2章
宿屋に案内されたあと、マオ先生は俺たちとは別室に行き、あとから遅れて避難してきたマジカルタウンの住民たちに事情を説明している。
ラルドはというと、スタラとステラに「小さいコウモリみたいな魔物」になってしまった親父の面倒を見てもらうように頼んでいた。席は外すようにとも。
子どもには、これからする話はちょっと重い。まぁ、気になったらあとで俺から、スタラ向けにマイルド版で話してやろう。
当の親父はというと、疲れたのか、テーブルの端っこで小さい身体のまま横になってスースー寝ている。…なんというか、シュールだ。
「お茶入れてきますね」
ノオがそう言って席を立つ。
キッチンへ向かうその後ろを、なぜかローザが当然のようについて行った。
(あれは…確実にお菓子狙いだな)
こんな状況でも食い意地だけはブレないあたり、ある意味安心感がある。
ノオとは女の子同士仲良くできそうだし、ローザはあのまま放っておいてもいいだろう。ノオがうまく扱ってくれる、はず。
カンコンソーサイについての説明は…いや、そういえばもう一人、適任がいたな。説明役はそっちに任せた方がよさそうだ。
「ノア君、寝てなくて大丈夫なのかい?その怪我は安静にしていた方がいいのだが…」
スペイドさんが心配そうに声をかける。
「いや、大丈夫です…。話は、俺がいた方がむしろ都合がいいはずですし」
ノアさんは、ジールさんに支えられながら椅子に腰を下ろした。
スペイドさんは医者ではないが、回復薬や治療薬を自作できるくらいにはヒーラーとしての腕もあるらしい。さっきも、自作の回復薬を使ってノアさんの治療をしてくれていた。
んで、今あらためて見るとだ。
(…あれ?最初に合流した時、右肩から先、なかったよな?)
心なしか、さっきより“ある”。
俺はごしごしと目をこすりながら、ノアさんの右半身を凝視した。
「どうした、ダルク?」
視線に気づいたのか、ノアさんが首をかしげる。
「あの、ノアさんの腕…なんかさっきと比べて…えっと…生えてません?」
「は?」
俺に言われた途端、ノアさんは慌てて左手で包帯をめくる。
切断面は肩のあたりなのに、そこから肘くらいまで、はっきりと腕の形ができかけていた。
「な、なんだこれは…」
「ウソでしょ。切れた場所、肩近くなのに…なんで?」
「酷い火傷を負ったと聞いていたが…それにしては皮膚の一部はすでに炎症が薄まっている。明らかに、通常と比べて治りが早すぎるな」
俺たちとスペイドさんが揃って戸惑っていると、部屋の中にあの声が響いた。
『どや。上手いこと、徐々に再生できてるやろ』
「…」
「今のは誰だい?」
スペイドさんが声の主を探すように辺りを見回すが、もちろん姿は見えない。
そりゃそうだ。だってネーロだから。
『元々あった古傷も再現してんで。俺、けっこう完璧主義でなー。手まで再生すんのは、もうちょい時間かかるから、しばしお待ちくださーい』
「ジール」
ネーロが自慢げに語っていると、ノアさんが苛立ったように低い声でジールさんを呼んだ。
ジールさんは即座に反応し、拳銃を抜いてノアさん…いや、中のネーロに向ける。
『待て待て待て!すぐ撃とうとすんな!俺、別にヘンなことしてへんやろ!』
ノアさんの身体から、影のような触腕が飛び出し、拳銃の前に「やめてやめて」とでも言いたげな手の形になって立ちはだかる。
ノアさんは「逃がさん」とばかりに、その触腕を左手でがっちりつかみ、引きずり出そうとした。
『ぎゃー!やめてー!暴力反対!俺とノアは一心同体やろー!』
「っ…!」
どうも痛覚は共有しているらしく、ノアさんも顔をしかめていた。見てるこっちが痛い。
「え? なんと君は取り憑かれていたのか?」
ゴーストの仕業と勘違いしたのか、スペイドさんは懐から小瓶を取り出す。
中身は塩。多分、清めの塩だ。
「これを使えば払えるはずだ」
