根がのぞき始めた。
ようやく、たどり着いた。ノアさんの家、狩人の小屋だ。
丸太を積み上げて作られたログハウス。
道中にあったダンの家より、ほんの少しだけ大きめだ。
民宿もやっているだけあって、入口には「INN」と書かれた木製の看板がぶら下がっている。
1階が宿屋エリアで、2階はノアさんとビルバさんの部屋になっているはず、なんだが。
「着いたな。ここがノアの家か」
ラルドがふうっと息を吐く。
スタラは鼻をくんくんさせながら、きょろきょろと周囲を見回していた。
「なんか、シーンとしてる…」
いつもなら、出入りするハンターの足音や、炊き出しの鍋の匂いなんかがしていてもおかしくない。
なのに、今は風の音しか聞こえない。
嫌な予感が、する。
「…あれ?」
最初に違和感に気づいたのは、ノオだった。
「ダルクさん、あれ…」
ノオが指さした先はログハウスの横側。
そこに、ぽっかりと大穴が空いていた。
「うわ、なんだこれ!?」
思わず声が出る。
壁の丸太が、内側からぶち抜かれたみたいに砕け散っている。裂け目の周囲には、何かに激しくぶつかられた痕が残っていた。
まさに「突進しました」と言わんばかりの破壊の仕方だ。
「ノアがいないからって、好き放題やったのか…というわけじゃ、ないな」
ラルドが、崩れた木片をつま先で押しのけながら、低く呟く。
「ここいらには、こんな穴を開けられるほどでかい魔物はいねえ。初級ハンター向けエリアのはずだし、バランス崩すような大型は放っておかねえからな」
「もしかして…」
ローザが小さく息を呑む。
さっきまでお気楽そうにしていた表情から、一気に血の気が引いていた。
「ローザ?」
足元を見ると、木片の間に、透明な欠片のようなものがいくつも落ちていた。
拾い上げてみると、氷とは違う、ざらりとした感触。
光を当てると、かすかに魔力が反応する。
「なんだそれ?」
その時だった。
「助けてーーーーーー!!!」
森に響き渡る、女性の悲鳴。
「今の声って…!」
「ビルバさんかもしれません!」
ノオの顔色がさっと青ざめる。
叫び声は、家の中…いや、さっきの大穴の奥の方から聞こえたような気がした。
「早いとこ助けに…」
「ねえ、ダルク」
ローザが俺の袖をつまんで止めた。
さっきまでのふわふわした雰囲気は消え、真剣な目をしている。
「もしかしたら、マジカルタウンを襲った“結晶の魔物”かもしれない。さっきの欠片、あれ…嫌な魔力がした。ある程度、覚悟しておいた方がいいかも」
「…」
喉が、ごくりと鳴った気がした。
「わ、わかった。覚悟決めたら…家に入ろうか」
剣を握り直し、深呼吸をひとつ。
ラルドはふわりと宙に浮き、スタラは毛を逆立てて構え、ノオは震える手でステッキを持ち回復魔法の準備を整える。
ローザは、いつになく真顔で、俺の隣に立った。
壊された狩人の小屋。その中で、誰かが助けを求めている。
俺たちは、崩れかけた玄関へと、一歩踏み出した。
「あ、あわわわわ…」
「これは不味い…」
視線の先は狩人の小屋の奥、土間を突っ切った裏庭スペースのような場所。
そこに、ベヒーモスじみた巨大な影が居座っていた。
全身が、プリズムみたいに光る結晶でできた獣型の魔物。
角、背、尻尾の先まで、全部キラキラ反射していて眩しい。
…いや、これ本当に“生き物”って呼んでいいのか?
