白雪姫
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ここは、とある国のとある街にある、とある城。
今日もどこからか活気のありそうな会話が聞こえてくる。
「ヒェッヒェッ……リンゴはいら」
「そんな怪しいリンゴいりません!」
「あの、でもこれ完熟ですし、きっと蜜もたっぷり入ってて美味しいと思」
「いりませんったらいりません! そもそも二階のバルコニーにまでリンゴ売りに来る人のどこが怪しくないって言うのよ!」
「いや、それは直接交渉するために頑張って木登りし」
「とにかく絶対に買いませんから! さようなら!」
「あ、ちょ待っ」
バァン、とうっかり挟まれたら病院送りになってしまいそうな勢いで両開きの扉が閉められる。
とっさに身を引いたため間一髪巻き込まれずに済み、ほっと胸を撫で下ろした。
「あっぶな……なにさ、もう少し話聞いてくれたっていいじゃんか」
扉の向こうを睨み付け、ぼやきながら伝ってきた木に再び飛び移ったのは、魔女のサキだ。
彼女の目的は、この国の白雪姫ことまもり姫とその従者セナにリンゴを売り付けること。
ちなみにこれは毒リンゴではなく、何の変哲もないただのリンゴだ。
サキに毒リンゴを作る能力は備わっていない。
なぜなら、彼女は魔女としての素質がゼロだからだ。
生まれつき魔力がなく魔法の一つも使えない、魔女らしからぬ魔女。
そんなサキが幼くして自分のハンデを知ったとき、彼女は模索するでも嘆くでもなく早々に諦め、魔法に頼らず地道に生計を立てることを決意した。
だが結果はご存知の通り。
ここのところ毎日バルコニーから交渉しているが、成果はゼロ。
それもそのはず。
わざわざ二階にまで売りに行くというだけでも怪しいのに、魔女特有の禍々しいローブを目深に被り、下手くそな作り笑顔を貼り付けているものだから、売れなくて当然むしろ買うヤツどうかしてるというレベルだ。
百歩譲って、あるとしてもリンゴ好き代表の死神リュ●クくらいだろう。
従者と姫という立場がほぼ逆転しているまもり姫が、大事なセナにそんな得体の知れないものを食べさせるわけがない。
それでもサキは、なんとしても王族に売り付けなければならない理由があった。
本人曰く、
「市場で仕入れたこのやっすいリンゴ、王族にぼったくり価格で売り続ければ遊んで暮らせるのに……」
……失礼、『地道に生計を立てることを決意した』、というのは語弊だったようだ。
正しくは『バカ特有の甘過ぎる見通しで生計を立てようと決意した』、だった。
――とにかく、サキは頭と要領が絶望的に悪い。
上手くいけば差額で儲かるのは確かだが、何度も失敗するためその都度腐ったリンゴを差し替える必要があり、利益は一向に増えず負債だけが増え続けているということに気付いてはいない。
その時間やお金を使ってまともな職にでも付けば、そこそこ安定した生活を送れるというのに。
ただ分かってやっていただきたいのは、本人は本気で悩み考えているということだ。
「あ~あ、一体どうすれば買ってもらえるのかなあ。いっそのこと城中のリンゴ盗めば、需要が急に高まって私のリンゴも買ってもらえるのかも……」
また非現実的なバカっぽい呟きを口にしながら、小柄な身体を活かして猿のようにするすると木の幹を滑り降りる。
すると降り立ったところで、とある青年に声を掛けられた。
「テメー魔女か?」
「え? あ、はい……一応そんな感じです」
初対面なのに平然と粗暴な態度をあらわにしてきた彼に対し、サキは適当に返事をしつつ一体何者なのだろうかと訝しげに見つめる。
金髪にピアス、ツリ目に銃を携えて……って、銃?
ここ非戦争国だよね? 捕まらない?
信じられないという気持ちを込めた視線を送るが、青年はサキの念に気付いているのかいないのか、それを無視してこともなげに続ける。
「さっきの顛末を一部始終見てたが、テメー売り方が悪過ぎんな。今どき一つ一つ手売りの、しかも何の変哲もねえリンゴ買うヤツなんざいねえよ」
「うっ…………」
全く言い返す隙もない正論だ。
『一つ一つ手売りの』、『何の変哲もねえリンゴ』など丁度風邪を引いたときくらいにしか買わないだろう。
しかもそれに加えて『薄気味悪いローブをまとった』、『変態的な笑顔』、『バルコニーまで登ってくる』という悪条件付きなのだから。
「それは、分かってますけど……でもどうすればいいか分からないんです。何度やってもダメで、木登りの能力だけがグングン上達して……」
「さては本物のバカだろテメー」
「バカじゃないですもん! どの枝に足を掛ければ効率よく登れるのか分かってきましたもん!」
「バカだバカがいるぞ」
ケケケと至極楽しそうに笑い上げる青年を前に、サキは口を尖らせる。
そんなこと言うなら上手いやり方教えてよ。
サキが心の中で悪態をついた途端、
「大事なのは付加価値だ」
突然目の前に迫った青年が何かを企んだようにニヤリと口角を上げた。
まるで自分の考えが読まれたみたいだ。
「ふかかち、って……?」
「字面すら分かんねえのかテメーは。まあいい、テメー名前は?」
「あ、サキっていいます。年齢は百十六、好きなものは干し芋ときんつば、嫌いなものは餅です。喉に詰まるから」
「急に自己主張激しいなテメーは。つうか見た目以外全部ババアじゃねえか。まあいい、俺はヒルマだ」
的確に突っ込みつつ簡単に自己紹介を済ませたヒルマは、メモに何か走り書きをしてサキに手渡した。
「ならサキ、三日後までにそこに書いてあるもん全部集めやがれ」
「書いてあるもん、って……えーと」
リンゴ五百個、オーブン、ミキサー、ボウル、スパチュラ……
スパチュラって何? スーパーちゅらさん? バージョンアップした朝ドラ?
初めて見る単語に眉を寄せたサキはメモ越しにヒルマを窺うが、どうも自分で調べろとでも言いたげな空気だ。
「これ何に使うんですか?」
「ケケケ! 当日のお楽しみだ」
何から何までよく分からないままだが、言いなりになる以外の選択肢は今のところない。
とりあえず手配しよう……。
取り分は俺が九なとヒルマの容赦ない言い渡しが降り掛かり、さすがに抗議しようと顔を上げたサキだったが、すでに彼の姿はそこにはなかった。
「鬼か…………」
人生時には長いものに巻かれることも大事。
一旦分け前のことは忘れて、とにかく物資を調達しようと決めたサキだった。