「うおっ!? おい、そんな物騒なもん持ってくんな!!」
遠くの席で聞いていたラルドが、過剰にビクッと反応する。
ああそうだ、コイツもゴーストだった。すっかり忘れてた。
『博士さんよー、残念ながら俺はゴーストちゃうねん。話すと長くなるから、皆そろってからまとめて説明するわ。少なくとも“敵”ではないから、そのへんは安心しとき』
ネーロの声はまだノアさんの中から聞こえる。
もはや“取り憑いてる”どころではなく、完全に一体化していると言っていい。
無駄だと悟ったのか、ノアさんはため息をつき、つかんでいたネーロの触腕をぱっと手放した。
しばらくして、ノオとローザがお茶を運んできた。
「お待たせしました」
「おまたせ〜!」
テーブルの上に置かれたポットからは、ふわっといい香りが立ちのぼる。
飲み物は紅茶。この町では紅茶が主流らしい。
と同時に。
ノオが運んできた大皿には、一口サイズのパウンドケーキ、スコーン、クッキーなどがぎっしり盛り付けられていた。
さらにローザの手には、小さめの皿が二段、三段と重なった“謎のタワー”まである。
(…いや、アフタヌーンティーかよ)
思わず心の中でツッコむ。
この状況で優雅にティータイム始めるテンションでもねえだろ。
「えっと…普通に飲み物だけでよかったと思うんだが…ここまでする必要あった?」
恐る恐る聞いてみると、ノオはやや苦笑いを浮かべた。
「あはは…すいません。ローザさんってお菓子作りが得意だというので、軽く軽食の用意もお願いしたんです」
“軽く”の範囲が違う。
これはもはや軽食ではなく、小規模パーティーだ。
にしても…焼きたてっぽい香りがするの、早すぎないか?
いや、あらかじめ用意してた分も混ざってるのかもしれないが。
「これでも控えたほうだよー」
ローザは自慢げに胸を張った。
控えた結果がこれなのか。じゃあ全力出したらテーブルが見えなくなるな、これ。
「これからややこしい話するからねー。糖分は必須だよ?お代わりもあるから、遠慮なく食べてね」
「おー、うめえじゃねえか」
気づけば、ラルドがいつの間にかスコーンを頬張っていた。早い。
「これはスタラ達も喜ぶな。ちょっと分けて持ってってやるか」
「えー? ほんと? ありがとー!」
ローザがぱあっと笑顔になる。
「ええ…」
隣でジールさんが、若干引き気味の顔をしている。
命の危機からのティーパーティー展開、確かに冷静に考えると頭おかしい。
「ダルク、毒はない。安心していい」
ノアさんが、いつの間にかカップを手にしながら言った。
「お前もいろいろとショックだろうが、腹は減ってるはずだ。遠慮せず、ここは食っとけ」
言われてハッとする。
そういえば、ここに来るまでのバタバタで、昼間から何も食べてなかった。
タイミングよく(悪く?)おなかがぐぅ、と鳴った気がする。
ローザとノオがちらりとこっちを見る。
「…聞こえてないことにしてくれ」
俺は小さく咳払いをして、ノアさんの言葉に甘え、パウンドケーキを一切れつまんだ。
しっとりしてて、やたら美味い。腹にじわっと染みる感じがする。
『せやろ〜? 糖分は正義やで。落ち着いてるときより、メンタル死んでるときの方が甘いもんはうまいんや』
どこからともなくネーロの声がする。俺にめがけて話しかけてきた。
「お前は黙ってろ。説得力ありすぎて腹立つんだよ」
思わず小声で返したら、ノオに「え?」と首をかしげられた。
「すまんなんでもない。…うん、うまいよ、ノオ。ありがとう」
「よかったです…!」
ノオが嬉しそうに微笑む。その横で、ローザはすでに自分の皿を山盛りにしていた。
「ローザ、ちょっとは遠慮しろ」
「やだ〜。遠慮はお皿が空になってからする〜」
「その頃にはもう何も残ってねえんだよ…」
ツッコミを入れつつも、甘い匂いと温かい紅茶に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいでいくのを感じていた。