そいつは、壁際に人を二人ほど追い詰めていた。
一人は、間違いなくノアさんの母親――ビルバさんだ。
四十代後半くらいの中年女性で、エプロン姿のまま、コウモリのような羽根飾りの付いた帽子をかぶっている。ちょうどご飯を作っていた最中だったんだろう。足元には転がった鍋や野菜が散らばっている。
もう一人は、白い綺麗なスーツをまとった紳士風の男。
銀色の髪で、長い前髪が右半分の顔を隠している。
見たことのない顔だ。遠いエリアのハンターか、もしくは旅の剣士か。
お洒落な片手剣レイピアを構えて魔物に対峙しているが、ビルバさんを庇っているせいか、思うように動けていない。
「ビルバさん! 大丈夫ですか!?」
俺は思わず叫んでいた。
「その声は…ダルク君ですね! ああ、私たち、運に見放されてなかった!」
ビルバさんが振り向き、ぱっと表情を明るくする。その隣で、白スーツの男がちらりとこちらを見た。
「君たち、女将さんとは知り合いかな?」
状況のわりに、やけに落ち着いた声だ。
「ちょうどよかった。あの魔物を倒すのを、手伝ってほしいんだ。できるね?」
「あんたはビルバさんを守っててくれ。こっちは任せろ」
ラルドがフレイルを取り出す。
「数があれば、一体くらいならいける…!」
中ボス 異形獣(マップでは1体しか映ってないのに実際はなぜか2体)
「しかしよく見ると…結晶でできた人形に近くないか?」
ラルドが眉をひそめる。
「これ…先生が言ってた、“遭遇するな”って言ってた魔物だろ、あれ」
マオ先生が以前学校で注意喚起してた“魔力が奪われるなぞの魔物”の話が脳裏をよぎる。
「おそらくだけど…魔力を吸いとる目的で造られた獣型魔法生物。こんなことできるのは、アランかもしれないね」
ローザが、結晶獣を見据えながら言った。
「てことは…こっちのMPをガリガリ削ってくるタイプか」
俺がつぶやくとノオが小さく息を呑む。
「MP回復できる魔法薬、余分に持ってきておいて良かったですけど…足りるかな…」
「…。てかさ!」
俺は思わず叫ぶ。
「1体じゃなかったのかよ! もう1体どっから湧いた!?狡いだろ、仕様おかしいだろ!!」
「まあそれは俺も思うとこだが…どっちかを集中攻撃して、まず一体落とすぞ。ローザは離れててくれ」
ラルドは呆れつつも状況の飲み込みは早かった。
「うん、魔力の流れ見ながら、弱点探してみるね」
ローザも真剣な顔で頷く。
異形獣たちがこちらにゆっくりと向き直り、虹色の瞳がぎらりと光った。
ビルバさんと、謎の剣士と、ノアさんの“家”。守るべきものは、今ここに詰まっている。
「…行くぞ!」
俺は一歩、前へと踏み出した。
ようやく、たどり着いた。ノアさんの家、狩人の小屋だ。
丸太を積み上げて作られたログハウス。
道中にあったダンの家より、ほんの少しだけ大きめだ。
民宿もやっているだけあって、入口には「INN」と書かれた木製の看板がぶら下がっている。
1階が宿屋エリアで、2階はノアさんとビルバさんの部屋になっているはず、なんだが。
「着いたな。ここがノアの家か」
ラルドがふうっと息を吐く。
スタラは鼻をくんくんさせながら、きょろきょろと周囲を見回していた。
「なんか、シーンとしてる…」
いつもなら、出入りするハンターの足音や、炊き出しの鍋の匂いなんかがしていてもおかしくない。
なのに、今は風の音しか聞こえない。
嫌な予感が、する。
「…あれ?」
最初に違和感に気づいたのは、ノオだった。
「ダルクさん、あれ…」
ノオが指さした先はログハウスの横側。
そこに、ぽっかりと大穴が空いていた。
「うわ、なんだこれ!?」
思わず声が出る。
壁の丸太が、内側からぶち抜かれたみたいに砕け散っている。裂け目の周囲には、何かに激しくぶつかられた痕が残っていた。
まさに「突進しました」と言わんばかりの破壊の仕方だ。
「ノアがいないからって、好き放題やったのか…というわけじゃ、ないな」
ラルドが、崩れた木片をつま先で押しのけながら、低く呟く。
「ここいらには、こんな穴を開けられるほどでかい魔物はいねえ。初級ハンター向けエリアのはずだし、バランス崩すような大型は放っておかねえからな」
「もしかして…」
ローザが小さく息を呑む。
さっきまでお気楽そうにしていた表情から、一気に血の気が引いていた。
「ローザ?」
