ノアの研究
第五話「もしかして、そういう事?」
朝から晩までノアと共にいる生活を送り始め、早数ヶ月。季節は夏へとなっていた。蝉の鳴き声を聞きながらルカは唸り声を上げる。
「ルカ、うるさい。変な声を出すのなら早くこの夏休みの課題とやらを終わらせろ」
「そう言われてもさ……。まだ夏休み始まって三日しか経ってないのに、何で課題に取り掛からなきゃいけないんだよ」
「こういうものは、先に終わらせておいた方が良い。私は半日で終えた」
「早すぎだろ」
これも宇宙人特有の能力なのだろうか。ルカは少しだけずるいと思った。
「なあ、写させて」
「何故だ」
「そうすれば早く終わる。それに写させてくれたら、何か奢るから」
その言葉にノアはぴくりと反応した。無言が続くも、直ぐにノアは口を開く。
「それなら仕方ない。ルカ、ワークを貸せ」
「え、いや、ノアのやつ貸してくれたら良いんだけど」
「それだと時間が掛かる。私がコピーする」
課題セットを渡すと、ノアは物凄いスピードで書き写し始めた。五分ほど経ったところでノアは動きを止め、ルカへ返す。
「ルカの筆跡のまま全て書き写した。では甘いものを食べに行こう。気になっている店がある。そこの店はルカの小遣いでも払い切れるから安心しろ」
「ありがとう」
中身をそれとなく確認する。ルカの筆跡そのもので全て書かれていた。これで夏休み最終日に急いでやらなくて済む。そう思うとルカは財布を鞄に突っ込み立ち上がった。
「んじゃ行くか」
階下へ降りる為に部屋の入口まで行ったところでノアに止められる。
「ルカ、灼熱の外を歩くのは馬鹿がするものだ。手を貸せ」
首を傾げながら差し出された手を握る。すると次の瞬間見慣れない路地裏へと立っていた。靴もいつの間にか履いており、ルカは口を開けノアの事を見た。ノアは特に何も言わず、手を握ったまま歩き始める。
――宇宙人すげえ!手握ってたら目立つけど、ノアならいっか。
理由は分からなかったが、ルカは気にせず後を着いていった。表通りに出ると、お洒落な外観のカフェへと入っていく。あまりこういった場所へ行ったことのないルカは緊張した。ちょうど昼時であった為、通されたのはカウンター席だった。座る為ノアはそこでやっとルカから手を離す。ルカはそれが何だか少し寂しく感じた。中々座らないルカを不思議に思ったのかノアは首を傾げる。
「座らないのか」
「え、あ、座る」
声をかけられてルカはそこでやっと気が付き、慌ててノアの隣へ座る。メニューを開くと様々なパンケーキの写真が並んでいた。
「ルカはどれにする」
「ん?俺も食べていいの?」
「二人で食べた方が美味しい。これ、前も言った。ルカは記憶力ないのか」
小馬鹿にしたように言ってくる。ルカは少しだけ嫌な気持ちになるも、こんな事を一々気にしていたら疲れてしまう。いつも通りまあ良いかと済ませ、ノアへ体を寄せてメニューを覗き込む。色々とあり過ぎてどれにすれば良いのか全く分からなかった。元々ルカは食に対しあまり積極的な方ではなかった。食べられればそれで良い。だからノアへ任せることにした。
「俺何でもいいや」
「自分で食べるものは自分で決めろ」
「そう言われてもな」
もう一度メニューを見る。ルカはどうするか悩んだ末、最終奥義である値段の一番安いものを頼む事にした。店員を呼び注文を済ませる。来るまでの間、特にする事もなくお互い目の前の景色を眺めていた。この中に宇宙人が紛れ込んでいるのかもしれない。そう思った時、不意にルカはひとつ疑問が浮かび上がってきた。
「そういえばノアの船ってどこにあんの?」
「海中」
「行ってみたい」
きっと断られるに決まっている。そう思うも好奇心が抑えきれず、ルカは行きたいと申し出た。
「特別に許可しよう」
「えっ、良いの」
目を見開いて驚く。まさか要望が通るとは思っておらず、ルカは喜びと驚きが綯い交ぜになっていた。
「ルカは特別だ」
ふわりとノアは笑う。その表情に思わずどきりと胸が高鳴る。しかし、何故そうなったのかルカには分からなかった。
――なんか……。何だろう。初めてオカルト番組見た時みたいな感じする。何だこれ。
考えてもよく分からないので、ルカは気にしないことにした。そんな時、タイミングよく店員がやってくる。バターの乗ったシンプルなパンケーキに、生クリームやフルーツが山盛りの豪華なパンケーキが目の前に置かれた。ノアは目の前に置かれたパンケーキに目を輝かせていた。
「ルカ、早く食べよう」
「うん、食べよう」
いただきますと言うと、一口サイズに切り口へと運ぶ。ふわふわのパンケーキは口に入ると溶けるように消えていった。
「これ美味しいな」
「口も胃も喜んでいるのが分かる」
「なんだそれ」
「ルカ、一口食べるか」
「いや、良い。こっち食べ切れるか微妙だし」
「ルカは食が細過ぎる。もっと食べた方がいい」
「そう言われてもな」
幼い頃から少食なのを今更変えろと言われても、無理なものだ。会話を楽しみながら目の前のパンケーキと格闘していくも、直ぐに限界が訪れた。
「……もう無理」
「食べないのなら、私が食べよう」
返事を聞く前にルカのパンケーキを奪い取る。ノアは自分の分を食べ切ると、次にルカの残したパンケーキを食べ始めた。よくもそんなに食べられるなとルカは思う。美味しそうに食べるノアは、どことなく可愛らしく感じた。
――可愛い……?何考えてんだ俺。
すぐさま考えを否定する。なんだか今日は思考が少しおかしいと思うも、理由が分からない。
――うーん、考えても分かんないし、まあいいや。
頬ずえをつき、ノアの方を見る。余程美味しいのだろう。一度も休むことなく、あっという間に全て平らげていた。
「ご馳走様」
「美味しかった?」
「とても美味しかった。ルカ、また来よう」
口元を拭くと立ち上がる。この宇宙人は食べ終えるとすぐに会計を済ませようとする所があった。ルカとしてはもう少しゆっくりしたい所だ。だが、ノアは待たずに行こうとする。置いていかれないようルカも慌てて立ち上がると、ノアの事を追った。
会計を済ませると、また路地裏へ行く。ノアに手を差し伸べられた。これは先程と同じよう握れと暗に言っているのだろう。ノアの手をほんの少しだけ力を入れて握った。