ラルドはというと、スタラとステラに「小さいコウモリみたいな魔物」になってしまった親父の面倒を見てもらうように頼んでいた。席は外すようにとも。
子どもには、これからする話はちょっと重い。まぁ、気になったらあとで俺から、スタラ向けにマイルド版で話してやろう。
当の親父はというと、疲れたのか、テーブルの端っこで小さい身体のまま横になってスースー寝ている。…なんというか、シュールだ。
「お茶入れてきますね」
ノオがそう言って席を立つ。
キッチンへ向かうその後ろを、なぜかローザが当然のようについて行った。
(あれは…確実にお菓子狙いだな)
こんな状況でも食い意地だけはブレないあたり、ある意味安心感がある。
ノオとは女の子同士仲良くできそうだし、ローザはあのまま放っておいてもいいだろう。ノオがうまく扱ってくれる、はず。
カンコンソーサイについての説明は…いや、そういえばもう一人、適任がいたな。説明役はそっちに任せた方がよさそうだ。
「ノア君、寝てなくて大丈夫なのかい?その怪我は安静にしていた方がいいのだが…」
スペイドさんが心配そうに声をかける。
「いや、大丈夫です…。話は、俺がいた方がむしろ都合がいいはずですし」
ノアさんは、ジールさんに支えられながら椅子に腰を下ろした。
スペイドさんは医者ではないが、回復薬や治療薬を自作できるくらいにはヒーラーとしての腕もあるらしい。さっきも、自作の回復薬を使ってノアさんの治療をしてくれていた。
んで、今あらためて見るとだ。
(…あれ?最初に合流した時、右肩から先、なかったよな?)
心なしか、さっきより“ある”。
俺はごしごしと目をこすりながら、ノアさんの右半身を凝視した。
「どうした、ダルク?」
視線に気づいたのか、ノアさんが首をかしげる。
「あの、ノアさんの腕…なんかさっきと比べて…えっと…生えてません?」
「は?」
俺に言われた途端、ノアさんは慌てて左手で包帯をめくる。
切断面は肩のあたりなのに、そこから肘くらいまで、はっきりと腕の形ができかけていた。
「な、なんだこれは…」
「ウソでしょ。切れた場所、肩近くなのに…なんで?」
「酷い火傷を負ったと聞いていたが…それにしては皮膚の一部はすでに炎症が薄まっている。明らかに、通常と比べて治りが早すぎるな」
俺たちとスペイドさんが揃って戸惑っていると、部屋の中にあの声が響いた。
『どや。上手いこと、徐々に再生できてるやろ』
「…」
「今のは誰だい?」
スペイドさんが声の主を探すように辺りを見回すが、もちろん姿は見えない。
そりゃそうだ。だってネーロだから。
『元々あった古傷も再現してんで。俺、けっこう完璧主義でなー。手まで再生すんのは、もうちょい時間かかるから、しばしお待ちくださーい』
「ジール」
ネーロが自慢げに語っていると、ノアさんが苛立ったように低い声でジールさんを呼んだ。
ジールさんは即座に反応し、拳銃を抜いてノアさん…いや、中のネーロに向ける。
『待て待て待て!すぐ撃とうとすんな!俺、別にヘンなことしてへんやろ!』
ノアさんの身体から、影のような触腕が飛び出し、拳銃の前に「やめてやめて」とでも言いたげな手の形になって立ちはだかる。
ノアさんは「逃がさん」とばかりに、その触腕を左手でがっちりつかみ、引きずり出そうとした。
『ぎゃー!やめてー!暴力反対!俺とノアは一心同体やろー!』
「っ…!」
どうも痛覚は共有しているらしく、ノアさんも顔をしかめていた。見てるこっちが痛い。
「え? なんと君は取り憑かれていたのか?」
ゴーストの仕業と勘違いしたのか、スペイドさんは懐から小瓶を取り出す。
中身は塩。多分、清めの塩だ。
「これを使えば払えるはずだ」
「うおっ!? おい、そんな物騒なもん持ってくんな!!」