足元を見ると、木片の間に、透明な欠片のようなものがいくつも落ちていた。
拾い上げてみると、氷とは違う、ざらりとした感触。
光を当てると、かすかに魔力が反応する。
「なんだそれ?」
その時だった。
「助けてーーーーーー!!!」
森に響き渡る、女性の悲鳴。
「今の声って…!」
「ビルバさんかもしれません!」
ノオの顔色がさっと青ざめる。
叫び声は、家の中…いや、さっきの大穴の奥の方から聞こえたような気がした。
「早いとこ助けに…」
「ねえ、ダルク」
ローザが俺の袖をつまんで止めた。
さっきまでのふわふわした雰囲気は消え、真剣な目をしている。
「もしかしたら、マジカルタウンを襲った“結晶の魔物”かもしれない。さっきの欠片、あれ…嫌な魔力がした。ある程度、覚悟しておいた方がいいかも」
「…」
喉が、ごくりと鳴った気がした。
「わ、わかった。覚悟決めたら…家に入ろうか」
剣を握り直し、深呼吸をひとつ。
ラルドはふわりと宙に浮き、スタラは毛を逆立てて構え、ノオは震える手でステッキを持ち回復魔法の準備を整える。
ローザは、いつになく真顔で、俺の隣に立った。
壊された狩人の小屋。その中で、誰かが助けを求めている。
俺たちは、崩れかけた玄関へと、一歩踏み出した。
「あ、あわわわわ…」
「これは不味い…」
視線の先は狩人の小屋の奥、土間を突っ切った裏庭スペースのような場所。
そこに、ベヒーモスじみた巨大な影が居座っていた。
全身が、プリズムみたいに光る結晶でできた獣型の魔物。
角、背、尻尾の先まで、全部キラキラ反射していて眩しい。
…いや、これ本当に“生き物”って呼んでいいのか?
そいつは、壁際に人を二人ほど追い詰めていた。
一人は、間違いなくノアさんの母親――ビルバさんだ。
四十代後半くらいの中年女性で、エプロン姿のまま、コウモリのような羽根飾りの付いた帽子をかぶっている。ちょうどご飯を作っていた最中だったんだろう。足元には転がった鍋や野菜が散らばっている。
もう一人は、白い綺麗なスーツをまとった紳士風の男。
銀色の髪で、長い前髪が右半分の顔を隠している。
見たことのない顔だ。遠いエリアのハンターか、もしくは旅の剣士か。
お洒落な片手剣レイピアを構えて魔物に対峙しているが、ビルバさんを庇っているせいか、思うように動けていない。
「ビルバさん! 大丈夫ですか!?」
俺は思わず叫んでいた。
「その声は…ダルク君ですね! ああ、私たち、運に見放されてなかった!」
ビルバさんが振り向き、ぱっと表情を明るくする。その隣で、白スーツの男がちらりとこちらを見た。
「君たち、女将さんとは知り合いかな?」
状況のわりに、やけに落ち着いた声だ。
「ちょうどよかった。あの魔物を倒すのを、手伝ってほしいんだ。できるね?」
「あんたはビルバさんを守っててくれ。こっちは任せろ」
ラルドがフレイルを取り出す。
「数があれば、一体くらいならいける…!」
中ボス 異形獣(マップでは1体しか映ってないのに実際はなぜか2体)
「しかしよく見ると…結晶でできた人形に近くないか?」
ラルドが眉をひそめる。
「これ…先生が言ってた、“遭遇するな”って言ってた魔物だろ、あれ」
マオ先生が以前学校で注意喚起してた“魔力が奪われるなぞの魔物”の話が脳裏をよぎる。
「おそらくだけど…魔力を吸いとる目的で造られた獣型魔法生物。こんなことできるのは、アランかもしれないね」
ローザが、結晶獣を見据えながら言った。
「てことは…こっちのMPをガリガリ削ってくるタイプか」
俺がつぶやくとノオが小さく息を呑む。
「MP回復できる魔法薬、余分に持ってきておいて良かったですけど…足りるかな…」
「…。てかさ!」
俺は思わず叫ぶ。
「1体じゃなかったのかよ! もう1体どっから湧いた!?狡いだろ、仕様おかしいだろ!!」
「まあそれは俺も思うとこだが…どっちかを集中攻撃して、まず一体落とすぞ。ローザは離れててくれ」
ラルドは呆れつつも状況の飲み込みは早かった。
「うん、魔力の流れ見ながら、弱点探してみるね」
ローザも真剣な顔で頷く。
異形獣たちがこちらにゆっくりと向き直り、虹色の瞳がぎらりと光った。
ビルバさんと、謎の剣士と、ノアさんの“家”。守るべきものは、今ここに詰まっている。
「…行くぞ!」
俺は一歩、前へと踏み出した。
