ノアの研究
第六話「お出かけも研究」
夏休み最終日。休みに入ってから二人は色々な所へ行った。山だったり、はたまた行ったことのない県だったり。ルカとしては大満足であった。だが、ノアはまだ何かひとつ心残りがあるのか、眠っているルカを叩き起した。
「まだ五時……。何」
「ルカ、海へ行こう」
「もう少し寝かして」
「駄目だ。今すぐ行く。ルカ、早く着替えろ」
また眠ろうとするルカを引っ張り無理矢理起こす。意図しない目覚めにより、ルカは目を開けていられなかった。しかしノアの言うことを聞かなければ、何をされるか分からない。重たい体を引きずるようにベッドから降りると、ノアの用意した着替えに袖を通す。
「ルカ、手を出せ」
欠伸をしながらノアの手を取る。すると、次の瞬間潮の香りが漂ってきた。朝の日差しに照らされて、海面がきらきらと光っていた。その様子にルカは綺麗だなと思う。ノアの方を見ると、同じことを考えているのかじっと海の方を見つめていた。
思い切り伸びをすると、ルカは徐に靴を脱いだ。夏といえど盆を過ぎた後だ。泳ぐのは危ない。波打ち際を裸足で歩こうと思った。靴と靴下をその場に置き、ノアの正面へ回ると手を差し伸べる。
「せっかく来たんだし、足だけでも海に浸かろう」
「そうだな」
ノアも同じよう裸足になると、ルカの手を取る。そのまま二人は波打ち際まで行く。寄せては返す波に足だけが濡れる。それがなんだか擽ったく感じた。ノアに向かって波をなんとなしに蹴る。
「何をする。濡れたじゃないか」
「これくらい、どうって事ないだろ」
笑いながらもう一度蹴ろうとしたその時、ルカは転びそうになった。ノアはルカが転ばないよう引っ張り助ける。その際思ったより顔が近く、お互い顔を逸らした。
「あ、ありがとう」
何となく気まずい。ルカは誤魔化すようにノアから手を離すと、浜辺の方へ走って行った。
「ノア、俺なんか飲み物買ってくる。ちょっと待ってて」
そう言うとルカは走って自動販売機を探しに行く。一人残されたノアは、手をじっと見つめていた。
「これも、研究なのか?」
そう呟くも、声は波音に消えていった。
自動販売機の前でルカは考えていた。先程ノアに助けられた時の事をだ。顔がすぐそこにあった。見慣れた筈のその顔が、何故か見られなかった。
――やっぱり俺、ノアの事が……。
力強く顔を横に振る。そんなはずは無い。相手は宇宙人であり、いつかは別れの時が来る。だから好きになってしまったら駄目だ。ルカはそう自分に言い聞かせる。
――いつまでもここにいたら、ノア心配するかもしれない。
甘そうな飲み物を選び購入する。ついでに自分の分も買うと、ゆったりとした足取りで浜辺へ戻って行った。
ノアは先程と同じ場所で海の方を見ていた。その姿がやけに綺麗に見えた。一瞬ノアが消え入りそうに見え、ルカは持っていた飲み物を落とすと、思わずノアの元へ駆け寄る。思い切り腕を掴むと、ノアは驚いた様子でルカを見ていた。
「どうした、ルカ」
「あ、いや……」
なんと言えばいいのだろう。ルカは言葉に詰まってしまった。ノアに顔を向けられず思わず俯いてしまう。
「また転びそうにでもなったのか」
「そ、そう!転びそうになって」
「ルカ、手を出せ」
言われた通りノアに手を差し出す。顔を見られず俯いたままだった。ノアは何も言わず手を取ると、ゆっくりと歩き出す。
早朝の海は、誰もいなかった。波の音だけが響く。ノアは一歩前を歩き、ルカは導かれるよう歩いていた。ノアの背中をじっと見詰める。いつもなら会話が絶えない筈なのに、何故か何も言えなかった。ノアも何も言わなかった。ただ波打ち際を歩く。それだけだった。
突然ノアは立ち止まると振り返った。じっと見詰められる。漆黒の瞳から、目が離せなかった。ノアは何か言おうとしているのか、口を開きかけてはやめる。ルカはじっとそれを待った。
「……ルカ、ひとつ言わなければならない事がある」
瞳で相槌を打つ。ノアは言いにくいのか、また口を閉ざした。
「やっぱり、なんでもない」
そう言うと、ルカからそっと手を離す。そのまま先程落とした飲み物を取りに行く。砂を払いながらルカの元へと戻ると、飲み物を差し出した。
「いつもありがとう、ルカ」
「う、うん」
飲み物を受け取ると、ルカは蓋を開けゆっくりと飲み始めた。ノアも同じように飲む。飲み慣れているはずのその味が、何故だか分からなかった。