遠くの席で聞いていたラルドが、過剰にビクッと反応する。
ああそうだ、コイツもゴーストだった。すっかり忘れてた。
『博士さんよー、残念ながら俺はゴーストちゃうねん。話すと長くなるから、皆そろってからまとめて説明するわ。少なくとも“敵”ではないから、そのへんは安心しとき』
ネーロの声はまだノアさんの中から聞こえる。
もはや“取り憑いてる”どころではなく、完全に一体化していると言っていい。
無駄だと悟ったのか、ノアさんはため息をつき、つかんでいたネーロの触腕をぱっと手放した。
しばらくして、ノオとローザがお茶を運んできた。
「お待たせしました」
「おまたせ〜!」
テーブルの上に置かれたポットからは、ふわっといい香りが立ちのぼる。
飲み物は紅茶。この町では紅茶が主流らしい。
と同時に。
ノオが運んできた大皿には、一口サイズのパウンドケーキ、スコーン、クッキーなどがぎっしり盛り付けられていた。
さらにローザの手には、小さめの皿が二段、三段と重なった“謎のタワー”まである。
(…いや、アフタヌーンティーかよ)
思わず心の中でツッコむ。
この状況で優雅にティータイム始めるテンションでもねえだろ。
「えっと…普通に飲み物だけでよかったと思うんだが…ここまでする必要あった?」
恐る恐る聞いてみると、ノオはやや苦笑いを浮かべた。
「あはは…すいません。ローザさんってお菓子作りが得意だというので、軽く軽食の用意もお願いしたんです」
“軽く”の範囲が違う。
これはもはや軽食ではなく、小規模パーティーだ。
にしても…焼きたてっぽい香りがするの、早すぎないか?
いや、あらかじめ用意してた分も混ざってるのかもしれないが。
「これでも控えたほうだよー」
ローザは自慢げに胸を張った。
控えた結果がこれなのか。じゃあ全力出したらテーブルが見えなくなるな、これ。
「これからややこしい話するからねー。糖分は必須だよ?お代わりもあるから、遠慮なく食べてね」
「おー、うめえじゃねえか」
気づけば、ラルドがいつの間にかスコーンを頬張っていた。早い。
「これはスタラ達も喜ぶな。ちょっと分けて持ってってやるか」
「えー? ほんと? ありがとー!」
ローザがぱあっと笑顔になる。
「ええ…」
隣でジールさんが、若干引き気味の顔をしている。
命の危機からのティーパーティー展開、確かに冷静に考えると頭おかしい。
「ダルク、毒はない。安心していい」
ノアさんが、いつの間にかカップを手にしながら言った。
「お前もいろいろとショックだろうが、腹は減ってるはずだ。遠慮せず、ここは食っとけ」
言われてハッとする。
そういえば、ここに来るまでのバタバタで、昼間から何も食べてなかった。
タイミングよく(悪く?)おなかがぐぅ、と鳴った気がする。
ローザとノオがちらりとこっちを見る。
「…聞こえてないことにしてくれ」
俺は小さく咳払いをして、ノアさんの言葉に甘え、パウンドケーキを一切れつまんだ。
しっとりしてて、やたら美味い。腹にじわっと染みる感じがする。
『せやろ〜? 糖分は正義やで。落ち着いてるときより、メンタル死んでるときの方が甘いもんはうまいんや』
どこからともなくネーロの声がする。俺にめがけて話しかけてきた。
「お前は黙ってろ。説得力ありすぎて腹立つんだよ」
思わず小声で返したら、ノオに「え?」と首をかしげられた。
「すまんなんでもない。…うん、うまいよ、ノオ。ありがとう」
「よかったです…!」
ノオが嬉しそうに微笑む。その横で、ローザはすでに自分の皿を山盛りにしていた。
「ローザ、ちょっとは遠慮しろ」
「やだ〜。遠慮はお皿が空になってからする〜」
「その頃にはもう何も残ってねえんだよ…」
ツッコミを入れつつも、甘い匂いと温かい紅茶に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいでいくのを感じていた。
